どうせ 愛 なんて うまく はい かない から。 現役公務員が作った、公務員に向いてる・向いてないを判断する5つの指標

【2018年版】カラオケで男ウケのいい曲7選&モテる女の行動|「マイナビウーマン」

どうせ 愛 なんて うまく はい かない から

心理学で説明できる言霊の効果 実は、心理学の分野においても、あなたが普段考えてることや、日常的に口癖にしていることは、そのまま現実となって、あなた自身を作り上げる。 ということが常識になっているのですね。 心理学の世界では、こうした普段からの思考や口癖は、そのままあなた自身に影響し、あなたの将来を形作るとされているのですね。 そして、こうしたプラス思考な言葉を発して、自分をどんどんと理想の自分像に近づけていくことを「 ラベリング」と言います。 ラベリングとは、その名の通り、あなた自身を決定づける行動と言えます。 実は、社会的に成功している人や、お金持ちになってしまう人というのは、こういった事を無意識にやってのけているのですね。 つまり、 言霊とは「自分の脳に対して、理想の自分像を刷り込み続ける作業」なのです。 人の脳というのは、実際はバグだらけだといいます。 この事は、脳科学者の中野信子さんもおっしゃられていますが、脳は、過去の記憶は勝手に改変するし、記憶を忘れたりしもしますし、本当にオンボロなのです(笑) そして、あなたが普段持っている自分のイメージというのは、あなたが過去に経験した、過去の記憶によって形作られているのですね。 こうして作られた自分のイメージの事を「 セルフイメージ」と言います。 と言っても分かりにくいですねよ・・・ つまり、あなたの中で「この人は自分の親だ」と認識している判断基準というのは、過去に一瞬親の顔を見た時に、脳にインプットされた情報を、つねに過去の記憶から引用して、あなたは親の顔を認識しているのです。 たとえ毎日親の顔を見ていたとしても、実際、脳内で行われている処理は、あなたの視覚から入った親の顔という情報から、「この人は自分の親だ」と判断するのではなく、すでに脳内に入っているデータベースを引用しているだけなのです。 このように、 人間の脳みそは、非常になまけもので、常にラクをしようとしてるんですね。 実はこれが大問題なのですね! 何故かと言いますと、仮にあなたが、何か新しいことにチャレンジしたいと思っても、脳は怠け者なので、 脳は、過去の記憶から引用して「自分はだめな人間だ」と決定づけようとしてしまうのです。 そのため、なにか新しいことにチャレンジしようとしても、この脳のどうしようもない構造のために、わたしたちは、 「自分にはどうせ無理だ」とか、 「そんな大それたことが、自分にできるわけない」と勝手に判断して、結局、チャレンジも改善もしないツマラナイ人生になってしまうのですね。 反対に、普段から「自分はダメだ」というマイナスなラベリングをし続けている人は、本当に駄目な人間になっていってしまうのです。 そして、成績が良いクラスの子たちには・・・ 「お前らは、ホントは馬鹿だから勉強が出来ないんだ!」 と言い続け、逆に、成績の悪いクラスの子供たちには・・・ 「君たちはホントはすごく優秀で頭が良いんだよ!」 と言い続けたのです。 その結果・・・ 成績の良い子供ばかりを集めたクラスは、テストの点数が下がり続け、逆に、成績の悪い子どもたちのクラスでは、テストの点数が上がり続けたのです。 この実験では、先生たちに言われ続けた「言葉」が、生徒たちに「ラベリング」されて、本当に先生の言葉通りの成績になってしまったのですね。 さらに言うと・・・・ 実は脳は、「現実」と「妄想」の区別をつけることが出来ないのです。 脳が、現実か妄想か?を区別しているのは、「どちらがリアリティか?」というだけなんですね。 たとえば、映画のマトリックスを思い出してみてください。 マトリックスの世界では、機械に繋がれた人間は、一生をコンピュータが作り出したバーチャルリアリティーの中で生活するために、そこがさも「現実世界」だと疑うこともなく一生を終えます。 「もし、君が夢を見ているとする」 「では、その夢から一生覚めなかったら、君は、夢と現実の区別をつけることが出来るか?」 これは、映画の中にあるセリフですが、わたしたちの脳にも、これと同じことが言えるのですね。 つまり、脳が現実だと判断するのは、脳が「リアリティを感じる方」というだけなのですね。 簡単に言うと、実際に、異性にそこそこモテている人が、「自分は本当はモテないんだ」なんて人に話してばかりいると、脳は「この人はモテない」と判断するのですね。 何故かと言うと、 脳は、あなたが普段から言葉にしている内容を、リアリティだと判断するからです。 その結果、その人は、本当にモテなくなっていってしまうのです。 2018. 2017. 2018. […]• 2017. 2017. 2017. 2017. アセンションとはつまり、次元上昇で[…]• 2017. 2017. 2018. こんにちは、 二年前、知り合いから聞き、食事療法で慢性関節リウマチを治すことを真剣に考え、決断して、健康道場の先生のアドバイスを受けて、一週間のプチ断食 酵素ジュースだけ飲む を行ったあと玄米菜食の食事療法をしました。 病院に行かず、薬も飲まず治ると信じてきました、言葉にもしてきました、 半年間はすごく体調も良かったのですが、大丈夫だといろいろなものを食べてしまい、悪化しました? 健康道場の先生に起こられ、食事療法を正したのですか、すでに遅く、その後も関節が痛みだし、それでも治ると信じて、おかしいなも?もうすこしでよくなると思考したのですか、良くならず、足首の痛みが限界で病院に行き、治療を再開しました、 食事療法は大変だけど続け、本当に治ると信じていたのですが、思い込みが足りなかったのかな? 今は、足首が痛み、走れないので、「走るようになる」と言葉にしていますが、こればっかりは難しいんですかね、 日々、ブラスの言葉を言うようにすればいいんですかね。 大切なのは、西洋医療を否定するのではなく、使えるもんは使えばよいと思います。 リウマチの場合は、メトトレキサートが効かないと、今度は注射になる?かと思いましたが、できたら、注射は高いので辞めたいですよね・・・ となると、言霊を使うのはもちろん、あとは、ストレスをなくす事が大事だとい思います。 そして、食事療法も、同時にやるのが良いと思います。 斎藤一人さんのお話では、誰か許せない人(自分も含めて)がいると、リウマチになると仰られていました。 でも、こう言った疾患に共通するのは、やっぱり、ストレスだと思います わたしの場合は、完璧主義の考え方を辞めるだけでだいぶ症状がよくなりました。 しかし、癌なんて誰だってなるのですよ。 前世からの因果により宿命的に癌になる人、現世での自分の言動の間違いにより自発的に癌が発病する人など・・・ 癌になる原因はそれぞれ人により違いますが、それほど特別なことではありません。 人間とは、そもそも病にかかるものなのです。 今は受け止められないかも知れませんが、いづれ受け止められるようになりますよ。 自分が落ち込んでそれで、お父さんの病状が良くなることなどありません。 逆に自分が落ち込むことをやめて、普段どおり楽しくしていたほうが、お父さんの病状が良くなることのほうが多いのです。 その理由は、他の記事をいろいろ読んでいただけると、理解できると思います。 そのため、必要以上に落ち込むのは、もうそのへんで辞めた方がよいですよ。 そして、誰の人生にも、こうした試練は必ず起きるように出来ています。 どんな人の人生にでもです。 しかし、前世からの約束により、「その人に乗り越えられない試練」というのは起きないのです。 なぜなら、その試練を経験することによって、魂が成長させるという目的があるからです。 そのため、最愛の人の病気といった経験も、つむぎさんにはちゃんと乗り越えられますので、安心して頂ければと思います。 記事カテゴリ• 116• 136• 16 最近の投稿• 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020. 2020.

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まんが王国 『愛とかいいから抱きしめて』 鳴海涼 無料で漫画(コミック)を試し読み[巻]

どうせ 愛 なんて うまく はい かない から

この前なんかインド料理屋行って、嫁さんがなんや知らんけどナン食いたいって言うから、俺はもうそれを聞いた時点でが帯番組持ってることが気に食わねえみたいな全然関係ないことを考えていたんだけど、まぁいいやと思ってインド料理屋に入って、カレー頼んで、店内にはでかい1畳くらいのテレビが壁に掛けられてて、インドの最近の流行りの音楽のPVが流れてるんですよ。 で、最近じゃネットでは度々触れられるところだけどやっぱ見てたらインドのノリっておもしれーのな。 なんかこう、バラードっぽい曲のPVとかでもどっか陽気というかふざけてるのな、国民性なのかな。 いつもどうにも馬鹿馬鹿しくって、楽しいねぇとか言いながら観てたんだけど、まぁ言うて、男が肌も露わな女性をこれでもかと侍らせてキレッキレに踊ってね、観の固定ヤなと思って、PV自体は面白いけどもレイプ大国としての片鱗すごいなと思いながらカレー食ってたんすけど、あんまり観たことなかったけどもしかしてインド映画なんか観たら楽しいかもね、みたいな話になったので観ましたよ、インド映画の最高傑作とか言っても別に怒られないだろう名作、『きっと、うまくいく』。 いざ軽い気持ちで観始めたら3時間とかあると発覚して、だいじょぶかよって一瞬なったけど、まぁまぁサクッと楽しめたね、テンポ良すぎ。 褒めてるけど褒めてないけど褒めてる。 全編アニメ版『』くらいのテンポで進んでいるので、間違えて微妙な早送りで進んじゃいないか最新の注意を払った。 その結果、大変良い映画を観た気になった。 良かった良かった。 いや、でも実際よくわかんねえんだわこれ。 油断するとなんか最近は邦画とハリウッドしか見てねえやってなるじゃないですか、そんななかで他の国の映画をたまに見るとわけわからんくなるね。 映画としての文法?みたいなものも結構違ったりするんだろうなぁって思うし、それがインドとかなってくるともうリアリティラインからしてもうまず全然わかんないものね。 この映画は、たぶん2000年前後あたりのインドの一流大学が舞台になってるっぽいんだけども、そこで主人公チームがまぁ馬鹿でオマヌケな無茶をする、それで痛快に嫌な奴に一泡吹かせたり、たまにイタズラがバレてピンチに陥ったりするんだけど、まぁこっちの価値観でいうとド犯罪みたいなことをするのよ、先生の家に忍び込んだり。 これが映画だよ、こんなことあるわけねえだろって思って観ればいいのかインドではまだ普通にこれくらいサクッと不法侵入とか出来ちゃうのかなっていうのが全然わっかんねえの、でもなんかこの映画を観てる瞬間瞬間の面白さってそこのわっかんなさ込み込みだったような気がするんだよなぁ。 例えば『』を舞台を現代に移してリメイクって言われても全然うまくいく気がしないじゃないですか、あの時代ならそんな話もあったかもしれないっていう感覚、それは当時の今その瞬間をあの映画と同じ時間に生きてた人が観て感じるリアリティ含め、その当時の人たちが感じてたリアリティを向こうから見て未来人のこっち側我々も感じられるみたいなそういうリアリティの種類があると思うんですけど、この映画の安心して観られるスカッとする感じってそういうリアリティに支えられてたと思うんです。 なので、なんか、この映画がハリウッドの大物も大絶賛!!みたいな感じで喧伝されて、2009年当時みんながおもしれえおもしれえって言ってたって事実、それをガッツリ時間を置いて熱狂も冷めきって、完全になんで今観たんやみたいなタイミングで冷静に観てみた時に、なんかそれって先進国がもはや先進国であるがゆえに現代を舞台にリアリティ込みで描くことができなくなってしまったノスタルジックな風景を映画に見出して喜んでるみたいな構図なんじゃねえかみたいなことを思って。 いや、それ自体が悪いことかっていうと全然そんなことないんだけどね。 今年の頭かな? 主演での『』を実写ドラマ化してやってたじゃないですか。 時代設定はもちろんの書いたあの時代、昭和?明治?知らんけどなんかあそこらへんでやってましたけど、じゃあアレを2016年、現代に設定を移してやってうまくいくかっていうとうまくいかないじゃないですか、ただ2016年インドを舞台にしたインド版『』はたぶん余裕で成立するんですよ、なんかインド映画とハリウッドってそういう関係じゃん、と思った。 繰り返すにそれは悪いことじゃないんだけど。 だからそれこそ冬ソナとかの韓流の先駆けがあったわけですけど、あれも結局80年代90年代の日本のトレンディドラマのノリがもう日本では「そんなんありえねーわ笑」って感じでリアリティ伴って書けなくなってそれでもあったトレンディドラマへの需要をが満たしてくれたみたいな側面があったと思うんですけど、異国にそういう過去の、喪失したリアリティを求めるって構図はなんか、単純にそのまんまの意味で、おもしれえな、不思議な現象だな、と思って。 とりあえず俺はそういう感覚に自覚的でいたいし、これからも同で理屈で説明できる現象がしばしば起こるんだろうなぁと思ってる。 で、まぁ映画本編の内容については特に言うこと何もないんだけど、基本大学で青春とか笑いながら前向きに頑張るってだけの話なんだけど、ここまで述べた通り日本とかアメリカで今こんな筋書きの話を書いたら「そんなのありえっこねえわ」「ご都合主義じゃん」みたいな展開がバンバンあるの。 もちろん、アメリカとか日本でやってやれないことはないんですよ、ただ成立させようとするとかなりギャグに寄っちゃうよねみたいな展開も一定のリアリティのもとでコンされてる感覚がするんですよ。 だから、なんか、すげえ不思議。 こんなにそのままの意味で「笑って、泣いて、元気になれる」みたいな映画ってどうなってんの?みたいな。 いや、めちゃめちゃ良い映画ですよ、ほんと元気になれる映画って感じだから、万人にオススメしたい。 俺は、またもう一回観る機会があるかちょっとわかんないけど、これが「人生で落ち込んだ時に、何度でも観たくなる映画」になる人ってたくさんいるんじゃねえかなってのは思う。 もしかしたらそれはあなたかもしれない。 もし、そうだとすると、そんな映画をまだあなたが観てないのは損だ、だから今すぐ観なさい。 と、万人に言ってあげたいそんな映画です。 3時間あるけど、笑えるくらいカッチリした2部構成になってるのでDVDで観てても途中休憩可です。 あれ実際のインドでの上映の時ってやっぱ休憩取ってるのかな、1時間半がインド人の集中力の限界みたいなセオリーがあったりして。 歌舞伎に似てるな。 その、集中力ない人でも安心みたいな休憩ありき設計も、歌と踊りで飽きさせない感じとかも。 そして何より掲題の通り安心して観れます。 きっとうまくいくどころの話じゃありません、どうせうまくいく、最後どうせハッピーな感じにまとまる予感が終始半端ない。 かと言ってそれが邪魔に感じられるかっていうと全然そんなことない。 いや、ほんと不思議な映画です。 観てない人は是非。 あと、他にももうちょい観たいんでオススメのインド映画とかあったら教えてださい。 では最後に僕の考えたさいきょうの日本版『きっと、うまくいく』キャスト2016を発表してお別れです。 主役の天才役: 親友のメガネのデブ:あえての もう一人の親友の:そうくりゃもちろん 嫌味な出身のライバルキャラ: のエキスを吸ったみたいな顔のヒロイン:のエキスを吸った その姉の妊婦: ヒロインのフィアンセ:北島一樹 学長:『GTO』の時と寸分たがわぬ演技の ミリ坊主: テーマソング直後に自殺して笑いを取る人:DAIGO 7年前の映画のこんなやって笑うやつ俺以外この世におるんか。 以上です。 2016年11月5日15時追記:ごめん、ちゃんと調べたら日本公開は2013年だったっぽい。

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ほくじゅりについてまとめてみた

どうせ 愛 なんて うまく はい かない から

みなさん、こんにちは、2秒後にビールを飲むズイショです。 三連休の中日をみなさんいかがお過ごしで乾杯~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!! はい、そういうわけでもはや説明不要、この3ヶ月間インターネットを中心に世間の話題を席捲させて『100日後で死ぬワニ』が最終回を迎え、みんなに見守られるなかワニくんが最期を迎えたと思ったら感傷に浸る間もなく、書籍化・映画化が発表されてとのコラボMVがアップされ、今日からロフトでグッズ販売が追悼企画みたいな名目で展開されますよーってニュースがあって、みんな大激怒、結局は金儲けなのかとかが裏で糸を引いてたのかとか死を金儲けに使うなとか喧々諤々の大騒ぎ、しかし漫画描くのだって手間暇かかるわけでましてや作者はそれで飯を食ってる人なんだから自分が作ったコンテンツで金儲けして何が悪いんだインターネットの奴らは本当になんだななんて冷笑する勢も出てきたりでタイムラインが大変にぎやかで最高だ。 そりゃ俺だって昼間から開けるよねって話ですよ。 改めまして、乾杯~~~~~~~~~~!!!!!!!!! 僕自身はなんかまた「みんなでワッと盛り上がれて、そのうえ誰しもが他のただコンテンツ消費してるやつらとは一味違う一歩先を行く考察班だったり分析厨にお手軽に誰でもなれちゃう映えのするコンテンツ」が出てきやがったなくらいの感じでしれーっと横目で眺めていたんですけど、こういう方向の話になってくると俄然楽しくなっちゃいますよね、「またや!またがカメ止めとかジョーカーとかパラサイトの時のちょっときついノリになってるやんけ!今回ミッドサマーと同時進行だから余計きついって!!」と思いながら横目で一応眺めててよかったーって感じなんですけど、それでいろんな人のいろんな意見を見て楽しんでいたわけですけど。 それでまぁなんかテキトーに騒動全体を見て思うことをテキトーにビール飲み終わるまでの間書き散らすだけのやつです。 とりあえず、直感的にこの展開に怒る人の気持ちがわかるかわからないかでいうと、まぁ「わかる」んですよ。 ただ、なぜ怒るのか、なぜ怒ってるのかをしようとするとこれがまぁ人間みんな意外と難しい。 それで、今一番言われてるのか「結局金儲けなのか」とか「死を商売にするな」とかなんですけど、そしてそれを真に受けて「なに言ってんだ、コンテンツで金稼いで何が悪いんだよ」って意見も出てきてて、とりあえずこれが二項対立になるのはすごく面白くないなというか物足りないなというか本質そこじゃないよなーと思って。 みんながうまくできてないんだと思う。 つまりだからあれですよ、俺が高校に入って初めての夏休みにさ、全然違う中学の高校で初めて知り合ったクラスの女子から付き合いたいって告白なんかされてさ、それを家が近所で幼稚園入る前からずっと一緒で高校が別になってからは顔を合わせる機会も減ったけど今でも一緒に遊んだりするボーイッシュな幼馴染の女の子にそのことで相談したら幼馴染は「付き合えばいいじゃん?いい子なんでしょ?」ってショートパンツにサンダルで膝より下くらいまでの高さの川で足をばしゃばしゃさせながら言ってきたとするじゃないですか?この時のこの幼馴染の本心は「付き合えばいいじゃん?いい子なんでしょ?」じゃないし、俺がやるべきことは自分も靴のまま川に入っていって幼馴染を抱きしめる、なわけじゃないですか。 その後二人で裸足でコン熱ちいなっていいながら家まで帰るが正解なわけじゃないですか。 それと同じで、今湧き上がってる批判の言葉をそのままに受け止めて考えるんじゃなくて、その背後には何があるのか、を考えたいわけですね。 で、まぁ一つ、商業主義そのものへの嫌悪感みたいなんはそりゃあると思うんですけど、別に金儲けそれ自体が悪いって話じゃなくて、コンテンツを純粋に楽しんでる人とマネタイズを考えてるだけの人とのあいだのギャップを感じさせるのはやめてくれ、コンテンツを楽しんでる人に多少気を使ってくれって話なのはまぁわかりますよね。 わかりやすい似た事例でいうとさ、の新フォームのCMね。 最近のって、1年のあいだに何回かパワーアップして新フォームになるんですよ。 で、その際に当然新フォームの武器とかも商品化されるわけなんですけど、このタイミングがネタバレっちゃネタバレなんですよ。 だいたいパワーアップの必要が迫られたタイミングでパワーアップするもんなので、がピンチでこのままじゃ勝てないよみたいな時に新フォームが登場するんですけど、ピンチだピンチだ、さぁどうするどうなる!!ってタイミングで次週予告が入って、そこで新フォームがちょっとだけお披露目されます。 「さぁ、次週どうなる!!!???」と言いつつ、新フォームが2秒くらいお披露目されます。 次週ピンチを乗り越えられるかどうかはネタバレしないけどなんか新フォームが登場するよ、ってことはネタバレされます。 で、その次週予告が終わった直後に、CMで新フォームの武器が紹介されるんですよ。 これは最初、俺も面食らった。 俺もそろそろ30近いしそろそろもう一回見始めるかって見始めた時にこれを見た時は「まじかよ」と思ったし「ひどくね?」とも思った。 いや、大人だからさ、どうせはピンチを乗り切るだろうことはわかってはいるんだけどさ、けどもうちょっとなんかこうさ・・・となったのは本心だ。 で、まぁそれどうなん?っていう論争は実際にまぁあるみたいで、でもまぁっていうコンテンツ自体がさ、歴史があるもので、ホビー展開で儲けることを目的にしたもので、そういうことあんま気にしない子供がメイン対象で、子供的にそれでテンション上がって購買につながるならまぁ仕方ないよね、みたいなある種の「お約束」みたいなものとして概ね受け入れられているみたい。 まぁ大事なのはこの「お約束」って部分だよね、最初はなんやかんやありながらも歴史があって議論が尽くされて、そういう「お約束」に落ち着いてるなら、そこまで目くじら立てて怒るわけにもいかないし、「そういうもんなのか」で済ませるしかないのかもしれない。 ただ、今回のワニのやつに関してはそういう歴史みたいなものがないし、なにせ未だ嘗てないのエポックメイキングなコンテンツだったわけなので、そんな「お約束」なんてまだ全然ない状態、むしろみんなで「お約束」を作りながら育ててきたコンテンツだってことだよね。 だからみんな納得できないんじゃないかっていうのが一つ。 そしてもそういう問題あるよね、を踏まえて考えると、このワニのやつの一連のブームはどこまでがコンテンツでどこまでがブームだったのか、という問題も考えるべきだよね。 っていうのは金儲けに腐心する大人と子供が喜ぶコンテンツを作り続けるために結局金儲けのこともめちゃめちゃ意識してる大人とがたくさんたくさん関わって金儲けのためのチームが世に送り出す完全無欠のコンテンツなわけで、こっちは完全ないち消費者としてただただコンテンツを楽しんでついでにそれをで実況してりゃいいわけだったんですけど、あのワニのやつがあの4コマ漫画単体でに匹敵する噛みごたえのあるコンテンツだったかというとそれはやっぱり違うだろうなと思う。 みんなで見守る、見守りながらあーだこーだ言う、明日が気になって気になってその気持ちをまたでツイートしてしまう、みたいなそういう参加型であることありきで初めて面白れえってなるコンテンツだったんだろうなと考えるのは想像に難しくない。 そういう意味では、今回のみんなの反感っていうのはかつての『』の映画化ドラマ化メディア展開に対する失望に近いっちゃ近いのかもしれない。 アングラなネットの世界でつながってる「俺たちみんな」で作ったものが、マスメディアによって大衆向けに作り変えられて出荷されていったあの時の感じ(いや、俺でもなかったからそんな知らないけどさ)あの時の感じに似たものをみんな感じているのかもしれない。 もちろん、とワニはだいぶ違ってて、は、にまつわる一連のスレッドそれ自体がコンテンツで、そのコンテンツはまさしく「みんなで」作り上げたものであるのに対して、今回のはワニの作者の人が一人で描いたコンテンツが商業展開されてるだけで、そこに何の問題があるの?と言われればそれは確かにぐうの音も出ないかもしれない。 しかし、あの漫画は作者一人で描いたものであったとしても、100日後に死ぬ質は漫画それ自体ではなく、それが流行になるという「現象」総体をみんな面白がってたんじゃねえかなぁと思う。 そういう意味では、今回のワニが死んだ後の色々な商業展開がなければ考察や解釈や二次創作やらなんやら綯い交ぜの「現象」はワニの死後しばらく放っておいても続いていたはずで、その流れを商魂によってぶった切られたと考えれば強く思うところがある人が出てくるのも不思議ではない。 もなんかテキトーなところで「これ今後、出版して実写化とかするんで、この後の流れはこっちで考えます」って言われてスレッド終了させられたら嫌でしょ。 つまり、ワニが死んだだけでは『100日後に死ぬワニ』という「現象」はまだ終わっていなかった。 それなのに強制終了させられた、って考えるとわりと僕は腑には落ちます。 あとは、これ、ワニに限らず本当に今後みんなで考えていくべき問題だと思うんですけど、でリアルタイムで綴られる生きている個人の悲喜こもごも、これって否応無しにコンテンツとして消費されていくわけなんですけど、これって結局、新しい時代のドキュメンタリーとして受け止めればいいんですかねぇ。 今までテレビやら映画やら本やらで見ていたような、編集されたドキュメンタリーよりもっと生々しい、あるアカウントを持ったある人間の人生をみんなで見物して、見物している我々の側でさえその物語に影響力を持つドキュメンタリー。 今回のワニのやつも、ワニというコンテンツではなくて「ワニのやつをきっかけにどんどんすごいことになっていく一人のー」のある意味でのシンデレラストーリーを追ったドキュメンタリーだったんですかね。 というか、俺もそういう消費の仕方してたもん。 なんかインタビュー受けたり、終いにゃテレビにも出演してたらしいし、「インターネットをきっかけにそんな人生激変する人があるんだなぁ、夢があるねぇ」くらいはやっぱ思うものね。 で、まぁ「そんな人の人生をドキュメンタリー感覚で消費していいのかお前ら」という問題は今回は棚に上げてですね、じゃあどうせドキュメンタリーなら、商業化に乗っていく流れも全部見せちゃえばこんなことにはならなかったのに、とは思うんですよね。 ロフトでグッズ展開するならするで、嘘でもいいからロフトの公式アカウントかなんかからリプライでオファーとか出しときゃこんなことにならなかったのに。 作者のアカウントが「100日経って本編が終わった後に、いくつかお知らせがあります」とか言っておけば、それだけでも全然違ったんじゃないかなとも思う(これは俺が知らないだけでちゃんとそういう事前告知やってたらごめん)。 いわゆる真実に基づく、編集はあっても演出はナシが売りのドキュメンタリーに対して、いかにもドキュメンタリー風に作っているけれども全部演出脚本に基づく作り物である作風のコンテンツをモキュメンタリーと呼んだりなんかします。 結局ワニの作者の一連のネット民と共に駆け上がっていったシンデレラストーリー全体がドキュメンタリーだったのかモキュメンタリーだったのかわからなくなってしまったってのもなんかみんなの嫌悪感の理由の一つにあるような気もします。 僕個人的にうまく当たるかどうかわからんもんを始まる前から仕込むのはさすがにきついと思うんで、たぶん、ネットでバズってどっかのタイミングで金儲け好きな人たちが一枚噛むようになって「ワニくん死ぬまでに頑張れば間に合うから100日目に大々的にやっちゃおうぜ」って流れになったんだろうなとは思うんですけど、であればそれを水面下でやるべきではなかった。 どこからが仕込まれてたもので、どこからが偶然の産物なのか、はたまた最初から仕組まれていたことなのか、わからなくなっちゃいますから。 結局、ワニがどう死ぬかへのみんなの興味っていうのは、作者がワニをどう殺すのか、そして私達はそれをどう受け止めるのか、そして私達の受け止め方がどう社会に影響して、ワニと作者はコンテンツとして商業的にどうなっていくのか、みんなそこまで含めての興味だったんじゃないかな。 ワニの死に方がどうなってるかはグッズ制作する人たちもも映画化のために動き出してるいわゆる人たちはたぶんみんな作者から事前に聞いてたし、知らないのは自分たちだけだったし、もっと言えばワニと作者がこれからどうなっていくのかを知らないのも自分たち消費者だけだった、ってのが主な失望と反感との理由なんじゃないかなぁ。 まぁ、もちろんそんなふうに怒ってる人が割合としては実際のところどれくらいのもんなのかはわからないし、書籍化・映画化がちゃんとヒットするのかどうかってのはとても気になるところです。 そういう意味で、ここからが本番ですね。 インターネットはいつも面白くて最高だ。 あとなんかもうちょっとしたら他にもなんか思いつくことありそうだけど、とりあえずいま時点で思うところはそこらへんかなぁ。 ビールもなくなったからもう一本買いに行かなくちゃならないし、なんかさぁ、あの夏の日、あいつのことなんで俺抱きしめてやれなかったんだろう、自分の気持ちに気づいて素直になれなかったんだろうって思って落ち込んできたし、そんな幼馴染実際には存在しないから余計落ち込んできたわ。 以上です。

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