ネット カフェ 難民。 【ネットカフェ難民】ネカフェ貧困女子の生活の実態がヤバすぎる…(画像あり) : NEWSまとめもりー|2chまとめブログ

ネットカフェ難民の日常に迫る――誤魔化し続けた危機感の先にある暮らしの実態

ネット カフェ 難民

の感染拡大による緊急事態宣言でネットカフェが休業対象となり、そこで寝泊まりしていた、いわゆる「ネットカフェ難民」が行き場を失っている。 行政側は宿泊施設を無償提供するなどの支援に乗り出すが、そもそも実態をつかみ切れていない現状も浮かび、関係者は危機感を募らせている。 21日正午、福岡市博多区の美野島公園。 NPO法人「美野島めぐみの家」が週1回開く炊き出しに、約40人の路上生活者(ホームレス)が列を作った。 ネットカフェ難民だという50代男性も並んでいた。 この日のメニューはハムカツやフライドポテトが入った手作り弁当に、菓子パンとバナナ。 男性は「3日間何も食べていない」と、ありがたそうに受け取った。 ネットカフェが軒並み休業した今月中旬以降、男性は市内で路上生活を余儀なくされている。 日中はハローワークで仕事を探し、その後は市内の公園を回って時間をつぶす。 入浴は週に1度、ネットカフェで知り合った知人宅で済ませている。 寝床は雨風が防げる高架橋の下や地下鉄入り口の階段。 「体中が痛いし、寒くてよく眠れない」。 疲れた様子だった。 福岡県内出身で、高校卒業後はブライダル会社で正社員として働いていた。 30歳で離婚して妻、娘2人と別れ、市内のレジャー用品販売会社に転職。 1年しか続かず、その後は原発や建設現場の作業員として全国を転々とした。 2012年ごろから市内で派遣の仕事に就き、その頃からネットカフェで寝泊まりする生活を続けてきた。 月に17万円ほどは稼いでいたが、新型コロナの影響で2月以降は仕事が激減した。 この日、所持金はわずか30円。 「これからどうして生きていけば良いのか」と深いため息をついた。 担当者は「あくまで推計値で実数は不明」。 福岡市も休業要請前に市内の店舗に宿泊客の状況を聞いたが「店側からは『数人程度』との回答だった。 実態はよく分からない」という。 東京都や大阪府、神奈川県はビジネスホテルや民泊のマンションを借り上げて無償・有償で提供したり、公共施設を無料開放したりするなどの支援策に乗り出す。 福岡県も公共施設を1泊1700円で提供。 福岡市は自立支援施設への入居を案内している。 ただ男性は、こうした施設への入居に二の足を踏む。 行政側からを勧められると思うからだ。 「生活保護を申請すれば娘に連絡が行き、ホームレスなのが知られてしまう」。 もし新型コロナに感染すれば重篤化が懸念される糖尿病も抱える。 感染を恐れて人けのない場所でひっそりと過ごしながら、政府の現金給付に望みをつなぐ。 「10万円でアパートを借りて生活を立て直したい。 だんだん気力もなくなってきた。 一刻も早く欲しい」 美野島めぐみの家の瀬戸紀子理事長は「08年のリーマン・ショック時は3カ月後に一気に路上生活者が増えた。 今は少数でも、新型コロナの流行が長引けばかなりの人が路頭に迷うだろう」と危惧している。 (御厨尚陽).

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ネットカフェ難民とは、住所をもてずにカフェを渡り歩く新しいホームレス

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環境が劣悪な無料低額宿泊所に追いやられたり、東京都が行う生活・居住、就労を支援するサポート事業である「東京チャレンジネット」の窓口で排除されてしまったりし、多くの人がコロナ禍の中で路頭に迷ってしまった。 しかし、支援団体の熱心な働きかけや、メディアが盛んに報じたことで東京都は用意したビジネスホテルへの宿泊へと誘導をはじめてひと安心したはずだったのだが……。 緊急事態宣言が解かれ、世の中が少しずつ動き始める中、今度は新宿区で、そのビジネスホテルに緊急避難するネットカフェ難民の人たちを「追い出す」という事件が起こってしまった。 突然、利用者を追い出した新宿区 事件が発覚したのは5月末。 29日の夕方、新宿区の福祉事務所がビジネスホテルに泊まる人たちに、 「ホテル利用は令和2年5月31日(チェックアウト6月1日朝)までとなります」 という通知をいきなり出したのだ。 一体、何が起こったのだろう? この件に詳しい東京・中野区の医師で、生活困窮者の支援活動をする谷川智行さんに話を伺った。 「 新宿区では当初、ビジネスホテルに172人が宿泊していたんですが、5月29日金曜日の夕方に宿泊者に手紙を配り、土日は休みで相談も受け付けないまま6月1日朝にはチェックアウトしてくださいとして、利用者を追い出したんです。 新宿区の区議会議員らにも、何も知らされていなかったと聞きます。 でも、実際にはその時点でのビジネスホテルの利用期限は6月7日まで延長されていました。 東京都は非常事態宣言解除後もネットカフェへ営業停止要請を続けているために延長を決め、当然、新宿区にもその通達を出していたんです」 新宿区は東京都の通達を無視してまで、ウソをついてネットカフェ難民の人たちを、緊急避難先であるビジネスホテルから追い出したのだ。 一体なんのために? 「 新宿区の担当課長の説明によると、『そのほうが、窓口に相談に来てくれるから』というものです。 真顔で言っていて、悪気がないのがかえって厄介なんですが、172人のうち、事前に生活保護などが決まっていた以外の、98人もの人をホテルから追い出したんです。 新宿区はそのうちの87人がどこへ行ったのか知らないと言いました。 困窮して家がなく、ネットカフェに寝泊まりする中で緊急事態宣言となり、やっと役所とつながって支援が始まったのに追い出すとは、あまりに無責任すぎます。 著者も同行させてもらったのだが、これがまた呆れる展開だった。 新宿区役所には新聞記者らが大勢集まっていて事態の深刻さを感じさせたが、のんびりとした口調で、新宿区福祉事務所の部長がまずは語った説明はこうだ。 「私どもが東京都からいたいた通知でございますが、こちらの方、一律にどなたでも(宿泊)延長ということではなく、真に今後の行き場所がない、生活が困ってる方に対して、住居の確保に代えてビジネスホテルの提供をという通知だったと受け止めてございます。 こちらの趣旨を踏まえまして、私どもといたしましては、出て行くことが趣旨ではなく、一度この機会にぜひ私どものところにご相談にいらしていただきたいということを打ち出すために(チェックアウトの通知を)お配りをさせていただいたということですが、みなさまから多々ご意見をいただきましたところ、少しご案内につきまして説明が至らない点がありましたと深く反省をしているところです」 言葉は丁寧だが、自分たちのしたことはあくまでも「説明不足」であり、決して「追い出そうとした」わけではないと言い逃れをしているように聞こえた。 第一、家がなく、真に生活に困っているからこそ、緊急避難的にビジネスホテルに泊まっていたのだ。 何をかいわんや、だ。 しかも、この説明、ウソだとすぐに判明してしまう。 谷川さんや小林さんらがこの日の朝、ビジネスホテルを追い出された2人の方からSOSを受け、新宿区の福祉事務所に同行していた。 SOSを発信した2人は29日に新宿区の福祉事務所の窓口に行って 「ホテルにもう少し泊まりたい」と相談をするも、 「新宿区では6月1日のチェックアウトで出ていただかないと困ります」と断られて追い返され、1日からこの8日までさまよっていたという。 「その方たちは、朝から何もめしあがってないということで、相談に入るまでにおにぎりとパンとコーヒーを食べてもらいました。 炊き出しから炊き出しに渡り歩いてなんとか飢えをしのいだとおっしゃっていて、満足に食事もできていませんでした」(小林さん) 本来なら7日まで、いや、その後さらに東京都はネットカフェに営業停止を要請したため、6月30日まで宿泊期限を延長していて、まだホテルに滞在して今後の生活再建に向けて歩みだしていけるはずだった人たちが放り出され、飢えに必死に耐えていたことになる。 しかし、これに対して、今度は福祉課の課長が説明したのは、 「食事にお困りになるような状況であれば、(新宿区では)5月中に74名の方を生活保護につなげてもおりますので、そういった方はご相談いただいた時点で必ず生活保護申請におつなぎして、ホテルの方を含めてその後の支援をしております」という、いや、だから、それをしてなかったのが問題だって言ってるのに、取りつく島もない回答だ。 さらにまた、部長も 「私どもの説明が足りなかったんじゃないか」を繰り返す。 たまりかねて稲葉さんが 「172人もの人が新宿区に来て、うちだけが大変だ、早く手放したかった、そういう雑な判断をしたんじゃないですか?」と問うと、 「いえ、そういう思いではなく、東京都の通知を踏まえて、困ってる方には延長をしますということで」と課長は同じ言葉を繰り返す。 話は同じところを行ったり来たりだ。 なんで、新宿区だけがそんなことをしたのか、理由がわからない。 そもそもほかの区では自動的に宿泊延長をしていて、新宿区だけが独自の判断で「困ってる方は延長」などと言って全員を追い出していた。 それでも課長は何度も何度も、 「6月1日にチェックアウトしていただいて、生活にお困りの方には相談に来ていただきたい。 そういった方を把握して、次の支援につなげたいということでご案内していました」 と、繰り返す。 いや、だから、相談に行った人を追い返しているのにって何度も言ってるでしょう!と叫びたくなった。 手をいったん握り、振り払った 谷川さんが 「都議 から聞いていますよ。 東京都から説得されたでしょう? 新宿区はそういう独自の判断をしちゃだめですよ、事業 の趣旨と違いますよと説得されているでしょう?」と強く問うと、課長は 「(東京都から)一律の延長をしたらどうですか、全員(ホテル宿泊延長を)使うことはできますよ、と言われましたけど」とポロッと本当のことを言ってしまったものの、「言い訳ばかりしてごめんなさい」とは一度も言わなかったし、その後にはまた「説明が足りなかった」だけと、部長と並んで顔色ひとつ変えずに言い続けるのだ。 稲葉さんは言う。 「ネットカフェにいらっしゃる方は、私たち民間の支援団体もこれまでアプローチがしにくかったんですね。 路上の人なら夜回りや炊き出しでコミュニケーションとれるのはあるけど、ネットカフェの方々はさまざまなご事情があってSOSを出しづらい方が多いんですよ。 それが緊急事態でネットカフェが閉鎖になって、どうしようもなくなって、みなさんSOSを出されたんです。 それだけ困ってるんです。 その、やっとの思いでSOSを出された、困ってる人の助けを求めた手をいったん握って、振り払ったわけです。 新宿区がやったことは。 その、振り払われた人の絶望感を考えてみてくださいよ」 本当だ。 この会合の2日前の土曜日、私は西新宿で行われていた『新宿ごはんプラス』という困窮者支援の食べ物配布と医療の相談会に、谷川先生に誘われて行っていた。 その日は177人が並んで、緊急の食料支援を受けていたが、もらった人たちの一部は相当にお腹が空いているのだろう、近くに座り込んでお弁当などをさっそく食べていた。 人間らしい暮らしが否定される その中でひとり、40代ぐらいの女性が石段に腰を掛け、遠くを見るようにしてバナナを食べていた。 食べ終わり、ビニール袋に皮を放り込む、ひとつ、ふたつ、みっつ。 バナナをいっぺんに3本食べていたことに驚いた。 どれだけお腹が空いていたんだろう。 彼女はその次にパンを取り出し、しばらく見つめ、でも、置いて、また遠くを見た。 その目は何も見てないようで、うつろで、彼女の貧しさと虚しさ、そして孤独に涙が出てしまった。 正直、私の生活も相当に苦しく貧乏だ。 でも声を掛けて心配してくれ、食べ物を送ってくれたりする友人がいる。 貧困と貧乏は違うと思う。 貧困は壮絶に悲しい。 何度も同じ言い訳を一本調子の声で言い続けていた新宿の課長さんや部長さんは長く福祉の部署にいて、そういう悲しみが見えなくなってしまったのだろうか? その彼女がネットカフェにいた人なのかどうかはわからない。 でも、バナナ3本を一気に食べるような空腹に思いを寄せてほしい。 その絶望の深さを覗いてみてほしいと願う。 新宿区はこの抗議の申し入れに対し、翌日すぐに謝罪文を吉住健一区長の名前で発表した。 区はすでにホテルから追い出してしまった人たちのうち、連絡先が分かる人たちには案内をしてるようだが、そうでない人たちも新宿区に連絡をすれば、ホテル延長や、追い出してしまった分のホテル代の補助などを受けられるとしている。 ひとつ心配になるのは、こうした援助の話があると「私だって大変だ。 そんなのはずるい」という声が高まることだ。 小林さんは言う。 「みんなを引きずり落とすのではなく、みんなで助かりましょうよ。 がんばりの限度を引き上げるのではなく、キィ~となるほど自分もつらいなら、みんなが福祉の相談をするようにしてほしい。 日本はこれだけの人口がこれだけの税金を払っていても、命に係わることにお金が使われない。 人間らしい暮らしが否定される。 それに、これから先、感染拡大がまたおこり、第二波、第三波が来ることが予想されています。 そのときにまたネットカフェに人があふれていたら、たいへんなことになる。 今、この人たちを助け、生活保護で生活が再建されたら、町の力になるんです」 【追記】6月13日土曜日、都庁下の道路で過去6年間続けられてきた『新宿ごはんプラス 』が、突然に追い出しを食らう事態が発生したそうだ。 大雨もあって屋根のある都庁下に 並んでいた生活困窮者の方100名あまりを、敷地から出ろ、道路に並べと都庁職員が 迫った。 主催者の機転で、並ぶのではなく間隔を開けて「雨宿り」をしてる体にしても らったそうだが、本来なら東京都が自ら助けるべき人たち。 コロナ禍で仕事を失いお金 がなく、食べるものを求めて並ぶ人が急増している中、NPO法人が都に代わって必死に 命をつなぐために手を伸ばしているのに、今このときになって急になぜそんな酷いこと をするのか、まったく解せない。 東京都には早急な謝罪と許可を求めたい。 東京都は一 人一人の命を大切にしてほしい。 なお、新宿区への問い合わせは以下のページまで。 city. shinjuku. html <取材・文/和田靜香>.

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社会問題にもなっており、都内で約4000人ほど存在するというが、僕もかつてそのうちのひとりだった。 ネットカフェ難民になる前は都内の二階建て一軒家を改装したシェアハウスに住み、それなりにまともな生活を送っていた。 フリーライターとしてそこそこの収入は得られていたのである。 たまの贅沢で銀座の回らない寿司を食べられるくらいの経済的余裕もあった。 が、そんな生活もすぐに転落していくことになった。 サイトでさまざまな商品を紹介する文章を僕が書き、クライアントはそれによって広告収入を得る。 たとえば、育毛剤の紹介では「薄毛を放置すると大変なことになる!」と極度に不安を煽るようなことを書き、「でもこれを使えばもう安心!」と自分では一度も触れたことすらない育毛剤をゴリ押しする。 そこそこ良い原稿料をもらっており、そのクライアントは僕のメインの収入源になっていた。 が、心は詐欺の片棒を担いでいるかのような罪悪感と惨めさに打ちひしがれていた。 そして、そんな心の中で二つの人格がいつも喧嘩を繰り広げていた。 「こんなくだらない文章を書くのはもうやめろよ。 こんなことを書くためにライターをやっているわけじゃないだろ!」 「こんな仕事でも受けていかなきゃ食べていけないんだよ。 子どもじゃないんだからそれくらいわかれよ!」 「そんなこと言ったって嫌なものは嫌なんだよ!」 「じゃあ、どうすればいいんだよ。 この仕事を断って野垂れ死ねってのか?」 本当におかしくなってしまいそうだった。 が、クライアントは僕のそんな心情など知る由もなく、立て続けにこの類の案件ばかり発注してくる。 同じくフリーライターをしている知人に会ったときに相談した。 「もうこんなのはやってられない……」 自分の苦しい胸中を打ち明けた。 慰めの言葉がほしいだけだった。 が、その知人から返ってきた言葉は僕を冷たく突き放すものだった。 「自分の書きたいことではなく、書けと言われたことを書くのがプロのライターだ。 それを嫌だというのはプロ失格だよ」 やっぱりそうなのか……。 心をさらに沈ませてシェアハウスの四畳半の部屋に帰り、ベッドに寝転がった。 しばらくして部屋の襖がドンドンと雑にノックされた。 「おい、いるんだろ? リビングでいっしょに飲もうよ」 同じシェアハウスの住人からの飲みの誘い。 このシェアハウスではほとんど毎晩のように共同のリビングで飲み会が開かれていた。 しかし、そのときの僕はとても飲んで騒ぐような気分ではなかった。 「おーい」 襖がしつこくノックされる。 僕は息を潜めて居留守を使った。 やがて襖の向こう側から住人の気配は消えた。 そもそも僕はどうしてライターの仕事を始めたんだろう……。 過去に遡って考えてみた。 今ではもう廃刊になってしまったのだが、はじめて記事を書いた雑誌はかなり書き手の自由に書かせてくれるところだった。 そこで自分の思いの丈を文章で表現することが楽しかった。 ただそれだけだった。 リビングから住人たちの笑い声が聞こえる。 開放した窓からは春の夕暮れの爽やかな風が吹き込み、窓枠に吊るした風鈴をチリンと小さく鳴らした。 しかし、それはライターの仕事ではなく、小説の原稿だった。 あれからじっくりと考え、僕はプロのライターであろうとすることをやめた。 意に沿わない仕事はすべて断ることにしたのである。 そしてその結果として、ライターの仕事はほとんどゼロになっていた。 小説は何年も昔からずっと書いていた。 小説を書くことは僕にとって聖域だった。 そこでは自分のありのままの感情をストーリーに乗せて表現することができた。 それまでは片手間に少し書く程度でしかなかったのだが、ライターの仕事がなくなって時間があり余るようになり、ひたすら小説ばかり書き続けるようになった。 「ふう……」 文章が一区切りついたところでノートパソコンを閉じた。 カップにわずかに残っているぬるくなったコーヒーをごくりと飲み干す。 体にじわりと広がっていく心地よい疲労感と充実感。 久しぶりに味わう感覚だった。 時刻は午後10時をまわっていた。 着替えの衣類や日用品などの入ったリュックを背負って店を出た。 そして向かった先はシェアハウスではなく、ネットカフェである。 シェアハウスは家賃を払い続けることが厳しくなってすでに引き払っていた。 僕にはもはやネットカフェに泊まってその日暮らしをするだけのお金しか残されていなかった。 ネットカフェのフロントでいかにもやる気のなさそうな店員に会員証を提示する。 「ご利用時間は?」 「8時間のナイトパックで」 ほとんどのネットカフェでお得な8時間のナイトパックが設けられており、料金はシャワー代込みでだいたい2000円前後だった。 仕切り板と扉で個室になったフラット席にリュックを下ろすと、着替えの服やタオルなどをもってすぐにシャワールームに向かった。 そこで体をきれいに洗い、ドリンクバーのお茶と本棚の漫画を1冊手に取って席に戻る。 お茶を飲みながら漫画をパラパラと少しだけ読み、すぐにマットに横になった。 ナイトパックの8時間はダラダラと漫画を読むのではなく、できる限り睡眠に充ててしっかりと体を休めたかった。 しかし、隣の個室からのいびきがうるさく、すぐには眠れそうになかった。 スペースもあまり広くないので体を真っ直ぐに伸ばすこともできない。 仰向けで膝を少し折り曲げ、天井の剥き出しになったダクトをぼんやりと見つめた。 書きたくないことを書くのをやめ、書きたいことだけを書くことを選んだ。 その代償はそれなりに大きかった。 もしかしたらこの先、さらに落ちた生活を送ることになるかもしれないが……。 「でも、それでいいんだろ?」 「うん、それでいいよ」 明日すら見えない不安な日々。 それでも、心の中で二つの人格が喧嘩をすることはもうなくなっていた。 「ぶひッ……ぶひッ……」 隣の個室の客が豚の呻きのような声をあげ、いびきが止んだ。 ようやく静けさの訪れた店内で僕はそっと目を閉じた。 <文/小林ていじ>.

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