自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴。 自己愛性人格障害 パーソナリティ障害 特徴 見抜き方

自己愛性人格障害 パーソナリティ障害 特徴 見抜き方

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴

12月追記 視野を広げると、精神疾患というのは発達障害の延長であったり別の側面から分類しただけのもの、ということがわかった。 詳細はの記事。 この記事は、視野が狭い段階で、わざわざ、発達障害と精神疾患を分けて考えたもの、と理解して、読んでみてほしい。 先週、カウンセリングで過去を思い出してから、親への怒りが強くなっているので、自分のためにも、親について客観的に書き出してみる。 私の 母は自己愛性パーソナリティ障害の無自覚型 +先天的にASD積極奇異型 、 父は自己愛性パーソナリティ障害の過敏型である。 そんな 親に虐待をされて育った私も、最近まで自己愛性パーソナリティ障害・過敏型の傾向があった。 両親、自分、職場の人間…と、 色々な自己愛性パーソナリティ障害の人間を見ていて共通する点を挙げる。 追記 ASDと自己愛性パーソナリティ障害に共通する部分もあり、 先天ASD+虐待などで脳が更にバグることで、自己愛性や境界性と言われる状態になるのかな、とも思います。 先天ASD以外でも、自己愛性や境界性と言われる脳の状態になる可能性もあります。 その場合、元が定型発達でも、虐待などによってASDに似た脳になると言えます 精神疾患は一時的な脳の状態に名前をつけているだけなので、診断名や分類にこだわらなくて良いと、私は思います。 この記事を書いた時は、分類にこだわっていましたが… 自己愛性パーソナリティ障害の特徴• 人を利用する 人を道具のように使う。 相手の事情は無視、自分の都合で人を動かしたがる。 相手には相手の事情があるという想像ができないのだと思う。 自己顕示欲が強すぎる。 過敏型の場合は、目立つことを極端に恐れる。 想像力が弱い 脳の器質的変化のせいなのだろうが、想像力が弱い。 自分の視点からしか物事を見えない。 身体感覚が弱い 体の声を聞けない。 慢性的に体調不良だったり、栄養不足、睡眠不足、運動不足だったりする。 見た目を気にする 身体感覚が無いにも関わらず、見た目を気にするので変なことになっている。 以下は全て別の人間の例である。 筋肉不足で有酸素運動は逆効果なのに有酸素運動をして筋肉を落としていたり、栄養不足で肌の乾燥が起こっているのに食生活は見直さずに外から保湿してみたり、栄養不足で筋肉不足になっているのにタンパク質を食べずに筋トレしてみたり。 表面的な部分しか見ないがゆえ、かもしれない。 相手の反応はおかまいなしで、自分の言いたいことだけ言う。 自他境界がない 自分が嫌なこと=他者も嫌、自分が嬉しいこと=他者も嬉しい、と、 自分の価値観を他人に投影する。 それゆえ、 価値観の押し付けが激しい。 あるがままを見えない 自分の価値観に合わせて 現実を捻じ曲げる。 客観よりも主観。 一般的な人もそういう傾向はあるだろうが、 一般的な人よりも「フィルター」が激しい。 私の母が、自分を発達障害やパーソナリティ障害だと認められないのも、ここに起因する。 いくら客観的なデータ 知能テストの結果など を見せても、 自分の信じたい価値観に沿って現実を捻じ曲げる。 自分に都合良く記憶を改ざんする 言ったことを「言っていない」と言う。 加害者としての記憶は消去して被害者としての記憶だけしっかり覚えていたりする。 人の話を聞かない 自分の中で結論が決まっているので、人の話を聞かない。 全肯定を求めるか、答えを求めるか、極端。 双方向的な会話ができない。 パートナーは不安定で被支配を受け入れるような人が選ばれる。 年下、学歴が下、など、 自分が社会的価値観で優位に立てる相手を選ぶ。 過敏型の場合は、パートナーに自分を支配してくるような人間を選ぶ。 どれだけ勉強ができたか、どれだけ頭が良いか、どれだけ友達が多いか、など。 過敏型も承認欲求に飢えていて、会話の中で自分が凄いというアピールをしてくるが、 目立つことが怖いので無自覚型ほど自己主張をしない。 異なる意見を聞いても、そういう視点もあるかも、その可能性もあるかも、とは考えず、全否定。 過敏型の場合は、自分は間違っていると自分を全否定している。 依存がある アルコール、買い物、芸能人、など、 物質・行為・対人に極度の依存がある。 毎日飲酒、毎日買い物、毎日特定の人間を見ないと気が済まない、など。 一般的な息抜きレベルを超えての、依存がある。 何でも人のせいにする とにかく 自分が絶対正しいので、何かあると人のせい。 聞いてなくても、自分の判断以外の理由でこの状況になった、と、自己正当化の説明をしてくる。 子供の頃を思い出すと、父も母も私も自分の非を認めないので、異常な会話だった。 少しでも否定されるとキレる 脆い自尊心なので、 少しでも否定的なことを言われたり、低い評価をされるとキレる。 自信満々で魅力的に見える人が自己愛性かどうか判断したければ、ここを参考にしたら良い。 本当に 自尊心がある人は、何を言われても平気。 常に周りを観察している 自分に自信がある素振りを見せておきながら、 常に周りをキョロキョロと観察している。 自分を否定する証拠がないか、探しているのだと思う。 これも、本当に自信がある人との違いになる。 本当に自尊心がある人は、周りを気にしない。 過敏型は迎合的でキョロキョロしているので矛盾がないが、無自覚型は、自信満々の素振りをしながら周りを観察しているので矛盾がある。 行動に矛盾が大きい人はパーソナリティ障害の危険が高い。 心配性 これも、本当に自尊心がある人との見分けになる。 本当に自尊心がある人は、リスクを恐れない。 自己肯定的で、前向きで楽観的である。 楽観的な人はリスク回避を重視せず、 悲観的な人はリスク回避を重視すると脳科学的にも明らかになっている。 自信満々なのに悲観的な人は、悲惨な過去を乗り越えて自尊心を取り戻した人か、表面上自信があるように振舞っているが、実は自分に自信がないパーソナリティ障害の人間か、である。 自己愛性パーソナリティ障害の人間は、後者である。 自信満々に振舞っていても、リスクや危険に反応する脳の働きになっている。 ASD アスペルガー との違い ASDとの大きな違いは、目立とうとするかどうか、 嘘をつくかどうか、だと思う。 ASDは• 「周りが自分をどう思っているか想像できない」• 「自分では適切に振舞っているつもりが、なぜか、浮いている」• 「主観より客観的な正しさが何より大事」 という特徴がある。 これらが原因で、 目立つつもりがないのに目立っている、正しさにこだわるので、 たとえ承認欲求のためでも嘘はつかない。 怒りはあっても 「悪意がない」のがASD。 私の母のように良かれと思って過干渉や放置という精神的虐待をしてくる 「悪意がある」のがパーソナリティ障害 私の父のように、悪意を持って精神的虐待をしてくる 一方、自己愛性は• 「周りの空気を読めるが、無視する」• 「周りより自分を優先させた結果、浮いている」• 「正しさよりも承認欲求が大事」 という特徴があり、 目立ちたくて目立っているといえる。 承認欲求を満たすために、平気で嘘をつく。 テレビに出てくる人間に多いと思う 政治家、芸能人など ASD+後天的に自己愛性の人間もいるので、どちらか片方に当てはまらない人間もいる。 根っこにASDがある人間は真面目で空気が読めないが、無自覚型は承認欲求が激しかったり、過敏型は目立つことを過剰に恐れていたりする 原因 原因として、虐待やトラウマ以外に「父の不在、母の支配」が挙げられるらしい。 片方の親が不在で、片方の親からの精神的虐待や過干渉で自己愛性の傾向が出てくる。 そういった環境で育った、高学歴エリートに多い。 上の世代は「父の不在、母の支配」が当たり前の環境で育っているので、男は自己愛性無自覚型、女は自己愛性過敏型の特徴に当てはまる人間が多い。 支配的で劣等感が強い男と、支配されたがる依存心が強い女とが多数派で、そういったコンテンツに溢れている日本社会は気持ち悪い。 「ドS」「俺様」など、ただのモラハラ男を美化する風潮が不気味 ちなみに、父も母も、「父の不在、母の支配」という環境で育っていたようだった。 日本や韓国など、母親だけに子育てをさせるのが当たり前の環境では、パーソナリティ障害の人間が多くなるのだと思う。 家庭の歪さ、長時間労働、競争社会などが重なり、両国とも異常な自殺率の高さ 終わりに 自信満々な振る舞いをする人がいて、でも何か変だ、本能的に危険な感じがする、という時はこのチェックリストを参考にしてほしい。 全て当てはまらない人間は少なくても、大部分が当てはまる人間は危険だと思う。 反対に 健全な自尊心がある人は、当てはまる部分が少ない。 被害者へのメッセージ 自己愛性パーソナリティ障害は脳の器質的変化があるので、気持ちだけではどうにもならない。 被害を受けて困っているなら、離れた方が良いと思う。 自分の身は自分で守ってほしい。 当事者へのメッセージ 私も自己愛性傾向が強かったが、脳を変えることで自己愛性の症状も減ってきている。 病気=治らないと思い込まず、適切な脳へのアプローチで、変化させていけば、今より自分も周りも楽になれる。 まずは自分を好きになって、自分を信じられるようになることから、始めてみてほしい。 初めまして、KYOです。 このブログの目的は、 幼少期から、強迫行為などに悩まされ、精神科で「不安障害」だとか「アダルトチルドレン」だとか言われていた筆者が、 根っこの発達障害が原因だと気付いて、症状の改善をした記録です。 発達障害の症状というのは、脳の使い方のアンバランスや栄養不足から起こる症状も多いので、 変えられる部分を安定させると、症状は大幅に改善するということを身をもって証明しています。 脳の発達が途中な、子供の場合は、完全に治ると思います。 大人も、症状の程度を大きく改善することができます。 日常生活が困らないレベルに改善させて「病気」では無くなることが可能です 日本には発達障害が多いのに、それに無自覚で病んでいる人も多いので、 自覚して自己肯定感を取り戻して、自由に生きられる人が増えるよう、発信しています。 また、 日本の発達障害関連の情報は遅れているので 先天だけが原因と言われていたり、治らないと言われていたり、全て「間違い」です 最新の情報に触れられる人が増えるよう、 一般人が知らない情報を記載しています。 日本の共依存、思考停止、権威主義などの文化が合わないので、日本社会は離れて生きています。 日本を離れた人だから見える視点での発信を意識しています。 過去の記事について このブログは、ASD アスペルガー の症状である右脳機能不全 による視野の狭さ を改善していった記録でもあります。 古い記事になればなるほど、視野が狭い部分が見られると思いますが、 右脳を鍛えることで視野が広くなる 抽象思考が出来るようになる ということの証明として、公開しています。 妄信や受け売りではなく、自分の中で根拠があり、信じるに足ると思っていることを書いています。 権威主義は嫌いなので、こういったことは書きたくないですが、数字や肩書きが無いと信じない人のために書きました。 高IQ=発達障害の可能性もある、という件はを参照 詳しいプロフィールは お問い合わせは.

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職場の「自己愛性人格障害」を理解して被害を最小限に抑える方法

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴

もう一方は、軽度の発達障害の傾向があり、遺伝的要因が強く、生まれ持った資質の弱さから、神経の繋がり方が繊細になっているタイプです。 自己愛性人格障害の人は、トラウマ的な環境にいて、警戒心や防衛本能、攻撃性が強くて、ほど良い親のもとで育っていないことが多く、落ち着く場所がありませんでした。 そのため、人と繋がりながら、安心して過ごすことが難しく、自然に身体はリラックスしていかなくて、気分の波の激しさから、真ん中の状態がありませんでした。 子どもの頃から、親子関係で危険や嫌悪を感じながら、自分の思うような行動が取れずに毎日を過ごしており、自分を元気にする方法がすごい自分になって、頭の中でそう思い込むことでした。 そして、周りが自分の思い通りに動いてくれるとか、自分の色合いに染まってくれると、より元気になり、身体が軽くなって、もの凄く動けるようになります。 子どもの頃から、身体の中にトラウマを抱えているハンディがあり、嫌なことがあると、ソワソワして落ち着かなくなり、その場をうまくこなせないと、身体が硬直して、萎縮してしまう無力さを抱えているため、肥大化した万能な自分で生きるしかありませんでした。 そのため、すごい自分でいられなくなると、何も満足できなくなり、体調も悪くなって、無力でダメな自分が現れ、何も出来なくなります。 彼らの特徴の一つとして、些細なストレスでも、身体は身構えて硬直し、頭の中の好奇心か嫌悪のイメージがそのまま身体に表現されてしまうため、傷つきやすく、両極端な自己像になり、すごい自分を空想するか、どうやったら自分が優位に立てるかを考え、自分の土俵に変えて、新しいルールを作ることが自己防衛になります。 トラウマのせいで、人の気配や表情、態度、視線、言葉、物音、匂いなどを敏感に察知し、身体は防衛体勢に入り、頭の中でアセスメントしますが、嫌悪感のほうが強くなると、胸が痛み、動悸が激しくなり、拳に力が入り、体温が下がり、全身が縮まります。 そのため、無意識下で縮んだ部分を広げようとして、怒りの感情を表現するか、投げやりな態度を取るか、感覚を麻痺させるか、すごい自分を想像するか、自分の中のルールに従うか、相手を見下すかなど、その人独自の習慣が出来ます。 また、痛みの伴う身体を切り離して、頭の中で自分の都合の良い論理的思考を展開して、万能的な自己イメージを持つことで自分を安定させています。 万能的なイメージ通りの自分を演じて、人に良く思われていると妄想に耽ることで、本来の自己の欠損や不全感を埋めています。 自己愛性人格障害の特徴をさらに細かく分けていくと7つあります。 彼らは、世の中の不条理な在り様の犠牲者であり、不満や我慢に耐えながら、反発する力が育っており、自分の言い分が正しいと固執していくか、絶望のなかで、ある対象を理想化し、嗜癖化していくことで、本来の痛みから遠ざかろうとします。 特に、母親の不在や共感不全により、自分は素晴らしい存在であるということを映し出してくれる鏡がない子どもは、感情や自己調整機能に障害が出ます。 そして、人と穏やかに過ごすことが難しく、気分の浮き沈みも激しく、優越感にのめり込んで、尊大に振る舞う反面、劣等感や無力感で苦しみ、極端な行動を取っていくようになるため、自己愛性人格障害が形成されます。 また、母親という愛着対象との皮膚の接触が危険であれば、対象との距離を置いて、対象なき世界で己の力とスキルを磨き、自己に陶酔することで安全感を保障します。 このタイプは、人を愛するというよりも、自分の技能を高めようとします。 過覚醒の時は、自分の能力の限界に対する認識を欠き、理性的な判断が難しくなっていて、リスクを考えずに無計画に行動するため、こころの発達が未熟で自己中心性の高くなります。 このような人は、落ち着いて、のんびりゆっくりすることができない環境で育ち、腹側迷走神経複合体の働きが弱くて、社会交流システムがうまく働きません。 些細なことでも、不安や動揺を感じやすく、身体は緊張していて、嫌なものを感じているか、好奇心のあることにのめり込みます。 調子が良い時は、他人に好意を持ち、たくさんのアイデアが浮かんで、活発な思考と行動を取り、他人のことはお構いなしに接近していきます。 一方、不快な状況では、闘争本能を剥き出しにして、自分の主張を振りかざし、正論を言って、自分の身体を元気にします。 また、覚醒度の振れ幅が大きく、神経が昂り、気分の浮き沈みが激しいために、安定した状態を得ようとして、周りを過剰に気を使いすぎて疲れます。 良い状態を維持するためには、強圧的な態度で周囲を圧倒し、自分が一番でないと気が済まないとか、お金や欲にまみれるとか、自分のことをしか考えていないなど極端な行動を取ります。 一方は、過去の外傷体験の衝撃や恐怖に圧倒されていて、恥や敗北、無力化した自己の部分は内側に閉じこめています。 もう一方は、対人関係において、恥をかいたり傷ついたりすることを避けようとして、頭の中で思考し、なんでもしようとする部分があります。 この部分は、心が繊細で傷つきやすく、リスクや危険な目に遭うことを酷く怖がり、外の気配に過敏になります。 日頃から、自分の恥ずかしい部分がバレないようにと、人の視線や反応を気にして、先手先手を打ちながら、外面を取り繕い、論理で自分を正当化し、人に良く思われようと努力しています。 また、不確実な要素や外部の雑音に耐えることが苦手で、予期せぬ出来事が急に起きないように、あらゆる先のリスクまで考えてしまって、不安や心配が強くなって、どうしていいか分からなくなります。 自分では何も選択できず、他者から良いもの差し出されても拒んでしまい、自己中心的な世界をグルグル回るだけになります。 あとは、生活全般の困難が続くと、自分の身体の感覚や感情を感じられなくなり 、自分でいられる感覚も乏しくなって、自分で自分を満たせなくなるために、頭の中で自分は凄いという妄想に耽るか、対象に求める質が病的になります。 そのせいで、自分の感覚が乏しく、自分で自分を満たすことができないので、自分の見栄えを過剰に気にして、規則正しく振る舞い、素晴らしい自分を演じることで、人から良い反応を引き出し、自分を満たしてきました。 相手と比べて自分が凄いと思い込むことで、自己の病理的な部分が誇大化されます。 また、自己存在の希薄さを埋めるように、肉体を求めて、快楽主義的な欲望に耽るタイプもいます。 このような人は、自分のなりたいイメージと自分の実際の姿とのギャップが大きいのが特徴です。 自己愛の強い親は、わがままで、身勝手で、DVがあり、子どもに一番になれとか、強く育てようとします。 その反面、皆が利益ばかりを追求して、損得勘定が世間一般の価値観になってしまったので、法律に反していなければ何をしても良いとか、正しさよりも快楽や欲求を充足させることを優先する人がいます。 トラウマを負っている人は、学校教育や行事などの集団場面において、ルールや規則に縛られることを嫌で、脳や身体が再外傷化のサインとして受け取り、とても疲れやすく、不快感が出るため、無規範で自由を追い求めます。 一方、不確実な要素を嫌う一面があるため、論理的で、ルールや規則に従います。 また、生まれつき神経の働きが過敏な人は、身体を空っぽにするため、自分で何も感じられなくなり、対象を求める質が異質です。 これらの要素が複雑に絡み合いながら、トラウマという不条理な有り様のなかで育ち、内的には自己の分裂が存在していて、人と繋がり、穏やかに過ごせないなかで、自己の病理的な部分を理想化し、対象を求める質が極端になります。 自律神経系や覚醒度の調整不全ゆえに自己不全感のある本来の自分と、完璧な自分との間の不一致が大きく、相手への共感性や罪悪感よりも、自分の欲求が満たされるか、または将来において報酬が期待されるときのみ行動するようになり、自己愛性人格障害を形成していきます。 自己愛性人格障害の人は、利己的で他罰的で、自分の欠点を否定し、他者の意見を素直に受け入れられなくなり、他者と競争し、自分の目的のためなら他者を操作をしようとする自己中心的な行動を取ります。 例えば、虐待やネグレクトする親を持つことの絶望とか、性被害に遭うことで変えようのない体を持つとか、ギャンブルやアルコール依存にはまる親を持つどうしようもなさとか、いじめられていても戦うこともできない無力な自分とか、父親から暴力を振るわれる母親を見ている無力な自分とか、様々なことを負わされることで自分のことを愛せなくなります。 また、深く傷つけられた体験をした人が自分は汚らわしい存在とか、恥をかかされたのに怒ることが出来ず自分は無力であると自己規定してしまうと、良い自分(他者との関係で承認された良い部分)のほうが悪い部分(不承認される悪い部分)を批判したり、なんとか追い出そうとしたりするので、高められた自己像と低められた自己像の間で分裂が起きます。 この二つに分裂した自己像を統合することは難しく、ありのままの自分を愛することは出来なくなります。 別の言葉を使えば、痛ましいトラウマにより、尊厳が踏みにじられることで自己を構成する各部分がスペクトルの両極に分裂してしまい、一瞬にしてありのままの自分(等身大の自己)を失ってしまいます。 一部、例を挙げると、万能感か無力感、善か罪悪か、純潔さか不潔か、優越感か劣等感、理性か本能か、亢進した部分か退行した部分か、サディズムかマゾヒズムかに引き裂かれることにより、極端に違う自分が同時に存在する状態になり、その間を行ったり来たりすることで自己イメージは混乱して、極端な行動をとるようになります。 一方で、発達早期のトラウマの場合、ありのままの自分は、現実ではあまりに小さくて無力なため、生き残れなかったと言える場合もあります。 例えば、大人から侮辱され、恥をかかされ、理不尽な目に合わされてきた子どもは、酷く傷つき、弱くて小さい存在です。 しかし、弱くて小さいありのままの自分では生きては行けないので、生き残るための一つの方法として、強くなって、冷酷になって、加害者の大人側に回ることがあります。 また、大きいふりしたり、明るいふりしたり、まともな人間のふりをしたりと自分の本当の感情を見せないで、無意識のうちに強く明るく元気があるように振る舞ってる人がいます。 さらに、狼のようになって周囲を過剰に警戒したり、攻撃したりして生きている人います。 その他にも、困難な日常生活を切り離しながら、夢の中で生きている人もいます。 こうした子ども時代の親子間、学校社会のトラウマにより、子どもは自己を極端に分裂させてしまうため、将来の人格形成に大きな影響を与えてしまいます。 自己愛性パーソナリティ障害の人は、養育者からのネグレクトや虐待、過干渉など受けて、子どもの頃から不条理な環境で育ち、とても臆病で傷つきやすいために、表面を取り繕い、傲慢な態度で周囲を圧倒し、尊大に振る舞おうとする歪んだ自己愛の世界で生きていくようになります。 子どもは、母親(養育者)との関わりのなかで、自分を意識し、自己概念を発達させます。 つまり、子どもは、どんな時でも母親(養育者)を必要としており、自分が自分であるというのは母親があって成り立ちます。 そして、子どもは母親の眼差しを見て自分のことを価値があるように思います。 母親から愛情をたっぷり貰うことで、自己のまとまりはしっかりしていき、こころは豊かになって、心響き合う人間関係の土台が作られます。 しかし、母親の不在やネグレクトなどの虐待、過干渉のもとで育った人は、自分が素晴らしい存在であるということを確信できずに、自己愛が歪んだ形であらわれて、こころや身体は病的になります。 例えば、 母親に依存しようとしても、絶望の気分にさせられる場合は、感情の揺れ動きに疲れ切り、気分が落ち込んでいくなかで、自分は完全無欠の高みを目指していく光の側面と同時に、毛むくじゃらの野獣の暗黒面を理想化していくことがあります。 また、母親から愛情を一つも貰えなかった子どもは、自分の心を落ち着かせて支えてくれる体験が不足しています。 そして、母親に見捨てられるかもという恐怖があり、必死にしがみついて、良い子を演じるか、母親の愛情を勝ち取るために、誰よりも努力して、力や支配性を理想化していくことがあります。 さらに、母親の嫌なところを見てきて子どもは、そういう側面が嫌になり、自分はピュアで真っ白でいたいと思って、汚れた部分を嫌います。 また、生まれ持った資質の弱さや不幸な生い立ちの子どもは、自分の恥じている部分がバレないようするために、人の目を気にするようになり、万能な自分を見せていたら、いつの間にか、自分の弱さを見せれなくなり、生きにくくなります。 あとは、過酷な環境のなかで生き抜くために、恐怖や怒り、怯え、痛みなどが麻痺していくようになると、自分の感覚も人の気持ちも分からずに育ちます。 その一方で、ある時、大人から愛情を貰うとか、クラスメイトの子よりも勝っているという優越感に浸る体験をするとか、周りの子から羨ましがられることがあると、今まで欲しかったものが手に入り、その快感に取り憑かれるようになります。 その後も、そのときの快感が忘れられず、自分の中に強く残ってしまうので、人と比較するようになり、人に認められるための行動を取るようになって、すごい自分に見せるために、対人関係の取り方が極端になっていきます。 そして、人に認められるために、良い人を演じて、ひたすら理想を追い求めるようになりますが、身体の中のトラウマがハンディになり、自分の思うような人生が歩めません。 母親の世話(肌を包んで安心させてもらうぬくもり)が過度に不足し、虐待やDVを受けて育った子どもは、両親の顔色を伺いながら、気持ちを先取りして、期待に添えようと、規律を守り、行動の順序を考えて、良い子として頑張ります。 しかし、普段の頑張りを誉めてもらない場合には、ガラガラと崩れ落ちる絶望感のなかにいて、親の不適切な養育に怯えながら、落ち着いて身体を休めることができません。 次第に、生活全般の困難に圧倒されて、自分が自分でいられる感覚が麻痺していくなかで、太古的な情動や攻撃性に身体が蝕まれ、焦りや不安、緊張からイライラしやすくなります。 過覚醒が慢性的に活性化することで、過剰なエネルギーが流れ込んで、身体や感情を司る自律神経系の調整不全が起きます。 そして、子どもは、幼いうちから自己調整機能や覚醒度のコントロールの不全感を埋めるように、思考や行為を強迫的に反復し、細部にこだわり、自己の完全性を維持しようとして、自己中心的な性格に変形していきます。 その結果、自己不全感のある本来の自分と完璧な自分との間の不一致が大きくなります。 危険な状況や嫌悪感が強い状況が続くと、警戒心が過剰になり、身体は過緊張状態から、全身が闘争・逃走の過覚醒にすっかり染まっていきます。 そして、外の世界に注意が向き、神経が過敏に反応して、急な出来事や予測できない事態を恐れるようになり、危険があるかどうかを細かいところまで探り、あらゆる先のリスクまで考えるようになります。 その一方、物事を解決しないと不安や動揺が強くなり、焦燥感が出て、じっとしていられなくなるため、物事を白黒はっきりさせて、その場の最適な方法で行動を取り、問題解決したくなります。 しかし、物事が解決しないと、胸がザワザワ、イライラ、落ち着かず、気が狂いそうになります。 嫌なことに対して、身体が不快な反応をするために、興味のある刺激を好んで、好奇心が人一倍強くなり、現実が辛い場合には、頭の中の万能的な空想の世界に退却し、自分の状態を安定させます。 さらに、危険から自分の身を守るためとか、恥をかかないようにするために、人に良く思われることが習慣化していって、周囲の反応や評価を気にしています。 発達早期のトラウマというのは、一瞬にしてその人の力を奪い取り、バラバラにするために、感覚情報が視床と皮質で統合されずに断片化されてしまって、意識や認識過程の領域を狭める結果になり、こころの成長を止めてしまうことがあります。 また、トラウマの影響で、合理的な脳の働きが弱まり、無意識の本能的衝動や生理的欲求 との境界が開放されていくと、自我意識(自分の感情や欲求を抑えて、欲求の充足を先に延ばし、長期的な目標に従う)よりも、衝動のままに行動して目先の欲求を満たそうとする快楽原則に支配されます。 大人になると、消費するために毎日働き、快楽を満たすことが生きる意味で、欲求を満たしたいという欲望のまま、自己中心的で浅ましい人間になるかもしれません。 次に、生活全般の困難さが増して、恐怖や怒り、苦痛、恥辱に圧倒されていくと、身体が固まり凍りつき、心はその痛みを感じないようにトリックをかけて、私は人間であるという体験(自己感覚・身体感覚)が麻痺していきます。 自分が自分でいられなくなることで、自己、身体、感情、時間感覚が分からなくなり、他者の視点に立つよりも自分の感覚を取り戻そうとして、強迫的にある特定の対象や行為、過程を求めようとします。 また、自分で自分を満たすことができなくなると、自分を満たすために他者を自分の一部のように見たり、他者を巻き込んでいくようになります。 さらに、自己感覚が麻痺すると、自分のことがよく分からなくなり、自他の区別がつきにくく、当然他者の気持ちも理解できなくなって、世間一般の常識と自分の認識のズレが生じます。 発達早期に無力化されるようなトラウマを受けた人は、その戦慄や恐怖により、動けなくなり、自分が自分でいられなくなって、もともとの自己の部分は、心の奥に隠れてしまうことがあります。 そして、二度とこのような破局体験(カタストロフ)が起きないようにと用心深くなりながらも、完璧な対象を理想化し、その対象に自分の存在感をアピールして、人に承認されたいと努力します。 また、自己の崩壊を防ぐためには、人はなんでもしようとして、他者を不当に利用したり、よく思われようと努力したり、家に引きこもりになったりして自分を守ろうとします。 身体の神経は、交感神経と背側迷走神経が過剰で、負荷がかかり、思考で埋め尽くされ、閾値を超えると、体調を崩してしまうために、自分の好き嫌いをはっきりさせて、自分のしたいようにすることで自分の身体を楽にさせます。 自己愛性パーソナリティ障害の人は、自分のやりたいようにやっているときが人間らしい呼吸ができる唯一の時になりますが、やりたいようにやっていると周りとうまくいかなくなるので、相手に合わせることもできます。 しかし、相手が自分の価値観と違っていると、それに合わせる意味が感じられないので、関係は続きません。 以上のことが折り重なり合い、外の世界に注意が向き、視覚や聴覚、身体感覚などの過敏さと鈍麻の間を行き来していて、人の何倍も傷つきやすいメンタルを持っています。 痛みや傷つくことが怖くて、実際の自分よりも、凄い自分を誇張して、自分の弱さを見せれません。 急な出来事や予測できない事態が起きると、すぐに身体が反応してしまうことが不快で、それを処理できない自分を恥じて、そのような出来事が起きないように注意を張り巡らし、身体の感覚を麻痺させるようになります。 他方、興奮する場面では、周りが見えなくなるほど熱くなって自己中心性が増します。 そして、親の機嫌の悪さを察知して、怖がりで過剰に同調的な良い子の部分と、親に注目されようと、明るく元気に振る舞ったり、おどけて悪ふざけが過ぎたりする部分と、危険を感じて覚醒し、自分の技能を高めるために、スリルを楽しんだり、周りが見えなくなるほど自己中心的に振る舞ったりする部分など、極端な行動をとる自己を持つようになります。 人間は生理的欲求が欠乏していくと、その充足を求めて行動しますが、病的な自己愛の人は、尊厳が踏みにじられたり、安全・安心が脅かされたりしてきたために、全身が縮まっていて、容易に神経系の働きが闘争・逃走反応の状態に切り替わります。 トラウマがある人は、ストレスホルモンのレベルが瞬時に上がりやすく、交感神経の働きが、覚醒度の耐性領域を超えてしまうと、身体(本能、情動)と心(理性)との間で生理的混乱が生じます。 そして、強いストレスに曝される環境では、交感神経の働きが活発で、身体は縮まり、胸は圧迫されて、呼吸はしづらく、心臓に負担がかかるので、無意識のうちに発散を求めるようになり、自分より弱い立場のものに怒りが向けられます。 また、その混乱を制御しようとすればするほど、多くのエネルギーが必要になり、自制しようとするパワーも切れて、体調が悪くなるか、シャットダウンします。 さらに、常に気が張って、神経が尖り、心身の機能が過酷になると、他者の感情を読み取って、受け取ることが難しくなり、社会の人々との繋がりが遮断されます。 親の愛情を貰えなかった子どもは 、ケアの不足により生じた悲しみや、空虚感を埋めるために、何かに夢中になります。 物心ついた頃から、女の子の場合は、スピリチュアルな空想へ耽溺し、お人形遊び、絵を描くなど女性性と同一化します。 男の子の場合は、力のある誇大感を欲して、戦隊モノやヒーロー像、武器など男性性と同一化しますが、男女共に現実の親子関係よりも空想した人物を同一化のモデルにして、自分の思い通りにいくものを思い描き、気持ちをすっきりさせます。 そして、男の子の場合は、男性性の誇大感を高めるため、力、成功、論理的思考、決断力を身につけ、周りから認められたいと頑張ります。 父親から暴力を振るわれる母親の姿を見たりとか、精神的に未熟で、自分の情緒を安定させるために「良い子」でいるようにコントロールされた子どもは、親子の境界性(バウンダリー)が恐怖により、侵害されていて、ありのままの等身大の自己が育っていません。 このような子どもは、不安や緊張、警戒から他者の顔色を伺い、他者の影響を強く受けていて、自他の区別がつきにくい状態にあります。 そして、無意識のうちに親の支配下に置かれていて、親の不安や強迫観念、損得勘定を受け継いでおり、幼児的万能感や妄想の体系を維持するために、他者を不当に利用して自分が有利になる構造を作り出し、自覚なしに境界性を侵害します。 また、生活全般が困難になればなるほど、私は人間であるという自己感覚・身体感覚が麻痺していって、相手に侵入される恐怖を感じながら、相手の境界性に侵入していくようになります。 自分を守るべく身体感覚が麻痺して、剥き出しの状態になれば、人に悪意を向けられる度に、身体がビクッと反応して、その恐怖に耐えれなくなるので、人との境界線を高く設定することで自分を守ります。 その他にも、本音や本当の感情を見せずに、良い子の仮面を被って努力している場合は、親から高い達成レベルを求められると、その理想に届きようがないため、子どもは無意識のうちに空想の中で自分はもっとできるんだと思い込むことがあります。 その一方で、大人から酷い目に合わされてきた子どもは、「どうして私だけが…」と被害感情の方が強くなりすぎて、他者の精神状態を思いやる余裕が無くなります。 そして、「自分はダメな人間だ」という劣等感から、落ち込んでしまった状態を回復させるときに、今までの分を死に物狂いで取り戻そうとして、躁的な状態になり、自分が得しようして、様々な誘惑に負けやすくなり、本能のままに間違った方向に進むことがあります。 最後に 、社会学的な見方で言えば、利益ばかりを追求する格差社会のなかで不条理な立場にいる子どもは、他人と同じことをしたくても出来ないので、辛さ、不満、悲しさ、悔しさ、やり切れなさ、それが怒りになって、自己中心的で浅ましい人間になりがちです。 また、発達学的な見方で言えば、自己愛性パーソナリティ障害と見える人の中には、生得的な発達障害(軽度の自閉傾向、他者の表情を読み取るのが苦手、抽象的な言葉や比喩を理解できない、感覚過敏、こだわり、視覚優位、体質の弱さ、自他の区別があいまい、二つのことが同時に出来ない、恥の体験をうまく処理できないなど)を基盤に持っており、能力のアンバランスさが大きかったり、生まれつきの怖がりや劣っているという劣等性を持っていたりします。 トラウマケア専門こころのえ相談室 論考 井上陽平.

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【自己愛性パーソナリティ障害の特徴】アスペルガーにも似ている症状

自己 愛 性 パーソナリティ 障害 特徴

前回とあるYouTuberについての雑感を書きましたが、 今回はそれと関係がないようで関係あるお話です。 前回の話に出たとあるYouTuber。 何が問題かというと、動画撮影の為(広告収入の為に) 子供たちを学校に行かせてないのではという疑惑です。 動画では観光地や有名施設(遊園地等)に遊びに行った事を動画にしていますが 動画の中の各施設は異様に人が少ないのです。 つまり平日の昼間に撮影しているのは明らかです。 また、冬季に撮影された動画でも暗いという事がありません。 冬季に学校を終えて急いでロケに行っても日が暮れて暗くなりそうなものですが そういう事はほとんどありません。 ここでも平日の昼間に撮影しているのは明らかです。 そういう動画を週に4本も5本も撮っているとなると、移動時間を考えても 土日曜日に取り溜めしたという事はあり得ないのです。 これが動画の為に子供たちを学校に行かせてない疑惑の理由です。 子供たちを動画収入の為に学校を休ませて働かせているという事で これが事実だとしたら完全にアウトでしょう。 でも、ここで疑問が沸きます。 そんな親がいるのか? 実はいるんです。 ワタシの個人的な見解では。 このYouTuberの母親は 自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害)ではないかと思っています。 自己愛性人格障害・・・・最近は縮めて自己愛と呼ばれています。 似たような言葉に「自己中心・自己中」というのがありますがあれの100倍スゴイと言うと わかりやすいかもしれません。 自己中は性格の問題ですが、自己愛になると脳の発達障害になります。 脳の特定の部分が発達していないので数々の問題を起こすのです。 実は、私事になりますが、結構長い間自己愛の人間に関わってしまい苦しんだ経験があります。 その当時は自己愛という言葉すら知りませんでしたが、随分経ってからその事を知り 妙に納得した覚えがあります。 こう書くと、自己愛は特別な事にように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが 人口の1% または25人に1人が自己愛だというデーターもある位で ほぼどこでも居て普通に生活しているのです。 自己愛に関わるとほとんどの場合、自分の人生を破壊されます。 なので自己愛について知る事によって自分の人生を棒に振らずに済むかもしれません。 」 自己愛という人たちは結局のところどんな人なのかと言うと 「自分が大事、自分しか愛せない人なのです。 」 実親とか実子でも関係ありません。 世界の中心は自分なのです。 別な言い方をすると、自分しか認識できないのです。 自分以外の人間を認識する脳の機能が欠落しているのです。 自己愛から見ると世界の中心は自分で それ以外の人間は自分から生えている手足のようなものです。 なのでどんなに他人に親切にされても感謝するという感情がありません。 自分の手足に感謝する必要が無いのと同じです。 他人を自分の為に使い捨てる事が当然なのです。 自分が世界の中心なので、チヤホヤもてはやされるのを当然と考えます。 そして、自己愛の行動原理はすべてここに繋がります。 自己愛のすべての行動はチヤホヤもてはやされる為のものです。 逆に自分が否定されるのを極度に恐れます。 自分に従わない者はすべて敵認定してどんな汚い手を使っても排除しようとします。 その結果、他人が精神的に破壊されて廃人になっても何も気にしません。 自己愛の脳にはそもそも「良心」という機能がないのです。 自己愛は世界の中心は自分で世界でもっとも優れていると思い込んでいますが 現実はそうではありません。 そのギャップを埋めるのが嘘です。 自己愛は嘘に嘘を塗り固めて自分を大きく見せようとします。 なので、自己愛は基本的に大嘘つきです。 普通の人が嘘をつく時は話の脈略や前後関係を考えて嘘をつくので多少タイムラグがあります。 また、良心が咎めるので目が泳いだり普段と違う仕草をして見破られる事が多いのですが 自己愛の嘘はなかなか見破る事が難しいのが特徴です。 そもそも良心がないし脈絡や前後関係を考えずに まるで「息を吐くように嘘を吐きます」 それが嘘か本当か検証するには時間や手間がかかるし、後日それが嘘とわかって追求しても さらなる嘘を塗り固めてくるので反論するにはさらなる検証が必要となります。 また良心がないので表情や仕草にも不自然さがまったくありません。 多くの人が自己愛に騙されるのです。 自己愛に関わってしまい、場合によると気に入られる(使い道がある)と認定されたら 付きまとわれてとことん利用されます。 なので、もし自己愛に関わってしまったら、全力で逃げる事をおすすめします。 自己愛と闘う方法がないわけではありませんが、非常に危険でリスクも高いのでとにかく逃げて下さい。 自己愛を見抜く事ができないと捕まってずるずると利用されてしまいます。 なので、私の体得した自己愛の見抜き方を書いておきます。 言ってる事の辻褄が合わない。 要するに嘘をついている。 「あれ?」が3回続くとほぼ自己愛確定と思って良い。 自己愛は他人を絶対に褒めない。 普通の人なら怒り出すような見え見えのお世辞でも本気で喜ぶ。 他人の話に合わせる協調性はそもそもない。 まぁ、他にもありますがこの辺にしておきましょう。 話をYoutuberに戻しますと 実の子を学校を休ませてまで動画撮影して収入を得ようとするのは 普通の人にはできません。 でも、自己愛はそれができるのです。 自己愛にとって他者が自分の為に犠牲になるのは当たり前なのです。 私がとあるYoutuberの母親が自己愛ではないかと思うのはそういう理由です。 それ以外にも、この母親の発言の数々からは自己愛の特徴がよく出ています。 九分九厘間違いないです。 先ほど、自己愛と関わってしまったらすぐ逃げるようにと書きましたが この動画の子供たちは逃げる事ができません。 この母親は毒親となって子供たちの人生を潰します。 私には祈る事しかできませんが、こういう人間が実はたくさん居るという事を知っていてもらいたいものです。 最後に自己愛には意味が無いのかというと、実はそうではありません。 ほとんどの自己愛は凡人で他人に害を与えることしかしませんが 極稀に才能に恵まれた天才的な自己愛の方もいらっしゃいます。 天才的な自己愛も自分の目的の為に他人を利用して使い捨てますが それまでになかったアイディアや発明をして世界を変える事があります。 アップルを創設しi-Phoneを発明したスティーブジョブズも自己愛だと言われています。 彼の功績は世界中で褒め称えられていますが、その影で利用されて人生を破壊された大勢の方がいらっしゃると思います。 また、芸能人は大半が自己愛だと言われています。 自分が1番、自分が素晴らしい、他者を蹴落としてでも自分が目立つ 嘘を嘘で塗り固めて自分を大きく素晴らしく見せる。 自己愛がその能力をいかんなく発揮できるのが芸能界なのです。 自己愛はどこにでも居るもの しかし、関わると自分の人生を壊されるので遠くから眺めているのが良いのです。 この記事が誰かの何かの役に立てば幸いです。

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