源氏 物語 冒頭。 62 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響

『源氏物語』の現代語訳:桐壺1

源氏 物語 冒頭

日本文学、古典の冒頭文を覚えていますか? 今さら古典なんて、と思うかもしれませんが2019年、こんなニュースがありました。 源氏物語の現存する最古の写本で、鎌倉時代の歌人・藤原定家による「定家本」のうち「若紫」1帖(じょう)が、東京都内の旧大名家の子孫宅で見つかった。 冷泉家時雨亭文庫(京都市上京区)が8日発表した。 定家が校訂したとみられる書き込みや、鎌倉期に作られた紙の特徴などから、同文庫が定家本と鑑定した。 歌人の藤原定家が古典の名作を写本したものが今もいくつか残されています。 更級日記や土佐日記、そして源氏物語など。 その中でも藤原定家が残した源氏物語の写本は定家本ともいわれ幻とも言われていました。 それが令和の時代に見つかるとはなんと素晴らしいこと!! 実際に書かれた文章も見ましたが文字の運びがなんとも美しいのですね。 感動しました。 さて、そんな令和より30年以上昔の昭和の時代。 高校の時の古典の時間、先生にやたらと冒頭文を記憶させられました。 暗唱できるようになるまで椅子に座れず、古典の時間にひたすら立たされるというスパルタ式。 今だったら虐待とかいわれるのでしょうか。 でもあの時のおかげで冒頭文はすらすらと口から出るし、気がついたら大学は文学部国文学科に入っていました。 (でも専攻は国語学にしたのは単に文学が苦手だったからです) さて、すこし古典の冒頭文でも思い出しましょうか。 古典文学の冒頭を思い出してみる 『源氏物語』• 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。 舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。 古人も多く旅に死せるあり。 予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。 もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、 草の戸も住替る代ぞひなの家 面八句を庵の柱に懸置。 古典の文字の羅列とか、音の面白さとかは何度も読んでみると出て来るわけです。 当時の古典の先生が冒頭だけでも覚えろと言ったのは「興味を持たせるため」だったのかなと思いますね。 作品にそれぞれ漫画版の紹介リンク(Amazon、楽天、ヤフーショッピング)をつけておきました。 大まかなストーリーなどをざっと理解するのは正直なところ漫画が一番です。 ストーリーが分かっていると学校の試験などでも結論がだいたい見えるので訳などもしやすくなります。 源氏物語にまつわるあるストーリー さて、そんな源氏物語にまつわるあるストーリー。 大学には自宅から2時間近くかけて通っていたのですが、とある私鉄沿線にある高校の生徒とよく一緒になりました。 ある日も僕が発車前の電車に座っていると真正面に女子高生二人が座りました。 「なぁ!源氏物語の冒頭のテスト覚えてきた?」 「ううん、始まる直前に暗記しようと思って!」 (いやいやどうせ短いんやから今覚えてしまったら良いのに) 「私でも直前は違うの覚えなあかんし今覚えてしまうわ」 (そやそや、頑張れ) 「ええっと、ええっと・・・」 「いずれのごじにか、にょごこういあまたさぶらいたまいけるなかに・・・」 (えっ?いま『ごじ』って言わなかった???) 「いや~ながいわ~私こんな長い文字覚えられへんどうしよう~」 「でも最初がでてくるとなんとなく後ろは覚えてる気がするなー」 「いずれのごじにか!いずれのごじにか!いずれのごじにか!よっし、完璧や!」 「あの・・・そこ、御時は『おほんとき』と書いて『おおんとき』と発音するんやで」と喉のこのへんまで出かかったんだけど、「何この大学生」と思われるのが嫌だったので教えるのを我慢しました。 まぁ確かに「御時」は「ごじ」とよめなくはないけど、古典文学の冒頭って音というかリズムというかメロディを楽しむものだと思うんですよ。 文学もそうだし英語もそう、文法は大事だと思うんだけどメロディというか音というかそういう味わいを学校はもっと教えてほしいと思う(暗記は辛いけど)歴史は断片で覚えずに勢いというか流れというか「歴史上の背景がこうだからこういうことが起きた」という風に覚えると暗記仕事にならなくて済むのに。

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源氏物語『桐壷・光源氏の誕生(いづれの御時にか〜)』の現代語訳・解説 / 古文 by 走るメロス

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『源氏物語』写本 『源氏物語』写本の画像を閲覧できるサイトのリンク集です。 源氏物語(中院文庫本) 室町時代後期 京都大学 享禄4年写、慶安2年校了。 日大三条西本に近似し、花宴と葵の2帖を欠く。 ハーバード大学本 鎌倉時代初期 ハーバード大学 伝・慈円 筆 影印本『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』』(伊藤鉄也編、新典社) 東久邇宮家本 江戸前期 国立国会図書館 インターネット公開(保護期間満了) (旧帝国図書館蔵) 不明 国立国会図書館 綴葉装 昭和20年12月25日付帝国図書館印あり インターネット公開(保護期間満了) 亀田候吉文庫 不明 国立国会図書館 インターネット公開(保護期間満了) 紙本墨書源氏物語(保坂本) 鎌倉~室町時代 東京国立博物館 影印本『保坂本 源氏物語』(伊井春樹編、おうふう) 袖珍本 江戸中期 早稲田大学 九曜文庫 はり紙 三条西家旧蔵 室町末期写 早稲田大学 伝・三条西実枝 筆 米国議会図書館蔵 桐壺・須磨・柏木 江戸時代 米国議会図書館 サービス提供:国立国語研究所 米国議会図書館蔵 江戸時代 米国議会図書館 上記と同じもの。 ただし、公開しているのは桐壺・須磨・柏木のみ。 足代弘訓所蔵本 不明 東京大学図書館 文政13年に弘訓による『湖月抄』などからの書き入れあり。 東大国文 不明 東京大学文学部国文学研究室 連歌師宗周ほか筆 物がたり 不明 筑波大学付属図書館 巻名の記載なし。 源氏物語 不明 筑波大学付属図書館 帖装本(?) 源氏物語 不明 筑波大学付属図書館 冒頭に作者来歴をはじめ、各種注釈書からの書き入れあり。 16世紀以降の書き入れか? 古筆源氏物語(玉里文庫) (14世紀?) 鹿児島大学附属図書館 寄合書き。 後醍醐天皇、後伏見院、阿仏尼、覚源、冷泉為相、二条為定、世尊寺行俊・行房・行尹。 源氏物語(玉里文庫) 室町時代 鹿児島大学附属図書館 寄合書き。 細見河内守宗高、姉小路済継、小倉季種、宗衣(飛鳥井雅康の子)、毘沙門堂公厳、岩山道堅、筆者不明とある。 源氏物語(葵文庫) ・蛍・かがり火・野分・行幸・藤袴 不明 静岡県立中央図書館 源氏物語(支子文庫) 不明 九州大学付属図書館 注釈の書き入れあり。 源氏物語 不明 大和文華館 源氏物語(佐野文庫) 不明 新潟大学付属図書館 西園寺内府の書写と題簽にある。 『横河物語』と題されるが、中身は『源氏物語』で天下の孤本。 小倉山荘色紙和歌・秀歌躰大略・未来記雨中吟・雨中吟・三十六人歌合・詠歌大概・歌仙色紙形・源氏物語 不明 京都大学附属図書館 平松家本 早蕨 源氏物語 (16世紀?) 京都大学附属図書館 平松家本 奥付に「享禄四年正月22日に書写し終えるなり。 槐陰逍遥叟堯空」とある。 三条西家伝来。 源氏物語 (16世紀?) 京都大学附属図書館 平松家本 上記と同じ奥付あり。 装丁も酷似しているが、蝶がない。 またページ数はこちらが多い。 源氏物語 (16世紀?) 京都大学附属図書館 平松家本 上記2種の書き損じ・「竹河」の中盤より始まる(れぬに侍従の君してかむのとの、こちじの〜)。 肥前島原松平文庫 不明 肥前島原松平文庫 「桐壺」本文の前に能の「半蔀」と「芦刈」の一部を別紙にて貼付けてある。 源氏物語(断簡) 鎌倉時代初期〜中期(?) 相愛大学 春曙文庫 「帚木」「藤裏葉」「橋姫」「宿木」「手習」。 ハーバード大本系統か。 源氏物語 不明 相愛大学 春曙文庫 寫字臺文庫旧蔵 源氏物語 元亀四年(?) 相愛大学 春曙文庫 聖護院道澄など筆。 源氏物語 不明 相愛大学 春曙文庫 源氏物語(帚木) 不明 相愛大学 春曙文庫 源氏物語 室町時代?/江戸時代(奥書)/明治(55冊め) 相愛大学 春曙文庫 書き入れあり。 奥書は契沖による。 55冊めは「源氏解題ならびに年立」。 奥書「明治35年9月初めに阿閇荘宮西村にて編集」とある 源氏物語 不明 相愛大学 春曙文庫 源氏物語(橋姫) 江戸時代(?) 相愛大学 春曙文庫 「金子武雄」氏より「小西梅太郎」氏へ寄贈。 冒頭に経緯を示す葉書あり。 源氏物語(花宴、紅梅、匂宮、賢木) 不明 ニューヨーク公立図書館 「柏木」「賢木」の一部を公開。 『源氏物語』影印本 発行済の影印本です。 現在では入手困難な書籍もあります。 2~1970. 8 若紫・末摘花 , 絵合・行幸・柏木 , 鈴虫・幻 ごとに箱入。 鎌倉期書写,列帖装,7帖。 鎌倉期書写,列帖装,7帖。 中山本。 若紫- 別冊3. 1 源氏物語はわが国文学の最高峰であるばかりでなく、また世界文学史上でも第一級の古典として、今日では既に国際的に定評が確立して居る。 ここにはそれらの古筆の代表的なもの五種を収載した。 (公式サイト内容説明より) 『高松宮御蔵河内本源氏物語』(限定版) 臨川書店 1974 高松宮御蔵河内本。 長享2年 1488 の複製。 1 上下巻。 河野信一記念文化館蔵の複製。 12 重要文化財 尾張徳川家に伝わる秘宝、河内本源氏物語鎌倉時代書写、五十四帖揃いの逸品! 1 源氏物語諸本集一に引きつづいて、次の古筆のもの七種を収載した。 家の証本として、藤原定家自ら、また家人に書写させたといわれるもので、その装幀から青表紙本といわれている。 (公式サイト内容説明より) 『桐壺・夢の浮橋』(日本大学総合図書館影印叢刊 ; 3. 源氏物語) 日本大学総合図書館 1979. 3~1982. 10~1980. 2 元応二年奥書本。 桝形列帖装全五十四帖の美本である。 重要文化財。 (パンフレットより) 『源氏物語』(専修大学図書館蔵古典籍影印叢刊) 専修大学出版局 1982. 5 今川了俊筆 ; 空蝉巻, 解題. 限定版. 専修大学出版局。 専修大学図書館所蔵 蜂須賀家旧蔵 の複製 『源氏物語古本集』 日本古典文学影印叢刊 ; 18 日本古典文学会 1983. 12 京都御所内、東山御文庫に秘蔵される「各筆源氏」。 そのありのままの姿と接する幸運に恵まれた人は少ない。 いま、そのときの感激を『源氏物語』を愛する人と分かちあいたい。 1~1995. 1 吉田幸一蔵古写本の影印。 11~1996. 11 本書は、別本の本文を持つ陽明文庫本以上に注目すべき伝本を初めて公開するものである。 源氏物語の本文研究において不可欠の資料!! 3 源氏物語研究の原点、大島本源氏物語の全容がいま、初めてあきらかになる! 百年に一度の修復の好機を得て、全帖、糸綴じをはずして撮影。 ここに空前絶後の影印本を刊行! 9 日本大学総合学術情報センターが所蔵する『源氏物語』について、三条西家証本五十三帖及び鎌倉期の写本八種を影印し、全13巻に編成収録する。 本書は、第12巻として鎌倉期の写本「紅葉賀」「松風 二種 」「藤裏葉」「柏木」「鈴虫」の六種を収めた。 3 松山宗平氏蔵、藤原季有筆本「松山本源氏物語」のうち「桐壷」「ははき木 帚木 」「うつせみ 空蝉 」の三巻を影印・翻刻。 古写本の変体かなが容易に読めるように工夫編集してある。 3 松山宗平氏蔵、藤原季有筆本「松山本源氏物語」のうち「夕かほ 夕顔 」「若紫」の二巻を影印・復刻。 古写本の変体かなが容易に読めるように工夫編集してある。 1 1996年の『大島本 源氏物語 全十巻』をDVD-ROM化。 原色完全デジタル化と検索システムを搭載。 11 青表紙系統の本文を持つ鎌倉中期写の古写本を原寸・原色で影印。 翻刻・解題を付した。 12 国文学研究資料館蔵の『源氏物語』十六帖は、鎌倉時代の書写本にして青表紙本の本文をもつ、希少かつ重要な古写本である(桐壺のみ三条西実隆筆の室町時代書写)。 10~2015. 10 米国ハーバード大学蔵『源氏物語』「須磨」 ハーバード・アーツ・ミュージアム現蔵、鎌倉時代中期書写本 は現存する『源氏物語』でも書写年代の古い、極めて貴重な古写本である。 この影印と翻字本文について、各頁上段に毎半葉の影印、下段にその翻字を対照できるように掲げた。 (「須磨」内容紹介より) 歴博蔵、通称中山家本『源氏物語』「鈴虫」のカラー影印と翻字を対照して掲載。 解説ならびに既刊「須磨」「蜻蛉」改訂版翻刻つき。 6) 2(2016. 国 古典籍名 所蔵 収録書籍 イギリス 『源氏物語詞』 大英図書館 辻秀子編著(2011年)『在外日本重要絵巻集成[研究編]』p13-149,笠間書院. 辻秀子編著(2011年)『在外日本重要絵巻集成[影印編]』p76-131,笠間書院. ドイツ 『源氏小かゝみ』 バイエルン州立図書館 辻秀子編著(2011年)『在外日本重要絵巻集成[研究編]』p151-317,笠間書院. 投稿ナビゲーション.

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『竹取物語』『伊勢物語』と『源氏物語』の書き出しの違いは?という設問を...

源氏 物語 冒頭

原文(本文) の御時にか、 女御、更衣候ひける中に、いと際にはあらぬが、 給ふありけり。 はじめより我はと給へる御、ものに 給ふ。 同じほど、それよりの更衣たちは、ましてず。 朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを積もりにやありけむ、いとなりゆき、 を、 あかずものにて、人の そしりをも えせ給はず、世のにもなりぬべき御もてなしなり。 上達部、上人なども、目をつつ、いと人の御なり。 唐土にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、けれと、天の下にも、人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃の例もつべくなりゆくに、いとこと多かれど、御心ばへのを頼みにて給ふ。 父の大納言は亡くなりて、母 古の人の由あるにて、 親、世のおぼえ御方々にもいたう劣らず、なにごとの儀式をも給ひけれど、てしなければ、事ある時は、なほ拠り所なく。 (宮廷に仕え始めた)当初から、自分こそは(帝の寵愛を受ける)と自負していらっしゃる方々は、(寵愛を受けていた女性を)気に食わない者としてさげすみ、ねたみなさいます。 (寵愛を受けていた女性と)同じ身分、それよりも下の身分の更衣たちは、なおさら心安らかではありません。 朝夕の宮仕えにつけても、(その女性の行動は)人の心を動揺させ、恨みを身に受けることが積もったからでしょうか、(その女性は)たいへん病気がちになり、なんとなく心細そうに実家に帰っていることが多いのを(見た帝は)、ますます限りなく気の毒なものとお思いになって、周りの人が悪くいうのも気兼ねなさることもおできにならず、世間の語り草にもなるにちがいない(ほどのご寵愛の)なさりようです。 上達部や殿上人たちも、(そのご様子を)感心しないことだと思って目をそむけており、とても見ていられないほどのご寵愛ぶりです。 唐(中国)でも、このようなこと(帝が女性を寵愛しすぎたこと)が原因で、世の中が乱れて具合が悪いことになったのだ、と次第に世間でもまともでないことと、人の悩みの種となっていて、(唐の皇帝であった玄宗の寵愛を受け、国を傾けたと伝わる)楊貴妃の例も引き合いに出してしまいそうになっていくので、(その女性は)大変きまりが悪いことが多いのですが、もったいないほどの(帝の)ご愛情が比べるものがない(ほど強い)のを頼りにして、宮仕えをしなさっています。 (女性の)父である大納言は亡くなっており、母親である(大納言の)奥方は、昔風の人で由緒ある家柄の方であって、両親がそろっていて、今のところ世間の評判が時めいている方々にもたいして見劣りすることなく、どのような儀式でも、ひけをとらずに取り計らいなさったのですが、取り上げてしっかりとした後見人もいないので、何か事があるときには、やはり頼るあてもなく、心細い様子です。

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