皇室問題 ブログ。 皇室問題:眞子様ってどんな人? — 井上 孝之

天皇皇后両陛下生活困窮者への影響ご進講 家を失うというのは大変ですね

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眞子さまと小室圭さんの婚約が暗礁に乗り上げている。 問題の核心は、世間に知れ渡った「400万円の借金」ではなく、皇室特権の利用と、反社会勢力との繋がりにあることがわかってきた。 この婚約に、なぜかくも多くの人々から反対の声があがるのか、「国民の不安」をまとめた。 [ 国民の不安その1 ] 結婚生活を支える経済基盤はどこに? 眞子さまと小室圭氏の婚約内定が発表されたのは2017年9月。 その後2018年2月に延期が発表され、2年余が経過した2020年3月現在も解決する気配がない。 パラリーガル(弁護士事務所の事務職員)だった小室圭さんは特別待遇で米国のフォーダム大学に留学しており、卒業する2021年まで経済的自立はままならない。 しかし、報道によれば、眞子さまは「結婚」への固い意思が全く揺らいでいないという。 結婚の自由は眞子さまにもあって当然だが、結婚生活を支える経済基盤はどうするおつもりなのか。 結婚を認めたいお気持ちもあると伝えられている父親の秋篠宮さまは、経済面についてはどうお考えなのか。 もしや女性宮家に期待しておられるのだろうか。 あるいは、皇族としてのロイヤルマネーや、さまざまな特権が使えるため、経済的自立の心配など不要なのだろうか。 国民の多くがこの結婚に反対の声を上げているが、皇室特権や血税をアテにしての結婚ではないかという疑念が拭えないことも、その大きな理由の一つだろう。 (注1) [ 国民の不安その2 ] 小室氏の留学費用はどこから? 小室圭さんの留学にかかる費用は、年間5万500ドル(約660万円)の学費に加え、寮生活費や教科書代が年間300万円を超える。 400万円の金銭トラブルを解決できずに窮地に陥っている小室家は、年間約一千万円に及ぶこれらの費用をどう捻出したのだろうか。 約660万円の学費は、フォーダム大学の奨学金 Martin Scholarship で、全額免除されている。 この奨学金は返済不要の給付型で、受けられるのは法曹学部出身者限定、かつ類まれな業績を持つ人に限定されている。 法学部出身ではないうえ、パラリーガルでしかない小室圭さんが、給付の要件を満たしていないのは明らかだ。 皇室特権が働いたとしか考えようがない。 生活にかかる約300万円は、小室圭さんが勤務する都内の法律事務所が支援している。 この法律事務所の所長は秋篠宮さまが名誉総裁を務めるWWF(世界自然保護基金)ジャパンの理事を務めており、懇意の仲という。 弁護士事務所がパラリーガルに年間300万円を支援するというのはあり得ない話なので、秋篠宮家からの働きかけで小室氏に特別待遇がなされたものと推測するしかない。 (注2) [ 国民の不安その3 ] 闇マネーで描いた青写真「婿は国際弁護士」 ところで、小室さんのフォーダム大留学はいつ決まったのか? 秋篠宮夫妻は留学について何も知らなかったと、まるで被害者のようにマスコミは報じているが、そんなはずがないと切り込むのは、元宮内庁職員を名乗り、ブログ「皇室是々非々」を運営する小内氏(仮名)だ。 秋篠宮夫妻は小室さんのフォーダム大留学を知っていたし支援もしていたことを、次の記事で論証している。 つまり、2017年8月前に留学はすでに決まっていたはずで、その頃は小室家の醜聞はまだ発覚しておらず、秋篠宮家と小室さんは蜜月状態にあった。 秋篠宮夫妻が留学について知らなかったはずはないと小内氏は指摘する。 ちなみに、フォーダム大学の奨学金申請の締切りは2018年2月1日だった(注3:同大該当ページURL参照)。 小室氏は事前に申請書類を準備していたはずで、このとき日本の皇族の婚約者であることを伝え、それを証明するなんらかの書類を添えていただろう。 それがなければ、給付要件を満たさない小室氏が破格の奨学金を得られるはずはないのだから。 真子さまの発表文書も重要証拠に 小室家のスキャンダルが発覚して婚約延期が発表されたのは2018年2月だが、この時すでに皇室特権によってお膳立てされた留学は決まっていたことになる。 同大から奨学金を得ることも、法律事務所から支援を受けることも。 小内氏は、婚約延期に際して真子さまが発表した文書もその証拠になるという。 文書には次のように書かれている。 昨年5月,予期せぬ時期に婚約報道がなされました。 このことに私たちは困惑いたしましたが,結婚の意思を固めていたことから,曖昧な状態を長引かせない方がよいとの判断をし,当初の予定を大きく前倒しして婚約が内定した旨を発表することにいたしました。 もし、スクープされることなく予定通り進んでいたら? どのような青写真が描かれていたのだろうか。 小内氏は、こう結論付けている。 「眞子さまは、小室圭さんを国際弁護士に箔付けしてから結婚発表しようとしていた。 その留学資金は秋篠宮家から出ている」と。 国際弁護士に箔付けしてからの婚約発表は、NHKのスクープと小室家のスキャンダル発覚により頓挫した。 同時に、秋篠宮家が皇室特権を用いて小室氏の留学をお膳立てしていたことも露呈したわけである。 その青年を長女の婿に迎えるということも。 「それのどこが悪いの?」という眞子さまの嘆きが聞こえるようだ。 なぜ悪いのか? 皇族であるから(その資産は税金であるから)と答えるのは、国民としても辛すぎる。 たとえ皇族であっても、隠し事をせず、等身大の小室圭さんを国民に紹介し、理解を求めていたら、留学支援について反感をかうことはなかったかもしれない。 実際、小室圭さんが早くに父親を亡くし、母親が女手一つで育ててきたことに共感する声も、国民からはあがっていたのだ。 裏口入学の闇、女性宮家狙いの闇 しかし、小室圭さんは等身大では紹介されなかった。 隠されていた実像が明らかになるにつれ、これまで秋篠宮家がやってきた裏口入学や怪しい博士号など、皇室特権で行われた粉飾の数々を思い出した人も多いに違いない。 秋篠宮家と懇意のNHKが、その意に反してスクープすることなどありえないからだ。 また、次項で述べる小室佳代さんの醜聞が本当なら、等身大の小室さんは「400万円の借金」などとは異なる次元で、国民が受け入れることは難しい。 眞子さまと小室圭さんの婚約は、心温まるエピソードでは終わりえない、国民が祝福するにはあまりにダーティなものが絡んでしまっている。 また、その副産物として、秋篠宮さまは家庭内問題さえ解決しようとする気力・能力をお持ちではないことが国民に知れ渡ってしまった。 (注4) [国民の不安その5] 小室佳代さんと 「元暴力団関係者」との繋がり 小室圭さんの実家の話は週刊誌で詳しく報道され、国民を不安に陥れた。 その国民の声を無視できず、婚約延期にまで発展した。 報道で最初に浮上したのは、母親の小室佳代さんの金銭トラブルだったが、次いで小室さんの父親と祖父母の死因に及んだ。 これまでの報道を要約すると、次のような経緯だ。 父親の敏勝さんは2002年3月、小室さんがまだ10歳のときに38歳という若さで自死を遂げた。 長男の若すぎる死を嘆き悲しんだ敏勝さんの父親は、その1週間後に自死した。 そのショックからか、敏勝さんの母親もまた、1年ほど後に亡くなられた(自死か病死かは不明)。 ここまでの話でも国民は大いに動揺したのだが、その後、さらに決定的な報道がなされた。 佳代さんの代理として遺産相続の話に乗り込んできた知人男性は「元暴力団関係者」だったというのだ。 さらに今年1月、ダメ押しともいえる衝撃的内容が公開された。 元宮内庁職員を名乗る小内氏(仮名、前出)がブログ「皇室是々非々」に綴った次の記事である。 (記事URLは脚注4参照) >小室佳代さん「黒い交友関係」反社勢力に「皇室」が乗っ取られる危機 この記事によると、秋篠宮夫妻は当初、小室圭さんを信頼し太鼓判を押していた。 しかし、その後発覚した金銭トラブルについて十分な説明もないままアメリカに留学してしまったため、遅まきながら宮内庁に身辺調査を依頼してこられた。 宮内庁は関連企業を通して興信所・探偵事務所などに調査を依頼。 その結果、もっとも問題になったのは、小室佳代さんの交際関係だったという。 長年の「戦友」、別れた「同居人」とも元暴力団構成員 この記事に記載されている「佳代さんと交際があった2人の男性」のプロフィールは、次の通りだ。 元山口組系二次団体の構成員。 恐喝、特殊詐欺で逮捕歴あり。 背中には登り龍の入れ墨。 佳代さんとは20年来の「戦友」であり、たとえば小室本家で圭さんの祖父母が亡くなるや、佳代さんの代理人として本家に乗り込み、大声をあげたり睨みをきかせた。 毎晩、高級寿司の出前を注文し、すべて本家に支払わせていた。 遺産分割の話し合いでは、圭さんに現金や証券など可処分遺産が相続できるように要求した。 元稲川会系二次団体の構成員。 児童買春、恐喝、窃盗、詐欺で逮捕歴・懲役歴が複数あり。 夫が亡くなるや半年も経たないうちに佳代さんと同居していた。 同棲していた当時は、彫金師が本職との触れ込みだったが、実際には偽ブランド品の転売で日銭稼ぎをしていた。 佳代さんとの仲が悪化するやAさんに追い出される。 にわかには信じ難い話だが、宮内庁が調査した結果わかったこととして、元宮内庁職員を名乗る人物が執筆し公開しているという事実は重い。 もし事実でないとすれば、宮内庁はその責任において、このような記事を看過することはできないはずだ。 この話が事実であるとすれば、眞子さまと小室圭さんの結婚を認めるということは、このような黒い背景をもつ家と、秋篠宮家が姻戚関係になるということだ。 いや、秋篠宮家のみならず、三笠宮家も高円宮家も、そして天皇家も、親戚ということになってしまう。 それは、たとえ眞子さまが皇室から離れたうえで小室圭さんと結婚したとしても変わらない。 小室家を通し「弱みを握られている」可能性 さらに案じられるのは、秋篠宮家は、小室圭さんに「弱みを握られている」のではないかと囁やかれていることだ。 国民の目から見ても、「闇(隠された不都合な事実)」が多いと見えて仕方がない秋篠宮家である。 眞子さまの恋人、将来の婿殿として、親密な交際を続けてきた5年の間に、その闇の一つや二つが小室圭さんを通じて母親の佳代さんに、そして交際がある元暴力団関係者に漏れ伝わっていても不思議ではない。 それを世間にばらすと脅されたら? 小内氏のブログ記事タイトルは、「 反社勢力に皇室が乗っ取られる危機」とセンセーショナルだが、大げさではない可能性を否定できない。 ネットでは、眞子さまの結婚に反対するだけでなく、秋篠宮家は一家そろって皇室離脱すべきという声が絶えないが、ここまでの不祥事を黙過し、向き合って解決する気力・能力が秋篠宮夫妻にないとすれば、それも仕方がないことかもしれない。

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皇室問題:眞子様ってどんな人? — 井上 孝之

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通院中に ネットで皇室関連の記事を読んでいると 現代の(じんしんのらん)の様で 「皇室の今そこにある危機」では、ないかと思ってしまいました! 週刊誌でも 皇太子殿下や雅子妃殿下のバッシング記事が、書かれているそうですが、 ネットでは、皇太子殿下に対して 「ご退位なさいませ。 」とか 皇太子殿下の弟君 秋篠宮殿下を次期天皇にと持ち上げたりといった 記事やコメントを目にしたりしましした。 昔の世であれば 兄弟で戦となってる様な状況ですが、今は、 一部の国民がネット上で 皇太子派と 秋篠宮派に 分かれ批判したり 擁護したり 持論を展開して 戦をしている様です。 なぜこういう状況になってるんでしょうか? 一番の原因は、雅子妃殿下が、 お世継ぎを生むことが出来なかったのが、事の 発端となってるような気がします。 その事から 皇太子のお子様は、 女の子「愛子内親王」お一人で 皇室典範では、 将来天皇としては認められない。 その為 小泉政権のときに女性天皇を認める為の皇室典範改正が、進められていましたが、 タイミング良く皇太子殿下の弟君 秋篠宮殿下に長男が、お誕生になられました。 ホントこれは、 ドラマか映画を観ている様でした! この事で 女性天皇問題は、下火になりあまり 公で議論されなくなりました。 雅子妃殿下は、男子を出産しなくてはならないというプレッシャーや 皇室の慣れない習慣などから 適応障害という病気になられたのかなと 推察していましたが、 皇太子殿下が、平成16年 「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあった」という 発言をなされている事から 雅子様と宮内庁の間で何か問題でも起きていて それが、ご病気の一番の原因になったのかな? その 病気のため皇室関連行事に出席される機会が、減り雅子妃殿下への批判へと繋がっているかの様です。 その 批判が、雅子妃殿下以外に 雅子妃殿下のご実家や 皇太子殿下にまで 飛び火してしまった様に見えます。 この様な 批判を浴びている雅子妃殿下は、実際に 週刊誌やネットに書かれている記事を読まれてるとしたら 適応障害の他にも精神的にも病んでしまわれるのではと とても お気の毒に思います。 今の 今上天皇陛下や 美智子皇后陛下も 皇太子・皇太子妃時代バッシングをされて 今の地位に就かれていますので 天皇陛下・皇后陛下になるためには、通る道なのかもしれません。 ただ 昔は、週刊誌の記事だけのバッシングでしたが、 今はインターネットも加わっていますので今の方が、とても キツイと思います。 そこで 一番心配することが、 将来天皇となられる秋篠宮殿下長男の悠仁親王のご結婚の事です。 庶民的な考えをすると その前に 悠仁親王のお妃になられる候補者の事が心配です。 今の様に 皇太子妃雅子妃殿下のバッシングやそのご実家へのバッシングなどを見てこられた 将来の悠仁親王のお妃候補となられるご家族は、 今繰り広げられている様なバッシングが、わが身や娘にも降りかかるのではと 尻込みして お妃候補を辞退し 悠仁親王のお妃が、なかなか決まらないという事にならないかと心配してしまいます。 一番最初にこのようなバッシングを始めた人は、誰なんでしょうか? 気になります。 でも 日本は、皇室にかかわる批判的記事でも 堂々と出版できたりネットより発信できたり誹謗中傷を書き込めたりするのですから 言論の自由が、守られた平和な国ですね。

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昨今の皇室をめぐるメディア上での議論をみていると、時代の変遷を感じざるをえない。 戦前は当然のこととして、戦後もずっと、「菊タブー」といわれ、皇室を批判的に議論することは、最大の言論のタブーであった。 皇室批判を表面だって行えば、右翼の暴力的介入を覚悟する必要があったほどである。 ウィキペディアによれば、2005年くらいまでは、菊タブー的現象があったようだが、2010年以降には、あまり起こっていない。 最初のきっかけは、雅子皇太子妃へのメディア上での批判を宮内庁が放置したことだったようだ。 当時の皇太子による「人格否定発言」があり、かなり激しい皇太子一家へのバッシングがあった。 当時の皇太子の海外訪問などに関しても、酷い評価がインターネット上に今でも残っていて、海外王室からはあきれられているというような文があふれているのだ。 その結果皇太子妃の病気が長く続き、公務等も皇太子一人で行うことが多く、バッシングは許容されたかの雰囲気があった。 しかも、秋篠宮自身による皇太子批判的言質もあった。 そして、そういう時期に皇室に関する重大な事態も進行していた。 小泉首相による、女性天皇、女系天皇を容認する皇室典範の改正論議が進んでおり、ほぼ審議会や国民的合意が形成されつつあったときに、秋篠宮家での懐妊が発表され、悠仁親王が誕生、そしてそれ以前に小泉首相の皇室典範改正の断念という事態である。 そして、これは今回、小室圭問題が国民的関心を呼ぶに及んで、天皇継承問題にまで発展している。 現在「事実上」の天皇継承者は悠仁親王一人しかおらず、将来男子が生まれなければ天皇継承者がいなくなる事態を迎え、いろいろな議論が出ている。 基本的には、女性天皇・女系天皇を認める立場と、男系天皇だけを認める立場、女性でも男系であれば認める立場などに分かれている。 女性天皇・女系天皇を容認する立場は、国民によって広く支持されており、小泉元首相によって出された答申書が既に存在する。 皇室典範改正が必要である。 それに対して、男系天皇に固執する立場は、またいくつかの立場が存在する。 現在の皇室典範による、直系男子に限る立場である。 この立場は更にいくつかの立場に分かれる。 ・敗戦によって消滅させられた旧宮家の復活。 その復活宮家の男性には皇位継承を認めるものである。 ・内親王を、旧宮家の元天皇の直系男子と結婚させ、生まれた男子に皇位継承権を認める。 しかし、いずれの立場にも大きな弱点がある。 女性天皇・女系天皇を認める立場は、悠仁親王の誕生で潰されたように、男系主義者の大きな抵抗があり、安部首相は完全に反対の立場であること。 そして、小室問題が、暗雲をもたらしている。 女性天皇あるいは女性宮家を認めると彼のような人物が天皇の夫あるいは義兄になる可能性があるのだと。 旧宮家の復活については、旧宮家の多くが消極的であり、70年も経過しているのに、「継承」という言葉にふさわしいのかという疑問が強くある。 旧宮家との結婚は、現在の自由意志による結婚という価値観に完全に反することになる。 また、たまたま自由意志による旧宮家との結婚が実現したとしても、正式に宮家として認められなければ、「男系」ということはできないはずである。 さて、もうひとつの皇室をめぐる議論に、これまでとは異なる局面がでている。 小室問題では、皇室が税金で支えられていることが強調され、もし、真子内親王があくまで小室氏と結婚したいのであれば、皇室離脱して、支度金を辞退すべきであるという議論をする者が、インターネット上では圧倒的に多い。 そして、この問題を解決することのできない秋篠宮家全体に対して、皇室離脱せよという書き込みも多数見られる。 更に注目すべき現象として、トランプ大統領接待などで、新陛下と皇后の評価、人気が鰻登りに高くなっている。 こうした複合的な論争状況が現在起きているわけである。 これはどう考えるべきなのか。 新陛下と皇后の新たな崇拝が、天皇崇拝的雰囲気を形成していくのか。 あるいは、秋篠宮批判・非難が、国民の総意にもとづく天皇家のあり方の具体化として、つまり、自由な議論の上にたつ民主的なあり方として定着していくのか、あるいは、そうした非難が、天皇制というシステムへの批判につながっていくのか、あるいは、こうした膠着した議論が解決しないまま、皇室継承者が消えてしまうことになるのか。 こうした皇室のごたごたを見ると、オランダにいたころに、オランダ王室をみたときの感想が思い出される。 1992年のいったとき、非常に驚いたのは、オランダ人の王室を見る目が、極めて経済合理性に基づいている感じがあったことだ。 王室は、オランダ国民の税金で生活しているのだから、オランダのために有益な活動をしているか、オランダ人はしっかりとみているというのである。 オランダは一般的にSPがものものしく就くことはあまりない。 女王でも数名である。 400年ぶりの政治的暗殺といわれたポピュリストのが暗殺されるまでは、政治家にはまったく就かなかったそうだ。 女王もわずかなSPと一緒に買い物にいくという光景が、テレビで放映されていた。 2002年にいったときには、ふたつあった。 ウィレム・アレクサンダー皇太子の結婚に関する話題をそうとう聞かされた。 行く少し前に結婚したのだが、かなり大変だったようだ。 というのは、マキスム皇太子妃となった人は、アルゼンチン人で、父親がアルゼンチンの独裁者ビデラ政府の農業大臣であったことが問題となったのである。 虐殺を行った政権の大臣の娘が、オランダの皇太子妃になっていいのかという、世論の反対が沸騰したのだ。 マキシマが、父は確かにビデラ内閣の大臣だったが、虐殺には関与していないと訴え、調査もそれを認めた。 そして、婚約に至ったのだが、テレビ会見で、極めて流暢なオランダ語で、会見を行い、すっかりオランダ人の心を掴んだのだと、友人はいっていた。 もうひとつは、ベアトリクス女王の夫クラウス殿下が亡くなった。 大規模な葬儀が行われたわけだが、そのクラウス殿下はずっと精神的な病を患っていたことは、オランダ人なら誰でも知っているようだ。 殿下はドイツ人で、オランダ人にとっては、ドイツ人は、占領され、苦しめられた恨みがある。 それがよりによって、ドイツの貴族が、オランダの王女と結婚したものだから、とにかく風当たりが強かったわけである。 それで精神が病んだということだが、人はいいんだけど、と多くの人がいっていた。 雅子皇太子妃が療養するためにオランダに滞在したのは、父親の赴任先であることもあるが、この皇室の状況が、自分のためになにか役に立つものをもっているのではないかと思ったからだろう。 この三つの事例は、いずれも、現在の日本の皇室と似た事情であるともいえる。 秋篠宮家に対する批判は、国民の税金で支えられていることに、充分応えていないという意識が感じられる。 以前の日本人には、あまりなかった感覚だ。 以前の雅子皇太子妃の状況は、クラウス殿下と重なるし、小室圭氏との結婚問題は、マキシム王妃と重なる。 最も、マキシム皇太子妃は、みごとな会見で国民の心を掴んだが、小室氏は難しそうだ。 むしろめざしているものが違うのかも知れない。 今進行している皇室をめぐる論議は、最初のきっかけは生前退位だった。 第一に、譲位あるいは生前退位によって生じた、皇室に対するお祭騒ぎ的な現象のもつ意味である。 生前退位については、戦後にも何度か議論があった。 最初の、最も大きな議論は、昭和天皇の戦争責任を果たすために退位すべきであるという議論である。 第二に、その後、象徴天皇制とは何かが議論され、皇室が基本的人権が認められていないことをどう考えるかという筋のものである。 かつて三笠宮が、もし、政府が戦争を決定して、天皇がどうしてもその戦争を否定したいときには、天皇は、自分で見解を表明することもできないのだから、譲位するか自殺するしかないのか、という問題提起をしたことがあるのだそうだ。 同様の提起として、奥平康弘氏の議論がある。 『法律時報』1990. 9に、「天皇退位論のためのひとつの覚書」という奥平康弘氏の論文がある。 30年前の文章だから、今回の生前退位の問題とはまったく違い、韓国大統領来日に際して、韓国政府から、日本の植民地政策での圧政に対する、天皇からの謝罪がほしいという要請を巡って起きた議論を念頭に置いたものである。 当時、天皇は自らの意思で政治行為をすることを禁じられている理由で、日本政府は天皇の謝罪を断っている。 奥平氏は、それは逆に、天皇の政治利用ではないかという批判をしており、「天皇・明仁の個人的責任において処理してしかるべきであった」という見解を示している。 問題になっているのは、当然、昭和天皇の戦争責任に関連するのだが、奥平氏は、当時天皇だったわけではない明仁天皇は、個人としての感情を表明する権利はあるという。 興味深いことに、女性天皇を認めるべきであるとする、当時強く主張する者があった議論に対しては、女性天皇を認めるかどうかは、極めて狭い、つまり数人にしか関係な領域のことで、憲法の定める「男女平等」とは次元の違う問題であると退けている。 ただし、「天皇は、天皇でなくなる自由を行使し、普通の人間になりえたなら、こちらの人権は普通のひとと同様に共有できることになる」と述べ、つまり、個人の見解表明と、人権を得るための天皇の退位する権利を主張している。 退位を認めれば、「誰もいなくなった」ら困るという点については、奥平氏は共和主義であると断りつつ、天皇制というシステムが歴史的使命を果たして終焉するのであるとする。 結論として、退位を封じる皇室典範は違憲であるという。 そして、今回の実際に行われた生前退位=譲位である。 これは、当時平成天皇が、安部政権にかなり強い抵抗を示して強行したものと受け取られるものだ。 実際に、皇室典範は譲位を認めていないわけだし、そもそも、天皇は政治的意思表示を認められていないのだから、譲位するなどという政治的行為を主張してはならない、という見解は、右派論客から強くだされていた。 そもそも、何故、平成天皇は譲位を決意したのか。 自己表明したところでは、天皇は国民の総意に基づくものであり、そのためには、国民に寄り添う公務を実践できることが条件であり、高齢になって、身体的に困難になったら、国民に寄り添うことができなくなる、その場合には、新しい天皇にバトンタッチするのが正しいあり方だ、というものであると理解されている。 平成天皇自身の表明はこのようなものだったが、本当の意図は、皇室の存続を確固たるものにするための行動だったという解釈もある。 昭和天皇からの代替わりと今回は明らかに、社会的ムードが違っていた。 当然天皇の崩御に続く代替わりと、親から子どもへの生前代替わりとは、明らかに後者のほうが明るいムードに包まれる。 上のほうに書いた令和天皇が皇太子であった時期の酷評に近いものは、ほんの2、3年前までのものだったのである。 なんとか、そうした評価を変化させ、順調な滑り出しを演出する必要があると考えて、周到な準備をして、新天皇・皇后が国民に受け入れられるような条件を整える。 そうすることによって、天皇制の維持発展を図ったという見方である。 この見方は、第一のお祭騒ぎの意味を明らかにする。 確かに摂政というシステムがあるのだから、公務ができなくなれば、摂政を置けばよいという議論は、現行制度のものであった。 では、徳仁皇太子が摂政になった場合と、今回のように天皇になったときとでは、どのような違いが生じたのだろうか。 おそらく、トランプ大統領歓迎という行事は組まれなかったろうし、そこでの即位早々の高い評価を確立することもなかったと考えられる。 これまでの経緯からすれば、逆転満塁サラナラホームランとでも例えられるような、評価の逆転を実現した。 しかし、これは本当に憲法の趣旨と合致する動向なのだろうか。 平成天皇・皇后は、確かに、国民に寄り添うという姿勢で、災害を受けた現地に赴き、被災者との対話を重視してきた。 平成30年間は本当に自然災害の多い時期だったから、そうした天皇の姿勢は、国民の共感をえた。 そして、被災者に寄り添うというあり方は、別の面から見ると、政府の政治とは無関係の、あるいはそれを超越したところでの活動だった。 だから、内閣の助言とは考えられない行動も、天皇の政治的行為とは見なされなかった。 これが、災害復興に熱心とは言い難い安部内閣と、あわないように写ってきた。 ただし、もうひとつの側面があった。 昭和天皇までは、外国からの使節を接待するという意味での皇室外交はしてきたが、自ら外国にでかけていく皇室外交はしてこなかったはずである。 昭和天皇が外国訪問したのは2度だけで、いずれも親善訪問である。 それに対して、平成天皇は、毎年に近いほど外国訪問をしている。 令和天皇・皇后の主な関心は、皇室外交にあると言われてきた。 トランプ歓迎式典は、そういう意味で、目指すものそのものだったわけだ。 だが、外交は、政治そのものである。 内閣の助言と承認を超越した皇室外交はありえない。 もし、安部内閣が集団的自衛権を発動して、戦争を始めた場合、ないことを祈るが、アメリカがイランと戦争を始めたとして、ホルムズ海峡防衛は日本にとっても死活的重要性があるとして、アメリカと共に戦争を始め、内閣の助言と承認によって、アメリカの戦争支持をえるための皇室外交を積極的に行うように決められたら、それに従うのだろうか。 これは荒唐無稽な想像に過ぎないのだろうか。 まだまだ思考迷路は広がっていくのだが、今回はこれまで。

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