京浜 急行。 鉄道ファンの支持を集める「京浜急行」の秘密 (1/3)

京浜急行電鉄(株)【9006】:株主優待

京浜 急行

略称 京急、京急電鉄、京浜急行、KHK 本社所在地 〒220-8625 1丁目2番8号() : 設立 (23年) 事業内容 旅客鉄道事業 他 代表者 代表取締役 資本金 437億38百万円 (2019年3月31日現在 ) 発行済株式総数 2億7576万547株 (2019年3月31日現在 ) 売上高 連結:3392億6800万円 単独:1541億2600万円 (2019年3月期 ) 営業利益 連結:401億4700万円 単独:285億4100万円 (2019年3月期 ) 純利益 連結:206億9800万円 単独:163億8100万円 (2019年3月期 ) 純資産 連結:2698億3900万円 単独:1565億300万円 (2019年3月31日現在 ) 総資産 連結:8918億4400万円 単独:7799億8300万円 (2019年3月31日現在 ) 従業員数 連結:9010人 単独:2793人 (2019年3月31日現在 ) 決算期 3月31日 主要株主 (信託口) 4. 概要 から、、、、、、へ至る鉄道路線を運営しており、それにを加えた交通事業のほか、グループ各社と連携して流通事業、サービス事業、不動産事業なども経営している。 これらは直接の収益確保のほかに、京急線沿線地域の定住・交流人口の減少を防ぐことも意識している。 今後は通勤利用者の減少や羽田空港アクセスの競合激化が予測されることから、として、外国人を含む観光客のやへの誘致を重視している。 5月にはと提携した。 その他、2018年3月には、京急沿線に営業網を持つ及びと提携。 同年11月には、神奈川県横須賀市および同市に拠点を持つ球団のと三者連携協定を結んでいる。 9月には、神奈川県横浜市西区一丁目に、京浜急行電鉄のほか複数のグループ企業(計11社)の本社機能の集約を目的として建設されたビルが竣工。 同年に東京都港区から本社を移転した(その他のグループ企業についても同年9月から10月にかけて順次移転)。 なお、本社の移転については1に貼られたステッカーで「横浜駅から この春、新たな感動が始まる」のスローガンとともに告知された。 東京都港区高輪にあった旧本社(2010年) 社名 かつては「 京浜急行(けいひんきゅうこう)」を公式通称、「 Keihin Electric Express Railway Co. , Ltd. 」 を英文社名としていたが、(19年)より・類などにおいて「 京急電鉄(けいきゅうでんてつ)」の名称 および新ロゴマーク、(平成22年) より「 Keikyu Corporation」の英文社名を使用開始し、順次変更している。 過去の略称は前身である京浜電気鉄道時代の「京浜」が使われており、(38年)には時代の一部の駅名であった「湘南 - 」を「京浜 - 」に統一させた。 しかし、昭和30年代前半から子会社の名前などに「京急」を使うようになり、一時は「京浜」と「京急」の略称が混在していた。 次第に「京急」の方が定着していったことから、(昭和62年)には同年に民営化した(JR東日本)との差別化も意識し、 CI の一環として、それまで「京浜 - 」としていた10駅の駅名を「京急 - 」に改め 、略称を「京急」に統一した。 なお、「京急 - 」という名称は京浜急行電鉄のになっている。 社紋・コーポレートスローガン 時代は3本線で円を作ることで川崎、その中に「大」を4つで「ダイシ」(大師)とする社紋を使用し、京浜電気鉄道となった後も継続して使用していた。 その後、時代を経て京浜急行電鉄として再出発する際に用意されたのが先代社紋で、社員への募集、会社組合双方からの選考委員による選定の後、による修正によって出来上がった。 K、翅、車輪 からなる図案はそれぞれが京浜、急行、電鉄を表している。 現在の社紋は経営の多角化によって従来の社紋が相応しくなくなってきたため、(33年)の創立60周年を契機に変更が検討され、(昭和39年)5月に制定されたものである。 図案は社内候補とに依頼したものから2案が選定され、これらをアレンジした数種から再検討、選定された。 円が会社の主な事業である交通(鉄道・バス)を表し、中央の図形は京浜の「K」および「ケ」をスピーディかつ安定感を持った形に図案化したものである。 また、この図形を円を突き破るように配置することで、困難を突破していく力強さを表している。 はの登場やのオープンといった節目があった(昭和58年)頃から使われだした。 当時は現在と違い水色が地色で「KEIKYU」の文字は白抜きだった上、ロゴ下部の文字が斜体で「 京浜急行 」と書かれていた。 (10年)の創業100周年と羽田空港駅(現在の)開業という大きな節目を前に「 新しい出会いに夢のせて」に変わり、現在のコーポレートスローガンである「 あんしんを羽ばたく力に」は、(平成20年)の創業110周年に合わせて導入された3代目である。 2代目まではロゴマークにもコーポレートスローガンを掲出していたが、2008年に色を反転した現行のロゴに変わった際、コーポレートスローガンは外された。 また、ロゴ下部の文字には「京急電鉄」と「京急グループ」のバリエーションがある。 京浜急行発祥の地記念碑() 現在の京浜急行電鉄の元となったのは、に旧に近い川崎駅(後の)から近くの大師駅(現在の)までの1435mmので開通した 大師電気鉄道である(現在のの一部)。 同社はで三番目、では最初の会社であった。 創立時にはが人的・資金で援助したこともあり、そのため現在でも安田財閥の流れを組むの一員となっている。 同年、 京浜電気鉄道と社名を改めた。 とのを目論み、を開業時の標準軌から一旦1372mmのへ改軌を行うが、後に子会社となるによる方面の延伸線への乗り入れを行うために、再度標準軌に改軌された。 中のにはに基づく戦時統合により(いわゆる)に併合されるが、に京浜急行電鉄、、京王帝都電鉄(現在の)の3社が分離・独立し、現在に至る。 (30年) - 大師電気鉄道に対して軌道特許状下付(神奈川県久根崎 - 同郡中瀬)。 (明治31年) - 大師電気鉄道株式会社設立。 (明治32年)• - 川崎駅(後の) - 大師駅(現在の)間 2. 0km が営業開始。 開業式は(明治35年)挙行。 営業開始3年後となった開業式について、業務多忙により実施できなかったと推測されている。 『京浜急行百年史』『京浜電気鉄道沿革史』によれば、開業当初は後で社会経済情勢が不安定だったこと、対立関係にあった組合の影響を考慮して、開業直後に行わなかったとの旨が記載されている。 - 京浜電気鉄道株式会社に社名変更。 - 軌道特許状下付(橘樹郡川崎町久根崎 - 品川町品川橋、同郡大森町字揚場 - 大森停車場)。 (明治33年) - 軌道特許状下付(橘樹郡川崎町六郷橋際 - 神奈川町停車場)。 (明治34年)• - 大森停車場前駅(現在の) - 八幡駅(現在の) - 川崎駅間が開業。 - 発電所の余剰電力を利用した電灯・電力供給事業開始。 - 軌道特許状下付(蒲田 - 羽田)。 - 軌道特許状下付(橘樹郡大師河原村字川中島 - 同村中瀬耕地渡船場)。 (明治35年)• - 蒲田駅(現在の) - 間が開業。 - 六郷橋駅 - 川崎駅(現在の)間が開業。 (明治37年)• - 全線を標準軌から馬車軌間に。 - 品川駅(現在の) - 八幡駅間が開業。 大森停車場前駅 - 八幡駅間がとなる。 (明治38年) - 川崎駅 - 神奈川停車場前駅(現在の)間が開業。 (2年) - (旧)穴守駅 - 穴守駅間が開業。 (大正12年) - 電灯・電力供給事業を群馬電力(後の )に譲渡。 (大正14年) - - 品川駅間が開業。 (2年) - 自動車事業開始。 (昭和4年)6月22日 - 京浜神奈川駅(現在の神奈川駅) - (仮)間が仮開業。 (昭和5年)• - 京浜神奈川駅 - 横浜駅間が開業。 - 湘南電気鉄道の - 間と - 湘南逗子駅(後の京浜逗子駅、現在の)間が 1435mm で開業。 (昭和6年)• 4月1日 - 湘南電気鉄道の湘南逗子駅沼間口乗降場(後の京浜逗子駅) - 湘南逗子駅葉山口乗降場(後の逗子海岸駅)間が開業。 - - 間にて日本初の事業開始()。 - まで延伸された湘南電気鉄道と、横浜からをトンネルで抜けて標準軌で敷設された京浜電気鉄道延長線が接続され、横浜駅 - 浦賀駅間で開始。 (昭和8年)4月1日 - 高輪駅を廃止してへ乗り入れ。 全線を標準軌に改軌。 品川駅 - 浦賀駅間で直通運転開始。 (昭和12年) - 大森支線の大森海岸駅 - 大森駅間が廃止。 (昭和16年) - 京浜電気鉄道と湘南電気鉄道・湘南半島自動車が合併し、この時に現在の路線網の骨格がほぼ完成した。 (昭和17年)• 5月1日 - と共にへ合併。 ()が発足。 9月1日 - 逗子線の湘南逗子駅沼間口乗降場 - 湘南逗子駅葉山口乗降場間が廃止。 - の横須賀堀内駅(現在の) - 久里浜駅(現在の)間が開業。 (昭和19年)• - 大師線の川崎大師駅 - 産業道路駅(現在の)間が開業。 - 大師線の産業道路駅 - 間が開業。 (昭和20年)• - 大師線の入江崎駅 - 間が開業。 大師線が全線開通。 - 穴守線の稲荷橋駅(現在の) - 穴守駅間が営業休止。 (昭和23年)• 6月1日 - 東京急行電鉄の第3会社として 京浜急行電鉄株式会社が設立。 東京急行電鉄から現在の当社線を譲り受けて営業開始。 7月3日 - 逗子線の湘南逗子駅 - 逗子海岸駅 (両駅とも現在の逗子・葉山駅)間が開業。 (昭和24年) - に株式上場。 (昭和26年)3月 - 大師線の - 桜本駅間が営業休止。 (昭和27年) - 大師線のうち塩浜駅 - 桜本駅を川崎市交通部(現在の)に譲渡。 (昭和31年) - 穴守線の穴守稲荷駅 - (旧)羽田空港駅間が開業。 (昭和38年)11月1日 - 穴守線をに改称。 久里浜線に久里浜検車区および久里浜工場(現在の)を開設し、野比駅(現在の)まで開業。 (昭和39年) - 空港線の - 塩浜駅間が営業休止。 (昭和41年)• - 久里浜線の野比駅 - 間が開業。 - 久里浜線の津久井浜駅 - 間が開業。 (昭和43年) - 本線 - 品川駅間が開業。 都営1号線(現在の)と直通運転開始。 (昭和50年) - 久里浜線の三浦海岸駅 - 間が開業。 久里浜線が全線開通。 (昭和59年) - 大船 - 片瀬間の有料道路事業廃止。 (昭和60年) - 逗子線の京浜逗子駅、逗子海岸駅を統合し、新逗子駅間が開業。 新逗子駅 - 逗子海岸駅間が廃止。 (昭和61年)12月26日 - 東京 - 間に夜行「」運行開始。 (3年) - 空港線の穴守稲荷駅 - (旧)羽田空港駅間が営業休止。 (平成5年)4月1日 - 空港線の穴守稲荷駅 - 羽田駅(現在の)間が開業。 (平成6年)4月1日 - 「」による導入(パスネット普及に伴い2002年10月使用停止)。 同時にを実施。 同年4月1日ので同区間の最速列車は15分45秒運転となった。 (平成10年)11月18日 - 空港線の天空橋駅 - 羽田空港駅(現:)間が開業し、現在の営業区間が全て開通。 (平成12年) - 導入。 (平成15年) - 自動車事業を株式会社に継承し、分割する。 (平成16年) - の株式計260万株を同年中にホテル京急と共同で購入していたことが発表される(「」参照)。 (平成17年)• - のとのタイアップによる京急テーマソング『』がリリース。 - 久里浜線の三崎口駅 - (仮称)間の免許廃止を届出。 (平成18年) - 全駅への AED 設置を完了。 (平成19年) - を導入、との相互利用開始(その後、在庫僅少により・・横浜・品川各駅の定期券センターを除き発売中止、同年10月1日より全駅で発売再開)。 同時にの私鉄としては初めての試みとして全駅構内(売店、飲食店、自動販売機)でPASMOを導入。 (平成20年)2月25日 - 会社創立110周年の一環として、駅係員と乗務員の制服を一新。 (平成21年) - と業務提携を行い、が運営する京急線各駅の売店全てをセブン-イレブンに転換することを発表。 (平成22年)• - 本線 - 間および空港線京急蒲田駅 - 間の上り線高架線使用開始。 - 泉岳寺駅以外 の全駅にを導入。 英文社名を「 Keihin Electric Express Railway Co. , Ltd. 」から「 Keikyu Corporation」に変更。 (平成23年)• - 前年9月末で営業終了させたの建物をへ転換し、(ビジネスホテル)・結婚式場・会議場とを併設した「」として開業。 6月 - 3月11日に発生したに伴うの影響で、8両編成のを1両増加し2両体制(既存の三崎口側3両目と新設の同7両目)に変更。 4両・6両編成で弱冷房車を1両(三崎口側3両目)新設。 (平成24年)10月21日 - 本線平和島駅 - 六郷土手駅間および空港線京急蒲田駅 - 大鳥居駅間の下り線高架線使用開始。 (平成25年) - 開始により、、、、、、、、が京急線で利用可能になる。 (平成27年)• - との友好鉄道協定を締結。 7月7日 - 全線でデジタル空間波式列車無線(デジタルSR無線)の使用を開始。 (平成28年) - 地区(56-1街区、神奈川県横浜市一丁目)の開発事業者に決定。 同時に、京浜急行電鉄のほか複数のグループ企業(計11社)の本社機能を集約し、同地に建設する京急グループ本社ビルへの移転を発表。 (平成29年)• 7月 - 京急グループ本社ビルが着工。 10月 - を転貸したり、独居高齢者宅に学生のを仲介したりする事業を開始すると発表。 (平成31年・元年)• 1月21日 - 京急川崎駅で開業120周年記念式典を開き、横に記念モニュメントを設置。 - 三浦半島で観光「みさきめぐりタクシー」を京急三崎タクシー(神奈川県)とともに開始。 - 本社を神奈川県横浜市西区高島一丁目のに移転。 10月1日 - 消費税増税に伴い運賃を値上げ、及び空港線の加算運賃を値下げ。 (令和2年)1月21日 - 京急グループ本社1階に「京急ミュージアム」が開館。 歴代経営陣 期間 代表 備考 1898年2月25日 - 1903年12月5日 1903年12月5日 - 1904年10月23日 1904年10月23日 - 1904年12月22日 期間 会長 社長 備考 1904年12月22日 - 1907年10月24日 stub 雨宮敬次郎 社長制を設ける。 1907年10月24日 - 1909年5月15日 stub 1909年5月15日 - 1910年8月5日 stub 1910年8月5日 - 1918年6月28日 stub 1918年6月28日 - 1921年12月24日 stub 1921年12月24日 - 1923年10月18日 stub 1923年10月18日 - 1930年6月24日 stub 青木正太郎 1930年6月24日 - 1939年4月 1939年4月 - 1941年11月25日 stub 1941年11月25日 - 1942年4月30日 stub 期間 備考 1942年5月1日 - 1948年5月31日 ()時代 期間 代表 備考 1948年6月1日 - 1948年12月23日 京浜急行電鉄を設立。 期間 会長 社長 備考 1948年12月23日 - 1950年12月25日 stub 1950年12月25日 - 1964年2月25日 stub 田中百畝は社長在任中の1964年2月11日に死亡。 1964年2月25日 - 1964年5月23日 stub 三代目 1964年5月23日 - 1969年11月22日 stub 1969年11月22日 - 1975年5月27日 stub 1975年5月27日 - 1981年6月25日 中川幸一 1981年6月25日 - 1987年6月26日 片桐典徳 1987年6月26日 - 1991年6月27日 飯田道雄 1991年6月27日 - 1997年6月27日 stub 1997年6月27日 - 2005年6月29日 stub 2005年6月29日 - 2013年6月27日 小谷昌 2013年6月27日 - 石渡恒夫 路線 金沢八景以南拡大 廃止路線・区間• : - 0. 7km• : - 3. 5km : うち - 桜本駅間は川崎市に譲渡されの一部となり、のちに川崎市電の他の区間とともに廃止。 : - 穴守駅 1. 3km 未成線• 青山線 : () - 千駄ヶ谷町 6. 9km• 五反田線 : - 7. 7km : 1942年の大東急発足で東京急行電鉄が継承、1948年の京浜急行電鉄分離後も東急が保持し、1958年2月17日失効。 鎌倉線 : 金沢文庫駅 - 鎌倉八幡 7. 3km : 付近を経由する予定であった。 1958年失効。 : 付近(現在の衣笠十字路付近)- 林 6. 1km : 後中止。 : 三崎口駅 - (仮称) - (仮称) 5. 7km : 油壺駅 - 三崎駅間 3. 6kmは1970年 、三崎口駅 - 油壺駅間 2. 1kmは2005年 事業廃止。 三浦半島西部線(葉山線) : - (仮称) 16. 1km 京浜急行電鉄の前身の一つである湘南電気鉄道にも「予定線」として以下の計画線が存在した。 日ノ出町駅 - 桜木町駅間の建設予定地には、予定地に沿って道路や住宅が並んでいる。 - 1. 0km• : - 4. 7km 駅 京浜急行電鉄・路線図 乗降人員上位15駅• 乗降人員は京浜急行電鉄の駅のもの。 は前年度に比較した増 減 増減なし を表す。 6 1 313,608 各社局線総合では日本・世界第5位 2 264,309 1. 0 2 261,780 各社局線総合では日本・世界第9位 3 173,577 3. 3 3 168,009 東京都港区 の直通人員含む 4 141,288 1. 4 4 143,226 横浜市 5 120,030 1. 7 5 118,034 6 81,016 3. 6 7 78,171 東京都 7 69,368 3. 0 6 71,523 横浜市 8 66,063 0. 0 8 66,082 9 55,971 1. 7 9 56,963 横浜市金沢区 10 50,948 3. 0 10 49,477 東京都大田区 11 46,488 0. 2 11 46,402 東京都大田区 12 43,004 2. 3 12 44,029 神奈川県横須賀市 13 42,251 0. 0 13 42,243 東京都 14 40,139 0. 3 14 40,008 神奈川県横須賀市 15 34,046 0. 4 15 34,169 横浜市 駅長所在駅 所在駅は・・・・・・・・・・・・・・・の16駅。 駅長所在駅ごとに管区が置かれ、泉岳寺駅とここに挙げた16駅以外の駅は、いずれかの駅長に属する被管理駅となっている。 なお、京急ステーションサービスへの委託時代は駅長もその他の駅係員同様、同社の社員であった。 運行体制 (泉岳寺以北)、・(青砥以東)・・、、と直通運転を実施している。 乗り入れ車両は8両のため、普通列車の停車駅のの関係で空港線と逗子線以外は普通としては運転されず 、京急線内では・・・として運転される。 おおよその目安として、品川駅 - 浦賀駅間の普通、空港線系統・本線系統の快特と羽田空港第1・第2ターミナル駅 - 逗子・葉山駅間のエアポート急行が、それぞれ10分間隔で運行されている。 そのほかに、普通が品川駅 - 京急蒲田駅間で20分間隔 、エアポート快特が京成線方面 - 羽田空港間に40分間隔で運行されている。 基本的に信号は駅の信号室で取り扱う。 そのため事故などでダイヤが乱れた場合は各信号室の判断による運行が行われ、運転再開は他社に比べて早いが、運行中に種別が変更される場合もある。 また通常ダイヤ以外に、貸切イベント列車を運行することがある。 2017年までも企業からの申し込みに対応してなどを走らせていたが、個人のやなどの受け付けも2017年10月から始めた(実施は最短で3か月後)。 品川駅と三崎口駅を結ぶ長い路線でありながら、乗車に際してが必要となるのほかは、別料金を徴収するはない。 車両 京急の現有車両は沿線の金沢八景駅山側に立地する 、およびその後身のと(旧・川崎車輛)の2メーカー製で、総合車両製作所(東急車輛製造を含む)と川崎重工業でそれぞれほぼ半々の割合で製造されている。 なお東急車輛が無かった戦前は、(汽車会社。 時点で798両を保有する。 各形式の詳細、使用線区、運用などについてはそれぞれの記事を参照されたい。 外観 経営・技術面など多方面から範としたのの影響から、創業以来の伝統としてなどの例外を除いて車体は赤く塗装されており、会社のイメージカラーにもなっている。 塗色のパターンは幾度か変遷があり、現在では、窓下に白帯が入るもの、窓周りが白く塗られているもの(800形で初めて採用され、現在では600形・2100形・新1000形で採用している)がある。 3月に登場した京急初のステンレス車両・6次車より、車体幕板と腰板に赤色のを施し、さらに窓下に白帯を入れアクセントとした外装となり、度製造の15次車の6両編成まで継続された。 同年度製造の15次車4両編成(1800番台)以降は、赤色に窓周り白色のラッピングが窓枠及び客室扉と乗務員室扉の周りを除いた車体側面全体に拡大され 、さらに2017年度に導入された17次車からはラッピングではなく、ステンレス車体に全面塗装が施されることになり、5次車以来となる全面塗装車体で導入されることになった。 京急の電車に広く見られる赤地に白帯のデザインは、友好鉄道協定を結んでいるにおいても、より同年までの期間に第1編成においてラッピングで再現された。 600形以降の車両は先頭車両前面は丸みを帯びていて、独特な楕円形のテールライトと急行灯をもつ。 京急ラッピング仕様の(2016年) 種別・行先表示 視認性の問題から行先表示に3色LED表示器は導入しなかったが、フルカラー・白色が実用化され視認性に特に問題なかったこと、多くの色を表現でき種別案内が色で可能になったこと、行先の増加や運転系統の変化に伴い幕交換が多数発生している現状を踏まえ、2005年(平成17年)以降製造車両から本格採用した。 2010年3月頃よりに類似したフルカラー・白色LED行先表示(日本語・英語を交互表示)が搭載されるようになり、LED装備車全車の表示内容を収めた変更が完了している。 また、列車無線装置の機器スペースの都合で、前面のみをフルカラーLEDに交換した編成が出現しており、新1000形や600形、2100形、1500形などが該当する。 1500形の全車LED化に伴って地下鉄直通用の京急車は全車LEDとなった。 相互直通運転を行っている京成電鉄とは異なり、駅名の「京急」は省略しない(「」など)。 以前は「京急」(1987年までは「京浜」)を省略していたが、神奈川新町などを正式駅名表記とするようになった頃から省略しなくなった。 搭載車は、以前は黒地に白抜き文字の表示(さらにそれ以前は白地のローマ字無し)であったが、現在では白地のローマ字入り幕に交換が進んでいる。 かつては行先板を使用していた名残りから「新町()」「文庫()」など省略駅名を表示していたが、現在は行を「羽田空港」と表示するのを唯一の例外として、京急線内の駅についてはすべての車両が正式な駅名を表示するようになっている。 特殊な表示形態として以下のものがある。 と快特を区別するため、エアポート快特には「快特」の文字の前に飛行機のマークを表示する(他社の車両も同様)。 2012年10月21日からは、アクセス特急との統一と誤乗防止のため、橙色となる。 京成線内から羽田空港へ向かうアクセス特急や快速、または京急線内のエアポート急行についても同様に「(飛行機マーク)アクセス特急」「(飛行機マーク)快速」「(飛行機マーク)急行」の表示を行う。 ただし、「エアポート急行」の表示機能のない車両は「急行」の表示を行う。 一部の行上り列車はまで「品川 方面泉岳寺」と表示する(搭載車に限る)。 その場合は、品川駅到着前に「泉岳寺」単体表示に変更する。 「」の種別表示「 Wing」は横幅の広い行先表示箇所に表示され、行先が種別表示箇所に表示されるのが2000形の時からの京急ウィング号ならではの特徴であった。 現在は新種別幕の追加および全車両共通幕化改造により、他の列車種別と同様に種別が種別幕に、行き先が方向幕に表示されるのみとなった。 京成線への直通列車では、駅名の「京成」を省略する(は「成田」と表示など)。 京成線への直通列車のうち、で行に接続する列車は京急線内で「 成田空港方面 佐倉」と表示する。 基本的に品川駅到着前に「佐倉」の単体表示になるが、稀に都営浅草線・京成線内でも表示することがある。 への直通列車は品川まで「 品川・方面 」もしくは「 品川・日本橋方面 」と2行に分けて乗り入れ先を強調した行先を表示する。 なお、新1000形のLED車および1500形と600形(前面のみ)の前面は「 品川方面 印西牧の原」もしくは「 品川方面 印旛日本医大」と2行に分けて行先を強調した表示がなされ、側面は1行で同じように表示する。 どちらも品川駅到着前に「印西牧の原」「印旛日本医大」の単体表示に変更する。 ただし、京急川崎駅から折り返さない列車については「京急川崎」と表示する。 のフルカラー行先表示機(成田空港行) 種別色• エアポート快特(旧表示)・快特…緑• 特急…赤• エアポート急行…青• 普通…黒 型式呼称 形式呼称は、京成電鉄や東京都交通局およびと同様に「…系」ではなく「…形」を使用し、相互乗り入れを行う各事業者の車両と形式番号が重複しないように2000番台より若い数字を用いる(京成車は3000番台、都営車は5000番台、北総車は7000番台、千葉ニュータウン鉄道車は9000番台。 なお、時代は元京浜電鉄・湘南電鉄の車両に5000番台が振られていたが、京急の分離独立時に5000を引いて一斉に改番した)。 また、京急では必ずしも編成を固定しておらず、1500形を中心に現在でも編成替えが多く行われていることから編成を表す「…F」(「編成」を意味する英単語Formationの頭文字)などの呼称は用いられていない。 さらに、京急線内では車両形式と編成を表す記号も使用されており、一例を挙げると、2代目1000形の8両編成では「8V」などと呼称されている(出典:『京急ダイヤ100年史』)。 仕様 の台車 都営地下鉄線乗り入れ車両 都営地下鉄線に乗り入れる列車は、片側3扉で、貫通扉を備え、火災などの非常時に運転室正面から脱出可能な編成に限定される。 現在、この条件を満たすのは・・とその派生型である。 なおは貫通扉を備え、非常時には正面から避難できるつくりだが、片側3扉という直通規格を満たしていないため、京急・都営線共同利用の泉岳寺駅までの運用(A快特またはC特急が該当)となっている。 800形などの片側4扉車両は、品川駅以南の運用であった。 先頭車両 先頭車両(制御車)は事業用車両クト1形が廃車された2010年度以降は全てとなっており、他社局からの乗り入れ車両についても原則的に先頭台車は重量の重く安定している電動台車に限定している。 これは国鉄、以降、京急線内では脱線事故などの際に転覆事故へと被害を拡大させないこと、車輪とレールの半・導体膜が破壊され短絡感度が良くなり 、の正確な検知を行うことで素早く確実なの転換・信号の開通・踏切の動作が求められているためである。 ただし、過去には京成のや(・)などの先頭付随台車(6M車)の車両(改造前に、主に夏季のや正月の臨時列車で使用された)や、当時先頭車が電動車でなかった(の2期線開通直後の一時期)が例外的に入線した時期もあった。 台車 は走行安定性の観点から現在に至るまで採用されておらず 、ダイレクトマウント式のボルスタ(枕ばり)付き台車を採用している。 軸箱支持装置についても円筒案内式が多くを占めており、これ以外の採用例は2代目800形のペデスタル式や3代目600形の軸梁式程度である。 その他 の電気機器メーカー「」社製や製座席、製座席カバーを使用するなど、日本以外からの技術導入も積極的である。 は全車両で3. 3 - 3. かつて運行していた週末座席指定特急では禁煙プレートにを差し込み、を置いて喫煙可能にしていた名残で、3代目600形まで独特の形をしていた禁煙プレートを採用していた。 1988年に、関東地方の大手私鉄では初めて全車両の化を達成した。 なお総合車両製作所製の電車の製造銘板には、同社の対外通称である「J-TREC」のロゴを記載することを大手私鉄中唯一認めておらず、漢字で「総合車両製作所」とだけ記されている。 現有車両 地下鉄乗り入れを行う8連は全てアクセス特急に対応している。 旅客用車両• - 6連は線内普通列車・で運転。 2007年製造の6次車以降は製となる。 - 線内優等列車専用(泉岳寺乗り入れ可能)2ドア車。 - 6連は線内普通列車・エアポート急行で運用。 4連は。 事業用車両• 800形(2代) 開業期から京浜急行電鉄成立以前までに下記3形式の木造車両が在籍した。 形式はいずれも製造時のもの。 一部は京急分離独立後にも在籍していた。 このほか、大師電気鉄道開業時から大正時代まで木造2軸電車が在籍していた。 廃車後の地方私鉄への譲渡先は、やと比べると多くないが、特筆すべき譲渡先としてはが挙げられ、木造車時代から平成に入って引退した車両まで、多くが譲渡されている。 特に近年のとはほとんどが元京急車である。 設備 運転保安装置 運転保安装置は全線で乗り入れ先各線と共通のを採用していたが、(平成21年)よりに更新した。 は久里浜の車両管理区を中心にとを加え計3か所を有する。 立体交差化事業 路線はかつての軌道線や地方鉄道に由来するため地上を走行する区間が多かったが、各地で立体交差化が進んでいる。 近年は - 間の高架化やの一部地下化、付近の高架化が行われた。 特に京急蒲田駅周辺ではやに跨るため慢性的な交通渋滞の要因となっていたことから、早急な高架化を実現するために大部分で直接高架工法を導入してが行われ 、(平成24年)10月には事業区間全線が高架化。 (平成29年)に事業全体が完了した。 待避線 では列車衝突の防止および信号現示の効率化のため、にを設けることを基本としている。 これにより、待避列車に対しYY現示(警戒)でなくY現示(注意)で進入させることができ、また後続列車に対しても場内信号機にG現示(進行)を早く出すことができる。 旅客案内施設 大規模な駅では発車時刻や行先などを表示するのLED式表示装置、液晶式表示装置への更新も行われているが、依然主要駅でもが使われている駅もある。 また、、、、はどでは外国人の利用客を意識して日本語、英語のみならず、の表示にも対応している。 品川駅1番線、京急蒲田駅1,4番線、羽田空港第3ターミナル駅、羽田空港第1・第2ターミナル駅、京急川崎駅3番線、横浜駅では自動放送装置も導入されている。 ドア数や車両数の違いや分割・併合の多さ、先着などの案内が複雑なため主要駅への自動放送装置導入には消極的だったが、詳細なアナウンスができるシステムが構築され、駅員によるアナウンスと遜色のない細やかな情報が提供されることが特徴である。 その他、接近する列車の種別が表示される簡易案内装置が多くの駅で導入されている。 あくまで接近列車の種別を示すもので、JRの ATOS のように次発列車の時刻・種別を案内するものではない。 当初は機械式だったが、現在はLED式となっている。 また、併せて列車接近自動放送(通過・停車別)が導入されている駅も多いが、内容は非常に簡易的である(例:「まもなく、上り、快特が、到着致します。 危険ですから、黄色い線の内側に、下がって、お待ちください。 また、(平成20年)より「京急駅メロディ大募集」として同年7月に一般公募により決定したが京急線内主要17駅(品川・青物横丁・立会川・平和島・京急蒲田・羽田空港(現:羽田空港第1・第2ターミナル)・京急川崎・横浜・上大岡・金沢文庫・金沢八景・新逗子(現:逗子・葉山)・横須賀中央・堀ノ内・浦賀・京急久里浜・三崎口の各駅)で、として使用が開始されている(後に生麦・羽田空港第3ターミナル・港町・井土ヶ谷・追浜・三浦海岸の各駅や、期間限定で梅屋敷・川崎大師の両駅でも採用された。 それぞれの駅の採用曲は「」の項目を参照)。 メロディはの制作で、編曲はが手掛けた(品川駅と羽田空港第1・第2ターミナル駅の『』は除く)。 なお、ご当地ソングを鉄道事業者が採用している例はこれが初めてではなく、既に(西鉄)で行っているが、西鉄では列車車内でのメロディでの採用に対して京急では駅の案内で使用している点が異なる。 ホームで駅員が監視業務をしていない駅では車掌がを通じて駅ホームスピーカーを使い(一部の京成車は車外で直接)、種別、行先、ドア閉めの告知をしており、笛や発車ブザーによる発車案内は主要駅を除き省略されている。 通過待ちをする列車の乗務員はホームに立ち通過監視を行うのが慣習になっているほか、車掌による発車時のホーム監視は8両編成以下の場合乗務員室扉を開けて行っていたが(設置駅を除く)、近年は安全のため乗務員扉を閉め窓から監視するようになっている。 また監視に集中することから、車掌と駅員の間での敬礼は行われない。 また、車両は羽田空港・・・寄りを 1号車とし、品川寄りを大きい数字(12両編成の場合12号車、8両編成の場合8号車)としている。 1月28日、羽田空港国際線ターミナル駅(現:羽田空港第3ターミナル駅)に、目の錯覚を利用した「サイン」を全国の駅で初めて導入している。 駅務施設 は現在すべてが式多機能券売機となっているが、の導入に合わせてPASMO対応への改造が行われた。 一部には発行機能(新規含む)が搭載され、利便性向上を図っている。 7月下旬から品川駅を皮切りに、自動券売機が順次更新されている。 (平成6年)には独自のを導入し、対応するの販売・利用が開始された。 一方での利用開始は機器更新が間に合わず、(平成12年)のサービス開始時には導入せず(平成13年)以降の予定としていたが、羽田空港駅(現:羽田空港第1・第2ターミナル駅)開業に伴う乗客増加に対応すべく、2000年に前倒しで導入した(ただし導入当時は対応自動改札機が限定されていた)。 その他の駅の設備 全駅にの設備が設置されており、・のサービスが利用できる。 また、の公衆無線LAN設備も設置されており、の公衆無線LANサービスも利用できる。 運賃 大人普通旅客運賃(小児半額・ICカードの場合は1円未満の端数切り捨て、切符利用の場合は10円未満の端数切り上げ)。 キロ程 km 運賃(円) ICカード 切符 初乗り3km 136 140 4 - 6 157 160 7 - 10 199 200 11 - 15 242 250 16 - 20 283 290 21 - 25 314 320 26 - 30 367 370 31 - 35 430 430 36 - 40 492 500 41 - 45 576 580 46 - 50 650 650 51 - 55 723 730 56 - 60 796 800 61 - 65 870 870 66 - 67 943 950 JR線との競合のため、品川駅 - 横浜駅で303円(切符は310円)、品川駅 - 京急川崎駅、京急川崎駅 - 横浜駅で232円(切符は240円)の特定運賃を設定。 これに伴い、品川駅 - 神奈川駅・京急東神奈川駅、北品川駅・新馬場駅 - 横浜駅などの区間でも特定運賃を適用。 羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅発着の運賃は50円を加算 天空橋駅 - 羽田空港第1・第2ターミナル駅間内のみの利用は加算運賃なし。 割引運賃 羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅 - 都営線各駅、都営線経由で他社線までの運賃は、大人60円・小児30円の割引。 都営線を経由して東京メトロ線各駅との運賃は、都営線・東京メトロ線間の連絡特殊割引(大人70円)を適用。 羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅 - 京成線空港第2ビル駅・成田空港駅の運賃は、大人90円・小児50円の割引。 京成本線経由、成田スカイアクセス線経由両方とも適用される。 品川 - 新馬場の各駅と泉岳寺駅を経由して都営浅草線大門駅 - 五反田駅、泉岳寺駅・三田駅を経由して都営三田線白金高輪 - 芝公園の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。 子安 - 日ノ出町の各駅(横浜駅を除く)と新高島 - 馬車道の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。 このほかにも有人改札口でによるおよび初乗り運賃の乗車券を発売していたが、2012年2月現在は京急線全線で硬券の発売は終了している。 と同様に、羽田空港への路線が就航している空港にも券売機が設置されており、羽田空港からの乗車券を購入することができる。 から、 ANA が運営すると連携し、全国17の空港に設置されている京急の券売機できっぷを買うとANAのマイルが貯まる「京急ANAのマイルきっぷ」の発売を開始した。 割引乗車券 横浜1DAYきっぷ B券 京急線は、沿線に三浦半島、横浜といった観光地や羽田空港を擁し、観光客を始めとする利用者に向けて様々な割引乗車券を発売している。 なお、ここでは単に「羽田空港駅」と記した場合、羽田空港第3ターミナル駅と羽田空港第1・第2ターミナル駅の両方が含まれる。 発売中の割引乗車券 三浦半島1DAYきっぷ/三浦半島2DAYきっぷ 京急本線金沢文庫駅 - 浦賀駅、逗子線・久里浜線全線および三浦半島エリアの指定区間が乗降自由、三浦半島の各種施設の優待特典が付く。 各々1日ないし2日間有効。 以前は横須賀市内エリアをフリー区間に収めたものも発売していた。 京急線乗車駅 - 三崎口駅の往復乗車券と、三崎エリアの京浜急行バスが乗り降り自由、料理の食事券、レジャー施設利用券が付く。 1日間有効で、乗車券は往復とも後戻りしない限り途中下車も可能である。 なお、三浦国際マラソン当日は発売休止となる。 東京1DAYきっぷ 京急線乗車駅 - 品川駅の往復乗車券と、フリー区間となる京急線泉岳寺駅 - 品川駅および(・・・、即ち都営部分はと同等の効力)が乗降自由。 泉岳寺駅を除く京急線各駅で販売している。 1日間有効。 以前は「TOKYO探索きっぷ」の名称で発売していた。 横浜1DAYきっぷ 京急線横浜駅 - 上大岡駅および横浜駅 - 上大岡駅(ただし - では途中乗降不可)、全線、(横浜都心部の一部区間)が乗降自由。 1日間有効。 「みなとぶらりチケット」に京急線横浜駅 - 上大岡駅間とみなとみらい線を追加したものといっても良い。 弘明寺みうら湯きっぷ 乗車駅 - 弘明寺駅の往復乗車券と「みうら湯弘明寺店」の入場割引券。 2日間有効。 橋脚耐震工事による長期休業のため、2015年4月1日から1年間発売を停止していた。 東京湾フェリー往復きっぷ 京急線乗車駅 - 京急久里浜駅および京急久里浜駅 - の京急バスと、久里浜港 - の往復乗車券。 4日間有効。 京急羽田・ちか鉄共通パス 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅の片道乗車券と都営・東京地下鉄共通一日乗車券。 羽田空港第1・第2ターミナル駅と羽田空港第3ターミナル駅で発売。 東京トラベル1DAYパス/東京トラベル2DAYパス 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅(品川駅でも乗降可能)の片道乗車券と都営地下鉄一日乗車券(ワンデーパスと同等の効力)。 羽田空港第1・第2ターミナル駅と羽田空港第3ターミナル駅で発売。 空の旅おでかけきっぷ 京急線羽田空港駅 - または経由 - 各駅(一部を除く)の割引乗車券。 1日間有効。 羽田空港第1・第2ターミナル駅と羽田空港第3ターミナル駅で発売。 羽得きっぷ 関東地区を除くとの窓口(一部を除く)で発売。 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺または横浜駅の往復割引乗車券。 9日間有効。 羽得2枚きっぷ 券売機を設置している空港で発売。 また、航空会社との提携で品川駅・横浜駅・羽田空港駅でも発売されることがある。 効力は10日間有効であること以外は上記の羽得きっぷと同じだがこちらは2枚1組となっているのでペア乗車券としても利用できる。 よこすか満喫きっぷ 「よこすかグルメきっぷ」の後継商品。 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間電車バス乗車券、選べる食事券(または)、施設利用券またはお土産引換券。 当日限り有効。 葉山女子旅きっぷ 京急線乗車駅 - 逗子・葉山駅までの往復乗車券、フリー区間電車バス乗車券、選べる逗子・葉山ごはん券、お土産引換券。 「女子旅」と記載されているが、男性も購入できる。 当日限り有効。 羽田京急きっぷ 日本各地の空港のの往復乗車券と、京急線往復乗車券がセットになったきっぷ。 京急線内では羽田空港第1・第2ターミナル駅から品川(泉岳寺)または横浜までならどの駅でも利用可能。 バスの乗車券、京急の乗車券とも2枚1組になっているのでペア乗車券としても使える。 有効期限は10日。 2013年8月現在、 - 札幌・室蘭、 - 帯広、 - 秋田、 - 富山、 - 金沢、 - 大阪・京都・神戸、 - 広島、 - 小倉・折尾、 - 小倉・佐賀・久留米・荒尾・熊本・日田・由布院・別府・長崎・佐世保、 - 長崎・ハウステンボス・佐世保、 - 熊本、 - 別府・大分、 - 鹿児島間のリムジンバスとのセット券が発売されている。 過去に発売されていた割引乗車券 平和島温泉クアハウスきっぷ 乗車駅 - 平和島駅の往復乗車券と「平和島温泉クアハウス」の入場割引券。 2日間有効。 2011年6月現在、発売終了。 記念艦三笠きっぷ テレビドラマ『』の放送に合わせて発売されていた割引乗車券。 2012年3月31日までの期間限定発売。 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間および「」の入場引換券、のハンカチが付く。 なお、中学生の場合は記念品がプレゼントされる。 また、小人用の設定はない。 1日間有効。 大田江戸前きっぷ 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間および食事券(指定された10店舗の中から1品選ぶ)、商店街おみやげ券 または レトロ喫茶券。 当日限り有効。 1日間有効。 2014年3月31日で販売終了。 よこすかグルメきっぷ 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間電車バス乗車券および選べる食事券(「」または「よこすか海軍カレー」)。 よこすか満喫きっぷの発売に伴い、発売終了。 広報 広報誌• 京急のまちマガジン なぎさ(偶数月の1日発行)• Haneiro KEIKYU• MIULIKE• 京急線 普通電車の旅(廃刊) 企業博物館 本社1階に「京急ミュージアム」が2020年1月21日に開館した。 他社との相互旅客誘致• 、、、、ならびになどと共同で、空港アクセスPRなど相互の旅客誘致活動を推進している。 2012年には京急がの沿線を、西武が京急の沿線を互いにPRするを施した電車を半年間運行した。 2018年の開業20周年を記念して、2100形の塗装を模したが他事業者において運行されている。 以下、運行開始順に記す。 (大阪モノレール) - 2017年10月10日から21編成に実施• - 2018年2月8日からに実施• - 2018年2月10日から1203号に実施• - 2018年2月20日から9504号に実施• - 2018年4月16日から(元1000形(初代))1083編成に実施• - 2018年4月23日から3905号に実施• 同じが創業した縁で、2019年に京急開業120周年と全通100周年で相互に連携。 高松琴平電鉄の京急ラッピング電車 キャラクター• 2009年頃に展開されたキャラクターである。 電車を模した箱の中に「」の女の子が制服姿で乗り、電車の運行業務を行う意匠となっている。 愛称の「ドレミたん」は、電車に採用されている・社製およびから発する磁励音(通称「ドレミファインバーター」)に由来する。 箱のデザインモデルとなる電車は、愛称の由来となった2100形のほか、 KEIKYU BLUE SKYTRAIN や(ステンレス車) のバージョンもあった。 2009年3月、が販売するゲームソフト『』のとして公式サイトにアップデートされた「京急検定」に登場したのち、同年11月にリニューアルした公式モバイルサイトなどでも使用された。 また、京急系列のホテルでは関連グッズを付属させた宿泊プランの販売も行われた。 けいきゅん• 2011年10月に羽田空港国際線ターミナル駅(現:羽田空港第3ターミナル駅)開業1周年となったことを記念して作成されたキャラクターである。 「開業1周年記念祭」の告知とあわせて愛称の公募が開始され、同年11月に結果発表し命名された。 京急によると、同社の広報活動全般に展開するとしている。 協賛番組 現在• () - 番組終盤のローカルセールス枠のスポンサー(複数社のうちの一つ)で、「京急電鉄」の表記。 () - 番組内コーナー「京急情報ステーション」。 京急沿線の情報と同社イメージガール(歴任者になど)を起用し、沿線で撮影されたイメージビデオを放送。 (フジテレビ) - 2018年3月25日を持って降板。 なお、同番組の最終回は翌週4月1日だった。 空港線の羽田空港延長後は、地方からの羽田空港到着便利用者を対象として、京急沿線とつながりのないなど遠隔地の放送局の番組に複数社提供社として名を連ねたり、スポットCMを出稿したりした例があり、過去にでは『』の7時半以降のローカルセールス枠のスポンサー(複数社のうちの一つ)となったことがある。 その他• の「品川港南口店」に2017年7月より期間限定で設置された、電車の運転席・客席を模した「京急電鉄カラオケルーム」の監修に協力した。 関連会社• 「京浜急行電鉄株式会社」の直訳。 同じく関東の大手私鉄(略称:東急)もかつて公式通称は「東京急行」だったが、現在は「東急電鉄」となっている。 京急蒲田、京急川崎、京急新子安、京急鶴見、京急富岡、京急田浦、京急大津、京急久里浜、京急長沢、京急安浦(現・県立大学)各駅が該当。 『京浜電気鉄道株式会社沿革』にも本社ノ事業ノ一段落ヲ告ゲタルモノと記述• 現在のとは別。 はの管理駅(都営地下鉄浅草線との共同使用駅)であるため。 割引用manaca、障がい者用nimoca、割引用はやかけんは相互利用対象外。 従来の誘導無線式列車無線(IR無線)との併用。 は・のみ導入。 また、近接駅により遠隔操作される駅もある。 2014年に横浜金沢プロパティーズへ商号変更後、2016年に東京急行電鉄に吸収合併され解散した。 の場合は逆に白地から黒地白抜き文字表示に変更している。 ただし、京急線に他事業者のボルスタレス台車装備車が入線したことはあり、11月から1月にかけて同方式の台車を装備するが終電後の深夜に久里浜事業所まで自力走行で入線している。 関東地方の私鉄ではが先(1987年)に全車両の冷房化を達成したが、当時の相鉄は大手私鉄ではなかった。 2019年9月30日までは170円加算だった。 旧加算運賃(170円)適用時は、京急蒲田駅 - 穴守稲荷駅と羽田空港の2駅間に特定運賃の設定があった(例:京急蒲田駅 - 羽田空港国内線ターミナル駅〈現:羽田空港第1・第2ターミナル駅〉間335円〈切符は340円〉)• 三崎エリア全体の施設・店舗の混雑や交通規制に伴うバスの運行中断・経路変更などを考慮しての措置。 中学生以下は記念艦「三笠」の入場料が無料であるため。 2018年4月7日深夜(翌8日未明)の土曜深夜(日曜未明)から新規。 京浜急行電鉄 企業・情報(2018年3月16日閲覧)• 三浦半島に訪日客呼べ/京急創立120周年、新収益源に/「ドル箱路線」競合激化 知名度向上に種まき『』2018年3月8日(食品・日用品・サービス面)。 『』ニュースサイト(2018年11月13日)2018年12月23日閲覧。 『日本経済新聞』朝刊2018年5月17日(企業1面)2018年6月4日閲覧。 『日本経済新聞』朝刊2018年3月14日(首都圏経済面)2020年1月26日閲覧。 - 京浜急行電鉄ニュースリリース(2018年11月19日)2018年12月23日閲覧。 - 京浜急行電鉄ニュースリリース(2019年9月2日)2020年1月26日閲覧。 - 京浜急行電鉄ニュースリリース(2019年5月20日)2020年1月26日閲覧。 『』 毎日新聞社. 2019年5月23日. 2019年5月27日閲覧。 IRニュース. 京浜急行電鉄 2010年10月19日. 2013年6月4日時点の [ ]よりアーカイブ。 2017年1月13日閲覧。 『SUBWAY 日本地下鉄協会報』第208号. 46-47. 2018年10月6日閲覧。 京浜急行電鉄. 2018年10月6日閲覧。 (デジタルコレクション)• 「黎明期の京浜電車」寺島京一、『』1967年1月・67号• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 『』 交通新聞社 : p. 2000年11月2日• , 2016年3月19日閲覧。 報道発表資料. 京浜急行電鉄 2009年9月30日. 2010年1月11日時点の [ ]よりアーカイブ。 2014年6月22日閲覧。 ニュースリリース. 京浜急行電鉄 2015年2月18日. 2015年4月5日閲覧。 『』2017年8月号 No. 935 p238 - 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ISSN 0915-9231• 『』2017年8月号 No. 935 p58 - p61、• - 大田区• - 大田区• 『鉄道ピクトリアル』2017年8月号 No. 935 p192 - p197、電気車研究会• 朝日新聞 2019年1月28日. 2019年1月28日閲覧。 - 京浜急行電鉄、2019年9月10日• PDF プレスリリース , 京浜急行電鉄, 2019年2月19日 , 2019年10月1日閲覧。 (京急グループのお知らせ) - 京浜急行電鉄(2016年3月14日付、2016年4月30日閲覧)• - 京浜急行電鉄• (京急グループのお知らせ) - 京浜急行電鉄(2014年2月25日付、2014年7月12日閲覧)• - 京浜急行電鉄、2012年3月21日• railf. jp(鉄道ファン). 交友社 2017年10月14日. 2018年4月26日閲覧。 京浜急行電鉄 2018年1月22日. 2018年3月30日閲覧。 京浜急行電鉄 2018年2月9日. 2018年4月22日閲覧。 、 2018年4月23日閲覧。 railf. jp(鉄道ファン). 交友社 2018年2月21日. 2018年4月23日閲覧。 京浜急行電鉄 2018年4月10日. 2018年4月22日閲覧。 京浜急行電鉄 2018年4月20日. 2018年4月22日閲覧。 京浜急行電鉄 2019年1月15日• - オリコンキャリア(2009年3月13日付、2012年7月22日閲覧)• - Walker Plus(、2009年5月31日付、2012年7月22日閲覧)• (報道発表資料) - 京浜急行電鉄(2009年7月28日付) [ ]• (トップページ内「人気のプランをご紹介」) - 京急EXイン浅草橋駅前(2012年7月22日閲覧)• (ニュースリリース) - 京浜急行電鉄(2011年10月14日付、2012年7月22日閲覧)• (京急グループのお知らせ) - 京浜急行電鉄(2011年12月15日付、2012年7月22日閲覧)• (京浜急行電鉄プレスリリース、2017年10月5日閲覧)• (京浜急行電鉄プレスリリース、2018年7月19日閲覧)• 京浜急行電鉄ニュースリリース(2018年3月20日)2018年6月4日閲覧。 『』2018年5月8日(住建・不動産面)2018年6月4日閲覧。 参考文献• 『京浜急行八十年史』京浜急行電鉄 社史編集班 編、京浜急行電鉄、1980年3月15日。 『京浜急行百年史』京浜急行電鉄 編、京浜急行電鉄、1999年3月。 『京浜電気鉄道沿革史』京浜急行電鉄 編、京浜急行電鉄、1949年5月。 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 に関連するメディアがあります。 外部リンク• keikyunofficial -•

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京浜 急行

0 KK01 ・ ・ 0. 7 KK02 大横町駅 -1908 黒門駅 -1904 1. 2 北馬場駅 新馬場駅に統合 1. 4 KK03 1. 6 南馬場駅 新馬場駅に統合 2. 2 KK04 海晏寺駅 -1904 2. 7 KK05 3. 1 浜川駅 -1944 土佐山駅 -1912 3. 5 KK06 4. 2 鈴ヶ森駅 -1942 4. 8 KK07 大森停車場前駅 海岸駅 -1904 5. 2 大森八幡駅 -1944 大森海水浴場前駅 -1929 5. 7 KK08 6. 5 KK09 7. 2 KK10 8. 0 KK11 KK17 下町駅 -1923 8. 6 -1949 9. 4 KK18 八幡塚駅 -1906 10. 6 KK19 中町駅 / 目次• 概要 [ ] 路線は南部のから沿いに南下し、神奈川県南東部・横須賀市東部へと延びる。 および同線を介して・と相互を行っており、とも、都営浅草線・京成線を介して直通運転を行っている。 とともにへのとしても機能しており、京成電鉄がに乗り入れているため、羽田・成田の2空港を連絡している。 路線データ [ ]• 路線距離:56. 7km• :1435mm• 駅数:50駅(起終点駅含む)• 区間:全線(うち - 間は3線、 - 間は)• 区間:全線(1500V)• :自動閉塞式• 保安装置:• :方式 IR 、デジタル空間波無線方式(デジタルSR)(併用)• 最高速度:120km 運行形態 [ ] 原則的に10分サイクルのが組まれている。 本線からはを除く京急各線へ直通列車が運転され、はすべてからに直通する。 ただし、朝には浦賀発着の(一部は金沢文庫駅以北快特)も運転される。 へは品川・横浜両方面から直通列車が設定されている。 都営地下鉄浅草線や京成電鉄各線などとを行っており、以下に挙げる路線の各駅へ直通列車が存在する。 空港線へ乗り入れる列車が多く、一部は久里浜線やと直通する。 現在、以南への直通はほぼ自社の車両に限られ、朝・夜にの車両が数本乗り入れる程度だが、かつては京成電鉄や北総開発鉄道・(現・北総鉄道)の車両も乗り入れていた。 なお、2018年12月8日以降は京成車については平日のみ久里浜線まで1往復設定される。 都営地下鉄浅草線・・経由• 京成本線・経由成田空港駅• 京成本線・経由• 京成本線・・経由 現行ダイヤにおける拠点駅の1時間あたりの運行本数は、横浜駅では日中18本、平日朝のピーク時で26本である。 また品川駅では、京急蒲田方面が日中21本、平日朝24本、泉岳寺方面は朝 - 日中がおおむね12本、夜間9本となっている。 最高速度と所要時間 [ ] 京浜間では開業時より伝統的に高速運転が行われてきた。 これは、や、方面へは、羽田空港アクセスではと競合するためである。 京急の前身でに創立されたは、最高速度がわずか8 12. その後、には急行運転、にはによる追い越し運転が実施され、緩急結合運転が始まった。 抑速現示による速度制限を受けている状態では従前の進行現示と同等の距離で停止でき、最高速度の向上が可能となった。 抑速現示は京急が日本で初めて採用した方式であり 、その後は2009年にで、2010年に京成成田スカイアクセスでも採用された。 列車種別 [ ] 現行の列車種別 [ ] 詳細は「」を参照 平日夜間の下り方面にのみ運転される、着席通勤を目的とした列車であり、他社の「」に相当する。 始発駅である品川駅から乗車する場合には「」(300円)が必要だが、上大岡駅 - (一部列車は京急久里浜駅)間については一般の「快特」として運行されるため、乗車券のみで乗車できる。 停車駅や着席整理料金など一般の快特とは趣を異にするが、正式な種別は「快特」となっている。 全列車がに直通し、本線の泉岳寺駅 - 品川駅間や堀ノ内駅 - 浦賀駅間、などには乗り入れない。 車両は、2ドアクロスシート8両編成が専用で用いられており、運行開始当初は、2019年現在はとなっている。 品川駅から上大岡駅までの所要時間は32分である。 詳細は「」を参照 都心方面と(羽田空港)を結ぶ特急料金不要の最速達列車で、 - 間をで走行し、に着発する列車である。 全列車・全区間8両編成で運転される。 2012年(平成24年)10月ダイヤ改正以降は、日中の列車はに直通し、から「アクセス特急」に変更の上でに直通して、に到着するダイヤが40分間隔で組まれている。 また成田空港駅からは、逆のパターンが組まれている。 現行ダイヤでは以下の運行パターンがある。 羽田空港 - 泉岳寺駅(南行のみ)• 羽田空港 - 京成線(北行のみ)• 浅草線内・京成線では普通で運転されている。 羽田空港 - 成田スカイアクセス線経由成田空港駅• 浅草線内はエアポート快特で、京成線・北総線・成田スカイアクセス線内はアクセス特急として運転されている。 車両は成田スカイアクセス線に乗り入れ可能な京急新1000形(1-9次車は2018年まで代走のみだったが、同年より定期運用開始)、600形、京成3000形、3000形50番台、3100形 が使用される。 羽田空港 - 京成本線経由・・成田空港駅、芝山鉄道線• 浅草線内はエアポート快特で、京成線内は快速特急・特急・通勤特急・快速のいずれかで運転されている。 夜間は成田空港駅・成田駅・芝山千代田駅行きがそれぞれ1本運転されている。 車両は京成車が使用される。 「エアポート快特」は、1998年(平成10年)に設定された「エアポート快速特急」を前身とする。 当時は羽田空港へのアクセスのみならず、羽田空港駅(当時。 現在の羽田空港第1・第2ターミナル駅)と京成線の成田空港駅を乗り換えなしで結ぶ最上位の種別として登場し、京急線・都営浅草線内では「エアポート快速特急」、京成線内では「エアポート特急」として全区間で通過運転がされていた。 なお、これらの列車は京成高砂駅で、京成本線の京成上野駅 - 京成高砂駅間を運転する「エアポート特急」に接続していた。 特に都営浅草線内で通過運転を行ったことが画期的であったが、京急線内での扱いは快速特急と同じであり、名前だけを差別化した形であった。 1999年(平成11年)にエアポート快特に改称する。 2000年代の一時期(2002年頃)は京成線内の扱いが快速への格下げと運転区間の短縮により成田空港駅まで到達しない列車が大半となり、当初の目的を果たしているとは言い難い状況になっていたが、2010年(22年)7月17日に(成田スカイアクセス)が開業し、京成線内を京成本線経由から、こちらに切り替えることで再び両空港を乗り換えなしで結ぶ列車として運転されるようになった。 これに先立ち、2010年(平成22年)5月のダイヤ改正においてを通過するようになり、京急線内でも快特との実質的な差別化が図られるようになった。 2012年(平成24年)10月のダイヤ改正からは種別の色をオレンジに変更し、快特との差別化および京成線アクセス特急との共通化が図られるようになった。 京成3050形によるエアポート快特 快特 [ ] 現行ダイヤではから久里浜線に直通してやを発着する系統と、から空港線に直通する発着の系統があり、早朝・深夜を除くほぼ終日の設定がある。 1968年(昭和43年)に設定された「快速特急」を前身とする。 快速特急は特急よりもさらに上位の種別で、それまで運転されていたの観光地に向けた列車、ハイキング特急を格上げする形で登場した。 このため当初は土休日に特急の合間に何本か設定されているにすぎなかったが、通勤需要の拡大とともに徐々に設定時間と運転本数が拡大されていき、また本線末端部よりも久里浜線へ直通するダイヤへとなって行った。 夏のダイヤ改正からは通称・略称として用いられていた「快特」が正式名称となり 、同時に「特急」を置き換える形で大増発を行い、日中はほぼ10分に1本は確保されるようになった。 この時・・(以下:都心方面)へ直通する快特も登場している。 さらに2012年10月21日改正では、日中の北総線 - 都営浅草線 - 羽田空港の系統のエアポート急行が快特へ格上げされ、品川駅では約5分間隔で京急久里浜・三崎口方面の列車と羽田空港方面の列車が交互に運転する形となっている。 車両は8両編成を基本とするが、金沢文庫駅 - 品川駅間では4両編成を連結して、大手私鉄最長である12両編成で運転される快特も設定されている。 その場合、金沢文庫駅・品川駅において連結・切り離し作業を行う。 連結列車の運用パターンについては後記に記す。 この12両編成の運用には京急の車両だけが充当される。 都営・京成・北総の8両編成も用いられることも多いが、京成・北総の車両については、ほぼ全列車が都心方面からの羽田空港方面間の運用であるために、京急蒲田駅以南の横浜方面ではほとんど見ることができないほか、方向幕が京成車は京成の種別に合わせて「快速特急」となる。 都営の車両は、本線をそのまま走り三崎口駅を発着する運用も設定されている。 運行当初は久里浜線のまで通過運転を行っていたが、近年は停車駅が増加しており、に空港線が羽田空港駅(現在の羽田空港第1・第2ターミナル駅)まで延伸開業すると同時に京急蒲田駅が停車駅となり、1999年夏のダイヤ改正からは久里浜線内各駅停車となった。 さらに、からのダイヤ改正からは、も停車駅に追加された。 なお、自社路線内では最速の列車であるが、都営浅草線内では大半の列車がとなる。 詳細は「」や「」を参照されたい。 の末尾のアルファベットはA、B、SHの3つが使用されている(他社局の車両が使用される場合をのぞく)。 基本的に、Aは京急線内のみの運用、Bは平日朝の上りの金沢文庫以南が特急・以北が快特の列車とその送り込み(1999年まで存在した通勤快特と同様)、SHは地下鉄に直通する快特の運用に用いられるが 、一部例外もある。 現行ダイヤでの運行形態は以下の通り。 本線線内運転系統• 泉岳寺駅・品川駅 - 京急久里浜駅・三崎口駅• 日中時間帯は2ドアの2100形を中心に使用され、泉岳寺駅まで乗り入れる。 泉岳寺駅では浅草線・京成本線快速・京成成田駅・成田空港駅・芝山千代田駅行きに接続する。 2019年10月28日のダイヤ改正より、土休日の一部の快特の2号車にウィングシートが設定されている。 平日朝・夕ラッシュ時において品川駅 - 金沢文庫駅間については12両編成で運転される。 平日朝下り・夜上りについては基本編成8両の前に付属編成4両を連結して運転され、品川駅着20時台後半以降の列車については基本編成8両の後ろに付属編成4両を連結して運転される。 平日朝上り・夕方下りについては基本編成8両の後ろに付属編成4両を連結して運転される。 土休日朝に下りは品川駅 - 金沢文庫駅で、上りは金沢文庫駅 - 京急川崎駅間において基本編成8両の後ろに付属編成4両を連結して運転される。 日中時間帯以外は平日においては品川駅発着となるが夜に泉岳寺駅行きが1本設定されている。 本線都営浅草線直通系統• 北総線・、京成線・、浅草線 - 京急久里浜駅・三崎口駅• 浅草線(南行のみ)では快特、浅草線(北行のみ)・・京成本線・北総線では普通となる。 ただし平日上り夕方の三崎口発印旛日本医大行きの1本は特急となる。 新1000形・600形を中心に3ドア直通運転対応の京急車で運転される。 ただし、平日夜の上り1本のみ都営の車両で運転される。 日中時間帯において途中、押上駅で直通エアポート快特・アクセス特急や青砥、高砂発着のエアポート快特・快速特急を待避する列車がある。 前者による横浜駅 - 成田空港駅間の所要時間は1時間40分台。 (2017年10月30日以降発のみで三崎口駅)・京急久里浜駅(着のみ)- 成田空港駅• 成田スカイアクセス線・北総線・京成線ではアクセス特急で、浅草線では北行がアクセス特急、南行が快特で運転される。 京急久里浜駅行きは土休日に2本設定されている。 夜に三崎口駅発成田空港駅行きが1本設定されている。 なお夜の列車は2018年12月8日改正以降、京成車で運転される。 車両は新1000形10次車以降、600形 のそれぞれ8両が使用される。 平日朝・夕ラッシュ時の品川駅 - 金沢文庫駅間は12両編成で運転される。 基本編成8両の後ろに付属編成4両を連結して運転される。 空港線直通系統• 泉岳寺駅・品川駅 - 羽田空港• 京成高砂駅・青砥駅 - 羽田空港• 京成車による運転が中心。 エアポート快特と交互に40分間隔で運転される。 浅草線(北行)ではエアポート快特・普通、浅草線(南行)ではエアポート快特・快特、京成押上線・本線内は快速特急・普通で運転する。 また、青砥で京成本線特急(一部は快速特急)に接続する。 北総線印旛日本医大駅・印西牧の原駅 - 羽田空港• 浅草線(北行のみ)・京成線・北総線では普通、浅草線(南行のみ)では快特として運転される。 北総車による運転が中心。 羽田空港発行き• 浅草線ではエアポート快特で、京成線・北総線・成田スカイアクセス線内はアクセス特急として運転されている。 車両は成田スカイアクセス線に乗り入れ可能な京急新1000形10次車以降、600形、京成3000形、3000形50番台、3100形 のそれぞれ8両が使用される。 成田発羽田空港行き• 京成線内は快速特急で、浅草線内はエアポート快特で運転されている。 新1000形による快特(金沢八景駅 - 金沢文庫駅間) 特急 [ ] は、1968年(昭和43年)に「快速特急」(1999年のダイヤ改正より「快特」に名称変更)が設定されるまで本線最上位の種別であり、「快特」設定後も本数の多いダイヤの中心的な種別であったが 、1999年夏のダイヤ改正から空港線に乗り入れる列車を除いた日中のすべての特急が快特に置き換わった。 2016年時点は、早朝深夜・朝夕ラッシュ時のみの運転である。 しかし、その運転範囲は広くを除く全線で見ることができる。 基本的には8両編成での運転だが、品川駅 - 金沢文庫駅(下りは京急川崎駅)間では12両編成で運転されている。 連結パターンについては後記する。 現行ダイヤでは以下の運行パターンがある。 京急線内系統• 三崎口駅・京急久里浜駅・堀ノ内駅(発のみ)・浦賀駅・京急蒲田駅発着 - 金沢文庫駅・・品川駅・泉岳寺駅発着• 平日夕ラッシュ時上りについては品川駅 - 金沢文庫駅間、土曜朝上りについては品川駅 - 金沢文庫駅間は12両編成で運転される。 基本編成8両の前に付属編成4両を連結する。 土休日の京急久里浜発神奈川新町行き1本は都営車で運転されている。 なお2017年10月28日以降は京急蒲田行きは京急久里浜行きに延長され、廃止された。 堀ノ内駅発浦賀駅行き・金沢文庫駅発行き• 送り込みとして設定されている。 なお逗子・葉山駅行きの1本は都営車で運転されている。 三崎口駅・京急久里浜駅・浦賀駅(発のみ)・逗子・葉山駅・金沢文庫駅(発のみ) - 羽田空港発着• 平日朝ラッシュ上りの一部の列車は金沢文庫駅 - 神奈川新町駅間は12両編成で運転される。 基本編成8両の前に付属編成4両を連結して運転される。 土休日の金沢文庫発羽田空港行きは都営車で運転されている。 都営浅草線直通系統• 三崎口駅・三浦海岸駅・京急久里浜駅・浦賀駅(発のみ)・逗子・葉山駅(発のみ)・神奈川新町駅発着 - 浅草線押上駅、京成線青砥駅・京成高砂駅・京成佐倉駅、北総線印西牧の原駅・印旛日本医大駅発着• 浅草線・京成押上線・京成本線・北総線直通。 新1000形などの3ドアの直通運転対応の京急車で運転される。 なお京成佐倉駅発着は原則として新1000形10次車以降及び600形 での運転。 後述の深夜特急1本(2017年10月27日まで)を含めた平日下り4本、同上り3本、土休日2往復は都営車で運転されている。 なお、2018年12月8日ダイヤ改正以降は平日下り1本のみ京成車で運転される。 京成本線内は快速・普通、北総線・押上線内は普通、浅草線(北行のみ)内は普通、浅草線(南行のみ)内は特急となる。 ただし平日上り夕方の2本は浅草線・京成線内は普通として、北総線内は急行として運転される。 平日上りの京成高砂行きの1本は同駅で行先・種別変更して快速京成佐倉行きとなる。 三崎口駅(着のみ)・浦賀駅(発のみ)発着 - 京成佐倉駅・成田空港駅発着• 浅草線・京成押上線・京成本線直通。 新1000形及び600形 での運転。 平日夕方に南行1本設定されている。 なお2017年10月28日以降は土休日朝に浦賀発京成佐倉行きが1本設定される。 また2019年10月28日以降は京成佐倉駅発三崎口駅行きが成田空港駅発に延長された。 京成線内は快速、浅草線(北行のみ)内は快速、浅草線(南行のみ)内は特急となる。 三崎口駅・京急久里浜駅・金沢文庫駅(着のみ)・神奈川新町駅(発のみ) - 成田空港駅• 浅草線・京成押上線・京成本線・北総線・成田スカイアクセス線直通。 新1000形の10次車以降及び600形 での運転。 浅草線(北行のみ)・京成線・北総線・成田スカイアクセス線内はアクセス特急で、浅草線(南行のみ)内は特急として運転。 平日朝ラッシュ時は品川駅 - 金沢文庫駅(下りは京急川崎駅)、土曜朝上りは神奈川新町駅 - 金沢文庫駅では12両編成で運転されている。 平日朝ラッシュ時上りの大半の列車は基本編成8両の前に付属編成4両を連結して運転されている。 それ以外の列車は基本編成8両の後ろに付属編成4両を連結して運転されている。 なお朝ラッシュ時に運行される後4両が京急川崎駅止まりとなる列車はダイヤ上は神奈川新町駅までの運行とされ 、京急川崎駅で切り離しを行なわずに旅客案内上、同駅以南を扱いとして運行され、次の神奈川新町駅で前8両と切り離される。 深夜特急 平日の本線下りが「特急」であることに由来。 品川駅発0時台の京急久里浜行きは金沢文庫駅以遠において、成田空港駅発経由金沢文庫駅行き(京成・北総線内アクセス特急)は京急線内全区間 で途中駅での普通列車や支線の列車との接続がない。 一般に他社では終電は各駅停車としていることから、終電間際に他の特急と区別するために用いられる。 また、土休日は本線全区間において普通列車が終電となる。 なお金沢文庫行きの列車(北総線印旛日本医大駅始発)は都営車で運転されていたが、2017年10月28日以降は京急久里浜駅行き・金沢文庫駅行きのどちらも京急車で運転される。 成田空港駅発は新1000形の10次車以降及び600形 で運転される。 平日ラッシュ時間帯においては、京急線で完結する運用が多い「快特」に対し、当種別は都心方面直通列車となるものが多い。 余った4両は京急川崎駅から客扱いをせずにのある神奈川新町駅までそのまま連結するか 、京急川崎駅で切り離して普通列車として運転される。 平日朝ラッシュ時の一部特急は金沢文庫駅以北は快特として運転される(1999年以前の通勤快特 )。 列車番号の末尾に付けられるアルファベットはC、H、Bが使用されている(京急以外の車両が使用される場合を除く)。 Cは線内運転の列車、Bは平日朝の上りの金沢文庫以南が特急・以北が快特の列車とその送り込み(1999年まで存在した通勤快特と同様)、Hは地下鉄直通の運用に用いられている。 ただし三崎口駅・京急久里浜駅・浦賀駅 - 品川駅・泉岳寺駅間を通して運転される自社線内完結の列車及び折り返しの送り込みとしてHをつける列車が早朝・深夜に存在する。 1999年の改正以後、日中の特急は羽田空港駅(現在の) - 京急蒲田駅 - 京急川崎駅間のみで見られた。 この列車は京急川崎駅 - 金沢文庫駅間で快特と併結、自身の列車種別を快特に変更して羽田空港駅と横浜方面とを結んでいた。 この列車の下り方面行きは併結相手の快特に先行して京急蒲田駅を発車し、京急川崎駅構内のに一時停車して、品川方面からやってきた快特を先にホームに進入させた後、その後部に連結するという珍しい方法で運転されていた。 定期列車としての「特急」が設定されたのは1954年3月22日で、設定当初は平日の朝ラッシュ時のみの運転であった。 1957年3月17日には20分間隔で終日運転されるようになった。 1965年2月20日までは神奈川新町駅ではなく子安駅に停車していた。 停車駅の変遷 特記事項のないものは、支線内は各駅に停車する。 1954年3月22日から• 品川駅 - 学校裏駅(平和島駅) - 京浜川崎駅(京急川崎駅) - 京浜鶴見駅〈上りのみ〉 - 子安駅 - 横浜駅 - 上大岡駅 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅 - 追浜駅〈上りのみ〉- 横須賀汐留駅(汐入駅)〈上りのみ〉 - 横須賀中央駅 - 横須賀堀内駅(堀ノ内駅)〈上りのみ〉 - 浦賀駅• 1954年7月7日(久里浜線直通運転開始。 京浜蒲田駅・馬堀海岸駅が停車駅に追加され、上りのみ停車していた京浜鶴見駅、追浜駅、横須賀汐留駅、横須賀堀内駅は上下とも通過駅になる)• 品川駅 - 学校裏駅 - 京浜蒲田駅(京急蒲田駅) - 京浜川崎駅 - 子安駅 - 横浜駅 - 上大岡駅 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅 - 横須賀中央駅 - 馬堀海岸駅 - 浦賀駅• 久里浜線直通の特急は、横須賀中央駅・湘南久里浜駅(京急久里浜駅)間無停車。 1958年3月17日(追浜・横須賀汐留・横須賀堀内・湘南大津の各駅が停車駅に追加)• 品川駅 - 学校裏駅 - 京浜蒲田駅 - 京浜川崎駅 - 子安駅 - 横浜駅 - 上大岡駅 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅 - 追浜駅 - 横須賀汐留駅 - 横須賀中央駅 - 横須賀堀内駅 - 湘南大津駅(京急大津駅) - 馬堀海岸駅 - 浦賀駅• 久里浜線直通の特急は、久里浜線内各駅停車となる。 1965年2月21日(神奈川新町駅が停車駅に追加され、子安駅が通過駅になる)• 品川駅 - 平和島駅 - 京浜蒲田駅 - 京浜川崎駅 - 神奈川新町駅 - 横浜駅 - 上大岡駅 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅 - 追浜駅 - 汐入駅 - 横須賀中央駅 - 堀ノ内駅 - 京浜大津駅(京急大津駅) - 馬堀海岸駅 - 浦賀駅• 1968年6月21日(青物横丁が停車駅に追加される)• 品川駅 - 青物横丁駅 - 平和島駅 - 京浜蒲田駅 - 京浜川崎駅 - 神奈川新町駅 - 横浜駅 - 上大岡駅 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅 - 追浜駅 - 汐入駅 - 横須賀中央駅 - 堀ノ内駅 - 京浜大津駅 - 馬堀海岸駅 - 浦賀駅• 京成3100形 エアポート急行 [ ] 概要および運行形態 [ ] 2010年5月のダイヤ改正で登場した種別である。 都心方面 - 間を本線・経由で結ぶ列車(一部は・・からの直通列車)と、 - 羽田空港間を逗子線・本線・空港線を経由して結ぶ列車の2系統があり 、ラッシュ時間帯は前者が、日中は後者が中心にほぼ10分間隔で運転されている。 「エアポート」と名がつく通り、基本的に羽田空港発着となるが、ごく一部に羽田空港発着ではない列車も運行される。 なお、品川方面から逗子・葉山駅まで運行する列車は設定されていない。 泉岳寺方面 - 羽田空港間 [ ] (平成22年)まで運行されていた「急行」から列車種別名を変更したものである。 列車種別名を改称した理由は、京急蒲田駅 - 間においても新たにエアポート急行を設定するにあたり、かつて同区間を運行していた「急行」とは停車駅が異なることから、「急行」と「エアポート急行」は別の種別であることを位置付ける目的があり、既存の羽田空港駅(現名称:羽田空港第1・第2ターミナル駅) - 京急蒲田駅 - 泉岳寺方面間の急行と合わせて種別名の統一を図ったものである。 のダイヤ改正から、日中と土休日夜間のエアポート急行については、へ格上げされたため 、これらの時間は運行されない。 朝においては、品川方面からの列車が増発されたが、2010年5月15日まで内のみの運用である急行が毎時3本運行されていたが廃止され、同時間帯はすべての列車が本線直通列車となった。 大多数の列車は、泉岳寺駅から先のとを介して、およびまでを行っている。 このため、北側のエアポート急行は乗り入れ先の車両で運用されていることが多い。 運行パターンとしては例として以下のタイプが存在する。 羽田空港 - 品川駅・泉岳寺駅• 羽田空港 - 浅草線押上駅、京成線青砥駅・京成高砂駅、北総線印西牧の原駅・印旛日本医大駅• 浅草線(北行のみ)ではエアポート快特・普通で、浅草線南行は急行で、京成線では快速特急・特急・普通で、北総線内は特急・普通で運転する。 羽田空港 - 成田スカイアクセス線経由成田空港• 浅草線(北行のみ)・京成線・北総線・成田スカイアクセス線内はアクセス特急で、浅草線南行は急行で運転される。 車両は成田スカイアクセス線に乗り入れ可能な京急新1000形10次車以降、600形、3000形、3000形50番台 の8両編成が使用される。 羽田空港 - 京成本線経由京成佐倉駅・京成成田駅・成田空港駅・芝山千代田駅• 浅草線(北行のみ)内はエアポート快特・快速特急・通勤特急・快速で、浅草線(南行のみ)内は急行で、京成線内は快速特急・特急・通勤特急・快速で運転されている。 全列車京成車で運転される。 羽田空港 - 押上線普通・京成本線快速系統• 羽田空港 - 京成高砂駅 - 京成佐倉駅・京成成田駅• 浅草線(北行のみ)・押上線内は普通で、浅草線(南行のみ)内は急行で、京成本線内は快速で運転される。 京成高砂駅で行先・種別の変更を行う。 平日朝北行2本、全日夜間南行1本のみ運転される。 羽田空港行きの列車は、都営浅草線内においては従来通り「急行」と案内されている。 原則として後続の横浜方面行きの快特(または特急)には追い抜かれない。 泉岳寺方面行きは京急蒲田駅で横浜方面からの快特からの接続をうける。 で普通列車を追い抜くのは朝夕の一部のみ設定されている。 車両 京浜急行電鉄・・・の各事業者に所属する8両編成で運行される。 都営5300形 (平和島駅) 逗子・葉山 - 羽田空港間 [ ] 横浜方面からへのアクセス向上を向上させ、他社線との乗り換え駅において相互間利用で利便性向上を図るために、(平成22年)に新設された。 この区間にはかつて「急行」が存在したことは前記したが、(平成11年)に実施されたダイヤ改正により廃止された ため、今回の「エアポート急行」は約10年ぶりとなる事実上の急行の復活である。 ただし、当時の急行とは停車駅が異なっており、かつて急行停車駅であった ・花月園前駅(現在の) ・・・・は通過駅となり、逆に急行が通過していた仲木戸駅(現在京急東神奈川駅)・井土ヶ谷駅・弘明寺駅・杉田駅・能見台駅 がエアポート急行の停車駅となった。 日中を中心に10分間隔(1時間に6本)、8両編成または6両編成 での運行であり 、ほとんどの列車が逗子・葉山駅 - 羽田空港方面間を運行するが、途中駅である京急川崎駅・神奈川新町駅・横浜駅(始発のみ)・金沢文庫駅を始発・終着とする列車も存在する。 運行時間帯は平日ダイヤでは主に日中と夕ラッシュ時、土休日ダイヤではほぼ終日である。 エアポート急行が運行されていない時間帯には、羽田空港方面発着の快特・特急・普通が運行される。 ほとんどの列車は羽田空港駅 - 逗子・葉山駅での運転であるが、一部列車は神奈川新町駅・金沢文庫駅発着または京急川崎駅終着となる。 平日夕ラッシュ時の下りの一部には、イブニング・ウィング号を介し、横浜駅 - 京急久里浜駅方面の先着列車となるパターンも存在する。 詳細は「」を参照 2010年5月16日以前の運行形態 横浜方面と羽田空港のアクセスは快特・特急の増結車 が担っていた。 しかし、羽田空港方面 - 京急川崎駅間が特急、京急川崎駅 - 金沢文庫駅間が快特・特急、金沢文庫駅以南が普通と複雑なダイヤであった。 主に、平日は新逗子駅(現:逗子・葉山駅)発着、土休日は新逗子駅発着と浦賀駅発着であったが、金沢文庫駅発着も存在した。 2010年5月16日ダイヤ改正 平日日中と土休日終日を中心に20分間隔で運行を開始した。 平日早朝を除き、8両編成で運行された。 羽田空港方面は南太田駅・子安駅・京急鶴見駅で普通を追い抜き、神奈川新町駅で快特の通過待ちをする。 新逗子方面は生麦駅・南太田駅で普通を追い抜き、京急川崎駅と上大岡駅で快特と接続する。 2010年5月15日まで運行していた羽田空港駅(現:羽田空港第1・第2ターミナル駅)駅発着の快特・特急の増結車 と普通を統廃合した性質の列車であるため、京急川崎駅 - 金沢文庫駅間の普通電車は毎時12本から9本に減便され 、金沢文庫駅- 京急川崎駅間の快特・特急で実施されていた品川方面発着列車(8両)への羽田空港発着列車(4両)の増結は平日夜間の下り列車4本を除き廃止された。 また前述のように快特の待避を行うため、横浜と羽田空港を結ぶ最速達列車とはならず 、速達性に問題があり改善は2012年10月21日の京急蒲田完全高架化まで待たなければならなかった。 (2011年3月22日 - 4月3日) 2011年3月11日に発生した()およびなどの各発電所の停止の影響によるに伴い実施された節電ダイヤでは、金沢文庫駅発羽田空港行きの「エアポート急行」1本が - 金沢文庫駅間で「特急」として運転された。 これ以外にも、節電ダイヤとして待避内容が変更となっている場合がある。 (2011年4月4日以降) 普通列車は1時間に6本の運行となり 、日中に運行する一部の「エアポート急行」は4両編成に減車している。 2011年9月23日ダイヤ改正 節電による減車がなくなり、震災前の8両編成に戻った。 さらに、新逗子方面の列車の接続が見直され、生麦駅・上大岡駅で普通を追い抜き・接続し、金沢文庫駅で快特の接続をするようになった。 2012年10月21日ダイヤ改正 これまでは平日日中と土休日を中心に20分間隔で運行されていたが、日中・平日夕ラッシュに増発され、10分間隔の運行となった。 また、日中でも6両編成が運転されるようになった。 普通電車との接続・追い抜きは、上下ともで普通を追い抜き、羽田空港行きはで、新逗子方面行は京急川崎駅と神奈川新町駅で普通と接続する。 土休日の朝方の新逗子方面行は、生麦駅で普通を追い抜き、上大岡駅で普通に接続する。 それに加えて、一部は金沢文庫駅でも普通に接続する。 快特・特急との接続・通過待ちに関して、平日の日中と土休日の日中以降は、上下線ともに上大岡駅で快特の待ち合わせを行うのみ。 平日ダイヤの夕方下りは、京急川崎駅で快特の待ち合わせ(一部は京急ウィング号〈現在のイブニング・ウィング号〉の通過待ち)、上大岡駅で特急の待ち合わせ、金沢文庫駅で快特(もしくは京急ウィング号)の待ち合わせを行う。 夕ラッシュが過ぎると、神奈川新町駅で快特の通過待ち、金沢文庫駅で快特の待ち合わせを行う。 このうちどちらか一方の駅で京急ウィング号との二重待避になる。 土休日の朝方上りは無待避で、下りは神奈川新町駅で特急の待ち合わせもしくは快特の通過待ちを行う。 加えて金沢文庫駅で快特または特急の待ち合わせを行う電車も存在する。 平日の夜間においてはエアポート急行設立以前の運行形態である、羽田空港発の特急が4両編成で運行されていたが、この改正で消滅した。 ダイヤ改正前は4本のみで、すべて新逗子駅行きで運転されていた。 2013年10月26日ダイヤ改正 平日夕ラッシュ時下りの列車の接続・通過待ち・追い抜きが見直された。 京急川崎駅で普通と接続、神奈川新町駅で快特の通過待ち、上大岡駅で特急の接続、金沢文庫駅で快特の接続を行う。 南側のエアポート急行は、とりわけJR線からの乗り換え客を意識している。 杉田駅:・から400m。 京急東神奈川駅:及びとはで繋がっている。 京急鶴見駅:京浜東北線及びの至近距離。 なお、も京浜東北線に隣接しているが、こちらはエアポート急行停車駅ではない。 車両 逗子・葉山駅 - 羽田空港間の「エアポート急行」は京急車による運用が原則で、8両固定編成や4両編成を2本連結した8両編成で運行される。 一部には6両編成で運転されている列車も存在する。 また、の車両(または)によって運行される列車が平日下り4本、同上り2本、土休日下り6本、上り5本に充当される。 都営車は羽田空港到着後に折り返し品川・泉岳寺方面となる運用もある。 京急新1000形 (生麦駅) 普通 [ ] は全線を運行し各駅に停車する。 ただし、現行ダイヤでは主に運行されるのは品川駅以南の区間となる。 品川駅 - 泉岳寺駅間には途中駅はないが、この区間を走る列車の多くは京急線内品川駅以南(横浜・羽田空港方面)の区間で急行以上の速達列車として運転されてきたものが直通する形となっている。 このため、品川駅を境に以北・以南ともに普通列車として運転するものはほとんどなく、土休日ダイヤに浦賀発泉岳寺行とその折り返しとなる泉岳寺発京急川崎行き1本が設定されているのみとなっている。 日中は、品川駅 - 京急蒲田駅間で5 - 10分間隔(1時間に9本)、京急蒲田駅 - 浦賀駅間で9 - 11分間隔(1時間に6本)で運転される。 速達列車は多くが8両または12両編成であるのに対し、ほとんどの列車が4・6両編成である。 ただし、速達列車の折り返し運用などで例外的に8両編成の列車も存在する。 現在のダイヤでは品川駅 - 浦賀駅間の運転がほとんどだが、品川、羽田空港、京急川崎、神奈川新町、金沢文庫、堀ノ内発着で京急蒲田、羽田空港(発のみ)、京急川崎、神奈川新町、横浜(発のみ)、上大岡、金沢文庫、逗子・葉山、堀ノ内(発のみ)、浦賀、京急久里浜各駅発着の列車が設定されている。 また本線(品川駅 - 泉岳寺駅間を除く)を走る列車はほぼすべての列車が京急車で運転されるが平日夜上りの逗子・葉山発金沢文庫行き1本のみ都営車で運転されている。 2017年10月28日以降は土休日の夜にも同じく1本設定される。 2010年5月16日のダイヤ改正では「エアポート急行」が新設されたことにより減便され、2011年4月の節電対策ダイヤでさらに減便されたが、2012年10月21日のダイヤ改正では日中に運転されていた品川駅 - 羽田空港方面間のエアポート急行を快特へ格上げしたことに伴い、エアポート急行停車駅である青物横丁駅・立会川駅・平和島駅の利便性確保のため、品川駅 - 京急蒲田駅間の区間運転列車が新規に設定されている。 前述のように他社との競争の観点から、伝統的に速達列車の本数が多く 、早朝深夜を除くと、ほとんどの待避駅で通過待ち・接続待ちを行う。 接続待ちによって、速達列車通過駅から主要駅までの利便性が確保されている反面、「普通」だけで主要駅間を乗り通すとかなり時間がかかる。 例えば日中ダイヤの場合、品川駅 - 堀ノ内駅間52. 3kmを快特は上下とも47分で運転するところを、普通は下りが1時間52 - 53分、上りが1時間42分かけて走っており、所要時間差は実に1時間ほどとなっている。 また途中で上りが快特6本・エアポート急行2本、下りが快特7本・エアポート急行3本に追い抜かれる。 ほとんどの普通が、京急線内のみの運行であり、そのうち泉岳寺駅始発・終着の普通は土休日に1往復存在するのみである。 しかし、ごく少数ながら品川駅を始発・終着とする都営浅草線や京成線方面直通の普通も存在する。 毎年から翌年のにかけては、横浜駅 - 品川駅・泉岳寺駅・東京都心方面間でを行っているが、その際は普通列車のみの運転となる。 運行本数 [ ] 昼間時1時間あたりの運行本数は次のようになっている(2020年3月改正)。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2018年8月) エアポート快特・快特(快速特急)・アクセス特急・特急・通勤特急・快速・急行・普通 [ ] このほか、都営浅草線・京成線直通列車は泉岳寺駅ではなく、品川駅で列車種別の表示・案内を京成線の種別に変更するので、これらの表示・案内を見ることもでき、品川駅 - 泉岳寺駅間の上り列車に限りこれらの種別を名乗って運行する列車が存在する。 これまでは品川駅における案内上の措置に過ぎなかったが、現在では駅や車内に掲載されている京急の路線図においても、泉岳寺駅 - 品川駅間において、「アクセス特急」「通勤特急」「快速」「急行」の表記がなされるようになった。 反対に、京成線方面からの京急線直通列車は押上駅で京急線の種別に変更する。 「エアポート快特」は京急線の種別であるが、都営浅草線の種別でもあり、同線のみで「エアポート快特」となる列車(主に京急線内「エアポート急行」)もある。 「快速特急」は正式種別としては「快特」だが、京成線での案内に合わせて「快速特急」と案内される。 「急行」は京急線内の「エアポート急行」と同一だが、都営浅草線内は単に「急行」とされる。 「エアポート快特」を除き、いずれの種別も都営浅草線内は各駅に停車する。 都営浅草線内の駅が終点の場合は「エアポート快特」を除き、「普通」と表示・案内される。 泉岳寺行きの場合は、種別は変更せずに運行される。 朝ラッシュ時、品川から「普通」京成高砂駅行きとなる列車の一部は京成高砂駅で行先・種別変更して運行を継続する列車がある。 過去の列車種別 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年10月) 通勤快特 [ ] 1981年6月22日のダイヤ改正より、品川駅・京浜川崎駅(現:京急川崎駅)のホーム12両延伸、京浜鶴見駅(現:京急鶴見駅)上りホーム待避設備完成により、それまで平日朝に運転されていた線内特急(C特急・8両編成)を金沢文庫駅以北を快速特急停車駅・12両編成で運転する種別として登場した。 平日朝の上り及びそれの送り込み用の下りが運転され、横浜駅以南では特急停車駅、以北では登場当時の快速特急停車駅に停車する。 車両の種別幕は快速特急同様緑色で、縦に「通勤」横に「快特」と表示されていた。 また、列車種別表示灯は「通勤快特」を表す表示はなく、上大岡駅以南は「特急」、横浜駅以北は「快速特急」として扱われていた。 「快特」と異なり、本線の全線に乗り入れる。 支線へは久里浜線以外及び都営浅草線へは乗り入れない。 1995年7月24日より京急蒲田にも停車するようになった。 このときから、停車駅路線図での種別色に紫色が使用され、「快速特急」と「特急」から独立するようになった。 尚前記したが、この種別色は公式ホームページの時刻表にてB快特(B特急)の種別色として使用されている。 1998年11月18日ダイヤ改正から上り1本が泉岳寺駅まで延長された。 この列車には2100形が充当され、同形初の泉岳寺駅乗り入れとなっている。 1999年7月に名称廃止となり、現在は同じ形態の列車が金沢文庫駅以南を特急として扱う快特という形で運転されている。 設定時より通勤快特が正式種別名であり、通勤快速特急とは称さない。 しかし、株式会社協和企画発行の『京浜急行電車全駅時刻表』(平成7年度版)には「通勤快速特急」の記載がある。 なお、運行開始は1981年だが、車両の前面に掲げる種別板(サボ)は、それよりも以前から用意されていた。 廃止時の停車駅 泉岳寺駅 - 品川駅 - 京急蒲田駅 - 京急川崎駅 - 横浜駅 - 上大岡駅 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅 - 追浜駅 - 汐入駅 - 横須賀中央駅 - 堀ノ内駅 - 京急大津駅 - 馬堀海岸駅 - 浦賀駅 久里浜線内は各駅停車 エアポート特急 [ ] 京成本線の・と羽田空港を結ぶ列車。 京成高砂駅で、 - 間の「エアポート特急」と接続していた。 京急線内では特急、都営浅草線内ではエアポート快特、京成線内では特急(現在の快速特急)と同じ駅に停車しており、途中の平和島駅にて快速特急の通過待避を行っていた。 詳細は「」の項目を参照。 ハイキング特急 [ ] に登場した京急初の特急列車。 ハイキング回数乗車券を持つ乗客だけが乗れる定員制列車だった。 当初は品川駅 - 浦賀駅間を94分で結び、途中9駅に停車した。 この時の表定速度は35. 当初の愛称には「三笠」「剣崎」「房総」「三崎」「灯台」「鷹取」が存在した。 運行パターンは大きく3種類に分けられる。 これらは原則として、途中停車駅は京浜川崎駅と横浜駅のみである。 上下で運行区間が異なり下り終着駅と上り始発駅でそれぞれバスに接続するもの• 品川駅発逗子海岸駅行き、浦賀駅発(1954年から京浜久里浜駅発)品川駅行き 「油壺」• 品川駅発浦賀駅(1954年から京浜久里浜駅)行き、逗子海岸駅発品川駅行き 「城ケ島」「三崎」 下り「城ケ島」は1952年 - 1953年までを除き、下り「三崎」は1952年は無停車。 品川駅発京浜久里浜駅行き、逗子海岸駅発品川駅行き 「白秋」 上下とも浦賀駅発着で浦賀で船に接続するもの• 「鋸山」「大島」「房総」「第一房総」「第二房総」「第三房総」「第四房総」 下り「第二房総」は1953年 - 1963年の間、無停車。 下りのみの運転があるもの• 「鷹取」「灯台」「剣崎」 「鷹取」は神武寺、「灯台」は1952年から金沢文庫駅・馬堀海岸駅にも停車。 1952年春のダイヤ改正で学校裏駅(現・平和島駅)、子安駅、上大岡駅の3駅での待避線の使用が開始されると「三崎」と新設された「城ヶ島」が品川駅 - 浦賀駅間をノンストップ運転で65分で結んだ。 また、品川駅 - 浦賀駅間では「灯台」と新設された「大島」「鋸山」「第一房総」「第二房総」が京浜川崎駅と横浜駅に停車して69分で結んだ。 そのほか、逗子線方面では逗子海岸駅行きの「油壺」と神武寺行きの「鷹取」があった。 1953年秋からはノンストップ運転の列車は「第二房総」と「城ヶ島」の2本に増え、3分短縮の62分運転となった。 1954年春から「第二房総」はへの日帰りが楽しめることから人気が集中したため6両編成に増強し、秋には4分短縮の58分運転となった。 ハイキング特急はこの頃が最盛期となり、浦賀駅行きの「第三房総」、京浜久里浜駅行きの「白秋」も設定され、最大で9本が運行されるときもあった。 しかしマイカーによる道路混雑が始まると連絡バスが上りハイキング特急の発車時刻までに到着しない事態が発生し、1965年秋をもってハイキング特急は廃止された。 廃止後はその代替として休日の定期特急の一部に「房総」「三浦」などの愛称名をつけて運転し、のちに快速特急「マリンパーク号」となった。 週末特急 [ ] 1956年3月より、大島・金谷航路接続を目的として品川駅 - 浦賀駅間に設定された特急列車。 途中停車駅は京浜川崎駅、横浜駅、金沢文庫駅、横須賀中央駅の4駅だった。 品川駅12時40分発の列車には「ラ・メール号」(で「海」の意)、13時40分発の列車には「パルラータ」(で「甘き語らい」の意)の名称が与えられた。 ハイキング特急とは異なり定員制ではなかった。 しかし、沿線人口の増加と通勤需要の増大に加え、へのメインルートがの開業後、・経由に移行したことなどにより、1968年6月8日に快速特急(現・快特)へと発展的に解消した。 海水浴特急 [ ] 1958年に金沢八景駅のホーム延伸により、それまでの逗子海岸駅発着の週末特急を改称したもの。 略称は「海特」。 停車駅は品川駅・京浜川崎駅・子安駅・横浜駅・上大岡駅・金沢文庫駅・金沢八景駅・湘南逗子駅・逗子海岸駅であった。 1959年には子安駅・上大岡駅が通過になった。 1962年には京浜久里浜駅発着も運行された。 1968年に快速特急が運転されたが、休日ダイヤのみ三浦海岸駅発着の特急が残ると当時に停車駅が見直され、当時の快速特急が通過する京浜蒲田駅・金沢八景駅・堀ノ内駅に停車するという若干異なるものの現在の快特停車駅に近い停車駅となった。 これらの列車も1973年に名称が消え、不定期の快速特急として運行されるようになった。 通勤特急 [ ] 1925年頃、平日の通勤時間帯に運行していた。 現在では品川駅で、京成線に直通する「通勤特急」を見ることができる。 急行 [ ] は、まで運行されていた種別である。 の羽田空港駅(現在の)から京急本線を経由して・を介しておよびまでを結んでいた。 7月30日までは - 新逗子駅(現:)間においても運行されていたが、翌に実施されたダイヤ改正により廃止された。 この区間における急行は、主に新逗子駅 - 間のみの運転であったが、平日朝ラッシュ時間帯に限り設定されていた新逗子駅発の都営浅草線方面へ直通する急行は、で通勤快特の連絡後、平和島駅まで先行し、同駅で後続の特急を待ち合わせていた。 ただし、京急蒲田駅以南の急行が廃止された後も、毎年正月に開催されるに協力するため、選手が京急蒲田駅付近にあるの踏切を通過する予定時間帯に限り、空港線の運転規制により京急川崎駅発着の急行が設定されていた。 2010年に実施されたダイヤ改正に伴い、種別名を「エアポート急行」に改称する形で廃止した。 現在のエアポート急行の運行形態は、急行をそのまま踏襲している。 新逗子駅発着の急行は、基本的に上り列車はで、下り列車はで後続の特急や快特に通過で追い抜かれるが、平日・土休日共に日中の列車は神奈川新町駅 - 新逗子駅間の運転のため優等列車通過待ちは存在しなかった。 普通列車とは上下線共に、、神奈川新町駅で接続、平日朝上り列車に限りと神奈川新町駅で普通列車と接続していた。 都営浅草線方面へ直通する列車と京急川崎駅発着の急行は、で後続の快特の通過待ちを行っていたが、の羽田空港駅開業後、本線と空港線との直通列車の増発に伴い、日中時間帯における平和島駅での待避は廃止され、平日朝ラッシュ時間帯や夜間に限り京急ウィング号・快特・特急のいずれかに追い抜かれる列車が設定されていた。 また、浦賀・久里浜方面に設定されていた時期もある。 当初は金沢文庫駅以南で現在の特急とほぼ同じく金沢八景駅、追浜駅、横須賀中央駅、堀ノ内駅、馬堀海岸駅、浦賀駅に停車したが、1957年3月からは金沢文庫駅以南各駅停車となった。 1970年6月にすべての急行が逗子線直通となり消滅した。 このほか、1957年から1972年までは大師線にも直通しており、大師線内の停車駅は川崎大師駅のみであった。 しかし1966年のみ、京浜川崎駅の高架化工事のため休止された。 現駅名 泉岳寺 品川 青物横丁 立会川 大森海岸 平和島 京急蒲田 雑色 六郷土手 京急川崎 八丁畷 鶴見市場 京急鶴見 花月総持寺 生麦 子安 神奈川新町 京急東神奈川 横浜 日ノ出町 黄金町 井土 ヶ谷 弘明寺 上大岡 杉田 京急富岡 能見台 金沢文庫 金沢八景 追浜 横須賀中央 堀ノ内 馬堀海岸 浦賀 備考• - 通過• 品川駅方面から京急蒲田駅で空港線に乗り入れる急行は、同駅から各駅に停車していた。 通勤急行 [ ] 1957年3月17日に登場し、平日朝に運転された。 金沢文庫駅以南各駅停車となった急行の一部を従来のまま残し名称変更したもので、1958年9月7日には特急増発に代えて消滅した。 準急 [ ] 1950年4月1日のダイヤ改正より急行運転再開と共に登場した種別。 1954年7月7日のダイヤ改正で消滅。 廃止時の停車駅 品川駅 - 青物横丁駅 - 立会川駅 - 学校裏駅(現・平和島駅)- 京浜蒲田駅(現・京急蒲田駅)- 京浜川崎駅(現・京急川崎駅)- 八丁畷駅 - 鶴見市場駅 - 京浜鶴見駅(現・京急鶴見駅)- 生麦駅 - 子安駅 - 横浜駅 - 横浜駅以南各駅 過去の列車愛称 [ ] ハイキング特急や週末特急以外の一般の特急・快特や急行にも愛称がついている列車が存在し、中には定員制の列車も存在した。 「招運」 [ ] 都営線・京成線への乗り入れ開始の翌年である1969年より三浦海岸駅から成田駅間に2往復の直通特急「招運号」が運転を開始した。 以降毎年運転されていたが1973年 - 1974年の運転が東京都からの終夜運転中止の通告に伴い中止、そのまま運転されることなく廃止となった。 「城ケ島・マリンパーク」「成田山」 [ ] 臨時特急・成田行 「成田山号」復活運転 京急1500形1707編成 (2018年7月7日) 1970年より1月、4月末 - 5月、9月 - 10月に成田駅 - 三浦海岸駅間で運転された臨時直通電車(京急線内快速特急・京成線内特急)。 列車名は行きは「号」、三浦海岸駅行きは「城ケ島・マリンパーク号」に統一されていた。 午前・午後に2往復ずつの計4往復が運転され、車両は午前の「成田山号」と午後の「城ケ島・マリンパーク号」は京急が、午前の「城ケ島・マリンパーク号」と午後「成田山号」には京成の電車がそれぞれ用いられた。 のちに運転期間が1月のみとなり1978年に廃止。 2018年7月7日・と・には、3社局直通運転開始50周年を記念して復活運転が実施された。 「成田山号」(三崎口駅発京成成田駅行)は三崎口駅発行定期特急からの延長運転(都営浅草線・内普通)、京成高砂駅からは特急停車駅に(定期快速を待避)を追加。 「城ケ島・マリンパーク号」(京成成田駅発三浦海岸駅行)は、全区間で、京成線内までは特急、押上駅から都営浅草線・京急線内は快特で運転。 車両は初日の「成田山号」及び延長運転する列車が関係する内ローカル運用はが、「城ケ島・マリンパーク号」はが用いられ、2日目はその逆で「成田山号」と関係運用に京成3000形3038編成、「城ケ島・マリンパーク号」に京急1500形1707編成が運用された。 このため、久里浜線ローカル運用2本も京成車が代走している。 「パシフィック」「逗子」 [ ] 1970年の夏季ダイヤより夏季のみ京成成田駅 - 逗子海岸駅間(ただし京成成田駅行きのうち午前中の2本がそれぞれ久里浜駅発と浦賀駅発、逗子海岸駅行きの1本は始発で運転)で運転された直通特急。 「城ケ島・マリンパーク」「成田山」と同じく列車の方向で列車名が統一されており、パシフィックが京成成田駅行き、逗子が逗子海岸駅行きであった。 午前・午後3往復ずつ計6往復が運転され、車両の受け持ちも「城ケ島・マリンパーク」「成田山」と似ており午前の「パシフィック」と午後の「逗子」は京急が、午前の「逗子」と午後「パシフィック」には京成の電車がそれぞれ用いられた。 「みうらビーチ」「ハワイアン」「ミュージックトレイン」など [ ] 1970年7月11日から8月15日までの間に実施された夏季休日ダイヤで「みうらビーチ」が3往復、7月18日から8月8日までの平日に1往復納涼特急「ハワイアン」が運転された。 これらの列車は定員制で「みうらビーチ」は往復で100円であった。 これらの列車に使用された600形(2代)のうちの1編成のみは車内のがすべて濃いブルーに交換されていてまたそのまま通勤列車にも充当されていた。 「ハワイアン」の運転は1970年夏季限りであったが「みうらビーチ」は1972年に1往復のみになるものの運転が継続された。 ただし、愛称が変わった時期もあり、「みうらビーチ・ビバハッピー」(1974年)や「ハッピー」(1975年)の愛称で運転された後、1976年は再び「みうらビーチ」に戻ったものの、翌年から再度改称され「」(1977年-1980年)、「アメリカンエクスプレス」(1981年)など、様々な愛称での運転となっていたが、1982年からは1990年まで再び「ミュージックトレイン」として運転されていた。 その後1991年より最後の1994年までは三たび「みうらビーチ」に戻った。 なお、夏季休日ダイヤ最後の年となった1995年には列車の設定がなくなった(同年夏季休日ダイヤでは「みうらビーチ」の運転をせず、一般の快速特急の増発と延長運転、京急蒲田駅への臨時停車のみとなった)。 また、翌1996年以降は夏季休日ダイヤそのものが消滅した。 使用車両は最初の1970年のみは全列車600形(2代)、1971年に2往復が1000形(初代)、1往復が600形(2代)の冷房改造車、1972年より1000形のみで運転され、1983年より下りのみ、翌1984年からは上下とも2000形での運転となっている。 ロングシートの1000形で運転されている期間・列車も定員制であり、一時期の横須賀中央以南での乗車を除いて座席券が必要であった。 「南房総」「城ケ島」「油壺マリンパーク」「マリンパーク」 [ ] 1968年9月より休日にも快速特急が運行されるようになり、快速特急3往復に「マリンパーク」という愛称をつけて運転を開始した。 その後1972年より愛称を1往復ずつ変更し「南房総」「城ケ島」「油壺マリンパーク」の3つの列車名で運転されるようになった。 また、この時土曜日に運転されていた後ろ2両のみ座席指定とした快速特急にも同時に「南房総」という愛称がつけられた。 その後の記録は十分では無く、これらの愛称がいつ無くなったのかは不明であるが、1977年には「南房総」と名乗る列車が品川駅から平日・休日ともに1本(平日は特急・休日は快速特急)運転されていた。 が(海洋博、1975 - 1976年)のサブ会場となったことから 、1973年4月末から10月末までのおよそ半年、平日休日ともに1往復「海洋博」という愛称がつけられた快速特急が運転された。 1983年7月24日に快速特急「マリンパーク」が復活 した。 「マリンパーク」として運転されるときは愛称板取り付けが困難な2000形および3代目600形を除き前面に丸いイルカの愛称板を取り付け運転された。 また、同年10月1日より都営線からの特急にも1往復快速特急と同じ愛称板を付け「マリンパーク」として運転した。 これらの列車は羽田空港駅(現:羽田空港第1・第2ターミナル駅)開業に伴うダイヤ改正で愛称が廃止された。 その他 [ ] 1949年には休日運転で、愛称付きの急行も運転されていた。 愛称には「銀鱗」「大島」「房総」「剣崎」「三崎」「灯台」「鷹取」などが使用され、上記のハイキング特急の前身ともいえる列車であった。 女性専用車 [ ] 横浜駅に7時29分から8時30分までに到着する金沢文庫駅から快特品川行きとなる上り特急6本については品川寄りの先頭車を「」としている。 歴史 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年10月) 本路線は、への参詣鉄道を開業していた大師電気鉄道が、京浜間の連絡鉄道の開業を目標に、と社名を変更した上で、東京都南部・川崎市付近に軌道線を開業したのがおこりである。 その後、軌道線を順次延伸し、時代末には東京と横浜を結ぶ都市間路線を形成した。 東京方への乗り入れに際しては、への乗り入れを見込んで 1,435mm で開業していた本路線を、東京市電の 1,372mm に改軌し、、を介してへの乗り入れを行った。 他方、市電への乗り入れと同じ頃、京浜電気鉄道は、横浜と横須賀を結ぶ郊外路線の開業を企図しながらで打撃を受けていたに対し、資本参加を行った。 京浜電気鉄道の出資により経営危機を乗り越えた湘南電気鉄道は、期に入って、 - 間、および - 間といった現在の京急本線との一部に相当する路線を開業した。 その後、横浜で京浜電気鉄道線と湘南電気鉄道線を接続し、直通運転を行うことが計画されたが、京浜電気鉄道線が馬車軌間に改軌していた一方、湘南電気鉄道線は標準軌で開業しており、直通するためには、どちらかの路線を改軌せねばならなかった。 しかし、によって開業していた湘南電気鉄道線は、地方鉄道法が馬車軌間の敷設を認めていなかったために、に改軌することができなかった。 結果として、京浜電気鉄道線側が標準軌に改軌することで、湘南電気鉄道線への乗り入れを果たし、他方標準軌への改軌により東京市電への乗り入れは中止され、それに伴って高輪駅も廃止された。 代わる東京都心側のターミナルとして、京浜電気鉄道は、国鉄前への延伸を果たした。 こうして、昭和初期になって、現在に至る路線の概形が完成した。 なお、東京市電乗り入れ中止に代わる都心乗り入れ案として、京浜電気鉄道は、日本初のを開業していた、湘南電気鉄道と合弁して、京浜地下鉄道を設立。 既に - 間を開業していた東京地下鉄道線の延伸線を、新橋から品川まで建設することで、浅草 - 浦賀間の直通運転を計画した。 ところが、新橋駅を介し、東京地下鉄道線への直通をもくろんでいたは、この京浜地下鉄道設立の動きを問題視し、東京地下鉄道と京浜電気鉄道の株を買い集め、京浜電気鉄道は東京高速鉄道の傘下に入ることとなった。 東京の鉄道網を揺るがす事態に政府が仲裁に入り、地下鉄網の延伸は棚上げとなったが、京浜電気鉄道は依然、東京高速鉄道傘下のままに収まった。 これが前史となって、東京高速鉄道社長であるが京浜電気鉄道社長に就任。 中の1942年(昭和17年)には、五島が他に経営していた、と合併することとなり、当路線もの一角をなすこととなった。 大東急時代の1943年(昭和18年)に旧京浜電気鉄道の品川線と旧湘南電気鉄道の湘南線が統合されて東急湘南線となり 、京浜急行電鉄発足後に本線と改称されたが、都市計画の上では湘南線の呼称が残っているものもある。 戦後は設備の改良によって輸送力増強や所要時間短縮を図り、直通先の多様化などを経て現在に至っている。 年表 [ ]• (34年) - により、大森停車場前駅(後の) - 川崎駅(後の)間(大森停車場前駅 - 八幡駅(現在の)間は後の)が開業。 大森停車場前駅、八幡駅、海岸駅、沢田駅(現在の)、山谷駅(現在の)、、蒲田駅(現在の)、下町駅、、、(駅名不詳)駅、六郷駅、中町駅(、川崎駅)が開業。 1,435 mm 軌間を使用し、直流600 V で運行開始。 (明治35年)• - 川崎駅が六郷橋駅に改称。 六郷橋駅 - 川崎駅(現在の)間が開業。 下新宿駅(後の新宿駅)、川崎駅が開業。 (月日不詳) - 六郷駅が八幡塚駅に改称。 (明治37年)• - 軌道を1,372 mm に改軌。 - 品川駅(現在の) - 八幡駅間が開業。 品川駅、大横町駅、黒門駅、、、青物横町駅(現在の)、海晏寺駅、、浜川駅、土佐山駅、、鈴ヶ森駅が開業。 八幡駅 - 大森停車場前駅間が大森支線となる。 海岸駅が廃止され、停車場道駅(後の大森八幡駅)が開業。 八幡駅 - 沢田駅間のがに付け替えられる。 12月 - 黒門駅 、海晏寺駅 が廃止。 (明治38年)• (月日不詳) - 八幡駅が海岸駅、停車場道駅が八幡駅に改称。 - 川崎駅 - 神奈川停車場前駅(後の京浜神奈川駅)間が開業。 市場駅(現在の)、鶴見駅(現在の)、、、中木戸駅(現在の)、反町駅、神奈川停車場前駅が開業。 (明治39年) - 雑色駅 - 川崎駅間の新線開業。 雑色駅 - 六郷橋駅間の旧線が廃止。 旧線上の(駅名不詳)駅、八幡塚駅、中町駅が廃止。 新線上に六郷堤駅(現在の)が開業。 川崎駅 - 六郷橋駅間がに移管され大師線分岐駅を川崎駅に変更。 梅屋敷駅 - 沢田駅間を併用軌道から専用軌道に切り替え。 (明治41年) - 大横町駅が廃止。 (明治42年) - 市場駅 - 鶴見駅間に(駅名不詳)駅が臨時駅として開業。 (明治43年) - 新子安駅(現在の)が開業。 (明治44年) - 総持寺駅が開業。 (明治45年) - 土佐山駅が廃止。 (3年) - 花月園前駅(現在の)が開業。 (大正4年)• - 新町駅(現在の)が開業。 (月日不詳) - 市場駅が廃止。 が開業。 (開業年月日を(大正5年)や(大正6年)とする場合もある)• (大正5年) - 市場駅が再開業。 (大正12年) - 下町駅が廃止。 梅屋敷駅 - 雑色駅間の併用軌道を専用軌道に付け替え。 (大正14年)• 1月 - 川崎駅から国鉄まで貨物専用側線敷設。 - 品川駅 - 間が開業。 高輪駅が開業。 品川駅を200m神奈川駅寄りに移設。 - 川崎駅の貨物専用側線を貨物営業線に変更し、川崎貨物駅が開業。 11月1日 - 品川駅が北品川駅、蒲田駅が京浜蒲田駅、川崎駅が京浜川崎駅、鶴見駅が京浜鶴見駅、神奈川駅が京浜神奈川駅に改称。 (大正15年)• (月日不詳) - 大森海水浴場前駅が臨時駅として開業。 12月24日 - 新宿駅が廃止。 (2年)4月 - 市場駅が鶴見市場駅、新町駅が神奈川新町駅に改称。 (昭和4年)• - 京浜神奈川駅 - 横浜駅間が開業。 横浜駅が開業。 横浜駅は仮駅で、月見橋付近に設ける。 (月日不明) - 大森海水浴場前駅が廃止。 (昭和5年)• - の移転開業に伴い、横浜駅に乗り入れ。 - 反町駅が廃止。 青木橋駅(現在の)が開業。 4月1日 - により、 - が開業。 黄金町駅、、、、、屏風ヶ浦駅(現在の)、、、、湘南田浦駅(現在の)、、横須賀軍港駅(現在の)、、横須賀公郷駅(現在の)、横須賀堀内駅(現在の)、湘南大津駅(現在の)、、浦賀駅が開業。 軌間1,435 mm、直流1,500 V で運行開始。 - 京浜神奈川駅が廃止。 青木橋駅が京浜神奈川駅に改称。 - 、湘南富岡駅(現在の)が仮駅として開業。 (昭和6年)• - 高輪駅 - 京浜蒲田駅で急行列車運転開始。 - 杉田駅、湘南富岡駅が駅に昇格。 - 横浜駅 - 黄金町駅間が開業。 、、が開業。 現在の本線区間が全線開通。 京浜電気鉄道と湘南電気鉄道との間で軌間が異なるため、湘南電気鉄道の軌間である1,435 mm で敷設。 (昭和7年) - キリンビール前駅(後の)が開業。 (昭和8年)• 4月1日 - 省鉄のに乗り入れ。 高輪駅が廃止。 品川駅が開業。 - 海岸駅が大森海岸駅に改称。 (昭和9年)10月1日 - 軍需部前駅(現在の)が開業。 (昭和10年)7月10日 - 東京湾汽船(現在の)との開始。 これに伴い、航路連絡列車「大島号」運行開始。 (昭和11年)12月25日 - 黄金町駅 - 上大岡駅間の架線電圧を600Vに降圧し、急行運転区間を品川駅 - 上大岡駅間に拡大。 (昭和12年) - 大森海岸駅 - 大森駅間が廃止。 大森駅が廃止。 この頃、線(現在の以北を建設)との直通運転を目論んでそれを考慮した車両も製造する。 (昭和13年) - 京浜川崎駅 - 川崎貨物駅が廃止。 川崎貨物駅が廃止。 なお、貨物線自体は1932年(昭和7年)頃から使用されなくなっていた。 (昭和15年)10月1日 - 軍需部前駅が安針塚駅、横須賀軍港駅が横須賀汐留駅に改称。 (昭和16年)11月1日 - 湘南電気鉄道が京浜電気鉄道に合併。 黄金町駅 - 浦賀駅間が京浜電鉄線となる。 (昭和17年)• 5月1日 - 京浜電気鉄道はと共にに合併。 同社は()に改称したため、東急の路線(東急品川線および東急湘南線)となる。 7月1日 - 浜川駅、鈴ヶ森駅、総持寺駅が営業休止。 (昭和18年)• - 北品川駅 - 横浜駅間をに基づく軌道からに基づく地方鉄道に変更。 7月1日 - 北馬場駅 、大森八幡駅 、平沼駅 が営業休止。 東京急行電鉄は旧京浜電気鉄道の路線の呼称を正式に「湘南線」に統一。 11月1日 - 新子安駅が京浜新子安駅に改称。 (昭和19年)• 5月1日 - 品川駅 - 黄金町駅間および横浜駅 - 浦賀駅間に運転系統を分離。 旧京浜電気鉄道と旧湘南電気鉄道との間で架線電圧が異なるため、電車運用の効率化を行うための措置。 - 谷津坂駅(現在の)が開業。 - キリンビール前駅がキリン駅に改称。 - 北馬場駅 、浜川駅 、大森八幡駅 が廃止。 - 総持寺駅 、平沼駅 が廃止。 (昭和20年)• - 品川駅 - 北品川駅間を軌道法に基づく軌道から地方鉄道法に基づく地方鉄道に変更認可。 - 湘南富岡駅が営業休止。 - 横浜駅 - 上大岡駅間の架線電圧を1,500Vに昇圧。 (昭和21年)10月 - 北馬場駅が再開業。 (昭和22年)• - 湘南富岡駅が廃止。 3月1日 - 湘南富岡駅が移転の上で再開業。 12月25日 - 横浜駅以北の架線電圧を1,500Vに昇圧、全線1,500Vに統一。 (昭和23年)• 6月1日 - 東京急行電鉄からが分離発足。 7月15日 - 品川駅 - 浦賀駅間での直通運転を復活。 (昭和24年)• - 「ハイキング急行」運行開始。 7月1日 - 大森山谷駅、出村駅、キリン駅(3駅とも休止済み)が廃止。 (昭和25年)4月1日 - 急行列車が運行再開、「ハイキング特急」、準急列車が運行開始。 (昭和27年)• - 品川駅 - 逗子線の逗子海岸駅(現在の)間で「海水浴特急」が運行開始。 - 大森町駅が再開業。 (昭和29年)• - 特急列車が運行開始。 当初は平日ラッシュ時のみ。 3月27日 - 「週末特急」が運行開始。 - 特急列車が増発。 (昭和31年)• 3月27日 - 「週末特急」に「ラメール」「パルラータ」の愛称が与えられる。 - 京浜神奈川駅が神奈川駅に改称。 - 品川駅 - 北品川駅間が専用軌道化される(併用軌道区間はこれですべて消滅)。 (昭和32年) - 特急列車が終日運行化される。 (昭和33年) - 特急列車が朝ラッシュ時に10分間隔での運行開始。 (昭和36年)9月1日 - 学校裏駅が平和島駅、横須賀汐留駅が汐入駅、横須賀堀内駅が堀ノ内駅に改称。 (昭和38年)11月1日 - 湘南富岡駅が京浜富岡駅、湘南田浦駅が京浜田浦駅、横須賀公郷駅が京浜安浦駅、湘南大津駅が京浜大津駅に改称。 (昭和41年)7月7日 - 特急列車が終日10分間隔での運行を開始。 (昭和43年)• - 従前運行されていた「週末特急」「海水浴特急」を定期化する形で快速特急が運転開始。 - 品川駅 - 間が開業。 泉岳寺駅が開業。 都営地下鉄1号線(現在の)と相互乗り入れ開始。 主に特急、急行が乗り入れ。 (昭和44年)• - 本線全線に設置完了。 - - 間で初詣用夜行直通特急「招運号」を2往復運転。 以降1978年(昭和53年)頃まで春季・夏季などに京成線との直通特急を散発的に運転する。 (昭和49年) - 朝ラッシュ時に金沢文庫駅 - 横浜駅間で特急の12両編成運転が開始。 (昭和50年)• - 大森海岸駅 - 平和島駅間が高架化。 (昭和51年) - 北品川駅 - 青物横丁駅間が高架化。 北馬場駅と南馬場駅が統合(下りは北馬場・南馬場駅として先行統合)されが開業。 (昭和53年)• - 子安駅 - 神奈川新町駅間が三線化。 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅間が三線化。 8月21日 - 夕方ラッシュ時に快速特急が運行開始。 - 鶴見市場駅 - 花月園前駅間が高架化(上り線は3月1日に先行高架化)。 (昭和56年)6月22日 - 平日朝ラッシュ時の上り輸送改善策として、横浜駅以南は特急停車駅、横浜駅以北で現在の快特停車駅に停車し、金沢文庫駅 - 品川駅12両編成の通勤快特を運転。 (昭和57年)12月1日 - 谷津坂駅が能見台駅に改称。 (昭和61年)4月1日 - 夕時間帯以降、快速特急が12両運転を開始。 (昭和62年)6月1日 - 京浜蒲田駅が京急蒲田駅、京浜川崎駅が京急川崎駅、京浜鶴見駅が京急鶴見駅、京浜新子安駅が京急新子安駅、京浜富岡駅が京急富岡駅、京浜田浦駅が京急田浦駅、京浜安浦駅が京急安浦駅、京浜大津駅が京急大津駅に改称。 (平成2年)12月2日 - 青物横丁駅 - 大森海岸駅間が高架化。 (平成4年) - 京急ウィング号(現在の)運転開始。 (平成7年)• 4月1日 - 品川駅 - 横浜駅間の最高速度引き上げにより同区間の日中の所要時間を15分とするダイヤ改正を実施。 - - 最後の夏季ダイヤ実施。 (平成8年) - 上大岡駅 - 屏風浦駅間の上り線を高架化。 (平成9年)• 4月7日 - 京急田浦駅 - 安針塚駅間で土砂崩れにより電車脱線、19名重軽傷。 - 都営浅草線直通特急の12両運転の区間が品川駅まで延長される。 空港線へ直通する特急が登場し、都営浅草線直通列車を大幅に増発。 (平成10年) - 空港線の羽田空港駅(現在の)開業に伴い、エアポート快速特急(現在の)、が運行開始。 京急蒲田駅が快特停車駅に追加。 (平成11年)• 7月 - 金沢文庫駅 - 金沢八景駅間が複々線化。 - 白紙ダイヤ改正を行い、それまで快速特急の略称として定着していた快特を正式名称とした。 平日朝に運行されていた通勤快特および京急蒲田駅以南で運行していた急行を廃止。 ただし、通勤快特は金沢文庫駅で快特に種別を変更する特急列車として運行。 都営浅草線直通の横浜方面発着の特急を日中は全列車、ラッシュ時も一部列車を快特に格上げ。 金沢文庫駅で快特と増解結を行い、品川駅 - 新逗子駅・浦賀駅間を結ぶ列車を設定。 当初は休日のみであったが、後に平日にも拡大。 空港線内の区間列車は大半が本線・都営浅草線直通列車に変更。 (平成14年) - 京急川崎駅・金沢文庫駅で増解結を行う羽田空港駅 - 新逗子駅・浦賀駅間の快特も設定される(空港線内は特急として運転)。 また、日中の品川駅発着快特を泉岳寺駅発着に延長、浅草線に連絡する。 (平成16年)2月1日 - 京急安浦駅が県立大学駅に改称。 (平成19年)• - 品川駅の引上線で回送列車(6両編成)が脱線。 一時品川駅 - 京急川崎駅間で不通。 - ICカード乗車券「」導入。 (平成21年) - 保安装置をに更新。 (平成22年)• - 平和島駅 - 六郷土手駅間の上り線高架化。 エアポート快特の停車駅を変更する。 急行を廃止し、エアポート急行を新設。 金沢八景駅を快特・京急ウィング号の停車駅に追加。 7月17日 - 京成成田空港線(成田スカイアクセス)開業に伴い、同線との直通運転を開始。 - 空港線にが開業するのを機に全線でを導入• (平成24年)• - 追浜駅 - 京急田浦駅間で土砂崩れにより電車が脱線し、乗務員を含む32名重軽傷。 この日から27日朝まで金沢八景 - 逸見間が運休となる。 詳細は「」を参照。 この事故により、京急ウィング号も運休となる。 10月21日 - 平和島駅 - 六郷土手駅間の下り線が高架化され、同区間の高架化が完成。 (平成25年) - 午前8時頃、県立大学駅付近で土砂崩れが発生。 午後0時50分までに復旧。 (平成27年)• 7月7日 - デジタル空間波列車無線(デジタルSR無線)の使用を開始• - が運転開始。 (元年)• 7月1日 - 朝ラッシュ時の平和島駅 - 品川駅で普通電車利用者に「KQスタんぽ」を付与して快特からの乗り換えを促すことによる混雑緩和の取り組みを開始。 9月5日 - 神奈川新町第1踏切で青砥駅発三崎口駅行き快特電車が、立往生した大型トラックと衝突する事故が発生。 詳細は「」を参照。 京急川崎駅 - 上大岡駅(6日のみ横浜駅)の上下線で運転見合せ。 9月7日 - 昼頃に京急川崎駅 - 上大岡駅間の復旧作業が完了し、全線で運転を再開。 10月26日 - ダイヤ改正により、土休日の一部の快特にを新設、京急ウィング号をイブニング・ウィング号に改称。 (令和2年)• - 花月園前駅が花月総持寺駅、仲木戸駅が京急東神奈川駅に改称。 - 泉岳寺駅 - 新馬場駅間における連続立体交差事業に着手。 駅一覧 [ ] 平均駅間距離は、都市部では700m前後、路線全体でも1. 2km弱 で、並行するJR各線よりこまめに駅を設けている。 またを頻繁に行なうため、おおむね3 - 7駅ごとという頻度で待避可能駅を配置している。 全て有人駅であり、・を備える。 また2006年には全駅にが設置された。 各駅のは停車種別により異なり、品川駅 - 金沢文庫駅の特急停車駅は12両(品川駅3番線及び、神奈川新町駅下りホームのみ8両)、その他の特急・エアポート急行停車駅(を含む)は8両、普通列車のみ停車する駅は6両編成に対応する。 ホーム番線は下り線側から1番線、2番線とされている。 頭に社名(京急)や金沢が付く駅や神奈川新町駅などは、冒頭部分を省略して「川崎」「新町」「文庫」「八景」などと略記されることもある。 以前は列車のや時刻表でも省略形が多く見られた。 普通は全区間で運転、全駅に停車。 列車の折り返しは泉岳寺・品川・京急蒲田・京急川崎・神奈川新町・横浜・上大岡・金沢文庫・金沢八景・逸見・堀ノ内・浦賀の各駅で可能。 下表では、快速、通勤特急、アクセス特急は泉岳寺 - 品川間のみの設定のため省略。 エアポート急行は浅草線・品川方面 - 羽田空港間と羽田空港 - 横浜方面逗子・葉山間の運転であり、品川方面 - 横浜方面間直通はない。 、平和都市宣言記念の祭典が行われた場合は臨時に六郷土手駅始発の空港線直通普通列車が運転されるほか、折り返しウィング号となる回送列車を特急列車として臨時停車させる。 8月上旬、周辺での「よこすか開国祭花火大会」開催時にはに数本の快特が臨時停車する。 さらに、特急と普通の臨時列車が運転される。 駅名 駅間 営業キロ 通算 営業キロ エアポート急行 特急 快特 エアポート快特 イブニング・ウィング号 モーニング・ウィング号 接続路線・備考 列車待避 所在地 A-07 - -1. 2 0. 7 0. 7 1. 8 2. 5 2. 8 3. 3 4. 9 5. 8 6. 7 7. 8 8. 4 9. 2 10. 2 11. 3 13. 7 13. 5 15. 8 16. 8 16. 4 18. 0 19. 7 20. 5 20. 0 21. 7 22. 2 23. 4 24. 8 25. 9 26. 2 27. 4 29. 7 30. 2 33. 3 34. 4 36. 7 37. 1 39. 4 40. 9 42. 7 44. 6 47. 0 48. 1 49. 7 49. 2 51. 2 52. 8 53. 1 54. 3 55. して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年10月) 当線は軌道から高速鉄道化への過程や戦時休止などにより多くのが存在する。 北馬場駅・南馬場駅 1904年5月8日開業。 現在の北品川駅と青物横丁駅の間に存在した。 路線の高架化に際して統合されとなった。 浜川駅 1904年5月8日開業。 鮫洲駅と立会川駅の間、大井消防署前交差点附近に存在した。 1942年7月1日休止、1944年11月10日 廃止。 土佐山駅 1904年5月8日開業。 上記の浜川駅と立会川駅の間に存在したが、開業後10年もしない1912年5月9日に廃止となった。 駅名を「体育会前駅」 や「学校前駅」とする文献もある。 鈴ヶ森駅 1904年5月8日開業。 立会川駅と海岸駅(現・大森海岸駅)の間に存在し、架道橋の海岸側に設置されていた。 高所にあったが、柵などの設備もそれほど整っていなかったことと、の(防止)などの理由で1942年に廃止 された。 1990年の架道橋の架け替えまで、ホーム跡が長く形跡をとどめていた。 大森八幡駅 1901年2月1日開業。 海岸駅(現・大森海岸駅)と学校裏駅(現・平和島駅)の間、大森北交差点附近に存在した。 1943年7月1日休止、1944年11月10日 廃止。 下町駅 1901年2月1日開業。 蒲田駅(現・京急蒲田駅)と下記の出村駅の間、南蒲田交差点附近に存在した。 1923年4月1日廃止。 1901年2月1日開業。 京浜蒲田駅(現・京急蒲田駅)と雑色駅との間に存在した。 かつては列車の待避が可能な急行停車駅であったが、戦時休止となり、1949年7月1日廃止。 跡地は京急蒲田駅付近高架化工事の用地となっていた。 総持寺駅 1911年11月1日開業。 京浜鶴見駅(現・京急鶴見駅)と花月園前駅(現・花月総持寺駅)との間にあったの南側に存在した。 参拝のために設置された駅で、後にへの乗換駅となった。 1943年7月1日に戦時休止となり、1944年11月20日 に廃止。 1932年7月25日、「キリンビール前駅」として開業。 生麦駅と京浜新子安駅(現・京急新子安駅)の間に存在し、その名の通りの工場近くに設置されていた。 ビールが贅沢品であるという理由で「キリン駅」と改称された後、戦時休止され 、1949年7月1日に廃止。 反町駅 仲木戸駅(現・京急東神奈川駅) - 神奈川駅間にあった。 1930年3月29日廃止。 1930年3月29日開業。 現在の神奈川駅と横浜駅の間に、のと同じ位置にあった。 なお現在の神奈川駅は、当時は青木橋駅を名乗っていた。 1930年4月6日に青木橋駅に統合されて廃止となり 、青木橋駅が京浜神奈川駅に改称(その後1956年に神奈川駅に改称)された。 1931年12月26日開業。 横浜駅と戸部駅の間に存在し、1943年7月1日に戦時休止、1944年11月20日 に廃止された。 なお、かつて東海道本線に存在したとは関係が無い。 沿線概況 [ ] 根岸線をくぐる京急本線の列車 (横浜駅付近) 泉岳寺 - 横浜 [ ] この区間はおおむね(第一京浜)と並行し、北北東から南南西へと線路が延びる。 並行するより側を通り、臨海部のにも近い。 海岸線近くの平地を進むが、京急川崎以南では区間と地上区間が入り混じるため、その行き来のため急勾配となる箇所も複数存在する。 を源流とする区間であるが 、立会川駅以南では大きな速度制限を受ける曲線はない。 京急線としては高架区間の比率が高いが、一部では地上を走行している。 直後に八ツ山通り・旧の踏切を過ぎると北品川駅である。 京急蒲田駅では空港線が分岐する。 六郷土手駅を過ぎるとを渡って神奈川県川崎市へ入り、京急川崎駅では高架上の本線から大師線への連絡線が分かれる。 横浜市に入るとや東海道貨物支線などと交差し、高架区間と地上区間を行き来しながら東海道本線と並行して進む。 子安駅手前で東海道本線と離れると間もなく子安駅に着く。 子安駅 - 神奈川新町駅は上り線が2線ある3線区間となっており、神奈川新町駅にはが隣接する。 盛り土となっている京急東神奈川駅を超えると東海道本線と並行し、神奈川駅を通過してをくぐると横浜駅に到着する。 横浜 - 金沢八景 [ ] -間 横浜以南では線路を南に向け、おおむねと並行する。 横浜駅以北とは一転して丘陵地帯を縫うように進み、山岳トンネルも現れるようになる。 沿線は拠点駅周辺を除くと住宅地となっている区間が多い。 日ノ出町駅以南はかつてによりとして敷設された区間だが 、断続的に曲線区間が現れる。 横浜駅の南側では急曲線で根岸線をくぐり、をトンネルで抜けると日ノ出町駅へ。 ここから井土ヶ谷駅付近まではが建設を計画していた京浜線(現:)延長区間の用地が転用されており(詳細は「」を参照)、また、黄金町駅 - 上大岡駅間はがおおむね南に並行する。 その区間を抜けると南へ進路を変え、杉田付近で再び根岸線をくぐる。 運行上の拠点である金沢文庫駅と金沢八景駅の間は複々線化されており、東に、西側には横浜事業所が立地する。 金沢八景 - 浦賀 [ ] 三浦半島へと入り、沿線は海岸近くまで山が迫る地形となる。 そのためトンネルが連続し、谷となる箇所に駅が設けられている。 曲線区間や勾配のある区間が多い。 山がちな地形のため沿線の平地は密集した住宅地・商業地となっており、傾斜が急な箇所にも住宅地が造成されている。 金沢八景駅では追浜方で逗子線が平面交差して右手へ分岐する。 横須賀市に入ると横須賀線が接近し、京急田浦駅 - 安針塚駅、逸見駅 - 汐入駅の両区間で京急本線が乗り越す。 短いトンネルを抜けると横須賀市のに位置する横須賀中央駅を通過する。 堀ノ内駅からはが分岐し、快特や特急のほとんどは久里浜方面へ直通する。 からの付け根をトンネルで抜けると、来航の町としても知られる終点のとなる。 連続立体交差事業 [ ] 東京都は、泉岳寺駅 - 新馬場駅間においての事業化を進めていた。 2020年4月1日に国土交通省から都市計画事業の認可を取得した。 2029年度に事業完了予定。 注釈 [ ]• この区間は扱い上、当路線のであり、『』では分けて書かれている。 品川駅 - 横浜駅間。 ただし、京急が18m車であるのに対して並行して走るJRは20m車であるため、横須賀線で「短い編成」と案内される11両編成よりも、編成の長さとしては短い。 横須賀中央駅の下りホームには平日の本線下りの終電である特急京急久里浜駅行きを「深夜特急」と案内する掲示が存在している。 品川駅で上り最終とすれ違うと金沢文庫駅まで一切他の営業列車とのすれ違い・追い抜き等がない。 このため、空港線内のエアポート急行だけで見ると毎時12本から9本に減少している。 平日朝の通勤時間帯の上り列車のみ臨時停車。 花月園競輪開催日に6両編成の列車のみ臨時停車。 ただし井土ヶ谷、弘明寺、能見台の各駅は通勤時間帯に急行が臨時停車していた実績がある。 なお、運転開始当初は6両編成のは片側4ドアでかつ羽田空港国際線ターミナル駅にホームドアが設置されたため、入線できなかった。 そのため、6両編成を使用する際は必ず1500形と新1000形に限定されていた。 特急列車の運転のない概ね横浜駅発20時以降の一部列車。 上大岡駅または金沢文庫駅でイブニング・ウィング号に接続する。 ただし、京急線品川以南の区間で速達列車でも都営浅草線内に直通する列車の多くは浅草線内は普通列車として運転され、種別の変更は品川駅で行われるために、それを含めると同区間の普通は多いとも言える。 また、早朝・深夜に品川駅を始発・終着とする浅草線直通の普通列車の設定がある。 普通のみが停車する駅の多くは、ホームの有効長が6両編成分しかないため、本線で8両編成の普通が走るのは金沢文庫駅 - 金沢八景駅間と堀ノ内駅 - 浦賀駅間および前述の品川駅 - 泉岳寺駅間に限られる。 前者2区間は速達列車の折り返し運用、後者は都営浅草線に直通する運用のため8両編成が用いられる。 ダイヤ上では予備用として上りの設定もあったが、通常時は回送として運転された。 当時、のは全線非電化であるうえ牽引の客車列車で速度も遅く、さらに発着であったため、(特に城南地区)から房総半島へは久里浜駅まで京急を利用し、で(千葉県)に出た方が便利であった。 読み方には「かいとく」と「うみとく」がある。 これは快速特急の略称である「快特(かいとく)」と同一の読み方になってしまうためである。 ただし、海水浴特急が登場した当時、快速特急はまだ存在していなかったため、略称の読み方が同じになるという懸念はなかった。 休日の快速特急運転開始から4年で「油壺マリンパーク」となったため• 1995年に京浜急行電鉄が限定発売した前面展望ビデオ『快走!KEIKYU 海をめざして風になる』では所定の2000形での運用を3代目600形の第1編成に差し替えて収録をしているが、この3代目600形で代走したマリンパーク号ではヘッドマークステーが2000形と同様設置されていなかったため、は無表示であった。 一方、『東京急行電鉄50年史』では営業局制から管理部制の変更の項、戦時中の駅休廃止の項、戦後の京急独立の項のいずれにおいても一貫して旧京浜線を品川線、旧湘南線を湘南線としており、1943年の路線名統合の記述はない。 また、「」など、京急側においても京急独立時まで「品川線」「湘南線」の区分けがあった資料が散見される。 乗務員の習熟運転のためダイヤ改正に先だって昼間のみ実施。 ただしダイヤが乱れた場合はこの限りでない。 より導入。 大師線は創業時は全区間路面電車であったが京急本線は川崎以北のみ一部が存在した。 1956年の改良まで京急で最後の併用軌道が残っており当時の最小半径は50mであった 出典 [ ]• 6MB 12ページ• ISSN 0915-9231• 『京急電車の運転と車両探検』(JTBパブリッシング発行)p25• 京浜急行電鉄 2019年8月29日. 2019年8月31日閲覧。 47-53、「京急ダイヤ全面改正」、萬谷 彰。 、pp. 152。 30-35、「京急ダイヤ全面改正」、京急同趣会。 47 鉄道ジャーナル社• web. archive. org 1998年7月2日. 2019年8月31日閲覧。 web. archive. org 1998年7月2日. 2019年8月31日閲覧。 『鉄道ダイヤ情報』2013年3月号 p. 30-p. 『京急電車の運転と車両探検』(JTBパブリッシング発行)p48 - 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まだまだ三浦半島は遠いけど【駅ぶら03】京浜急行58

京浜 急行

略称 京急、京急電鉄、京浜急行、KHK 本社所在地 〒220-8625 1丁目2番8号() : 設立 (23年) 事業内容 旅客鉄道事業 他 代表者 代表取締役 資本金 437億38百万円 (2019年3月31日現在 ) 発行済株式総数 2億7576万547株 (2019年3月31日現在 ) 売上高 連結:3392億6800万円 単独:1541億2600万円 (2019年3月期 ) 営業利益 連結:401億4700万円 単独:285億4100万円 (2019年3月期 ) 純利益 連結:206億9800万円 単独:163億8100万円 (2019年3月期 ) 純資産 連結:2698億3900万円 単独:1565億300万円 (2019年3月31日現在 ) 総資産 連結:8918億4400万円 単独:7799億8300万円 (2019年3月31日現在 ) 従業員数 連結:9010人 単独:2793人 (2019年3月31日現在 ) 決算期 3月31日 主要株主 (信託口) 4. 概要 から、、、、、、へ至る鉄道路線を運営しており、それにを加えた交通事業のほか、グループ各社と連携して流通事業、サービス事業、不動産事業なども経営している。 これらは直接の収益確保のほかに、京急線沿線地域の定住・交流人口の減少を防ぐことも意識している。 今後は通勤利用者の減少や羽田空港アクセスの競合激化が予測されることから、として、外国人を含む観光客のやへの誘致を重視している。 5月にはと提携した。 その他、2018年3月には、京急沿線に営業網を持つ及びと提携。 同年11月には、神奈川県横須賀市および同市に拠点を持つ球団のと三者連携協定を結んでいる。 9月には、神奈川県横浜市西区一丁目に、京浜急行電鉄のほか複数のグループ企業(計11社)の本社機能の集約を目的として建設されたビルが竣工。 同年に東京都港区から本社を移転した(その他のグループ企業についても同年9月から10月にかけて順次移転)。 なお、本社の移転については1に貼られたステッカーで「横浜駅から この春、新たな感動が始まる」のスローガンとともに告知された。 東京都港区高輪にあった旧本社(2010年) 社名 かつては「 京浜急行(けいひんきゅうこう)」を公式通称、「 Keihin Electric Express Railway Co. , Ltd. 」 を英文社名としていたが、(19年)より・類などにおいて「 京急電鉄(けいきゅうでんてつ)」の名称 および新ロゴマーク、(平成22年) より「 Keikyu Corporation」の英文社名を使用開始し、順次変更している。 過去の略称は前身である京浜電気鉄道時代の「京浜」が使われており、(38年)には時代の一部の駅名であった「湘南 - 」を「京浜 - 」に統一させた。 しかし、昭和30年代前半から子会社の名前などに「京急」を使うようになり、一時は「京浜」と「京急」の略称が混在していた。 次第に「京急」の方が定着していったことから、(昭和62年)には同年に民営化した(JR東日本)との差別化も意識し、 CI の一環として、それまで「京浜 - 」としていた10駅の駅名を「京急 - 」に改め 、略称を「京急」に統一した。 なお、「京急 - 」という名称は京浜急行電鉄のになっている。 社紋・コーポレートスローガン 時代は3本線で円を作ることで川崎、その中に「大」を4つで「ダイシ」(大師)とする社紋を使用し、京浜電気鉄道となった後も継続して使用していた。 その後、時代を経て京浜急行電鉄として再出発する際に用意されたのが先代社紋で、社員への募集、会社組合双方からの選考委員による選定の後、による修正によって出来上がった。 K、翅、車輪 からなる図案はそれぞれが京浜、急行、電鉄を表している。 現在の社紋は経営の多角化によって従来の社紋が相応しくなくなってきたため、(33年)の創立60周年を契機に変更が検討され、(昭和39年)5月に制定されたものである。 図案は社内候補とに依頼したものから2案が選定され、これらをアレンジした数種から再検討、選定された。 円が会社の主な事業である交通(鉄道・バス)を表し、中央の図形は京浜の「K」および「ケ」をスピーディかつ安定感を持った形に図案化したものである。 また、この図形を円を突き破るように配置することで、困難を突破していく力強さを表している。 はの登場やのオープンといった節目があった(昭和58年)頃から使われだした。 当時は現在と違い水色が地色で「KEIKYU」の文字は白抜きだった上、ロゴ下部の文字が斜体で「 京浜急行 」と書かれていた。 (10年)の創業100周年と羽田空港駅(現在の)開業という大きな節目を前に「 新しい出会いに夢のせて」に変わり、現在のコーポレートスローガンである「 あんしんを羽ばたく力に」は、(平成20年)の創業110周年に合わせて導入された3代目である。 2代目まではロゴマークにもコーポレートスローガンを掲出していたが、2008年に色を反転した現行のロゴに変わった際、コーポレートスローガンは外された。 また、ロゴ下部の文字には「京急電鉄」と「京急グループ」のバリエーションがある。 京浜急行発祥の地記念碑() 現在の京浜急行電鉄の元となったのは、に旧に近い川崎駅(後の)から近くの大師駅(現在の)までの1435mmので開通した 大師電気鉄道である(現在のの一部)。 同社はで三番目、では最初の会社であった。 創立時にはが人的・資金で援助したこともあり、そのため現在でも安田財閥の流れを組むの一員となっている。 同年、 京浜電気鉄道と社名を改めた。 とのを目論み、を開業時の標準軌から一旦1372mmのへ改軌を行うが、後に子会社となるによる方面の延伸線への乗り入れを行うために、再度標準軌に改軌された。 中のにはに基づく戦時統合により(いわゆる)に併合されるが、に京浜急行電鉄、、京王帝都電鉄(現在の)の3社が分離・独立し、現在に至る。 (30年) - 大師電気鉄道に対して軌道特許状下付(神奈川県久根崎 - 同郡中瀬)。 (明治31年) - 大師電気鉄道株式会社設立。 (明治32年)• - 川崎駅(後の) - 大師駅(現在の)間 2. 0km が営業開始。 開業式は(明治35年)挙行。 営業開始3年後となった開業式について、業務多忙により実施できなかったと推測されている。 『京浜急行百年史』『京浜電気鉄道沿革史』によれば、開業当初は後で社会経済情勢が不安定だったこと、対立関係にあった組合の影響を考慮して、開業直後に行わなかったとの旨が記載されている。 - 京浜電気鉄道株式会社に社名変更。 - 軌道特許状下付(橘樹郡川崎町久根崎 - 品川町品川橋、同郡大森町字揚場 - 大森停車場)。 (明治33年) - 軌道特許状下付(橘樹郡川崎町六郷橋際 - 神奈川町停車場)。 (明治34年)• - 大森停車場前駅(現在の) - 八幡駅(現在の) - 川崎駅間が開業。 - 発電所の余剰電力を利用した電灯・電力供給事業開始。 - 軌道特許状下付(蒲田 - 羽田)。 - 軌道特許状下付(橘樹郡大師河原村字川中島 - 同村中瀬耕地渡船場)。 (明治35年)• - 蒲田駅(現在の) - 間が開業。 - 六郷橋駅 - 川崎駅(現在の)間が開業。 (明治37年)• - 全線を標準軌から馬車軌間に。 - 品川駅(現在の) - 八幡駅間が開業。 大森停車場前駅 - 八幡駅間がとなる。 (明治38年) - 川崎駅 - 神奈川停車場前駅(現在の)間が開業。 (2年) - (旧)穴守駅 - 穴守駅間が開業。 (大正12年) - 電灯・電力供給事業を群馬電力(後の )に譲渡。 (大正14年) - - 品川駅間が開業。 (2年) - 自動車事業開始。 (昭和4年)6月22日 - 京浜神奈川駅(現在の神奈川駅) - (仮)間が仮開業。 (昭和5年)• - 京浜神奈川駅 - 横浜駅間が開業。 - 湘南電気鉄道の - 間と - 湘南逗子駅(後の京浜逗子駅、現在の)間が 1435mm で開業。 (昭和6年)• 4月1日 - 湘南電気鉄道の湘南逗子駅沼間口乗降場(後の京浜逗子駅) - 湘南逗子駅葉山口乗降場(後の逗子海岸駅)間が開業。 - - 間にて日本初の事業開始()。 - まで延伸された湘南電気鉄道と、横浜からをトンネルで抜けて標準軌で敷設された京浜電気鉄道延長線が接続され、横浜駅 - 浦賀駅間で開始。 (昭和8年)4月1日 - 高輪駅を廃止してへ乗り入れ。 全線を標準軌に改軌。 品川駅 - 浦賀駅間で直通運転開始。 (昭和12年) - 大森支線の大森海岸駅 - 大森駅間が廃止。 (昭和16年) - 京浜電気鉄道と湘南電気鉄道・湘南半島自動車が合併し、この時に現在の路線網の骨格がほぼ完成した。 (昭和17年)• 5月1日 - と共にへ合併。 ()が発足。 9月1日 - 逗子線の湘南逗子駅沼間口乗降場 - 湘南逗子駅葉山口乗降場間が廃止。 - の横須賀堀内駅(現在の) - 久里浜駅(現在の)間が開業。 (昭和19年)• - 大師線の川崎大師駅 - 産業道路駅(現在の)間が開業。 - 大師線の産業道路駅 - 間が開業。 (昭和20年)• - 大師線の入江崎駅 - 間が開業。 大師線が全線開通。 - 穴守線の稲荷橋駅(現在の) - 穴守駅間が営業休止。 (昭和23年)• 6月1日 - 東京急行電鉄の第3会社として 京浜急行電鉄株式会社が設立。 東京急行電鉄から現在の当社線を譲り受けて営業開始。 7月3日 - 逗子線の湘南逗子駅 - 逗子海岸駅 (両駅とも現在の逗子・葉山駅)間が開業。 (昭和24年) - に株式上場。 (昭和26年)3月 - 大師線の - 桜本駅間が営業休止。 (昭和27年) - 大師線のうち塩浜駅 - 桜本駅を川崎市交通部(現在の)に譲渡。 (昭和31年) - 穴守線の穴守稲荷駅 - (旧)羽田空港駅間が開業。 (昭和38年)11月1日 - 穴守線をに改称。 久里浜線に久里浜検車区および久里浜工場(現在の)を開設し、野比駅(現在の)まで開業。 (昭和39年) - 空港線の - 塩浜駅間が営業休止。 (昭和41年)• - 久里浜線の野比駅 - 間が開業。 - 久里浜線の津久井浜駅 - 間が開業。 (昭和43年) - 本線 - 品川駅間が開業。 都営1号線(現在の)と直通運転開始。 (昭和50年) - 久里浜線の三浦海岸駅 - 間が開業。 久里浜線が全線開通。 (昭和59年) - 大船 - 片瀬間の有料道路事業廃止。 (昭和60年) - 逗子線の京浜逗子駅、逗子海岸駅を統合し、新逗子駅間が開業。 新逗子駅 - 逗子海岸駅間が廃止。 (昭和61年)12月26日 - 東京 - 間に夜行「」運行開始。 (3年) - 空港線の穴守稲荷駅 - (旧)羽田空港駅間が営業休止。 (平成5年)4月1日 - 空港線の穴守稲荷駅 - 羽田駅(現在の)間が開業。 (平成6年)4月1日 - 「」による導入(パスネット普及に伴い2002年10月使用停止)。 同時にを実施。 同年4月1日ので同区間の最速列車は15分45秒運転となった。 (平成10年)11月18日 - 空港線の天空橋駅 - 羽田空港駅(現:)間が開業し、現在の営業区間が全て開通。 (平成12年) - 導入。 (平成15年) - 自動車事業を株式会社に継承し、分割する。 (平成16年) - の株式計260万株を同年中にホテル京急と共同で購入していたことが発表される(「」参照)。 (平成17年)• - のとのタイアップによる京急テーマソング『』がリリース。 - 久里浜線の三崎口駅 - (仮称)間の免許廃止を届出。 (平成18年) - 全駅への AED 設置を完了。 (平成19年) - を導入、との相互利用開始(その後、在庫僅少により・・横浜・品川各駅の定期券センターを除き発売中止、同年10月1日より全駅で発売再開)。 同時にの私鉄としては初めての試みとして全駅構内(売店、飲食店、自動販売機)でPASMOを導入。 (平成20年)2月25日 - 会社創立110周年の一環として、駅係員と乗務員の制服を一新。 (平成21年) - と業務提携を行い、が運営する京急線各駅の売店全てをセブン-イレブンに転換することを発表。 (平成22年)• - 本線 - 間および空港線京急蒲田駅 - 間の上り線高架線使用開始。 - 泉岳寺駅以外 の全駅にを導入。 英文社名を「 Keihin Electric Express Railway Co. , Ltd. 」から「 Keikyu Corporation」に変更。 (平成23年)• - 前年9月末で営業終了させたの建物をへ転換し、(ビジネスホテル)・結婚式場・会議場とを併設した「」として開業。 6月 - 3月11日に発生したに伴うの影響で、8両編成のを1両増加し2両体制(既存の三崎口側3両目と新設の同7両目)に変更。 4両・6両編成で弱冷房車を1両(三崎口側3両目)新設。 (平成24年)10月21日 - 本線平和島駅 - 六郷土手駅間および空港線京急蒲田駅 - 大鳥居駅間の下り線高架線使用開始。 (平成25年) - 開始により、、、、、、、、が京急線で利用可能になる。 (平成27年)• - との友好鉄道協定を締結。 7月7日 - 全線でデジタル空間波式列車無線(デジタルSR無線)の使用を開始。 (平成28年) - 地区(56-1街区、神奈川県横浜市一丁目)の開発事業者に決定。 同時に、京浜急行電鉄のほか複数のグループ企業(計11社)の本社機能を集約し、同地に建設する京急グループ本社ビルへの移転を発表。 (平成29年)• 7月 - 京急グループ本社ビルが着工。 10月 - を転貸したり、独居高齢者宅に学生のを仲介したりする事業を開始すると発表。 (平成31年・元年)• 1月21日 - 京急川崎駅で開業120周年記念式典を開き、横に記念モニュメントを設置。 - 三浦半島で観光「みさきめぐりタクシー」を京急三崎タクシー(神奈川県)とともに開始。 - 本社を神奈川県横浜市西区高島一丁目のに移転。 10月1日 - 消費税増税に伴い運賃を値上げ、及び空港線の加算運賃を値下げ。 (令和2年)1月21日 - 京急グループ本社1階に「京急ミュージアム」が開館。 歴代経営陣 期間 代表 備考 1898年2月25日 - 1903年12月5日 1903年12月5日 - 1904年10月23日 1904年10月23日 - 1904年12月22日 期間 会長 社長 備考 1904年12月22日 - 1907年10月24日 stub 雨宮敬次郎 社長制を設ける。 1907年10月24日 - 1909年5月15日 stub 1909年5月15日 - 1910年8月5日 stub 1910年8月5日 - 1918年6月28日 stub 1918年6月28日 - 1921年12月24日 stub 1921年12月24日 - 1923年10月18日 stub 1923年10月18日 - 1930年6月24日 stub 青木正太郎 1930年6月24日 - 1939年4月 1939年4月 - 1941年11月25日 stub 1941年11月25日 - 1942年4月30日 stub 期間 備考 1942年5月1日 - 1948年5月31日 ()時代 期間 代表 備考 1948年6月1日 - 1948年12月23日 京浜急行電鉄を設立。 期間 会長 社長 備考 1948年12月23日 - 1950年12月25日 stub 1950年12月25日 - 1964年2月25日 stub 田中百畝は社長在任中の1964年2月11日に死亡。 1964年2月25日 - 1964年5月23日 stub 三代目 1964年5月23日 - 1969年11月22日 stub 1969年11月22日 - 1975年5月27日 stub 1975年5月27日 - 1981年6月25日 中川幸一 1981年6月25日 - 1987年6月26日 片桐典徳 1987年6月26日 - 1991年6月27日 飯田道雄 1991年6月27日 - 1997年6月27日 stub 1997年6月27日 - 2005年6月29日 stub 2005年6月29日 - 2013年6月27日 小谷昌 2013年6月27日 - 石渡恒夫 路線 金沢八景以南拡大 廃止路線・区間• : - 0. 7km• : - 3. 5km : うち - 桜本駅間は川崎市に譲渡されの一部となり、のちに川崎市電の他の区間とともに廃止。 : - 穴守駅 1. 3km 未成線• 青山線 : () - 千駄ヶ谷町 6. 9km• 五反田線 : - 7. 7km : 1942年の大東急発足で東京急行電鉄が継承、1948年の京浜急行電鉄分離後も東急が保持し、1958年2月17日失効。 鎌倉線 : 金沢文庫駅 - 鎌倉八幡 7. 3km : 付近を経由する予定であった。 1958年失効。 : 付近(現在の衣笠十字路付近)- 林 6. 1km : 後中止。 : 三崎口駅 - (仮称) - (仮称) 5. 7km : 油壺駅 - 三崎駅間 3. 6kmは1970年 、三崎口駅 - 油壺駅間 2. 1kmは2005年 事業廃止。 三浦半島西部線(葉山線) : - (仮称) 16. 1km 京浜急行電鉄の前身の一つである湘南電気鉄道にも「予定線」として以下の計画線が存在した。 日ノ出町駅 - 桜木町駅間の建設予定地には、予定地に沿って道路や住宅が並んでいる。 - 1. 0km• : - 4. 7km 駅 京浜急行電鉄・路線図 乗降人員上位15駅• 乗降人員は京浜急行電鉄の駅のもの。 は前年度に比較した増 減 増減なし を表す。 6 1 313,608 各社局線総合では日本・世界第5位 2 264,309 1. 0 2 261,780 各社局線総合では日本・世界第9位 3 173,577 3. 3 3 168,009 東京都港区 の直通人員含む 4 141,288 1. 4 4 143,226 横浜市 5 120,030 1. 7 5 118,034 6 81,016 3. 6 7 78,171 東京都 7 69,368 3. 0 6 71,523 横浜市 8 66,063 0. 0 8 66,082 9 55,971 1. 7 9 56,963 横浜市金沢区 10 50,948 3. 0 10 49,477 東京都大田区 11 46,488 0. 2 11 46,402 東京都大田区 12 43,004 2. 3 12 44,029 神奈川県横須賀市 13 42,251 0. 0 13 42,243 東京都 14 40,139 0. 3 14 40,008 神奈川県横須賀市 15 34,046 0. 4 15 34,169 横浜市 駅長所在駅 所在駅は・・・・・・・・・・・・・・・の16駅。 駅長所在駅ごとに管区が置かれ、泉岳寺駅とここに挙げた16駅以外の駅は、いずれかの駅長に属する被管理駅となっている。 なお、京急ステーションサービスへの委託時代は駅長もその他の駅係員同様、同社の社員であった。 運行体制 (泉岳寺以北)、・(青砥以東)・・、、と直通運転を実施している。 乗り入れ車両は8両のため、普通列車の停車駅のの関係で空港線と逗子線以外は普通としては運転されず 、京急線内では・・・として運転される。 おおよその目安として、品川駅 - 浦賀駅間の普通、空港線系統・本線系統の快特と羽田空港第1・第2ターミナル駅 - 逗子・葉山駅間のエアポート急行が、それぞれ10分間隔で運行されている。 そのほかに、普通が品川駅 - 京急蒲田駅間で20分間隔 、エアポート快特が京成線方面 - 羽田空港間に40分間隔で運行されている。 基本的に信号は駅の信号室で取り扱う。 そのため事故などでダイヤが乱れた場合は各信号室の判断による運行が行われ、運転再開は他社に比べて早いが、運行中に種別が変更される場合もある。 また通常ダイヤ以外に、貸切イベント列車を運行することがある。 2017年までも企業からの申し込みに対応してなどを走らせていたが、個人のやなどの受け付けも2017年10月から始めた(実施は最短で3か月後)。 品川駅と三崎口駅を結ぶ長い路線でありながら、乗車に際してが必要となるのほかは、別料金を徴収するはない。 車両 京急の現有車両は沿線の金沢八景駅山側に立地する 、およびその後身のと(旧・川崎車輛)の2メーカー製で、総合車両製作所(東急車輛製造を含む)と川崎重工業でそれぞれほぼ半々の割合で製造されている。 なお東急車輛が無かった戦前は、(汽車会社。 時点で798両を保有する。 各形式の詳細、使用線区、運用などについてはそれぞれの記事を参照されたい。 外観 経営・技術面など多方面から範としたのの影響から、創業以来の伝統としてなどの例外を除いて車体は赤く塗装されており、会社のイメージカラーにもなっている。 塗色のパターンは幾度か変遷があり、現在では、窓下に白帯が入るもの、窓周りが白く塗られているもの(800形で初めて採用され、現在では600形・2100形・新1000形で採用している)がある。 3月に登場した京急初のステンレス車両・6次車より、車体幕板と腰板に赤色のを施し、さらに窓下に白帯を入れアクセントとした外装となり、度製造の15次車の6両編成まで継続された。 同年度製造の15次車4両編成(1800番台)以降は、赤色に窓周り白色のラッピングが窓枠及び客室扉と乗務員室扉の周りを除いた車体側面全体に拡大され 、さらに2017年度に導入された17次車からはラッピングではなく、ステンレス車体に全面塗装が施されることになり、5次車以来となる全面塗装車体で導入されることになった。 京急の電車に広く見られる赤地に白帯のデザインは、友好鉄道協定を結んでいるにおいても、より同年までの期間に第1編成においてラッピングで再現された。 600形以降の車両は先頭車両前面は丸みを帯びていて、独特な楕円形のテールライトと急行灯をもつ。 京急ラッピング仕様の(2016年) 種別・行先表示 視認性の問題から行先表示に3色LED表示器は導入しなかったが、フルカラー・白色が実用化され視認性に特に問題なかったこと、多くの色を表現でき種別案内が色で可能になったこと、行先の増加や運転系統の変化に伴い幕交換が多数発生している現状を踏まえ、2005年(平成17年)以降製造車両から本格採用した。 2010年3月頃よりに類似したフルカラー・白色LED行先表示(日本語・英語を交互表示)が搭載されるようになり、LED装備車全車の表示内容を収めた変更が完了している。 また、列車無線装置の機器スペースの都合で、前面のみをフルカラーLEDに交換した編成が出現しており、新1000形や600形、2100形、1500形などが該当する。 1500形の全車LED化に伴って地下鉄直通用の京急車は全車LEDとなった。 相互直通運転を行っている京成電鉄とは異なり、駅名の「京急」は省略しない(「」など)。 以前は「京急」(1987年までは「京浜」)を省略していたが、神奈川新町などを正式駅名表記とするようになった頃から省略しなくなった。 搭載車は、以前は黒地に白抜き文字の表示(さらにそれ以前は白地のローマ字無し)であったが、現在では白地のローマ字入り幕に交換が進んでいる。 かつては行先板を使用していた名残りから「新町()」「文庫()」など省略駅名を表示していたが、現在は行を「羽田空港」と表示するのを唯一の例外として、京急線内の駅についてはすべての車両が正式な駅名を表示するようになっている。 特殊な表示形態として以下のものがある。 と快特を区別するため、エアポート快特には「快特」の文字の前に飛行機のマークを表示する(他社の車両も同様)。 2012年10月21日からは、アクセス特急との統一と誤乗防止のため、橙色となる。 京成線内から羽田空港へ向かうアクセス特急や快速、または京急線内のエアポート急行についても同様に「(飛行機マーク)アクセス特急」「(飛行機マーク)快速」「(飛行機マーク)急行」の表示を行う。 ただし、「エアポート急行」の表示機能のない車両は「急行」の表示を行う。 一部の行上り列車はまで「品川 方面泉岳寺」と表示する(搭載車に限る)。 その場合は、品川駅到着前に「泉岳寺」単体表示に変更する。 「」の種別表示「 Wing」は横幅の広い行先表示箇所に表示され、行先が種別表示箇所に表示されるのが2000形の時からの京急ウィング号ならではの特徴であった。 現在は新種別幕の追加および全車両共通幕化改造により、他の列車種別と同様に種別が種別幕に、行き先が方向幕に表示されるのみとなった。 京成線への直通列車では、駅名の「京成」を省略する(は「成田」と表示など)。 京成線への直通列車のうち、で行に接続する列車は京急線内で「 成田空港方面 佐倉」と表示する。 基本的に品川駅到着前に「佐倉」の単体表示になるが、稀に都営浅草線・京成線内でも表示することがある。 への直通列車は品川まで「 品川・方面 」もしくは「 品川・日本橋方面 」と2行に分けて乗り入れ先を強調した行先を表示する。 なお、新1000形のLED車および1500形と600形(前面のみ)の前面は「 品川方面 印西牧の原」もしくは「 品川方面 印旛日本医大」と2行に分けて行先を強調した表示がなされ、側面は1行で同じように表示する。 どちらも品川駅到着前に「印西牧の原」「印旛日本医大」の単体表示に変更する。 ただし、京急川崎駅から折り返さない列車については「京急川崎」と表示する。 のフルカラー行先表示機(成田空港行) 種別色• エアポート快特(旧表示)・快特…緑• 特急…赤• エアポート急行…青• 普通…黒 型式呼称 形式呼称は、京成電鉄や東京都交通局およびと同様に「…系」ではなく「…形」を使用し、相互乗り入れを行う各事業者の車両と形式番号が重複しないように2000番台より若い数字を用いる(京成車は3000番台、都営車は5000番台、北総車は7000番台、千葉ニュータウン鉄道車は9000番台。 なお、時代は元京浜電鉄・湘南電鉄の車両に5000番台が振られていたが、京急の分離独立時に5000を引いて一斉に改番した)。 また、京急では必ずしも編成を固定しておらず、1500形を中心に現在でも編成替えが多く行われていることから編成を表す「…F」(「編成」を意味する英単語Formationの頭文字)などの呼称は用いられていない。 さらに、京急線内では車両形式と編成を表す記号も使用されており、一例を挙げると、2代目1000形の8両編成では「8V」などと呼称されている(出典:『京急ダイヤ100年史』)。 仕様 の台車 都営地下鉄線乗り入れ車両 都営地下鉄線に乗り入れる列車は、片側3扉で、貫通扉を備え、火災などの非常時に運転室正面から脱出可能な編成に限定される。 現在、この条件を満たすのは・・とその派生型である。 なおは貫通扉を備え、非常時には正面から避難できるつくりだが、片側3扉という直通規格を満たしていないため、京急・都営線共同利用の泉岳寺駅までの運用(A快特またはC特急が該当)となっている。 800形などの片側4扉車両は、品川駅以南の運用であった。 先頭車両 先頭車両(制御車)は事業用車両クト1形が廃車された2010年度以降は全てとなっており、他社局からの乗り入れ車両についても原則的に先頭台車は重量の重く安定している電動台車に限定している。 これは国鉄、以降、京急線内では脱線事故などの際に転覆事故へと被害を拡大させないこと、車輪とレールの半・導体膜が破壊され短絡感度が良くなり 、の正確な検知を行うことで素早く確実なの転換・信号の開通・踏切の動作が求められているためである。 ただし、過去には京成のや(・)などの先頭付随台車(6M車)の車両(改造前に、主に夏季のや正月の臨時列車で使用された)や、当時先頭車が電動車でなかった(の2期線開通直後の一時期)が例外的に入線した時期もあった。 台車 は走行安定性の観点から現在に至るまで採用されておらず 、ダイレクトマウント式のボルスタ(枕ばり)付き台車を採用している。 軸箱支持装置についても円筒案内式が多くを占めており、これ以外の採用例は2代目800形のペデスタル式や3代目600形の軸梁式程度である。 その他 の電気機器メーカー「」社製や製座席、製座席カバーを使用するなど、日本以外からの技術導入も積極的である。 は全車両で3. 3 - 3. かつて運行していた週末座席指定特急では禁煙プレートにを差し込み、を置いて喫煙可能にしていた名残で、3代目600形まで独特の形をしていた禁煙プレートを採用していた。 1988年に、関東地方の大手私鉄では初めて全車両の化を達成した。 なお総合車両製作所製の電車の製造銘板には、同社の対外通称である「J-TREC」のロゴを記載することを大手私鉄中唯一認めておらず、漢字で「総合車両製作所」とだけ記されている。 現有車両 地下鉄乗り入れを行う8連は全てアクセス特急に対応している。 旅客用車両• - 6連は線内普通列車・で運転。 2007年製造の6次車以降は製となる。 - 線内優等列車専用(泉岳寺乗り入れ可能)2ドア車。 - 6連は線内普通列車・エアポート急行で運用。 4連は。 事業用車両• 800形(2代) 開業期から京浜急行電鉄成立以前までに下記3形式の木造車両が在籍した。 形式はいずれも製造時のもの。 一部は京急分離独立後にも在籍していた。 このほか、大師電気鉄道開業時から大正時代まで木造2軸電車が在籍していた。 廃車後の地方私鉄への譲渡先は、やと比べると多くないが、特筆すべき譲渡先としてはが挙げられ、木造車時代から平成に入って引退した車両まで、多くが譲渡されている。 特に近年のとはほとんどが元京急車である。 設備 運転保安装置 運転保安装置は全線で乗り入れ先各線と共通のを採用していたが、(平成21年)よりに更新した。 は久里浜の車両管理区を中心にとを加え計3か所を有する。 立体交差化事業 路線はかつての軌道線や地方鉄道に由来するため地上を走行する区間が多かったが、各地で立体交差化が進んでいる。 近年は - 間の高架化やの一部地下化、付近の高架化が行われた。 特に京急蒲田駅周辺ではやに跨るため慢性的な交通渋滞の要因となっていたことから、早急な高架化を実現するために大部分で直接高架工法を導入してが行われ 、(平成24年)10月には事業区間全線が高架化。 (平成29年)に事業全体が完了した。 待避線 では列車衝突の防止および信号現示の効率化のため、にを設けることを基本としている。 これにより、待避列車に対しYY現示(警戒)でなくY現示(注意)で進入させることができ、また後続列車に対しても場内信号機にG現示(進行)を早く出すことができる。 旅客案内施設 大規模な駅では発車時刻や行先などを表示するのLED式表示装置、液晶式表示装置への更新も行われているが、依然主要駅でもが使われている駅もある。 また、、、、はどでは外国人の利用客を意識して日本語、英語のみならず、の表示にも対応している。 品川駅1番線、京急蒲田駅1,4番線、羽田空港第3ターミナル駅、羽田空港第1・第2ターミナル駅、京急川崎駅3番線、横浜駅では自動放送装置も導入されている。 ドア数や車両数の違いや分割・併合の多さ、先着などの案内が複雑なため主要駅への自動放送装置導入には消極的だったが、詳細なアナウンスができるシステムが構築され、駅員によるアナウンスと遜色のない細やかな情報が提供されることが特徴である。 その他、接近する列車の種別が表示される簡易案内装置が多くの駅で導入されている。 あくまで接近列車の種別を示すもので、JRの ATOS のように次発列車の時刻・種別を案内するものではない。 当初は機械式だったが、現在はLED式となっている。 また、併せて列車接近自動放送(通過・停車別)が導入されている駅も多いが、内容は非常に簡易的である(例:「まもなく、上り、快特が、到着致します。 危険ですから、黄色い線の内側に、下がって、お待ちください。 また、(平成20年)より「京急駅メロディ大募集」として同年7月に一般公募により決定したが京急線内主要17駅(品川・青物横丁・立会川・平和島・京急蒲田・羽田空港(現:羽田空港第1・第2ターミナル)・京急川崎・横浜・上大岡・金沢文庫・金沢八景・新逗子(現:逗子・葉山)・横須賀中央・堀ノ内・浦賀・京急久里浜・三崎口の各駅)で、として使用が開始されている(後に生麦・羽田空港第3ターミナル・港町・井土ヶ谷・追浜・三浦海岸の各駅や、期間限定で梅屋敷・川崎大師の両駅でも採用された。 それぞれの駅の採用曲は「」の項目を参照)。 メロディはの制作で、編曲はが手掛けた(品川駅と羽田空港第1・第2ターミナル駅の『』は除く)。 なお、ご当地ソングを鉄道事業者が採用している例はこれが初めてではなく、既に(西鉄)で行っているが、西鉄では列車車内でのメロディでの採用に対して京急では駅の案内で使用している点が異なる。 ホームで駅員が監視業務をしていない駅では車掌がを通じて駅ホームスピーカーを使い(一部の京成車は車外で直接)、種別、行先、ドア閉めの告知をしており、笛や発車ブザーによる発車案内は主要駅を除き省略されている。 通過待ちをする列車の乗務員はホームに立ち通過監視を行うのが慣習になっているほか、車掌による発車時のホーム監視は8両編成以下の場合乗務員室扉を開けて行っていたが(設置駅を除く)、近年は安全のため乗務員扉を閉め窓から監視するようになっている。 また監視に集中することから、車掌と駅員の間での敬礼は行われない。 また、車両は羽田空港・・・寄りを 1号車とし、品川寄りを大きい数字(12両編成の場合12号車、8両編成の場合8号車)としている。 1月28日、羽田空港国際線ターミナル駅(現:羽田空港第3ターミナル駅)に、目の錯覚を利用した「サイン」を全国の駅で初めて導入している。 駅務施設 は現在すべてが式多機能券売機となっているが、の導入に合わせてPASMO対応への改造が行われた。 一部には発行機能(新規含む)が搭載され、利便性向上を図っている。 7月下旬から品川駅を皮切りに、自動券売機が順次更新されている。 (平成6年)には独自のを導入し、対応するの販売・利用が開始された。 一方での利用開始は機器更新が間に合わず、(平成12年)のサービス開始時には導入せず(平成13年)以降の予定としていたが、羽田空港駅(現:羽田空港第1・第2ターミナル駅)開業に伴う乗客増加に対応すべく、2000年に前倒しで導入した(ただし導入当時は対応自動改札機が限定されていた)。 その他の駅の設備 全駅にの設備が設置されており、・のサービスが利用できる。 また、の公衆無線LAN設備も設置されており、の公衆無線LANサービスも利用できる。 運賃 大人普通旅客運賃(小児半額・ICカードの場合は1円未満の端数切り捨て、切符利用の場合は10円未満の端数切り上げ)。 キロ程 km 運賃(円) ICカード 切符 初乗り3km 136 140 4 - 6 157 160 7 - 10 199 200 11 - 15 242 250 16 - 20 283 290 21 - 25 314 320 26 - 30 367 370 31 - 35 430 430 36 - 40 492 500 41 - 45 576 580 46 - 50 650 650 51 - 55 723 730 56 - 60 796 800 61 - 65 870 870 66 - 67 943 950 JR線との競合のため、品川駅 - 横浜駅で303円(切符は310円)、品川駅 - 京急川崎駅、京急川崎駅 - 横浜駅で232円(切符は240円)の特定運賃を設定。 これに伴い、品川駅 - 神奈川駅・京急東神奈川駅、北品川駅・新馬場駅 - 横浜駅などの区間でも特定運賃を適用。 羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅発着の運賃は50円を加算 天空橋駅 - 羽田空港第1・第2ターミナル駅間内のみの利用は加算運賃なし。 割引運賃 羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅 - 都営線各駅、都営線経由で他社線までの運賃は、大人60円・小児30円の割引。 都営線を経由して東京メトロ線各駅との運賃は、都営線・東京メトロ線間の連絡特殊割引(大人70円)を適用。 羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅 - 京成線空港第2ビル駅・成田空港駅の運賃は、大人90円・小児50円の割引。 京成本線経由、成田スカイアクセス線経由両方とも適用される。 品川 - 新馬場の各駅と泉岳寺駅を経由して都営浅草線大門駅 - 五反田駅、泉岳寺駅・三田駅を経由して都営三田線白金高輪 - 芝公園の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。 子安 - 日ノ出町の各駅(横浜駅を除く)と新高島 - 馬車道の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。 このほかにも有人改札口でによるおよび初乗り運賃の乗車券を発売していたが、2012年2月現在は京急線全線で硬券の発売は終了している。 と同様に、羽田空港への路線が就航している空港にも券売機が設置されており、羽田空港からの乗車券を購入することができる。 から、 ANA が運営すると連携し、全国17の空港に設置されている京急の券売機できっぷを買うとANAのマイルが貯まる「京急ANAのマイルきっぷ」の発売を開始した。 割引乗車券 横浜1DAYきっぷ B券 京急線は、沿線に三浦半島、横浜といった観光地や羽田空港を擁し、観光客を始めとする利用者に向けて様々な割引乗車券を発売している。 なお、ここでは単に「羽田空港駅」と記した場合、羽田空港第3ターミナル駅と羽田空港第1・第2ターミナル駅の両方が含まれる。 発売中の割引乗車券 三浦半島1DAYきっぷ/三浦半島2DAYきっぷ 京急本線金沢文庫駅 - 浦賀駅、逗子線・久里浜線全線および三浦半島エリアの指定区間が乗降自由、三浦半島の各種施設の優待特典が付く。 各々1日ないし2日間有効。 以前は横須賀市内エリアをフリー区間に収めたものも発売していた。 京急線乗車駅 - 三崎口駅の往復乗車券と、三崎エリアの京浜急行バスが乗り降り自由、料理の食事券、レジャー施設利用券が付く。 1日間有効で、乗車券は往復とも後戻りしない限り途中下車も可能である。 なお、三浦国際マラソン当日は発売休止となる。 東京1DAYきっぷ 京急線乗車駅 - 品川駅の往復乗車券と、フリー区間となる京急線泉岳寺駅 - 品川駅および(・・・、即ち都営部分はと同等の効力)が乗降自由。 泉岳寺駅を除く京急線各駅で販売している。 1日間有効。 以前は「TOKYO探索きっぷ」の名称で発売していた。 横浜1DAYきっぷ 京急線横浜駅 - 上大岡駅および横浜駅 - 上大岡駅(ただし - では途中乗降不可)、全線、(横浜都心部の一部区間)が乗降自由。 1日間有効。 「みなとぶらりチケット」に京急線横浜駅 - 上大岡駅間とみなとみらい線を追加したものといっても良い。 弘明寺みうら湯きっぷ 乗車駅 - 弘明寺駅の往復乗車券と「みうら湯弘明寺店」の入場割引券。 2日間有効。 橋脚耐震工事による長期休業のため、2015年4月1日から1年間発売を停止していた。 東京湾フェリー往復きっぷ 京急線乗車駅 - 京急久里浜駅および京急久里浜駅 - の京急バスと、久里浜港 - の往復乗車券。 4日間有効。 京急羽田・ちか鉄共通パス 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅の片道乗車券と都営・東京地下鉄共通一日乗車券。 羽田空港第1・第2ターミナル駅と羽田空港第3ターミナル駅で発売。 東京トラベル1DAYパス/東京トラベル2DAYパス 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅(品川駅でも乗降可能)の片道乗車券と都営地下鉄一日乗車券(ワンデーパスと同等の効力)。 羽田空港第1・第2ターミナル駅と羽田空港第3ターミナル駅で発売。 空の旅おでかけきっぷ 京急線羽田空港駅 - または経由 - 各駅(一部を除く)の割引乗車券。 1日間有効。 羽田空港第1・第2ターミナル駅と羽田空港第3ターミナル駅で発売。 羽得きっぷ 関東地区を除くとの窓口(一部を除く)で発売。 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺または横浜駅の往復割引乗車券。 9日間有効。 羽得2枚きっぷ 券売機を設置している空港で発売。 また、航空会社との提携で品川駅・横浜駅・羽田空港駅でも発売されることがある。 効力は10日間有効であること以外は上記の羽得きっぷと同じだがこちらは2枚1組となっているのでペア乗車券としても利用できる。 よこすか満喫きっぷ 「よこすかグルメきっぷ」の後継商品。 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間電車バス乗車券、選べる食事券(または)、施設利用券またはお土産引換券。 当日限り有効。 葉山女子旅きっぷ 京急線乗車駅 - 逗子・葉山駅までの往復乗車券、フリー区間電車バス乗車券、選べる逗子・葉山ごはん券、お土産引換券。 「女子旅」と記載されているが、男性も購入できる。 当日限り有効。 羽田京急きっぷ 日本各地の空港のの往復乗車券と、京急線往復乗車券がセットになったきっぷ。 京急線内では羽田空港第1・第2ターミナル駅から品川(泉岳寺)または横浜までならどの駅でも利用可能。 バスの乗車券、京急の乗車券とも2枚1組になっているのでペア乗車券としても使える。 有効期限は10日。 2013年8月現在、 - 札幌・室蘭、 - 帯広、 - 秋田、 - 富山、 - 金沢、 - 大阪・京都・神戸、 - 広島、 - 小倉・折尾、 - 小倉・佐賀・久留米・荒尾・熊本・日田・由布院・別府・長崎・佐世保、 - 長崎・ハウステンボス・佐世保、 - 熊本、 - 別府・大分、 - 鹿児島間のリムジンバスとのセット券が発売されている。 過去に発売されていた割引乗車券 平和島温泉クアハウスきっぷ 乗車駅 - 平和島駅の往復乗車券と「平和島温泉クアハウス」の入場割引券。 2日間有効。 2011年6月現在、発売終了。 記念艦三笠きっぷ テレビドラマ『』の放送に合わせて発売されていた割引乗車券。 2012年3月31日までの期間限定発売。 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間および「」の入場引換券、のハンカチが付く。 なお、中学生の場合は記念品がプレゼントされる。 また、小人用の設定はない。 1日間有効。 大田江戸前きっぷ 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間および食事券(指定された10店舗の中から1品選ぶ)、商店街おみやげ券 または レトロ喫茶券。 当日限り有効。 1日間有効。 2014年3月31日で販売終了。 よこすかグルメきっぷ 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間電車バス乗車券および選べる食事券(「」または「よこすか海軍カレー」)。 よこすか満喫きっぷの発売に伴い、発売終了。 広報 広報誌• 京急のまちマガジン なぎさ(偶数月の1日発行)• Haneiro KEIKYU• MIULIKE• 京急線 普通電車の旅(廃刊) 企業博物館 本社1階に「京急ミュージアム」が2020年1月21日に開館した。 他社との相互旅客誘致• 、、、、ならびになどと共同で、空港アクセスPRなど相互の旅客誘致活動を推進している。 2012年には京急がの沿線を、西武が京急の沿線を互いにPRするを施した電車を半年間運行した。 2018年の開業20周年を記念して、2100形の塗装を模したが他事業者において運行されている。 以下、運行開始順に記す。 (大阪モノレール) - 2017年10月10日から21編成に実施• - 2018年2月8日からに実施• - 2018年2月10日から1203号に実施• - 2018年2月20日から9504号に実施• - 2018年4月16日から(元1000形(初代))1083編成に実施• - 2018年4月23日から3905号に実施• 同じが創業した縁で、2019年に京急開業120周年と全通100周年で相互に連携。 高松琴平電鉄の京急ラッピング電車 キャラクター• 2009年頃に展開されたキャラクターである。 電車を模した箱の中に「」の女の子が制服姿で乗り、電車の運行業務を行う意匠となっている。 愛称の「ドレミたん」は、電車に採用されている・社製およびから発する磁励音(通称「ドレミファインバーター」)に由来する。 箱のデザインモデルとなる電車は、愛称の由来となった2100形のほか、 KEIKYU BLUE SKYTRAIN や(ステンレス車) のバージョンもあった。 2009年3月、が販売するゲームソフト『』のとして公式サイトにアップデートされた「京急検定」に登場したのち、同年11月にリニューアルした公式モバイルサイトなどでも使用された。 また、京急系列のホテルでは関連グッズを付属させた宿泊プランの販売も行われた。 けいきゅん• 2011年10月に羽田空港国際線ターミナル駅(現:羽田空港第3ターミナル駅)開業1周年となったことを記念して作成されたキャラクターである。 「開業1周年記念祭」の告知とあわせて愛称の公募が開始され、同年11月に結果発表し命名された。 京急によると、同社の広報活動全般に展開するとしている。 協賛番組 現在• () - 番組終盤のローカルセールス枠のスポンサー(複数社のうちの一つ)で、「京急電鉄」の表記。 () - 番組内コーナー「京急情報ステーション」。 京急沿線の情報と同社イメージガール(歴任者になど)を起用し、沿線で撮影されたイメージビデオを放送。 (フジテレビ) - 2018年3月25日を持って降板。 なお、同番組の最終回は翌週4月1日だった。 空港線の羽田空港延長後は、地方からの羽田空港到着便利用者を対象として、京急沿線とつながりのないなど遠隔地の放送局の番組に複数社提供社として名を連ねたり、スポットCMを出稿したりした例があり、過去にでは『』の7時半以降のローカルセールス枠のスポンサー(複数社のうちの一つ)となったことがある。 その他• の「品川港南口店」に2017年7月より期間限定で設置された、電車の運転席・客席を模した「京急電鉄カラオケルーム」の監修に協力した。 関連会社• 「京浜急行電鉄株式会社」の直訳。 同じく関東の大手私鉄(略称:東急)もかつて公式通称は「東京急行」だったが、現在は「東急電鉄」となっている。 京急蒲田、京急川崎、京急新子安、京急鶴見、京急富岡、京急田浦、京急大津、京急久里浜、京急長沢、京急安浦(現・県立大学)各駅が該当。 『京浜電気鉄道株式会社沿革』にも本社ノ事業ノ一段落ヲ告ゲタルモノと記述• 現在のとは別。 はの管理駅(都営地下鉄浅草線との共同使用駅)であるため。 割引用manaca、障がい者用nimoca、割引用はやかけんは相互利用対象外。 従来の誘導無線式列車無線(IR無線)との併用。 は・のみ導入。 また、近接駅により遠隔操作される駅もある。 2014年に横浜金沢プロパティーズへ商号変更後、2016年に東京急行電鉄に吸収合併され解散した。 の場合は逆に白地から黒地白抜き文字表示に変更している。 ただし、京急線に他事業者のボルスタレス台車装備車が入線したことはあり、11月から1月にかけて同方式の台車を装備するが終電後の深夜に久里浜事業所まで自力走行で入線している。 関東地方の私鉄ではが先(1987年)に全車両の冷房化を達成したが、当時の相鉄は大手私鉄ではなかった。 2019年9月30日までは170円加算だった。 旧加算運賃(170円)適用時は、京急蒲田駅 - 穴守稲荷駅と羽田空港の2駅間に特定運賃の設定があった(例:京急蒲田駅 - 羽田空港国内線ターミナル駅〈現:羽田空港第1・第2ターミナル駅〉間335円〈切符は340円〉)• 三崎エリア全体の施設・店舗の混雑や交通規制に伴うバスの運行中断・経路変更などを考慮しての措置。 中学生以下は記念艦「三笠」の入場料が無料であるため。 2018年4月7日深夜(翌8日未明)の土曜深夜(日曜未明)から新規。 京浜急行電鉄 企業・情報(2018年3月16日閲覧)• 三浦半島に訪日客呼べ/京急創立120周年、新収益源に/「ドル箱路線」競合激化 知名度向上に種まき『』2018年3月8日(食品・日用品・サービス面)。 『』ニュースサイト(2018年11月13日)2018年12月23日閲覧。 『日本経済新聞』朝刊2018年5月17日(企業1面)2018年6月4日閲覧。 『日本経済新聞』朝刊2018年3月14日(首都圏経済面)2020年1月26日閲覧。 - 京浜急行電鉄ニュースリリース(2018年11月19日)2018年12月23日閲覧。 - 京浜急行電鉄ニュースリリース(2019年9月2日)2020年1月26日閲覧。 - 京浜急行電鉄ニュースリリース(2019年5月20日)2020年1月26日閲覧。 『』 毎日新聞社. 2019年5月23日. 2019年5月27日閲覧。 IRニュース. 京浜急行電鉄 2010年10月19日. 2013年6月4日時点の [ ]よりアーカイブ。 2017年1月13日閲覧。 『SUBWAY 日本地下鉄協会報』第208号. 46-47. 2018年10月6日閲覧。 京浜急行電鉄. 2018年10月6日閲覧。 (デジタルコレクション)• 「黎明期の京浜電車」寺島京一、『』1967年1月・67号• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• 『』 交通新聞社 : p. 2000年11月2日• , 2016年3月19日閲覧。 報道発表資料. 京浜急行電鉄 2009年9月30日. 2010年1月11日時点の [ ]よりアーカイブ。 2014年6月22日閲覧。 ニュースリリース. 京浜急行電鉄 2015年2月18日. 2015年4月5日閲覧。 『』2017年8月号 No. 935 p238 - 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