寝 て も 覚め て も exo。 ヒロインの行動に賛否両論......東出昌大×唐田えりかの映画『寝ても覚めても』を無料配信中

寝ても覚めても

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唐田えりか、自信ゼロから「すべてが変わった」!「寝ても覚めても」で大きく飛躍 2018年9月17日 19:00 唐田えりかと濱口竜介監督 [映画. com ニュース] 芥川賞作家・氏の恋愛小説を映画化し、第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された「」(公開中)のティーチインが9月17日、東京・テアトル新宿で行われ、ヒロインを演じた、メガホンをとった監督が登壇した。 大阪に暮らす21歳の朝子(唐田)が、運命的に出会って恋に落ちた麦(ばく)、麦の失踪から2年後に東京で出会う亮平の間で揺れ動く。 顔がそっくりな麦と亮平を、俳優のが1人2役で演じている。 この日、観客と一緒に映画を鑑賞したという唐田は「ちょっと放心状態」。 本作のオーディションを受けた当時の心境を「自信というものがゼロだった」と振り返り、涙ぐむ場面もあったが「あの頃の自分に、もう少ししたら『』という作品に出合えるから、踏ん張ってと言ってあげたい」とすぐに笑顔に。 「この作品ですべてが変わったし、お芝居に対しても前向きになれた」と女優として大きく飛躍するきっかけとなった本作への強い思いを語った。 共演した東出については「何考えているかわからない顔をしていて、でも実は宇宙レベルのすごいことを考えてるんじゃないかと思った」というが、「ずっと一緒にいると、『この人、本当に何も考えていないんだな』って(笑)」と思わず本音。 すぐさま「こんなこと言っていいのかな」と平謝りだった。 本作で商業映画デビューを飾った濱口監督は、女性4人の日常と友情を、5時間を越える長尺で描いた「」で国際的な評価を獲得した期待の俊英。 「今回、ようやくハッピーエンドの映画が撮れた」と手応えを示し、唐田には「人が変わっていく姿を目の当たりにできる。 こんな幸せはなかなかない。 これからも普通の人を演じられる役者さんでいてほしい」とエールを送った。 また、9月19日に21歳の誕生日を迎える唐田に、21本のバラの花束と写真家・牛腸茂雄氏の作品集をプレゼントしていた。 (映画. com速報)•

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夢を見ていて目が覚めて、もう一度その夢を見たくて寝たら見れることが多...

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連日、テレビや新聞、雑誌をにぎわす2人の俳優がいます。 彼らが出会ったのは2年前に公開された映画『寝ても覚めても』。 しかし、今語られているのは映画の内容や彼らの演技の良し悪しではなく、2人のゴシップばかり。 今回のニュースを見聞きした上で、あらためて『寝ても覚めても』を鑑賞し、2人の間に流れていた作中の異質な空気感について考察しました。 「渦中」の2人、東出昌大と唐田えりかは、映画『寝ても覚めても』で出会い、仲を深めたといいます。 私はこのニュースを聞いて、2018年に立川の映画館で観た『寝ても覚めても』で2人が醸し出していた異質な空気感を思い出しました。 もともと『寝ても覚めても』という作品は、物語の「外」に2人を放つ力を宿していたのかもしれません。 そこを出発点にして『寝ても覚めても』を見直したのです。 役者は映画の「外」に出られるか? まず簡単に『寝ても覚めても』のあらすじを大ざっぱにご紹介します。 表向きはきわめてシンプルな筋立てです。 東京へ移住したばかりの泉谷朝子(唐田えりか)は仕事先で、かつて恋人だった男・鳥居麦(東出昌大)によく似たサラリーマン・丸子亮平(東出昌大)と出会う。 2人は交際し、ともに暮らすことを決意するのだが、ある日、朝子は東京でモデルを始めた麦と再び遭遇し、その心は再び麦へ動き始める。 本作の主演女優・唐田えりかは、作中で明らかに「浮いて」いるように見えます。 その「浮き具合」を知るには、本作を観賞してもらうよりほかないのですが、彼女の演技を「大根」「素人」などと揶揄する意見は映画レビューでずいぶんと散見されました。 「あれは初心な俳優がデビューした時にしか現れない、その資質を超えた奇跡的な演技である」などと批評家ぶって述べることもできるでしょう。 ただ、唐田えりかの演技のどこまでが監督に要請されたものなのか、どこまでが彼女の「素」に由来するのかを判断することはできません。 ひとつ言えることは、彼女の奇妙な存在感は、この映画の持つ主題と「完璧に呼応している」ということです。 その定まらない目線やふらふらとした挙動、居心地の悪そうな表情はこの映画の持っている虚構性や違和感から飛び出そうとしているような、作品世界をいつでもぶち壊しにしてしまいそうな、危うい空気をまとっています。 その空気は、本作でも描かれた「東日本大震災」以降、何故かここに「生き残ってしまった」私たちの理不尽さや所在なさとも地続きであるようにも思えてきます。 本作における唐田えりかは「職業的俳優」ではなかったのかもしれません。 俳優は「演技」という職業的技術で、映画内と現実世界を自在に「行き来」することができます。 むしろ、それができなればプロの俳優とはいえないでしょう。 『寝ても覚めても』という作品が唐田えりかに求めたのは、東出昌大演じる鳥居麦と「寝ても覚めても覚めぬ」恋へと落ちることでした。 彼女はそんな本作の主題に対して、あまりにも誠実だったとは言えないでしょうか。 もっと言えば、「誠実すぎた」のかもしれません。 唐田えりかは、東出昌大演じる丸子亮平の手を握って「物語の内」から外へ、すなわちこの現実世界へと踏み出してしまったように私には感じられました。 「狭間」を超える 『寝ても覚めても』が描いていたのは、現世の「色恋沙汰」ではありません。 それは「生と死の狭間」で揺れる存在の有り様でした。 作中の(ある次元において)鳥居麦はとうに死んでいました。 泉谷朝子は現実に身を置くことができず、鳥居麦の帰還を「寝ても覚めても」待ち続けていたのです。 念願かなって、彼女はついに麦と再会し、1度は「そこ」へ行きかけて、瀬戸際で現世に戻ってくることを決意します。 唐田えりかはこの物語が終わっても(覚めても)、彼の手を離しませんでした。 人々が「不倫」「醜聞」と揶揄していたのは、泉谷朝子と丸子亮平だったのだと私は思います。 私は『寝ても覚めても』を、ゴシップとは関係なく忘れることはないでしょう。 本作には生と死、現実と虚構の狭間のようなものが描かれていて、たとえ2人の恋愛が終わっても、ここには物語だけが持ち得る「現実を凌駕する力」が残ると信じています。

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映画「寝ても覚めても」ネタバレ感想・解説 本能で行動するタイプに気をつけろ 危険な5つの特徴

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「寝ても覚めても」は2018年の東出昌大と唐田えりかの映画。 2020年に起きた出来事から、 映画を知らなかった層まで認知されることになったのだけれど、元々 作品としての評価は高かった。 直感的に好きになってしまった男が消えた後、そっくりな顔をした男と出会ってしまう話。 朝子のような 感情で動くタイプの人間のやっかいなところは、どんなに積み上げても 一瞬で壊されるし、その 廃墟にしれっと戻ってきたりするところだ。 ストレスにしかならないから。 相手の振り回すような行動が、自分自身の行動の 原動力になるのだから。 男とか女とか関係なくこの タイプは気をつけたい。 今回は危険な5つの行動をネタバレしながら紹介しよう。 「寝ても覚めても」映画情報 タイトル 寝ても覚めても 公開年 2018. 1 上映時間 119分 ジャンル 恋愛 主要キャスト 東出昌大 唐田えりか 監督 濱口竜介 「寝ても覚めても」キャスト 登場人物 キャスト 朝子 -同じ顔の男性を好きになる 唐田えりか 麦(ばく) -朝子の彼氏。 突然失踪する 東出昌大 亮平 -朝子の東京での彼氏 東出昌大 マヤ -朝子の東京での友達 山下リオ 島春代 -朝子の大阪での友達 伊藤沙莉 櫛橋 -亮平の同僚 瀬戸康史 岡崎信行 -朝子と麦の友達 渡辺大知 岡崎栄子 -信行の母 田中美佐子 平川 -被災地の漁師 仲本工事 「寝ても覚めても」あらすじ 東京。 亮平は、コーヒーを届けに会社に来た朝子と出会う。 真っ直ぐに想いを伝える亮平に、戸惑いながらも惹かれていく朝子。 ふたりは仲を深めていくが、朝子には亮平には告げられずにいる秘密があった。 好きだった男とそっくりだった男に出会ったのだから惹かれるのは当然だ。 これは仕方ない。 だけどこの後が問題で、会わない方がいいと感じているなら とことん会わない方がいいし、別人だけど似ているから気になるし 会いたいなら会えばいいし、なんなら今の 寂しさを埋める理由だとしてもかまわない。 会いたくないといいつつ、 離れて拒絶してみたり、やっぱりさみしいからと 近づいてみたりと、この押し問答が非常に問題。 恋愛における使い古されたような手法だけどやっぱり有効で、 しかも素でやられるから引っかかりやすい。 いろいろ拒んでおきながらも震災があった日に結局想いを抑えきれなくなり付き合ってしまう。 そしてこの時、朝子自身も どっちが好きか分かっていない。 でも朝子本人は 「私は亮平が心配だ。 だから私は亮平が好き」という 論理的思考で自分を納得させるのだ。 だが実際には感情で動くタイプなので、 客観的分析は無意味である。 これは実は 亮平に伝えるわけではない。 自分自身に言い聞かせている。 私は麦のことはもう忘れたし、 亮平のことが好きなんだと思い込もうとしたいがために声に出している。 この時点で心が離れていないのは明白だ。 自分の心は麦のことを忘れていないという事実があるのにも関わらず、無理やり抑えこもうとしたってできないのだから、自分にも亮平にも嘘をつくことになる。 だったら最初から「私は麦のことが忘れられないし、似ている亮平も好きだし、優しいところが好きという風に割り切った方がいいし、それを亮平に伝えればいいのだけど、根がマジメではあるのでそれはしない。 告白したうえで亮平が朝子の元に来るならウェルカムだし、来なければ追いかけるのもアリだと思うのだけれどそれはできない。 亮平に会わないという選択をしたとき、麦に強引にさよならを伝えるとき、自分の中でその選択をしたことをわざわざ伝える。 でも別にそんなことする必要なんてない。 自分が分かっていればいいだけなのに、わざわざ終わりを作ろうとする。 麦にさよならなんて、せいぜいボソッと声に出すだけでいい。 でもそれをしてしまうのは、 心の中にわだかまりがあることに他ならない。 そして、そんな無理やり区切りを作ってもムダでしかない。 感情がそんなに単純だったら 恋愛なんてもっと簡単だ。 そして直感的に麦のところへ行ってしまう。 かなりムチャクチャな設定なのだけれど、要は それほど忘れられない相手であったことがここで印象づけられる。 しかし、これだけならまだいい。 クズな行動だけど、島春代の言うようにおばあちゃんになればそんなこともあったねと 笑い話にでもなっているかもしれない。 しかし、一緒に生きていくことを決めたはずなのに、朝になったら「もう帰る」と言い出す始末。 夜の直情的な想いでしてしまった行動を、朝思い直して我に返って赤面して悔いるあの行動を、 5年もの期間をかけて積み重ねたモノに対して行ってしまうのだ。 あれだけ口に出したり、周りに言ったりしていたのに、自分の中でも論理的に答えを見つけようとしていたのに、それを直感的に判断してしまうので、そりゃ周りにいる人は 混乱の極みだろう。 しかし、それを思い出してやっぱりやめるというのも実に直感的で、いやいや、 もう少し考えませんか? 思いついたときに、ちょっと立ち止まって考えてみませんか?と思うのだけれど、このタイプにはそれができない。 feel! 」なのだから。 亮平の元に戻った後も、迷惑をかけているのに謝り切れないから謝らない。 でも一緒にいたいという。 まるで、相手の事を考えておらず、自分の やりたいことを押し通すタイプだ。 ALSになってしまった友達に久しぶりに会ったというのに、 病気の事よりも何よりも、自分の恋愛話をする。 やっかいなのは、そのことを 本人が自覚していて、それをまた伝えることにある。 クズならクズと割り切ればいいのに。 それを悪いことだよねと 懺悔して贖罪をしようとする。 亮平のようなタイプには合っている しかし、それらをすべてひっくるめて亮平と朝子はお似合いだと思うし、麦と朝子は合わないだろうと思う。 あさっての方向を向き、自分の方を向いていない異性に対して、それでも 振り向かせようとする男は、やっぱり朝子のような危うい存在に惹かれてしうものだ。 そういう 危うさも含めて好きなのだから。 被災地の平川に「お前はひどいことをした」と言われたときは早々に立ち去り、岡崎の母に恋愛と結婚は違うと言われると妙に心を打たれたりするなど、自分に 都合が悪いことは聞けないタイプなのでそれが人間的にどうとかではなく、亮平みたいな なんでも受け入れてくれるタイプが似合っている。 なんかめっちゃ怒ってたけど、1週間もすれば普通に接してデレデレになるに違いない。 猫も捨てれないし、カギを開けて入らせるし、何かと気にかけて未練タラタラなのだから。 「」ではないけれど、色んな愛の形があっていいよと思う映画だった。 「寝ても覚めても」を観たならこれもおすすめ.

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