まつ しまえ いみ。 蝦夷(えぞ)とは

006 灰汁田河の鬼 【高】

まつ しまえ いみ

あ 行 青丹よし寧楽の京師は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり 作者:小野老(万葉集) 意味:奈良の都は美しい花が咲きはえているように、いま繁栄していることよ。 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 作者:額田王(万葉集) 意味:紫草の生えた御料池の野をあちこちしながら、あなたは袖を振っているが、野守が見はしないだろうか。 秋きぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる 作者:藤原敏行(古今集) 意味:秋が来た、と目にははっきりと見えないけれど、吹く風の音は秋の訪れにはっと気付かされたことだ。 新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重け吉事 作者:大伴家持(万葉集) 意味:新しい年の初めの初春の今日、降る雪のように、いよいよ重なれ、めでたいことが。 天離る夷の長路ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:いなかの長い旅路の間、大和を恋いつつ帰ってくると、明石の海峡から大和の連山が見えているよ。 天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ少女の姿しばしとどめむ 作者:良岑宗貞(遍昭)(古今集) 意味: 空吹く風よ、雲の通路を、雲を吹き寄せて閉じてしまえ。 この舞が終わっても少女たちの姿をしばらくの間地上にとどめておこうと思う。 相 念はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に額づく如し 作者:笠女郎(万葉集) 意味:思ってくれない人を思うのは、大寺の餓鬼像の後ろで拝むように、なんのかいもないことだ。 淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのにいにしへ思ほゆ 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:近江の湖の夕方に立つ波の上に飛ぶ千鳥よ、おまえが鳴くと、心もうちしおれて昔のことがしのばれることだ。 家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る 作者:有間皇子(万葉集) 意味:家にいれば食器に盛る飯を、心に任せぬ旅なので、椎の葉に持って食べることだ。 行 く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり 作者:読み人知らず(古今集) 意味:流れる水に数取りの線をひくよりも頼りにならないのは、思ってもくれない人を思うことである。 いづくにか船泊すらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚なし小舟 作者:高市黒人(万葉集) 意味:今頃どこに泊まっているだろう。 安礼の崎を漕ぎめぐっていた棚無し小舟は。 稲 つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ 作者:東歌(万葉集) 意味:稲をつくのであかぎれした私の手を、今夜もまた御殿の若様が取って、かわいそうだと嘆いてくださることだろうか。 石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも 作者:志貴皇子(万葉集) 意味:岩の面を激しく流れおちる滝のほとりのわらびが、もう芽を出す春になったことだなぁ。 石 見のや高角山の木の間よりわが振る袖を妹見つらむか 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:石見の高角山の木の間から、私が振る袖を妻は見ただろうか。 うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物は頼みそめてき 作者:小野小町(古今集) 意味:うとうとと寝ている間に恋しく思う人を夢に見てからは、あてにならないはかない夢というものを頼りにし始めているようになってしまった。 う らうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独りしおもへば 作者:大伴家持(万葉集) 意味:うららかに照る春の日に雲雀があがり、ひとり物を思っていると心が痛むことよ。 瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば ましてしぬはゆ 何処より 来りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安眠し寝さぬ 作者:山上憶良(万葉集) 意味:うりをたべると子どものことが思い出される。 栗を食べるといっそう子どものことが思い出される。 子どもは、どこから来たものなのか。 目の前に面影がしきりにちらついて、安眠させないことだ。 憶 良らは今は罷らむ子哭くらむその彼の母も吾を待つらむぞ 作者:山上憶良(万葉集) 意味:この憶良めはもう退出しましょう。 子が泣いているだろうし、子の母親も私の帰るのを待っているでしょうよ。 か 行 春日野はけふはな焼きそ若草のつまもこもれりわれもこもれり 作者:読み人知らず(古今集) 意味:春日野は今日は野焼きをしてくれるな。 愛する人も私もこもっているのだよ。 勝鹿の真間の井を見れば立ちならし水汲ましけむ手児奈し思ほゆ 作者:高橋虫麻呂(万葉集) 意味:葛飾の真間の井戸を見ると、いつもここに立って水を汲んだという娘、手古奈のことが思われる。 韓 衣裾にとりつき泣く子らを置きてぞ来ぬや母なしにして 作者:防人の歌(万葉集) 意味:裾にとりすがって泣く子らをおいて出て来たことだ。 子らの母もいないのに。 昨日こそ早苗とりしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く 作者:読み人知らず(古今集) 意味:ほんの昨日早苗を取ったと思うのに、いつの間にか稲葉がそよいで秋風の吹いていることだ。 君 が行き日長くなりぬ山たづね迎へか行かむ待ちにか待たむ 作者:磐姫皇后(万葉集) 意味:あなたのおいでが間遠になった。 山に迎えに行こうかしら、それともひたすら待っていようかしら。 君 が行く道の長路を繰り畳ね焼き亡ぼさむ天の火もがも 作者:狭野茅上娘子(万葉集) 意味:あなたが流されてゆく長い道のりを、手繰りたたんで焼き滅ぼしてしまう天の火が欲しい。 君待つと吾が恋ひ居ればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く 作者:額田王(万葉集) 意味:君を待って恋しく思っていると、わが家のすだれをうごかして秋風がふくことよ。 心 なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕ぐれ 作者:西行法師(新古今集) 意味: 世間的な感覚をすてた出家の身にももののあわれは感じられることであるよ。 しぎの飛び立つ沢の秋の夕暮れというものは。 木 の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は気にけり 作者:読み人知らず(古今集) 意味:木の間をもれてさす月の光を見ていると、物思いして心をくだく秋がきたことだ。 駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ 作者:藤原定家(新古今集) 意味:馬を止めて、袖にたまった雪をはらう物陰もない。 佐野のあたりの雪の降る夕暮れよ。 さ 行 防 人に行くは誰が夫と問ふ人を見るが羨しさ物思ひもせず 作者:防人の歌(万葉集) 意味:防人に行くのは誰の夫なのか、と聞いている人を見る羨ましさよ。 防人に行く夫を持つ私に比べて、何の物思いもないさまで。 桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る 作者:高市黒人(万葉集) 意味:桜田へ鶴が鳴いて飛んでいく。 年魚市潟の潮が干いたらしい。 さ ざなみの志賀の辛崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:志賀の辛崎は昔のままだが、昔の大宮人の船は再び見ることができないことだ。 小 竹の葉はみ山もさやに乱げども吾は妹おもふ別れ来ぬれば 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:ささの葉は山をざわつかせて風に乱れているが、 私は妻のことを思っている。 別れてきたところなので。 さつき待つ花たちばなの香をかげば昔のひとの袖の香ぞする 作者:読み人知らず(古今集) 意味:五月を待って咲く花橘の香をかぐと、昔親しかったあの人の袖の香りがするよ。 志賀の浦や遠ざかりゆく波間よりこほりて出づる有明の月 作者:藤原家隆(新古今集) 意味: 志賀の浦の冬の月はすばらしい。 湖岸から凍結して遠ざかってゆく波の、その間から氷のような感じでさえた夜明けの月が出てくる。 信 濃道は今の墾道刈株に足踏ましなむ履著け我が夫 作者:東歌(万葉集) 意味:信濃へ道は新しく開いた道だから、切り株を踏むでしょう。 履をはいてゆきなさい、夫よ。 白 珠は人に知らえず知らずともよし知らずとも吾し知れらば知らずともよし 作者:旋頭歌(万葉集) 意味:白珠のような才能は世人に知られずにいるが、人は知らないでよい。 人は知らないで自分さえその価値を知っていればそれでよいのだ。 験なき物を念はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし 作者:大伴旅人(万葉集) 意味:かいのない事など思い悩まないで、一杯の濁り酒を飲むのがよいようだ。 銀 も金も玉も何せむまされる宝子に及かめやも 作者:山上憶良(万葉集) 意味:銀も金も玉もなんで子という宝に及ぼうか。 子にまさる宝はないことだ。 袖 ひちてむすびし水のこほれるを春経つけふの風やとくらむ 作者:紀貫之(古今集) 意味: 夏のころ袖もぬれるようにして手にすくった水が冬になって凍りついていたのを、立春のきょうの風が解かしているのだろうか。 た 行 田児の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける 作者:山部赤人(万葉集) 意味:田児の浦を通って広々として眺めのきくところへ出て見ると、真っ白に富士の高い峰に雪が降り積もっていることだ。 立ちわかれいなばの山の峰に生ふる松とし聞かばいま帰り来む 作者:在原行平(古今集) 意味: 皆に分かれて因幡の国に行ったならば、その国の稲羽山の峰に生えている松という名のように、皆さんがわたしを待つと聞いたならば、すぐに帰って来ましょう。 竜 田川もみぢ乱れて流るめりわたらば錦なかや絶えなむ 作者:読み人知らず(古今集) 意味:竜田川に紅葉が散り乱れて流れている。 もし渡ったらこの美しい錦が途中で切れてしまうだろうか。 多 摩川にさらす手作りさらさらに何ぞこの児のここだかなしき 作者:東歌(万葉集) 意味:多摩川でさらす手織りの布ではないが、さらにさらにどうしてこの娘がひどくかわいいのか。 玉の緒よ絶えねば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする 作者:式子内親王(新古今集) 意味: 命よ、絶えるならば絶えてしまえ。 これ以上生きながらえていると、人に知られまいとこらえて胸に秘めておく力が弱ってしまうかもしれぬ。 父 母が頭かき撫で幸くあれて言ひしけとばぜ忘れかねつる 作者:防人の歌(万葉集) 意味: 父母がわたしの頭をなでて、どうか無事であるようにと言った、あのことばを忘れることができなくなっている。 な 行 夏 の夜はまだ宵ながらあけぬるを雲のいづこに月やどるらむ 作者:清原深養父(古今集) 意味: 夏の夜はまだよいの口であるまま明けてしまったが、雲のどこに月は宿っているのだろうか。 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな 作者:額田王(万葉集) 意味:熟田津で船出をしようと月の出を待っていると、(月も出て)潮もちょうどよくなった。 さあいまはこぎ出そう。 ぬばたまの夜露の立ちておぼほしく照れる月夜の見れば悲しな 作者:大伴坂上郎女(万葉集) 意味:夜露が立って、ぼうっと照っている月が、見ればああ悲しいことよ。 ぬ ばたまの夜の深けゆけば久木生ふる清き河原に千鳥数鳴く 作者:山部赤人(万葉集) 意味:夜がふけてゆくと久木の伸びた清い川原に千鳥がしきりに鳴いている。 は 行 春過ぎて夏来るらし白妙の衣ほしたり天の香具山 作者:持統天皇(万葉集) 意味:春が過ぎて夏が来るらしい。 天の香具山の緑の中に白い衣が干してあることよ。 春 の苑紅にほふ桃の花下照る道に出て立つ少女 作者:大伴家持(万葉集) 意味:春の園の、桃の花が紅の色美しく映えている道に出て立つ乙女の姿よ。 春の野に菫採みにと来し吾ぞ野をなつかしみ一夜宿にける 作者:山部赤人(万葉集) 意味:春の野に菫をつみに来た私は、野に心をひかれて一晩泊ってしまった。 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも 作者:大伴家持(万葉集) 意味:春の野に霞がたなびきうら悲しい。 夕方の光の中で鶯が鳴いているよ。 春の夜の夢の浮橋と絶えて峰にわかるる横雲の空 作者:藤原定家(新古今集) 意味: 春の夜のはかない夢が中途でさめて、ふと見ると、山の峰にかかっていた雲が分かれて横にたなびいていこうとする春の暁であるよ。 ひとはいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける 作者:紀貫之(古今集) 意味:人の心は、さあ、心変わりされたかどうかは知りませんが、慣れ親しんだこの土地の梅の花は、昔のままの香りににおって咲いていますね。 東 の野にかぎろひの立つ見えてかへりみすれば月西渡きぬ 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:東方の野には曙の光がさし、振り返ってみると西の空に月が傾いているよ。 ほととぎすなくやさつきのあやめぐさあやめもしらぬ恋もするかな 作者:読み人知らず(古今集) 意味:ほととぎすが鳴く五月のあやめ草、そのあやめ(物の筋道)もわからぬ、夢中の恋をすることだ。 ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく 作者:太上天皇(新古今集) 意味: ほのぼのと春が空にはやって来たらしい。 天の香具山にはかすみがたなびいている。 ま 行 道のべに清水ながるる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ 作者:西行法師(新古今集) 意味:道のほとりに清水が流れている柳の木陰よ。 ここでほんの少し休もうとして立ち止ったのだが。 み 吉野の象山の際の木末には幾許も騒ぐ鳥の声かも 作者:山部赤人(万葉集) 意味:吉野の象山の山あいの木々のこずえに、たくさんの鳥が鳴き騒いでいる。 み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり 作者:摂政太政大臣(新古今集) 意味: 吉野は、山のあたりもかすんで、先日白雪の降った古びた里に春は来たことであるよ。 紫 草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも 作者:大海人皇子【天武天皇】(万葉集) 意味:紫草のように美しいあなたが憎いなら、人妻であるあなたになんで私が恋などしようか。 紫 の一もとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る 作者:読み人知らず(古今集) 意味:愛する紫草が一本あるために、それが生えている武蔵野の草は全部いとしく思われることだ。 もののふの八十氏河の綱代木にいさよふ波の行方も知らずも 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:宇治川の綱代木にたゆたう波のように、この身のさだめも行方知らぬことよ。 百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日の未見てや雲隠りなむ 作者:大津皇子(万葉集) 意味:磐余の池に鳴く鴨を見るのも今日を限りとして、私は死んでゆくことであろう。 や 行 山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば 作者:源宗干(古今集) 意味: 山里は冬がことに寂しさが加わることだ。 人の訪れもなくなり、草も枯れてしまうと思うと。 山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 作者:式子内親王(新古今集) 意味:山が深いので、春を待ちわびているのに春と気づかない粗末な庵の松の戸に、とぎれとぎれに落ちかかる雪解けの美しいしずくよ。 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝ねにけらしも 作者:舒明天皇(万葉集) 意味:夕方になるといつも小倉山でなく鹿は今夜は泣かない。 もう寝たらしいよ。 吉 野なる夏実の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山陰にして 作者:湯原王(万葉集) 意味:吉野の夏実の川の淀みで鴨が鳴いているようだ、山の陰で。 世 の中は何か常なる飛鳥川きのふの淵ぞ今日は瀬になる 作者:読み人知らず(古今集) 意味:世の中は何が不変であろうか、すべて無常である。 飛鳥川の昨日の淵が今日は瀬となるように。 世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば 作者:山上憶良(万葉集) 意味:世の中をつらく身も細るようだと思うが、飛び去ることもできない。 鳥ではないのだから。 ら ・ わ 行 わが背子を大和へ遣るとき夜深けて暁露にわが立ち濡れし 作者:大伯皇女(万葉集) 意味:弟を大和へ帰してやるというので、見送ってたたずむうちに夜もふけ、暁の露に私は濡れてしまったことだ。 わ が妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えて世に忘られず 作者:防人の歌(万葉集) 意味:家の妻はたいそう私を恋い慕っているらしい。 飲む水に妻の影まで見えて、どうにも忘れられない。 わ が屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも 作者:大伴家持(万葉集) 意味:我が家のいささかの群竹に吹く風の音がかすかに聞こえるこの夕方よ。 若 の浦に潮満ちくれば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る 作者:山部赤人(万葉集) 意味:若の浦に潮が満ちてくると干潟がなくなるので、葦辺をさして鶴が鳴いてゆくよ。 渡津海の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやに照りこそ 作者:天智天皇(万葉集) 意味:大海の豊かになびく雲に夕日がさしている。 今夜の月はさやかに照ってほしい。

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【わび・さび】の意味を説明できる?理解しておきたい日本独特の美意識|IKITOKI

まつ しまえ いみ

提供 藤原史織(ブルゾンちえみ)(c)朝日新聞社 3月末に事務所を退所した藤原史織(ブルゾンちえみ)が、4月12日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)でブルゾンちえみとして最後のテレビ出演を果たした。 エンディングでは涙を浮かべながら「また会える日を楽しみにしています。 ありがとうございました」と言い残した。 将来の目標を尋ねられて「世界中の男を集めたショーをやりたい」と答えていた。 ブルゾンちえみという名前の芸人がこの世から消えてしまった今、あえて問いたいことがある。 「ブルゾンちえみ」とは何だったのか? 私の見解では、それは多くの人が携わる一大プロジェクトだった。 本人、事務所スタッフ、テレビ制作者などが一丸となって「ブルゾンちえみ」というプロジェクトに携わってきた。 そして、それが2020年3月31日に終了を迎えたのだ。 2017年に『ぐるナイおもしろ荘2017』(日本テレビ系)に出たことがきっかけで大ブレークした当初から、ブルゾンちえみは毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい人物だった。 最初に彼女を熱心に支持したのは主に同世代の女性たちだった。 ブルゾンがネタの中で演じていたのは、仕事にも恋愛にも妥協せず、エネルギッシュで意識の高いキャリアウーマンだった。 元カレのことが忘れられず、恋に臆病になっている若い女性に対しては、地球上に男は「35億」もいるから大丈夫、と励ましの言葉を送った。 自分から狩りに出なくても待っていれば男は自然と寄ってくると断言し、「ああ、女に生まれて良かった」とつぶやいた。 自らが女性であることを堂々と肯定するこのポジティブ思考が、世の女性たちに勇気を与えた。 一方、ブルゾンを1人の「芸人」として見た場合、実力不足ではないかと不満を述べる人もいた。 彼女はブレークした時点ではまだ芸歴2年目だった。 もともと芸人志望だったわけでもないのに、ひょんなことからお笑いを始めて、瞬く間にテレビの最前線に放り出されてしまった。 一緒にテレビに出ている歴戦の芸人たちと比べれば、物足りなく見えてしまうのはやむを得ないことだ。 事務所側もそのことは承知していたのだろう。 彼女が出演する番組はかなり慎重に選ばれていたように見えた。 例えば、同世代の若手芸人と横並びで競争しなくてはいけないようなお笑い要素の強い番組にはほとんど出ていなかった。 ブルゾンは初めから「芸人」ではなく「お笑いタレント」として売り出されていた。 意外に思われる人もいるかもしれないが、実は『おもしろ荘』の出演後、彼女はそれほど頻繁にはテレビに出ていなかった。 出発点となった『ぐるナイ』と、同じ局の人気番組『行列のできる法律相談所』を中心に、ごくごく限られた番組に出ていただけだった。 旬の芸人としてオファーはもっとたくさんあったはずだが、意図的に露出を抑えていたのだろう。 いろいろな番組で何度も何度もネタを見せてしまえば、その分だけ消費されるスピードも速くなる。 そこで、限られた番組だけに出ることで希少性を高めて、一回一回のインパクトを大きくすることを選んだのだ。 そして、バラエティの枠を一気に飛び越して、ブルゾンはドラマデビューを果たした。 2017年4月から『人は見た目が100パーセント』(フジテレビ系)でドラマ主演を果たし、7月には『24時間テレビ』(日本テレビ系)でチャリティランナーを務めた。 ブレーク芸人の瞬間最大風速としては史上まれに見る数値を叩き出していたと言っていいだろう。 飛行機に例えるなら、この時点でブルゾンちえみは離陸に成功していた。 あとは一定の高度を保ったまま安定した飛行をするだけだ。 彼女は『ヒルナンデス!』『行列のできる法律相談所』などのバラエティ番組に出演して、堅実なタレント活動を続けた。 ブルゾンはもともと映画、音楽、ファッションなどに興味があり、海外志向が強かった。 そんな彼女は日本のテレビ業界で「当たり障りのない女性タレント」として活動を続けることに限界を感じていたのではないか。 ブルゾンちえみというプロジェクトには着地点がなかった。 芸人として売り出していない以上、人気が下がった後に落ちぶれた姿をさらけ出して自虐トークをするのは似合わない。 つまり、これは初めから終わることが決まっていたプロジェクトだったのだ。 ブルゾンが海外に留学するために芸人を引退すると発表したとき、私はそれほど不思議には思わなかった。 彼女は以前からそういう方面に関心があるというメッセージを発信し続けていたからだ。 藤原史織という1人の女性は「ブルゾンちえみ」というプロジェクトの最重要メンバーだった。 彼女がもともと持っていた資質が「キャリアウーマン」のネタとして結実し、そこから発展してあの空前のシンデレラストーリーが生まれた。 ガラスの靴を脱いで走り出した彼女はこれからどこへ向かうのだろうか。 (作家・ライター・お笑い評論家 ラリー遠田).

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織田信長をもっとわかり易く!声が甲高いエピソードや偉業について│れきし上の人物.com

まつ しまえ いみ

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織田信長という人物にはやはり、数々の伝説があります。 その中でも 有名なエピソードをできるだけ紹介していきますよ。 声がめちゃくちゃ甲高かった 超意外ですが、信長は 声がとても甲高かったと言われています。 なんかイメージと違いますが、そのように記述されているものがあるようで、本当の事なようですね。 その伝説としては、 ・500m向こうにいる信長の話し声が聞こえた ・信長が演説をすると、窓ガラスがパンパン割れだす ・信長が鉄砲発射の号令を叫ぶと、鉄砲足軽の耳は一時的に難聴になるが、それによって鉄砲の音が苦でなくなる ガラスが割れるとか凄すぎです。 もはや都市伝説です。 声のトーンが普段から高い人は、幼児性が強いと判断できるそうです。 つまり精神年齢が低いってことでしょうか。 さらに、基本的にわがままで、自己中心的なところがある上、短気で興奮しやすいともいえるそうなんですよ。 信長様も子供っぽいですね。 庶民と一緒に踊っては、その汗を拭いてあげたり、工事をするときには、信長本人が現場監督として現場に姿を表していたそう。 庶民からは愛されていたのではないでしょうか。 信長が、一般庶民や武士たちと仲が良かったという記録は多く残されています。 上にも書きましたが、元々 「尾張の大うつけ」といわれていた信長。 殿様の子で身分は高いですが、そうとは思えないようなラフな格好で町をプラプラしていたのです。 その時から、町のワルたちと並んで歩いたり、相撲などをして遊んでいたようです。 大人になってからも、町の庶民たちと踊ったり、工事をするときには信長自らが現場に姿を表したりなどしました。 身分にこだわらない性格が、とても信頼を集めたのではないでしょうか。 超ヤンキーだった? 「尾張の大うつけ」とも言われていた信長。 大うつけとは、「常識がない」「愚行ばかりする」者のこと。 そのやんちゃなエピソードは少年の時のものから残されています。 そのやんちゃぶりに、母は信長を愛そうとせず、弟ばかり愛していました。 信長の行動はまさに 奇行の連続だったそうです。 ・乳児の時は、乳母の乳首を噛み切った。 ・殿様の子なのに、上半身裸でチャラチャラした格好で町を練り歩く。 ・歩き方もだらしない。 柿などを食いながら歩く。 ・父の葬儀でも、異様な格好で遅れて登場し、焼香を位牌に投げつけそのまま去る。 などなど。 このように小さいときから破天荒で、クセの強い男の子であったと言われています。 当時は、礼儀正しさが重んじられていたため、本当に周りは「大うつけ」と言うしかなかったようです。 超努力家だった まだ少年だった信長は、ふつうのモノより長いやりを作り、 新しい戦法を発明しました。 周囲は、「これは信長が天才だからできたのだろう」と思い、そう言っていました。 しかし実際は、信長の 計り知れないほどの努力の賜物なのだそう。 食べる時間、寝る時間はもちろん、あらゆるものを犠牲にしてこの研究に力を入れていました。 周囲からは、大うつけ(常識がない)と言われても気にせず、そういった後にこの長い槍戦法を完成させているのです。 少年のときからすでに、凄まじいパワーと行動力があったのですね。 人情に溢れ、心の優しい一面もあった 信長といえば、すぐ叩き切るひたすら怖い人のイメージがありがちですが、 優しい一面もあります。 いまでいう関ヶ原町山中に「山中の猿」の呼ばれていた男が暮らしていました。 「山中の猿」は体に障害があり、道沿いで物乞いをしながら生きていました。 当時、この道を頻繁に通らなければならなかった信長は、この男を見かけては可哀想な男だと思っていたそうです。 ある時、信長は山中村の人々を集め、木綿20反を「山中の猿」に与えます。 そして「これを金に換えて、この者に小屋を建ててやれ。 それから、この者が飢えないように毎年麦や米を施してくれれば、おれはとても嬉しい」と集めた人々に頼んだといいます。 この行動に「山中の猿」だけでなく、その場に居合わせた人々は皆、涙を流しました。 ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスも信長を、 「正義感と慈悲に関係あることは喜んで実行する男である。 」と、素敵な男っぷりを讃えています。 「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」 有名な句として、 家康「鳴かぬなら鳴くまでまとうホトトギス」 秀吉「鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス」 信長「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」 がありますね。 これはまさに三英傑の個性を表した句です。 信長は短気で気性がはげしいタイプとされているのも、この句のイメージも大きいです。 まあ実際に激しかったのですが、激しいのはだって同じです。 家康だって温厚でおっとりしていたわけではありません。 こちらの記事で三英傑について、色々と比較しています。 俺は平家だ!と言い張った 信長は自分のことを 「俺は平家の子孫だ!」と言い張っていたといいます。 信長が天下統一を目指していた時代は平氏のタイミングだったので、彼は「何が何でもおれは平氏だ!」と、げんを担いていたのです。 そのため平家の代表といわれる「揚羽蝶(あげはちょう)」の家紋を好んで使いました。 男とも愛し合う? これは愛しあうというか「衆道」ってやつですね。 美男子を側においておくのがステータスな当時ですが、つまりゲイ的な行為も当時はごく普通にしていたようです。 織田信長もこれを嗜んでいたようで、有名なのが森蘭丸との関係なのではないでしょうか。 日本人で、初めてカステラを食べた人 信長は 日本人で初めてカステラを食べた人なんだそう。 実は信長は酒を飲まず、周りにも酒をススメることは無かったといいます。 甘党なんですかね。 意外です。 ちなみにカステラの名前の由来は、当時スペインの「カスティーリャ王国」で作られたからなんだそうですよ。 他にも、 相撲好きで有名 馬に乗るときに、片足を馬の背に乗せる癖があった 娘が大好きでデレデレ。 親ばか。 ほぼ全ての他人を「貴様」と呼んだ 地球が丸いことを理解できた。 などなどのエピソードも残されているようです。 このように、学校で習った織田信長だけでは、語りきれない、人間くさい魅力がある人物だったのですね。 その魅力ゆえに、あの「本能寺の変」を仕掛けたも、 本能寺を襲うときには、中にいるのが織田信長だということを隠して奇襲をかけたとも言われています。 「本能寺の変」については、こちらの記事でわかり易く紹介しています。 まとめ ということで、 織田信長をもっとわかり易く!声が甲高いエピソードや偉業についてでした。 ・信長は戦だけではなく政治面でも優れていた! ・大うつけと呼ばれ、傾奇者であった! ・冷血な男として語られることが多いが、人情に厚く優しい一面もあった! 最後まで読んでいただきありがとうございます^^ 信長の関連記事:.

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