羽生善治 名言。 羽生善治の名言・格言(棋士の言葉)

羽生善治の名言

羽生善治 名言

Yoshiharu Habu 羽生善治 日本の将棋棋士、十九世名人(襲位は引退後)。 1996年2月に将棋界で初の7タイトル独占を達成。 2012年7月には十五世名人・大山康晴の通算タイトル獲得期数80期の記録を抜いた。 全7タイトル戦のうち竜王戦を除く6つでの永世称号に加え、名誉NHK杯選手権者の称号を含め、史上初となる7つの永世称号を保持している。 十六世名人の中原誠は、羽生善治を「オールラウンドプレーヤーで欠点がない。 歴史上初の棋士」と評した。 報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。 羽生善治の名言 同じ方法で悪くなる。 だから捨てなきゃいけない。 せっかく長年築きあげてきたものでも変えていかなくてはならない。 羽生善治の名言 「自分の得意な形に逃げない」ということを心がけている。 羽生善治の名言 追い詰められた場所にこそ、大きな飛躍があるのだ。 羽生善治の名言 毎回石橋を叩いていたら 勢いも流れも絶対つかめない。 羽生善治の名言 勝負に一番影響するのは「怒」の感情だ。 羽生善治の名言 リスクを避けていては、その対戦に勝ったとしてもいい将棋は残すことはできない。 次のステップにもならない。 それこそ、私にとっては大いなるリスクである。 いい結果は生まれない。 私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。 羽生善治の名言 一人で考えるか、それとも何人かの人が集まって知恵を出し合うか、どちらがより有効かは、非常に面白いテーマだ。 私は、基本的には一人で考えなくてはいけないと思っている。 羽生善治の名言 勝つのは一点差でいい。 五点も十点も大差をつけて勝つ必要はない。 常にギリギリの勝ちを目ざしているほうが、むしろ確実性が高くなる。 羽生善治の名言 「いかに戦うか」は大局観にかかわるが、その具体的な戦略は事前研究が決め手になる。 事前にしっかり準備して万全の態勢で、対局に臨んでくる人は強い。 羽生善治の名言 ビジネスや会社経営でも同じでしょうが、一回でも実践してみると、頭の中だけで考えていたことの何倍もの「学び」がある。 羽生善治の名言 終わったものはくよくよ考えても仕方ないから。 羽生善治の名言 楽観はしない。 ましてや悲観もしない。 ひたすら平常心で。 羽生善治の名言 もちろん勝負に勝つというのも大事なんですけど、そのためにいつも決まり形でやっていたら、そのことで将棋をやっている意味があるのかということに、どうしてもぶつかってしまうんです。 誰もがやっている決まりきった道筋で振りきってしまうと、結局、人の来た道をただ辿ってるだけということになります。 羽生善治の名言 いろいろ考えられる選択肢の中から、「この一手」を選ぶのは自分しかいないわけです。 羽生善治の名言 意表を突かれることに驚いてはいけない。 羽生善治の名言 何事であれ、最終的には自分で考える覚悟がないと、情報の山に埋もれるだけである。 羽生善治の名言 決まり切った局面で長考して時間を使って疲れるより、勝負どころの場面で、深い集中力を発揮できることが大切。 羽生善治の名言 人間には二通りあると思っている。 不利な状況を喜べる人間と、喜べない人間だ。 羽生善治の名言 人生の中で目指しているものがはっきりしている人はいくつになってもエネルギーがある。 羽生善治の名言 相手は敵であると同時に作品の共同制作者であり自分の個性を引き出してくれる人ともいえる。 羽生善治の名言 ただ一局一局を大切に、そこにだけ集中して指してきた。 羽生善治の名言 長い時間考えた手がうまくいくケースは非常に少ない。 羽生善治の名言 相手のことを知るよりも、自分自身が強くなればそれで済む世界だし、それを目指した方が本筋というか、王道という気がする。 羽生善治の名言 次ページへ続きます。

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『羽生善治の伝説』天才将棋名人のすごさとは?学歴や面白エピソードまとめ

羽生善治 名言

私は格言・名言の類を調べるのが結構好きなんですけど、今日もその話。 三流は人の話を聞かない。 二流は人の話を聞く。 一流は人の話を聞いて実行する。 超一流は人の話を聞いて工夫する。 という羽生名人の名言がある。 ツイッターにいると、四流の存在に気づくことができる。 四流は人の話を聞いても理解することができなくて怒る。 — zapa zapa 四流云々の話にはあんまり興味なくて、今日のお題はこの「羽生名人の名言」とされるものについてです。 試みにこの「名言」を調べてみると、確かに羽生善治の名言として引っかかります。 三流は人の話を聞かない。 二流は人の話を聞く。 一流は人の話を聞いて実行する。 超一流は人の話を聞いて工夫する ~ 羽生善治 一時、七冠を達成した将棋界最強の棋士の言葉。 棋界の羽生善治さんが言ったとって的を得た言葉があります。 三流は人の話を聞かない 二流は人の話を聞く 一流は人の話を聞いて実行する 超一流は人の話を聞いて工夫する 変わり種では、2017年8月29日のFujiSankei Business iでも、「将棋棋士の羽生善治氏」の言葉として紹介されていました。 ところが、ネット上のこの名言には特にソースが示されておらず、いったい羽生善治がどの媒体で発言したものなのかがわかりません。 そうすると、そもそもこの名言を羽生善治が言ったのかどうかが疑わしくなってきます。 ということで、今回は久しぶりにこの名言ほんまかいなの回です。 *** 発端は2010年のビジネス本 さて、ネットを検索してみると、どうも2010年以前にはこの名言が引っかからなくなり、代わりにこんなサイトが引っかかります。 ・三流の人は、人の話を聞かない。 二流の人は、人の話を聞く。 一流の人は、人の話を聞いて実行する。 超一流の人は、人の話を聞いて工夫する。 棋士、羽生喜治名人の言葉 2010年2月に発売されたビジネス書にどうも、羽生善治の言葉として掲載されているようですので、早速そちらを読んでみます。 こちらの本は、43歳にして野村證券の取締役大阪支店長に抜擢された、津田晃という人が、「備忘」という体で「大学ノートにメモ」したことを、書籍の形にしたもののようです。 その中の「超一流のプロ社員はどんな人?」という項の冒頭に、羽生善治の言葉として載せられています。 三流の人は、人の話を聞かない。 二流の人は、人の話を聞く。 一流の人は、人の話を聞いて実行する。 超一流の人は、人の話を聞いて工夫する。 これは、将棋界で七冠を取った棋士、羽生善治名人の言葉です。 前掲書 P163 なるほど、今出回っているものと寸分違わず一緒ですね。 ところがこちらの本には、この言葉が何の引用かの記述はありません。 これ以前に検索に引っかからないところを見ると、この本が現在ネット上に出回っている「羽生善治の名言」の出所元であることは間違いないでしょう。 羽生善治は本当に発言しているか しかしこれでは、羽生善治が本当にこの名言を言っていたのかどうかが判別できません。 また、「だからこれは津田某の創作だ!」と断罪してしまうのも早計です。 手っ取り早いのは(時間はかかりますが)、羽生善治の過去の発言を浚うことです。 そこで、2010年2月以前に発売された、羽生善治が直接執筆に関わったもの、もしくは羽生善治が対談などで発言している書籍を中心に調べてみました。 まあ、ずいぶん読んだ割には残念なことに、どこにも「超一流は~」のくだりはありませんでした。 というか、羽生善治が「一流とは云々」みたいな話し方をすること自体が見当たりません。 また、放映された番組についても、見られそうなものは見ましたが、こちらもその手の発言はありませんでした。 とはいっても、羽生善治関連の書籍はかなり膨大で、国会図書館のサーチと見比べてみても、いくつか抜け落ちている対談やインタビューのものがあります。 また、今回は将棋世界などの雑誌関係にまで手を伸ばせなかったので、そちらに記載がある可能性は残ります。 手に入れば追記はしますが、しかしながら満遍なく各時代の羽生善治関連の書籍を読んだのですが、ひとつも出てこないのはやっぱり不自然ではある気がします。 状況証拠から推理する うーん、ここで終わってしまっては大変くやしいので、実際に記載されている羽生の言葉から、本当に羽生善治が言いそうかどうか、というところ推理してみようかと思います。 「超一流」を、たとえば「天才」と捉えるとすると、このことについては、いくつかの書籍に言及があります。 よくプロ棋士はみな天才であると言われますが、私が天才だと感じる棋士はやはり将棋に対して勝負を超越した高い芸術性を追求している人で、その典型が谷川浩司九段です。 (中略)ただ勝つだけでなく 美しい棋譜が残るように指したいというこだわりを捨てない強さだと思います。 『先を読む頭脳』P152 上記の書籍の中では同様な「天才」にチェスのフィッシャーを挙げていて、 絵画や音楽などの芸術と同様に 理屈では説明できない世界で、一目見て「凄い」と感じる美しさがあるのです。 前掲書 P153 と説明しています。 他にも、「天才の定義」の方法を聞かれ、 持って生まれた特別な能力がある人が天才というわけではないと思います。 (中略)一人の人間の上に、そうしたさまざまな要素が折り重なり、音楽のシンフォニーのように うまく合致した時に、極めて高い発見をしたり、目覚しい能力を発揮するのではないか、という気がしています。 『勝ち続ける力』 P108 と答えています。 羽生善治の中で、「天才」とは、どこか自己を超えた存在である、というような捉え方をしているように思えます。 それが、彼の言う「美しさ」につながるのではないでしょうか。 ちょっとそこには、ビジネス的な「超一流」のにおいは感じられません。 また、「才能」については、「継続」を大切にしており、 しかし今は、十年とか二十年、三十年を同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。 『決断力』P170 と述べています。 これは不断の努力というやつで、教えを乞う話ではありません。 今度は、人から学んだり聞いたりする、という点についてです。 それでも知識は、自分の力ではないのです。 頭で覚えた記録や他の人の実績は、 自分の立場でやってみて体感し、理解しなければ力を持たない。 知識を知恵にするまでのその差は本当に大きいのですが、その距離を埋めていけるかどうか、実行できるかどうか。 分かれ目は明確です。 『仕事力』P69 聞いたことを実行する、というように捉えれば、上記の記述は、「一流は人の話を聞いて実行する」と似ていないくもありません。 「知識を知恵にする」というのを「工夫」と考えれば、「超一流」とすることもできるかもしれません。 同じようなことは他の著書でも述べています。 ビジネスや会社経営でも同じだろうが、一回でも実践してみると、頭の中だけで考えていたことの何倍もの「学び」がある。 理解度が深まることで、頭の中が整理され、アイデアが浮かびやすくなる。 新しい道も開けてくるだろう。 『決断力』P140 ただ、羽生自体は、学び方については以下のように考えています。 将棋界では師匠は弟子に直接教えないのが、長年の慣習となっていました。 ところが最近ではあまり進展がない場合に、師匠が教えることも少なくないようです。 (中略)また、何かを理解したいときに、人から教わることは大切です。 しかし、 聞く側にもそれなりの姿勢は大切でしょう。 まず自分の頭で考えて、あらかじめ質問する内容を調べておくことが、当然のマナーだと思います。 (中略)要するに、自分が成長したいのか、それとも楽をしたいのか、どのような姿勢で教わるかが大切なポイントだと言えるでしょう。 『人間力』 P138-139 教えないのが師匠の努めだということです。 基本的に自分の力で強くなりなさいと。 将棋は誰かに教わって強くなるものじゃないんですよね。 『簡単に、単純に考える』P107 将棋の場合は特にそうだが、どの世界でも、教える行為に対して、教えられる側の依存度が高くなってしまうと問題である。 将棋は、 自分で考え、自分で指し手を決めていくものだ。 誰かに教わってそれをそのまま真似たり、参考にしてやっていくことが習慣化してしまうと、局面を考える力は育たなくなってしまう。 『決断力』P177 ただ「聞く」だけの「二流」にはなるなというように読み取ることもできますが、 私は「超一流~」のくだりとは結果が逆転しているとも感じました。 「自分で考える」ために人に聞くのであり、「聞いて工夫する」というのは、羽生の言う、依存度が高い姿勢のようにも思えてしまいます。 しかしまあ、ここらへんのニュアンスは微妙なとこですね。 なので、羽生善治の本を通して読んだ感じからは、内容としては羽生自身が言ってもそこまでおかしくはない、という印象です。 ただ、羽生善治ならば、「超一流は~」みたいな言い方はしないだろう、という気はします。 先に挙げた津田の著書の言葉は、津田自身が適当に要約した、というような可能性もあります。 一流・二流・三流の技法 ビジネス界隈において、この「三流は〇〇、二流は〇〇、一流は〇〇」みたいな話し方は鉄板みたいで、検索するといっぱい出てきます。 金を残すのは三流、名を残すのは二流、人を残すのは一流 三流は無視し、二流は称賛し、一流は批難する 三流は、作業を与え、 二流は、自由を与え、 一流は、責任を与える 実は、今回の「人の話を聞かない」くだりに似ている格言めいたものもあります。 電通の「鬼十則」と呼ばれるルールを作った吉田秀雄を紹介する本の中に、こんな記述がありました。 (1)一流・・・言われなくても実行する人 (2)二流・・・言われて初めてやりだす人 (3)三流・・・いくら言われてもやらない人 『電通「鬼十則」』植田正也(PHP文庫)P64 ややこしいんですが、上記は吉田が作ったわけではなく、吉田の「鬼十則」を紹介する中で、植田が挙げている格言めいたものです(根拠については不明)。 でもちょっと、今回の話と似てません? もっと遡ると、1907年の『工芸の人』という本の中に、文選工の一流・二流・三流を並列して紹介している部分があります。 すんごく簡単にまとめると、 文選工の第一流・・・上達が早い天才 文選工の第二流・・・活字の拾い出しに時間がかかる 文選工の第三流・・・時間がかかっても一流・二流に追いつけない より みたいな感じです。 また、「超一流」という語についても、国会図書館的には1928年からその用法が見られ、主に金融やビジネス用語的な用法が多いかなと思われます。 何が言いたいかというと、ビジネス的に「一流・二流・三流」を並べる格言手法は、結構昔からあるということです。 そして、似たようなことを考える人はいる、ということです。 もともと誰が考えたのか それを踏まえまして、「超一流は~」の格言は、羽生が言ったのか、それとも津田の思い違いなのか。 ひとつ気になる写真があります。 より これは、鈴鹿高校の校長が、 2010年2月16日に掲載した写真です。 三重県内の学校に行った時に、「子どもたちに教えるのにわかりやすい表現」だとして、掲載しました。 写真の文字を書き出します。 三流とは人の話が聞けない人のこと 二流とはいい話を聞いても実践しない人のこと 一流とはいい話を聞いて実践する人のこと 超一流とはいい話を聞いて実践し、自分から工夫する人のこと うーん、今回の話にそっくりです。 記事の日付は2010年2月16日。 津田の著書の発行(2010年2月1日)の後ですので、それを見てその三重県内の学校の職員が書き写した、という可能性はあります。 ただ気になることが3つあり、1つ目は文言がかなり変わっていること、2つ目はもし羽生善治の言葉であれば記事内で言及するのではないかということ、そして3つ目は、写真をよく見るとわかるのですが、壁に貼ってあるテープの経年劣化ぐあいが、はたして2週間かそこらで起こるようなものなのか、という点です。 つまり、この学校の「超一流」の格言は、津田の著書の発行前から貼られていたのではないか、という可能性です。 もしそれが本当なら、2010年2月よりも前に、この「超一流」の格言が存在していることになります。 果たしてそれは羽生善治の言葉だったのか、それとも全く関係ない人物なのか。 残念ながら、調べられたのはここまでです。 しかし、個人的な推測が許されるならば、前項で指摘したように、「一流・二流・三流」パターンの格言は昔から存在しており、様々なバージョンがあります。 私が読んだ羽生関連の本の中に全くといっていいほどこの文言のかけらも出てこなかったことを考えると、この格言を羽生善治のものとするのは難しいのではないか、と思います。 とはいっても、羽生善治すべての対談、インタビュー、記録を読み解くことはかなり困難であり、現段階としては疑わしいレベルに留まります。 羽生さんの奥さんはツイッターをやってるそうなので、誰か聞いてみてください。 さて、こんな風にして私は時々、絨毯爆撃的に資料を読み漁ることがあります。 私自身は宝探しみたいなこの作業が好きなので、あまり苦にはなりませんが、時間がかかることは事実です。 ぜひグーグルあたりに、世界中の全書籍をテキスト化してほしいです。 目指せ新しいグーテンベルク。 : 私がだらだら調べている間に、後述するように、津田晃の著書の引用ではないか、というようなお話が出ておりますので、そちらのリンクも載せておくのがフェアかなと思います。 ご参考までに。 : 調べたものは以下の43冊。 棋譜や将棋の技術書などの明らかな将棋指南書は除きました。 1989 1989 1990 1990 1993年12月号 1994 1995 1995 1995 1996 1996 1996 1996 1996 1996 1997 1997 1998 1999 2000 2001(これ、期待したんですが見事に将棋自体の格言集でした) 2001 2002 2002 2002 2003 2003(読んでみたら、見事に対局の話ばかりでした) 2005 2006 2006(2009) 2006 2006 2006 2006 2007 2007 2009 2009 2009 (これは船井が「超意識」とか超能力とか語りだすなかなかスピリチュアルな感じでおいおい大丈夫かという対談でした) 2009 2010 2010(これは5月の出版なのでホントは違うんですけど、読んだので…。 fMRIで棋士の脳を見たりとか、羽生さんの講演が面白いです。 ) 2010(これも3月のものなので違うんですが。 白石さんとの対談ですが、盤上を航路と捉えるくだりが面白いです。 しかしいかんせん、古いものが多くて見られるわけもなく… 一応、見られなかったものについては、見た方のブログ記事などを参考においておきます。 いずれにせよ、どの番組の感想にも「超一流~」のくだりはありませんでした。 もし見た方がいればどうぞ教えてください。 ちゃんと調べてないのであれですが : : 国会図書館のデジタルコレクションで「超一流」で検索するといろいろひっかかります。 : 特に、面白い本のときはついつい読んでしまうので、つまらない本の方がありがたいです。 羽生さんの本は面白いものが多いので、逆に時間がかかってしまいました : 英語圏の方は結構がんばっているように思います。 調べると、19世紀の本まで引っかかるし。 ibenzo.

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羽生善治さんの「才能」や「努力」についての言葉が名言だと話題に!

羽生善治 名言

将棋には、あまり面白いとは思わないという方でも、一度くらいは「羽生善治」という人物の名前を耳にしたことくらいはあるのではないだろうか?将棋の世界においては、圧倒的な実力をもち、将棋に限らずその天才ぶりには、驚かされるエピソードばかりです。 天才という面ばかりが、目立つ羽生喜治ですが、面白い人だなと思える一面があったり、大局中の面白い顔が話題となっていたり、親しみのもてる人物です。 また、将棋だけにとどまらず、英語やチェスにも才能を発揮し、羽生善治伝説のエピソードは多岐にわたるといえます。 数々の伝説を残し、天才の名を欲しいままにしている「羽生善治」だが、彼のすごさを、面白い一面とともにあますところなく伝えていきたいと思います。 羽生名人は、史上3人目となる中学生プロ棋士の偉業を達成しています。 この時点で、うすうすと感づかれている方もいるとは思いますが、羽生善治名人は東大卒のような華々しい学歴はなく、中学生の時点でプロとなっていますので、大学には進学してすらいません。 普通高校に進学しているようですが、出席日数などの関係から、定時制の高校に編入しているようです。 私たちが義務教育を受けているときには、プロですから、彼の人生には学歴は必要はなかったのです。 後でふれていきますが、羽生善治は今では流暢に英語を話すことができるようになっています。 中学校・高校と学校で英語に触れているとは思いますが、他の学生にくらべると英語と向きあう時間は少なかったといえます。 それを考えると、学力においてもポテンシャルの高さが伺えます。 羽生名人には、娘が2人いらっしゃいます。 早くからプロとして活動している羽生さん本人は高学歴ではありませんが、羽生さんが学業に専念していたら、恐らく高学歴だあっただろうと思われます。 それを証明するのが、二人の娘の学歴になります。 やはり、羽生名人の頭脳はしっかり受け継がれているようで、偏差値が70という学力レベルの高い高校に二人とも進学しているようです。 そして、大学に関しては慶応大学医学部であるとも、国立大学の医学部であるとも言われています。 どちらが正しかったとしても、その学力レベルは間違いなく高いものであり、娘2人の学歴が羽生名人の学力を証明するものとなるでしょう。 もし、羽生名人が将棋ではなく学問の世界に没頭していたら、華々しい学歴とともに、偉大な成果を上げていたかもしれないと思うと、そっちはそっちで見てみたかったと思いますね。 書き出したら、きりがないほどですが、その伝説的な偉業をまとめていきます。 羽生善治といえば、7冠王が有名で、彼の伝説的な強さの象徴といえます。 かつ、この7冠王を達成したことがある棋士は「羽生喜治しかいない」わけですから、将棋界において永遠と語り継がれる伝説となることは間違いないでしょう。 それでは、過去に羽生喜治が手にしたタイトルまとめを見ていきましょう。 竜王(89年・92年・94年・95年・01年・02年)の計6回で歴代2位 名人(94年から96年・03年・08年から10年・14年・15年)の計9回で歴代3位 王位(93年から01年・04年から06年・11年から16年)の計18回で歴代1位 王座(92年から10年・12年から16年)の計24回で歴代1位 棋王(90年から01年・04年)の計13回で歴代1位 王将(95年から00年・02年・04年から08年)の計12回で歴代2位 棋聖(93前から94年・95年・00年・08年から17年)の計16回で歴代1位タイ ただ、タイトルを獲得したというだけでなく、獲得した回数も歴代1位から3位ばかりです。 まさに伝説といえます。 伝説っぷりはそれだけでなく、 一般棋戦で優勝した回数は、合計で44回。 これも歴代1位 非公式戦で優勝した回数は、合計で11回。 これも歴代1位 タイトルを獲得した回数は、合計で98回。 これも歴代1位 タイトル戦に登場した回数、合計で130回。 歴代1位 タイトルを保持している年数が26年(継続中)。 歴代1位 などなど、まだまだ伝説あります。 7冠王を達成するという偉業を達成している、羽生名人ですが、その当時(26歳ころ)から、チェスをはじめておりその実力もかなり高いのです。 それでは、チェスの伝説まとめを見ていきましょう。 1996年 3月 チェスを初めて2年で全日本百傑戦で単独優勝 9月 ジャパンオープンにおいて、4者同率優勝 2007年 5月 レイティング 2404 国内1位 世界ランキング2796位 アジア圏ランキング 260位 日本チェス協会における段位は六段 このような経歴をもっており、2年で国内大会で優勝するなどは、さすが羽生名人と言えるでしょう。 また、2007年の5月でチェスの大会には出場しなくなったのですが、2011年からチェスでも活動を再開している。 2011年 10月 親善対局でフランス国内チャンピオンと引き分け(相手は世界ランク29位) 2012年 再び、全日本百傑戦で単独優勝 チェスと将棋には共通点があるとはいえ、この強さはやはり伝説の男ならではですね。 羽生喜治さんのエピソードを追っていく中で、「えっ?」と思ってしまうエピソードがあります。 あまりにも、羽生さんに対して持っているイメージと違いすぎるので、違う人に関係するエピソードなのではないかと思ってしまうほどです。 それが、「恐怖の赤ヘル」伝説です。 どうして、そうなった?と思ってしまいませんか?将棋に没頭していた少年時代を送っている羽生さんは、野球なんてやってるはずないと思います。 それとも、羽生喜治強打者伝説か?でも、ヘルメットって、明らかに将棋と無関係ですよね。 まさか、赤いヘルメットをかぶって、バイクを乗り回していたとかいうこともないでしょうし、まさかの羽生喜治暴走族伝説か?初めて見たときは、羽生さんとかけ離れたイメージのこのエピソードには、驚きました。 実は、赤ヘルというのは、赤いヘルメットのことではなくて、赤い広島カープの野球帽のことなんですね。 小学生のときに、大会に出場する際には必ず、赤い帽子をかぶっていたようです。 その理由は、お母さんが、会場のなかでわが子を見つけやすくするためです。 わが子を愛する母親の気持ちから生まれた伝説だったのですね。 誰がつけたのかはわかりませんが、対局相手が恐怖するほどの実力をもった赤い帽子をかぶった小学生という意味なわけですから、その当時からものすごく強かったということがわかります。 にしても、赤ヘルとい響きは面白いですね。 思わずクスリとしてしまいます。 えっ?と思ってしまう伝説のご紹介でした。 羽生善治の数々の伝説的なエピソードをお楽しみいただけたでしょうか。 たくさんの名勝負を繰り広げ、神の一手と呼ばれる、解説者をもうならせる将棋を生み出す天才的な頭脳の持ち主である羽生善治は、将棋だけにとどまらず、チェスや英語にもその才能を発揮しています。 天才と言ってしまえばそれまでですが、羽生善治のどこまでも進歩しつづけようとする姿勢は、私も見習いたいと思いますし、励まされます。 また、面白いと思えるエピソードや、面白いと思える人柄も親しみやすいですね。 まだまだ、現役の棋士としてトップを走り続ける羽生善治ですので、これからも伝説的なエピソードをたくさん生み出してくれることが期待できますね!今後も、5二銀に劣らないような神の一手を見せてくれたり、後生に語り継がれるような名勝負を繰り広げてくれることを楽しみにしましょう。 この機会に将棋って面白いと思ってくれる方が増えたらと思います。

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