きみ は いい 子 子役。 映画「きみはいい子」ネタバレあらすじと結末/あなたは誰かに抱き締められるような存在ですか

映画「きみはいい子」のラストについて質問です。高良健吾演...

きみ は いい 子 子役

映画「きみはいい子」のラストについて質問です。 高良健吾演じる小学校の先生が校庭で「何か」に気付いて虐待を受けている男の子の家に走り出すシーンがありましたよね? あれって結局、あの男の子は校庭の鉄棒の場所から校舎の時計をずっと見ながら17時のチャイムがなるのを待っていた(本当は早く家に帰りたい)ってことに先生が気付いたってことですか? また、ラストカットは先生がその子のドアをノックする場面で終わりますが、郵便受けの様子を見るとチラシが溜まっていて、家にいる雰囲気ではなかったように思います。 ラストってどういうことだったんでしょうか? 面白かったのは事実なんですが先生の彼女(黒川めい)の浮気の件も回収されずに少しもやっとしています。 ラストのチラシのところ、私も気になったので巻き戻してみたのですが、初めてあの家に行ったときもチラシはあれと全く同じ状態だったので、留守っていう描写じゃなくて単にそういう家なんだなと思いました。 私はなんかあのラスト、あんまり好きじゃなかったですね。 一歩踏み出したと言えば聞こえは良いですが、これから起こるであろう修羅場を一切映さないっていうのは流石に逃げなんじゃないかと。 それ以外は全て大好きな映画ですが。 彼女の件は、まあ男女の関係って元々白黒はっきりつかないタイプのものじゃないですか。 だから順当に別れに向かっていこうが何だかんだで仲が続こうが、まあどっちでもいいかなと個人的には思ったりしました。 でもあそこの写し方ははっきりしないとは言え最高でしたよね 笑 ああいういやあな恋愛の瞬間って自分にもあったなと思いました。 撮り方上手いなあって思いました。 この映画は 2つの話が同時進行していくようになっています。 先生と子供の話と母親が女の子を虐待している話 先生と母親は直接的には関係ない。 親が子供を虐待すると子供が大人になったときに同じように自分の子供を虐待してしまう。 母親の場合は理解してもらえる人がいたから虐待を止めることができたけど、鉄棒の子の場合は、パチンコだけしている男を理解しようとする人がいなかったから(パチンコの男も子供のときに虐待されていたんだと思います)鉄棒の子が虐待されている。 先生は子供のころ虐待されていたわけではないけれど、子供に抱きつかれたことで何かに気がついたからクラスの宿題にしたんだと思う。 鉄棒の子が宿題のあとに休んだのは、男に鉄棒の子が抱きついたか、男に抱きついてもらったからだと思います。 ラストで走りだしたのは、鉄棒の子が宿題をしようとした、または、宿題を成功したことに気がついたからだと思います。 鉄棒の子が普通と違うのに気がついたのは、ラーメン屋でラーメンを食べているときです。 走りだしたときではないと思います。 女の人は不倫はしていないと思う。 女の人は飲み屋の前で5人くらいの会社の同僚たちと騒いでいるところを先生に見られただけだと思います。

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【ネタバレ】映画『きみはいい子』感想。大人だって褒められたい。大人だって抱きしめられたい。|1mm

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C 2015「きみはいい子」製作委員会 新米の小学校教師、岡野(高良健吾)。 娘を虐待する母親、雅美(尾野真千子)。 一人暮らしの高齢女性、あきこ(喜多道枝)。 三人を軸に三つのエピソードをまとめた作品だ。 オムニバス映画ではなく、独立した話を細かく分断し、交互に見せていく。 岡野はいかにも「今時」の若者。 大した苦労を知らずに育ってきたのだろう。 生徒の性格や家庭環境がばらばらのクラスを、どうコントロールしていいか分からない。 授業に集中できず騒ぐ生徒や、クレームの電話をかけてくる保護者に右往左往する毎日。 しかし、放課後いつも一人ぼっちで校庭にいる生徒とかかわったことで、現状打開の糸口を見つけていく。 脚本と編集の技が冴えている 雅美は夫が海外に単身赴任し、娘と二人暮らし。 ちょっとしたことでいら立ち、娘に暴力を振るってしまう。 誰にも言えない心の傷を負っていて、それが虐待につながっているようだ。 ママ友の一人である陽子(池脇千鶴)は、雅美とは対照的なキャラクター。 子どもが何をしようと、慌てず騒がず、いつも温かい眼差しでわが子を見守っている。 自分にはないものを持っている陽子に雅美は惹かれ、親しくなっていく。 そして、ある日、陽子の思いがけない告白と行動が、雅美の心の固い殻を打ち破る。 一人暮らしのあきこは、認知症を患い誰もまともに接してくれない。 唯一挨拶を交わすのは、自閉症の小学生、弘也だった。 家の前を通るたびに「こんにちは、さようなら」。 そんな弘也が鍵をなくしてパニックを起こす。 あきこは弘也を自宅に招き入れる。 虐待、ネグレクト(育児放棄)、自閉症、いじめ、学校に理不尽な要求を繰り返しぶつけるモンスターペアレント、認知症......。 さまざまな問題を抱えた人々が、他人と触れ合うことで心の傷を癒していく。 傷ついた人間を癒すことができるのは、人間だけ。 気づいて、近づいて、触って、抱きしめることが何より大切なのだ。 そんなシンプルなメッセージが、子役を含む俳優たちの自然な演技を通して、見る者の心に響いてくる。 一つのエピソードの一場面から、別のエピソードの一場面へ。 切り替えのタイミングが絶妙だ。 流れを止めることなく、スムーズに場面転換していくのが心地よい。 脚本と編集の技が冴えている。 前作「そこのみにて光輝く」(14)で日本映画の最前線に躍り出た呉美保監督が、坪田譲治文学賞受賞の原作を映画化。 作家としての可能性をさらに広げた。

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映画「きみはいい子」のラストについて質問です。高良健吾演...

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「きみはいい子」 2015年、 呉美保監督により制作された日本映画。 中脇初枝による同名小説が原作となる作品。 「児童虐待」をテーマに、大人や子供の色々な視点のキャラクターから描かれた作品。 上映時間は121分。 あらすじ 今作は3つの物語の3人の主人公、それぞれの視点から物語が描かれる。 ・サンタさんの来ない家 桜が丘小学校の教師として勤続2年目となる「岡野匡」は、 小学校4年生のクラスの担任だった。 まとまりのないクラスに翻弄される岡野であったが、 「とある事件」をきっかけに問題はあらぬ方向へ動き出す。 ・べっぴんさん 幼稚園に上がる前の一人娘、「あやね」の母を務める主人公の「水木雅美」は、 単身赴任中の旦那の不在、 そして日常のイライラによってあやねに強く当たってしまっていた。 そしていつしか、あやねの体には、痣が増えていく...。 ・こんにちは、さようなら 通学路のそばに1人で住んでいるあきこは、身よりもなく、認知症の恐怖におびえながら、 生活する日々を送っていた。 そんなあきこの唯一の光、それは朝、「こんにちは、さようなら」とあいさつをしてくれる、 障がいを抱える小学生の男の子だった。 そしてこのストーリーは 同じ町で繰り広げられる話であり、 共通の内容として情報は共有される。 同じ町で、それぞれの子供の問題に向き合い、 悩みながら成長していく作品構成はとても新しくも、面白い構成である。 子供側の家庭事情だけでなく、大人側も相応の問題を抱えていて、その問題をも描き、 違和感なく2時間の映画に納められたのはとてもうまくできた構成だろう。 そして大人が子供を救う描写だけではなく大人が子供に救われるシーン、 この 「共生」こそが本作品の重要なテーマとなるだろう。 配信コンテンツ 「きみはいい子」は今現在、 Amazonプライム、U-NEXT、Hulu、等で配信されている。 サンタさんの来ない家 桜が丘小学校に赴任した教師2年目の岡野匡は、 4年生のクラスの担任となる。 しかしクラスはまとまりが無く、荒れていて、 民家のピンポンダッシュの悪戯や、 生徒のお漏らしによる「いじめ」の発生など、問題が絶えなかった。 また、岡野自身も、保護者からの対応に追われ、 精神的に追い詰められつつあった。 そんなある日、岡野は学校が休みなのにも関わらず、校庭の隅にずっと佇む クラスの生徒の 神田さんを見つける。 男の子であるが、生徒全員の「さん付け呼び」を徹底されている 以前から「給食費」の滞納を続ける神田の家は、 母が離婚し再婚後、看護師として忙しく働く母であったが、 ヒモである新しい父に 「5時まで帰ってくるな」と言われていた。 神田は岡野に、 「僕は悪い子だからサンタさんが来ないと父が言った」と語る。 そんな神田に岡野は 「いじめに加担しない神田さんは絶対いい子だよ」と、語り掛け、 ラーメンを奢ってあげたり、家まで送ってあげたりとフォローをしつつの生活となっていた。 彼女ともうまくいかず、岡野は実家に出入りするようになり、 実家には姉家族も住んでいて、姉の息子である甥も住んでいた。 そんなある日、いつも通り、ストレスを溜めつつ家に帰る岡野。 そんな岡野に甥は抱き着き、「頑張れ~」と背中をさすってくれ、 涙を流す岡野だった。 次の日のホームルーム、 岡野はクラスメイト全員に一つの宿題を出す。 それは 「家族に抱きしめられてくること」 最初は嫌がる生徒たちだったが、受け入れ、帰宅していく。 次の朝、生徒に聞くと、「懐かしい気持ち」「不思議な気持ち」など、 色々な意見が出る。 しかし、家庭が荒れた 神田のみが欠席していた。 学校に5時のチャイムが鳴る。 岡野は給食の揚げパンをカバンに入れ、走って神田の家まで行く。 そして勇気を出してドアをノックする。 べっぴんさん 幼稚園前である 「あやね」の母である 雅美は、日々主婦のストレスと戦いながら、 イライラしている日常を送っていた。 いつも通りあやねの服を着替えさせようと脱がした あやねの体には痣が付いていた。 そして痣は自分の体にも…。 外出時は、時計と服で痣を隠して外出していた。 旦那が単身赴任で海外に行ったままの雅美は、いつもの公園に赴き、あやねを遊ばせて、 ママ友とささやかな時間を過ごす。 そんな中、いつも仲良くしているママ友の 大宮陽子は子供に対しても時に優しく、時に厳しく、 子供に接する姿を見ていた。 雅美は普段からあやねを叩いたりの行為をしていたが、 子供を激しく叱責する他のママ友の姿を見て、 「他の人もやっているに違いない」と思うようになっていた。 陽子の家の前でも聞き耳を立てて、叩く音がしないか確かめてからインターホンを鳴らしていた。 そんな日常を過ごすうちに、 団地の部屋も近く、子供同士も仲がいいこともあり、雅美と陽子は共に行動することが多くなる。 ある時、陽子があやねに対して、冗談ぽく「うちの子供になる?」と声をかけるが、 あやねは「いやだ」と言って雅美に抱き着く。 そんなあやねの気持ちに答えることができない日々を過ごしていた。 そんなある日、あやねが 「ママとお揃いの靴を履いていきたい」と言い、 お揃いの靴を履いて公園に赴く。 その帰り、陽子家族と一緒に帰るが、途中、あやねは靴を壊してしまう。 陽子は靴が直せる道具が家にあることを言い、今度遊びにおいでと雅美家族を誘う。 後日、陽子宅に遊びに行った雅美とあやね、 子供同士でトランポリンで遊ばせ、お茶を楽しむ雅美と陽子であったが、 トランポリンではねるときにチラつくあやねの痣が気になってしょうがない。 そんな時、あやねが飛ばしたボールが雅美の手に当たってしまい、 持っていたティーカップを落として割ってしまう。 一瞬で表情が豹変するあやね、そして何も言わずあやねを見つめる雅美。 雅美はあやねを叱責するが、人前では手は上げられない。 そんな中、 あやねは身を守るように頭を覆い、唸り始める。 「そんな大げさな!」と言葉を放ち、 そんなあやねに殴りはしないが、激しく詰めかかる雅美、 「もう帰ろ!」とあやねを無理やり立たせようとしたその時、 陽子は雅美を抱きしめた。 「親からひどいことされたよね、わかる、私もそうだったから」と陽子は雅美に語りかける。 子供を隣の部屋に行かせて、二人は話し始める。 「手首の跡、タバコでしょ? 私はここ」とおでこを見せる陽子。 陽子のおでこには、雅美の痣と同じタバコによる痣が付いていた。 雅美を抱きしめたまま、 昔、虐待を受けていて、隣の家のおばあちゃんに助けられたことを語る陽子。 そしてそのおばあちゃんが 「べっぴんさん」と言ってくれたことを語る。 雅美に 「水木さんもべっぴんさんなんだよ」と言い、抱きしめてくれる陽子の前で、 雅美は初めて涙し、陽子を抱き返した。 こんにちは、さようなら とある一軒家、家には一人の老婆が住んでいた。 彼女は 「佐々木あきこ」 身寄りがない彼女は、一人で暮らしながら、 認知症の症状におびえる毎日を暮らしていた。 ある朝、一人の小学生が、家の前の通学路を通る。 どこか落ち着きのないその子は 「こんにちは、さようなら」と、あきこに声をかける。 この挨拶が日課になっていた。 そんなある日、スーパーに買い物に行くあきこ、 あきこはあろうことか、 未会計のトマトをカバンに忍ばせたまま店を出てしまった。 店の外で店員に声をかけられ、会計を忘れていたことを知るあきこ。 家に帰ったあきこは玄関に座り込み、呆然と佇んでいた。 ある昼間、いつものように家の前を掃除していると、いつもの小学生が、 家の前に突っ伏して、大声をあげていた。 どうやら家の鍵をなくしてしまったらしい。 「カギを貸してください」という小学生に自分の鍵では開かないことを教え、 あきこは家で保護することにした。 お手玉を教えてあげようと、お手玉を小学生に渡すと、 それをきちんと置いてあった仏壇に戻し、拝んでくれる。 そして夕方、迎えに来ると、第一声に 「申し訳ありませんでした」と言う母親。 それはスーパーの店員さんであった人だった。 障がいを持つこの子のために、今まで謝ったことしかないと言う母親に、 毎朝挨拶をしてくれること、お手玉を片付け、仏壇に拝んでくれたことを語り、 助けられたのはこっちのほうだとあきこは語った。 子供を褒められたのは初めてと、涙する母親に、あきこは優しく背中をさする。 ネタバレ徹底解説 3つの物語の同時進行により伝わる、それぞれの苦悩 今作の作品、新しいスタイルとして 3つの物語が同時進行するという点がある。 元々の小説が短編集であることもあり、このような構成であると考えるが、 複雑なはずなのに、とても分かりやすいストーリーとなっている。 一概に 「児童虐待」と謳っていても、その問題を一つで括らない物語の描き方は、 短編集ならではの脚本だろう。 そしてすべてのことは同じ町で起きている。 こんなにも身近なのにも関わらず、色々な問題を抱えた家庭が存在することに対しても、 リアルにわかりやすく描き上げられている。 同時に、そのことを象徴するように、 各チャプターのキャラクターが違う物語で登場することもこの映画の面白いところである。 例えば、岡野の小学校で最後に岡野が目にする教室では、 障がい児童を扱うクラスの中に あきこと母親の姿もあること、 そして雅美のストーリーで、 陽子とスーパーでの買い物の時、 後ろにはあきこの姿がある、など、 それぞれ問題を抱えながら生きていることが伝わってくる。 共通のテーマと大人も救われるストーリー 今作の共通のテーマである 「児童虐待」 とてもネガティヴなワードであるが、 もう一つのテーマとしてあるものが 「抱きしめること」である。 各物語にこの描写は登場して、これで締められる脚本に、 テーマへの強い思いを感じる。 そして抱きしめられるのは子供だけではない。 「宿題」を出す前日、岡野は甥に抱きしめられて救われる。 雅美はあやねや陽子に抱きしめられる。 そしてあきこはお母さんの背中をさする。 「子供」だけではなく「大人」も救われるようなストーリーが、 本作の共感を呼ぶ点でもあるだろう。 大人に子供が助けられるように、 また大人も子供に助けられている、「共生」の大切さを、 この作品で強く感じた自分がいた。 子を持つ人たちにはもちろんだが、 持たない人々にも自信を持ってお勧めできる作品であり、 皆さんもきっと感じるものがあるはずだ。 小説のストーリー 今作の物語は全部で3つの物語だが、 小説版「きみはいい子」では、 これに 更に2つの物語を加えた短編集となっている。 そして残りの2つのストーリーでも「児童虐待」がテーマとなるが、 映画で描かれたストーリーよりもダークな内容のストーリーが追加される。 映画を観た人でも一見の価値がある小説なので、是非とも読んでみてはいかがだろうか?.

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