名古屋場所 結果。 全取組結果

大相撲七月場所(名古屋場所) 幕内取組結果速報 | ラビル!!

名古屋場所 結果

概要 [ ] (昭和33年)以降は年6回の興行で固定されている(下表)。 開催地の名称は(平成30年)時点のもの。 開催月 正式名称 通称 会場 開催地 初日 01月 一月場所 初場所 第1もしくは第2日曜日 03月 三月場所 春場所 大阪場所 第2もしくは第3日曜日 05月 五月場所 夏場所 両国国技館 東京都墨田区 第1もしくは第2日曜日 07月 七月場所 名古屋場所 第1もしくは第2日曜日 09月 九月場所 秋場所 両国国技館 東京都墨田区 第1もしくは第2日曜日 11月 十一月場所 九州場所 第1もしくは第2日曜日 三月場所(大阪) と七月場所(名古屋) の会場ではが売却されており、主催者である日本相撲協会では上記のように施設命名権に基づく名称と正式名称を併記して使用している。 施設名の扱いに関してはメディアごとに対応が分かれている。 を行う は本場所の会場名について正式名称のみを使用している。 一方、新聞報道などでは報道機関により施設命名権による名称を使用する場合 、正式名称を使用する場合 、両名称を併記する場合 に分かれている。 福岡国際センター には本場所は各地で個別に行われており、力士は場所を主催する勧進元と自身のの都合がついた本場所に個別に参加していた。 その中でも三都(江戸・京都・大坂)の相撲がとくに盛んで、江戸で年2回、京都と大坂で年1回ずつ行われることが多かったが、天災や天候不順、不入りによる中止や打ち切りも頻発していた。 になると各地の相撲集団は法人化して個別の力士を抱えるようになり、には相撲集団は東京と大阪に収斂し、それぞれ常設の国技館で年2回興行、さらに合同でも興行するようになる。 になると東西協会が合同して日本相撲協会となり、戦後には大阪・名古屋・福岡でそれぞれ興行を行うようになって現在に至る。 1場所は江戸時代は晴天10日間興行だったが徐々に延ばされ、現在は15日間連続で行われる。 1日目は「初日(しょにち)」、8日目は「中日(なかび)」、最終日にあたる15日目は「(せんしゅうらく)」と呼ばれる。 初日は1場所15日制になって以降、崩御に伴い1日延期された一月場所を除き、に設定されている。 原則として初日は第2日曜日だが、3月・5月・9月・11月場所では日曜日が5週ある時は第3週から始まることもある。 7月場所は夏巡業の期間確保のため6月から行われていたこともあり、現在も第1週から始まることがある。 番付は各場所初日の約半月前に日本相撲協会より発表される。 頃に、年末年始を挟む一月場所を除いては初日の13日前の月曜日と定められた。 ほかのスポーツ行事の少ないを選んだということである。 例外として一月場所の番付発表については、直前が年末年始の期間に当たるため近年は前年下旬頃に行われている。 「」を参照 本場所の土俵進行(や力士呼び出しの順序)は日目が東方から、日目が西方からとなっている。 本場所の進行 [ ] 本場所は毎日8:00頃、呼出が会場前に設営された高櫓から打ち出す寄せ太鼓で始まる。 この後から順番に取組が始まるが、3日目(新弟子が多い3月場所は2日目から)から中盤にかけては、その前にが行われる。 序ノ口、、、と取組が進み、幕下の相撲が残り5番(幕下上位五番)になった時点で、力士のが行われる。 かつては幕下取組終了後に行われていたが、40年代末のの際に光熱費節減のため、土俵入り後の休憩時間省略を目的に時間が変更された。 この時点で14:20頃になる。 その後十両の取組に入るが、初日と千秋楽は十両残り3番を残して日本相撲協会理事長からの挨拶(協会御挨拶)が入る。 十両取組終了後の概ね15:50頃に力士の土俵入り・が行われる。 千秋楽では十両以下各段の優勝決定戦および優勝力士の表彰が行われる。 土俵入り後は中入の休憩時間に入り、初日は・返還式が行われる。 また、1・5・9月場所初日では除幕式、1月場所初日ではの表彰式も行われる。 2日目から13日目までは、時間に余裕がある時は翌日の幕内取組を紹介する「顔触れ言上」が行われる。 幕内取組が半分消化したところで、時間調節のための小休止がある(17:00頃)。 幕内取組終了後にが行われ打出となり、1日の興行はすべて終了となる。 時刻はこの時点で終了の18:00になるように調節されている。 千秋楽は弓取式後にの表彰式(場所によっては先立って優勝決定戦)が行われるため、全日程が30分ほど繰り上がる。 かつて使われていた会場 [ ]• 東京 - (~ 落成するまでは仮設国技館だった)• 大阪 - 、(旧)(に、大阪府立体育会館の全面改修工事のために1度だけ開催された)• 名古屋 - (~ 「会場はの格納庫を改造して建設されたが、がなかったため、室内でもの中で開かれ、支度部屋には氷柱が置かれ、中入りの時には場内に酸素の放出が行われた」と記録にある)• 福岡 - (~)、(~) 1909年6月場所以前はでの晴天時興行の形を取っており、雨天中止となった場合その後2日続けて晴天とならなければ開始できない規則となっていた。 戦前は戦時戦後の一時期を除き旧両国国技館が使われ、からまでの地方本場所は・・・・で開催の実績がある。 中には軍による接収、空襲による被災、そして戦後による接収で国技館が使用できずに(番付上の表記は「小石川後樂園球場」)や神宮外苑相撲場等で晴天時限定で開催、その後仮設国技館(当時の表記は「假設國技館」)時代を経て蔵前仮設国技館へと本場所開催地を移した。 場所ごとの逸話など [ ] 初場所 [ ]• 古くは1月場所は「春場所」と呼ばれた。 に大阪場所が出来て年4場所制となった時には1月場所は「初場所」か「春場所」かで協会発表に混乱があり、騒動になった。 後で当時責任者だった(元)の明かしたところでは、マスコミを利用した話題づくりだった。 この場所でやへの昇進を果たした力士は多く、「祝儀場所」の異名もある。 中日8日目はになることが多い。 特に8日目における平成最後の天覧相撲において、(いずれも当時)が退席するときに、自然発生的に観衆によるが行われた。 初日が日曜日以外の曜日に行われたのは戦後の15日制復活後、初めてのことであった。 『第13巻』()が2017年初場所の懸賞として掲出し、話題となった。 名勝負• 12日目、小結 - 前頭13枚目 新入幕で連勝する大鵬に、小結柏戸が「止め男」として当てられた柏鵬初顔合わせ。 後の柏鵬戦とは逆に攻めまくる大鵬を、柏戸が逆転の出し投げで下した。 千秋楽 横綱 - 関脇(優勝決定戦) ウルフフィーバーの巻き起こった場所。 14連勝の千代の富士を1敗で追う北の湖が吊り出しに破って決定戦に持ち込んだが、この時北の湖の左足首が悪いのを見破った千代の富士がで決定戦を制し初優勝。 大関昇進も果たす。 13日目 横綱 - 大関 この前の取り組みで、が敗れ、白鵬がこの取り組みに勝てば、大相撲の日本新記録となる33回の優勝が決まる一番だったが、本割では両者同体となり、物言い・協議の上取り直し。 その取り直しで白鵬が勝ち、日本新記録の33回優勝が決定した。 白鵬はこの場所を15連勝の全勝で、新記録達成に花を添えた。 春場所 [ ]• 呼称については初場所も参照。 地元大阪を中心にほかの地方場所と同じく「大阪場所」の名称を使用することもあり、中継を行うメディアにおいてはが「大阪場所」を主に名称に使っている。 に中学生力士が禁止されて以降、中学卒業見込みの入門者が多い関係で6場所の中で最もを踏む新弟子が多く、「就職場所」の異名がある。 平成以降ではの151人が最多、に入ってからは100人を超えない年が続いている。 「荒れる春場所」と呼ばれ 、番付上位が負けるいわゆる波乱の結果が多いとされる。 もともと大阪にはの歴史があって相撲人気の根強い土地であり、毎年大いに盛り上がる場所である。 がこの場所で強くから3連覇するなど通算5回の優勝のうち4回を大阪で達成、「大阪太郎」と呼ばれた。 他にが通算8回優勝のうち4回が大阪での優勝。 初の女性となったが在任中に幾度となく「大阪府知事賞の贈呈を自らの手で贈りたい」と土俵上は女人禁制と決めている協会と悶着を起こし、ファンや国民の間で議論を呼んだ。 の開催は、の外部委員会調査に時間がかかることと、世論動向から不祥事による初の開催中止となった。 2014年は場所期間中に、が執行された(告示が初日、投票日が千秋楽と同じ)ため、「もう一つの春場所」とも言われ、(優勝力士に贈られる)市長賞が職務代行者によって贈られた。 の開催は、防止のため無観客で開催。 本場所が一般公開されないのは戦時中に傷病軍人を招待して開かれた1945年6月の夏場所以来75年ぶりで、観客を一切入れない興業は初(テレビ中継があったので「完全非公開」ではない)。 名勝負• 1960年千秋楽 横綱 - 横綱 史上初めて、全勝力士同士が千秋楽結びの一番で優勝を争う形になった。 栃錦が無理にまわしをきりにいったところを若乃花が一気に寄り、自身初の全勝優勝。 栃若最後の一番にもなった。 夏場所 [ ]• の夏場所はによって被災した国技館の修理が工事の遅延によって完了しなかったため、大相撲史上初の開催中止となった(番付は発表されなかった)。 以後、にの影響で春場所が中止されるまで史上唯一の中止例だった。 、就任直後のがの授与を行い前日の負傷を押して出場し22回目の幕内優勝を勝ち取った横綱に対して「痛みに耐えてよく頑張った! 感動したっ! おめでとう! 」との賛辞を送った。 小泉の「感動したっ! 」はともなった。 なおこの負傷が原因となり、貴乃花はこの優勝を最後としてに現役を引退した。 2011年は前場所の開催中止に引き続き八百長問題の影響で、通常の興行としてではなくとして開催された(成績は正式記録として残る)。 この場所は無料公開され、NHKはこの場所の生中継を行わず、総合テレビと衛星放送でのダイジェスト放送も行わない(ニュースでの報道は行う)。 優勝額もなし。 一方で・等のネット配信で、前相撲から結びの一番まで完全生放送が行われた(詳しくはを参照)。 は、関脇の大関昇進で1横綱6大関時代と話題になったが、7枚目のが同4枚目との史上初の同士のを制すると同時に初優勝の最年長記録を更新した。 最初の大相撲開催となったは千秋楽にとして来日していたのが国技館に来場し、夫人や、夫人と共に相撲を観戦。 幕内優勝力士となったに特別杯「アメリカ合衆国大統領杯」を贈呈した。 なお、この大統領杯は来年以降も夏場所の幕内優勝力士に贈呈する予定となっている。 2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため当初は日程を2週間遅らせることとして、その日程で番付も発表されたが、その後緊急事態宣言の延長を受けて開催中止を決定。 本場所の中止は1946年(昭和21年)夏場所、2011年(平成23年)春場所に続き3回目。 名勝負• 初日 前頭筆頭貴花田 - 横綱千代の富士 、昭和最後の大横綱・千代の富士と後に貴乃花として平成の名横綱になる貴花田の初顔合わせの一番。 この一番で、千代の富士は寄り切られて完敗。 貴花田は初を獲得。 一方、千代の富士は2日後に現役引退。 力士の世代交代の時を世間に知らしめた一番となった。 名古屋場所 [ ] 平成21年大相撲名古屋場所開催中の模様。 画面右上に中日新聞社社旗が見える。 午前中の撮影につき観客はまばらである。 撮影日2009. 本場所となったのはで、6場所の中では一番後である。 との共催となっている。 九州場所が相撲協会の完全自主興行に移行した1974年以降(後述)、相撲協会以外の団体が本場所の主催元になっているのは名古屋場所だけである。 中日新聞社関連では以下の特記事項がある。 場所中、会場のの館内には中日新聞社の社旗が掲げられる。 毎年3月中旬頃から中日新聞社(()・()・・(・編集自体は北陸本社で行っている)を含む)で桝席の販売が行われている。 場所中、毎日必ず1本は中日新聞社が懸賞を出す。 懸賞を出した取組は当日の(北陸中日新聞・日刊県民福井・東京新聞を含む)のスポーツ欄及び(を含む)の大相撲欄で「本日の好取組」として展開予想が掲載される。 本場所を共催している縁もあってか、以降、加藤巳一郎、大島宏彦、大島寅夫と歴代の中日新聞社社長がの委員を務めている。 但し、九州場所前夜祭(後述)と違い、自局の施設であるCBCホールで行っている。 関係会社でもあるは球団創設80周年にあたるにプロ野球チームとしては初となる懸賞を提供した。 「80」に因み中入り後の8番目の取組に懸賞が掛けられている。 「荒れる名古屋」で知られる。 夏場の開催となって、とりわけ気温が高いことで知られる名古屋ということもあり、「熱帯場所」、「南国場所」の異名をとるほどの暑さのため体調管理が難しいことから調子を落とす上位力士も多いのが、その要因と言われている。 生涯ただ一度の優勝をこの場所で果たした力士も多い。 かつては場所後の夏巡業の日程を確保するために6月下旬から始まったこともあった。 また、同様の理由で、1960年代後半から1990年代までは第2日曜日になることのない7月1日~7日(即ち、必ず第1日曜日)から始まっていた。 2000年代以降は概ね他の場所と同じ第2日曜日から始まっている。 夏巡業を控えていることも有って、かつては名古屋場所では夏巡業の目玉となる新横綱を確保するために、やや甘い基準で名古屋場所で横綱昇進を果たす力士が少なからず存在した。 しかし双羽黒光司が廃業騒動を起こすと横綱昇進の基準が厳格化。 1993年7月場所の貴乃花光司、1994年7月場所の武蔵丸光洋、2006年7月場所の白鵬翔などは、双羽黒廃業騒動以前の基準なら、場所後に横綱昇進を果たしていた可能性がある。 のによる東京の国技館焼失のため、翌年の1月場所が名古屋市内の仮設国技館で行われた。 また、昭和初年の年4場所時代にも名古屋での本場所興行が行われた。 にが外国人力士として初めての優勝を遂げた。 2010年はの為の生中継が中止となり(ダイジェスト版のみ放送)、協会が外部からの表彰を辞退した為表彰式は優勝旗と賞状のみとなった。 2020年は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、大人数での移動を避けるため、名古屋での開催を取りやめ、両国国技館での無観客興行を予定している。 名勝負• 千秋楽 横綱 - 横綱(優勝決定戦) 史上2度目、横綱同士では初となる同部屋相星決戦。 場所前に娘を亡くし、この場所は数珠を首にかけながら場所入りしていた千代の富士が、右上手投げで先輩横綱の意地を見せ28度目の優勝を果たす。 千秋楽 横綱 - 大関貴ノ花 - 関脇(優勝決定戦) 春場所が初土俵の同期生3人による巴戦。 横綱昇進のかかる大関・貴ノ花が結びの一番に勝って決定戦に持ち込んだが曙が連勝、横綱初優勝を決めた。 場所後若ノ花は大関昇進。 優勝 - 優勝同点の貴ノ花の昇進は見送られた。 秋場所 [ ]• 長期に及ぶの後の本場所であるため、ここで大きく「化ける」力士も多い。 同様に夏巡業を経て再起を目指す、連続休場明けの横綱がよく登場する。 は勤務で本場所を観戦できないビジネスマンにも会社帰りに大相撲を楽しんでもらおうとの配慮から、午前10時30分から取組開始、午後5時30分に中入り、午後8時に打ち出しという「ナイター興行」で行われた。 ナイター興行はビジネスマンには好評だったが、力士にとってはコンディション作りが難しく、体調を崩す力士が続出、また遠隔地向けの版に間に合わないという理由で新聞社からクレームが入り、1場所限りで取りやめとなり、2015年1月現在では、現状唯一のナイター本場所である。 しかも、このナイター本場所の11日目において、横綱対関脇の取り組みが、史上最長となる合計17分15秒の「大相撲」となる珍事があった。 本割で2回にわたり水入りの中断があり、更に力士の疲労を考えて、次の2番を先に消化してからとなり、結果となった。 このため、打ち出しは夜8時15分と最も遅いものとなった。 は開催に伴い第1日曜日()が初日となった。 では 相撲はの季語。 名勝負• 11日目 横綱対関脇(上述)• 千秋楽 前頭6枚目 - 大関 入幕2場所目で上位力士をなぎたおし優勝を争っていた「小錦旋風」を、三役陣最後の砦として琴風が止めた一番。 結果、最後の優勝は平幕の前頭12枚目となった。 九州場所 [ ]• 東西合併以降1930年に九州地方初の本場所が行われており、以降太平洋戦争が激化するまで九州場所は行われていた。 から2年間は準場所として施行され、から本場所に昇格した。 昇格した年から4年連続で大関以下が優勝、「横綱が優勝できない場所」と言われたがに大鵬が優勝してようやくそのジンクスが破られた。 その大鵬は32回の優勝の内7回を九州場所で果たしており、大鵬にとって九州場所が最も験の良い場所となった。 で開催されていた1973年までは同名の運営会社()との共催だったが、1974年から日本相撲協会単独主催の自主興行となり、同時にに移った。 千代の富士のから1988年までの8連覇は同一場所連続優勝の最多記録。 地方で行われる本場所の中でも、最も地元出身力士への声援が大きい。 毎年初日の数日前に、相撲協会との共催で が開かれ九州出身力士が紹介される。 とりわけが現役力士だった頃には出身ということもあって大きな声援が飛び、相撲の観客からは珍しい「魁皇コール」が場内から起こるほどであった。 これは相手力士には相当なプレッシャーであり、魁皇はこの場所だと好調ではあったが、遂に九州場所で幕内最高優勝を果たすことなくした。 その後は福岡県出身のが大関に昇進、魁皇人気を引き継いだ。 からは観客の座布団投げ(。 主に横綱が平幕に敗れた(金星)場合に観覧席から土俵に向けて座布団が飛ばされていた)を、危険行為とみなして厳しく取り締まることになり、マス席の座布団はこれまでの1人用の正方形4枚から2人用(縦1メートル25、横50センチ)の座布団2枚に変更しさらに2枚をひもで結んでつなげた形に変わった。 これにより、1人でも座布団に座っていれば座布団を投げられない仕組みになった。 しかし重さが2枚計4. 8キロとなって投げられた場合の危険性が増したということで、同場所以降、座布団投げが確認された場合はへ110番通報するという非常に厳しい措置(警察沙汰)がとられた。 ()が2005年九州場所の懸賞として提出され、同年12月28日放送の『年末の祭典スペシャル』で視聴者プレゼントした。 コンサートで来日した元のが2013年九州場所を観戦した。 この場所に登場したポールの懸賞が話題になった。 (集英社)が2014年九州場所の懸賞として掲出され、話題となった。 九州場所が開催される「福岡国際センター」は、地方3本場所の中で、1万席と最も観客席の数が多く、チケットが売れ残る現象が長く続いていたが、2017年(平成29年)の場所で久しぶりに前売りが完売。 集客が悪い状態が長年続いており、「不入の場所」とよく言われており満員御礼の連続記録が途切れるのも九州場所が多い。 主な原因として九州にはが無く、チケット手配は「大相撲売店」と呼ばれる商店とプレイガイド委託による販売が主でありそれに伴う大手の顧客、贔屓筋が無いのも要因である。 時期的にも一年の締めくくりであるがゆえにこの一年の相撲人気、または優勝争いの行方が売上に直接影響する場所でもある。 名勝負• 千秋楽 横綱 - 横綱• 千秋楽 大関 - 大関 一年納めの九州場所千秋楽結びの一番が、の決定戦となった例。 それぞれ栃錦77勝、北の富士63勝で最多勝を獲得。 なお、どちらも同場所の優勝に直接かかわる相撲ではなかった。 他に九州場所千秋楽まで年間最多勝を争った例としての横綱柏戸がおり、横綱が同年九州場所終盤を3休したためもあるが千秋楽に前頭5枚目に勝って70勝20敗、70勝6敗14休の大鵬と年6場所以降はじめての最多勝同点となった。 なお柏戸は12日目にこの場所優勝の横綱にも勝っており、この勝敗が逆であったら佐田の山(この年69勝)が大鵬と同点になっているところだった。 千秋楽 横綱千代の富士 - 横綱 千代の富士の53連勝を、久しく脇役に甘んじていた大乃国が止めた一番。 千代の富士はこれに勝っていれば54連勝、翌初場所での成した69連勝への挑戦権を得られるはずだった。 大乃国はこの一番のために千代の富士の相撲をビデオで研究し尽くしたという。 結果的にこれが昭和最後の一番にもなった。 千秋楽(優勝決定戦) 横綱貴乃花 - 大関若乃花 当時一大ブームを起こしていた、元大関・貴ノ花の長男・若乃花と次男・貴乃花の花田兄弟による最初で最後の対決。 同門()のため本割での取り組みは組まれないため優勝決定戦ではあるが、唯一本場所の土俵での2人の対戦が実現した。 取り組みは若乃花が貴乃花を下し、2度目の優勝を飾った。 ちなみに貴乃花はのちに同門のとの2度の優勝決定戦にも敗れ、同門の優勝決定戦には勝利していない。 13日目 横綱貴乃花 - 前頭12枚目 前日に横綱若乃花に敗れたもののこの場所の初日から11連勝と好調の琴錦と貴乃花の対戦。 結果は琴錦の完勝で金星獲得。 この大金星がきっかけとなり琴錦は自身2度目の平幕優勝を果たした。 2日目 横綱 - 前頭筆頭 白鵬の63連勝を稀勢の里が止めた一番。 白鵬はこれに勝っていれば64連勝、この場所の7日目で双葉山の成した69連勝への挑戦権を得られるはずだった。 前場所まで4場所連続で全勝優勝をしていた白鵬が敗れるといった大一番であるが、上述の理由で座布団は1枚も飛ばなかった。 準場所 [ ] 年6場所制が定着するまえには、本場所の間の時期を利用して、本場所の開催されない土地で興行をすることがあった。 そのころは、巡業もごとに別の土地を回るのが普通だったので、全力士集合して行われる興行は、 準場所と呼ばれ、の加算も行われた(番付の昇降には関係しない)。 1940年代には、満洲で、3箇所5日間ずつ開催で15日興行としたこともあった。 脚注 [ ]• 日本相撲協会. 2018年7月25日閲覧。 日本相撲協会. 2018年7月25日閲覧。 例として、. 日本経済新聞. 2018年7月22日. 2018年7月25日閲覧。 時事通信. 2018年7月22日. 2018年7月25日閲覧。 例として、. 読売新聞. 2018年7月22日. 2018年7月25日閲覧。 なお、読売新聞は紙面ではウェブサイトと異なり両名称を併記する場合がある。 例として、. 産経新聞. 2018年7月22日. 2018年7月25日閲覧。 財団法人日本相撲協会. 2017年3月3日閲覧。 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p40• 大相撲コラム集(大相撲あんなこと・こんなこと) - 大相撲• 時事通信(2019年5月26日作成). 2019年6月2日閲覧。 スポーツニッポン(2019年5月27日作成). 2019年6月2日閲覧。 産経新聞. 2020年5月4日. 2020年5月4日閲覧。 例外として、2002年〜2004年、2013年、2019年は第1日曜日から始まっている。 また、2020年も東京オリンピックに配慮して第1日曜日から始める予定であった。 九州場所ではネット局であるとの共同で懸賞幕を製作した。 -2015年1月14日閲覧。 注釈 [ ]• (昭和33年)に制定された内規によると、大相撲の本場所の名称は、それぞれの場所が開催される月の名で表したものを正式名称としている。 これにによる開催年を冠して、例えば「一月場所」「七月場所」などのようにする(数字も正式には漢字表記)。 実際に、協会が発行する番付や・取組表・星取表などはすべてこの「〜月場所」という表記方で書かれている。 やなどの媒体では、近年を中心に内規通りの名称を用いているところがあるが、「春場所」「夏場所」など四季名や、「名古屋場所」「九州場所」など開催地名でのが広く用いられており、NHKのでは、「大相撲夏場所三日目」「大相撲九州場所千秋楽」などとタイトルテロップが用いられている。 外部リンク [ ]•

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新型コロナウイルス感染拡大の影響により、日本相撲協会は大相撲夏場所(24日初日、東京・両国国技館)を中止する方向で調整していることが3日、複数の関係者の話で分かった。 本場所が中止となれば、9年ぶり3度目となる。 また、名古屋場所(7月19日初日、愛知・ドルフィンズアリーナ)を両国国技館で開催するプランが浮上していることも分かった。 終息の気配が見えない新型コロナウイルスの影響で、日本相撲協会が大きな決断を迫られた。 夏場所の開催形態については、無観客、中止など、さまざまな角度から検討を重ねてきた。 関係者によると、4月30日には八角理事長(元横綱・北勝海)や尾車事業部長(元大関・琴風)ら執行部のメンバーによるオンラインでの定例会で協議したもよう。 これまでは政府の要請に沿って対応するとしてきたが、6日期限の緊急事態宣言が夏場所初日の24日より後の31日まで延長される方向となったこともあり、中止はやむを得ない状況となった。 4日の延長表明を受け、相撲協会は電話などでの持ち回り理事会を経て正式決定する見込みだ。 3月の春場所(エディオンアリーナ大阪)は感染拡大の影響で史上初の無観客での開催を決断。 協会員に感染者が出れば打ち切りの方針だったが、15日間を完遂した。 本場所が中止となれば、戦争で被災した国技館の修復遅れを理由とした1946年夏場所、八百長問題の影響を受けた2011年春場所に続き、9年ぶり3度目となる。 4月3日の臨時理事会では、夏場所と7月の名古屋場所を2週間延期する措置を決めたが、事態は悪化する一方だった。 相撲協会は各部屋に不要不急の外出をしないように通達し、接触を伴うぶつかり稽古などを禁止とした。 徹底した感染防止策を施したものの、4月10日に幕下以下の力士1人のウイルス感染が判明。 その後は高田川親方(元関脇・安芸乃島)と弟子の十両・白鷹山ら6人の感染が明らかになっていた。 ある協会幹部は「春場所の時とは状況がかなり違う。 協会内で感染者も出たし、夏場所の開催は絶望的だ」と話した。 名古屋場所を無観客で開催しなければならなくなった場合、力士ら約900人の関係者の移動や1カ月に及ぶ長期滞在による感染のリスクを抑えるため、東京で開催する案も選択肢の一つとして出たとみられる。 既に名古屋場所は2週間日程が延期されているが、愛知県は東京都とともに緊急事態宣言の「特定警戒都道府県」に指定されている。 仮に緊急事態宣言が1カ月の延長で解除されたとしても、すぐに通常通りの活動ができる可能性は低い。 感染拡大の第2波を防ぐ目的で、屋内スポーツイベントが無観客での開催を求められることも想定される。 そうしたことから、名古屋場所のチケットを販売する関係者は、現段階で一般への売り出しを控えているとしている。 7月に本場所が東京で開催されることになれば、1958年に名古屋場所が本場所になって以降初となる。 年6場所の中では最も歴史が浅い。 65年(昭40)からは同区の愛知県体育館(現ドルフィンズアリーナ)で開催されており、今年で63回目となる。 これまで32人が優勝しており、最多は7回の白鵬。 以下、千代の富士の6回、大鵬、輪島、貴乃花、朝青龍の4回が続く。 昨年は鶴竜が7場所ぶり6回目、名古屋では初の優勝を果たした。

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前頭十七枚目 照ノ富士• 前頭十七枚目 琴勇輝• 前頭十六枚目 錦 木• 前頭十六枚目 琴恵光• 前頭十五枚目 琴勝峰• 前頭十五枚目 千代丸• 前頭十四枚目 琴奨菊• 前頭十四枚目 若隆景• 前頭十三枚目 高 安• 前頭十三枚目 琴ノ若• 前頭十二枚目 佐田の海• 前頭十二枚目 松鳳山• 前頭十一枚目 志摩ノ海• 前頭十一枚目 栃ノ心• 前頭十枚目 魁 聖• 前頭十枚目 妙義龍• 前頭九枚目 玉 鷲• 前頭九枚目 勢• 前頭八枚目 石 浦• 前頭八枚目 千代大龍• 前頭七枚目 照 強• 前頭七枚目 徳勝龍• 前頭六枚目 炎 鵬• 前頭六枚目 竜 電• 前頭五枚目 阿 炎• 前頭五枚目 北勝富士• 前頭四枚目 輝• 前頭四枚目 碧 山• 小結 大栄翔• 前頭三枚目 霧馬山• 前頭三枚目 宝富士• 関脇 御嶽海• 関脇 正 代• 前頭二枚目 阿武咲• 前頭二枚目 隆の勝• 大関 朝乃山• 大関 貴景勝• 前頭筆頭 豊 山• 前頭筆頭 遠 藤• 横綱 鶴 竜• 横綱 白 鵬• 小結 隠岐の海.

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