世界 中 で こんなに たくさん の 人 が いる の に 清水 翔太。 【観光】「日本は退屈な国」欧米人アンケートの衝撃結果に挑む観光庁 「日本人気」はアジア限定★15

大阪大学大学院医学系研究科 麻酔・集中医学講座:麻酔科紹介>マンスリーブログ

世界 中 で こんなに たくさん の 人 が いる の に 清水 翔太

ヨーロッパ麻酔学会(Euroanesthesia2019)に参加して Written by Dr. Iwata, Dr. Wada ・準備 ESAは6月ですが、準備は前年の秋ごろから始まります。 演題登録が12月、それまでに研究デザインを決めて、データを集め、解析し、抄録を作らなければなりません。 そのあたりの過程は基本的には国内の学会と変わらないので割愛します。 2月に採否が出て、学会参加登録をします。 後期研修医は参加費が割引になるので、証明の書類を作って教授にサインをもらいます。 飛行機と宿もさっさと押さえます。 そしてe-posterを作ります。 e-posterは締め切りが早いので、出発直前にポスター作りでばたばたしなくてすむのは良かったです。 しかし、それはつまり、提出した後に計算ミスやスペルミス、追記したいことに気付いても、もうどうしようもないということでもあります。 ネットでおしゃれなポスターデザインを検索しながらがんばって作ります。 締め切り直前は上付きの先生と深夜に必死のメールをやり取りしていたのもいい思い出です。 学会参加者は現地の交通フリーパスを買えるので、ESAを通してあらかじめ購入しておきます。 あとで振り返ってみれば、この時期に想定質問の英訳を作っておけばよかったなと思いました。 発表は最悪自分のポスターを見ながらできますが、質疑応答はそうはいかないので……。 ウィーンへのフライトを待つ間やフライト中は英語の読み原稿を練習したり、読み上げソフトで英語の発音を確認したり、発表まで緊張が休まる時はありませんでした。 発表は思っていたよりも上手く出来た、出来なかったところと色々ありましたが、上付きの先生のサポートもあり、なんとか終えることができました。 e-ポスター形式で手元のタブレットで拡大などができるようになっていました。 ポスターを運搬しなくてよかったので、無くしたり汚す心配がなかったのはよかったです。 また学会会場にフードコートがあり、ランチョンセミナーに参加しなくても会場で食事が取れるようになっているのも良かったです。 ・観光 さて、自分の発表後は緊張と怒涛のスケジュールから解放され、観光に繰り出しました。 美術史美術館やベルデヴェーレ宮殿ではバベルの塔やクリムトの絵画を堪能し、シェーンブルン宮殿ではハプスブルク家の栄光に圧倒されました。 ホテル・ザッハーでザッハトルテを食べ、そして本場のクラシックコンサートを鑑賞するなど、2日間で芸術と音楽の都ウィーンを満喫しました。 夜は、藤野教授をはじめ、ご指導いただいた柴田先生、井浦先生、山本先生と食事会を開き、ウィーンの名物シュニッツェルをいただきながら、楽しいひと時を過ごすことができました。 ・今後の抱負 私達にとって初めての国際学会はこのようにあっという間に過ぎていきました。 原稿の翻訳や暗記に悪戦苦闘し、会場では自分の英語の拙さや知識不足を痛感して悔しい思いをしましたが、世界中の麻酔科医が集まる学会で発表して初めて味わうことのできた高揚感、達成感は忘れられません。 国際学会で発表してみたいと勇気を出して希望して本当に良かったと思います。 今後は、麻酔の原書や論文に目を通すなど医学英語に触れる機会を増やし、次回国際学会に参加する際に後悔しないよう日々精進したいと思います。 このような貴重な機会を与えて下さった柴田先生に心から感謝しております。 ありがとうございました。 2018 心臓血管麻酔学会に参加して この度、9月14~16日に日本心臓血管麻酔学会第23回学術大会(東京)に参加・発表をしてきました!心臓血管麻酔学会は初参加であり、とても楽しみにしていました。 今回は「ロボット支援下僧帽弁形成術において手術室抜管を試みた2例」という演題で発表させていただきました。 発表はとても緊張しましたが、指導医のカール先生のヘルプもあり、なんとか無事に終えることができました。 心臓血管外科手術は同じ術式でも管理については施設により様々であり、私も他施設の発表を聞いて「そのような方法もあるのか」と参考になることがたくさんありました。 自分の知識・経験の乏しさも痛感し、今後もっと頑張ろうといい刺激になりました。 今回のプログラムの中で私が関心を持っていたのが「Fontan術後患者の非開心術の麻酔管理」と「循環器疾患合併妊娠と分娩管理」についてでした。 小児の先天性心疾患の手術成績が伸びる中、成人先天性心疾患の症例は増加するといわれており、Fontan循環の生理・解剖・管理のポイントについて実際の症例をもとに学ぶことができました。 循環器疾患合併妊娠と分娩管理では、妊娠・出産に伴う循環動態の変化と対応について詳しく知ることができました。 特に緊急手術では短時間で患者の状態を把握する必要があるため、日ごろから習熟している必要があると実感しました。 さてさて、そんな私は実は2歳の子どもをもつママ麻酔科医なのです。 学会が遠方であるたびに子どもをどうしようと頭を悩ませているのです…(夫が面倒見てくれたら何の問題もないのに…ボソッ) 今回は、学会期間は子どもを実家に預けることにしました。 東京まで母親に来てもらうことも考えましたが、親も東京まで行くより実家のほうがいいということで、はるばる実家がある福岡まで子どもを預けに行きました。 子どもには前々から「お母さんはお仕事で遠くに行くから、おばあちゃんの家でいい子にしててね」と言っておいたので、預ける時も泣かず、学会中も泣かず逞しい限りでした(あれ?ちょっとは寂しがると思ってたんだけどな~) とはいえ、さすがに数日間離れたのは今回が初めてだったので、実家に迎えに行って大阪に帰った後はいつも以上に甘えん坊になり、どこに行くにも何をするにもべったりな状態がしばらく続きました。 子どもを預けるのも、迎えに行くのも福岡~大阪を日帰りする強行日程であったため、正直ちょっと疲れはしましたが、久しぶりに一人の時間を満喫させてもらいました。 抄録書くのも、スライドを作るのも他の先生より時間がかかってしまう私ですが、発表の機会を与えてくださり、さらに全面的にサポートをしてくださる阪大の先生方にはとても感謝しております。 EDRA獲得に向けて 前回は、ESRAに参加してEDRApart1受験資格を得るところまで紹介しました。 いつ、どこで? 受験と言うことで、ホームページ()をチェックして試験が行われる場所と日程を調べました。 直近の日程では、2018年4月にニューヨーク会場、その他ドバイ、ESRA2018のダブリンなどの会場がありましたが、ニューヨークに決定。 費用は300ユーロ。 試験の形式は、選択問題100問(1問5選択枝、500点満点).70%以上で合格します。 過去には、不正解すると減点されることがあったみたいですが現在は間違えても減点されることがないようです。 点数配分や出題範囲などをシラバス()をチェックすると、ブロックの解剖30%、薬理作用や鎮静20%、周術期管理と急性期痛10%、合併症、手術と区域麻酔方法、特殊症例における区域麻酔など広い範囲から知識が問われます。 ホームページには推薦図書としてたくさん本がリストアップされています。 感動します。 2012年発行で少々古いですが良書、最近日本語約も出ています。 2013年発行で少し新しいですが解説に間違いが多くストレスがたまりました。 いざニューヨークへ! 約20年ぶり高校生以来のニューヨーク!当時は、タイムズスクアなど治安が悪く一人で歩けなかったのに現在では安全な観光地として有名になっています。 今回の試験会場は、タイムズスクアに隣接するホテルでした。 いざ試験! 試験会場からは、タイムズスクアが見えるという落ち着かない部屋でした。 試験開始前に試験監督からお話があり、今回から新しい形式にして試験を3時間に変更したことが発表されました。 「広い知識がある人ほど文書に間違いや矛盾を見つけられるはずでマーク式の試験は勉強している人にとっては難しい、なるべく深く考えずに素直に答えてください」と声をかけてもらいしました。 試験を受けた感想:難しかったです。 問題を解くのに2時間,復習しながらマークするのに30分。 30分はひたすら分からなかった問題とにらめっこ。 試験用紙を提出後に試験監督と少し話をする機会があり、時間は適切か?と気にされていましたので3時間より短いと厳しいかもしれませんと答えました。 試験あとは打ち上げ! 試験終了後はもう試験のことを忘れて観光。 セントラルパーク、メトロポリタン美術館を猛ダッシュで見てまわり、夜は長年見たかったブロードウェイミュージカルを鑑賞。 知り合いとステーキを食べた後にグランドセントラルのバーで昔話をして盛り上がりました。 全てにおいて感動しました。 I love NYと言うのも分かる気がしました。 こんな出張をさせてもらえるのは大阪大学麻酔科の本当に良いところです。 試験1ヶ月後に結果がe-mailで届き、無事に合格。 受験をするか検討中,,, EDRA part1はお勧めか? ヨーロッパ留学でもしなければ何の役に立つか分からないので必要だとは思いません。 ただし、勉強することは決して悪いことでは無いと思います。 区域麻酔は日々進歩しているので最新のブロックに気が行きがちですが、区域麻酔は100年以上培われてきた豊富な歴史があり,EDRA part1を受けることで腰を据えて広い範囲を勉強する良い機会になるとは思います。 ESRA認定のワークショップは、ヨーロッパ以外でもシンガポール,ティルヴァナンタプラム(インド)など色々行われていますが,ESRAのannual meetingでは、ワークショップが各種充実しておりcadaverワークショップを受講することが可能です。 ESRAに参加 医局長にお願いをしてlate breaking abstractを投稿,何とか採用され 2017年の9月にまずESRAに参加すべくスイス、ルガノ ルガァーノと発音? へ!! 事前にワークショップは、cadaverともう一つFocused Assessment with Sonography in Trauma FAST を申し込みました。 ESRAは、規模としてはあまり大きくなかく会場も小さめでした. Cadaverワークショップは、朝1番の初回を申し込みました。 初回を申し込むと,まだ誰も着ていない綺麗な白衣が使える,手袋やキャップがまだちゃんとある,cadaverもまだ綺麗,インストラクターも元気で丁寧など色々利点があり、お勧めです。 また,cadaver触るのに食欲はあまりわきませんでしたけど、コーヒーとドーナッツも準備されておりまだたくさんありました。 肝心のワークショップですが、想像がつかず不安でした.いろいろ突っ込まれたらどうしよう、と心配していましたが始まると,インストラクターも受講者もフレンドリーで色々と話を聞いているうちに普段疑問に思っていたことを解説してくれたり,知らない解剖を教えてくれたり、だんだんと楽しく会話ができるようになりました。 セッションの内容は、まず基本的な解剖について解説し、そこからブロックの時の体位のコツや超音波ガイド下での神経の見え方,腓骨神経と総腓骨神経の分岐位置、腰部神経叢と椎体,閉鎖神経との位置関係,等々.気がつけばあっという間に終了.充実していてもっと事前に勉強しておけば良かったという気になりました. 学会に参加している先生も凄くフレンドリーで,声をかけられ色々とお国事情を話あうチャンスがありました。 驚かれたのは大阪大学では麻酔科医自身が中心となって若い医師や研修医を勧誘しているということでした。 「病院が症例数を増やしたいのなら病院が魅力的な条件を提示して麻酔科医を集めるべきじゃないのか?」「それは医師の仕事ではなく病院の仕事じゃないの?」という意見で日本とはまた違う考え方でした。 「お前本当に40代?日本人は分からないね、来年の学会は地元のダブリンだからおいでよ」とお知り合いにもなれて面白かったです。 ヨーロッパで区域麻酔を学ぶ先生は、系統立てた教育プログラムに則して知識と技術を身に着けている印象でした。 日本ではなかなか臨床が忙しくそうした時間が取れないという事情があるが、教育・育成の面ではやはりそうしたシステムで挑まないとコンスタントに区域麻酔が出来る人材が育たない気がしました。 (専攻医プログラムを充実させないといけない、と言うことですよね…)ESRAの各講演も魅力的なものが多かったです。 ホットな話題では、Ultrasound-Guided Quadratus Lumborum Blockのセッションが満室で入れなかったり、種々の体幹ブロックのconsensusを話し合うセッションでは腹腔鏡手術における単回TAPブロックの有用性が否定されたり、徐放型ブピバカインの効果が今ひとつはっきりと表れにくい話などなど、大変勉強になりました。 区域麻酔に興味がある先生には是非お勧めの学会です。 おまけ 学会終了後だし日本は土日祝日だし許される?帰りはItaliaにちょっと寄り道 学会からの帰りは、Milano、Veneziaにちょっと寄り道! こうした出張が出来ることは、阪大麻酔科の魅了です。 医局の皆さん、ありがとうございます。 ミラノはめちゃくちゃお洒落でかっこいい人ばかりでした. ベネチアは男一人で行くとむなしいだけです. 長くなってしまいましたのでEDRAについての勉強は次回に紹介します(柴田晶カール) 旅行であれば、テンションが上がるところでしたが、不安と緊張が上回りました。 最後は、「某先生のロイヤルコペンハーゲンのコーヒーセットを買ってこい!」との失敗の許されないミッションを命じられ、勇気をもらって日本を出発しました。 飛行機の中では、何度も発表の原稿読み、1人ブツブツつぶやいていました。 初の国際学会は、驚きの連続でした。 学会の規模が大きく、それぞれの会場が日本の倍ぐらいの大きさでほとんどがヨーロッパの先生、学会参加費も日本の倍ぐらいと高額でした。 1番驚いたのは参加者の服装、Tシャツ、短パン、サンダル姿の先生やカクテルドレス?を着た先生など本当に多彩で衝撃でした。 ポスター発表は、eポスターを使ったセッション形式。 発表本番では、私の拙い英語でも座長が辛抱強く耳を傾けて一生懸命聞いてもらえました。 発表後に質問をいくつか頂いたのですが、残念ながら聞き取ることができず、カール先生にヘルプしてもらいました。 これを機に、発表の仕方や英語力をもっと身につけなきゃと思うようになり、いい刺激となりました。 とても貴重な経験をさせていただけたと思います。 発表前日には、美味しいデンマーク料理とワインを同期とカール先生と堪能しました。 とても楽しい思い出です。 帰国後は無事に買い付けミッションを完遂、某先生にお褒めの言葉をいただきました! このような機会を与えていただけたことに本当に感謝しています! 2018ヨーロッパ麻酔学会(ESA)に参加して(YK) 2018年6月2日から4日にデンマークのコペンハーゲンで開催されたヨーロッパ麻酔学会 ESA に参加させていただきました。 そもそも学会に参加するきっかけとなったのは、柴田先生に、デンマーク行ってみたい?とお声掛けいただいたからでした。 「行ってみたい!」と不純な動機でESAの準備が始まりましたが、初めての国際学会、英語での発表という重荷もあり、不安でいっぱいでした。 私は大阪大学医学部附属病院で1年間麻酔科研修した後の3ヶ月のICUローテーション中だったのですが、なんとか夜勤入や空けに時間を見つけはカール先生と相談して発表の準備を進めて行きました。 他のスタッフの先生方も悩んでいる私に様々な意見をくださり、自分は発表内容の表面を撫でているだけだと気付かされることが多々ありました。 出発前や往路の機内では、苦手な英語での発表を目の前にして、発表練習してもすらすらと言葉が出てこず、余計緊張して落ち着かない時間を過ごしていました・・・。 学会発表前日はカール先生がスカンジナビア料理のお店に連れて行ってくださいました。 明日が発表だということを一瞬忘れてしまいそうになるような美味しい料理とワインでした! 学会は、コペンハーゲン市街地と空港の中間地点にあるBella centerという会場で行われました。 eポスターでの発表でしたので掲示のスペースが必要ないために、その他の展示や実技練習のブースも併せて、ある程度の空間に集約されて回りやすい印象を受けました。 ポスター発表は、The performance of the RADIAL score to predict primary graft failure in heart transplant recipients surviving prolonged ventricular assist device support. と題して行いました。 いざ自分の発表する時間となると、他の発表者の方々の堂々とした発表と堪能な英語に圧倒され、自分の英語や知識の拙さに苦々しい思いを抱えながらの発表となりました。 他の参加者の方々の発表も、英語を調べながら大枠だけでもつかもうと聞いていると、新たな知識を得ることができ、大変有意義な時間を過ごせました。 滞在時間は短かったのですが、観光も楽しんできました。 発表当日に時差ボケを利用して、早朝から歩いて定番の人魚姫の像を見に行ったり、その周辺を散歩したりしました。 早朝だったのでほぼ貸切り状態で素敵な時間を過ごせました。 この時期のデンマークは4時から21時頃まで明るく、不思議な感じがしました。 今回の学会参加では、日頃の自分の甘さを再確認させられるとともに、今後勉強したり学会発表を行っていく上でのモチベーションが高まりました。 このような貴重な機会をいただき、非常に感謝しております。 私の勤務に配慮してして頂いたICUの先生方や柴田先生はじめ麻酔科の先生方、本当にありがとうございました。

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世界 中 で こんなに たくさん の 人 が いる の に 清水 翔太

新人教員 10年で少なくとも20人が自殺 12月23日 19時00分 精神疾患などにかかる公立学校の新人教員が急増し続ける中、この10年間で、少なくとも20人の新人教員が自殺していたことがNHKの取材でわかりました。 教員は新人でも担任をもったり、保護者に対応したりする必要があり、専門家は「新人教員は即戦力として扱われ、過度なプレッシャーを受ける。 国は自殺の現状を把握して、改善をはかるべきだ」と指摘しています。 学校の教員は採用されたばかりの新人でもクラス担任や部活動の顧問を任されたり、保護者に対応したりと、ベテランと同じ役割が求められています。 文部科学省によりますと、昨年度、精神疾患などの病気を理由に退職した新人教員は92人で、平成15年度の10人と比べて、急激に増えています。 さらにNHKで、昨年度までの10年間に死亡した新人教員、合わせて46人の死因について、取材した結果、少なくとも20人が自殺だったことがわかりました。 このうち半数の10人が採用から半年以内に亡くなっていて、なかには4月の始業式から2週間余りで自殺していた新人教員もいました。 詳しい自殺の動機は多くの遺族が民間企業の労災にあたる公務災害を申請していないため、不明ですが、おととし自殺した福井県の中学校の教員の場合は時間外労働が月に最大160時間を超え、部活動や保護者の対応に追われていました。 また、同じく自殺した関西地方の教員は担任を任されていましたが、生徒などとの関係に悩んでいたということです。 新人教員の自殺の実態について、文部科学省は把握しておらず、教員の公務災害などに詳しい川人博弁護士は「教員は採用されてすぐに担任を受け持つなどいきなり即戦力として扱われるうえ、理不尽な保護者への対応もあり責任やプレッシャーが大きい。 国は自殺の現状を把握して、改善を図るべきだ」と指摘しています。 新人教員の自殺 実態は 福井県の新人教員だった嶋田友生さん(27)は、おととし10月、自分の車の中で、みずから命を絶ちました。 取材に応じた父親の富士男さんは、「教員になって半年でこういうことになるとは予想もしていなかった」と振り返りました。 友生さんは、なぜ自殺したのか。 そのいきさつを知る手がかりが友生さんが毎日つけていた日記にありました。 赴任した初日の日記には「目の前の子どもたちのために初心を忘れたくない」と決意が記されていました。 1年生の担任と野球部の副顧問を任された友生さん。 夢だった教員となり、大好きな子どもたちのためにと日々努力しました。 しかし、次第に日記には「日付が変わるまで戻れない日々」、「休んではいけないという脅迫観念」、「今、欲しいものと言われれば、睡眠時間」。 こんな記述が増えていきました。 そして、ついには「死という言葉が頭に」という記述が現れました。 当時の友生さんの勤務表を見ると、毎朝7時ごろに出勤し、深夜帰宅の日々が続いています。 土日も部活動や授業の準備のため働いていました。 6月の休みはわずか2日。 時間外の勤務も最大で月160時間に及んでいました。 当時の様子を父親の富士男さんは、「帰宅すると2階にある自分の部屋にたどり着けず、そのまま1階で寝てしまうことが多くなった。 食事も取らなくなったり、精神的に追い込まれている様子だった」と話しています。 そして10月、体のだるさを訴え、学校を休んだ友生さん。 昼すぎになり、家族に「出勤する」と言い残して家を出て、そのまま命を絶ちました。 日記の表紙には、『疲れました。 めいわくかけてすみません』と記されていました。 ことし9月、友生さんの自殺は「長時間労働や保護者対応など強度の精神的、肉体的なストレスがあった」として公務災害と認められました。 父親の富士男さんは「教員の皆さんには、学校の働き方が非常識だということに気付いて欲しい。 息子と同じ過ちを繰り返さないで欲しい」と話していました。 職場全体が疲弊 管理職も放置 関西地方で教員となって2年目の女性も、おととし新人教員だった友人が自殺した経験があり、今回、新人教員の実態を知って欲しいと取材に応じました。 この教員は、中学校に赴任してすぐに担任を任せると告げられました。 当時の心境を「かわいい子には旅させろ、がけから落とされた気分でした。 いきなり担任と言われ、学級開きと言われても何していいかわからない。 ありえない失敗をたくさんし続けました」と振り返りました。 初めての担任で子どもたちと向き合うだけでも大変なところに、保護者への対応、さらに部活も担当しました。 勤務は早朝7時から深夜まで。 土日もほとんど休むことはなかったといいます。 さらに、管理職からは若手教員に対して、国が導入を決めた道徳の教科化やアクティブラーニングなどにすぐに取り組むよう求められました。 教員は何度も周りの同僚に相談しようと考えました。 しかし、学校には若手の教員が多く、みんなが忙しそうにしているためできませんでした。 校長など管理職の姿勢にも疑問をもったといいます。 教員は「周りの先生も疲弊していた。 助けてと思っても、みんなが助けてという状態だったので、その空気感がしんどかった。 管理職は『ただ、はよ帰れよ』と言うだけだった。 帰りたいけど帰れないと言っても関心がない。 何でこんなに遅くなっているんやと聞いてもらえれば、よかった」と話していました。 専門家「国は職場の改善を」 教員などの公務災害に詳しい川人博弁護士は、「民間企業は採用後に一定の研修期間があるが、教員は採用されてすぐに担任となり、子どもや保護者との関係で責任を課せられることが多い。 新人には精神的にも身体的にも過度な負担がかかっている」と指摘しています。 そのうえで、「学校の中には採用して1年間は研修期間と明確に位置づけて、担任を持たせない学校もある。 国は新任教員の問題がどこにあるか課題を明確にして職場の改善を図る必要がある」と話しています。 22日に発表する。 関係者によると、校長は7年ほど前、深夜の駐車場で、新人教員を約2時間立たせたままで説教したとされる。 また、2014年12月には、仕事で飲み会に遅れて参加した別の若手教員たちの頭や尻をたたくなどの暴力をふるった。 外部からの情報で把握した県教委が校長に事情を聴くと、「新任の教員だから厳しく指導した」などと説明し、パワハラではないと主張していたという。 県教委はほかにも、女子児童の服を脱がせ、撮影をしたとして、9月に強制わいせつ容疑で逮捕された豊田市立小学校の男性教諭(52)を懲戒免職にする方針を決めた。 関連ニュース 自死の非常勤職員、労災求め遺族提訴「死んだ後も差別」 過労死のリアル、生徒に伝えたい 弁護士や遺族らが授業 飛び降りた車掌に同情論 モンスター生むクレーム社会 電通、染みついた鬼十則 「命を削って給料もらってる」 「ラジオの中の学校」受験生に人気 電話や掲示板で交流 シリーズ・教育ルポ ある新人教師の死 分断され孤立化する学校現場 【前文】新採用の小学校教師が勤務校の教室で自殺した。 赴任してわずか3週間だった。 背景にはあまりにも忙し過ぎる職場環境がある。 新任教師だけでなく、学校の教師の世界そのものが、増大する雑務と管理強化によって多忙をきわめている。 自分のことで精いっぱいで、仲間や後輩の悩みに耳を傾けるだけの余裕がないのが実情だという。 周辺取材から、分断され孤立化する教師たちの姿が浮かび上がってきた。 昨年(2005年)4月19日午前9時半ごろ、埼玉県越谷市の市立小学校の図工室で、4年生担任の男性教諭(22歳)が首をつって死んでいるのを校長が見つけて119番通報した。 目立った外傷がないことなどから警察は自殺と判断した。 越谷市教育委員会によると、1時間目の授業が始まっても男性教諭が教室に姿を見せないので、管理職や同僚が校内を探していた。 この日は午後の5時間目に授業参観、続いて6時間目には保護者懇談会が予定されていたが、ほかの教師が代行した。 男性教諭は同年3月に埼玉大学教育学部を卒業し、4月1日に同小学校に赴任したばかりだった。 市教委学校課の山口竹美課長は、「18日間しか勤務していないので、自殺の理由についてはなんとも言えない。 クラスでトラブルがあったなどの話も聞いていないし、本人から職場の人間関係や授業に関する悩みなども聞いていません」と話す。 「男性には昨年3月に面接した時に会いました。 すらっと背の高いスポーツマンで、受け答えのはっきりした好青年という印象が残っています。 子どもたちの人気者になるだろうな、意欲に燃えて教師を志した念願がかなったんだなと感じました。 4月8日の金曜日が入学式と始業式でしたから、子どもたちと接したのは実質7日もない。 これからスタートという段階だったのですが」 一方、地元の教師たちは「あの小学校でなければこんなことにはならなかったかもしれない」と指摘する。 男性が赴任した小学校は、市内では「超多忙校」の一つとして有名だった。 昨年3月までいた前任校長の方針で、とにかくやたらに行事が多い。 日替わりで朝の全校マラソン、読書タイム、詩の発表会などがある。 始業前のこうした行事の準備のために登校時間はどうしても早くなり、こなしきれない仕事は放課後に持ち込まれる。 文部科学省の研究指定校の仕事を割り振られることもある。 教師の負担はほかの学校の比ではなく、ベテランでも他校から異動してきて慣れるまでしばらく時間が必要だったという。 新任教師にとってはなおさら大変だ。 そんな方針は後任校長にも引き継がれた。 新任教師はただでさえ忙しい。 初めて経験するクラス担任と授業準備に戸惑いながら校務に追われ、年間300時間以上と規定されている「初任者研修」も並行して受けなければならない。 指導案や研修レポートを週に何枚も書かされる。 指導教官によっては何回も書き直しを命じられて、提出枚数は膨大な量になるという。 日付けが変わる時間まで学校に残って仕事をすることもある。 慣れない環境で、新人はかなりの負担を強いられることになる。 同校に赴任した新任教師は、自殺した男性のほかに新卒の女性が1人。 女性教諭は失敗して不安に感じることがあればその都度、職場の先輩に愚痴をこぼしたり相談したりしていた。 だが、男性教諭が周囲に弱音を吐くことはほとんどなかったという。 同僚の1人は、男性教諭が「きょうは眠れるかな」とつぶやくのを1度だけ聞いたことがあったというが、それ以外に男性から悩みや愚痴などを聞かされた人はいない。 周囲の目はどうしても女性教諭に向きがちで、ベテラン教師が相談に応じたり面倒を見たりする対象となるのは、もっぱら女性だった。 それとは対照的に、男性教諭については「彼は放っておいても大丈夫だろう」と思われていたらしく、同僚らがこれといってフォローすることはほとんどなかった。 関係者の話では、男性教諭は指導案作りなどで毎晩遅くまで学校に残っていた。 両親と一緒に住んでいる自宅には午後11時ごろ帰宅。 夕食後も、自室で午前1時までパソコンに向かって仕事をしていた。 朝は午前5時に起きて、午前7時過ぎには登校するといった生活が続いていたという。 亡くなる前夜、1年先輩の教師が男性を車に同乗させて学校を出た。 翌日の授業参観について「大丈夫か」と声をかけると、男性は「準備できています」と答えた。 年齢の近いこの先輩や同じ新任の女性らと男性は、メール交換などをしていたといい、男性が職場で完全に孤立していたとまでは言えないようだ。 それから自らの命を断つまで、男性教諭は何を考え、どんな思いで図工室に向かったのだろうか。 職員室の男性の机の上には、授業参観の完璧な指導案が置かれていたという。 自殺した男性教諭の大学の成績は、ほとんどが「優」の評価だった。 教員採用試験の結果も、2004年度に採用された埼玉県の教員約600人のトップクラスだったという。 埼玉県教育委員会は2004年度から、採用試験合格者のうち希望者(30人)をボランティアとして小中学校に派遣し、大学在学中の段階で現場を体験させる「インターンシップ制度」を始めた。 自殺した男性教諭も参加したが、ここでも管理職らによる評価はとても高かった。 県教委市町村教育課によると、「元気。 真面目でさわやか。 熱意に満ちている」などと報告されていたという。 「教育委員会がモデルにしたいようなピカイチの新人で、太鼓判を押されて採用された。 『期待しているので頑張ってほしい』と県教委幹部から激励されていたとも聞いていますよ。 それだけに、赴任してたった3週間で、しかも学校で自殺してしまったのだから県教委は真っ青になった」 埼玉県内の教育事情に詳しい大学関係者はそう解説してから、「ただ、県教委の考える『優秀な人材』とはどんな人材なのか。 そこは疑問に感じる。 成績がよくて、要求されたことをそつなくこなすのが優秀だとしたら、人間観察の観点がずれているのではないか」と付け加えた。 確かに、教師に向いている人材や教師になってもらいたい人材は、学校の成績や事務処理能力とは無縁だろう。 「『期待されている』ことが大きなプレッシャーになっていたのだろうか」と推測する人がいる。 また、「周りの人に相談できず、自分ですべてを背負い込んでいたのかもしれない。 朝早くから夜遅くまで黙々と働くうちに展望を失って虚しくなってしまったのか」「優秀だっただけに見切りをつけてしまったのかな」などと分析する人もいる。 関係者の間にはいろいろな憶測が今も飛び交う。 それにしても、赴任してわずか3週間で精神を病んで、自殺することはあるのだろうか。 埼玉県内で教職員の健康診断や勤務状況調査を続けている埼玉協同病院の内科医・清水禮二さんは、「十分にあり得る」と言う。 「極度にストレスが集中して緊張した状態に置かれれば、短期間でも精神的に追い込まれる。 夢があって教師になったのに壁を乗り越えられなければ自殺することはあります。 兆候は必ずあるはずだが、同僚が自分の仕事に追われて余裕がなければ気付かずに見過ごされてしまうでしょう。 学校の先生は疲れ切っている人が多いですから」 ほかの学校でも、新任教師が精神的に追い込まれることは十分にある。 遺書は見つかっていない。 家族や同僚にもメッセージなどは残されていない、とされている。 しかし、職員室の男性教諭の机を整理している際に同僚が見つけた大学ノートには、「こういう状態がずっと続くのかな」という走り書きが残されていたという。 複数の同僚がこの走り書きを目にしているが、市教育委員会は「そのような大学ノートの存在は把握していない」としている。 自殺の原因や真意を確かめるすべはない。 けれども、「周りがもっとサポートしていれば」という思いや、「とにかく忙しい。 ベテラン教師に後輩の悩みを共有してフォローする余裕がない」といった学校現場の実態を訴える声は、多くの教師や大学関係者が口にした。 社会経験などほとんどなく、子どもや親とのコミュニケーションも満足にできず、不安でいっぱいの新任教師。 「あなたがこの教室のすべてを仕切る先生です」と言われて放り出されても、戸惑うばかりだろう。 そういう時に相談に乗って愚痴を聞いてくれるのが、先輩や同僚の教師仲間だったはずだが、そうした「バックアップ体制」がおかしくなっている。 教師同士で悩みを共有してフォローし合う関係が崩れてきている。 仲間の話に耳を傾けるどころじゃない。 仕事を山のように抱え、管理強化に翻弄され、自分のことだけで精いっぱい。 教師集団がバラバラにされているのが今の学校だというのだ。 まず、書類の量が格段に増えた。 学級経営方針、全教科の年間指導計画、週案(1週間の授業計画案)などの作成はもちろん、研究発表授業の準備もしなければならない。 行事があったりトラブルが起きたりすれば、勤務時間内にはとてもではないが仕事は片付かない。 放課後の会議に出席し、その後にテストや宿題の採点をして、指導案を書き、次の日の用意をしていると、午後8時や9時になるのは当たり前だ。 日付けが変わることもある。 朝も早くから学校に来なければならない。 教師は疲弊している。 授業の準備や教材研究、子どもたちとのスキンシップがおざなりになってしまうのが心配だと教師たちはこぼす。 職員会議は議論する場ではなくなり、上意下達の場になってしまった。 「人事考課」制度の導入は管理強化と教師集団の分断を促した。 教職員組合の弱体化は、仲間に無関心な職員室に拍車をかけた。 現場で支え合う体制は瓦解し始めている。 教師の共同体をつくっていくのは時間がかかるが、壊すのはあっという間だ。 男性が亡くなった越谷市の小学校では、「新任は毎朝掃除してみんなの机の上を拭くように」という不文律があったが、男性の死後、「よくないからやめよう」ということになった。 女性の新任教師の負担はかなり軽減されたようだという。 校長は、教師たちに「早く帰るように」と言い出した。 休み時間を確保しようとの試みも始めた。 しかし、日替わりで用意されているいくつもの行事が減らされない限り、仕事量は同じだから教師の負担は変わらない。 早く下校する分、仕事を自宅に持ち帰って片付けることになる。 それでも、男性の自殺を契機に、忙しすぎる学校の状況をなんとか変えようと考え始めた空気を、同校の教師たちはほんの少しだけ感じている。 社会経験が乏しい若手教師が、多忙で困難な仕事に直面してストレスで登校できなくなるようだ。 また若手だけでなく、さまざまなストレスを抱えて「心の病」にかかる教師は年齢にかかわらず、全国的に急増している。 同病院の精神神経科部長の中島一憲さんは、「指導教官や管理職とうまくいかないなど、職場の人間関係に問題があるのが若手教師の特徴だ」と分析する。 「本人にコミュニケーションの力が足りない人が多いが、学校現場が忙しくなっていることも背景にある。 指導教官の側にもじっくり教えてあげる余裕がなくなっています。 職員室で話を聞いてあげる立場の先輩の方が疲れてしまって、後輩にかかわってあげることができない。 学校現場でコミュニケーションの断絶が進んでいるんです」 さらに、保護者からの一方的な苦情や批判が増えていることも、教師のストレスの要因として指摘した。 「子どものことを考えて生徒指導しているのに、保護者から一方的に誹謗中傷されて孤立化し、うつ病で休職する教師も少なくありません。 保護者には家庭でやるべきしつけを学校に押しつけてくる人や、対話のできない人もいる。 子どもの前でも平気で教師を馬鹿にする親もいます。 教師と保護者の人間関係が一方通行な上に、中には校長が教育委員会の指示を教師に伝えるだけになって、教師の裁量はどんどん減っている。 ストレスは増えるばかりです」 もちろん、理不尽で非常識な「無理難題」を突き付けてくる保護者ばかりではない。 常識的なコミュニケーションがとれる親もいるし、納得できる批判をする親や信頼関係が築ける親も多い。 だが、エキセントリックでヒステリックな迫り方をする保護者は確実に増えている。 「教師が親たちのストレスのはけ口の対象になっている。 文句を言って教師を追い詰めていく。 特に若い教師に対する親たちの目が厳しい」と現場教師は嘆く。 文部科学省のまとめによると、2004年度に精神性疾患で休職した全国の公立小中学校・高校などの教員は3559人で、前年度と比べて365人増加。 すべての病気休職者に占める精神性疾患休職者の割合は56・4%で、前年度と比べ3・3ポイント上昇している。 こうした保護者の意識変化を反映してか、新任教師自殺のニュースが報じられた直後、インターネットの掲示板には次のような情報が書き込まれた。 「クラスで子ども同士のトラブルが起きた。 担任の対応がおかしいと双方の親が学校に怒鳴り込んだが紛糾した。 インターネット上に無責任な情報が乱れ飛ぶ中、こんなストーリーがまことしやかに流され、さらに大学や教職員組合などの関係者の多くも、この「物語」を信じて疑わなかった。 関係者への取材をいくら重ねても、この「物語」を裏付ける証言は一つも出てこなかったことから、これは根も葉もない憶測だと判断する。 しかし見事なまでに、最近の教師と保護者の関係を図式化したストーリーだったからこそ、多くの人が信じ込んだのだろう。 毎月1回、午後6時半を過ぎると、採用されて1年目〜2年目の新人教師が集まってくる。 中には、臨時採用教師やこれから教員採用試験を受験する大学生もいる。 「大学教育と学校現場の橋渡しの場に」と2004年4月に始まった自主サークル「教育実践研究会」だ。 指導するのは、朝霞市立朝霞第2小学校教諭の増田修治先生(47歳)。 埼玉大学教育学部で非常勤講師としても教えている。 「若い教師たちの救いの場になれたらいい。 トラブルがあるのは当然なんだよ、悩みを聞いてあげるからおいでよ」。 そんな思いで研究会を立ち上げた。 「越谷市で起きた新任教師の自殺は他人事ではない」と増田先生は思った。 「教師1人の命はこんなに軽視されているのか、若い教師がなぜ追い詰められたのか、教師の世界がバラバラにされている」と感じたという。 増田先生は「教師を育てるには昔の徒弟制度みたいなものが必要だ」と話す。 「教育っていうのは、ていねいに話をして分かってもらう仕事なんですよ。 新人教師を育てるのも同じです。 一般論的なことを言ってもダメ。 直面している問題について具体的に語って初めて分かる。 手取り足取り、1人1人に合った言葉で説明されてその人の胸にストンと落ちるんです」 研究会はまず、参加者の近況報告から始まる。 そして、それぞれのクラスや子どもたちの様子を書いてきた詩の読み合わせをして、全員で検討する。 言葉に敏感になって、自分の言葉で具体的に表現することで、子どもたちを見る目を養うことにつながる。 それが教師自身の成長にもなる。 教師1年目の女性は、落ち着きがなく暴力をふるうクラスの子どものことで悩んでいた。 エスカレートする子どもの行動に、どう対応すればいいのか分からなくなった。 そんな様子をリポートした。 「隣の先生や教頭に怒ってもらったことで、この先生は怒ることもできない先生だと思われたんだよ。 でもこの子は掲示物を破いても、友達の作品は破かない。 荒れている行動の中から、その子の光っている部分を見つけ出すことが必要だよ」と助言する増田先生の言葉に、新任の女性は自信とやる気を取り戻していく。 校長からは「甘い」と叱責され、荒れる子どもには蹴られたり噛みつかれたりする毎日。 「だれも分かってくれない」と辛くてたまらなかったが、研究会で仲間に話を聞いてもらい、増田先生にアドバイスしてもらうことで、余裕が出てきたという。 子どもも心を開いてくれるようになった。 「学校だと、みんな忙しそうだから聞いたら悪いかなと思う時もあるけど、研究会では子どもたちのことで悩んでいる話や愚痴を気軽に聞いてもらえるし、冷静な視点で、なるほどなと納得できる鋭い助言もしてもらえる。 子どもにどう接したらいいか、という方向性が見えてきて、教師としてレベルアップしたように思います。 自信がつきました」 持ち寄った実践リポートの報告や検討も、研究会の重要なメニューだ。 教師2年目の男性は、学級通信の取り組みについて報告した。 決して上手ではないが味のあるイラストが描かれた学級通信が、全員に配られる。 増田先生はディスカッションを整理しながら、「どうして子どもたちはこの学級通信を読みたがるんだろう。 緻密でないところがいいんだよな。 通信を通じて、子どもたちは友達に対する新しい発見がある。 子どもと先生が紙面から感じられる。 頑張ることを強要していないのに頑張る気にさせるよな。 共有関係をつくり出しているんだよ」とアドバイスした。 参加者はうなずきながら、熱心にメモをとる。 増田先生は、参加者の教師を決してけなさない。 いいところをすくい上げるように評価してほめる。 その上で、「こういう視点を持てばもっと豊かになるよ」と具体的に助言する。 その一言で、悩みや不安を抱えていた新人教師の顔は明るく輝く。 「初任研では、いかに教師として力がなくてダメか、新人を徹底的にけなして指導する。 そして、『ずいぶん力がついたじゃないか』と教育委員会の方針に沿った教師像を植え付けていくんですね。 そんなやり方でまともな教師が育つわけがない」 埼玉県教職員組合の贄田教秋書記長は、「必要な研修はすべきだろうが、授業や教室の中で力量を高めるような工夫こそ大事なのではないか」と指摘する。 「そもそも教師の仕事というのは、子どもに始まって子どもに還るものです。 新任教師は子どもたちと触れ合って体温を肌で感じ、失敗しながら現場で学んでいくべきなのに、初任者研修によって現場から離れてしまう。 形式的な指導案を書かされ、校長や指導教官の検閲を受けて、パターン化された教師になってしまうのが心配です」 しかも新任教師の身分はきわめて不安定だ。 採用1年目は「条件付き採用」とされ、勤務態度や適性などに問題があれば、採用を取り消されることもある。 このような「仮採用」が1年間も続くのはおかしいのではないか、採用取り消しを恐れて「もの言わぬ教師」が広がるのではないか、と教職員組合などは批判する。 また、大学在学中に現場を体験させる埼玉県教委の「インターンシップ制度」に対する疑問の声もある。 「新任教師をフィルターにかけて、教育委員会や管理職の言うことを素直に聞くかどうか査定し、従順でない者のチェックや排除に利用されかねない」と心配するのだ。 2005年度は前年度よりも参加枠を広げて、80人に増やしている。 埼玉大学の教授の1人は、「新任教師に即戦力を求めることがおかしい」と県教委の姿勢に疑問を投げかける。 「最初から上手くできる教師なんかいませんよ。 失敗しながら、おろおろしながら、怒られながら、現場で育てられてベテランになっていくのが普通でしょう」 ところがさらに踏み込んで、採用前の段階から教育委員会が独自に「実践的指導力」のある教師を養成する動きが進んでいる。 東京都は、大学4年生(公募100人)を対象にした「東京教師養成塾」を2004年度にスタートさせた。 市区町村レベルでは、東京都杉並区が社会人や大学生(同30人)を対象に「杉並師範館」を今年(2006年)4月にスタートさせる。 杉並師範館は、「気高い精神と卓越した指導力」を持ち、「わが国の歴史や伝統を尊重し、ふるさと杉並や日本を大切にする教師」を育てるとしている。 教育のプロや経済界のトップを講師に迎え、1年間にわたって学ばせてから杉並区の小学校教諭に採用する計画だが、現場は「これでいい教師が育つのか」「教育行政に疑問を持たない教師がつくられる」と懐疑的だ。 「教育が政治の道具に使われている」と批判する管理職もいる。 自分の教室で生身の子どもたちとぶつかって試行錯誤してこそ、教師は一人前に成長する。 先輩や同僚が助言し合い議論することで、教師集団は「問題を共有する」ことにもなる。 「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」の真骨頂だが、そのためには、職場の仲間と語り合う時間と自由な雰囲気が欠かせない。 今の学校現場が最も必要としているものだろう。 教師が授業と子どもたちに専念するためには、自由でおおらかな職場環境が必要だ。 教育行政と管理職のやるべき仕事は、教師が仕事をしやすいような「環境整備」をすることではないだろうか。 初出掲載(月刊「世界」2006年4月号) =雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。 【メモ】このルポルタージュは、単行本「教育の自由はどこへ/ルポ『管理と統制』進む学校現場」(現代人文社)に収録されています。 (C)池添徳明(いけぞえのりあき)2006年 「ルポルタージュ」のインデックスに戻る フロントページへ戻る ご意見・ご感想はこちらへどうぞ この投稿を読んでびっくり仰天。 日本の先生の人権が無視されていると感じ、 かつてアメリカの公立高校で数学の教師だった私の意見を述べてみます。 私の先生第一年目は、生徒からのいたづら、いじめ、騙しなどに悩まされどうしでした。 そんな時いつも助けて励ましてくれたのは校長や副校長と同僚の先生方でした。 私の高校(生徒数900名以上)では、校長から先生まで全員が団結して生徒に対抗してい ました。 生徒に関係する問題は、規則違反をした生徒が悪いという考えで一致していました。 生徒の父兄から先生への苦情は、全て副校長が窓口になって対処、それでも先生側の説明が必要な場合に限って、先生の暇な時間を選んで、父兄、先生、副校長の三者会談を 開きます。 先生の勤務時間は朝8時から4時までの8時間。 内訳は授業が5時間、授業の準備に2時間、昼食1時間だった。 が、これだけで済むわけがない。 学校側もそれをよく理解していて、授業以外の仕事を求めるときには、先生の同意を得ない限り強制することはしません。 米国は各学校区に採用権があります。 先生が学校や嫌で辞めても、他の学校区で先生として再就職が簡単にできます。 毎年夏休みになると各学校区で先生の求人広告が多く見られるのはこのせいです。 先生の自殺者があるなんてアメリカでは想像できません。 日本の教育制度は先生個人の人権を養護するためにも、優秀が人材を確保するためにも、先生のための教育制度の大変革が必要だと痛切に感じる次第です。 あああ、すべて安倍政権、日本会議のせいですね。 基本管理職、校長、教頭は、国旗掲揚、国歌斉唱、これを推進する人間でないとなれません。 日教組なんかに入っていると管理職になれない。 今、70代の両親が元教員だったので言えますが、昔は先生は、17時18時に家に帰れました。 発表会とか研究会とかに所属しているかクラブ活動を熱心にしている先生以外はそれなりにゆとりある職場でした。 こんな新人が自殺する環境でなかった。 日教組に力があればそれなりに教職員を守ってこれたのです。 ですが、日教組が力を無くし、政府の犬の管理職がのさばるとこの有様。 パワハラが横行し自殺者続出。 辞めればいい話ですが、安定した職場、昔からの夢とかが絡むと、辞めるより自殺を選んでしまうんでしょうか? まあ、日本会議が力を無くせば自殺も減りますよ。 新任教師は教科の授業で精一杯なのだ。 いきなり学級担任を持たせるのは、その時点での新任教師の持っている能力以上を要求することで、対応出来ぬものが出て当然である。 理想を言えば中学校の場合、まず1年の副担任でスタートさせ、その生徒たちが卒業するまでの3年間副担任として先輩教師の学級指導や学習・生活指導を見て学んでいく期間を与えるのが望ましいが、現実ではそうも行かない場合があるだろう。 しかし最初の1年は副担任でスタートさせるべきだ。 その1年間で、理想的に考えていた教師と言う職業の実態を知り、それに対応していく術(すべ)をいくらか身に付けることも可能になる。 力を発揮できぬまま、教師をやめる者が出てくるのは国の損失だ。 人は死ぬ。 いつか必ず死ぬ。 で、「自殺」は、この死因の中でそこそこ上位にある。 日本の自殺率は先進国中の上位にあり、といった話は、ここの主題でない。 新社会人くらいの年齢の死因として、自殺はありふれた死因であるという単純な常識をまず確認しておきたい。 その常識の上に、新人教員が10年で、全国で、20人が自殺と言う数字をどの様に評価するのか?それはそんなに多く、悲惨な数字なのか? 個別の案件はいろいろ評価すべきだろう。 しかし全体として、教員という職業がそんなに悲惨と言えるのか? 教員の平均自殺率は日本人に平均をはるかに下回る。 教員の自殺よりも、教員に自殺に追い込まれた児童生徒の方がはるかに多い。 しかも教員界は、立場の弱い人間、新人教員だけでなく、児童生徒の自殺への追い込みも、隠蔽工作当たり前の世界である。 まず、何を問題にするべきか。 よく考えるべきだろう。

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【観光】「日本は退屈な国」欧米人アンケートの衝撃結果に挑む観光庁 「日本人気」はアジア限定★15

世界 中 で こんなに たくさん の 人 が いる の に 清水 翔太

新人教員 10年で少なくとも20人が自殺 12月23日 19時00分 精神疾患などにかかる公立学校の新人教員が急増し続ける中、この10年間で、少なくとも20人の新人教員が自殺していたことがNHKの取材でわかりました。 教員は新人でも担任をもったり、保護者に対応したりする必要があり、専門家は「新人教員は即戦力として扱われ、過度なプレッシャーを受ける。 国は自殺の現状を把握して、改善をはかるべきだ」と指摘しています。 学校の教員は採用されたばかりの新人でもクラス担任や部活動の顧問を任されたり、保護者に対応したりと、ベテランと同じ役割が求められています。 文部科学省によりますと、昨年度、精神疾患などの病気を理由に退職した新人教員は92人で、平成15年度の10人と比べて、急激に増えています。 さらにNHKで、昨年度までの10年間に死亡した新人教員、合わせて46人の死因について、取材した結果、少なくとも20人が自殺だったことがわかりました。 このうち半数の10人が採用から半年以内に亡くなっていて、なかには4月の始業式から2週間余りで自殺していた新人教員もいました。 詳しい自殺の動機は多くの遺族が民間企業の労災にあたる公務災害を申請していないため、不明ですが、おととし自殺した福井県の中学校の教員の場合は時間外労働が月に最大160時間を超え、部活動や保護者の対応に追われていました。 また、同じく自殺した関西地方の教員は担任を任されていましたが、生徒などとの関係に悩んでいたということです。 新人教員の自殺の実態について、文部科学省は把握しておらず、教員の公務災害などに詳しい川人博弁護士は「教員は採用されてすぐに担任を受け持つなどいきなり即戦力として扱われるうえ、理不尽な保護者への対応もあり責任やプレッシャーが大きい。 国は自殺の現状を把握して、改善を図るべきだ」と指摘しています。 新人教員の自殺 実態は 福井県の新人教員だった嶋田友生さん(27)は、おととし10月、自分の車の中で、みずから命を絶ちました。 取材に応じた父親の富士男さんは、「教員になって半年でこういうことになるとは予想もしていなかった」と振り返りました。 友生さんは、なぜ自殺したのか。 そのいきさつを知る手がかりが友生さんが毎日つけていた日記にありました。 赴任した初日の日記には「目の前の子どもたちのために初心を忘れたくない」と決意が記されていました。 1年生の担任と野球部の副顧問を任された友生さん。 夢だった教員となり、大好きな子どもたちのためにと日々努力しました。 しかし、次第に日記には「日付が変わるまで戻れない日々」、「休んではいけないという脅迫観念」、「今、欲しいものと言われれば、睡眠時間」。 こんな記述が増えていきました。 そして、ついには「死という言葉が頭に」という記述が現れました。 当時の友生さんの勤務表を見ると、毎朝7時ごろに出勤し、深夜帰宅の日々が続いています。 土日も部活動や授業の準備のため働いていました。 6月の休みはわずか2日。 時間外の勤務も最大で月160時間に及んでいました。 当時の様子を父親の富士男さんは、「帰宅すると2階にある自分の部屋にたどり着けず、そのまま1階で寝てしまうことが多くなった。 食事も取らなくなったり、精神的に追い込まれている様子だった」と話しています。 そして10月、体のだるさを訴え、学校を休んだ友生さん。 昼すぎになり、家族に「出勤する」と言い残して家を出て、そのまま命を絶ちました。 日記の表紙には、『疲れました。 めいわくかけてすみません』と記されていました。 ことし9月、友生さんの自殺は「長時間労働や保護者対応など強度の精神的、肉体的なストレスがあった」として公務災害と認められました。 父親の富士男さんは「教員の皆さんには、学校の働き方が非常識だということに気付いて欲しい。 息子と同じ過ちを繰り返さないで欲しい」と話していました。 職場全体が疲弊 管理職も放置 関西地方で教員となって2年目の女性も、おととし新人教員だった友人が自殺した経験があり、今回、新人教員の実態を知って欲しいと取材に応じました。 この教員は、中学校に赴任してすぐに担任を任せると告げられました。 当時の心境を「かわいい子には旅させろ、がけから落とされた気分でした。 いきなり担任と言われ、学級開きと言われても何していいかわからない。 ありえない失敗をたくさんし続けました」と振り返りました。 初めての担任で子どもたちと向き合うだけでも大変なところに、保護者への対応、さらに部活も担当しました。 勤務は早朝7時から深夜まで。 土日もほとんど休むことはなかったといいます。 さらに、管理職からは若手教員に対して、国が導入を決めた道徳の教科化やアクティブラーニングなどにすぐに取り組むよう求められました。 教員は何度も周りの同僚に相談しようと考えました。 しかし、学校には若手の教員が多く、みんなが忙しそうにしているためできませんでした。 校長など管理職の姿勢にも疑問をもったといいます。 教員は「周りの先生も疲弊していた。 助けてと思っても、みんなが助けてという状態だったので、その空気感がしんどかった。 管理職は『ただ、はよ帰れよ』と言うだけだった。 帰りたいけど帰れないと言っても関心がない。 何でこんなに遅くなっているんやと聞いてもらえれば、よかった」と話していました。 専門家「国は職場の改善を」 教員などの公務災害に詳しい川人博弁護士は、「民間企業は採用後に一定の研修期間があるが、教員は採用されてすぐに担任となり、子どもや保護者との関係で責任を課せられることが多い。 新人には精神的にも身体的にも過度な負担がかかっている」と指摘しています。 そのうえで、「学校の中には採用して1年間は研修期間と明確に位置づけて、担任を持たせない学校もある。 国は新任教員の問題がどこにあるか課題を明確にして職場の改善を図る必要がある」と話しています。 22日に発表する。 関係者によると、校長は7年ほど前、深夜の駐車場で、新人教員を約2時間立たせたままで説教したとされる。 また、2014年12月には、仕事で飲み会に遅れて参加した別の若手教員たちの頭や尻をたたくなどの暴力をふるった。 外部からの情報で把握した県教委が校長に事情を聴くと、「新任の教員だから厳しく指導した」などと説明し、パワハラではないと主張していたという。 県教委はほかにも、女子児童の服を脱がせ、撮影をしたとして、9月に強制わいせつ容疑で逮捕された豊田市立小学校の男性教諭(52)を懲戒免職にする方針を決めた。 関連ニュース 自死の非常勤職員、労災求め遺族提訴「死んだ後も差別」 過労死のリアル、生徒に伝えたい 弁護士や遺族らが授業 飛び降りた車掌に同情論 モンスター生むクレーム社会 電通、染みついた鬼十則 「命を削って給料もらってる」 「ラジオの中の学校」受験生に人気 電話や掲示板で交流 シリーズ・教育ルポ ある新人教師の死 分断され孤立化する学校現場 【前文】新採用の小学校教師が勤務校の教室で自殺した。 赴任してわずか3週間だった。 背景にはあまりにも忙し過ぎる職場環境がある。 新任教師だけでなく、学校の教師の世界そのものが、増大する雑務と管理強化によって多忙をきわめている。 自分のことで精いっぱいで、仲間や後輩の悩みに耳を傾けるだけの余裕がないのが実情だという。 周辺取材から、分断され孤立化する教師たちの姿が浮かび上がってきた。 昨年(2005年)4月19日午前9時半ごろ、埼玉県越谷市の市立小学校の図工室で、4年生担任の男性教諭(22歳)が首をつって死んでいるのを校長が見つけて119番通報した。 目立った外傷がないことなどから警察は自殺と判断した。 越谷市教育委員会によると、1時間目の授業が始まっても男性教諭が教室に姿を見せないので、管理職や同僚が校内を探していた。 この日は午後の5時間目に授業参観、続いて6時間目には保護者懇談会が予定されていたが、ほかの教師が代行した。 男性教諭は同年3月に埼玉大学教育学部を卒業し、4月1日に同小学校に赴任したばかりだった。 市教委学校課の山口竹美課長は、「18日間しか勤務していないので、自殺の理由についてはなんとも言えない。 クラスでトラブルがあったなどの話も聞いていないし、本人から職場の人間関係や授業に関する悩みなども聞いていません」と話す。 「男性には昨年3月に面接した時に会いました。 すらっと背の高いスポーツマンで、受け答えのはっきりした好青年という印象が残っています。 子どもたちの人気者になるだろうな、意欲に燃えて教師を志した念願がかなったんだなと感じました。 4月8日の金曜日が入学式と始業式でしたから、子どもたちと接したのは実質7日もない。 これからスタートという段階だったのですが」 一方、地元の教師たちは「あの小学校でなければこんなことにはならなかったかもしれない」と指摘する。 男性が赴任した小学校は、市内では「超多忙校」の一つとして有名だった。 昨年3月までいた前任校長の方針で、とにかくやたらに行事が多い。 日替わりで朝の全校マラソン、読書タイム、詩の発表会などがある。 始業前のこうした行事の準備のために登校時間はどうしても早くなり、こなしきれない仕事は放課後に持ち込まれる。 文部科学省の研究指定校の仕事を割り振られることもある。 教師の負担はほかの学校の比ではなく、ベテランでも他校から異動してきて慣れるまでしばらく時間が必要だったという。 新任教師にとってはなおさら大変だ。 そんな方針は後任校長にも引き継がれた。 新任教師はただでさえ忙しい。 初めて経験するクラス担任と授業準備に戸惑いながら校務に追われ、年間300時間以上と規定されている「初任者研修」も並行して受けなければならない。 指導案や研修レポートを週に何枚も書かされる。 指導教官によっては何回も書き直しを命じられて、提出枚数は膨大な量になるという。 日付けが変わる時間まで学校に残って仕事をすることもある。 慣れない環境で、新人はかなりの負担を強いられることになる。 同校に赴任した新任教師は、自殺した男性のほかに新卒の女性が1人。 女性教諭は失敗して不安に感じることがあればその都度、職場の先輩に愚痴をこぼしたり相談したりしていた。 だが、男性教諭が周囲に弱音を吐くことはほとんどなかったという。 同僚の1人は、男性教諭が「きょうは眠れるかな」とつぶやくのを1度だけ聞いたことがあったというが、それ以外に男性から悩みや愚痴などを聞かされた人はいない。 周囲の目はどうしても女性教諭に向きがちで、ベテラン教師が相談に応じたり面倒を見たりする対象となるのは、もっぱら女性だった。 それとは対照的に、男性教諭については「彼は放っておいても大丈夫だろう」と思われていたらしく、同僚らがこれといってフォローすることはほとんどなかった。 関係者の話では、男性教諭は指導案作りなどで毎晩遅くまで学校に残っていた。 両親と一緒に住んでいる自宅には午後11時ごろ帰宅。 夕食後も、自室で午前1時までパソコンに向かって仕事をしていた。 朝は午前5時に起きて、午前7時過ぎには登校するといった生活が続いていたという。 亡くなる前夜、1年先輩の教師が男性を車に同乗させて学校を出た。 翌日の授業参観について「大丈夫か」と声をかけると、男性は「準備できています」と答えた。 年齢の近いこの先輩や同じ新任の女性らと男性は、メール交換などをしていたといい、男性が職場で完全に孤立していたとまでは言えないようだ。 それから自らの命を断つまで、男性教諭は何を考え、どんな思いで図工室に向かったのだろうか。 職員室の男性の机の上には、授業参観の完璧な指導案が置かれていたという。 自殺した男性教諭の大学の成績は、ほとんどが「優」の評価だった。 教員採用試験の結果も、2004年度に採用された埼玉県の教員約600人のトップクラスだったという。 埼玉県教育委員会は2004年度から、採用試験合格者のうち希望者(30人)をボランティアとして小中学校に派遣し、大学在学中の段階で現場を体験させる「インターンシップ制度」を始めた。 自殺した男性教諭も参加したが、ここでも管理職らによる評価はとても高かった。 県教委市町村教育課によると、「元気。 真面目でさわやか。 熱意に満ちている」などと報告されていたという。 「教育委員会がモデルにしたいようなピカイチの新人で、太鼓判を押されて採用された。 『期待しているので頑張ってほしい』と県教委幹部から激励されていたとも聞いていますよ。 それだけに、赴任してたった3週間で、しかも学校で自殺してしまったのだから県教委は真っ青になった」 埼玉県内の教育事情に詳しい大学関係者はそう解説してから、「ただ、県教委の考える『優秀な人材』とはどんな人材なのか。 そこは疑問に感じる。 成績がよくて、要求されたことをそつなくこなすのが優秀だとしたら、人間観察の観点がずれているのではないか」と付け加えた。 確かに、教師に向いている人材や教師になってもらいたい人材は、学校の成績や事務処理能力とは無縁だろう。 「『期待されている』ことが大きなプレッシャーになっていたのだろうか」と推測する人がいる。 また、「周りの人に相談できず、自分ですべてを背負い込んでいたのかもしれない。 朝早くから夜遅くまで黙々と働くうちに展望を失って虚しくなってしまったのか」「優秀だっただけに見切りをつけてしまったのかな」などと分析する人もいる。 関係者の間にはいろいろな憶測が今も飛び交う。 それにしても、赴任してわずか3週間で精神を病んで、自殺することはあるのだろうか。 埼玉県内で教職員の健康診断や勤務状況調査を続けている埼玉協同病院の内科医・清水禮二さんは、「十分にあり得る」と言う。 「極度にストレスが集中して緊張した状態に置かれれば、短期間でも精神的に追い込まれる。 夢があって教師になったのに壁を乗り越えられなければ自殺することはあります。 兆候は必ずあるはずだが、同僚が自分の仕事に追われて余裕がなければ気付かずに見過ごされてしまうでしょう。 学校の先生は疲れ切っている人が多いですから」 ほかの学校でも、新任教師が精神的に追い込まれることは十分にある。 遺書は見つかっていない。 家族や同僚にもメッセージなどは残されていない、とされている。 しかし、職員室の男性教諭の机を整理している際に同僚が見つけた大学ノートには、「こういう状態がずっと続くのかな」という走り書きが残されていたという。 複数の同僚がこの走り書きを目にしているが、市教育委員会は「そのような大学ノートの存在は把握していない」としている。 自殺の原因や真意を確かめるすべはない。 けれども、「周りがもっとサポートしていれば」という思いや、「とにかく忙しい。 ベテラン教師に後輩の悩みを共有してフォローする余裕がない」といった学校現場の実態を訴える声は、多くの教師や大学関係者が口にした。 社会経験などほとんどなく、子どもや親とのコミュニケーションも満足にできず、不安でいっぱいの新任教師。 「あなたがこの教室のすべてを仕切る先生です」と言われて放り出されても、戸惑うばかりだろう。 そういう時に相談に乗って愚痴を聞いてくれるのが、先輩や同僚の教師仲間だったはずだが、そうした「バックアップ体制」がおかしくなっている。 教師同士で悩みを共有してフォローし合う関係が崩れてきている。 仲間の話に耳を傾けるどころじゃない。 仕事を山のように抱え、管理強化に翻弄され、自分のことだけで精いっぱい。 教師集団がバラバラにされているのが今の学校だというのだ。 まず、書類の量が格段に増えた。 学級経営方針、全教科の年間指導計画、週案(1週間の授業計画案)などの作成はもちろん、研究発表授業の準備もしなければならない。 行事があったりトラブルが起きたりすれば、勤務時間内にはとてもではないが仕事は片付かない。 放課後の会議に出席し、その後にテストや宿題の採点をして、指導案を書き、次の日の用意をしていると、午後8時や9時になるのは当たり前だ。 日付けが変わることもある。 朝も早くから学校に来なければならない。 教師は疲弊している。 授業の準備や教材研究、子どもたちとのスキンシップがおざなりになってしまうのが心配だと教師たちはこぼす。 職員会議は議論する場ではなくなり、上意下達の場になってしまった。 「人事考課」制度の導入は管理強化と教師集団の分断を促した。 教職員組合の弱体化は、仲間に無関心な職員室に拍車をかけた。 現場で支え合う体制は瓦解し始めている。 教師の共同体をつくっていくのは時間がかかるが、壊すのはあっという間だ。 男性が亡くなった越谷市の小学校では、「新任は毎朝掃除してみんなの机の上を拭くように」という不文律があったが、男性の死後、「よくないからやめよう」ということになった。 女性の新任教師の負担はかなり軽減されたようだという。 校長は、教師たちに「早く帰るように」と言い出した。 休み時間を確保しようとの試みも始めた。 しかし、日替わりで用意されているいくつもの行事が減らされない限り、仕事量は同じだから教師の負担は変わらない。 早く下校する分、仕事を自宅に持ち帰って片付けることになる。 それでも、男性の自殺を契機に、忙しすぎる学校の状況をなんとか変えようと考え始めた空気を、同校の教師たちはほんの少しだけ感じている。 社会経験が乏しい若手教師が、多忙で困難な仕事に直面してストレスで登校できなくなるようだ。 また若手だけでなく、さまざまなストレスを抱えて「心の病」にかかる教師は年齢にかかわらず、全国的に急増している。 同病院の精神神経科部長の中島一憲さんは、「指導教官や管理職とうまくいかないなど、職場の人間関係に問題があるのが若手教師の特徴だ」と分析する。 「本人にコミュニケーションの力が足りない人が多いが、学校現場が忙しくなっていることも背景にある。 指導教官の側にもじっくり教えてあげる余裕がなくなっています。 職員室で話を聞いてあげる立場の先輩の方が疲れてしまって、後輩にかかわってあげることができない。 学校現場でコミュニケーションの断絶が進んでいるんです」 さらに、保護者からの一方的な苦情や批判が増えていることも、教師のストレスの要因として指摘した。 「子どものことを考えて生徒指導しているのに、保護者から一方的に誹謗中傷されて孤立化し、うつ病で休職する教師も少なくありません。 保護者には家庭でやるべきしつけを学校に押しつけてくる人や、対話のできない人もいる。 子どもの前でも平気で教師を馬鹿にする親もいます。 教師と保護者の人間関係が一方通行な上に、中には校長が教育委員会の指示を教師に伝えるだけになって、教師の裁量はどんどん減っている。 ストレスは増えるばかりです」 もちろん、理不尽で非常識な「無理難題」を突き付けてくる保護者ばかりではない。 常識的なコミュニケーションがとれる親もいるし、納得できる批判をする親や信頼関係が築ける親も多い。 だが、エキセントリックでヒステリックな迫り方をする保護者は確実に増えている。 「教師が親たちのストレスのはけ口の対象になっている。 文句を言って教師を追い詰めていく。 特に若い教師に対する親たちの目が厳しい」と現場教師は嘆く。 文部科学省のまとめによると、2004年度に精神性疾患で休職した全国の公立小中学校・高校などの教員は3559人で、前年度と比べて365人増加。 すべての病気休職者に占める精神性疾患休職者の割合は56・4%で、前年度と比べ3・3ポイント上昇している。 こうした保護者の意識変化を反映してか、新任教師自殺のニュースが報じられた直後、インターネットの掲示板には次のような情報が書き込まれた。 「クラスで子ども同士のトラブルが起きた。 担任の対応がおかしいと双方の親が学校に怒鳴り込んだが紛糾した。 インターネット上に無責任な情報が乱れ飛ぶ中、こんなストーリーがまことしやかに流され、さらに大学や教職員組合などの関係者の多くも、この「物語」を信じて疑わなかった。 関係者への取材をいくら重ねても、この「物語」を裏付ける証言は一つも出てこなかったことから、これは根も葉もない憶測だと判断する。 しかし見事なまでに、最近の教師と保護者の関係を図式化したストーリーだったからこそ、多くの人が信じ込んだのだろう。 毎月1回、午後6時半を過ぎると、採用されて1年目〜2年目の新人教師が集まってくる。 中には、臨時採用教師やこれから教員採用試験を受験する大学生もいる。 「大学教育と学校現場の橋渡しの場に」と2004年4月に始まった自主サークル「教育実践研究会」だ。 指導するのは、朝霞市立朝霞第2小学校教諭の増田修治先生(47歳)。 埼玉大学教育学部で非常勤講師としても教えている。 「若い教師たちの救いの場になれたらいい。 トラブルがあるのは当然なんだよ、悩みを聞いてあげるからおいでよ」。 そんな思いで研究会を立ち上げた。 「越谷市で起きた新任教師の自殺は他人事ではない」と増田先生は思った。 「教師1人の命はこんなに軽視されているのか、若い教師がなぜ追い詰められたのか、教師の世界がバラバラにされている」と感じたという。 増田先生は「教師を育てるには昔の徒弟制度みたいなものが必要だ」と話す。 「教育っていうのは、ていねいに話をして分かってもらう仕事なんですよ。 新人教師を育てるのも同じです。 一般論的なことを言ってもダメ。 直面している問題について具体的に語って初めて分かる。 手取り足取り、1人1人に合った言葉で説明されてその人の胸にストンと落ちるんです」 研究会はまず、参加者の近況報告から始まる。 そして、それぞれのクラスや子どもたちの様子を書いてきた詩の読み合わせをして、全員で検討する。 言葉に敏感になって、自分の言葉で具体的に表現することで、子どもたちを見る目を養うことにつながる。 それが教師自身の成長にもなる。 教師1年目の女性は、落ち着きがなく暴力をふるうクラスの子どものことで悩んでいた。 エスカレートする子どもの行動に、どう対応すればいいのか分からなくなった。 そんな様子をリポートした。 「隣の先生や教頭に怒ってもらったことで、この先生は怒ることもできない先生だと思われたんだよ。 でもこの子は掲示物を破いても、友達の作品は破かない。 荒れている行動の中から、その子の光っている部分を見つけ出すことが必要だよ」と助言する増田先生の言葉に、新任の女性は自信とやる気を取り戻していく。 校長からは「甘い」と叱責され、荒れる子どもには蹴られたり噛みつかれたりする毎日。 「だれも分かってくれない」と辛くてたまらなかったが、研究会で仲間に話を聞いてもらい、増田先生にアドバイスしてもらうことで、余裕が出てきたという。 子どもも心を開いてくれるようになった。 「学校だと、みんな忙しそうだから聞いたら悪いかなと思う時もあるけど、研究会では子どもたちのことで悩んでいる話や愚痴を気軽に聞いてもらえるし、冷静な視点で、なるほどなと納得できる鋭い助言もしてもらえる。 子どもにどう接したらいいか、という方向性が見えてきて、教師としてレベルアップしたように思います。 自信がつきました」 持ち寄った実践リポートの報告や検討も、研究会の重要なメニューだ。 教師2年目の男性は、学級通信の取り組みについて報告した。 決して上手ではないが味のあるイラストが描かれた学級通信が、全員に配られる。 増田先生はディスカッションを整理しながら、「どうして子どもたちはこの学級通信を読みたがるんだろう。 緻密でないところがいいんだよな。 通信を通じて、子どもたちは友達に対する新しい発見がある。 子どもと先生が紙面から感じられる。 頑張ることを強要していないのに頑張る気にさせるよな。 共有関係をつくり出しているんだよ」とアドバイスした。 参加者はうなずきながら、熱心にメモをとる。 増田先生は、参加者の教師を決してけなさない。 いいところをすくい上げるように評価してほめる。 その上で、「こういう視点を持てばもっと豊かになるよ」と具体的に助言する。 その一言で、悩みや不安を抱えていた新人教師の顔は明るく輝く。 「初任研では、いかに教師として力がなくてダメか、新人を徹底的にけなして指導する。 そして、『ずいぶん力がついたじゃないか』と教育委員会の方針に沿った教師像を植え付けていくんですね。 そんなやり方でまともな教師が育つわけがない」 埼玉県教職員組合の贄田教秋書記長は、「必要な研修はすべきだろうが、授業や教室の中で力量を高めるような工夫こそ大事なのではないか」と指摘する。 「そもそも教師の仕事というのは、子どもに始まって子どもに還るものです。 新任教師は子どもたちと触れ合って体温を肌で感じ、失敗しながら現場で学んでいくべきなのに、初任者研修によって現場から離れてしまう。 形式的な指導案を書かされ、校長や指導教官の検閲を受けて、パターン化された教師になってしまうのが心配です」 しかも新任教師の身分はきわめて不安定だ。 採用1年目は「条件付き採用」とされ、勤務態度や適性などに問題があれば、採用を取り消されることもある。 このような「仮採用」が1年間も続くのはおかしいのではないか、採用取り消しを恐れて「もの言わぬ教師」が広がるのではないか、と教職員組合などは批判する。 また、大学在学中に現場を体験させる埼玉県教委の「インターンシップ制度」に対する疑問の声もある。 「新任教師をフィルターにかけて、教育委員会や管理職の言うことを素直に聞くかどうか査定し、従順でない者のチェックや排除に利用されかねない」と心配するのだ。 2005年度は前年度よりも参加枠を広げて、80人に増やしている。 埼玉大学の教授の1人は、「新任教師に即戦力を求めることがおかしい」と県教委の姿勢に疑問を投げかける。 「最初から上手くできる教師なんかいませんよ。 失敗しながら、おろおろしながら、怒られながら、現場で育てられてベテランになっていくのが普通でしょう」 ところがさらに踏み込んで、採用前の段階から教育委員会が独自に「実践的指導力」のある教師を養成する動きが進んでいる。 東京都は、大学4年生(公募100人)を対象にした「東京教師養成塾」を2004年度にスタートさせた。 市区町村レベルでは、東京都杉並区が社会人や大学生(同30人)を対象に「杉並師範館」を今年(2006年)4月にスタートさせる。 杉並師範館は、「気高い精神と卓越した指導力」を持ち、「わが国の歴史や伝統を尊重し、ふるさと杉並や日本を大切にする教師」を育てるとしている。 教育のプロや経済界のトップを講師に迎え、1年間にわたって学ばせてから杉並区の小学校教諭に採用する計画だが、現場は「これでいい教師が育つのか」「教育行政に疑問を持たない教師がつくられる」と懐疑的だ。 「教育が政治の道具に使われている」と批判する管理職もいる。 自分の教室で生身の子どもたちとぶつかって試行錯誤してこそ、教師は一人前に成長する。 先輩や同僚が助言し合い議論することで、教師集団は「問題を共有する」ことにもなる。 「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」の真骨頂だが、そのためには、職場の仲間と語り合う時間と自由な雰囲気が欠かせない。 今の学校現場が最も必要としているものだろう。 教師が授業と子どもたちに専念するためには、自由でおおらかな職場環境が必要だ。 教育行政と管理職のやるべき仕事は、教師が仕事をしやすいような「環境整備」をすることではないだろうか。 初出掲載(月刊「世界」2006年4月号) =雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。 【メモ】このルポルタージュは、単行本「教育の自由はどこへ/ルポ『管理と統制』進む学校現場」(現代人文社)に収録されています。 (C)池添徳明(いけぞえのりあき)2006年 「ルポルタージュ」のインデックスに戻る フロントページへ戻る ご意見・ご感想はこちらへどうぞ この投稿を読んでびっくり仰天。 日本の先生の人権が無視されていると感じ、 かつてアメリカの公立高校で数学の教師だった私の意見を述べてみます。 私の先生第一年目は、生徒からのいたづら、いじめ、騙しなどに悩まされどうしでした。 そんな時いつも助けて励ましてくれたのは校長や副校長と同僚の先生方でした。 私の高校(生徒数900名以上)では、校長から先生まで全員が団結して生徒に対抗してい ました。 生徒に関係する問題は、規則違反をした生徒が悪いという考えで一致していました。 生徒の父兄から先生への苦情は、全て副校長が窓口になって対処、それでも先生側の説明が必要な場合に限って、先生の暇な時間を選んで、父兄、先生、副校長の三者会談を 開きます。 先生の勤務時間は朝8時から4時までの8時間。 内訳は授業が5時間、授業の準備に2時間、昼食1時間だった。 が、これだけで済むわけがない。 学校側もそれをよく理解していて、授業以外の仕事を求めるときには、先生の同意を得ない限り強制することはしません。 米国は各学校区に採用権があります。 先生が学校や嫌で辞めても、他の学校区で先生として再就職が簡単にできます。 毎年夏休みになると各学校区で先生の求人広告が多く見られるのはこのせいです。 先生の自殺者があるなんてアメリカでは想像できません。 日本の教育制度は先生個人の人権を養護するためにも、優秀が人材を確保するためにも、先生のための教育制度の大変革が必要だと痛切に感じる次第です。 あああ、すべて安倍政権、日本会議のせいですね。 基本管理職、校長、教頭は、国旗掲揚、国歌斉唱、これを推進する人間でないとなれません。 日教組なんかに入っていると管理職になれない。 今、70代の両親が元教員だったので言えますが、昔は先生は、17時18時に家に帰れました。 発表会とか研究会とかに所属しているかクラブ活動を熱心にしている先生以外はそれなりにゆとりある職場でした。 こんな新人が自殺する環境でなかった。 日教組に力があればそれなりに教職員を守ってこれたのです。 ですが、日教組が力を無くし、政府の犬の管理職がのさばるとこの有様。 パワハラが横行し自殺者続出。 辞めればいい話ですが、安定した職場、昔からの夢とかが絡むと、辞めるより自殺を選んでしまうんでしょうか? まあ、日本会議が力を無くせば自殺も減りますよ。 新任教師は教科の授業で精一杯なのだ。 いきなり学級担任を持たせるのは、その時点での新任教師の持っている能力以上を要求することで、対応出来ぬものが出て当然である。 理想を言えば中学校の場合、まず1年の副担任でスタートさせ、その生徒たちが卒業するまでの3年間副担任として先輩教師の学級指導や学習・生活指導を見て学んでいく期間を与えるのが望ましいが、現実ではそうも行かない場合があるだろう。 しかし最初の1年は副担任でスタートさせるべきだ。 その1年間で、理想的に考えていた教師と言う職業の実態を知り、それに対応していく術(すべ)をいくらか身に付けることも可能になる。 力を発揮できぬまま、教師をやめる者が出てくるのは国の損失だ。 人は死ぬ。 いつか必ず死ぬ。 で、「自殺」は、この死因の中でそこそこ上位にある。 日本の自殺率は先進国中の上位にあり、といった話は、ここの主題でない。 新社会人くらいの年齢の死因として、自殺はありふれた死因であるという単純な常識をまず確認しておきたい。 その常識の上に、新人教員が10年で、全国で、20人が自殺と言う数字をどの様に評価するのか?それはそんなに多く、悲惨な数字なのか? 個別の案件はいろいろ評価すべきだろう。 しかし全体として、教員という職業がそんなに悲惨と言えるのか? 教員の平均自殺率は日本人に平均をはるかに下回る。 教員の自殺よりも、教員に自殺に追い込まれた児童生徒の方がはるかに多い。 しかも教員界は、立場の弱い人間、新人教員だけでなく、児童生徒の自殺への追い込みも、隠蔽工作当たり前の世界である。 まず、何を問題にするべきか。 よく考えるべきだろう。

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