竹 取 物語 解説。 考察の余地あり、謎多き『竹取物語』を5つのキーワードで解説!

竹取物語[かぐや姫](原文・現代語訳:全巻)

竹 取 物語 解説

今からさかのぼること遙か昔、竹を取って暮らしていた老夫婦がいました。 ある日翁が山で光る竹を見つけ切ってみると、中から女の子の赤ちゃんが。 子供がいなかった翁は喜んで連れ帰り娘として育てます。 女の子はなんと三か月で大人になり、この世のものとは思えない美しさを放つ娘に成長し「かぐや姫」と名付けられました。 「かぐや姫」の美しさはあっという間に世の男たちの耳に届き、あちらこちらから求婚者が現れます。 しかし「かぐや姫」は彼らに難題を出し簡単にあしらってしまいます。 噂を聞いて宮中に仕えるようにと声をかけた帝の言葉さえ断ってしまうのです。 その後「かぐや姫」は月を見て物思いにふけり、時には泣いていることもありました。 老夫婦が尋ねると「かぐや姫」が言うことには「自分は月の住人で帰らなければならない」と打ち明けるのです。 それを聞いて月からの迎えを阻止しようとがんばる人間たちですが……。 物語の中に登場する人物たちは、意外と少ないことを意外に思う方もいるかもしれませんね。 「かぐや姫」が家からほとんど出ず、行動範囲が限られているということもあると思います。 しかし主役である「かぐや姫」と並ぶくらいに存在感のある登場人物たちがいます。 それはこの物語の一つの山場ともいえる箇所に登場してくる5人の求婚者たちです。 政権批判や風刺と言われる所以であるその場面とともに、見ていきましょう。 「かぐや姫」に求婚する5人の貴公子のそれぞれの名前を並べてみましょう。 「石作(いしつくりの)御子」• 「右大臣阿倍御主人(みむらじ)」• 「大納言大伴御行(みゆき)」• 「中納言石上麻呂(いそのかみのまろ)」• 「車持(くらもち)皇子」 『竹取物語』が政権批判であったという理由に、彼らが全員実在の人物であったということが挙げられます。 彼らは皆平安初期の世の中を牛耳っていた藤原政権の高級官僚たちなのです。 当時の官僚たちの名をしるした官僚名簿にその名を見ることができます。 「左大臣多治比嶋」• 「右大臣安倍御主人」• 「大納言大伴御行」• 「石上麻呂」• 「藤原不比等」 「右大臣安倍御主人」「大納言大伴御行」「石上麻呂」はほぼそのまま。 「左大臣多治比嶋」は、違う名前ですが、一族に「石作氏」という名を持つ人達がいるのです。 「車持皇子」が「藤原の不比等」だといわれるわけは、不比等の母が「車持氏」一族の人であったこと、また5人の中で一番卑怯で姑息な人間として描かれていることからも、うかがい知る事ができます。 その卑怯な人物像は「かぐや姫」が出した難題に取り組む姿勢から読み取ることができます。 「かぐや姫」は5人にそれぞれほしい物を注文しました。 それを持ってきてくれた者と結婚すると約束するのです。 しかしそれがまさに「難題」。 「石作御子」には「仏の御石の鉢」を注文。 仏様の石の食器のことですが、普通の山寺の石鉢を持ってきて、それがバレて失格となります。 「右大臣阿倍御主人」には「火鼠の皮衣」を注文。 火鼠とは中国の妖怪で、その皮で作られた燃えない衣ということですが、「かぐや姫」に目の前で燃やされてしまって偽物だと発覚しました。 「大納言大伴御行」には「龍の首の玉」を注文。 彼は他の人物と違って仕方なく自力で探索を試みるのですが、船が難破しそれが元で病で寝込んでしまいます。 「中納言石上麻呂」には「ツバメの産んだ子安貝」を注文。 安産に恵まれるという貝の一種ですが、彼もツバメの巣をめざし木に登り落下して大けがを負います。 しかも巣の中から掴み取ったのは貝ではなく糞でした。 「車持皇子」には「蓬莱の玉の枝」を注文。 蓬莱とは仙人が住むという山で、そこにある根が銀、茎が金、実が真珠という植物を探し出してほしいというもの。 他の人がそれなりの努力をしたり、人に頼んでも褒美を振る舞ったりしているのに比べ、「車持皇子」はいきなり一流の職人たちに「蓬莱の玉の枝」を作らせます。 そして自分が行ったように見せかけて求婚するのです。 今度ばかりは万事休すだった「かぐや姫」ですが、そこに職人たちが「賃金を貰っていない」と押しかけるのです。 かぐや姫は、喜んで褒美を与えます。 面目をつぶされた「車持皇子」は、帰り際腹いせに職人たちを待ち伏せし暴行を加えるという始末。 この姑息で卑怯なやり方が、時の権力を牛耳っていた「藤原不比等」に通じるものがあり、それを糾弾する意図が込められているのだという見方もあります。 かぐや姫は宇宙人!? 正体を考察 『竹取物語』では「かぐや姫」は月の住人として描かれています。 主人公が地球人ではないということになり、その辺りが日本最古のSFとも言われている所以なのでしょう。 「かぐや姫」の正体については昔から様々な説が議論されています。 モデルになった人物は、奈良から平安に実在した女性たちの名前が幾人も挙げられていますが 、ネックになるのは、彼女は明らかに人間でないことです。 なにしろ3か月で大人になってしまうのですから。 またこの当時、宇宙人という概念があったのかは定かではないのですが、空を飛ぶ人間でない女性は数多く神話や物語に登場します。 それが「天女」です。 天女伝説は太古からあちこちに存在します。 天の羽衣をまとい空を飛ぶ天女がそれを盗まれてしまって天に帰れなくなるという説話は驚くほど多く日本各地に存在するのです。 「かぐや姫」は月に帰る時天の羽衣をまとっています。 「かぐや姫」も天女であったということでしょうか。 またこの「天女」は現代でいうところの宇宙人だったのかもしれませんね。 かぐや姫は罪人?犯した罪とは? 「かぐや姫」が宇宙人とするならば、なぜ地球にいたのかという謎もあります。 この謎は『竹取物語』の原文の中でちゃんと説明されているのですが、その詳しい内容が分からず、多くの人の想像をかきたてるのです。 月からの迎えの船には頭が乗っており、「かぐや姫は罪を作ったので、お前のような賤しいものの側にいたのだ。 罪の期限は過ぎた。 さあ早く出ていらっしゃい」と言います。 この文から、どうやら「かぐや姫」は何やら罪をおかし、地球に島流しのような刑に合わされていたように見受けられますね。 そしてそこからが本題。 いったい「かぐや姫」は何をしでかしたのでしょうか。 『竹取物語』ではその理由は説明されていません。 ですから具体的にはわからないのですが、この物語が書かれたとされる時代と照らし合わせて推測してみると、流罪になっている人には高貴な人や政治的な策略で流された人もいたということが1つの糸口となるかもしれません。 月からの使者の「かぐや姫」に対しての言葉遣いからも「かぐや姫」が月の世界で高貴な身分であることが分かるので、その高貴な人が地球などの賤しい場所に流されてしまうということは、よほど大きなことをしでかした可能性があると考えることができるのではないでしょうか。 宇宙人ということで、地球人の私たちには想像もできない世界での罪であり、物語にヒントもないことから、各人の妄想の域を出ないことにはなりますが、その罪が何なのかを想像することも本作の楽しみ方のひとつでしょう。 流刑先として選ばれた地球は、月から見るとかなり見下された星であることがわかります。 それが明確に現わされているのが、月からの迎えの人たちが「かぐや姫」にかける言葉です。 「いざ、かぐや姫。 穢き所に、いかでか久しくおはせむ」(さあ、かぐや姫。 こんな汚い所にどうして長く居られることでしょう」と言って「かぐや姫」をせかせたり、「穢き所の物聞こしめしたれば、御心地悪しからむものぞ」(こんな汚い所の物を食べてさぞかしご気分が悪いことでしょう)などといって薬を持ってきたりと、ひどい言われようですね。 日本人は古くから、月を愛でるという習慣を持ち、月は黄泉の国、いわゆる天国としても見ていました。 肉体を地球に捨て、浄められた魂だけが月に召され、そして再び生を持ち地球に帰ってくるという、いわゆる輪廻転生の仏教的な考えです。 月は人の世を見下ろす一段高い所にある天国のような美しい所として捉えられていたことがわかりますね。 最後の別れのシーン、その意味とは? 「かぐや姫」が羽衣伝説の天女と同じパターンだということを考えると、1つの共通点があります。 羽衣伝説は鶴の恩返しのような話で、羽衣を隠された天女が人として地球の男と結婚し、子供を産んで普通に暮らすというものです。 しかし羽衣を見つけた天女はそれを着て、天に戻っていってしまうのです。 鶴の恩返しでもそうですが、今までの幸せも子供でさえも捨てていともあっさりと帰ってしまう姿に冷たい!と感じてしまうのも無理ありません。 しかしその謎が『竹取物語』の中で明かされているのです。 老夫婦に「寂しい、帰りたくない」と言い、手紙や歌まで残している「かぐや姫」が天の羽衣を着せられたとたん、何事もなかったようにサッサと帰ってしまうのです。 秘密は羽衣にあったということになります。 記憶が無くなってしまうというより、感情が無くなってしまうのではないでしょうか。 「かぐや姫」が老夫婦に月の世界のことを説明する言葉の中に、「あの都の人には物思いもない」ということを言っています。 もともと感情がない所から来た「かぐや姫」が、人として老夫婦の愛情に包まれて生きてきたことで、感情が芽生えてきたのだということがわかるのです。 帝と不老不死の薬と富士山 『竹取物語』のラストに富士山が出てきます。 「かぐや姫」が不老不死の薬を帝に残しますが、帝は「逢ふことも涙に浮かぶわが身には死なぬ薬も何にかはせむ」(かぐや姫のいない世界で不死の薬など何の意味があろうか」とその薬を富士山で焼いてしまうのです。 帝すら「かぐや姫」を引き留めることはできなかったわけですが、そのことについても推測される説があります。 帝のモデルとなった人物も複数挙げられていますが、一番有力なのが「文武天皇」だと言われています。 持統天皇の孫にあたり将来を期待されていたにも関わらず、二十代半ばで亡くなってしまった人物です。 志を遂げられず早世した文武天皇と「かぐや姫」の不在を嘆き、不死の薬も焼いてしまう帝の姿が重なります。 帝は不老不死の薬を天に一番近い山で焼いてしまいます。 当時は富士山とは呼ばれていなかったようで、いろいろな名前で呼ばれていたようです。 『竹取物語』では、富士山の名前の由来として「不死の山」から「富士の山」と名付けたとありますが、富士山の名前の由来は実は今も謎で、これといった定説がありません。 『竹取物語』のこの説は、数々ある富士山の名前の由来説の一つとされています。 『竹取物語』には元ネタがあった? 『竹取物語』のもう一つの謎である「作者は誰か?」ということに焦点をあててみましょう。 こちらも様々な説がありますが断言できないのが本当のところです。 しかし共通している条件がいくつかあります。 まず、『竹取物語』が藤原政権を批判している文学であることが重要になります。 物語そのものも名作として受け継がれてきたものですが、他の書物にも『竹取物語』について記されてあるものや影響を受けたものがあるのです。 そのなかでも有名なのが『源氏物語』です。 幾人かの求婚者や帝にまで求婚されるパターンなど、明らかに『竹取物語』を意識して書かれた場面があります。 そして作者の「紫式部」自身が「物語の出で来はじめの親」(物語の元祖)と褒めたたえているのです。 『源氏物語』は反藤原体制の物語という一面も持っていることから、「紫式部」が『竹取物語』を擁護するということは多大に反藤原を意識して書かれたものだということがうかがえます。 これだけの物語を書けるということは、かなりの知識や教養が必要です。 それらを兼ね備え、加えて藤原政権に反発心を持っている人物であるということが推測されます。 読み継がれる『竹取物語』、その教訓は? 『竹取物語』が1000年以上もの間読み継がれている理由は、きっとどんな時代でも共通する心に響く教訓が秘められているからです。 読む人によってその教訓や感じ方は様々ですが、いくつかあげてみますと、たとえば求婚者たちの言動からは、手に入らないものをお金や権力を使って無理やり追い求める愚かさが読み取れます。 感情のなかった「かぐや姫」が最後に表す老夫婦や帝に示す思いやりは、人の愛情の大切さを物語っています。 また、不老不死の薬を焼いてしまう帝の言動からは、生きていくことの意味も考えることができるのではないでしょうか。 時がたっても変わらないためになる教訓が多く存在するのもこの作品が長年愛され続けてきた理由の一つなのかもしれませんね。 『竹取物語』の世界観の魅力を、名言から解説! 「かぐや姫」という姫君の魅力は女性たちが共感する部分もあるのではないでしょうか。 5人の貴公子たちに無理難題をふっかけて蹴散らす爽快さ。 また、帝からの誘いすら 「宮仕へに出だし立てば、死ぬべし」 (『竹取物語』より引用) (無理にお仕えするようおっしゃるのなら、死んでしまうつもりです)などとズバッとはねのけてしまう勇気と根性に小気味よさが表れています。 「かぐや姫」が去った後、帝は 「逢ふことも涙に浮かぶわが身には死なぬ薬も何にかはせむ」 (『竹取物語』より引用) (かぐや姫のいない世界で不死の薬など何の意味があろうか)と不老不死の薬を燃やしてしまいました。 それがいいことなのか、悪いことなのか、自分だったらどうするか、など様々な感想が出てきます。 人がこの世で生きるという意味や切なさを考えさせてくれる場面です。 日本最古の物語『竹取物語』には、現代語訳、映画など、いろいろな解釈が! 現代語訳では様々な顔ぶれが名を連ねています。 「川端康成」版は本人の解説が楽しめます。 「江國香織」版は気品のある文章と「立原位貫」の版画が秀逸。 SFの王道「星慎一」版もコメント付で楽しい一冊に。 ジブリの映画「かぐや姫の物語」は、キャッチコピーどおりかぐや姫の「罪と罰」に焦点をあてた作品。 こちらも独特なかぐや姫ワールドが描かれています。 説明が多い作品ではないことから、各人の想像を掻き立てる本作。 あなた好みの『竹取物語』を見つけて見るのも面白いかもしれませんね。 1000年以上の時間の中で、数えきれない人たちがその謎と解釈に挑んできた『竹取物語』。 どこかで誰かが作った謎めき魅力溢れる不思議な物語を、もう一度楽しんでみてはいかがでしょうか。

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日本最古の小説『竹取物語』を歴史マニアが5分で解説

竹 取 物語 解説

昔、竹を取って様々なことに使っていた竹取の翁(おきな)というおじいさんがいました。 ある日、おじいさんがいつものように竹を取りに行くと、 根本が光っている竹があります。 不思議に思いながら見ると、 竹の中に三尺(90. 9センチ)ほどのとても可愛らしい子どもが座っていました。 おじいさんは「きっと私の子におなりになるはずの人だ」と言ってその子を連れて帰ります。 おじいさんはおばあさんと一緒に子どもを育て「なよ竹のかぐや姫」と名付けました。 子どもは尋常ではない速さですくすくと成長し、たった三ヶ月で大人の女性になります。 大人になったかぐや姫はとても美しく、世の中の男はみんな姫に夢中になってしまいました。 とりわけ、 五人の貴公子が熱を上げて求婚を迫るので、かぐや姫はこの 五人に難題を吹っ掛けて叶えられた人と結婚するということにします。 けれど、誰一人として難題を解決することはできずにみんな諦めてしまったのです。 その後、かぐや姫の美貌を聞いた 時の帝がぜひ彼女を宮中にと誘うのですが、これにもかぐや姫は応えません。 そうしているうちに、かぐや姫が月を見ては泣くようになってしまいました。 おじいさんがわけを聞くと、 かぐや姫は実は月の都の人間であると初めて告白したのです。 そして、もうすぐ月から迎えが来るとも。 いよいよその日が迫ると、かぐや姫を月へ返したくないおじいさんとおばあさんは帝に頼んで兵を派遣してもらい、屋敷の警備を固めます。 ところが、いざ月の使者たちが天から現れると誰も動くことはできません。 固く閉ざされていた戸が勝手に開き、とうとうかぐや姫が使者の前に立ちます。 かぐや姫は別れに涙するおじいさんとおばあさんに手紙を、 帝へは不死の薬を残すと、 天の羽衣をまとい、地上での思い出やおじいさんたちへの情をすべて忘れて月へと帰っていきました。 その後、不死の薬を受け取った帝は、かぐや姫のいない世界で不死などと、と嘆き、 富士の山頂で不死の薬を燃やしたのです。

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竹取物語

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この記事を読むのに必要な時間は約 14 分です。 こんにちは。 「竹取物語」は、「かぐや姫」という題名で、広く知られています。 小さい頃に、日本の昔話として読んだ方も、たくさんいらっしゃると思います。 この話は、実は 日本最古の物語といわれていて、ちょっと特別な位置づけのお話なのですよ。 「源氏物語」の中で、紫式部も「物語の出で来はじめの祖なる竹取の翁」と説明しています。 私は、かぐやひめが「月の住人」だという、SF的発想にときめくのでした。 「古代の人にもこんな発想があったんだ~!」と思いませんか? すごいですね。 かぐや姫と5人の求婚者には、それぞれモデルがいると考えられています。 でも、今のところそれは推測の域を出なくて、作者も不明なのです。 気になることだらけの、おもしろいお話ですね。 今回は、その「竹取物語」の簡単なあらすじと、気になる5人の求婚者へのドSな要求に焦点を当ててお伝えします。 スポンサーリンク 今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。 野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。 名をば、さぬきの造となむ言ひける。 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。 あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。 それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。 【現代語訳】 今では昔のことになりましたが、竹取の翁という者がいました。 野山に入っては竹を取ってきていろいろなことに使っていました。 名前をさぬきの造といいました。 竹の中に、根元の光る竹が一本ありました。 不思議に思って、近寄って見ると、筒の中が光っています。 その中を見ると、三寸くらいの人がとても可愛らしく座っていました。 「竹取物語」のあらすじ それでは、日本昔話風に、簡単なあらすじをお伝えします! 昔、竹取の翁(おきな)という竹を取って生活している男がいました。 ある日、翁は竹林の中で、 金色に光る不思議な竹を見つけます。 早速それを切ってみると、竹の中には、なんと珠のように美しい小さな女の子がいたのです。 翁はその女の子を連れて帰り、夫婦で育てることにしました。 3カ月ほどでその子はとても美しい大人の女性に成長し 「なよ竹のかぐや姫」と名付けられました。 かぐや姫の美しさはあっという間に噂になり、求婚者が続出します。 特に熱心に求婚しあきらめなかった 5人の貴公子に、かぐや姫は言い伝えでしか聞いたことのない宝物を持ってくるよう難題を要求しました。 5人の求婚者たちの中には、探すふりをして偽物を作って持ってくる者、怪我をする者、中には命を落とす者もいて、誰一人持ってこられる人は、いなかったのです。 美しいかぐや姫の噂は都の帝にも届き、帝はぜひともかぐや姫に会いたいと願いますが、かぐや姫は会うのを拒否しました。 そこで、帝は狩りに行くついでに不意打ちでかぐや姫の家にやってきます、しかし、かぐや姫は、一瞬のうちに姿を消してしまいました。 その後、帝とかぐや姫は和歌を詠み合うなど手紙で文通するようになります。 3年の月日が経過した8月のある日、かぐや姫は月を見て泣いてしまいます。 翁が何故泣いているのかと尋ねると、かぐや姫は 「私は月の人間で、15日にはお迎えが来て月に帰らなれければならないのです」と言いました。 翁たちはびっくりです。 それを聞いた帝は兵士を出してかぐや姫を帰さないようにするのですが、月からの迎えが現れると兵士たちは戦意を失ってしまいます。 かぐや姫は、別れ際に 手紙と天の羽衣と不死の薬を帝に送りました。 そして、月の衣を着ると、かぐや姫は今までの思い出をすっかり忘れ去ってしまい、そのまま月へ帰っていったのでした。 かぐや姫が月へ帰った後、翁とその妻は、生きる気力を失って病にふせってしまいました。 帝は手紙を読んで悲しみ、かぐや姫がいないのに不死の薬などあっても仕方がないと歌に詠み、薬と手紙を天にもっとも近い山・駿河の山で燃やしました。 後にその山は 「富士(不治)の山」と呼ばれるようになったのでした。 5人の求婚者 かぐや姫の美しさは、この世のものとは思えないほどです。 「月の住人」=「天人」なのですから、まさしくこの世のものではなかったのです。 だから、この世の男たちはみーんな、美しいかぐや姫に恋い焦がれ、心を惑わされました。 かぐや姫は誰の求婚も受け入れませんでしたが、最後まで残った5人の貴公子は、いつまでたってもあきらめませんでした。 かぐや姫は、 仕方なくその5人に無理難題なプレゼントを要求し、それを持ってきてくれた人と結婚すると言います。 要求したプレゼントは、外国の高級品や手に入れるのが危険すぎる物ばかりです。 求婚を断る口実だったのですね。 これは、やんわりと断ろうと思ったかぐや姫の思いやりととらえることもできますが、なかなかドSな対応で笑えますよ。 亡くなった人もいますから笑えません。 石作の皇子は、「仏の御石の鉢」を天竺(インド)へ取りに行くと言って、実は3年ほど国内をぶらぶらし、大和の国の山寺にあったそれらしきすすけた鉢を盗んできて、これですと偽って見せました。 かぐや姫は、鉢に光が宿っていないので偽物と見破り、これをつき返します。 石作の皇子は歌を詠んで送りましたが、かぐや姫は歌を返さずまったく相手にしませんでした。 (2)蓬莱の珠の枝 「蓬莱の玉の枝」は、 根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝でできている、まだ誰も実物を見たことがない貴重品です。 車持の皇子は、珠の枝を取りに行くとかぐや姫の家に伝え、実際には鍛冶職人を集めてそれっぽい偽物を作らせました。 これが、なかなかうまくできていて、かぐや姫と翁は納得しそうになったのですが、報酬が未払いだった鍛冶職人たちが、報酬を求めてかぐや姫の元を訪れてばれてしまいました。 車持の皇子は、ウソがばれて面目も丸つぶれ、恥をかいてどこかへ消えてしまいました。 (3)火鼠(ひねずみ)の皮衣 「火鼠の皮衣」もブランド臭がプンプンする一品です。 右大臣阿部御主人はお金持ちだったので、大金を払って唐の王慶という人から「火鼠の皮衣」を購入しました。 そして、かぐや姫の元に持参しますが、本物であれば焼けないはずなのに、実際に火をつけてみるとそれはめらめらと燃えてしまったのです。 偽物を買わされてしまったということですね。 大臣はウソがばれて顔色が草の葉のように青ざめてしまい、帰ってしまいました。 (4)竜の頸の珠 「竜の頸の珠」は、文字通り、 龍の首元で光る玉のことです。 そんな物を取りに行くなんて、まさに命がけの所業ですよ。 大納言の大伴御行は始めは家臣たちに命じて取りに行かせ、自分はかぐや姫との新居の御殿を造らせて待っていましたが、そのうち待ちきれなくなり、自ら珠を探しに船に乗り込みます。 すると、竜の怒りで、たいへんな大嵐に遭ってしまったのです。 大納言は、竜に懇願して命からがら逃げおおせました。 大怪我をして哀れな姿になった大納言は、かぐや姫をののしって、もう2度と彼女の家に近づこうとはしませんでした。 (5)燕の子安貝 中納言の石上麻呂足は「燕の子安貝」を手に入れるために足場を組んで登ってがんばりますが、なかなかうまくいきません。 「燕の子安貝」とは、文字通り 「燕が生んだ」子安貝のことです。 鳥が生んだ貝ということで、まず入手不可能とされる伝説の一品なのです。 燕の巣で何かを掴んだと思った中納言が、自分を降ろすようにいうと、家来たちが綱を引き過ぎて切れてしまい仰向けのまま落っこちてしまいました。 中納言は、それでも子安貝を手に入れたと喜び握っていた手を広げますが、握っていたのは燕の古い糞だったのでした。 体を強く打ち、大恥をかいた中納言は、身も心も弱っていきました。 さすがに哀れと思ったかぐや姫がお見舞いに和歌を届けると、大納言は返歌を書き終えて息絶えてしまいます。 この人は、始めから自分で取りに行こうとしただけ、他の4人よりはましな人だったのですが、唯一の死亡者になってしまいました。 5人の末路の意味 この5人は、全てがそうそうたる高貴な身分の人々です。 それぞれ600年代後半に実在した人物が、モデルといわれているんですよ。。 でも、みんな情けない結果に終わってしまいましたね。 この結末から、作者による政権もしくは貴族階級への批判がうかがえます。 当時の政権のトップは藤原氏、ですから、おそらく 「藤原一門」への批判だったと思われるのです。 大きな権力を持っている藤原氏を大っぴらに批判することはできないので、物語を装って5人の金持ちたちの浅ましさ、卑怯さをあからさまにしたのでしょう。 かぐや姫の「美」との対比効果も、満点ですね! そして、この話はしっかり読むと 「帝」(天皇家)の批判は一切していないのです。 帝とかぐや姫は、3年もメル友(文通)していますし、最後も紳士的にかぐや姫を守ろうとしていますからね。 これだけ中身の濃い物語を書くのは、かなりの人物だと思われます。 作者は不明とされていますが、 紀貫之または 源順が書いたのではないかと推測されていますよ。 いずれにせよ、「竹取物語」は、ラブロマンスではなく 政権批判の風刺作品としか私には思えなくて、そこがとてもおもしろいと思えるのでした。

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