ヒア カムズ ザ サン。 「ヒア・カムズ・ザ・サン」の新MVのトレーラー映像公開!

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ヒア カムズ ザ サン

「ヒア・カムズ・ザ・サン」は1969年ザ・ビートルズの名盤『アビイ・ロード』に収録されたジョージ・ハリスンの屈指の名曲だ。 <GEORGE FEST>では、リード・ヴォーカルにジェーンズ・アディクションのペリー・ファレル、バック・コーラスにノラ・ジョーンズ、カレン・エルソン、エティ・ラウ・ファレル(ペリー・ファレルの妻)、バック・バンドにダニー・ハリスン、ベン・ハーパー、フレーミング・リップスのメンバーなど豪華メンバーが参加している。 ライヴで「マイ・スウィート・ロード」を歌ったザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンはこう語っている。 「ビートルズのジョージも好きだったが、「マイ・スウィート・ロード」は衝撃的だった。 これまで聴いてきた中で最高の楽曲のひとつだと思う。 大きな影響を受けた彼の曲を歌えて光栄だよ。 」 プロデュースを手がけたのはダニー・ハリスンとデヴィッド・ゾンシャイン。 ダニー・ハリスンは「僕と同世代のミュージシャンが、小さなクラブで父のキャリアの中でもディープな楽曲を自由に演奏するショウを今までずっと思い描いていたんだ。 そして、今回はまったく新しく鮮やかな形で、自分が一番大切に思ってきた音楽界のヒーローたちと再びステージを共にし、僕の人生で一番馴染みのある曲を演奏する自分がいた。 …皆さんにもこの録音を僕と同じように楽しんでもらえますように。 父の曲に、今までできると思いもよらなかった最高の解釈が施されています」と語る。 DVD、BDにはコンサート映像に加え、ハリスン家所有にジョージ・ハリスンの貴重な映像も挿入されている。 バックステージやリハーサル中のミュージシャン達が、ジョージ・ハリスンから受けた影響について語るインタビュー映像も収録される。 日本にとって2016年は、ビートルズ来日(1966年)から50周年、ジョージ・ハリスンが最初で最後の来日公演(1991年)を行なってから25周年、そしてジョージが亡くなってから(2001年)15年目となる節目の年でもある。 日本盤CDのみ高品質Blu-spec CD2仕様となる。 イントロダクション 2. ダニー・ハリスン)(1970『オール・シングス・マスト・パス』収録曲) 5. 1』収録曲) 13.

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『ヒア・カムズ・ザ・サン』(有川浩)の感想(745レビュー)

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イメージ 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない中、米国では治療の最前線である病院などで、医者や看護師やスタッフの士気を高めるため、音楽が力を発揮している例がいくつか報告されている。 危機の今こそ音楽の力を、というわけだ。 ニューヨークのロングアイランドにある病院では、ビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」が、新型コロナウイルス患者が解放されるたびに、天井の拡声装置から鳴り響いているという(2020年4月13日付「ロイター通信」電子版)。 また、新型コロナウイルスが新たに急速に広がっている地域のひとつである、デトロイトのある医療施設では、患者が退院する時だけでなく、人工呼吸器をつけていた患者がそれを取り外せるようになる度に、「ヒア・カムズ・ザ・サン」が流されているという。 「ヒア・カムズ・ザ・サン」が収録されているアルバム『アビイ・ロード/ザ・ビートルズ』(EMI) 1969年のジョージ・ハリスンの手になる「ヒア・カムズ・ザ・サン」の一部は次のような歌詞だー「ほら/太陽が/太陽が顔を出すよ/もう大丈夫だ/リトル・ダーリン/みんなが微笑みを取り戻す/リトル・ダーリン/長い間見ることのできなかった光景だ」(内田久美子訳『ビートルズ全詩集(改訂版)』ソニー・ミュージック・パブリッシング刊)。 この曲は1969年に書かれた。 ビートルズのマネージメントや財務上の混乱の立て直しなどを議論する会議をさぼったジョージは、サリー州ユーハーストにある親友エリック・クラプトンの別荘を訪ねた。 気持ちの良い春の朝だったという。 ジョージはエリックのアコースティック・ギターを一本借りて庭の散策に出た。 その年、はじめて日の光を浴びたジョージは、一気に気分が浮き立ち、曲を書いたという(スティーヴ・ターナー著『ビートルズ全曲歌詞集』ヤマハ・ミュージック・メディア刊)。 ジョージいわく「ただ戸外で日を浴びただけなのに、ものすごい解放感だった」。 ジョージの代表曲のひとつであるこの作品の明るさが、医療現場を照らしている。 他には、ニューヨークのマウント・サイナイ病院のひとつでは、スタッフを励ます音楽として、オーストラリアのポップ・シンガー、スターレイの2016年のデビュー曲「コール・オン・ミー」が毎日朝4時半になると流されているという。 スターレイは歌っている「あなたは知っている/あなたは私を頼ることが出来るってことを/もし涙が流れ落ちるのが止まらないのならば」。 彼女は言った「この歌を書いたのは、私が人生で落ち込んでいるときだった。 それは、ものごとはきっとうまくいくよと、自分自身に語りかけているかのようになった。 それはちょうど、私の夢は不可能ではないのだと分からせてくれる標識となってくれたのだ」。 またニュージャージー州の聖ヨゼフ・リージョナル・メディカル・センターでは、新型コロナウイルス対策の最前線に立っていた幹部の一人、ジェームズ・プルーデン医師がウイルスの感染から回復して退院する時に、映画『ロッキー』のテーマ曲が流されたという。 (文・桑原亘之介).

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「ヒア・カムズ・ザ・サン」の新MVのトレーラー映像公開!

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綺麗な装丁。 青い表紙に、一面太陽の光をさえぎるように右手が写し出されている。 父親の、娘への愛。 娘の、父親への愛。 たぶん、父と娘という組み合わせの愛情って、一番伝わりにくいものなのだと思う。 HALこと晴男の、カオルへの愛。 手紙にこもった痛々しいほどの愛情。 ただただカオルに会いたいという、あの単純で激しい思い。 生まれつき、ものに遺された人の思いを感じ取る能力を持つ真也が、父ちゃんの思いに触れたときの描写は、もう読んでいてたまらなくなった。 痛くて、切なくて、この世に、どうしてこんなにも切なく強い思いが存在するのだろうと思った。 その思いは、たとえ何年、何十年たとうと薄れたり消えたりしないものなんだろう。 本当に、このようにどうしてこんなに強い思いが存在するのか、と考えてしまう。 個人的には、「ヒア・カムズ・ザ・サン・パラレル」の方が好き。 だめ男父ちゃんと、いい男真也。 2人の掛け合いがいい。 男は、好きな女にはカッコつけたがるものなんだなあ。 それはいくつになっても変わらない。 けれど、その見栄を全部とっぱらって、裸の自分を見せられるオトコが、真のいいオトコといえるんだろうなあーって、思った。 そんないいオトコって、現実世界に、いったい何人いるんだろうかー。 2作収録。 7行の設定から書いた小説と、同じ7行から舞台化されたものを見て書いた小説と。 登場人物は同じだが、途中からの展開が違う。 古川真也は出版社に勤める30歳。 実は物に触ると、そこにこめられた過去の感情記憶を読み取ることができる能力があるサイコメトラー。 普段はできるだけ封印しているが、編集者としての仕事に活用できる場合もある。 同僚の大場カオルとは恋人同士。 カオルの父親が渡米するときに両親が離婚して、以来20年父とは会っていなかった。 今回帰国したHALというペンネームの映画脚本家・白石晴男を雑誌「小説ポラリス」で取り上げることになるが、それがカオルの父なのだ。 売れない脚本家だった父は、夢をあきらめられず、アメリカで再出発する決意をしたのだったが、母はついていくことを拒んだのだ。 アメリカではなおさら成功するわけもないという苦い現実。 一度も帰ってこない父への不満と葛藤。 20年会っていない間に何があったのか?という謎が、パラレルな二つの物語の存在を可能にしています。 面白い企画ですが~読み終わると、ちょっと混ざっちゃいますね。 帰国を待ちわびた少女の頃のカオルがかわいそうで。 カオルの父親の話を親身に聞こうとする真也。 やたらと景気のいい自慢話をする父親に、そこまでのはずはないといたたまれない思いもしつつ。 時には能力を使って真実を探り、カオルのために良かれと願うのです。 なんだか恋人が父の味方になってしまったように感じるカオル。 何も悪いことをしていない自分のほうが、なぜ折れなければならない? 野暮に見える編集長が、真也の気持ちをカオルに気づかせます。 親を許せないままでいると、後悔することになるのを心配しているのだと。 いつか死なれたら、カオルが自分を責めることになる。 真也もまた、カオルがどうしたいのか聞くという基本を忘れていました。 一度でいいから謝ってほしいというカオルの思い。 このあたりはなかなか面白くて、さすが!有川さん。 結婚を控えて、真也が自分の能力を告白しなくてはと思いつめますが、この件は? カオルは太っ腹に受け止めます。 一つ目の作品のほうが印象が強いです。 2作目はたぶん、舞台の上で俳優が演じたら、意外な展開が光ってくるのでしょうね。 誰を、何を、自分の太陽に見立てて眩しく振り仰ぎ、 追いつきたいと手を伸ばすのか。 1篇めの『ヒア・カムズ・ザ・サン』では まっすぐ相手にぶつかり、愚直に懸命に仕事をして信頼を勝ち取るカオルを 生まれながらに物に残された記憶を感じ取る能力を持ち、 その「余分な」気づきのおかげで一人前の仕事ができているのだと うしろめたさを抱えて生きる真也にとっての眩しい太陽として。 劣等感を燃やし尽くし、圧倒的な才能として開花させてしまう白石は 彼の才能を誰よりも理解し、全幅の信頼を得ることで 彼に静かな影響を与えられる特権に喜びを抱く榊にとっての 自分という月を照らす、エネルギーに満ちた太陽として描き、 2篇めの『ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel』では 自分の才能に見切りをつけられず、華やかな嘘で自分を飾り立ててしまう春夫を 「売れっ子脚本家」という太陽に無謀に手を伸ばして、 翼を焼かれるイカロスさながらに描く有川さん、さすがです! 舞台に着想を得て書かれた『Parallel』よりも、 やはり1篇めのほうが有川さんらしさが存分に発揮されていて ずっと白石という太陽の陰に隠れた月として生きてきた榊に 太陽から照射された光を、卑下することなく受け取って 大切な誰かを照らすことに使ってもいいのだと気付かせ、 父に関してはあくまでも頑固なカオルの心を解くのが 真也の、昇り始めた太陽の光のような温かい気遣いであることが胸を打ちます。 物語に寄り添うという、編集者にとって一番大切なことを忘れて 作家の原稿に自分の物差しを押し付けた無神経な校正を入れる編集者への憤りの描写や 「親も単なる人間だ。 親を諦めろ」と親への幻想を打ち砕く台詞に 『ストーリー・テラー』同様、作家活動や親戚づきあいでのジレンマが垣間見られて 有川さん、つらいのかなぁ?とちょっと心配になったりもしますが 手の届かない誰かや何かを眩しく見上げるだけではなく 自分にできることを見つめ直し、丁寧に努力を重ねることで 誰もが誰かの小さな太陽になることができるのだ、と思わせてくれる タイトルそのままに温かい1冊です。 長かった冬に別れを告げ、春が来たことを歓迎する。 ジョージ・ハリスン(ビートルズ)の「ヒア・カムズ・ザ・サン」からこの本のタイトルを取ったのかな?とふと。 『ヒア・カムズ・ザ・サン』 『ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel』 の2編。 真也は30歳。 出版社で仕事をしている。 幼い頃から、品物や場所に残された、人の記憶が視えてしまう。 視ることができてしまう。 それだけが共通の題材。 それ以外は異なるお話。 異能者の苦悩を描いた物語... ではなく、長い間すれ違っていた人の想いに温かい日差しを届けるお話です。 『ヒア・カムズ・ザ・サン』と『ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel』。 好き嫌いでいうと『ヒア・カムズ・ザ・サン』の話が好き。 だけど印象に残るのは『ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel』。 Parallelにある「親を許す前のいっこ段階がある。 親を諦める。 」に自分を重ねた。 「愛している」という言葉が物語に彩りを添えた。 有川浩さんらしさが薄口な物語でした。 真也は30歳。 出版社で編集の仕事をしている。 彼は幼いころから、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。 強い記憶は鮮やかに。 何年経っても、鮮やかに。 ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。 カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。 父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。 7行から紡ぎだされた二つのお話。 最近、読む前に、有川作品なら面白いはず!という有川フィルターがかかってしまって、期待度がでかすぎるのか、うまく評価できなくなってきた。 普通に考えて、面白い。 20年会っていなかったお父さんに対する葛藤。 ものの記憶が読めることで、気持ちの裏にある真実を知ることができる主人公。 んー、しかし、なんとなく消化不良! きれいにまとまっていて面白いんだけど、「それだけ」っていったら言葉が悪すぎるけど・・。 もっと違う路線の、パンチのある話が読みたくなってきた。 たった7行のあらすじから、有川浩が完全オリジナル小説「ヒア・カムズ・ザ・サン」と、演劇集団キャラメルボックスの劇作家 成井豊の舞台から着想を受け創作した「ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel」を収録。 こういうお題を与えられて創作するのって、一から紡ぎ出すのに比べたら敷居が低いというか、自分にも書けそうな気がしてしまう(錯覚)。 実際出版社のエントリーシートや筆記試験にはお題ありの短編創作課題があった。 配点がどれくらいかは分からなかったけど・・・ 相変わらず有川さんの作品は熱いです。 日和ることを弾劾するキャラクターは共通、自身のフィールドでもある作家と編集者の関係の描き方は有川さんと関わる編集者の皆さんにとっては耳が痛いんじゃないかしら。。 あらすじは下記の通り。 出版社で編集の仕事をしている古川真也。 彼は幼い頃から、品物や場所に残された人間の記憶が見えるという特殊な能力を持っていた。 ある日、真也は同僚のカオルと共に成田空港へ向かう。 カオルの父が20年ぶりに帰国したのだ。 彼はアメリカで脚本家として名声を得ているはずだったが、真也には全く違う景色が見えた。

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