枕草子 内容。 【清少納言はキラキラ女子?】『枕草子』をInstagram風に超訳してみた。

名著37 「枕草子」:100分 de 名著

枕草子 内容

冬は、早朝(がいい)。 雪が降っている早朝は、言うまでもない。 また、雪や霜がなくてもとても寒い早朝に、火を急いで起こして、(いろいろな部屋へ)炭を持って行くのも、(冬の朝に)大変似つかわしい。 (しかし、)昼になって、(寒さが)だんだん薄らぎ暖かくなってゆくと、丸火桶の火も、(ついほったらかして)白い灰になって(しまっているのは)、よくない =似つかわしくない。 清少納言は、中宮(=皇后)である定子(藤原道隆の娘)に仕えていた女房(=宮中などに仕える女官)です。 約300余段から成り、次の3種類に分類されます。 しかし、『枕草子』の中の定子は、キラキラと輝いていて、辛い描写はありません。 いつまでも美しい主人の姿を残しておきたいという清少納言の気持ちが込められているのでしょう。 プラスは「すばらしい・かわいらしい」、マイナスは「滑稽だ・おかしい」など。 「ああ」と声が漏れ出るようなしみじみとした感情が原義。 どう「ああ」なのか、文脈で判断することが必要。 いかにもぴったりな「似つかわしい、ふさわしい」様子、と覚えておくとよい。 対義語「つきなし」。 よろし〔=悪くはない〕? わろし〔=よくない〕? あし〔=悪い]となる。 「いみじ」単独だと、プラスの意味か、マイナスか、文脈判断が必要。 もともとは、身内の幼少の者に対して「かわいい」と思う気持ち。 「はっと気づいた」ときに目が一瞬大きくなるし、「目が覚めた」ときも同様。 すぐれている 現代語とギャップがある【畏し・恐し】のほうが重要。 相手に土下座するほど敬って大切に育てること。 「実に(じつに)おもしろい」=「本当におもしろい」。 「憂し」は憂鬱の「憂」で、マイナスイメージ。 「うし」だけの場合もある。 「すさまじ」の「さま」が、芸人がよく使う「さむっ」に見えてくると覚えられる。 「大声で騒いでいれば、評判にもなる」と覚えておくとよい。 「こちらが恥ずかしくなるくらい、相手が立派だ」ということ。 「愛づ」は賞賛する、「甚し」は「程度がはなはだしい」の意味。 読みものとしても、とてもおもしろい『枕草子』。 清少納言が考えていたことだけでなく、平安時代の宮中の様子、生活ぶりが見えてくるから、「春は、あけぼの」で終わってしまわないで、じっくりと読んでみては? 原文と現代語訳を照らし合わせながら読むことで、古文の勉強にもなる。

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【清少納言はキラキラ女子?】『枕草子』をInstagram風に超訳してみた。

枕草子 内容

流行に敏感なキラキラ女子たちは、自分たちが「いい」と感じたものをSNSで積極的に発信します。 そんなキラキラ女子は、今からおよそ1,000年前にも存在していました。 それは、 随筆『枕草子』の作者として知られる清少納言。 彼女は自らの宮仕え生活の中で気づいたこと、感じたことを生き生きと『枕草子』に綴りました。 「これって素敵!」、「あれは正直ちょっとないよね」と感覚的に紹介する様子は、SNSを活用するキラキラ女子に近いものがあります。 今回はそんな1,000年前のキラキラ女子こと、清少納言の日常を現代のInstagram風に超訳。 今も昔も変わらない、キラキラ女子の姿を見てみましょう。 キラキラインスタグラマー、清少納言の日々。 枕草子の内容は、主に自然や人々の美しい面について述べた 「随想的章段」、宮仕えをしていた日々を描いた 「回想的章段」、そしてあらゆる物事の特色を集めた 「 類想 るいそう( 類聚 るいじゅう)的章段」の三種類にわけられます。 清少納言はそこにウィットを効かせた言葉遊びをしたり、共感を呼ぶ物事を挙げています。 では、実際に「あてなるもの」(上品で美しいもの)の章段を見てみましょう。 あてなるもの、うす色に白がさねの 汗袗 かざみ。 かりのこ。 削った氷にあまずら入れて、あたらしき 金鋺 かなまりに入れたる。 水晶の 数珠 ずず。 藤の花。 梅の花に雪の降りかかりたる。 いみじううつくしきちごの、いちごなど食ひたる。 第四十二段「あてなるもの」より 【超訳】 上品で美しいものといえば、薄紫の下着に合わせる汗取りの衣。 カルガモの卵。 削った氷に甘茶をかけて、ぴかぴかの金のお椀に入れたもの。 水晶の数珠。 藤の花。 梅の花にふりかかった雪。 すっごくかわいい小さい子どもが、いちごを食べる様子。 目指せ上品女子 cute love like4like 宮廷女子と繋がりたい ただ無作為に「美しいもの」を挙げているように思えるかもしれませんが、雪や氷からは冷たく澄んだイメージ、幼い子どもの肌の美しさといちごの鮮やかな対比など、実は 読者の五感を刺激するものをピックアップしています。 清少納言は自分のアンテナにビビッときたものについて、思わず相手が「いいね!」を送りたくなるような構成作りに長けていたことが伝わってきますね。 女子必見。 清少納言の思う、「情けないもの、興ざめなもの、嘆かわしいもの」とは。 InstagramをはじめとするSNSにおいて、「いいね!」を誘う話題の多くは、「わかる〜!」と共感を誘うもの。 続いて、「あさましきもの」(情けないもの、興ざめなもの、嘆かわしいもの)の章段を見てみましょう。 刺櫛 さしぐしすりてみがくほどに、物に突き 障 さへて折りたるここち。 車のうちかへりたる。 さるおほのかなる物は、 所狭 ところせくやあらむと思ひしに、ただ夢の心地して、あさましうあへなし。 人のために恥づかしうあしきことを、つつみもなく言ひゐたる。 かならず来なむと思ふ人を、夜一夜起き明し待ちて、暁がたに、いささかうち忘れて寝入りにけるに、烏のいと近く、かかと鳴くに、うち見上げたれば、昼になりにける、いみじうあさまし。 見すまじき人に、ほかへ持て行く文見せたる。 無下に知らず見ぬことを、人のさし向ひて、あらがはすべくもあらず言ひたる。 物うちこぼしたるここち、いとあさまし。 第九十七段「あさましきもの」より 【超訳】 櫛を磨いていたら、うっかりものに引っ掛けて折ってしまったとき。 牛車がひっくり返ってしまったとき。 (あんなに大きいものだからひっくり返ったりしないわ、と思っていた) 聞いているこちらが恥ずかしくなる悪口を、遠慮なく言われたとき。 必ず来てくれると思ったあの人を一晩中起きて待っていたのに、結局明け方になってついつい寝てしまったらカラスの鳴き声で目を覚ました。 気づいたら昼になってしまったなんて、すごく情けない。 見せてはならない人に、うっかり手紙を見せてしまったとき。 こちらが全然知らないことを、私が言ったように責められてしまったとき。 ものをひっくり返してこぼしたとき。 どれもこれも、すごくしょげてしまう。 life me nofilter 「あさましきもの」は大まかに言うと、取り返しがつかないほどの失敗や、予想外の出来事に目を疑ったり、しょんぼりしてしまう感覚を指す言葉です。 櫛を折ってしまったことに落ち込む描写は、お気に入りのアクセサリーを壊してしまったということ。 そう考えると、多くの人が「わかる!」と共感するはずです。 また、想いを寄せる人がやってくるかもしれない可能性を最後まで信じ続けるも、結局約束が果たされなかったエピソードは、女性は「切ない」「でも信じちゃうよね」と静かに頷いてしまうでしょう。 そんな共感を呼ぶ表現もまた、 清少納言があらゆるInstagramユーザーから「いいね!」を誘う「キラキラ女子」のようであるからこそなのかもしれません。 「こんな男は嫌だ」?キラキラ女子がもの申す! キラキラ女子に共通しているのは、恋愛面において充実した生活を送っている点。 そうでなくとも、彼女たちは「付き合えるのなら誰でもいい」のではなく、毅然とした態度で、情けない男性を寄せ付けない強さがあります。 清少納言はというと、「暁に帰らむ人は」という章段で、あじけない男性とはどういった存在なのか、こう述べています。 暁に帰らむ人は、 装束 しょうぞくなどいみじううるはしう、 烏帽子 えぼしの緒・ 元結 もとゆいかためずともありなむとこそ、覚ゆれ。 いみじくしどけなく、かたくなしく、 直衣 のうし・ 狩衣 かりぎぬなどゆがめたりとも、誰か見知りて笑ひそしりもせむ。 人はなほ、暁の有様こそ、をかしうもあるべけれ。 わりなくしぶしぶに、起き難げなるを、強ひてそそのかし、「明け過ぎぬ。 あな見苦し」など言はれて、うち嘆く気色も、げに飽かず物憂くもあらむかし、と見ゆ。 指貫 さしぬきなども、居ながら着もやらず、まづさし寄りて、夜言ひつることの名残、女の耳に言ひ入れて、何わざすともなきやうなれど、帯など結ふやうなり。 格子 こうし押し上げ、 妻戸 つまどある所は、やがてもろともに 率 ゐて行きて、昼のほどのおぼつかならむことなども、言ひ出でにすべり出でなむは、見送られて、名残もをかしかりなむ。 思ひいで所ありて、いときはやかに起きて、ひろめきたちて、指貫の腰こそこそとかはは結ひ、直衣、 袍 うえのきぬ、狩衣も、袖かいまくりて、よろづさし入れ、帯いとしたたかに結ひ果てて、つい居て、烏帽子の緒、きと強げに結ひ入れて、かいすふる音して、扇・畳紙など、昨夜 枕上 まくらがみに置きしかど、おのづから引かれ散りにけるを求むるに、暗ければ、いかでかは見えむ、「いづら、いづら」と叩きわたし、見出でて、扇ふたふたと使ひ、懐紙さし入れて、「まかりなむ」とばかりこそ言ふらめ。 第六十段「暁に帰らむ人は」より 【超訳】 朝早く女のところから帰る男が、きちんと身なりを整えて、烏帽子の紐をぎゅっとしめていくのはちょっとね。 服を無造作に着ていたとしても、誰も笑いっこないんだもの。 むしろ、去り際の姿こそ心に残るのにね。 渋々起きてきた男に「ほら、もうすっかり朝になってしまったわ。 まあ、なんてお寝坊さんなのかしら」と女に急き立てられて、それでもどこか名残惜しげに女の耳元に昨晩の睦言を繰り返していたかと思えば、さっといつの間にか帰る支度をしているのがいい。 格子をあげて、ふたりで出口まで行ったときに男が「また会えるまでがもどかしいよ」なんて口にしながらも出て行ってしまう姿を見ると、ついつい名残惜しくなってしまう。 逆に、さっぱりと起きてきて、慌ただしく「あれはどこだ」とがさがさ暗いなか物音を立てて、「じゃあ帰るから」と去っていく男のあじけなさったらないわ……。 love fit HAPPINESS alone HowToLove 一晩の思い出について、余韻を残してくれるような男性かそうでないか…… 本当にスマートな男性のあるべき姿について、清少納言は恋にも全力なキラキラ女子の視点から語りました。 たしかに、どたばた慌ただしく身支度をし、あっさりと帰ってしまう男性よりも、必要最低限の身支度を整えたら名残惜しい姿を見せてくれる男性のほうが、「また会いたい」と女性の心を掴みやすくなるでしょう。 女性は思わず納得してしまう反面、男性は「なるほど」とアドバイスとして心に留めておきたくなる章段なのではないでしょうか。 いつの時代においても、女性を夢中にする男性の特徴はそれほど大きく変わっていないことがうかがえますね。 キラキラ女子VSクリエイター女子。 相容れなかった清少納言と紫式部の関係。 平安のキラキラ女子こと清少納言と同じく、宮廷で皇后に仕えていた 紫式部。 ふたりは「ライバルだった」、「仲が悪かった」とされることも多いですが、実際は「年齢が離れていた」、「宮廷にやってきた時期がずれていた」という理由から「日常的に直接顔を合わせていた」とは言い切れない見方もあります。 江戸時代の学者、本居宣長は『源氏物語』について、「しみじみと心に湧き上がってくる感動」を表す 「あはれ」という言葉を用いて「あはれの文学」と称しました。 一方で『枕草子』に見られる 「をかし」は、瞬間を切り取った感動を指すこともあるため、双方の感動は大きく異なるタイプのものといえます。 現代風に言い換えるのならば、 「あはれ」は創作物において崇高で近寄りがたく、神格化したキャラクターや展開に抱く「尊い……」といった感動に近く、「をかし」はInstagramで大量に流れてくる投稿にボタンひとつで賛同できる「いいね!」のようなもの。 紫式部は「こんな素敵な男性がいたらいいのに」と夢物語を書くクリエイターである一方、清少納言は目に入るあらゆる素敵なものを「こんなことがあったの!」と全世界に報告するインスタ女子です。 紫式部はそんな清少納言が気に入らなかったのか、『紫式部日記』にて激しい批判を行っています。 清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。 さばかりさかしだち、 真名 まな書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。 【超訳】 清少納言って、ドヤ顔をしているわりにはたいしたことのない人でした。 あれほどインテリぶってるくせに、漢字を書けば間違いばかり。 その程度の学力、まだまだ足りない点だらけ。 当時、漢字を書くことは相当の身分の男性でしか身につけられないスキルでした。 「でも、私はそれができるのよ」とドヤ顔で書き散らしていた清少納言に対し、「間違いだらけでよく言うわ」と紫式部は冷たく批判していました。 誇りかにきらきらしく、心地よげに見ゆる人あり。 【超訳】 プライドが高く、キラキラしている人はとっても気分が良いでしょうね。 紫式部はどちらかといえば控えめな女性。 『紫式部日記』には、乗り気でないまま宮仕えをすることになってしまった苦悩や、宮廷で同僚に無視されたショックから引きこもりになってしまった出来事が綴られています。 繊細で落ち込みやすい性格の紫式部からしてみれば、我が強い清少納言は少し鼻持ちならない存在だったことは想像に難くありません。 キラキラ女子とクリエイター女子、平安時代を代表する女流作家ふたりの性格を踏まえて作品を読んでみれば、印象が変わりますね。 (合わせて読みたい ) 今も昔も変わらない、キラキラ女子の姿。 自分が良いと思ったものを積極的に発信し、恋も仕事も全力投球。 そんな元祖キラキラ女子といっても過言でもない清少納言の鮮やかな日々が、『枕草子』には描かれています。 あなたもぜひ、宮廷を舞台にした、きらびやかで素敵な毎日を『枕草子』で味わってみてはいかがでしょうか。 (合わせて読みたい: ).

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枕草子の内容をよく知れるおすすめ本【漫画から原文付きの上級者向けまで】

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清少納言ってどんな人なの? 清少納言 【生没年】966年~1025年 享年59歳くらい 「清少納言」という名前の由来は、彼女の姓が「清原」であり、身内に「少納言」という位の人がいたからだとされています。 つまり「清原さん家の少納言」という意味で、名前の区切り 呼び方 としては「せいしょうなごん」ではなく、「せい・しょうなごん」ということになります。 では、清少納言の本名は何というのでしょうか? これははっきりと分かっていないのですが、本名は「清原諾子(きよはらのなぎこ)」ではないかと言われています。 父親は有名歌人で「梨壺の五人」の一人として知られる清原元輔(きよはらのもとすけ)。 曾祖父は『古今和歌集』の代表的歌人・清原深養父(きよはらのふかやぶ)です。 清原家は中・下級貴族ですが、和歌の名門で代々文化人として政治、学問に貢献した家柄。 清少納言は娘時代から漢学も学んでおり、高い教養を備えた女性だったようです。 一条天皇の中宮(のち皇后)となった藤原定子のサロンに出仕しています。 そして、陰謀や策略など闇が渦巻く平安貴族社会の中で、あえて華やかな部分だけを切り取って『枕草子』を執筆。 その知性と性格で水を得た魚のように宮仕えした清少納言は、鋭い観察力で人々の共感を勝ち得ます。 清少納言は定子サロンのPRに徹した「冴えた眼を持つ天才エース女房」といえるかもしれませんね。 随筆『枕草子』ってどんな内容なの? 平安時代中期から現代にまで読み継がれてきた、清少納言の随筆『枕草子』。 鴨長明の『方丈記』、吉田兼好の『徒然草』と並んで日本三大随筆に称され、海外でも読まれる名作です。 枕草子は清少納言の見聞や体験、感想などが鋭い感性と知的なウイットによって書かれたもの。 最初にもお伝えしたように、随筆とは心に浮かんだ事や、見たり聞いたりしたことなどを思うままに書いた文章のことです。 内容を簡単に紹介すると 「春は夜明けがいいよね~。 」 「夏は夜だよね~、ホタルが飛んでるなんて最高じゃん!」 「美しいものと言ったらカルガモの卵や梅の花に積もった雪だよね~」 「男性が来るのを一晩中待ってたら寝てしまい、気づいたら昼だった時って辛いよね・・・」 という感じ。 今でいうと、SNSをしてる感じに近いですかね・・・? 内容は全部で300段ほどあり、それぞれの段は主に下記のどれかにあてはまります。 「類想的章段」物事や事柄について語った「ものづくし」。 「うつくしきもの」など• 「随想章段」日常生活や四季の自然を観察したもの。 「春はあけぼの」など• 「回想章段」作者が出仕した中宮定子周辺の宮廷での思い出を綴ったもの 枕草子という名前の由来 では、なぜ「枕草子」という名前がつけられたのでしょうか? これにはいくつかの説がるのですが、あるとき内大臣の藤原伊周(ふじわらのこれちか)から、妹である中宮定子に白紙を綴った冊子が献上されました。 何を書くか思案中の定子に対し、清少納言は冗談で「枕にしたい」と言いました。 すると定子は「ならば受け取りなさい」と、当時大変高価だった白紙の冊子を清少納言に与えます。 そして、その冊子に書かれた随筆だったため、『枕草子』と呼ばれるようになったと言われています。 ただ肝心の「枕」の意味については、• 分厚いので、「枕にして寝てしまいたい」の意味• 「歌枕」の意味• 人に見せない「草子や備忘録」の意味 など解釈が分かれて、ハッキリした理由は良く分かってないようです。 どうして清少納言は『枕草子』を書いたの? では、どうして清少納言は枕草子を執筆することになったのでしょうか? この理由については諸説ありますが、下記の2つが主な理由ではないかとされています。 定子に注目を集めるために書いたという説 1つ目は話題性のある作品を書き、一条天皇の后である定子の素晴らしさをアピールしたかったという説。 定子サロンの女房たちの仕事の一つは、定子の政治的立場を強くするため、宮廷の人々の注目を集めることでした。 そのため、高価な冊子を与えられた清少納言は、エースとしてのメンツにかけても話題性のある作品を書いて定子の素晴らしさをアピールしたかったという訳です。 定子やその家族の安らぎを願った説 2つ目は苦境にある定子に読ませて彼女を元気づけるため。 そして、亡くなった彼女の華やかな記憶を残された家族と偲び、彼女を鎮魂するために書いたのではないかという説です。 『枕草子』の執筆時期は「定子が政治的力関係の中で窮地に陥った時期」、「定子の死後」の2つに分れています。 そのため、定子が生きている時は彼女を元気づけるため。 定子が亡くなった後は、彼女の華やかな記憶を残された家族と偲ぶためではないかと言われています。 『枕草子』の魅力とは? 『枕草子』は、当時の政治的背景を理解することで、そこに交錯する作者と登場人物の切ない思いを深読みすることのできる作品です。 しかし、そんな知識なしでも面白い点が魅力でもあります。 「をかし」の文学 『枕草子』は「をかし」の文学と呼ばれています。 軽妙で明るい筆致、知的で洗練された視点によって、「きれい!」「可愛い!」「新発見!」なことをピックアップし、「いとをかし(とっても素敵)」としたためる清少納言。 その着眼点のフレッシュさを素直に楽しめる作品です。 多くの共感を誘う着眼点 特に類想的章段では、作者の挙げる「上品なもの」「憎らしいもの」など、平安時代も現代も人が考えることは同じであることを思い知らされます。 「説教するお坊さんはハンサムに限るわ」「どんな身分の男も、若いうちはスリムのほうがいいでしょ」など、あけすけな本音を書くところも痛快そのもの。 現代に生きる私たちまで大いに共感できるのです。 実在の豪華セレブも続々登場 リアルな随筆ですから一条天皇、中宮定子、藤原道長やその他貴公子たちなど、登場人物は実在の人ばかり。 歴史上の有名人たちの姿にも惹かれます。 『枕草子』が決して語らぬ闇と悲しみ 清少納言が過ごした宮廷での華やかな時期も、いつしか定子の政治的苦境と共に陰りを見せ、定子の死で終了します。 しかし、彼女はあることを決めていました。 作品の中には決して中宮定子のネガティブな面を描かないことを。 『枕草子』は彼女が慕う中宮定子に捧げるものです。 そのため、作品の中では定子はいつも明るく、気高く、賢く輝いていなければなりませんでした。 そこに定子の「闇」や「悲しみ」は必要なかったのです。 『枕草子』は、苦い現実の中で清少納言の堅い決意によって生み出されたものでした。 単なる女房の「宮仕え体験エッセイ」ではなく、明らかな意図を持った作品だったのです。 清少納言はどんな性格だった? 『枕草子』の中には人間・清少納言のいろんな面が表現されています。 そこで、文章から伺える清少納言の性格を考察してみましょう。 基本は明るく外交的 得意の漢詩の知識を駆使して、主人の定子や殿上人たちとの気の利いた応酬が得意な清少納言。 「高慢」「自慢気」であると感じる人もいるようですが、彼女にはトップ女房として定子サロンの教養・文化レベルの高さを宣伝する使命がありました。 文中に見られる痛烈な批評さえも陰湿になることはなく、社交的で明るいシャープな女性でした。 実はコンプレックスがあって内気な部分も 平安美人の条件の一つは長い黒髪。 実は清少納言は癖毛で、まっすぐに伸びない自分の髪には劣等感を持っていました。 「かもじ」と呼ばれるエクステンションも使用していたほどです。 自分の容姿への自信のなさは時に彼女を少女のようにシャイにさせ、宮仕え初日には恥ずかしさの余り半泣きに・・。 主人である定子の顔を見ることもできない様子も描かれています。 和歌は嫌い? 和歌の名門の家に生まれたプレッシャーか、和歌を詠むのを避け、主に男性が嗜むとされた漢詩を好みました。 主人の定子はそんな彼女を理解して和歌を詠まなくても良いというお許しを出していたほど。 とはいえ、彼女の和歌は勅撰集、百人一首にも選ばれ、清少納言は中古三十六歌仙に選ばれるほどの女流歌人なのですが・・。 紫式部のライバルだったの? 一条天皇の皇后・定子に仕えた清少納言と、中宮・彰子に仕えた紫式部は対立の構図の中にありました。 しかし、彼女と紫式部との直接対決はありません。 紫式部が出仕開始したのは、清少納言が定子の死をもって宮廷を去ったあとなのです。 彼女が紫式部について言及した記録は残っていません。 清少納言がモテた秘訣 実は宮仕えの前にすでに離婚歴のある子持ちだった清少納言。 しかし、前夫・橘則光(たちばなののりみつ)も『枕草子』に登場しますが、2人の会話にはドロドロしたところは一切ありません。 外見にコンプレックスがあったとはいえ、明るく、頭の良い花形女房の彼女は、殿上人の貴公子たちにモテました。 あの藤原道長、宮廷女性のあこがれの的・藤原斉信(ただのぶ)、朝廷一の有能官僚・藤原行成らとのやりとりが『枕草子』に残されています。 貴公子たちとの華やかな交流は、主人である定子のステータスを上げるための彼女の使命でもあったのです。 ただ一人、風流なプレイボーイ・藤原実方(さねかた)とは「人には知らせで絶えぬ仲(人知れず長く続いている関係)」だったと『後拾遺和歌集』に記録されています。 『枕草子』に描かれていないからこそ、本物の恋だったのかもしれません。 華やかな宮廷で多くの男性と交流しながらも、魔性の女や、恋多き女のイメージのない清少納言。 サバサバしたところが彼女の魅力のヒミツでもありそうです。 清少納言は主人の定子を失った後は仕事を辞し、藤原道長の誘いも断り、宮廷に戻ることはありませんでした。

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