山田一郎夢小説。 『山田一郎が○○されるだけの話。』

『山田一郎が○○されるだけの話。』第2章「●山田二郎×山田一郎」 19ページ

山田一郎夢小説

来歴 [ ] 生い立ち [ ] 父親は 、母親は出身。 両親はで大衆食堂を経営していた。 小学校3年のとき、でに家族で転居する。 を経て、に国文学科を卒業。 早稲田大学の同窓にのがいた。 在学中、寺山とは深い親交を結び、寺山がで休学・入院すると山田は頻繁に見舞って話し合った。 寺山の母から見舞いを控えるよう叱責された後は手紙をやり取りした。 後に寺山脚本の映画『夕陽に赤い俺の顔』『わが恋の旅路』()で山田はを務めている。 寺山の死去から32年が経過した2015年に、両者が学生時代に交わした書簡や寺山の日記を収めた『寺山修司からの手紙』が、山田の編著によりより刊行されている。 教師になって休みの間に小説を書きたいと思っていたが、就職難で教師の口がなかった。 大学の就職課でが助監督を募集していると聞かされ、松竹を受験する。 松竹入社から脚本家へ [ ] 松竹に入社後、監督に師事。 助監督時代には、木下自ら再編集を行ったワイド(リバイバル)版『』の予告編制作も手がけた。 木下には現在も敬愛の念を抱いているという。 前半から、木下恵介の映画をに脚色する仕事を始めた。 に退社して、フリーの脚本家になる。 木下に「連続(ドラマ)を書いてみろ」と言われて、に枠の『』を執筆。 「プロになろう。 絶対当てよう」という意気込みで臨み、高視聴率を上げる。 翌の『パンとあこがれ』に携わって、初めて「テレビは面白い! 」と思ったという。 木下に「書きたいように書いていいよ」と言われて発表した『それぞれの秋』() で、平凡な家庭が崩壊の危機に直面するさまをシリアスに描き、受賞。 1973年には、ヒッピー風の若者(萩原健一)と頑固な老人(西村晃)の確執と交流を描いた『河を渡ったあの夏の日々』 NHK を発表した。 『山田太一シリーズ』以降 [ ] 、が脚本家の名前を冠した脚本家シリーズを開始し、その先発に選ばれる。 「脚本家の名前が最初に出るということは後々みんなに影響すると思ってね(…)緊張してやった仕事」と回想している。 なかでも の第3部のエピソード「シルバー・シート」は第32回ドラマ部門大賞を受賞した。 に連載した小説を自身の脚色でテレビ化した『』()が、高い評価を受ける。 「戦後の日本の社会が一つの家族にどんな影響を与えてきただろうかということをプラスとマイナス両方込めて書いてみよう」 という意欲を持って執筆。 中流家庭の崩壊をリアルに描き、それまでの和やかなホームドラマとは対照的な「 辛口ホームドラマ」と呼ばれ、放送史に残る名作とされた。 に『』を発表。 大河ドラマとしては初めてのオリジナル作品となった。 作品は好評を博したものの、「二度と大河はやらない(…)僕には向いてない」という思いを抱き 、以後の大河ドラマには参加していない。 『』()は24歳の女性たちを主軸にした群像ドラマで、「今考えると嘘みたいだけれども、主人公が複数いるドラマがほとんどなかったんです(…)それで、どの人が主人公かわからないような作品を書いてみようという野心があった」という。 裏番組が脚本『』で、二大ライターの対決としても話題になった。 本人は「そういう形で競争させられるのは、情けない思い」と述懐している。 『』()は、「小市民を非常に否定する存在を出して、その否定に(小市民は)どれくらい立ち向かうことが出来るか」 を描くという挑戦的な意図で臨んだ。 視聴率は低迷したが、視聴者からの手紙や電話などで大きな反響を呼んだ。 同じ1983年にスタートした 『』は、大学生の青春群像をリアルに描いて、まで継続する人気シリーズとなる。 を主人公にした『』()で、第2回受賞。 『日本の面影』はに自身の脚色で舞台化されて再演を重ね、にはとでも上演されている。 に、小説『』でを受賞。 1990年代以降 [ ] からには「連続ものをやめようという気持になってきた。 連続の企画を実現させていくプロセスが、自分とちょっと合わないなという気がして」 という思いがあったようだが、 の『』で12年ぶりに民放の連続ドラマに復帰した。 1月にを患い、執筆が難しくなっていることを『』(2017年9月1日号)のインタビューで明らかにした。 「事実上の断筆宣言」と報じられたことに対して、中の山田は『』の取材に対して、「あと1本くらい書く余裕はあるかも分からない」と、断筆宣言を否定している 2019年春頃からマスコミ関係者から連絡が取れなくなり、『』2020年1月7・14日号に「山田太一が音信不通に…老人ホームで孤独な生活」と報じられる。 記事では川崎市内の老人ホームに入居して20平米ほどの部屋で暮らしているというテレビ局関係者の情報が紹介され、「『脚本家の僕を知っている人たちとは、もう会いたくない』と近親者に話しているそうだ」という伝聞のコメントも載ったが、該当の老人ホームにいるという裏付けは得られなかったとしている。 同じ記事では山田の次女による「今は(老人ホームとは)別の場所にいます。 私の家とか、姉の家とかを行ったり来たりです」「今は仕事をしたいという感じじゃないんです。 他のことをやったりという感じです」というコメントが紹介されている。 2019年10月26日放送のNHK「」に出演し(収録はそれよりも前)、「書きたいテーマ」について「本当に自分本位に考えれば、死を待っているわけですから、死ぬということがどういうことかということを、ワッと書けたら素晴らしいと思いますけどね」とコメントした。 作風 [ ] 若い世代から老人まで、さまざまな世代の人物を登場させることが多い。 その点は「前世代があって、良くも悪くも次世代があるわけで、まったく切り離されて、ある世代が存在してるわけでもないから」と話している。 『』()などでを脇役に起用していたが、「笠智衆さんを主役に仕事をしたいという思いがあって」、『ながらえば』()を皮切りに『今朝の秋』()など笠主演のドラマを4本執筆。 「他の人も笠さんを獲得したがっている時に、僕が掴まえてしまうんだから(…)いいものにしなきゃという思いは非常に強かった」 と回想する。 小説においては『終わりに見た街』『異人たちとの夏』など、しばしばオリジナルドラマでは見せないSF的な趣向も試みる。 前者は自身の脚色で、後者はの脚色で映像化されている。 自らが脚本を担当したの『』では、山田自身が作詞し、が作曲、が歌唱した『』を製作。 『ふぞろいの林檎たち』シリーズでは、デビューのを使用した。 例えば、「作り手の顔がちゃんと見える作品」が、良い作品だと考えているという。 映画育ちであるにもかかわらず、名をなしてのち映画の仕事にはほとんど関わっていない。 周辺人物 [ ] 『』シリーズや『』『』『』などで組んだプロデューサーを、「名プロデューサー」と称している。 演出家では、『冬構え』『』『』『今朝の秋』などを撮ったを「有能な演出家」と記している。 『』『』『浅草・花岡写真館』などを演出したを、同じく「有能」と評価している。 また、『』シリーズや『』『』などを撮ったを、テレビ界で「五本の指に入る才能」と買っており、『ふぞろいの林檎たちIV』ではメインの演出家として井下を指名した。 テレビドラマ『』『想い出づくり。 』など複数の作品でディレクターのと組んだが、鴨下がメインの演出を務めた『ふぞろいの林檎たちIII』に関しては「一回目の仕上りを放送前にビデオで観た私は、ほとんど絶望感のようなものを抱いた(…)多くの人が放送を見ないで、私の脚本だけを読んで下さることを願った」と珍しく激昂した発言をしている。 テレビドラマ『』ではディレクター・と組んだが、久世やたちが現場で、山田の脚本にないアドリブをするので、「抗議をして『アドリブいっさい止めてくれ』と」要求した。 すると「(久世は)すぐ了解してくれて、それでもいい演出をなさったんで敬服しました」という。 その後は、久世とコンビを組んで作品制作にあたることはなかったが、久世演出の『』を高く評価している。 久世も、山田の小説作品『冬の蜃気楼』を好意的に評しており 、両者の関係は良好だったようである。 に久世が逝去した際には、追悼のコメントを出した。 自身が師事した木下惠介・・らのを敬愛している。 脚本家では・・に「ほぼ同世代の同業者として、いろいろな意味で刺激を受けました」と語る。 倉本、向田とは「 シナリオライター御三家」とも呼ばれた。 の演出家・の誘いで 、の『ラヴ』を皮切りに、劇作にも手を染める。 の地人会の活動停止まで、13本の舞台を木村演出で発表した。 家族 [ ] 娘は編成制作局ドラマ制作センター副部長・、息子は、の。 作品 [ ] テレビドラマ [ ]• 明日はいっぱいの果実(1960年、松竹。 との共同執筆)• 背くらべ(1962年、松竹)• 歌え若人達(1963年、松竹)• あこがれ 1966年。 (1971年、松竹)• (1973年、松竹、原作のみ)• (1983年、・ホリ企画)• (1986年、松竹)• (1988年、松竹、原作のみ)• (1990年、)• (1990年、松竹、原作のみ) 舞台 [ ] タイトル 主な出演者 ラブ(1983年、) 八千草薫、南風洋子、、山田吾一、真行寺君枝、 早春スケッチブック(1984年、地人会) 八千草薫、、、 教員室(1985年、地人会) 、、、坂口芳貞、、、、、、、、、、、加藤純一 ジャンプ(1986年、地人会) 風間杜夫、、、、、 砂の上のダンス(1989年、地人会) 名古屋章、河内桃子、、、鈴木慎平、山本亘 川の向こうで人が呼ぶ(1991年、地人会) 細川俊之、、山口果林、、、福松進也 サンフランシスコ案内(1992年、地人会) 日本の面影(1993年、地人会) 風間杜夫、、、、、、山本亘 夜中に起きているのは(1995年、地人会) 八千草薫、北村和夫、風間杜夫、近石真介、河内桃子、、 あかるい郊外の店(1998年、地人会) 、風間杜夫、野村昭子、松熊信義、、西山水木 黄金色の夕暮(1998年、) 中野誠也、、、、 私のなかの見えない炎(2000年、地人会) 佐藤慶、細川俊之、、有森也実 離れて遠く二万キロ(2000年、俳優座) 、、、、、 浅草・花岡写真館(2002年、地人会) 、竹下景子、、、鈴木慎平 人が恋しい西の窓(2002年、) 坂口芳貞、、、、 しまいこんでいた歌(2003年、俳優座) 、、中野誠也、田中壮太郎、 二人の長い影(2003年、) 南風洋子、水原英子、、、、 夜からの声(2004年、地人会) 風間杜夫、、、西山水木、、長谷川博己 流星に捧げる(2006年、地人会) 風間杜夫、根岸季衣、山本學、中村たつ、 林の中のナポリ(2007年、劇団民芸) 南風洋子、、、、 沈黙亭のあかり(2010年、俳優座) 中野誠也、中村たつ、遠藤剛、、、、、松島正芳、 著書 [ ] シナリオ・戯曲集 [ ]• 男たちの旅路(日本放送出版協会、1977年)• テレビドラマ・シナリオ・シリーズ、幸福駅周辺・上野駅周辺(ドラマ館、1978年)• あめりか物語(日本放送出版協会、1979年)• 獅子の時代 全5巻(教育史料出版会、1980年)• 想い出づくり(大和書房、1982年)• 季節が変わる日(大和書房、1982年)• それぞれの秋(大和書房、1982年)• 夕暮れて(大和書房、1983年)• 緑の夢を見ませんか? (大和書房、1983年)• 輝きたいの(大和書房、1984年)• 真夜中の匂い(大和書房、1984年)• 山田太一作品集 全19巻(大和書房、1985 - 1989年)• ラヴ(中央公論社、1986年)• 大人になるまでガマンする(大和書房、1986年)• シャツの店(大和書房、1986年)• 砂の上のダンス(新潮社、1990年)• 捨てた夢プレイバック 「ふぞろいの林檎たち」より(飛鳥新社、1991年)• ふぞろいの林檎たちIII(マガジンハウス、1991年)• 今朝の秋 (新潮文庫 1994年)• 東芝日曜劇場名作集 東京の秋(ラインブックス、1994年• ふぞろいの林檎たIV(マガジンハウス、1997年)• 二人の長い影・林の中のナポリ(新日本出版社、2008年)• ナイフの行方(角川書店、2015年) 小説 [ ]• 藍より青く(中央公論社、1972 - 1973年、のち読売新聞社)• 沿線地図(作品社、1979年、のち角川文庫)• (新潮社、1987年、のち新潮文庫)• 遠くの声を捜して(新潮社、1989年、のち新潮文庫)• 丘の上の向日葵(朝日新聞社、1989年、のち新潮文庫)• 君を見上げて(新潮社、1990年、のち新潮文庫)• 見えない暗闇(朝日新聞社、1995年、のち朝日文庫)• 恋の姿勢で(新潮社、1995年、のち新潮文庫)• 見なれた町に風が吹く(中央公論社、1997年、のち中公文庫)• 彌太郎さんの話(新潮社、2002年、のち新潮文庫)• 空也上人がいた(朝日新聞出版、2011年、のち朝日文庫) エッセイ [ ]• 昼下りの悪魔(冬樹社、1978年)• 街で話した言葉(ちくま文庫、1986年)• 映像を見る目(光村図書、昭和6年、小学校国語「国語五上」、書き下ろし)• ふぞろいの林檎たちへ(岩波ブックレット、1987年)• 十二の世界を聞く(潮出版社、1987年)• これからの生き方、死に方(講談社、1994年)• 誰かへの手紙のように(マガジンハウス、2002年)• 夕暮れの時間に(河出書房新社、2015年)• 山田太一エッセイ・コレクション(河出文庫、2015年 - )、以下刊• S先生の言葉• その時あの時の今• 昭和を生きて来た 編著・対談 [ ]• 生きるかなしみ(ちくま文庫、1991年)編著• 現代日本文化論10 夢と遊び(岩波書店、1997年)、共編• 幸福になれない理由(PHP研究所、1998年)、• 何が終わり、何が始まっているのか(PHPソフトウェア・グループ、1998年)、• 浅草 土地の記憶(岩波現代文庫、2000年)編著• 山田太一、、「家族」を語る。 (PHP研究所、2000年)、小此木啓吾• 家族はどこへいくのか(岩波書店、2000年) 、河合隼雄、 シナリオ・戯曲集ほか [ ]• 光と影を映す だからドラマはおもしろい(PHP研究所、2016年)• からの手紙(岩波書店、2015年)、編・回想 主な作詞 [ ]• のち1990年にが・で発売) ムック [ ]• 文藝別冊 総特集山田太一 テレビから聴こえたアフォリズム(河出書房新社、2013年) 受賞歴 [ ] 個人賞 [ ] 1974年• 第24回 放送部門(『』) 1980年• 第32回(斬新な感覚と視点をもって優れた作品を数多く執筆し、ドラマ番組の充実に寄与)• 第25回 特別賞 1983年• 第33回 (『』、『』)• 第2回(『』) 1984年• 第17回 優秀個人 1985年• 第33回(家庭や職場等のごく平凡な日常を、抜群のドラマに仕上げて、人間愛を訴えつづけている) 1988年• 第1回(『』)• 第8回(『異人たちとの夏』) 1989年• 第8回 1991年• 第45回 脚本賞(『』)• 最優秀脚本賞(『少年時代』) 1992年• 第34回 1996年• 第11回 脚本賞(『』) 1997年• 第13回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 脚本賞(『IV』) 2008年• 第11回賞(『』)• 第16回 特別賞 2013年• 第50回 55周年記念賞 2014年• 第13回(『』) 2015年• 作品賞 [ ]• 記念樹(1966年)第9回児童福祉文化賞。 優秀映画鑑賞会推薦。 PTA全国協議会推薦• 女と刀(1967年)第1回期間選奨。 優秀映画鑑賞会推薦。 日本視聴者会議推薦• (1969年)第2回テレビ大賞優秀番組賞• 俄=浪華遊侠伝(1970年)第14回期間選奨• 木下恵介・人間の歌シリーズ (1973年)第6回テレビ大賞本賞。 第11回(1973年度)ほか• 河を渡ったあの夏の日々(1973年)第28回優秀賞。 第27回期間選奨• (1974年)第29回大賞。 第30回期間選奨• ドラマでつづる昭和シリーズ 6 (1975年)第32回期間選奨(シリーズとして)• (1977年)第10回テレビ大賞。 第15回(1977年度)。 30周年記念賞• 山田太一シリーズ 第3部「シルバー・シート」(1977年)第32回ドラマ部門大賞• 金曜ドラマ (1979年)月間賞• ドラマ あめりか物語(1979年)第12回テレビ大賞優秀番組賞。 第34回優秀賞(第三話)。 月間賞• (1980年)第13回テレビ大賞優秀番組賞• 金曜ドラマ (1981年)第14回テレビ大賞優秀番組賞• 土曜ドラマ 山田太一シリーズ (1981年)プラハ国際テレビ祭テレビドラマ部門カメラワーク賞• ドラマスペシャル スペシャル 「戦場は遙かになりて」(1982年)第9回賞番組賞• ゴールデンワイド劇場 (1982年)第15回テレビ大賞優秀番組賞• ながらえば(1982年)第37回優秀賞。 第10回賞本賞。 第23回モンテカルロ国際テレビ祭最優秀演出賞。 第15回テレビ大賞優秀番組賞。 ドラマ人間模様 (1983年)テレビ大賞優秀番組賞。 月間賞• 金曜ドラマ (1983年)第16回テレビ大賞優秀番組賞。 月間賞• ドラマスペシャル (1984年)第17回テレビ大賞優秀番組賞。 第21回大賞(1984年度)• ドラマ (1984年)月間賞• ドラマスペシャル 冬構え(1985年)第22回プラハ国際テレビ祭最優秀演出賞• (1986年)奨励賞(月間賞)• 大人になるまでガマンする(1986年)奨励賞(月間賞)• ドラマ人間模様 (1987年)奨励賞(月間賞)• ドラマスペシャル 今朝の秋(1987年)プラハ国際テレビ祭大賞。 第14回賞本賞。 (深町幸男)。 奨励賞(月間賞)• 原宿「表通りへぬける地図」(1988年)第36回賞最優秀賞• 山田太一スペシャル ハワイアン・ウエディングソング マウイの想い出(1992年)奨励賞(月間賞)• 土曜ドラマ (1992年)奨励賞(月間賞)• 悲しくてやりきれない(1992年)第29回選奨(1992年度)• 金曜ドラマシアター 秋の駅(1993年)第19回賞優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 土曜ドラマ (1993年)NHK放送総局長賞。 奨励賞(月間賞)• ドラマ なんだか人が恋しくて(1994年)奨励賞(月間賞)• 開局35周年特別企画 山田太一ドラマスペシャル 刑事の恋(1994年)第42回賞優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 土曜ドラマ (1994年)NHK会長賞• 山田太一ドラマスペシャル せつない春(1995年)第43回賞ドラマ部門最優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 特集ドラマ 鳥帰る(1996年)奨励賞(月間賞)• 金曜ドラマ IV(1997年)奨励賞(月間賞)• 山田太一ドラマスペシャル (1998年)第46回賞最優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 大丈夫です、友よ 参加作品 (1998年)第53回優秀賞• 金曜エンタテイメント ドラマスペシャル 旅立つ人と(1999年)奨励賞(月間賞)• テレビ東京開局記念番組 山田太一ドラマスペシャル 小さな駅で降りる(2000年)第48回賞優秀賞• 毎日放送開局50周年記念 日韓新時代ドラマ ちいさな橋を架ける(2001年)。 第49回賞優秀賞• 山田太一スペシャル 再会(2001年)第56回優秀賞。 第50回賞優秀賞• 山田太一スペシャル2002 旅の途中で 平成14年度参加作品(2002年)第51回賞優秀賞• テレビ朝日開局45年記念特別番組 それからの日々(2004年)第30回賞番組賞。 第52回賞優秀賞• 山田太一スペシャル2005 いくつかの夜 平成17年度参加(2005年)奨励賞(月間賞)• 山田太一ドラマスペシャル 終戦60年特別企画 (2005年)奨励賞(月間賞)• 山田太一ドラマスペシャルV (2008年)第56回賞最優秀賞。 第63回優秀賞。 奨励賞(月間賞)• フジテレビ開局50周年記念ドラマ (2009年)東京ドラマアウォード2009作品賞優秀賞。 第46回選奨(2008年度)• 山田太一ドラマスペシャル (2010年)東京ドラマアウォード2010作品賞優秀賞• 土曜ドラマスペシャル キルトの家(2012年)奨励賞(月間賞) 出演 [ ] TV [ ]• (制作・、ととともに共演)• ドキュメント 洋次・ひさし・太一の合作シナリオづくり(、1986年6月27日)• 助監督から脚本家へのシナリオ 山田太一(NHK教育テレビ、1987年1月18日)• 山田太一の世界(、1992年1月26日 - 2月1日、司会:八千草薫)• 山田太一の現代日本・家族の肖像(NHK教育テレビ、1998年7月11日)• 私の家族論 山田太一(NHK、2001年4月30日)• 情報コーナー(NHK教育テレビ、2003年2月2日)• ドラマの巨人 脚本家 山田太一の世界(TBS、2003年6月22日)• 山田太一の世界「いちばん綺麗なとき」(NHK、2008年11月1日)• 山田太一の世界「冬構え」(NHK)• 特集:山田太一「空也上人がいた」(、2011年4月23日)• 山田太一(、2013年2月11日) ラジオ [ ]• ラジオ版学問ノススメ「空也上人がいた」(2011年5月8日、)• 天野祐吉の隠居大学「世の中にひとりで抵抗する楽しみ」(2011年7月25日、) 関連項目 [ ]• - 代表理事を務める。 脚注 [ ]• 2016年1月7日閲覧。 インタビュアー:高堀冬彦. 2016年1月7日閲覧。 2015年12月11日. 2019年8月28日閲覧。 『キネマ旬報』臨時増刊「黒澤明と木下惠介 素晴らしき巨星」(1998年)所収のインタビューより。 221• 2014年1月. 2016年12月17日閲覧。 NEWSポストセブン(2017年8月17日)• 『朝日新聞』朝刊2017年9月16日(文化・文芸面)• 週刊女性PRIME. 2020年1月3日. 2020年7月11日閲覧。 『シャツの店』(大和書房)あとがき• 『山田太一作品集18 今朝の秋・春までの祭』(大和書房)あとがき• 『ふぞろいの林檎たちIV』(マガジンハウス)あとがき• 『ふぞろいの林檎たちIII』(マガジンハウス)あとがき• 『悪い夢』(角川春樹事務所)• 別冊宝島『シナリオ入門』(2004年、宝島社)• みんな子どもだった. 2016年12月17日閲覧。 '74第29回大賞(文部大臣賞)受賞作品• ドキュメンタリードラマ初挑戦。 1976年版のリメイク。 1982年版のセルフリメイク。 ORICON STYLE. 2016年6月24日. 2016年6月24日閲覧。 木下惠介との共同執筆。 、、との共同執筆。 外部リンク [ ]• - (英語)• 第9回:• 第13回:• 第15回:• 第27回:• 第33回:•

次の

R

山田一郎夢小説

人でごった返す池袋駅。 待ち合わせ時間の10分前に駅に着いて、ミラーになったスマホケースの背面で髪型とかを入念に確認する。 …よし、変なところはない。 この街での待ち合わせによく使われるシンボルである、ふくろうの石像の前へ胸を高鳴らせながら向かう。 いつもより高いヒールは、背の大きな彼に少しでも近づきたいからだけど、歩きにくい…。 などと考えていると、人混みの中、ひときわ目立つ長身が見えた。 テーマカラーの赤色のヘッドホンをした男性。 私の彼氏だ。 「…お!ずいぶん早いな。 おはよ。 」 「おはよう!…じゃなくて、また一郎くんの方が早かったかぁ……待たせてごめん。 」 「いんや、たった今俺もついたばっかだ。 待ってなんかねぇよ。 」 寄りかかっていた壁を蹴って体を起こす。 今日の服はいつものスタイルではなくて、白いVネックに薄手の黒いジャケットに細いパンツ…所々にアクセントで赤色が入ってる、綺麗目な感じ。 物珍しくてついじろじろと見てしまう。 視線に気づいた一郎くんは照れ臭そうにぽりぽりと頭をかいた。 「なんか変か?…たまにはこういう格好もいいかなーと思ったんだけどよ。 ホラ、俺…ここであの格好だと目立つだろ。 」 「変じゃないよ!…かっこよくて見惚れちゃってさ。 いつものものかっこいいけど、今日の服もかっこいい!」 「…そか、良かった。 お前と居る時はイケブクロの山田一郎じゃなくて、ただのカレシでいてぇしな。 じゃ、行くか。 」 いつもの服装でなくても、立派な体躯に似合った華やかな顔立ちのせいで十分イケブクロの山田一郎、って感じだけど、その肩書きを二人の時は置いておきたい、という気持ちが嬉しい。 自然と伸びて来た大きな手に手を取られ、繋ぎながら歩き出す。 今日は久しぶりのデート。 そしてとびきり楽しみにしてたデートだ! なんたって、一郎くんが自分でデートコースを決めさせてくれ、と言ってくれたんだから。 一体どんなのを考えてくれたんだろう…! 楽しみで浮かれた足取りになる。 そんな私を見下ろす一郎くんが何かに気付いて名前を呼んだ。 「なんか今日、ちょっと背高くねぇか?」 「わかる?実はいつもよりヒール高めです。 じょしりょく………おなごぢからもね!」 「はは、なんだそりゃ!足、痛くなったら無理すんなよ。 早めに言ってくれよな。 」 「大丈夫、大丈夫。 」 その後も、髪の毛染めただとか細かい所に気づいてくれる一郎くん。 気づく度に褒めてくれるものだから、どんどん舞い上がってしまう。 うぅ、なんてお洒落のしがいがある人なんだろう。 とか、思っていたら初めのデート場所についた。 他のダチと会う時は待ち合わせ時間にキッチリにつく方だが、恋人と会う時だけは何故だか10分以上前につくクセがついてる。 人を待つ時間は無駄だと思うのに、この時間は楽しいから…かも知んねえな。 雑踏の騒音を遮断するようにヘッドホンをし、スマホを弄る。 今日は、今日のデートは…俺がどうもてなすか考えてきた。 昨日の夜だって何べんも確認したのにもう一度確認する。 俺、こんなに几帳面な性格だったけか? …視界に、彼女が現れる。 ヘッドホンを外すと雑踏の中でも耳触りの良い声が届いて表情が緩んじまう。 体を任せていた壁から離れ、身長差を埋めるように頭を屈めた。 近くなった彼女の視線が、自分の服に注がれてることに気づく。 …や、やっぱ変だったか? いつもと違う服で彼女を驚かせてー…とかいうデカイ図体に似合わない恋する乙女めいた心で、テイストを変えてみた。 出る前に二郎と三郎に聞いたけどアイツら、兄ちゃんは何着てもカッコイイしか言わねぇからなんの参考にもなんねぇ。 内心ドキドキしながら判定を待った。 「変じゃないよ!…かっこよくて見惚れちゃってさ。 いつものものかっこいいけど、今日の服もかっこいい!」 こっそりとホッと胸をなで下ろす。 よかった…。 散々弟たちに言われた言葉と同じなのに、じんわりと心から嬉しく思う。 顔、変になってねぇか心配だ。 見られねぇうちに手を取った。 柔らかくて俺より小さい手を指を絡ませて握る。 身長がこうもちがうと歩幅も大分違う。 ゆっくり歩かないと。 と、思って隣を見てあることに気づいた。 「なんか今日、ちょっと背高ぇ?」 「わかる?実はいつもよりヒール高めです。 じょしりょく…おなごぢからもね!」 おなごちからってなんだ。 思わず吹き出した。 自分のために慣れない靴を履いて、その照れを隠すような言動が可愛らしい。 慣れないヒールは靴ズレが出来やすいから気を付けて見とかねぇと。 そんな事を思ってるうちに最初の目的地についた。 普通のデート、 …としては早くも落第点かも知れねぇけど、俺には彼女が絶対喜ぶという確信があった。 何故なら彼女も、オタクだからな。 喜んでもらえて良かった。 」 私がずっと行きたかったカラオケのコラボルーム…! 早々に予約が出来なくなってしまって諦めていた、その予約を取ってくれただなんて…死ぬ………いや生きる! 特別仕様の室内の写真をパシャパシャ一通り撮り終えると、一息ついて一郎くんの隣に座った。 一郎くんはぱらぱらとメニュー表を眺めていたが、私が隣に来ると見やすいように私の方へ寄せてくれる。 「カフェとか有名な店でメシでも、ってのも考えたんだけどよ。 お前、こっちの方が喜びそうって思ってさ。 」 「ご名答!…あ、もちろん一郎くんと一緒に行くなら何処だって楽しいけどね。 」 当たり前の事を言うと照れ隠しのように伸びてきた大きな手が頭を軽く揺らす。 メニュー表の中から注文するとほどなくして料理が届いた。 あぁ、推しのコラボメニュー…!推しを食べれる…! ヤバい、彼氏に見せられる顔をしてるかな。 思わず両手で頬をおさえる。 その様子を見て一郎くんは笑っている。 おきまりの料理撮影を軽くして、スマホを机においた。 ここからはただのオタクではなく彼女ぽい事をしたい…!料理を取り分ける。 「ん、じゃあ俺こっちから取り分けるわ。 」 「あぁっ!いやいや。 私が全部やるよ!」 「料理はあったかいうちに食った方が美味いだろ?いいからいいから。 」 私より手際よく料理を取り分けてくれる一郎くん。 さすが二人の弟の面倒を見てるだけある…。 そしてさり気なくキャラのモチーフのものは私の方の皿へおいてくれている。 できる男め…。 「おし、じゃ、食うか。 頂きます。 」 「なぁに、喜んでくれりゃいいんだよ。 」 「このアニメ、一郎くんはまだ見てる途中なのに申し訳ないな…」 ご飯を食べ終わってまったりする最中。 長い手をソファの背にかけて寄り添う一郎くんを見ながら申し訳なさに眉を下げた。 彼と私はオタクだけど、彼は私の推している作品を追ってくれてる最中。 なんだか私の趣味に付き合ってもらっているようで負い目を感じた。 そんな思考をおいやるように大きな手が肩を引き寄せる。 「すぐにお前に追いつくさ、そんな顔すんな。 …お前だって言ってたろ、推しの推しは推しだ、って。 お前が喜んでりゃ俺も嬉しい。 」 「一郎くん……って、そんな迷言覚えないでよ…!」 推しの推し、と私の推しキャラと私、そして一郎くん自身を順に指さされときめくのと同時、 思わぬところで自分が常日頃口にしている恥ずかしい名言を出されて思わず顔を覆う。 照れたいのと恥ずかしいのが混ざってどんな顔をしたらいいかわからない…!一郎くんはそんな様子を見て笑った。 というような感じで二人きりの密室のカラオケルームで過ごした。 楽しんでもらえるといいんだけどよ。 」 「プラネタリウムだ!…あ、この声優さん、一郎くんが好きな人だね。 」 「そ。 …それだけじゃお前、つまんないかなーと思ってここの席、取ったんだ。 」 「…雲のソファシート!」 大型商業施設のプラネタリウム。 開演を待つ人で混むエントランス、座席表の前に俺たちはいた。 そのプラネタリウムで数席しかない、雲の形のソファシートを指差すと彼女の瞳は子供みたいにキラキラと輝く。 好きそうだと思ったけど、当たってて嬉しい。 開演になって、プラネタリウム内に入っていく人々に続いて俺たちも中に入っていく。 まだ始まってないけど薄暗いプラネタリウム内、彼女が転ばないように足元に注意を払う。 取った座席につくと、繋いでいた手を離して彼女はソファにぴょんと腰を下ろした。 「わー!ふかふか!クッションも雲だー!」 「はは、はしゃぎ過ぎだ。 ほら、靴脱げよ。 」 「はーい、一郎くん。 …何かお母さんみたいだね。 」 「……なんか言ったか?」 「なーんにも!」 少しもたつきながらヒールの高いパンプスを脱いで大きなソファに寝っ転がる彼女。 彼女は小柄だから足まで乗っかれるが、俺はあいにく自販機くらいのかわいくないサイズだ。 靴を脱ぐ必要はない。 そのまま腰を下ろして彼女と同じ位置に頭を落ち着けた。 横を見ると今日いちばん近くに顔があって、無意識に顔が緩む。 うす暗くてよかった。 ほどなくして演目が開始し、彼女は頭上に広がる天球を見上げて感嘆の声を漏らす。 プラネタリウムの演目に合わせて、声優さんの声が物語を紡ぐ。 俺はふと、ソファの上にある彼女の足を見た。 顔を耳元へ寄せて話しかける。 「なぁ、足。 」 「…足?」 「痛めてんだろ、足。 歩き方変だなと思って。 」 「…う、バレたか…。 」 やっぱりか。 脱ぐ時も変なだと思ったんだ。 変だと思いつつも確証を得られなくて無理させてしまったことに顔が強張った。 そんな俺の心情を知ってか知らずか、苦笑いが横から聞こえる。 「一郎くんには隠し事できないな…。 」 「そんなの当たり前だろ。 お前の事、一番よく見てるからな。 様子がおかしけりゃすぐわかる。 」 少しシュンとしてしまった彼女の顔を横目で見た。 きつく言い過ぎたか?心配で強い口調になっちまったのは否定できねぇ。 「これ見たら、絆創膏買って…合う靴探しにいくからな。 」 「はーい。 本当、お母さんみたいだね一郎くん…。 」 …、…流石に二回目は聞き捨てならねぇ。 上体を起こして片腕を彼女の顔の横についた。 暗闇の中だけど彼女の驚いた瞳が見える。 開いた瞳の中に小さく星座が輝いている。 そのまま頭を傾けて唇を重ねた。 唇を啄むように食むと彼女が瞬いて、俺の頬を長い睫毛が擽る。 唇を離して声を潜めて囁いた。 「…お母さんとは、こんなことしねぇだろ?」 「…、…しません。 うぐ……っも、もう言いません…。 」 「はは、よろしい。 」 悶える彼女に低く笑う。 この後、足を痛めた彼女をおんぶして靴を片手に靴探しをする事になり、彼女が更に悶えたのは別の話。 予定してたデートコース?そんなもんいいじゃねぇか、また次にすれば。

次の

連続テレビ小説『エール』解説付き再放送直前コラム:志村けんが演じた作曲家・小山田耕作のモデル山田耕筰という人物

山田一郎夢小説

来歴 [ ] 生い立ち [ ] 父親は 、母親は出身。 両親はで大衆食堂を経営していた。 小学校3年のとき、でに家族で転居する。 を経て、に国文学科を卒業。 早稲田大学の同窓にのがいた。 在学中、寺山とは深い親交を結び、寺山がで休学・入院すると山田は頻繁に見舞って話し合った。 寺山の母から見舞いを控えるよう叱責された後は手紙をやり取りした。 後に寺山脚本の映画『夕陽に赤い俺の顔』『わが恋の旅路』()で山田はを務めている。 寺山の死去から32年が経過した2015年に、両者が学生時代に交わした書簡や寺山の日記を収めた『寺山修司からの手紙』が、山田の編著によりより刊行されている。 教師になって休みの間に小説を書きたいと思っていたが、就職難で教師の口がなかった。 大学の就職課でが助監督を募集していると聞かされ、松竹を受験する。 松竹入社から脚本家へ [ ] 松竹に入社後、監督に師事。 助監督時代には、木下自ら再編集を行ったワイド(リバイバル)版『』の予告編制作も手がけた。 木下には現在も敬愛の念を抱いているという。 前半から、木下恵介の映画をに脚色する仕事を始めた。 に退社して、フリーの脚本家になる。 木下に「連続(ドラマ)を書いてみろ」と言われて、に枠の『』を執筆。 「プロになろう。 絶対当てよう」という意気込みで臨み、高視聴率を上げる。 翌の『パンとあこがれ』に携わって、初めて「テレビは面白い! 」と思ったという。 木下に「書きたいように書いていいよ」と言われて発表した『それぞれの秋』() で、平凡な家庭が崩壊の危機に直面するさまをシリアスに描き、受賞。 1973年には、ヒッピー風の若者(萩原健一)と頑固な老人(西村晃)の確執と交流を描いた『河を渡ったあの夏の日々』 NHK を発表した。 『山田太一シリーズ』以降 [ ] 、が脚本家の名前を冠した脚本家シリーズを開始し、その先発に選ばれる。 「脚本家の名前が最初に出るということは後々みんなに影響すると思ってね(…)緊張してやった仕事」と回想している。 なかでも の第3部のエピソード「シルバー・シート」は第32回ドラマ部門大賞を受賞した。 に連載した小説を自身の脚色でテレビ化した『』()が、高い評価を受ける。 「戦後の日本の社会が一つの家族にどんな影響を与えてきただろうかということをプラスとマイナス両方込めて書いてみよう」 という意欲を持って執筆。 中流家庭の崩壊をリアルに描き、それまでの和やかなホームドラマとは対照的な「 辛口ホームドラマ」と呼ばれ、放送史に残る名作とされた。 に『』を発表。 大河ドラマとしては初めてのオリジナル作品となった。 作品は好評を博したものの、「二度と大河はやらない(…)僕には向いてない」という思いを抱き 、以後の大河ドラマには参加していない。 『』()は24歳の女性たちを主軸にした群像ドラマで、「今考えると嘘みたいだけれども、主人公が複数いるドラマがほとんどなかったんです(…)それで、どの人が主人公かわからないような作品を書いてみようという野心があった」という。 裏番組が脚本『』で、二大ライターの対決としても話題になった。 本人は「そういう形で競争させられるのは、情けない思い」と述懐している。 『』()は、「小市民を非常に否定する存在を出して、その否定に(小市民は)どれくらい立ち向かうことが出来るか」 を描くという挑戦的な意図で臨んだ。 視聴率は低迷したが、視聴者からの手紙や電話などで大きな反響を呼んだ。 同じ1983年にスタートした 『』は、大学生の青春群像をリアルに描いて、まで継続する人気シリーズとなる。 を主人公にした『』()で、第2回受賞。 『日本の面影』はに自身の脚色で舞台化されて再演を重ね、にはとでも上演されている。 に、小説『』でを受賞。 1990年代以降 [ ] からには「連続ものをやめようという気持になってきた。 連続の企画を実現させていくプロセスが、自分とちょっと合わないなという気がして」 という思いがあったようだが、 の『』で12年ぶりに民放の連続ドラマに復帰した。 1月にを患い、執筆が難しくなっていることを『』(2017年9月1日号)のインタビューで明らかにした。 「事実上の断筆宣言」と報じられたことに対して、中の山田は『』の取材に対して、「あと1本くらい書く余裕はあるかも分からない」と、断筆宣言を否定している 2019年春頃からマスコミ関係者から連絡が取れなくなり、『』2020年1月7・14日号に「山田太一が音信不通に…老人ホームで孤独な生活」と報じられる。 記事では川崎市内の老人ホームに入居して20平米ほどの部屋で暮らしているというテレビ局関係者の情報が紹介され、「『脚本家の僕を知っている人たちとは、もう会いたくない』と近親者に話しているそうだ」という伝聞のコメントも載ったが、該当の老人ホームにいるという裏付けは得られなかったとしている。 同じ記事では山田の次女による「今は(老人ホームとは)別の場所にいます。 私の家とか、姉の家とかを行ったり来たりです」「今は仕事をしたいという感じじゃないんです。 他のことをやったりという感じです」というコメントが紹介されている。 2019年10月26日放送のNHK「」に出演し(収録はそれよりも前)、「書きたいテーマ」について「本当に自分本位に考えれば、死を待っているわけですから、死ぬということがどういうことかということを、ワッと書けたら素晴らしいと思いますけどね」とコメントした。 作風 [ ] 若い世代から老人まで、さまざまな世代の人物を登場させることが多い。 その点は「前世代があって、良くも悪くも次世代があるわけで、まったく切り離されて、ある世代が存在してるわけでもないから」と話している。 『』()などでを脇役に起用していたが、「笠智衆さんを主役に仕事をしたいという思いがあって」、『ながらえば』()を皮切りに『今朝の秋』()など笠主演のドラマを4本執筆。 「他の人も笠さんを獲得したがっている時に、僕が掴まえてしまうんだから(…)いいものにしなきゃという思いは非常に強かった」 と回想する。 小説においては『終わりに見た街』『異人たちとの夏』など、しばしばオリジナルドラマでは見せないSF的な趣向も試みる。 前者は自身の脚色で、後者はの脚色で映像化されている。 自らが脚本を担当したの『』では、山田自身が作詞し、が作曲、が歌唱した『』を製作。 『ふぞろいの林檎たち』シリーズでは、デビューのを使用した。 例えば、「作り手の顔がちゃんと見える作品」が、良い作品だと考えているという。 映画育ちであるにもかかわらず、名をなしてのち映画の仕事にはほとんど関わっていない。 周辺人物 [ ] 『』シリーズや『』『』『』などで組んだプロデューサーを、「名プロデューサー」と称している。 演出家では、『冬構え』『』『』『今朝の秋』などを撮ったを「有能な演出家」と記している。 『』『』『浅草・花岡写真館』などを演出したを、同じく「有能」と評価している。 また、『』シリーズや『』『』などを撮ったを、テレビ界で「五本の指に入る才能」と買っており、『ふぞろいの林檎たちIV』ではメインの演出家として井下を指名した。 テレビドラマ『』『想い出づくり。 』など複数の作品でディレクターのと組んだが、鴨下がメインの演出を務めた『ふぞろいの林檎たちIII』に関しては「一回目の仕上りを放送前にビデオで観た私は、ほとんど絶望感のようなものを抱いた(…)多くの人が放送を見ないで、私の脚本だけを読んで下さることを願った」と珍しく激昂した発言をしている。 テレビドラマ『』ではディレクター・と組んだが、久世やたちが現場で、山田の脚本にないアドリブをするので、「抗議をして『アドリブいっさい止めてくれ』と」要求した。 すると「(久世は)すぐ了解してくれて、それでもいい演出をなさったんで敬服しました」という。 その後は、久世とコンビを組んで作品制作にあたることはなかったが、久世演出の『』を高く評価している。 久世も、山田の小説作品『冬の蜃気楼』を好意的に評しており 、両者の関係は良好だったようである。 に久世が逝去した際には、追悼のコメントを出した。 自身が師事した木下惠介・・らのを敬愛している。 脚本家では・・に「ほぼ同世代の同業者として、いろいろな意味で刺激を受けました」と語る。 倉本、向田とは「 シナリオライター御三家」とも呼ばれた。 の演出家・の誘いで 、の『ラヴ』を皮切りに、劇作にも手を染める。 の地人会の活動停止まで、13本の舞台を木村演出で発表した。 家族 [ ] 娘は編成制作局ドラマ制作センター副部長・、息子は、の。 作品 [ ] テレビドラマ [ ]• 明日はいっぱいの果実(1960年、松竹。 との共同執筆)• 背くらべ(1962年、松竹)• 歌え若人達(1963年、松竹)• あこがれ 1966年。 (1971年、松竹)• (1973年、松竹、原作のみ)• (1983年、・ホリ企画)• (1986年、松竹)• (1988年、松竹、原作のみ)• (1990年、)• (1990年、松竹、原作のみ) 舞台 [ ] タイトル 主な出演者 ラブ(1983年、) 八千草薫、南風洋子、、山田吾一、真行寺君枝、 早春スケッチブック(1984年、地人会) 八千草薫、、、 教員室(1985年、地人会) 、、、坂口芳貞、、、、、、、、、、、加藤純一 ジャンプ(1986年、地人会) 風間杜夫、、、、、 砂の上のダンス(1989年、地人会) 名古屋章、河内桃子、、、鈴木慎平、山本亘 川の向こうで人が呼ぶ(1991年、地人会) 細川俊之、、山口果林、、、福松進也 サンフランシスコ案内(1992年、地人会) 日本の面影(1993年、地人会) 風間杜夫、、、、、、山本亘 夜中に起きているのは(1995年、地人会) 八千草薫、北村和夫、風間杜夫、近石真介、河内桃子、、 あかるい郊外の店(1998年、地人会) 、風間杜夫、野村昭子、松熊信義、、西山水木 黄金色の夕暮(1998年、) 中野誠也、、、、 私のなかの見えない炎(2000年、地人会) 佐藤慶、細川俊之、、有森也実 離れて遠く二万キロ(2000年、俳優座) 、、、、、 浅草・花岡写真館(2002年、地人会) 、竹下景子、、、鈴木慎平 人が恋しい西の窓(2002年、) 坂口芳貞、、、、 しまいこんでいた歌(2003年、俳優座) 、、中野誠也、田中壮太郎、 二人の長い影(2003年、) 南風洋子、水原英子、、、、 夜からの声(2004年、地人会) 風間杜夫、、、西山水木、、長谷川博己 流星に捧げる(2006年、地人会) 風間杜夫、根岸季衣、山本學、中村たつ、 林の中のナポリ(2007年、劇団民芸) 南風洋子、、、、 沈黙亭のあかり(2010年、俳優座) 中野誠也、中村たつ、遠藤剛、、、、、松島正芳、 著書 [ ] シナリオ・戯曲集 [ ]• 男たちの旅路(日本放送出版協会、1977年)• テレビドラマ・シナリオ・シリーズ、幸福駅周辺・上野駅周辺(ドラマ館、1978年)• あめりか物語(日本放送出版協会、1979年)• 獅子の時代 全5巻(教育史料出版会、1980年)• 想い出づくり(大和書房、1982年)• 季節が変わる日(大和書房、1982年)• それぞれの秋(大和書房、1982年)• 夕暮れて(大和書房、1983年)• 緑の夢を見ませんか? (大和書房、1983年)• 輝きたいの(大和書房、1984年)• 真夜中の匂い(大和書房、1984年)• 山田太一作品集 全19巻(大和書房、1985 - 1989年)• ラヴ(中央公論社、1986年)• 大人になるまでガマンする(大和書房、1986年)• シャツの店(大和書房、1986年)• 砂の上のダンス(新潮社、1990年)• 捨てた夢プレイバック 「ふぞろいの林檎たち」より(飛鳥新社、1991年)• ふぞろいの林檎たちIII(マガジンハウス、1991年)• 今朝の秋 (新潮文庫 1994年)• 東芝日曜劇場名作集 東京の秋(ラインブックス、1994年• ふぞろいの林檎たIV(マガジンハウス、1997年)• 二人の長い影・林の中のナポリ(新日本出版社、2008年)• ナイフの行方(角川書店、2015年) 小説 [ ]• 藍より青く(中央公論社、1972 - 1973年、のち読売新聞社)• 沿線地図(作品社、1979年、のち角川文庫)• (新潮社、1987年、のち新潮文庫)• 遠くの声を捜して(新潮社、1989年、のち新潮文庫)• 丘の上の向日葵(朝日新聞社、1989年、のち新潮文庫)• 君を見上げて(新潮社、1990年、のち新潮文庫)• 見えない暗闇(朝日新聞社、1995年、のち朝日文庫)• 恋の姿勢で(新潮社、1995年、のち新潮文庫)• 見なれた町に風が吹く(中央公論社、1997年、のち中公文庫)• 彌太郎さんの話(新潮社、2002年、のち新潮文庫)• 空也上人がいた(朝日新聞出版、2011年、のち朝日文庫) エッセイ [ ]• 昼下りの悪魔(冬樹社、1978年)• 街で話した言葉(ちくま文庫、1986年)• 映像を見る目(光村図書、昭和6年、小学校国語「国語五上」、書き下ろし)• ふぞろいの林檎たちへ(岩波ブックレット、1987年)• 十二の世界を聞く(潮出版社、1987年)• これからの生き方、死に方(講談社、1994年)• 誰かへの手紙のように(マガジンハウス、2002年)• 夕暮れの時間に(河出書房新社、2015年)• 山田太一エッセイ・コレクション(河出文庫、2015年 - )、以下刊• S先生の言葉• その時あの時の今• 昭和を生きて来た 編著・対談 [ ]• 生きるかなしみ(ちくま文庫、1991年)編著• 現代日本文化論10 夢と遊び(岩波書店、1997年)、共編• 幸福になれない理由(PHP研究所、1998年)、• 何が終わり、何が始まっているのか(PHPソフトウェア・グループ、1998年)、• 浅草 土地の記憶(岩波現代文庫、2000年)編著• 山田太一、、「家族」を語る。 (PHP研究所、2000年)、小此木啓吾• 家族はどこへいくのか(岩波書店、2000年) 、河合隼雄、 シナリオ・戯曲集ほか [ ]• 光と影を映す だからドラマはおもしろい(PHP研究所、2016年)• からの手紙(岩波書店、2015年)、編・回想 主な作詞 [ ]• のち1990年にが・で発売) ムック [ ]• 文藝別冊 総特集山田太一 テレビから聴こえたアフォリズム(河出書房新社、2013年) 受賞歴 [ ] 個人賞 [ ] 1974年• 第24回 放送部門(『』) 1980年• 第32回(斬新な感覚と視点をもって優れた作品を数多く執筆し、ドラマ番組の充実に寄与)• 第25回 特別賞 1983年• 第33回 (『』、『』)• 第2回(『』) 1984年• 第17回 優秀個人 1985年• 第33回(家庭や職場等のごく平凡な日常を、抜群のドラマに仕上げて、人間愛を訴えつづけている) 1988年• 第1回(『』)• 第8回(『異人たちとの夏』) 1989年• 第8回 1991年• 第45回 脚本賞(『』)• 最優秀脚本賞(『少年時代』) 1992年• 第34回 1996年• 第11回 脚本賞(『』) 1997年• 第13回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 脚本賞(『IV』) 2008年• 第11回賞(『』)• 第16回 特別賞 2013年• 第50回 55周年記念賞 2014年• 第13回(『』) 2015年• 作品賞 [ ]• 記念樹(1966年)第9回児童福祉文化賞。 優秀映画鑑賞会推薦。 PTA全国協議会推薦• 女と刀(1967年)第1回期間選奨。 優秀映画鑑賞会推薦。 日本視聴者会議推薦• (1969年)第2回テレビ大賞優秀番組賞• 俄=浪華遊侠伝(1970年)第14回期間選奨• 木下恵介・人間の歌シリーズ (1973年)第6回テレビ大賞本賞。 第11回(1973年度)ほか• 河を渡ったあの夏の日々(1973年)第28回優秀賞。 第27回期間選奨• (1974年)第29回大賞。 第30回期間選奨• ドラマでつづる昭和シリーズ 6 (1975年)第32回期間選奨(シリーズとして)• (1977年)第10回テレビ大賞。 第15回(1977年度)。 30周年記念賞• 山田太一シリーズ 第3部「シルバー・シート」(1977年)第32回ドラマ部門大賞• 金曜ドラマ (1979年)月間賞• ドラマ あめりか物語(1979年)第12回テレビ大賞優秀番組賞。 第34回優秀賞(第三話)。 月間賞• (1980年)第13回テレビ大賞優秀番組賞• 金曜ドラマ (1981年)第14回テレビ大賞優秀番組賞• 土曜ドラマ 山田太一シリーズ (1981年)プラハ国際テレビ祭テレビドラマ部門カメラワーク賞• ドラマスペシャル スペシャル 「戦場は遙かになりて」(1982年)第9回賞番組賞• ゴールデンワイド劇場 (1982年)第15回テレビ大賞優秀番組賞• ながらえば(1982年)第37回優秀賞。 第10回賞本賞。 第23回モンテカルロ国際テレビ祭最優秀演出賞。 第15回テレビ大賞優秀番組賞。 ドラマ人間模様 (1983年)テレビ大賞優秀番組賞。 月間賞• 金曜ドラマ (1983年)第16回テレビ大賞優秀番組賞。 月間賞• ドラマスペシャル (1984年)第17回テレビ大賞優秀番組賞。 第21回大賞(1984年度)• ドラマ (1984年)月間賞• ドラマスペシャル 冬構え(1985年)第22回プラハ国際テレビ祭最優秀演出賞• (1986年)奨励賞(月間賞)• 大人になるまでガマンする(1986年)奨励賞(月間賞)• ドラマ人間模様 (1987年)奨励賞(月間賞)• ドラマスペシャル 今朝の秋(1987年)プラハ国際テレビ祭大賞。 第14回賞本賞。 (深町幸男)。 奨励賞(月間賞)• 原宿「表通りへぬける地図」(1988年)第36回賞最優秀賞• 山田太一スペシャル ハワイアン・ウエディングソング マウイの想い出(1992年)奨励賞(月間賞)• 土曜ドラマ (1992年)奨励賞(月間賞)• 悲しくてやりきれない(1992年)第29回選奨(1992年度)• 金曜ドラマシアター 秋の駅(1993年)第19回賞優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 土曜ドラマ (1993年)NHK放送総局長賞。 奨励賞(月間賞)• ドラマ なんだか人が恋しくて(1994年)奨励賞(月間賞)• 開局35周年特別企画 山田太一ドラマスペシャル 刑事の恋(1994年)第42回賞優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 土曜ドラマ (1994年)NHK会長賞• 山田太一ドラマスペシャル せつない春(1995年)第43回賞ドラマ部門最優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 特集ドラマ 鳥帰る(1996年)奨励賞(月間賞)• 金曜ドラマ IV(1997年)奨励賞(月間賞)• 山田太一ドラマスペシャル (1998年)第46回賞最優秀賞。 奨励賞(月間賞)• 大丈夫です、友よ 参加作品 (1998年)第53回優秀賞• 金曜エンタテイメント ドラマスペシャル 旅立つ人と(1999年)奨励賞(月間賞)• テレビ東京開局記念番組 山田太一ドラマスペシャル 小さな駅で降りる(2000年)第48回賞優秀賞• 毎日放送開局50周年記念 日韓新時代ドラマ ちいさな橋を架ける(2001年)。 第49回賞優秀賞• 山田太一スペシャル 再会(2001年)第56回優秀賞。 第50回賞優秀賞• 山田太一スペシャル2002 旅の途中で 平成14年度参加作品(2002年)第51回賞優秀賞• テレビ朝日開局45年記念特別番組 それからの日々(2004年)第30回賞番組賞。 第52回賞優秀賞• 山田太一スペシャル2005 いくつかの夜 平成17年度参加(2005年)奨励賞(月間賞)• 山田太一ドラマスペシャル 終戦60年特別企画 (2005年)奨励賞(月間賞)• 山田太一ドラマスペシャルV (2008年)第56回賞最優秀賞。 第63回優秀賞。 奨励賞(月間賞)• フジテレビ開局50周年記念ドラマ (2009年)東京ドラマアウォード2009作品賞優秀賞。 第46回選奨(2008年度)• 山田太一ドラマスペシャル (2010年)東京ドラマアウォード2010作品賞優秀賞• 土曜ドラマスペシャル キルトの家(2012年)奨励賞(月間賞) 出演 [ ] TV [ ]• (制作・、ととともに共演)• ドキュメント 洋次・ひさし・太一の合作シナリオづくり(、1986年6月27日)• 助監督から脚本家へのシナリオ 山田太一(NHK教育テレビ、1987年1月18日)• 山田太一の世界(、1992年1月26日 - 2月1日、司会:八千草薫)• 山田太一の現代日本・家族の肖像(NHK教育テレビ、1998年7月11日)• 私の家族論 山田太一(NHK、2001年4月30日)• 情報コーナー(NHK教育テレビ、2003年2月2日)• ドラマの巨人 脚本家 山田太一の世界(TBS、2003年6月22日)• 山田太一の世界「いちばん綺麗なとき」(NHK、2008年11月1日)• 山田太一の世界「冬構え」(NHK)• 特集:山田太一「空也上人がいた」(、2011年4月23日)• 山田太一(、2013年2月11日) ラジオ [ ]• ラジオ版学問ノススメ「空也上人がいた」(2011年5月8日、)• 天野祐吉の隠居大学「世の中にひとりで抵抗する楽しみ」(2011年7月25日、) 関連項目 [ ]• - 代表理事を務める。 脚注 [ ]• 2016年1月7日閲覧。 インタビュアー:高堀冬彦. 2016年1月7日閲覧。 2015年12月11日. 2019年8月28日閲覧。 『キネマ旬報』臨時増刊「黒澤明と木下惠介 素晴らしき巨星」(1998年)所収のインタビューより。 221• 2014年1月. 2016年12月17日閲覧。 NEWSポストセブン(2017年8月17日)• 『朝日新聞』朝刊2017年9月16日(文化・文芸面)• 週刊女性PRIME. 2020年1月3日. 2020年7月11日閲覧。 『シャツの店』(大和書房)あとがき• 『山田太一作品集18 今朝の秋・春までの祭』(大和書房)あとがき• 『ふぞろいの林檎たちIV』(マガジンハウス)あとがき• 『ふぞろいの林檎たちIII』(マガジンハウス)あとがき• 『悪い夢』(角川春樹事務所)• 別冊宝島『シナリオ入門』(2004年、宝島社)• みんな子どもだった. 2016年12月17日閲覧。 '74第29回大賞(文部大臣賞)受賞作品• ドキュメンタリードラマ初挑戦。 1976年版のリメイク。 1982年版のセルフリメイク。 ORICON STYLE. 2016年6月24日. 2016年6月24日閲覧。 木下惠介との共同執筆。 、、との共同執筆。 外部リンク [ ]• - (英語)• 第9回:• 第13回:• 第15回:• 第27回:• 第33回:•

次の