この街は僕らの夢を見てる。 僕ヤバ感想:Karte.39 僕は夢を見た|azitarou|note

熊本にいる人へも、熊本を離れた人へも 森高千里「この街」|読むらじる。|NHKラジオ らじる★らじる

この街は僕らの夢を見てる

2013年。 メジャーデビューを目指して初めて地元を離れ上京したことで、これまで自分を支えてくれていた家族や仲間、生まれ育った枚方の街の大切さに改めて気づくことができました。 それから枚方のために自分なりに出来ること、TANEBIとして出来ることを考える中で、あったようでなかった枚方市民の皆さんが心一つになれるような『枚方市のテーマソング』を作らせてもらえたら最高だなと思うようになりました。 何度か枚方市にその話を持ちかけるも、やはりとても大きな事柄なので最初はそう簡単には受理してもらえずでしたが、2019年1月に枚方市役所にてTANEBIの大阪府北部地震の義援金支援に対する感謝状を頂いた際に、その場で改めて「僕らに枚方市のテーマソング作らせてください」とお願いしたところ、市長から「ぜひお願いします」と返事を頂き、ついに実現となりました。 楽曲制作に入る前に、枚方を盛り上げるために結成されたひらかたプロデューサーズの皆さんや、関わりある枚方市民の方々に、枚方に対する想いを聴かせていただきました。 色んな意見がありましたが、そこにはちゃんとそれぞれの愛があり「みんな、ほんまこの街が好きなんやな」と感じ、それがそのままタイトルとなりました。 だけど大事なのは「何故、この街が好きなのか?」ということ。 それを掘り下げていくと、そこには好きな風景や場所、誇れる文化などもありますが、やはり何よりもそこに『大切な人』がいるからこそ「好きな街」になるのだと思います。 歌詞にある『君』に対し、それぞれの大切な人を思い浮かべて聴いてもらえたら嬉しいです。 枚方市はイベントやお祭りごとが多くてとても活気のある街だと思いますが、だからと言って枚方に暮らす全ての人が今元気で幸せに暮らしているとは限りません。 だからこそ、人を元気づけたり笑顔にできる音楽というものが、とても重要な役割を果たすと思っています。 この先で「この街が好き」が、枚方市のラジオや商店街や保育園や学校やお祭や色んなところで流れ聴こえてきて、そして色んなところでみんなが口ずさみ合唱する日が来たら、きっとこれまで以上に人と人との繋がりが自然と増えていき、よりたくさんの笑顔が生まれていくと信じています。 実際に「この街が好き」が生まれたばかりの今時点でも、たくさんの人が関わり応援してくれていて、すでに素敵な繋がりがたくさん増えてきています。 「この街が好き」が、この先何十年と愛され歌い継がれることを本気で夢見ていますが、今、やっとそのスタート地点に立ったばかり。 夢はやっぱりたくさんの人と一緒に叶えたほうが絶対にオモロイ! 2番の歌詞の一節に『僕ら いつも 大人の背中 見てた』とありますが、この街の大人たちが日々を生き生きとワクワクしながら生きていたら、その姿を見て子供たちはこの街がもっと好きになり将来にワクワクすると思いませんか?一緒にこの街を盛り上げていけたら最高です! 最後に、僕のふるさと枚方市のテーマソング「この街が好き」を愛を持って音楽として形にしてくれた相方杉くん、快く楽曲に参加し協力してくださったアーティストの皆さん、機会をくださり全力でサポートしてくださっている枚方市役所の皆さん、 そして応援してくださっている枚方市民の皆さん、このプロジェクトに関わってくださっている皆さんに、心から感謝いたします。 本当にありがとうございます! TANEBIとして、また上田和寛としても、生まれ育った大好きなこの街を精一杯盛り上げていきたいと思います! 杉山勝彦(すぎやまかつひこ)さんについて 「この街が好き」一生懸命、TANEBIが作らせて頂きました。 だけど、、、 子供からご年配の方まで、あらゆるシーンで楽しめる夢のような1曲なんて残念ながらありません。 あったらバカ売れですね。 作れるなら作りたいです。 そのテーマが一番伝わりやすいようにと考えて作編曲をし、ポップなバラードに仕上げました。 お祭り大好きな枚方の皆さんが、ひとつになって盛り上がれるように、軽快なラップで枚方愛が響きます。 「えっ別曲やん!」ってなるほどのギャップです。 メインバージョンの3倍労力がかかってます。 笑 作るのが楽しくなっちゃって。 そして、それがみんなで一緒になら尚更。 学校や、合唱団の皆さんにどんどん歌ってもらえるようにと、楽譜も併せて作りました。 無料でダウンロードできます。 親切設計でしょう?そう本気で、あなたと一緒に枚方市の新しい文化を作りたいんです。 昨年春、「この街が好き」に先立って、僕の故郷である埼玉県入間市の市長に直訴して、入間市の歌「どこから来たの?」を作らせて頂きました。 その際に、ひとり、途方もない時間をかけて、どういう枠組みでプロジェクトを進めれば歌が広がって、みんながハッピーになれるかを考えました。 そんな中生まれたアイデアが上記の3バージョンの「どこから来たの?」を作ることでした。 それは作曲家として、無理難題に応え続けてきて鍛えられたスキルが可能にした挑戦でした。 そして完成のお披露目したのが昨年11月。 最初はほとんど誰も期待してくれませんでした。 3バージョンも作ってめっちゃ大変だったのに。。 半年が経って、TANEBIがフリーライブ際に、合間の時間に流していたBGMの「どこから来たの?」に、たまたま通りかかった子供たちが自然に口ずさんでいました。 ダンスバージョンが流れた際には、体をゆらし、時にジャンプしたり、合いの手を入れたりしていました。 今や入間市の小学生のほとんどが口ずさめる歌になっていたのです。 僕はこのゼロからイチの過程を一緒に未来を信じて力を尽くしてくれた入間市の皆さんにとても感謝しています。 何よりも、皆さんとても楽しそうです。 「この街が好き」もそうなると信じています。 あなたも「この街が好き」の最初の最初を一緒に体感しませんか? まずは聴いて頂けたらそれだけで嬉しいです。 そして歌っていただけたら最高。 まだまだ産声を上げたばかりのプロジェクトですが、今がきっと一番楽しい。 これからPVの撮影がはじまります。 ダンスの振り付けも考えないと。 合唱祭でも歌ってもらうにはどうすれば? そんなどこかに、あなたがいたら良いです。 大人たちが面白がって10年過ごしたら、めちゃくちゃ良い街。 あっ、そういうことか。 最後に、この音源制作に参加してくださったミュージシャンの皆さん、アイデアを下さった市民の皆さん、そしてこの機会を下さって、あらゆるサポートをしてくださっている枚方市役所の皆さんに感謝します。 ありがとうございます。 TANEBIとして、上田和寛と共に枚方を盛り上げます。 僕もこの街が好きです。 ボーカリストからのメッセージ 根川萌(ねがわもえ)さん 歌い手への挑戦、迷いはありませんでした 普段から「やれることは何でも挑戦する」という姿勢を大切にしているので、母から枚方市テーマソングのオーディションへの応募を勧められたときは、迷わず手を挙げました。 最終選考はとても緊張しましたが、「TANEBIのお二人に私の100%の歌を届けよう」という気持ちで挑みました。 まさか、選ばれるとは思っていなかったので、合格の知らせには驚きました。 母がいつも童謡を歌ってくれていたこともあり、物心ついたときから歌が大好きでした。 母いわく、幼い頃の私は音楽を流すと泣き止んでいたそうです(笑)。 小学4年生から合唱団に入って本格的に歌に専念しました。 思うように歌えなくて、泣きながら練習した記憶があります。 中学校に入ってからは高音域が出るようになってきたので、最近は歌うことがとても楽しいです。 心のこもった曲をみなさんに届けたい 中学から高校は吹奏楽部、大学は軽音部の仲間に囲まれながら音楽とともに生きる日々でしたが、社会人として働き出してからは音楽に関わる機会から遠ざかっていました。 「もう一度、誰かと一緒に音楽をしたい」という思いが強くなっていたとき、Twitterで歌い手のオーディションを知り、勇気を出して応募しました。 音楽を続けていきたいけど、プロの道が厳しいことも知っていました。 人生の選択肢に迷っているとき、TANEBIさんの曲を聴いて「自分の歌を2人に聴いてもらえたら、何か答えが見つかるかもしれない」と感じました。 歌い終えてからTANEBIのお二人と話をするなかで、上田さんから「考え方がアーティストだね。 あなたの作った曲を聴いてみたい」と言われ、私の歌への思いが一発で伝わったことに感動しました。 みんなの気持ちをのせて、大切に歌い続けたい 歌い手のオーディションは通っている枚方第二中学校の教頭先生や幼馴染のお母さんから紹介されました。 小学3年生のとき、プロの歌手を目指して音楽スクールに入りました。 今はエイベックスアーティストアカデミーのプロフェッショナルコースに通っています。 両親や学校の先生方も協力的で、周囲の応援、特にいつも支えてくれる家族のためにも何か残したいと思い、オーディションを受けました。 音楽に没頭するようになったのは、プロを目指していた父の影響です。 「父の夢を代わりに叶えたい」と思うようになり、中学校の間で演歌からポップスまで全てのジャンルを歌えるよう、日々練習を重ねています。 今は月2~3回、ライブやイベントでカバー曲を歌っています。 高校生になったら作詞・作曲にも挑戦したいと思っています。 夢はいつか母校で凱旋ライブをすること。 そのときに今回のテーマソングと自作した枚方ソングを披露したいですね。 元気、明るさ、笑顔でどんどん広めたい 「早くおいで」と招く君 夕焼け染まる河川敷 どうして 君といると 素直になるの? 忙しない毎日に 疲れてたのに ほら君が 笑うから つられて笑っていた 君がいる この街が好き 特別なものはなくても 君と今 過ごす時間が 宝物になってくから 照れ臭いけど「ありがとう」 笹につけた短冊に 子供たちの願い事 僕ら いつも 大人の背中 見てた 移りゆく 街並みに 戸惑うけれど 君のため できること 僕にも きっとあるから 喜びも 悲しいことも 一人では巡り逢えない この街を キャンバスにして それぞれの色を重ねよう 君の未来はどんな色? いつの日か この街を離れても 忘れないで 「おかえり」と 変わらず待ってる人がいることを 君と見た夏の花火も 寄り添い合った観覧車も この胸に いつまでも 君がいる この街が好き 特別なものはなくても 君と今 過ごす時間が 宝物になってくから 照れ臭いけど「ありがとう」 ラララ・・・ 君がいて良かった 今度は 僕から笑わせるね ・歌詞「この街が好き~マイカタちゃいます、ひらかたでんねん~」ダンスリミックス版 マイカタちゃいます ひらかたでんねん LaLaLa・・・LaLaLa・・・ 枚方市駅 特急止まる 急行止まる 重要度100 最近出来たプレミアムカー 値段のわりにプレミアムか? ビオルネをビブレと言うやつジモティー それだけで繋がる気持ち 枚方市 小さいほう? いや そびえ立ってるT-SITE! LaLaLa・・・ Yeah Yeah LaLaLa・・・ 忙しない毎日に 疲れてたのに ほら君が 笑うから つられて笑っていた プチョヘンザ!! 君がいる この街が好き 特別なものはなくても 君と今 過ごす時間が 宝物になってくから 照れ臭いけど「ありがとう」 マイカタちゃいます ひらかたでんねん LaLaLa・・・ Hira Hira LaLaLa・・・ 気温の高さ日本一やから 今からどうぞ 枚方凍氷 光っとった 枚方城 想像や理想と違っとった 一度は行った枚方パーク 大人も子供も皆が騒ぐ 広告塔には岡田さん インパクト強すぎて 他 出さん LaLaLa・・・ Hira Hira LaLaLa・・・ 移りゆく 街並みに 戸惑うけれど 君のため できること 僕にも きっとあるから くらわんか!! 喜びも 悲しいことも 一人では巡り逢えない この街を キャンバスにして それぞれの色を重ねよう 君の未来はどんな色? いつの日か この街を離れても 忘れないで Yeah Yeah 「おかえり」と 変わらず待ってる人がいることを 君と見た夏の花火も 寄り添い合った観覧車も この胸に いつまでも プチョヘンザ!! 君がいる この街が好き 特別なものはなくても 君と今 過ごす時間が 宝物になってくから 照れ臭いけど「ありがとう」 マイカタちゃいます ひらかたでんねん LaLaLa・・・ Hira Hira LaLaLa・・・ Hirakata LaLaLa・・・ Yeah Yeah LaLaLa・・・ マイカタちゃいます ひらかたでんねん 今後の展開.

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この街のすべて MASH 歌詞情報

この街は僕らの夢を見てる

こんにちは。 てぃなです。 Neruさんの『脱獄』のMVがかっこ良すぎて何度も見返してました。 見続けるうちに解釈を思いついたので書き留めます。 まずは偉大すぎる本家様をどうぞ 登場人物 「僕」 オレンジ色の髪。 目の色は黒。 サビは水色。 幼少期:ゴーグルは首にひっかけ、おどおどしている 成長後:ゴーグルを額に装着し、不敵な笑みを浮かべている。 「君」 黒髪。 目の色は赤。 幼少期:ゴーグルを額に装着。 いたずらっこのような笑みを浮かべる。 成長後:警官。 表情がわからない。 時代背景 時代背景を仄めかす歌詞がいくつかありました。 「仄暗い城壁」 城なので ヨーロッパ?MVで描かれているのは丸い塔のような場所ですね。 「ガス臭い街」 工業地帯でしょうか。 ガスは石炭などの燃料を想起させます。 「飛行船」 1910年代~期まで存在したプロペラ付きのがMVに描かれています。 「」 1935年にアメリカで販売を開始した。 こういった囚人っぽい歌に出てくる用語ではないので、初めて聞いたときすごく引っかかりました。 調べてみると、興味深い記事がありました。 第2次大戦中、は脱獄として使われた ABCによると、秘密情報部は、ドイツ収容所のイギリス人捕虜に脱出を届ける方法に頭を悩ませていました。 捕虜収容所は当時、物資の受け入れを許していましたが、それに目をつけ、情報部は、絹製品製造業者、ジョン・ワディントン社に絹製の地図、小さなコンパスなどの道具を通常のセットに隠した特別のセットを作らせ、捕虜収容所に送ったということです。 (そうだったの!?にまつわる知られざる5つのストーリー 2016. 02 ) 街=収容所、ガス=毒ガスとも推測できます。 ただ、少年たちの成長前後で時代背景が変わらないので、収容所説だと辻褄が合いません。 ずっと同じ場所に閉じ込められているので収容所ができた後に生まれたことになりますが、は1939~1945年という4年間のみ。 なので 「脱獄」の象徴として登場させた説が有力かと。 場所がドイツってことを仄めかしているのかも。 かの有名なルール工業地帯がありますし、その近くにお城もたくさんあります。 何より、ここは(1929)の影響が直撃して失業者が増えた街です。 生活に困った人々が犯罪に走り、警官が銃を向ける。 …そんな光景がありえない話ではない時代ですね。 まとめると 時代 幼少期:の発売後(1935年頃) 成長後:中(1939-1945) 場所 ドイツのルール工業地帯 ストーリー考察 「僕」が子供の頃を振り返っている。 時は後。 城壁で閉ざされた工業地帯に生まれた「僕ら」は、労働者として働かされる日々を送っていた。 草原の色さえ見たことがなく、唯一の娯楽は最近発売された。 「僕」はいつか救われることを夢見ているが、「君」は馬鹿じゃないのと皮肉った。 群衆の悲鳴。 響く銃声。 今日もまた、苦しい生活に耐えきれず犯罪に手を染めた者が警官によって粛正されたらしい。 この街ではこんなにも命が軽く扱われるのか?怯える「僕」に、「君」は不敵に笑って呟いた。 「逃げよう」 あの頃の「僕ら」は夢を見ていた。 この息苦しい街の外に、温もりと愛があるという夢を。 閉じた街の向こうへ飛行機で抜け出す夢を。 「僕」がこの夢を見るのは何回目だったっけ? ーーーーーーーーーー MVでは『何回目だったっけ』のところで「君」が消え、「僕」は成長しています。 2人で同じ夢を見ていたはずなのに、いつの間にか「僕」だけになってしまった。 「君」はどこへいったのでしょうか。 子供の頃の夢を見たまま成長した「僕」が、ついに夢を現実にする。 昔「君」が自慢気に見せてくれた、子供の空想のような飛行機の設計図。 誘う「君」に釣られ、いま「僕」は飛行機を完成させた。 飛行機の轟音に気づいた警官がブザーを鳴らす。 そんなのお構いなしに「僕」は飛行機を動かし、次第に音が遠ざかってゆく。 騒ぐ警官たちに向け、警官の「君」は発砲の合図を飛ばした。 その判断までの僅かな時間に飛行機は建物をーー抜けた。 あの頃の「僕ら」は夢を語っていた。 「閉ざされて息苦しいゴミのような街を、上から見下ろしてやるんだ」って。 錆びたスロットルを目一杯押し込んで、骨が折れるくらいスピード出して、外に飛び出して。 今、その夢を叶えようじゃないか。 ーーーーーーーーーー 「僕」を夢へと誘った「君」は、 なんと粛正側の警官になっていました。 「君」はいつしか夢を忘れて、権力を手に入れることで自由を感じようとしたのでしょうか。 布で目を隠しているのは、幼少期の気持ちを押し隠していることの表れかもしれません。 少し話は反れますが、MVに出てくる『目一杯押し込んで 今』の「僕」の不敵な笑みと満足そうな笑顔が 最高にかっこいい。 今まさに夢を叶えんとする瞬間の人は、あんな表情を浮かべるのでしょうね。 「君」視点。 夢を見続けた「僕」に、「君」は何を想う? 俺がやっとの思いで押し込めた夢を、アイツはまだ見ているのか。 くそっ、なんでこんなにイライラするんだ。 絶対に逃がさない。 俺は階段を駆け上がった。 昔の夢の跡をかき分けて。 やっと着いた屋上で目にしたのは、舞い上がる飛行機。 警告のサインと止まらないエラーランプが見える。 原因は分からない。 それでも君は顔色ひとつ変えずに高度を上げ続け、 ついに壁を突破した。 待ってくれ、俺も、 ーーそのとき、白い光と君の不敵な笑みが見え…俺は息を呑んだ。 ーーーーーーーーーー 俺=黒髪くん、君=橙髪くん、の設定です。 Cメロの「君」だけは橙髪くんを指してます。 橙髪くんの目が大空の色に染まるシーンが良いですね。 間奏の部分はMVを見て考えました。 壁を突破した「僕」に対して「君」が何を想ったかは、MVしかないので色々な解釈がありえるかと。 「僕」が最期に思ったこと。 エンジンがヒートして機体が壊れるのも気にならない程に、スピード全開で駆け巡る大空は偉大だった。 この身が吹き飛んでしまおうとも、これでいいと思ってるんだ。 だって「僕」は、自由になったんだから。 ーーーーーーーーーー 『身ごとどこかに』のときにMVに出てくる 青い羽は2通りの解釈があると思います。 1つは 自由の象徴。 鳥を飛行機に見立て、青い目の色をした「僕」が自由に飛び立ったことを示すという解釈。 もう1つは しあわせの象徴。 童話『青い鳥』には「しあわせの青い鳥を探したけど、実は飼っていたハトだった」という話があります。 これとかけて、しあわせは自分の胸の中にあったという解釈。 今回は、歌詞重視で前者を取りました。 最後に MVの所々に登場する以下の言葉。 今ここで同じ空を抱いているはずなのに、いつから僕等はすれ違ってしまったのだろう 子供の頃、この瞳が確かに捉えていたモノを 見て見ぬ振りをするのが 大人になる事だというのなら、 僕は一生、子供のままだって構わない。 これを読んでいると、 ・息苦しい街=現実社会 ・夢=権力から自由になること ・警官になった君=昔は権力を嫌がっていたけどいつしか権力を持つ側に回ってしまった人 ・飛行機で飛び立つ僕=自由を手に入れようと夢見続ける人 でも解釈できるのかなと思いました。 「世の中の理不尽なことを見て見ぬ振りをするのが大人になる事だというのなら、僕は一生、子供のままだって構わない。 」 子供のときに思ったことを忘れるな、流されるな、抗え。 というNeruさんからのメッセージなのかもしれませんね。 歌詞 仄暗い城壁で淘汰した ガス臭いこの街に生まれて 僕らまだ草原の 色も知らない ここでずっと救いを待ってても が上手くなるだけさ 君はそう笑っていた 群衆の悲鳴 響く銃声 何を命と言うんだろう 白い息混じり 君は呟いた「逃げよう」 あの頃の僕ら 夢を見ていたんだ この檻の先には 温もりと愛がきっとあるんだ 閉じた窓の 向こうへ飛んでいく 夢を見るのも 何回目だったっけ 遥か遠い思い出の話 君が自慢気に見せてくれた 馬鹿みたいな設計図 子供の空想 そして手招く君に釣られ たった今目の前にあるのが あの日の飛行船だ 遠ざかるブザー 騒ぐ警官 発砲の合図が飛ぶ 僅かな時間 朽ちた天井を 抜けた あの日の僕ら 夢を語っていた この檻の上から ゴミの様な都市を見下ろすんだ 錆びたスロットル 骨が折れるくらいに 目一杯押し込んで今 現実を突破しよう 警告のサイン 不明な素因 止まらぬエラーランプに 顔色変えず 高度上げて君は 笑う エンジンがヒートして 機体がどうしたって 気にもしない程に トリップしてしまう大空は偉大さ 身ごとどっかに 吹き飛んでしまったって これはこれでもう いいんだって思っている thina35121.

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【バルーン/シャルル】の歌詞の意味を徹底解釈

この街は僕らの夢を見てる

『』のの次回作『夢で見たあの子のために』の主人公、中條千里の初登場シーン、 決めすぎwww。 いやカッコつけてるんじゃなくて、理由があってのポーズなんだけど、この初登場シーンの印象が悪いせいか、『僕街』と違って、最初はこの作品に入り込めなかった。 次に2巻のラスト、 いくら何でももっと笑ったことがあるだろうwww。 高校生にもなってそんなに笑ったことがなかったら、廃人をなってるってwww。 いや俺も小説で似たようなことを書いたことあるんだけど、主人公は読者がもっとも自己投影する存在なので、これじゃ作品の世界観に入り込めないのである。 中條千里は、『僕街』の主人公の藤沼悟よりも判断力と行動力を高い。 おかげで話がサクサク進む。 廃屋に灯油缶があってそれを被ったら中身は灯油じゃなく水だったなんていうご都合主義は、アクション映画ではよくあることである。 そういうご都合主義はあまり気にならない。 それよりも千里を中心としたアクションや駆け引きの方が気になる。 しかしそういうアクションメインで話が進むと、「これは一体いつの時代なんだろう」という疑問が湧いてくるのである。 『僕街』もがあまりない作品だったが、「夢で見たあの子のために』はもっとがなく、現代のように見えて、近未来を描いているのではないかと思わせてくるのである。 ヤクザに拉致されボコられて、400万の金を盗られ、眼鏡が無事だというだけで「何てツイてる日だ」と言う。 日常が幸福でないため、眼鏡が無事というだけでそこに幸運を見いださなければならない、そんな生活を送っている者の胸中が伝わってくる一コマである。 今の日本で、未来が明るいと思っている者はほとんどいない。 作家達もまた、その明るくない未来を何とか予測して描こうとしているが、作家達もまた、充分に未来を予測しきれていない。 の新連載『鮮烈通貨』に、ドブ川で金色のウナギを釣るシーンがある。 ドブ川という、60年代の公害の時代を思わせる光景は、「ヘドロの下は金でいっぱい」という作品のテーマに通じるものだが、本当に近未来がドブ川がそこら中にある風景なのかといえば疑問である。 このように、作家達は近未来を描くのに苦慮している。 どちらの作品も最初に読んだ時、私はリアリティを感じなかった。 しかしそこに描かれた風景は、少しずつ現実になっていると今は感じている。 「何てツイてる日だ」と言う『夢で見たあの子のために』の一コマのように、日常が辛い事で満ち溢れていて、ほんのちょっとしたことに幸運、時には幸福を感じなければ生きていけない者が、少しずつ増えてきているのである。 千里の祖父は、千里には「わしには将来お前が幸せになる姿しか見えん」と言うが、恵南には「将来千里が幸せになる姿が見えない」と言う。 恵南に言った方が祖父の本音である。 千里は5歳で父母と双子の兄を殺され(殺されたと思っていた)、その復讐のために「火の男」を見つけて殺そうと思っている。 そういう境遇の男が、幸福になる姿が見えないのはある程度はやむを得ないことである。 ヤクザの加東が千里に話があってきた時には、「スカウトじゃないでしょうね」と恵南が疑うが、 と言っているが、ヤクザの業界でも使い物になるのはしばしば「こんな奴」である。 千里がヤクザになれる人間だと思わせないための、明らかなミである。 また千里は、不良にカツアゲさせてその金を取り返して被害者に返し、被害者からその金を半分貰うというアコギな商売をしていたが、半面「真面目」の肩書きが欲しいとも言う。 「火の男」を探すのに、「真面目」の肩書きが必要不可欠だとは思えない。 一体、中條千里とは何者なのか? それを解く鍵となるのが、同時期に連載が始まった『来世は他人がいい』である。 深山霧島は学校では普通の成績上位の高校生だが、夜は街を徘徊してケンカに明け暮れ、女を風俗に沈めようとするろくでなしである。 霧島はヤクザの大伯父の所に12歳で押し掛けて、以来表向き「ヤクザの孫」で通している。 そんな霧島に染井吉乃が「ヤクザになりたいの?」と聞くと「まさか」と否定し、 と言う。 霧島は、自分がヤクザになるしかなくなっていることへの自覚がないのである。 千里も同様である。 彼らは自分がヤクザになろうとしていると自覚していない「普通の人々」なのである。 の「罪の時代」の後の姿がここにある。 『夢で見たあの子のために』は、本当にヤクザになる前に更正するように呼びかける作品である。 もっともその逆に、「ヤクザよ増えろ」と呼びかけている作品もある。 『来世は他人がいい』もそういう雰囲気があるが、一番わかりやすいのが『』である。 彼ら自身が単純である事を選択したんです。 精神医学界ではこう言っていた者さえいます。 この「ヤンキー」を多く作り出すのが右翼である。 『東京喰種』でカネキが結成する「黒山羊」は、あんていくのメンバーと「の樹」の残党で構成される。 「」とはの情報機関「グループ」のことで、右翼を指している。 右翼は変革に必要なのである。 だから私は で右翼を評価した。 別に右翼に同調する必要はない。 現象として不可逆的であり、有益でもある以上受け入れるべきだと言っているだけである。 『夢で見たあの子のために』の結末は既に見えている。 「火の男」は千里の父親の双子の兄弟であることが5巻で判明している。 「火の男」は父の仇のようで、実は父親そのものである。 千里の双子の兄一登は、「父親」に従ったもう一人の自分の姿であり、千里が「火の男」を殺そうと思うのは、仇のようでいて、実は「父親」への恐怖が憎悪に変わったものである。 そして「父親」を殺すことで、「父親」と同一化しようとしている。 その「父親」と同一化した姿が一登である。 だから千里は、一登と違う自分の姿を見出だし、「父親」を殺すのでない形で否定して「父殺し」を為し遂げるのがこれからのストーリーの流れだろう。 古代史、神話中心のブログもよろしくお願いします。 sakamotoakirax.

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