あとまで見る人ありとは、いかでか知らん 説明。 わけではない と わけでもない、がどんな区別があるですか

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あとまで見る人ありとは、いかでか知らん 説明

本作は高校ラグビーを舞台に、頭脳派の遥馬理久(はるまりく)と肉体派の狩矢 光(かりやあきら)という正反対な2人の男子高校生を中心とした物語を描いていく青春群像劇。 現在月刊コミックジーン(KADOKAWA)にて、コミックも連載されている今注目のタイト ルです。 放送を直前に控えた今回、遥馬理久役の阪本奨悟さんと狩矢 光役のKENNさんに、物語やキャラクターの魅力などをうかがいました。 物語(公式サイトより) 未来がみえないまま高校に入学した遥馬理久は、グラウンドでふと目に入った、野生の獣のような動きに目を奪われる。 誰よりも高く跳び、早く駆け、トライを決める。 狩矢光 がプレーするのは、かつて理久が諦めたラグビーだった。 粗削りな走りに、思わずアドバイスをする理久。 その言葉で理久の中にあるラグビーへの熱を感じ取った光。 頭脳<タクティクス>と肉体<フィジカル>、2人の出会いによって、理久の未来を新たな光が照らし始める…• KENNさん:初めてラグビーを題材にした作品に関わらせていただくんですが、出演が決まってとてもうれしかったです。 ラグビーは難しいスポーツという先入観があったんですが、知らない人でも深く知りたいと思えるような作品になっています。 チーム内の人間関係、絆や確執があるなかでみんなで1つの目標に向かっていく、熱い気持ちがこもっているなと思いました。 阪本奨悟さん(以下、阪本さん):僕もラグビーに関して知識がなく、漠然と屈強な人がやるイメージで、縁遠いスポーツなのかなという印象でした。 でも原作を読んだら用語なども熱くわかりやすく説明されていて、親近感がわくし、自分もやれたら楽しそうだなと感じました。 実際の競技も、観てみたいです。 ラグビーを知らない方にも楽しんでいただけるアニメだと思います。 KENNさん:観ている人を置いていかないよね。 KENNさん:まだ試合はやっていませんが、ときおり出てくるラグビー用語に「どういう意味だろう?」と引き付けられます。 阪本さん:序盤は練習シーンがメインなんです。 舞台の蒼嵐高校は強豪校ですが、金髪の人がいるなど個性的な人物が多いです。 KENNさん:でも、個々の能力は高いんだろうね。 その歯車をどう合うようにしていくか、その過程が楽しい状態です。 駆け引きや価値観の違いと、人間ドラマがおもしろくて、スッと入れる感じですね。 いろいろな人物に影響を与える、理久というキーパーソンが入ることで、どういうケミストリーが起こるのか期待してください。 そんなとき理久からアドバイスをもらい状況が劇的に変化したことで、彼をラグビー部に勧誘します。 光は理論的に考える左脳系よりも、直感を大事にする右脳系という印象が強いです。 理屈より先に体が動いてしまうタイプで、自分の納得したことしかやらない潔さが魅力ですね。 阪本さん:理久は光と対照的で、理詰めで物事を判断していきます。 彼はラグビーで挫折を経験していますが、光との出会いに感化されてもう1度挑戦します。 表にはあまり出さないですが、メラメラとした熱い闘争心を持っているキャラクターです。 KENNさん:光も達観したところがあり、理久が熱くなると光が冷静になるなど、2人はお互いにない部分を担い合っている関係。 ただの頭脳派と肉体派というだけでなく、ときおり立場が逆転するのもおもしろいです。 KENNさん:サラダや、肉をムシャムシャ食べる野性味は僕にもありますね 笑。 理論よりも感情なので、どちらかと言えば光タイプ。 阪本さん:僕は、理久タイプです。 KENNさん:ナイスキャスティングですね。 阪本さん:理屈というか、筋道を気にしてしまいます。 細かいことを気にしてしまうし、根に持ったりします 笑。 KENN:言い方 笑。 細かい気配りができるということですよ。 あと、それが芝居に出ていますよね。 理久は感情が大きく出るキャラクターではないので、心の機微を細かく表現しなければいけないのですが1話目から阪本さんはできていてすごい。 しかも声のお仕事をまだそんなに経験していないと聞いて、お兄さんびっくりだよ。 阪本さん:ありがとうございます。 あと理久と似ていると感じるのは、彼が挫折を味わったように、僕も自分を見つめ直すために役者を一度ストップしていた時期があることです。 理久が光と出会ったように、僕も音楽に出会ってそこにやりたいことを見つけ、今となってはその経験が役者や声優の仕事へと繋がってます。 彼ほど天才肌ではありませんが、歩んできた道は重なる気がします。 KENNさん:それは、僕もです。 お芝居を勉強した経験がなくて、先輩に教わったり、実践経験を積みながら我流でやってきました。 強くなりたい、上手くなりたいけど、どうすればいいのかという光の気持ちがわかります。 KENNさん:ふわっと優しい感じの小熊景太君が好きです。 演じている高橋英則さんも長身でおっとりとした方で、収録現場で筋トレ講座をしてくれています。 スポーツものの作品ということで筋トレ器具を買って収録前や休憩中にトレーニングしているんですが、コンディションがいいです。 現場のチームワークもいいですね。 阪本さん:途中から、高橋さんがトレーナーに見えてきます 笑。 僕は宝立くんと翔谷・ピアーズ・ヴァレンタインくんが、今後どうなるのか気になります。 宝立くんはラグビーをはじめたばかりで強力な選手というわけでないですが、物語が進むなかで重要になっていったらおもしろいと思っています。 翔谷くんは未知数ですよね。 KENNさん:どこまで本気かわからないよね。 タクティクスが重要という話をしているのに、「フィジカルがよければよくない?」と言ってのけるような。 マンガでも表情が読めないシーンがあります。 アニメとマンガで展開が少し違うので、どこがどう変わっているのかも気になるところです。 ご自身がチームプレイをするうえで、大事にしていることはありますか? 阪本さん:KENNさんは、いろいろ考えてくださっている気がします。 KENNさん:何も考えてないですよ、といったら言い過ぎか 笑。 最後に視聴者に届くときに、どうなるかが大事だと思っていて、そのためのプロセスを考えます。 アニメで演じるのは僕の声ですが、表情の芝居はアニメーターさんがつけてくれます。 たくさんの人たちによって1人のキャラクターが作られているので、ディスカッションは綿密にやりたいですし、そのためのコミュニケーションがとれるように心がけています。 阪本さん:僕は慣れない現場だと緊張して頭がいっぱいになってしまうので、緊張しないように楽しんでやるようにしています。 KENNさん:声優は台本を読む、画面を見る、ノイズを出さないなどいろいろなことを考えるからね。 それに慣れるのも大事なこと。 阪本さん:慣れるのにまだ精一杯な部分もあるんですが、声を発したときに気持ちが乗っていないと観ている方の心を動かせないのかなという思いがあります。 自分の演じていない時もできるだけ思いを繋いで、みんながいるから大丈夫だという安心感を持ちたいですね。 そういうチーム感は、画面を通じても伝わると思うので大事にしたいです。 KENNさん:ラグビーを知らない方でも、「こういうことなんだ」と思っていただける作りになっています。 メンバーそれぞれの想い、個人の目標、さまざまな考え方があるなかでチームとして向き合い、勝っていく様子をていねいに描いた青春物語です。 ぜひ、観ていただきたいです。 阪本さん:ラグビーは光のような選手も理久のような選手も大切で、いろいろな選手が1つになって勝利を目指すチームプレイの競技です。 チームプレイは、僕らのような仕事や一般企業、学生生活にも通じるものがあり、共感できるポイントもいっぱいあると思います。 ラグビーを知らなくても感動してもらえると思うので、肩の力を抜いて楽しんで観てください。

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A ベストアンサー 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか? ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、 私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。 「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。 これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。 1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。 」 2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。 」 1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。 2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。 1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。 」 2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。 」 これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。 2は素直な人が話しているなら単なる並列。 ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。 とまあ、こんなところです。 前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。 色々な回答がつくといいですね。 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか?... Q 私は中国人で、日本語を勉強中です。 「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。 皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。 中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。 疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。 また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。 「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。 「を通じて」 1.秘書を通じて社長との面会を乞う。 2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。 3.テレビを通じて広告をする。 4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。 「を通して」 1.書物を通して世界を知る。 2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。 3.仲人を通して娘の縁談を進める。 4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。 どうか、よろしくお願い致します。 私は中国人で、日本語を勉強中です。 「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。 皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。 中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。 疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。 また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。 「を通じて」の「一年を... A ベストアンサー 他の方(No. 4の方)にもお答えいただいて、よかったです。 私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。 2でも少し書きましたし、No. という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に) 意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。 (でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。 ) なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。 ・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。 医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない( 4のご回答でも指摘がある。 ) ・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。 更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。 私なら、もっと軽い感じに、 「実践的な臨床経験を積み重ねる。 」 「臨床経験を積み重ねる。 」 「臨床の経験を重ねる。 」 「臨床の実践経験を積む。 」 などなどでもよさそうに思います。 4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、 2と 4は、似ているようです。 改めて、いくつか意見を述べておきます。 一つ目は、 「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、 「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、 ということです。 (短めの漢語は、中間。 ) 二つ目は、 「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。 「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、 もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。 三つ目は、 「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。 「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。 四つ目は、 「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、 「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。 これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。 改めて考えても、 2 3も、 4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。 4では >「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの 3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.) とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。 3では >「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、 >(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。 ) >具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、 >ということです。 の 「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」 というのは、"単なる" に意味の重点があって、 「秘書に重きをおかない」という意味です。 ところで、質問では、 「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。 中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。 」 とありますが、 この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。 他の方(No. 4の方)にもお答えいただいて、よかったです。 私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。 2でも少し書きましたし、No. という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に) 意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。 (でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど... A ベストアンサー 格助詞「に」と「と」の違いですね。 この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。 「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。 「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」 「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。 「すったもんだの末、結局彼が村長となった。 また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。 動詞には「んじゃない」で接続する方が多いとおもいますが Aあのみちをまっすぐ行くじゃない。 Bあの道をまっすぐ行くんじゃない では意味がちがいます。 Aはあのみちをまっすぐいくと 意志 推定の要素が強い Bはあの道をまっすぐ行くのではないかしら 仮定 推量の要素がつよい。 兎に角例文を沢山作って類推する様にされたらいかがでしょうか。 、 例えば 笑うじゃない 笑うんじゃない どちらも推量の意味のだとおもいますっが、んじゃないの方が柔らかい言い回しだと思います。 A ベストアンサー 通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、 助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。 (*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞 唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。 ------------------------------ ~くらい・~ぐらい 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」 などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。 以前は,次のような使い分けが行われていた。 1 体言には「ぐらい」が付く。 2 「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。 3 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。 〈例〉10歳ぐらいの子 ------------------------------ 以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。 手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。 「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。 (*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡 『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。 ---------------------- 結論として、 伝統的には使い分けがあった。 現代語ではどちらを使っても間違いではない。 というのが、事実上の正解でしょう。 現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。 年代差や地域差もあるかもしれません。 ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。 seesaa. html 「くらい」の清濁 2006年03月09日 「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。 通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、 助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。 (*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞 唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。 ------------------------------ ~くらい・~ぐらい 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」 などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。 以前は,次のような使い分けが行われて... A ベストアンサー ご質問の例文は、みんなヘンな日本語です。 その例文の「次第」は、下の辞書の最後の接尾辞 3 の使い方と同じように見えますがヘンですね。 「次第」という言葉は、100%「続いてすぐに」ということではありません。 「次第」という言葉には、辞書の他の個所に出ているように、物事がたどった「道筋」、「事情」、「いきさつ」という意味があります。 「次第」いう言葉は、順番、順序という意味から、「理由」や「一部始終」のような意味まであります。 そういうことですから、「続いてすぐに」という意味のところは、みんな「次第に」してもよいと、思うと大間違いです。 少しでも事情説明のような形の文になっていないと合いません。 ですから、 「風呂に入り次第寝ました」というような文はヘンなのです。 このような文には「次第」という勿体ぶった言葉は合いません。 「風呂に入りすぐに寝ました」でいいのです。 まあ、次のような感じになります。 Goo辞書 【次第】しだい =============================== (名) 1 順序。 いきさつ。 七五・返句・七四、または七五の句から成り、多くは脇役の登場第一声として謡われ、役の意向や感慨を述べる。 また、曲中で曲舞 くせまい や乱拍子の序歌として謡われることもある。 4 順序を追ってすること。 順序よく並べること。 その例文の「次第」は、下の辞書の最後の接尾辞 3 の使い方と同じように見えますがヘンですね。 「次第」という言葉は、100%「続いてすぐに」ということではありません。 「次第」という言葉には、辞書の他の個所に出ているように、物事がたどった「道筋」、「事情」、「いきさつ」という意味があります。 「次第」いう言葉は、順番、順序という意味から、「理由」や「一部始終」のような意味まであります。 そういうことですから、「続いてすぐに」という意... A ベストアンサー こんにちは。 以前書いたもののコピーですが。 4 V-てから 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という 意味合いがあります。 ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、 「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の 場合は、「~てから」の方がぴったりします。 買物をしてから、映画を見ました。 これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。 歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き ますか。 見てから読むか、読んでから見るか。 ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。 切符を買ってから中に入る。 ちょっと口をすすいでから歯を磨く。 準備運動をよくしてから、泳いでください。 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。 これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす るのでは無意味な場合です。 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。 夜が明けてから人家を探そう。 (?あとで) 秋が来てから、急に人通りが多くなった。 占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。 最初の文明が生まれてから1万年。 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。 「~のN」の形にもなります。 乾杯は会長が来てからだ。 起こすのは医者が来てからでいい。 そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。 まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。 入会金を払ってからでないと、アクセスできません。 それから、「Aのあと今まで に 」「A以来ずっと」の場合も「~てから」 が使われます。 勉強を始めてから、多くのことを学びました。 生れてから、ずっとこの町に住んでいます。 パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。 「AてからBまで」の形にもなります。 小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。 小学校に入ってから大学を出るまでの16年間 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。 来てからは/も 来てからさえ も 来てからより も ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。 こんにちは。 以前書いたもののコピーですが。 4 V-てから 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という 意味合いがあります。 ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、 「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の 場合は、「~てから」の方がぴったりします。 買物をしてから、映画を見ました。 これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。 歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝... A ベストアンサー 使い分は、慣用によるところが大きく、明確なルールがあるとは言えません。 大まかには次の使い方でいいと思います。 「代だい」 何かと交換に支払う(または、受けとる)お金を表わす。 商品(経済的に価値のあるもの)に対して支払う金額であることが多い。 電話代、バス代、ガソリン代、部屋代、電気代、ガス代、お茶代、バイト代 「料りょう」 何かの利益(サービスなど)を受けた(または、与えた)ことに対して支払う(または、受けとる)お金を表わす。 あらかじめ決まった一定の値段である場合が多い。 使用料、レンタル料、入場料、紹介料、授業料、送料、サービス料、延滞料 「費ひ」 (自分または相手が)何かをするために必要なお金を表わす。 支払わなければならない(または、用意しておかなければならない)お金という意味合いがある。 医療費、教育費、交通費、学費、会費、生活費、食費、交際費 「賃ちん」 労働や借りものに対して支払うお金を表わす。 家賃、電車賃、手間賃、運賃、船賃 借賃 会社での使い分けはこれまでの慣用に従うしかありません。 電話代でも電話料でもどちらがあっているということはありません 今まで電話代であればこれからも電話代でいいと思います。 使い分は、慣用によるところが大きく、明確なルールがあるとは言えません。 大まかには次の使い方でいいと思います。 「代だい」 何かと交換に支払う(または、受けとる)お金を表わす。 商品(経済的に価値のあるもの)に対して支払う金額であることが多い。 電話代、バス代、ガソリン代、部屋代、電気代、ガス代、お茶代、バイト代 「料りょう」 何かの利益(サービスなど)を受けた(または、与えた)ことに対して支払う(または、受けとる)お金を表わす。 あらかじめ決まった一定の値段で...

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古典について教えてください 九月二十日のころ本文九月二十日の...

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人間関係がうまくいかないと感じることはありませんか?伝えたいことが伝わらない、仲がいいと思っていた人との距離感を間違えて気まずくなった、信頼していたのに裏切られた~なんて経験をしていませんか? 人間関係は、自分と相手の心を通わせ、心にある思いを言葉・しぐさや表情などの非言語的なメッセージで相手に伝えようとする行為だから、難しいと感じる人が多いのもうなずけます。 内心にあるものを表現しようとするわけだからまさに難しいし、すれ違いも起きやすいです。 でも、人間関係にも秘訣があります。 コツを覚えておけば、うまくなれます。 この記事では人間関係がうまくいかない人の特徴や性格、人間関係がうまくいかない原因、そして一番気になる、その対処法をご紹介していきます。 借りが作れない人、つまり、素直周りに頼ったり甘えたりできない人は人間関係がうまくいかない傾向があります。 これは、信頼関係を結ぶにはいわゆる「貸し借り」が必要だからです。 相手にお世話になったら、次の機会に代わりに相手に何かをしてあげて、お返しをします。 結婚祝いをもらったら、内祝いを贈ります。 こういう「貸し借り」の習慣は、私たちの日常生活にあふれています。 一見ただの形式に見えますが、こういった慣習は実は人間関係や信頼関係の構築に大いに貢献する行為です。 こういう行為で、相手を信頼できることが互いに証明されます。 自立心が強いのは悪いことではないですが、相手に借りができるのを嫌がって、甘えられずにいると、相手は自分を信頼できません。 信頼がないと、人間関係もうまくいきません。 人間関係には「コスト」と「報酬」のバランスはとても大切です。 「コスト」とは、自分が相手に対して我慢していることやしてあげていることを指します。 一方、「報酬」は自分が相手にしてもらっていること、相手との人間関係を持つことで得ているものです。 「コスト」と「報酬」は、バランスがとても大事で、どちらかが大きすぎると、人間関係が崩れる原因になります。 相手は優しくないのに、自分が我慢したり世話したりばかりしていると、不満になります。 一方、自分は相手にあまり尽くせていない立場で、贈り物やお世辞など相手からたくさんの好意をいただくと、これも気持ちよいものではありません。 相手にお世話になると、お返しがしたくなります。 それができないと、関係が対等ではないと感じ、自尊心は打撃を受けます。 バランスが悪いと、人間関係がうまくいきません。

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