京 アニ 青葉。 京アニ放火事件犯人・青葉真司の壮絶な半生 日本アニメの未来を殺した男

京アニ事件の青葉容疑者、異例の逮捕後3時間半で送検 京都府警が重い症状に配慮、自力で歩けずストレッチャーで移送|社会|地域のニュース|京都新聞

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青葉真司容疑者 「京都アニメーション」第1スタジオ(京都市伏見区)の放火殺人事件で、青葉真司容疑者(41)=殺人などの容疑で逮捕状=が、皮下組織まで傷が達する重いやけどを全身の約90%に負っていたことが26日、医療関係者への取材で分かった。 初期の治療で他人の皮膚の提供を受ける通常の治療法を採用せず、自己の組織を培養してできた皮膚や人工皮膚だけで救命されたことも判明。 専門家は、全身の90%以上にやけどを負った重篤な患者への治療としては過去に例がないとしている。 医療関係者によると、治療したのは大阪府内の病院。 青葉容疑者の搬送は事件発生から2日後で、全身の約90%が「3度熱傷」の重いやけどを負っており、救命は困難な状況だった。 他人の遺体から提供された移植用皮膚を保管する「スキンバンク」はドナー不足とされ、多数の被害者に多くの皮膚が必要となる可能性があったことなどから、提供皮膚は被害者へ優先する方針を決めた。 初期の治療には「人工真皮」と呼ばれる人工皮膚を使用。 その後、自分の皮膚組織の一部から培養して皮膚を作り出す「培養表皮」を使って移植する手術を繰り返した。 培養に時間がかかるため、その間に人工真皮だけで治療するのは難しく、感染症などへの高度な対策が必要になる。 提供皮膚を使わない条件下で広範囲のやけどを治療するケースはほとんどなく、結果的に初の事例となった。

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【京アニ放火事件】青葉真司容疑者の壮絶な生い立ち!!オウム真理教と関係が?腹に○○が入って・・・?

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京都市にあるアニメ制作会社、京都アニメーションに恨みを持った男がガソリンをまいて放火し、34人が亡くなった事件で、放火した犯人の名前が「青葉真司」容疑者であることが判明しました。 京アニ従業員の死者は34人 当初の死者数は33人でしたが、その後病院に運ばれた一人が亡くなり、亡くなった人は34人となりました。 死亡原因は、多くらせん階段部分での一酸化炭素中毒が原因となったとみられています。 また、火災を逃れて生存した人にも重症者が含まれており、それらの方々も重篤な状態であることには変わりありません。 らせん階段では28名が一酸化炭素中毒で亡くなりましたが、鉄製の階段も、熱で焼け焦げていたということで、火災の強さを調査中です。 青葉真司容疑者に逮捕状 京都府警は、殺人と現住建造物放火の疑いで、青葉真司容疑者(41)の逮捕状を取りました。 話ができるように回復次第、逮捕となります。 関連記事: 青葉真司容疑者が大阪狭山市の大学病院へ 青葉容疑者は全身熱傷で意識はなく重篤な状態で、20日に入院中の京都市内の病院から、火傷の専門的な治療が行える大阪府内の病院へ転院しました。 病院は、大阪府狭山市の大学病院、救急救命医療センターではないかと言われています。 移送にはドクターヘリのヘリコプターが使われました。 話はまったくできないそうで、府警は「容体が重く、より高度な治療を受けさせる必要があると判断した」と説明しています。 回復次第、事情聴取となりますが、依然容態が危ぶまれる状態です。 京都アニメーションに放火の動機は 青葉容疑者は自身で放火後に建物の外に出て駅まで逃げようとしましたが、そこで倒れて、駆け付けた警察官の問いに動機を答えました。 「小説を盗まれたから放火した」 青葉容疑者が話したのは「小説を盗まれたから放火した」というものでした。 また、青葉容疑者を介助した近隣の人はその際、青葉容疑者が「パクりやがって」といった言葉を聞いています。 ネットでは、「バリサクが動機ではないか」という憶測が出回っていましたが、信ぴょう性は定かではありませんが、いずれにしても「盗まれた」と青葉容疑者が思い、犯行に走ったようです。 「小説を盗まれた」事実は? 「小説を盗まれたから放火した」については、京都アニメーションの八田英明社長は「何を言っているのかわからない」と思い当たらないと述べています。 京アニでは実際に小説のも募集、受賞作を同社の「KAエスマ文庫」で発行したり、アニメ化したりしているということです。 しかし、、実際八田社長は、この公募について、青葉容疑者からの応募はなかったと述べています。 京アニには数年前から、命の危機を感じさせるような脅迫メールが届いており、八田社長は警察や弁護士に相談していましたが、「過去の脅迫メールには、青葉容疑者の名前は書かれていなかった」とも語っています。 一方、ネットにおいては、「バリサク動機説」やネット上に青葉容疑者が書いたとされる書き込みも指摘されています。 普段は茨城や埼玉で住居を転々とし、一時、ハローワークのあっせんで、茨城県常総市のアパートに住んでいましたが、月4万円の家賃は滞納、家主が訪れても応対すらしなかったようです。 隣人とトラブルで警察官も さらに、それから2年には、夜中に目覚まし用のベルが鳴る、壁を叩いたりわめいたりする、ということで、警察が呼ばれましたが、部屋に入ってみると、壁にハンマーで穴が開けられていたそうです。 その他、自分のノートパソコンの画面も叩き割られているほか、ベランダの窓ガラスも割れている、電気は既に止められており、冷蔵庫は開けっ放しで何もなく、部屋は食べ残しで腐敗臭がするという状態でした。 隣人はやむを得ず転居 その後は、さいたま市に移り住みましたが、隣の部屋に音がうるさいといって「うるせえ、殺すぞ、こっちは失うものねえんだ」と言ったそうです。 隣の部屋の住民は、騒音が自分の部屋のものではないと説明しようとしましたが、青葉容疑者は、10分に渡る対面で、上の三つの言葉以外を繰り返し発し、他の言葉は喋らなかったとういうことです。 この隣人は、交番に訴え出て友人宅に泊らざるを得ませんでした。 青葉容疑者に前科あり、訪問介護も 住居は不定、生活保護を受けており、銃刀法違反、20台には下着泥棒などで、逮捕された前歴があり、福祉ヘルパーの訪問介護も受けていたということです。 精神疾患があると記載しているメディアもあり、名前が出るのが遅れたのは、この辺りに理由がありそうです。 また、生活保護の他、家族が家賃を補填していたという情報もあります。 警察は、回復を待って事情聴取をするということですが、現在は、意識がなく話もできない状態なので、待つほかいたしかたありません。 また、火災に遭った京都アニメーションの他の従業員の方々の回復が待たれます。

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京アニ放火殺人「青葉真司」と「パクり小説」の真実は……「アニメ界の巨人」を狙った事件の裏

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京都アニメーション放火事件、吉本興業の芸人2人の謝罪会見と、それを受けての岡本社長の見るも無残な釈明会見、日曜日には戦後2番目の低さの投票率になった参議院選の投開票と、激動の週末であった。 まずは、34人の死者を出した京アニ事件から。 週刊文春によれば、犯人と見られる職業不詳の青葉真司(41)は、事件の数日前には京都のネットカフェに滞在し、事件前日には宇治市にある京アニ本社に向かって歩く姿が防犯カメラに映っていた。 当日は、午前10時ごろ現場近くのスタンドでガソリン40リットルを購入し、京アニの玄関から侵入してガソリンをまいて、火を放った。 自分も大やけどを負った青葉は、犯行後に、「小説を盗んだからやった。 社長を呼べ。 俺の作品をパクりやがったんだ!」と叫んだという。 週刊文春は、青葉の半生をかなり細部にわたって取材している。 実父は元市議会議員の運転手や幼稚園バスの運転手などをしていた。 幼稚園で働いていた女性と結婚して6人の子どもをもうけた。 父親は自分の子供を担当していた幼稚園教諭と不倫関係になり、妻と子どもを捨てて家を出て、再婚する。 その2人の間にできた次男が真司だった。 間もなく2人は離婚し、子どもたちは父親の手で育てられる。 埼玉県の地元の小中学校へ通うが、中学時代は「不登校だった」と元クラスメートが語っている。 1994年に県立浦和高校の定時制に入り、在学中に埼玉県庁の非常勤職員として勤務した。 その後、コンビニなどに職を変えるが、青葉が21歳の時、生活苦から父親が自殺してしまうのだ。 その後、青葉はあらゆる人間関係を遮断する生活を送るようになる。 2006年頃には下着泥棒とみなされて逮捕されるが、執行猶予判決で社会復帰する。 だが、12年6月にコンビニに包丁を持って押し入り、約2万円を奪って逃走するが、逮捕され、懲役3年6か月の実刑判決を受ける。 栃木県さくら市の刑務所に収監されるが、懲罰房内で大暴れしていたと、元刑務所仲間が話している。 刑務官たちからも「危ないヤツ」と"特別扱い"されていたという。 元仲間によると、一つだけ熱心に青葉が取り組んでいたことがあったそうだ。 小説の執筆を消灯前までしていたという。 16年に出所し、現在の埼玉県内のワンルーム賃貸マンション「レオパレス」に住み始めたが、ここでも、ロックを大音量でかけたり、隣人の部屋に突然来て、いきなり胸ぐらをつかみ、「黙れ、殺すぞ、こっちは失うものは何もないんだ」といい放ったそうだ。 そのすぐ後、京都に向かい、事件を起こすのである。 週刊新潮によると、京都府警捜査1課長が会見で、「(青葉に)精神的な疾患があるとの情報を把握している」と述べたそうだ。 精神科医の片田珠美は、青葉の言動から、統合失調症の症状が見て取れるという。 「まず、思考奪取。 "自分の考えが奪われた、盗まれた"と感じてしまう症状で、そのせいで彼は"小説をパクられた"という被害妄想を抱いたのでしょう」 精神鑑定が行われて、もし心神喪失だと認められれば、無罪になる可能性もある。 週刊文春、週刊新潮を読んでも、なぜ埼玉から京都まで行って、京アニを狙ったのかという動機が見えてこない。 小説なら東京にも出版社はいくらでもある。 アニメの会社もあるだろう。 京アニはアニメ界では大変有名だとしても、なぜという疑問は消えない。 京アニの八田英明社長は、京アニは小説を公募し、アニメ化もしているが、「青葉の名前を聞いたことがない。 小説を応募してきたことはない」と囲み取材で話している。 事件が起きた時のテレビ中継で、昨年暮れに京アニが何らかのトラブルを抱えていたとレポーターが話していたのを記憶しているのだが。 何とか青葉から「動機」を聞き出してほしいものだ。 そうでなければ、無念を抱えて亡くなった多くの人たちは浮かばれない。 ご冥福を祈りたい。 「吉本興業騒動」ことの大きさ深刻さわかっていない松本、さんま、紳助たち 次は、吉本興業のお家騒動について。 吉本は明治から100年以上の歴史を持つ芸能事務所である。 その長い歴史を岡本昭彦社長はたった5時間半の会見で木っ端みじんに叩き壊してしまった。 7月18日に行われた宮迫博之と田村亮の謝罪会見で、涙ながらに2人が、岡本から「テープはとっていないだろうな。 辞めてもいいけど、全員クビにしてやる。 俺にはそれぐらいできる力がある」というパワハラを受けたと告白した。 それを受けて、吉本のドンといわれる松本人志が、急きょ大崎洋会長と会い、20日に岡本社長の会見が行われることになった。 だが、岡本は説明らしい説明もできず、「全員クビ」というのは冗談といい出し、宮迫の契約を解除するといっていたのに、突然、解除を取り消すといい出したりと、支離滅裂で場当たり的な言辞を弄するだけに終始した。 会見後、これが芸人6000人を抱え、売り上げ500億円といわれるグループのトップなのかという声が、内外から噴出した。 スポーツニッポの阿部公輔文化社会部長は「自ら火に油を注いだという意味では芸能史上最悪の会見」だと書いた。 ネットでは、松本が大崎会長を守ろうとして動いているとの批判も飛び交い、今週の週刊文春、週刊新潮では、反社との付き合いが問題になって引退した元吉本所属の島田紳助までが登場して、大崎、岡本の弁護をしている。 「これはあくまで俺個人の意見やで。 吉本では、会社と芸人は親子、言うたやろ。 せやから、喧嘩してもぜったいに仲直りできるはずや。 希望的観測かもしれん。 でも、ほとぼりが冷めたら、きちんと吉本から宮迫たちを復帰させてほしい。 (中略)宮迫たちも、髪の毛でも剃って松本についてって、月のギャラ10万でいいから舞台に立つ。 まずは、一から出直すのがええんちゃうか」 そして、松本の頑張りに期待するというのである。 彼には、この問題が芸人と吉本とのコップの中の嵐ではなく、吉本興業という企業体が抱える構造そのものにまで広がっていることが、わかっていないようだ。 大崎会長が週刊新潮のインタビューでもいっていたように、吉本と暴力団との関係は古くて深い。 大崎はそれを排除したといっているが、山口組五代目組長と親しいことを公言していた"怪芸人"中田カウスを今でも厚遇しているように、完全に切れていないのではないかという声もあるようだ。 大崎が700人程度だった芸人を6000人まで増やしたのだが、これほどの芸人たちを面倒見られるほどの体制になっていないと、紳助を含めた多くの吉本の古参芸人たちがいっている。 さらに問題なのは、所属芸人たちと契約書を交わしていないことだ。 <公正取引委員会が24日に吉本とタレントとの間で書面で契約を交わさない点について問題があると指摘した>(朝日新聞7月25日付)のである。 最近、吉本は安倍首相に接近し、政府の教育事業にも参入している。 沖縄の「基地跡地の未来に関する懇談会」に大崎が出席するなど、お笑いだけではない方面へも進出しているのである。 テレビ局への影響力でいえば、ジャニーズ事務所など及ぶところではないこというまでもない。 松本、さんま、紳助たちは、今度の騒動を矮小化しようと懸命なようだが、吉本興業はエンタメ界のモンスターになりつつあるのだ。 そのトップが、どのようなビジョンを持ち、社会貢献していくのかを、国民全体でチェックするのは当然のことである。 岡本社長のような人間でいいわけはない。 大崎会長は早急に会見を開いて説明する責任がある。 山本が勝って枝野が負けた参院選!言うまでもない安倍批判より心に響く明るい経済政策 7月21日の日曜日の午後8時。 NHKを付けて、すぐ消した。 この日、東京は、朝雨が降っていたが、昼前には上がった。 いわゆる選挙日和であった。 昼近くに投票所になっている小学校へ行ったが、割合、若い人の姿が目立った。 これなら投票率が上がるかもしれない。 その期待は見事に裏切られた。 消費税増税、年金、憲法改正と、これほど重大なテーマがありながら、投票率は50%を切り、48. 53%という戦後2番目の低さだった。 日本人は自ら国を変える権利を放棄したといわざるを得ない。 私は、東京選挙区は既成左派政党候補の名前を書いたが、比例は「れいわ」とした。 朝日新聞や毎日新聞は改憲派が3分の2に届かずという点を強調して、憂さを晴らしているが、書くべきは、投票率の低さに象徴される、日本人の政治的な無関心であると思う。 週刊文春は、今回の選挙で、岸田文雄はポスト安倍の候補の座を降り、公明党や国民民主党にまで塩を送った菅官房長官が、一番手に躍り出たと書いている。 立憲民主党も、枝野が野党共闘に後ろ向きだったため、山岸一生や亀石倫子、増原裕子らを落選させてしまった。 安倍自民党も、自公で77議席あった改選前の議席を6議席も減らしている。 その中で、山本太郎率いる「れいわ新選組」が、比例で2議席、得票で政党要件を満たす2%を獲得したのが目立った。 山本の勝因は、「消費税廃止」「奨学金徳政令」など、わかりやすい政策を掲げたことだろう。 枝野のように、安倍政権の悪いところをいくらあげつらっても、有権者の心には届かないのだ。 それより、安倍首相がいった「民主党政権時代の悪夢」というフレーズのほうが、スーッと有権者の中に入っていくのである。 週刊文春によると、山本はマルクス経済学者で反緊縮論者の松尾匡立命館大教授に傾倒していたという。 松尾が書いた「左派・リベラルが勝つための経済政策作戦会議」(青灯社)の中に、「当選を決めるのは経済政策」だと書いている。 4月の京都府知事選で共産党候補が負けはしたが大善戦した。 彼の得票は、20代、30代だけを見ると、当選した候補より勝っていた。 それは、「時給1500円へ、ブラック・ゼロ京都を」「働く人、中小零細企業、大企業がウィンウィンで税収もアップ」という政策を掲げていたからだと見る。 また、沖縄知事選で玉城デニーが圧勝したのも、「経済が拡大することを積極的に訴える政策を掲げ」たからだ。 つまり、当選を決めるのは経済政策、とくに若者たちには、今よりも経済がよくなることを積極的に訴えることが重要だといっているのである。 衆議院解散、総選挙は、週刊新潮で政治部記者が「今年の秋から年末、遅ければ来年の五輪前後が有力視されています」という。 野党が善戦するためには、政権批判、アベノミクス批判などではなく、若者や高齢者たちの心に響く明るく具体的な経済政策を提示できるかが、最大のポイントになるはずである。 (文中敬称略 ).

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