ズームイン サタデー 出演 者。 望月理恵

フジのアナウンサーが日テレに“出演”し早口言葉対決/芸能/デイリースポーツ online

ズームイン サタデー 出演 者

番組では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、さまざまな芸能人が自宅で撮影した動画をネットにアップしているという話題を扱った。 この中で、日テレのアナウンサーも同局の公式YouTubeで早口言葉動画をアップしていることを紹介した。 さらに、17日にフジテレビの公式YouTubeで佐野&榎並アナが挑戦状をたたき付けていたことを明かし、動画もオンエア。 フジの両アナが日テレの地上派に登場する形となった。 動画では榎並アナが佐野アナに日テレの早口言葉動画を見せて「燃えるなって思いません?」と闘志を燃やした。 「やりたいの?」という佐野アナに榎並アナは「やりたい」。 局の垣根を越えた対抗戦が一方的にぼっ発した。 榎並アナは日テレの青木源太アナ、佐野アナは同局の辻岡義堂アナにそれぞれ挑戦。 同じ早口言葉にチャレンジしたが、ともに途中でかんでしまいあえなく敗れる結果となった。 番組の司会を務める辻岡アナは「ありがたいです。 うれしいですね」。 五輪企画などで、他局のアナウンサーが出演することはあっても、通常の番組に登場するのはレアケース。 非常時だからこそ成立する思わぬコラボに感謝していた。

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ヒャダイン、25年目「ズームイン!!サタデー」に新テーマ書き下ろし

ズームイン サタデー 出演 者

概要 [ ] ()の本社(当時)内オープンスタジオ「(通称:マイスタ)」を拠点に、国内外からの中継を基に構成。 最新のニュースと気象、スポーツ情報から、番組の目玉である日本列島各所の中継、特集を放送した。 その一方、芸能情報は番組開始時から晩年までほとんど扱うことがなかった。 番組の企画段階での仮タイトルは『 今日、あなたは』。 その後『 ズームイン!! 全国的に朝! 』と変更されたが(1970年代初頭のの漫画が元の流行語「全国的にアサー! 」が元ネタ)、当時日本テレビ社長の(死去)に伺いを立てたところ「人の真似は良くない」とされた決裁により「全国的に」の部分だけが取れて『 ズームイン!! 』(後身『』も含め、一部の記事を除き以下『ズームイン!! 』と記す)に落ち着いた。 番組の開始を機に、当時新築された1階に「マイスタジオ」を新設した。 マイスタジオは本番組以外にも『』(5月放送開始)や『』(後に本番組の2代目司会者となるが担当)、『日本テレビハイライト』などで使用されたほか、スタジオ特性(外部からの中継回線を通常のスタジオより多く受け入れられる設計であった)を生かし、外部からの中継番組を処理する「受けサブ(リモートサブ)」としても使用された。 日本テレビでの放送時間は7:00 - 8:30()で開始以来不変だった。 ただし、一部ネット局では放送時間が異なっていた事例もあった。 番組マスコットは「ズームくん」という人工衛星を擬人化したキャラクターで、テロップや番組ノベルティグッズ等に使用され、開始当初から1985年頃までのオープニングアニメーションや「プロ野球いれコミ情報」のオープニングCG、1995年から1998年までのオープニングCGにもその姿を確認することができる。 しかし番組終了と共に姿を消し、『ズームイン!! SUPER』ではしばらくの間マスコットは使用されなかった。 2001年より、本番組をリニューアルする形で『 』がスタート。 番組の歴史 [ ] 前史 [ ]• にスタートした45分のニュース番組『』はそれまでの『』で伝えられた全国ニュースに加え、特集や地方の話題などを加えて放送するという、当番組の原型となるような内容で放送されていた。 その後、『』との枠統合、ならびにネット局との調整を経て当番組がスタートする。 後述通り、当番組には報道部が関与しないため、報道部制作のニュース枠として『NNN朝のニュース』を放送再開した。 徳光時代 [ ]• 1979年放送開始。 初代司会者は。 番組冒頭、徳光は「皆さんおはようございます。 徳光和夫、37歳、顔も背丈も標準よりちょっと下回っているようでございますが、そんな私が司会を致します『ズームイン!! 』が今からスタートいたします」と視聴者に挨拶した。 初日最初のニュースは前日に起きたのであった(後に福永と徳光が遠縁の親戚であることが放送の『』で明らかになった)。 開始当初からの企画としては、全国ニュースでは取り上げにくいローカル色の強いニュースを各局のアナウンサーが直接伝える「NSヘッドライン」、各局が地元球団を応援しながら伝える「プロ野球イレコミ情報」、街角からの中継で通りがかった一般の人と英会話を行う「さんのワンポイント英会話」、「朝の詩(ポエム)」などがあり、これらは長寿企画となった。 『ズームイン』開始前の徳光は中堅アナウンサーとして視聴者から一定の支持を得ていたものの、報道に不向きなのが災いし社内の評価は芳しいものではなかった。 徳光の起用を決めた初代総合演出のによると、「プロレスやバラエティで活躍している奴を真ん中に置いて朝の番組で使って、何を考えているんだ」と上層部から猛反対されたという。 しかし、斎藤は徳光の才能を高く買っており、「『ズームイン』の司会には渡された原稿を読むだけでなく、自分の言葉、自分の感性で喋ってもらいたい。 そう考えたら(当時の日本テレビアナウンス部の中で適任なのは)徳光しかいないじゃないか」と押し切った。 結果徳光は番組の成功と共に朝の顔としてお茶の間に定着。 アナウンサーとしても徐々に再評価され、『ズームイン』以外の番組にも多数起用されるなど、活躍の場を広げていくことになる。 前番組である『おはよう! -』からジャーナリストのがコメンテーターとして続投。 ニュースコーナーでは秋元が中心になって仕切っていた。 1980年に第17回・選奨を受賞。 1980年10月22日放送で司会の徳光が前日の監督解任に激怒し、視聴者に対し・()の購読打ち切りを行うよう呼びかけた(徳光は長嶋ファンである)。 1980年、日本テレビが制作担当であったこの年の『』は、本番組のスタッフが実働部隊となり、本番組のシステムで『ゆく年くる年』を制作・放送した。 これには本番組並びにキャスターとしての徳光を全国的に売り出す狙いがあったとされ、そのために(当時アナウンサー)、(当時アナウンサー)、(当時専属キャスター)、(当時アナウンサー)といった各局の看板キャスターを集め、中心に徳光を置くといった演出も行われた。 この年は当番組と同様にマイスタからの生放送となり、各地からの中継レポートも当番組の各局キャスターが担当。 中継を呼び出すときの音も当番組の効果音が使われた。 ネット局関連 [ ] 開始当時のネット局は日本テレビ、、、、、、、、、、、、(・)、、、、、、の19局ネット。 このうち、山形放送、北日本放送、福井放送では1984年3月まで『』を放送していたため、8時10分飛び降りとなっていた。 このとき、北日本放送はローカル番組『 おはようKNBです』に内包する形をとり、番組後半はローカル編成を組んだ。 このため番組欄では両番組名が併記となったほか、ローカル部分がのちにステレオ放送化されたため、新聞等の番組欄のタイトルにはステレオ放送のマークがついた。 また山形放送では9月までも放送していたことに加え『』があったため、7時30分からの飛び乗りとなっていた。 詳細は「」および「」を参照 1979年4月から、西日本放送のにより岡山県での放送を開始。 同年(実質はのサービス放送から)、前日に開局したにて静岡県での放送を開始。 それまで日本テレビとテレビ朝日とのクロスネット局であったは前番組『』はネットしていたものの、終了後はテレビ朝日系列の『オリンピックニュース』とアニメの再放送枠に充てていた。 同年、当時日本テレビ・フジテレビ・テレビ朝日とのであったでのネットが開始した。 ただし、開始当初はフジテレビの『』も放送していたため、8時飛び降りとなっていた。 、この日に開局したにて長野県での放送を開始。 それ以前は長野県に日本テレビ系列局が無かった。 1981年(実質はのサービス放送から)、この日に開局したにて新潟県での放送を開始。 開局当日は徳光が新潟に赴き、生放送を行った。 同年、上記の『ゆく年くる年』の効果により、それまでフジテレビ系列の番組をネットしていたにて鹿児島県での放送を開始。 4月1日(実質はのサービス放送から)、この日に開局したにて熊本県での放送を開始。 前年の新潟の時と同様に、徳光は熊本に赴き、生放送を行った。 福留時代 [ ]• 、徳光が同年4月開始の『』を担当することになり勇退。 が最後の担当となり、から後任にが起用される。 同日はバトンタッチを兼ねて二人で進行した。 なお、福留は当時『』( - )・『』( - )の司会を務めており、『高校生クイズ』ロケ期間(7月下旬から8月上旬にかけて)は収録先から福留が中継で出演して番組が進行され、『ウルトラクイズ』ロケ期間(8月下旬、9月から10月上旬までの間の1ヶ月間程)は主に自局および系列基幹局の代理キャスターが担当していた。 徳光から『ズームイン』の司会を引き継いだことについて福留は後年、「当時の社長が日テレ系列局の役員会で『徳光さんの後任司会は誰なんですか』と系列局の社長に突っ込まれて、高木社長が日テレの局アナの中で私と徳光さんしか分からなかったのでやむなく私が抜擢された」と語っている。 なお、『ズームイン』司会就任に当たり福留は『ウルトラクイズ』、『高校生クイズ』はどうするのかを上層部に問いただしたが、双方続投と聞いてあ然となった。 当初は福留ではなく当時読売テレビアナウンサーのが2代目司会者の最有力候補に挙がっていた。 その最初の1年間で、福留が中心となって、視聴者の朝の生活習慣を調査した。 この調査によると、トイレ・歯磨きなどほとんどの行動が3分以内であることが判明。 それを機に1回の中継時間を可能な限り3分以内とするリニューアルを実施した。 同時に、それまで持ち回り制だった中継スケジュールを廃止。 毎月全国の系列局のを集めて企画会議を行い、それを基に中継を実施した。 また「情報トレイン」に至っては会議であらかじめテーマを決め、各局が企画したテーマを持ち帰って取材を進め、中継を放送した。 1990年7月には8時台の「NSヘッドライン」を「情報トレイン」に変更。 さらには「31分31秒」を「朝生リポート」に変更し、31分31秒に代わる企画「ズームインズーム」を登場させ、「ワンポイント英会話」の開始時間を7時20分から7時45分にする、「プロ野球いれコミ情報」の最後に時間切れの爆弾とGAME OVERの文字を表示させて「朝の詩」に移行するなどの大幅なリニューアルを行った。 また情報番組としてスピーディーな進行を志向した福留の意向により、徳光時代以来長らく続いてきたが不確実性が高くアクシデントの主要因ともなっていたマイスタ前の一般開放を取りやめた(オープニングのみ、エンディングは継続したが来訪者にインタビューするなど絡むことはなくなった)。 3月、福留は日本テレビを退社しフリーとなったが、本番組の司会はフリーの立場で継続した。 福留はこの半年後、の情報番組『』の司会に就任、以後同番組側の方針により福留は『ブロードキャスター』が休止される場合同時に本番組の放送週を休む形をとっていた。 なお、『ウルトラクイズ』、『高校生クイズ』の司会はこの年からに交代したため、前年までのように『高校生クイズ』収録のため福留が地方から出演したり、『ウルトラクイズ』収録のため福留が番組を1ヶ月離れたりするという事はなくなった。 、番組放送開始15周年を記念して日本テレビ開局40周年記念特別番組『 ズームイン!! 』をゴールデンタイムの夜7時から4時間にわたって放送。 徳光と福留のダブル司会により朝と同じスタイルの番組を夜に展開する企画で、好評につき同年秋にも2回目(この時は夜7時からの2時間30分)の放送がなされた。 1993年からに掛けて、長寿企画である「朝の詩(ポエム)」や「ワンポイント英会話」のコーナーを終了、ニュース量・地方中継の量と質の向上などの第2のリニューアルを進め、スピーディーな番組進行の色合いが強まった。 「朝の詩」はのコーナーであり、花王に了承を得てから終了となった。 以後、花王はから降りてPT()扱いとしてCMを流した その頃から提供クレジットのパターンが変更されるようになる、後述。 が放送されるような重大な事件・事故が起きた際、その翌朝にはメインキャスターである福留自らがマイスタを離れて事件現場に乗り込み(福留自身は報道記者の経験がある)、そこから生放送やリポートを行う手法を多用した。 1993年の発生の際には被災したを翌朝の番組でからリポートした。 また、最も有名なのはの()発生から2日後の、神戸から番組を生放送し現地キャスターと被災地や被災者のリポートを行っている。 、に姉妹番組として『』を放送開始。 通称『ズムサタ』。 初代司会者は福澤朗。 1998年4月1日、前半ネット部分の体制が、それまでの隔日提供から曜日毎の提供に変更された。 これは直前番組の「ジパングあさ6」や「ズームイン!! サタデー」、後番組の「ズームイン!! SUPER」でも同様。 ネット局関連 [ ] (実質的にはサービス放送開始のから)、前日に開局したにて石川県での放送を開始。 それ以前は石川県に日本テレビ系列局が無かったため、北日本放送(主に金沢市・能登地方)と福井放送(主に加賀地方)が取材を行っていた。 1991年4月1日、長崎県での放送がこの日に開局したに変更。 テレビ長崎での放送はその半年前に打ち切りになっている。 10月1日、愛媛県での伊予テレビ(現:)開局 を期にTBS系列の番組ネットの見直しが行われ、これまでTBSの平日朝7時の番組(最末期の番組は『』)を放送していた(愛媛)とが番組ネットを開始。 最大の28局ネットになる。 1994年4月1日、鹿児島県での放送がこの日に開局したに変更。 なお、それまで鹿児島県でのネット局であった鹿児島テレビは同日フジテレビが開始した『』を本番組の後継番組扱いでネット開始した。 開局当日は福留とNNNの九州地区基幹局である、の中継キャスターのが鹿児島に出向いて番組が放送された。 福澤時代 [ ]• 1998年の放送を最後に福留が勇退。 代わって放送から『ズムサタ』のメインを担当していたを3代目司会者に起用。 福澤はこれ以前にも、『アメリカ横断ウルトラクイズ』( - 1992年)と『』(1991年 - )において、福留に代わって司会を担当していた。 福留は同年4月に「『ズームイン!! 』をそろそろ若い人に譲りたい」として日本テレビの社長に勇退を申し出ており 、それ以降「後釜は誰か」という声は上がっていたが結局『ズムサタ』初代司会者の福澤が横滑りすることになった。 2000年、「ズバリ!! 橋本五郎」放送中に当時のから突然電話がかかり、スタジオと数分間談話した。 この日の前後にも複数の番組に電話をかけ、話題になった(のにも選ばれた「 」の有名な一例である)。 、最終回を迎えた。 22年半の放送にピリオドを打ち、『ズームイン!! SUPER』にリニューアルされる。 福澤は『SUPER』の初代司会者の1人として続投した。 なお、2000年秋には『』で本番組のスペシャルが放送され、歴代の司会者である徳光・福留の両名も福澤とともにマイスタから出演した。 視聴率 [ ]• における初回視聴率は、2. ところが1979年7月にでが開局したのを機に、基幹地域以外にも民放地方局第3局・第4局が開局。 4月には当時、視聴率で民放1位だった『』を追い抜いた。 1992年4月には1日だけではあるが、NHK総合テレビ『』の視聴率を民放史上初めて上回り、1994年4月には平均視聴率でもNHK総合テレビ『』(上記『モーニングワイド』の後継番組)を上回った。 同年7月には番組最高視聴率である22. 中盤の勢いは福留時代末期から、『おはよう日本』の復調や『』の躍進により、視聴率が頭打ちとなった。 同年6月に『』のプロデューサーであったが編成部長に就任した際、最初に着手したのが早朝時間帯の大改革の断行であり、本番組・『』・『』の3番組を統合する形で、『ズームイン!! SUPER』が始まることとなる。 番組テーマ曲 [ ] サンバ調で流れるテーマ曲はの作曲による番組オリジナルで、オープニング、エンディングとも同じ曲である。 原曲は3分00秒の曲だが、番組オープニング部分が長時間のため番組では原曲を継ぎ接ぎして長くし、使用しており のように、何度でも繰り返しできるように構成されていた 、エンディングでは応用として、元日などネット局のが発生する際に、飛び降りポイントで曲が終わるかのように、かつ引き続きネットする局では続けて流されたこともあった。 なお、司会が福澤になってからは宮川が改めてアレンジしたものを使用した。 オリジナル音源は長らくCD化されなかったが、番組の終了および宮川の没後である発売の「宮川泰 テレビテーマ・ワールド」にアレンジ版も含めて収録された。 同CDには、『SUPER』と『ジパングあさ6』のテーマ曲も収録されている。 ネットしていた局 [ ] 系列はネット終了時のもの。 (1979年3月5日 - 1988年3月7日)• (1988年3月8日 - 1998年8月31日)• (1998年9月1日 - 2001年9月28日) 名前テロップ上部には必ず「おはようございます」の表記が入る。 歴代の司会者はその当時の日テレの看板が務めていたが、いずれも後にフリーに転身しており(後身の『』司会の羽鳥慎一・も)、「ズームイン!! また、司会の3人はそれぞれ『』と『』に関係している。 現在の『高校生クイズ』の司会は『』の司会のである。 また『ズームイン!! SUPER』の司会の羽鳥は『高校生クイズ』の司会を担当せずに彼の後輩であるが担当していた。 司会が休暇の場合は日テレのアナウンサーやネット局のアナウンサーが東京に派遣されての代理司会を務めた。 徳光の休養時は福留など、福留の休養時は福澤、羽鳥など、そして福澤の休養時はや、羽鳥などが司会を務めたことがある(福留時代には代理で徳光の司会が復活したこともあった)。 番組末期はほとんど札幌テレビのが東京での代理司会に定着していた。 マイスタを基点とせず、日本各地の中継先からの司会を行う場合もあった。 アシスタント(末期のみ) [ ]• (月 - 水)• (木・金) お天気キャスター [ ]• 和田より子(現:・フリーアナウンサー)• (1993年 - 1996年)• (1996年 - 1998年)• (1998年 - 2000年)• (2000年 - 番組終了まで) 中継キャスター・アナウンサー [ ] 中継時(コーナーの担当時)、画面右上に中継地と放送局名が常に表示されていた。 当初は中継地にあたる箇所には、中継先を問わず局舎所在地が入っていたが、後に「東京・日本テレビ」・「北海道・札幌テレビ」・「静岡・静岡第一テレビ」・「愛知・中京テレビ」・「大阪・よみうりテレビ」・「福岡・福岡放送」というように、中継地の都道府県名と放送局名へと変更された。 このような表示は、全国各地の中継を目玉とするこの番組の大きな特徴であった。 この方式は、初期の各局リレー中継でも踏襲された。 通常は中継地と放送局のエリアは一致するのだが、ごくまれに放送局のエリア外を担当することもあった。 『』に出演のキャスターについては当該項目を参照。 (STV)• (RAB)• (TVI)• (MMT)• (ABS)• (YBC)• (FCT)• 日本テレビ(NTV)• (YBS)• (TeNY、1997年12月まではTNN)• (TSB)• (SDT)• (KNB)• (KTK)• (FBC)• (CTV)• (YTV)• (NKT)• (HTV)• (KRY)• (JRT)• (RNC)• (RNB)• (RKC)• (FBS)• (KKT)• (TOS)• お天気コーナー [ ] 天気予報のコーナーは当初、徳光の歌う「」に合わせて天気予報を放送していたが、放送開始から2〜3年した頃、アメリカでは天気予報がとしてしてきている事に着眼した()と()がコーナーを一新し、以下の項目に重点を絞った天気予報コーナーを作った。 視覚的にわかりやすい巨大な温度計を使用(視聴者が一番知りたい寒暖などの情報を一瞬で伝える)し、全国各地の中継先から天気予報の概要を伝え、それをリレー形式でつなげる。 東京においてもから外に出る(天気予報をスタジオの外から送る)。 なお、番組中使用していた大型温度計は計測機能のない「温度表示板」で、実際の気温に合わせて赤いテープを手動で上下させる単純な仕組みだった。 番組中にその事を明言することは無かったが、強風で温度計が倒れてテープがずれてしまったことがあり、福留が放送中に堂々と直している様子が映されたことがあった。 従来の天気予報は、各地の気象観測所を中心とした予報であったが、気象協会から送られてくる情報に加工を施しアバウトな形で伝えることに特化した。 日本列島を極めて簡略的に表示した上で主要地のみに天気マークを配置した「きょうの天気」テロップを番組冒頭で用いたり、日本列島上の晴れや雨の場所を大雑把に色分けする形でCGで表示し、それを日中と夕方以降の2パターン用意することで予報推移の概況を伝えた。 関東ローカルの天気でも大雑把な天気予報は同じで、関東地方の場合は関東7都県の地図の上に大雑把な色分けの天気分布と同時に関東7都県の降水確率と東京の最高気温が表示される。 主なコーナー [ ] オープニング・天気リレー• 番組開始当初は天気リレーがなく、7時の時報とともに番組テーマ曲とオープニング映像の を流し、アニメーションの終了とともに総合司会にカメラが切り替わり、朝の挨拶及び話題の後、最初の提供クレジットの直前に「ズームイン!! 」の掛け声を行っていた。 なおOPには右下に日付が10秒間表示されていた。 表示字幕は変わらず使用され、司会者が「おはようございます! 」と挨拶をしたところでいれられるようになる。 番組開始から数ヵ月後に「ズームイン!! 」の掛け声の前に「全国の朝」と題した全国リレーを行っていた(ただし中継局キャスターへ呼びかけは総合司会の徳光だった)。 その後、前述したようにオープニングのスタイルを変更。 」とカメラに向かって指をさし、同時にカメラが総合司会に向けてズームされつつ最初の中継地に画面が切り替わり、最初の中継地の映像とともに番組のタイトルロゴ及びテーマ曲が流れて番組がスタートする形式となった。 各中継局は番組テーマ曲に乗せて中継地の様子、、番組オリジナルで気温を伝え、次の中継局キャスターへ呼びかけて順次中継をつなぎ、最後は東京(マイスタ前)に戻りが全国の天気を伝える。 その後は再び総合司会にカメラが切り替わり、改めて「ズームイン!! 」の掛け声を行い、最初の提供クレジットが入る。 総合司会が福留・福澤に代わってもこのスタイルを踏襲、番組の看板コーナーのひとつとなったが、福留時代の途中からは最後に総合司会へ戻さなくなり、全国の天気の最後にお天気キャスターが次のコーナー名を読み上げた後(例:「コマーシャルの後は、『N. ヘッドライン』です」)、そのまま最初の提供クレジットに入るようになった 時期不明だが前述通り福留時代末期からアナウンサーに読み上げが廃止された関係で最初の提供クレジットが全国の天気前にテロップで表示される形式に変更され、後に番組中盤にCM明けにテロップで表示される形式に変更された為、全国の天気の後そのままCM入りするようになった。 福留時代末期から福澤時代は、冒頭その日の主なニュースをヘッドライン形式で数項目伝えてからマイスタ前に映像を切り替えていた。 これは、前座番組『ジパングあさ6』からの接続がレスとなり(一部地域を除く)、マイスタジオのセットを『ジパング - 』仕様から本番組仕様に入れ替えるための時間が必要となったためで、その時間をヘッドラインニュースに充てていた。 ただし、大型事件や大災害により番組内容を大幅に変更する際は、オープニングはマイスタ内あるいは現地からの中継となり、アニメーションも自粛、BGMも流さず番組タイトルの表示のみとする。 タイトルアニメーション・CG• 1979年 - 1985年 アニメーション。 夜から朝への移り変わりをイメージしたものとなっている。 まず夜空を模した幕が開いて青空が現れ、ズームくんが日の出のように現れた後、卵、扉の順で現れ、鳩が飛び去った後朝日が昇り、その朝日が「朝」(黒色)に変化し地平線に立つ。 続いて、「ズームイン!! 」(虹色)が太陽光線を伴って左下から右上に向かって表示され、それと同時に「朝」の右側に付帯する「! 」(青色)が表示される(この時点で「朝」は地平線から切り離される)。 1985年 - 1988年 ここからアバンタイトルとなり、最初の中継先の映像を背景に「朝」の青文字がズームアップし、次に右下にズームダウン。 それと同時に右上から「ズームイン!! 」(赤色)と「朝」(紫色)の右側に「! 」(黄色)が表示され、最後にロゴ全体がズームアップされ見切れる。 1988年 - 1990年 画面左下から「朝」(紫色)の文字が跳ねるように登場し、次に「ズームイン!! 」(赤色)と「! 」(黄色)が1文字ずつ右上から表示され、最後にロゴ全体がズームアップされ見切れる。 1990年 - 1991年 「ズームイン!! 」(青色)の文字が1字ずつバラバラに表示され集結していき、続いて画面中央右下からズームアップして「朝」(赤色)が表示されたのちに「! 」(黄色)が表示、ロゴの色がテーマ曲のメロディに合わせ変化し、最後にロゴ全体がズームアップされ見切れる。 1991年 - 1995年 画面内にのグラフィックが表示され、それらが1字ずつタイトルロゴに変化する。 最後にそれらが1つの大きなシャボン玉となり割れる。 ロゴマークとなった際に縁どりがされた時期もある。 初期はシャボン玉の色彩が薄かったが、のちに濃くされている。 1995年 - 1998年 四角形、円形、三角形、太陽、カモメ、波、蜃気楼をイメージしたグラフィックを順に写したのち、タイトルロゴ(「朝」の時計の部分がズームくんの顔となっている)が赤色(グラデーションがあり変化し続けている)で集結されるように表示、直後に「ズームイン!! 」の部分が横方向に1回転し画面外左側へに飛び出し、右側から元の位置に戻る(飛び出す際にロゴが反転するケースとしないケースの2種類あった。 またその際に「朝」が元の時計を模したものに戻る)。 最後にロゴを形成していた赤色がそのまま四散し消える。 1998年 - 2001年 虹をイメージしたグラフィックが画面左右から表示され、それらが輪を形成し右下へ回転しながら泡を表示させつつ消え、その泡がさらに左下から表示された山並みをイメージしたグラフィックと合わさる形で朝焼けとなり、太陽が表示される、その太陽が「朝」のロゴの一部になる午前7時を示すアナログ時計に分針を動かしながら変化し、さらにそれが反転して「朝」のロゴとなり、そして画面左下から「ズームイン!! 」、右上から「!」が表示(いずれもオレンジがかった赤色)、最後はロゴの赤色が中央に集結し泡状に四散して消える。 大型事件や大災害があった場合はアバンタイトルでの司会者挨拶や天気リレーも行われなく、被害地の映像に白抜きで番組タイトルのみ流れて、すぐに司会者に映像が変わり本題に入る。 なお、福留の最終出演回もが直近にあったため同様の流れとなり、番組の最後に福留の降板の挨拶と後任司会の福澤の紹介が行われた以外は全編豪雨被害関連のニュースで持ち切りだった。 NSヘッドライン 開始当初はとの区切りがあったので『』という言葉が使えず、その結果このタイトルにした。 ニュース映像を使用できない時期もあり、新聞記事を紹介していたこともある。 全国各地のローカルニュースを繋ぎあわせて報道した。 それらはマイスタでは全く読まず 、放送局名または地方名を東京で告げた直後に中継先(事件・事故現場とは限らない)から各放送局のアナウンサーが直接伝える点 が番組で最も特徴的な部分であった。 福留時代に顕著だった傾向として、項目1つあたりにかける時間が短く、矢継ぎ早に次の項目に移るということがあった。 その結果項目数も多く、短時間で情報量の非常に濃いコーナーとなっていた。 ニュース映像は当初映像素材に番組で使うテロップを付けて流していた。 末期になると前夜の『』や『』、約1時間前に放送された『』からのニュース映像を使い回して放送していたため音声・部分はカットして読みにしていた。 ズバリ!! 橋本五郎 読売新聞編集委員(当時)のが主に一般紙朝刊紙面を紹介、解説するコーナー。 福澤が司会となって登場。 橋本が2001年2月に面の理由で休業(復帰したのは次番組の為、実質降板となった)後は、日本テレビ報道局のが引き継いだ。 プロ野球いれコミ情報 コーナータイトルは(現・)から発売されていた人形型玩具の『』が由来。 コーナー中でもチーム応援用の小道具として必ず使われていた。 各局の中継キャスターが全国の局でそれぞれ応援している地元球団のハッピやジャンパーを着て、試合結果などを伝えていた。 総合司会が、よみうりテレビが、中京テレビが、広島テレビがを担当し、エリア担当のリポーターであるがを、がの応援役として登場した。 回によっては福岡放送が代表として 、札幌テレビが巨人(札幌シリーズ時)の結果を伝えることもあった。 のリポーターが下関発祥の大洋(横浜)の応援役となったこともあった。 リポーターと共に各局専属のプロ野球解説者も参加しており、日本テレビからは、、、、読売テレビからは、、、中京テレビからは、、、、広島テレビからは、、福岡放送からはなどが出演していた。 胸にはその放送日時点のチームの順位が書かれた名札をつけており、Aクラスのチームは赤色 、Bクラスのチームは黒色と分けられていた。 各局が情報を伝える時は中継がその局に切り替わっていた。 切り替わるとその応援球団に因んだBGM が流れ、試合結果や喜びの声、ぼやき(敗者の主張)などが繰り広げられた。 (チーム名 ) ワリコミ情報! 」と声が上がることもある。 伊藤や魁が乱入し、またネット局からの応援合戦が白熱したところで画面右上に15秒からのカウンターが表示され、0になると「GAME OVER」と表示されコーナーは終了 喧騒の後は一転しておだやかな「朝の詩」が始まる(1994年まで)。 東京の総合司会が巨人を応援するので巨人の情報に偏りがちになっていた。 なお、総合司会の休養時には日テレのアナ が巨人を担当していたことが多かったほか、札幌テレビの森中アナ(滋賀県出身で、大の阪神ファン)が代理の場合、読売テレビと共に阪神ニュースを読んでいた。 阪神が低迷していたには、負け試合を伝える場合に「なんぎやなぁ」 というフレーズを言うのが恒例となり、1987年の銀賞を獲得した。 視聴者プレゼントのための「なんぎやなぁステッカー」も作られた。 また辛坊治郎・森武史の両アナウンサーは阪神の応援ソング「」を出版し、阪神のコーナー中は森が当番でかつ前日の試合で阪神が勝利した場合にBGMに「負ける気せんね」 を、阪神が負けた場合はカップリングの「ハイハイ敗」を流し、それ以外の時は「」のを流していた。 また、現在『朝生ワイド す・またん! 』で使用している「ハタハタマシーン」の原型というべきものが当コーナー内で使用されていた。 中継リポーターの伊藤と魁をはじめ、中継先から伝えることも多い。 巨人以外の球団を担当するリポーター(と解説者)が試合の開催地まで出張することもある。 対巨人戦(巨人のホームゲーム)の際に東京のマイスタジオに出張した場合、前日の試合で巨人に勝った場合は巨人担当の総合司会(と巨人担当解説者)をスタジオの隅に追いやって(または追い出して)進行した。 ただし、前日に巨人に負けた場合は逆に隅に追いやられるか追い出される。 福岡放送のホークス情報はもともと放送時間・曜日がほとんど確保されていなかった。 また、セ・リーグの情報に時間を割いた ため、パ・リーグの結果は字幕のみで終了する日が大部分になっていた。 魁は大洋時代、「 ヒゲクジラ」と称してマスクマン姿でこのコーナーに登場していた が、ヒゲクジラになる前には福留と一緒に巨人のハッピを着て応援していた時期も存在した。 コーナー最後のカウントダウン表示は『ズームイン!! サタデー』の「プロ野球熱ケツ情報」にも引き継がれていた(現在は廃止)。 この方法は他局にも影響を与えた。 その例として10月1日の放送ではこの日、一部が先行開業したの特集にちなみ、イレコミ情報の最中にが、下り始発がに到着するシーンを「ワリコミ新幹線情報」と叫んで割り込んだことがあった。 被害を受けたのは阪神の情報を途中で切られた読売テレビであったほか、その後の中京テレビでは佐藤が「は、ドラゴンズは」と便乗しながら叫んで割り込んだ。 1993年ごろから「いれコミ感動大賞! 」と称して、番組独自の月間MVPをチームごとに選出し、受賞選手にトロフィーを贈呈していた。 選考基準は記録よりも目に見えない活躍をするなど、ファンに感動を与えたかどうかが重要視された。 番宣などで芸能人らがマイスタから出演するときは、ひいきチームの応援役として登場することもあった。 福留時代途中までは、冒頭に司会者が前日の結果について触れた後にカメラ前にいるスタッフが投げたボールをキャッチしてスタートしていた。 その直後に出てくるイレコミ君のかぶっているキャップが一つ目の対戦で勝利したチーム、ないしは中継先が応援しているチームおキャップの色であった。 コーナー開始時のテーマ曲で最も長く使われたのは、テレビアニメ「」の挿入歌「戦え!バイカンフー!」である(前奏〜曲の最後の部分につなぐアレンジが施されていた)。 Jリーグおまかせ情報 プロ野球イレコミ情報とは異なり中継は結ばず、東京のマイスタから試合結果を伝えた。 集英社の雑誌です 当日もしくはその週に発売されるの雑誌を告知する。 あくまでもコマーシャルなので、番組のコーナーではない。 集英社の提供エリアが全国ではなく基幹地域やそれに準ずる一部地域のみだったことから、この枠は(集英社が提供していたエリア以外では)PT枠扱いとされ、該当するエリアではローカルなど別スポンサーのコマーシャルに差し替えられていた。 福留時代には冒頭に「 おはよう、今日の一冊」というタイトルCGも表示されていた。 初期の頃は井出ひろし(現:)や、などが担当していた。 (小粥よう子(現:)、、)や、フリーアナウンサーのも出演した。 末期の「」のコマーシャルでは、同誌連載作品で他系列局でアニメとなったものが(『』『』)そのまま流れていた。 当初はスタジオ内やスタジオ前での生コマーシャルであったが、後に生コマーシャルの形態を用いつつも事前収録されたものや、通常のコマーシャル形態で放送されるものも増えていた。 後番組の『ズームイン!! SUPER』でも2001年12月まで集英社は同じ時間帯のスポンサーを継続していた(全国ではなく、基幹地域やそれに準ずる一部地域のみ)。 Wickyさんのワンポイント英会話 ウィッキーさん()が街角で、通りがかった一般の人とを行うコーナー。 途中で時間がなかったり、テレビに映るのを嫌う人が多いため、通りがかりの人を追いかけながら英会話することが多かった。 『』の企画にて、がと一緒に乱入(放送分)した際は、終始ウィッキーさんの邪魔をしたまま、コーナーの時間切れで「朝の詩」に移ってしまった事もある。 朝の詩(ポエム)(1979年3月 - 1994年9月) が提供。 番組開始当時は朝の番組に固定スポンサーがつくことはめずらしかったため、ネット局開拓の際にはこのコーナーの存在が大きなセールスポイントになったという。 なおこのコーナーは後に「詩の樹」と言うタイトルに名前を変えて放送番組センター供給の番組となった。 花王自体は当時の前半30分の全国スポンサー枠の筆頭扱いとなっていたが 、花王のCMは全てこのコーナーの後に集中させていた。 テーマ音楽のは、広瀬量平()。 31分31秒(1985年4月3日 - /ズームインズーム/おもしろ発見 各局が持ち回りで担当する特集枠。 読売テレビのみ地元ローカル枠差し替えの関係上、しかコーナーを担当できなかった時期がある。 チェック 8時前後に放送していたニュースコーナー。 末期にはバンヅケと併せて放送。 北日本放送で『おはようKNBです』を放送していた頃は、ここで、ローカル枠に飛び降りていた。 情報トレイン 数ある中継の中心企画。 共通のテーマで各局から中継を行う。 企画を考えた放送局がホスト局を務め、進行を担当する。 当初は8時ジャストにスタートしていたが、時々前後した。 天気リレーとともに番組の看板コーナーとなった。 『』をネットしていた系列局は、1984年3月まで8時10分で飛び降りていた。 エンディング 天気リレーのあと、日本テレビの正面玄関前から総合司会が締めくくる。 の告知などでやってきた観客とともにその日の放送が終了する。 福澤時代の途中からは天気リレーを廃止かつ観客を原則として入れなくなり、総合司会とお天気キャスターのみで締めることが多くなった。 日テレでは、放送終了後に徳光時代はCMを挟んでマイスタ前で徳光が観覧者にインタビューをしていて、福留時代はCMを挟んで次番組の『』のスタジオとの掛け合いが放送されていたが、それ以外の局では『ルックルック』の放送がある無し関係無く自社送信で提供とエンドカードが流されていた。 福留時代の読売テレビではその日の中継先からキャスターが挨拶するローカル向けのエンディングをエンドカードとしていた。 この他のコーナー• 今朝のキーワード• なるほどエブリデイ• 見て聞いてホント! こだわりの逸品• 名物・日本の味• 衛星中継世界は今! あどべんちゃあレディ• おはよう新婚さん• 日本一• の健康一番! 花とおじさん• 日本列島・聞いたら答えて! 紳助・竜介のOSAKAあっちゃこっちゃ• 深夜の出来事 シリーズ企画 [ ]• 毎年の元旦は時間を拡大して『新春・ズームイン!! 』として放送し、全国の名産品をお年玉として視聴者へプレゼントしていた。 なお、や非マストバイ局では途中(大方は8時30分)で飛び降りていた。 フルネット局でも広島テレビが飛び降りを行う場合があったが、ネット枠の後のCM終了とともに自社の中継地点に切り替えて独自のエンディングの挨拶を行う形を取っていた。 1月2日・3日は休止し、曜日配列によって異なるものの、4日以降から年始の放送を本格開始していた。 この体制は、現在の「ZIP! 」にも引き継がれている。 毎年にはのに合わせ、富士山頂からの生中継を特集にして放送した。 これは『ズームイン!! SUPER』においても数年間は引き継がれた。 毎年には「特集」として、広島テレビとの二元中継で放送時間すべてを原爆についての特集にあてていた。 なお8時からは「報道特別番組」としてを生中継していたので、厳密には本番組としての放送時間は1時間である。 小学生チャレンジランキング大会(通称:チャレラン)• 年数回、祝日(特に)などに行われた全国各地の対抗の運動大会。 空き缶積み・背中渡り競争・靴とばし・ぞうきんがけリレー・9人10脚等の競技で順位を争い、優勝校を決定した。 その日は90分間の放送がまるまる利用され、通常のコーナーを休止して(「NSヘッドライン」と場合によっては「プロ野球イレコミ情報」だけは放送)大々的に開催された。 ネット局同士の連携が高技術の同番組ならではの企画だった。 後年、この企画は他局の企画(フジテレビ『』や、テレビ朝日『』)にも影響を与えたとされる。 投稿ビデオ大賞• 「チャレラン」に代わる企画として登場。 視聴者から面白いビデオ募集して、大賞や個人賞等を決定した。 審査委員長は(鈴木の代役としてが出演したこともある)が務め、『ジパングあさ6』放送終了後居残っていたなどが審査員として加わっていた。 この企画は『SUPER』や枠のスペシャル番組として『SUPER』が終了するまで年数回放送されていた。 全国妙なモノ図鑑• 中京テレビの企画制作で不定期に放送されていた。 街で見かける妙な道路標識・看板・建造物などをノンストップで紹介していくもので、テレビ版ののような企画だった。 一部の局の担当では事前に収録したものを放送した。 路線別の旅• 「情報トレイン」の中で特に人気が高く、後に・化されたシリーズであった。 初登場は1997年()の「鉄道唱歌東海道編」であり、その後各主要路線ごとに放送された。 各放送局のアナウンサーが受け持ちエリア別(一例として「編」ではのではなく からスタートしで日テレから静岡第一テレビ 、で中京テレビ、で読売テレビ と沿線の系列各局でリレーされた)にに乗って鉄道唱歌にちなんだ場所を巡る。 歴代スタッフ [ ]• 『テレビ夢50年』番組編・3(1971 - 1980 日本テレビ50年史編集室 編)p. 2014年11月14日閲覧。 迄に加盟していたは本番組は未ネット。 迄に加盟していたは本番組は未ネット。 福留が本番組と『ウルトラクイズ』が重複していた期間の『ウルトラクイズ』は、歴代で相当過酷な旅の行程になっており、本番組と重複した初年度の第12回は北極圏から南極圏まで行き、13回はオセアニアからアメリカ大陸に上陸、福留が本番組と重複していた最後の年の14回はアメリカ大陸上陸からバスツアーでニューヨークまで行くという内容であり、スケールが大きくなっていた為、初期は9月初め前後からロケがスタートして中旬には収録が終わっていたが、この時期は10月まで食い込んだりしていた。 福留の著書『葬らん! 』にも同様の記述がある。 徳光が『プラス1』キャスター就任が先に決まり、その為に『ズームイン』から徳光は勇退するという流れで、その後に『ズームイン』は福留と決まった。 また、徳光は『ズームイン』勇退は自分の意志での勇退ではなかったのと、この時期からフリーに転身を考え始めたというのを後年話しており、実際に『ズームイン』勇退から1年半後の9月に日本テレビを退社しフリーとなった(『プラス1』キャスターはフリーの立場で9月まで継続した)。 ,デイリースポーツ,2017年3月19日…同日、関西ローカルで放送された『』(ゲスト:辛坊、森たけし)より、証言ゲストとしてVTR出演した徳光談。 TBSでは1991年の10月期改編から期首特番として『』の放送を開始し、10月の第1土曜日及び9月の第4・5土曜日に『感謝祭』の放送がある場合『ブロードキャスター』は休止となるため福留はその時期を利用して遅い夏休みを取っていた(1997年まで)。 『ズームイン』勇退後に福留はTBSで昼の帯番組である『』の司会を担当していたが、この番組を担当していた時も『ズームイン』で司会だった時と同じ形の休暇の取り方をしている。 この年の『ウルトラクイズ』に関しては東京ドーム1次予選での第1問までを福留が担当して、第2問以降からを福澤にバトンタッチしている。 なお、発生当日の17日は冒頭から随時、日本テレビ報道フロアや被災地域の地元局・読売テレビと中継を結びながら地震の第一報を伝えた。 しかし、番組放送中の時点ではまだ神戸市内の被害状況の甚大さが発生から間もないこともあって明らかで無かったため、一部地震関連以外のニュースも伝えたほか、「プロ野球いれコミ情報」など一部の通常コーナーも放送した(ちなみに、この日の「 - いれコミ情報」には当時、福岡ダイエーホークス〈現:〉に所属していた選手が福岡市内の球団の合宿所から中継出演していた)。 その後、18 - 20日は福留が神戸入りした19日も含めて全編地震報道となり、神戸市内など被害の大きかった各地や読売テレビ報道フロアと何度も中継を結びながら番組を進行。 これにより「NSヘッドライン」や天気予報を除く全ての通常コーナーを休止。 また、福留は18・20日は通常通り東京のマイスタジオから出演したが、普段のラフな格好では無くスーツ姿で出演した。 なお、福留が神戸入りした19日、東京のマイスタジオには堀敏彦が代役扱いで留守番をし、政府の対応などを伝えた。 秋田県では同日にのが開局• 1998年3月時点で福留は『ズームイン』以外にも、土曜日に『ブロードキャスター』、日曜日に『』を担当していた。 『ズムサタ』は同年放送から当時入社5年目で当時スポーツ中継を担当していた羽鳥慎一に交代した。 その後羽鳥はスポーツ実況を降板し、土曜から平日に代わっても朝の顔を続けたが日本テレビを退社した2011年3月いっぱいで降板した(その後、テレビ朝日でワイドショーの司会を務めており日本テレビ時代を含め20年以上に渡り朝の顔を務めている)。 2018年 『宮川泰 テレビテーマ・ワールド』のアルバム・ノーツ [Booklet]. COCX-40353. 日本コロムビア、2018年8月27日閲覧。 但し、ANNに加盟したのは1980年4月1日。 迄に加盟していたは未ネット。 正式には()のみ(は非加盟)• 迄に加盟していたは未ネット。 出典、1981年4月6日付。 当初中京テレビは「名古屋・中京テレビ」だったり、ネット開始直後のくまもと県民テレビは「熊本・県民テレビ」と表記されていた。 末期にはあったネット局も開始当時〜中期にかけて非ネットだった場合は隣接するネット局が担当していた。 石川県における北日本放送や愛媛における西日本放送がそれにあたる。 特集企画などで特別に裏送りで中継参加した非ネット局も同様に局名表示があった(例:宮崎・)一方、福岡放送や静岡第一テレビのように局全体の不祥事によりを一旦除名(番組供給関係ののみ除名され、報道関係のには残留)された局は中継担当も外され、福岡の場合は近隣ネット局(熊本県民テレビなど)が、静岡の場合は日本テレビが中継を担当した。 報道関連の中継はこれまで通りだがその際の右上のテロップは「福岡」「静岡」となっていた。 プロデューサーをなどが務めた。 堀は福留司会時代初期に福留が『ウルトラクイズ』海外ロケで不在の時期に代理司会を務めていたり、魁も福留が同様の理由で不在の時期に福留の代理で「イレコミ情報」の巨人を応援レポーターを務めていた。 日本テレビが中継を担当したこともあり、その時の発局スーパーは「山梨・日本テレビ」• 後に選挙に出馬• - 2001年4月は、間引き問題により除名処分を受け、日本テレビが中継を担当• 発局スーパーは「静岡・日本テレビ」。 ニュース中継に関してはSDTが担当したが、発局スーパーは「静岡」のみ• 番組開始のころは発局スーパーは「名古屋・中京テレビ」、その後は「(中継地の県名)・中京テレビ」となる。 番組初期にが毎週月曜日に出演し、きくち教児と共にの情報を全国に伝えた。 1990年4月から1991年3月まで1年間出演。 後にのアナウンサーとして『』の中継コーナー担当を歴任。 番組開始のころは発局スーパーは「大阪・よみうりテレビ」だったが、後に以外の各府県から中継の場合は「(中継地の府県名)・よみうりテレビ」と表示される。 番組開始のころは発局スーパーは「山陰・日本海テレビ」、その後は「(中継地の県名)・日本海テレビ」となる。 番組は終始ネットせず、番組中期よりにて参加。 詳しくは『』参照• 初期は番組をネットしていない徳島・愛媛地区の取材も担当。 1992年9月30日(最後の担当は1992年9月17日)まではTBS系『』の中継リポーターを務めていた。 の取材も担当。 NIB開局初日とKYT開局初日の中継リポーターとしても出演。 10月から3月まではFBSが取材を担当。 ネット移動後の1998年10月から2001年10月11日まで、フジテレビ系『』の中継リポーターを担当。 KKT退職3日前、実家の火災が原因で死亡。 訃報は番組の当日ラストで伝えられた• のちにFBSに移籍、東京でフリーアナウンサーとして活動、現在は、KTSに復帰。 が中継担当のため当初の発局スーパーは「沖縄・日本テレビ」だったが、後に「沖縄」のみとなる• www2. ctv. 2020年3月17日閲覧。 アニメーションは『』『』のを担当した木下蓮三が手がけた。 福澤時代途中からは次の中継地のみで担当キャスターの名前は省略され、挨拶もなくなった。 福澤に司会交代後は交代初回から中継キャスターが「おはようございます」というと、福澤も「おはようございます」と返していた。 ちなみに、『ジパング - 』側もエンディングはメインキャスターとニュース解説者がマイスタ前に出ていた。 『』の「」のコーナーでも使用されている。 ちなみに、福留の最終出演日の1998年8月31日は月曜日で、本来は「福留ラストウイーク」として、その前週からは福留が地方から生中継を行い、福留の故郷のでも中継が行われる予定だったが、この台風4号のために福留の最終出演2回は当初の予定が中止となった。 ただし経済ニュースや海外ニュース、また著名人の訃報など東京発信となるものが加わる場合があり、それらはマイスタから徳光や福留らが伝えた。 全て当日中継がある系列局のみで、その日の天気リレーやズームインズーム・朝生リポートなどの特集で中継する場所から伝えていた。 これはイレコミ情報も同様。 2県に跨るニュースの場合は別々に中継を振る場合と中心となった地域に一括する場合とあった。 ただし、重大事件・事故の場合はアナウンサーではなく報道記者が現場から中継したり、その地域のニュースがあっても中継がない場合は東京のキャスターが読む形をとった。 勝利チームのものは喜び顔、敗戦チームのものは泣き顔、連敗の場合は怒り顔、優勝の場合は胴上げの形で置かれる。 パ・リーグの優勝争いが佳境に入るころや日本シリーズ開催時には出演機会が多かった• 途中から首位のみ金色• 原則的に阪神なら「タイガース」、中日なら「ドラゴンズ」、といった具合にカタカナ名を使うことが多かった。 「GAME OVER」の表記と効果音が挿入されたのは福留時代以降。 ののしり合いになった場合は、福留がかならず「おにぎやかで恐縮でございました」というフレーズでコーナーをしめていた。 総合司会が不在で代理司会が担当の時は「イレコミ情報」のみ代理司会が不参加というパターンがあったが、(が代理司会の時が該当、当時、北海道にプロ野球チームがなかったために普段は「イレコミ情報」に参加していなかった札幌テレビアナのが代理司会の時は当人が阪神ファンのため参加していた)「GAME OVER」の告知だけ代理司会が担当というパターンがあった。 徳光時代〜福留時代初期は「NSヘッドライン」の後にCMに入らず「イレコミ情報」だった為、「イレコミ情報」の後に即CMだった。 代理司会に代わってニュースのみ担当• 右手を頭部の後ろに回して左耳をつまむという、の「キビシーッ! 」と同じポーズを取って言っていた。 2011年8月21日の『24時間テレビ』(徳光和夫がマラソンランナーを務めた)で7時過ぎの 列島リレーでは久々に森と辛坊が、24年ぶりに「なんぎやなぁ」と言った。 ユーキャン. 2015年3月13日閲覧。 同曲を歌った森と辛坊は春改編より読売テレビの朝ワイド番組『』の進行をしているが、辛坊は3月限りで番組を卒業している。 森は現在も出演中。 中でも伊藤は、魁はのエリアが比較的多かった• 読売テレビの場合は関西ローカルパートとのからみから、担当曜日でない方のリポーターが東京出張していた(やは担当でない日にマイスタ出張がよくあった)。 中京テレビの場合はがタレントのためが東京から出演がほとんどで、日本シリーズの時にはがパ・リーグ出場チームにも関わらず、担当アナのがパ・リーグ代表としてマイスタから出演という事もあった(当時のホークスはからBクラスが続いており、1997年まで暗黒時代が続いた)• 当時のパ・リーグ球団は関東・関西両圏に集中しており福岡以外の地方局は出番がなかったため。 札幌や仙台へのチーム移転は本番組が終了した後である。 西武とが優勝を争った1993年には週1回の割合で「イレコミ情報」のラストに「セクシーパ・リーグ」というコーナーがあり、福岡放送発信で古賀ゆきひとがパ・リーグの順位や状況を伝えていた。 前述の通り古賀はホークスだけではなく、パ・リーグ情報の全てを請け負っていて、日本シリーズでは当時は西武が黄金時代だったが、パ・リーグから西武が日本シリーズに出場すればパ・リーグ代表として日本シリーズ期間中「イレコミ情報」に出演している• 1993年からチーム名が「横浜ベイスターズ」に変わった際にもとの名義に戻った。 徳光時代から徳光と一緒に巨人応援レポーターでよく登場していたが、福留司会時代初期には、『ウルトラクイズ』収録で福留が『ズームイン』不在の時は巨人応援レポーターとして登場していた。 福留が司会就任初年度()に『ウルトラクイズ』収録で番組を離れる直前回の「イレコミ情報」では、福留が魁に「私がいない間頼むよ」といったやり取りをしている。 これに関しては、総合司会の代行はやといった他球団応援のレポーターが代行しているパターンが多いための処置だと思われる。 「朝の詩」が無くなってからはCM後の予告を福留が告知してCMに入っていた)「ウィッキーさん」は後半パートに移動している。 この日の放送は福留が夏休みであったため、堀をメイン司会にから生放送した• ただし、発足当初にはからがの話題を、からがの話題をそれぞれ中継で伝えていて、どちらも応援チームのシャツを着て話題を伝えている。 この時はウィッキーさんの中継を見ていた福留が「あれ、たけしさんじゃないかな」とウィッキーさんに指摘して、それでウィッキーさんも気付いてたけしに絡み始めてコーナー終了となった。 それまでは「変な人が歩いている」とウィッキーさんも言ってるだけでたけしとは気付いていなかった。 1985年9月までは花王石鹸。 花王の社名変更に伴い、同年7月からの3か月間は月のマーク+漢字の花王ロゴがアップで写されていた• コーナー制作はベテランのなどが所属しているが担当していた• 以降の時間はローカルセールスあるいはオールスポット枠• 1985年4月3日付け東奥日報・RAB、TVI、STVテレビ欄から。 同欄に「新企画31分31秒」と記載ある。 全国を結び、ひとつのテーマに関して掘り下げて特集するコーナー。 毎回、1秒前の7時31分30秒にマイスタのの時計がアップになり、1秒後の「7時31分31秒」になったと同時にコーナータイトルを読んで始まっていた。 オープニングでは徳光が、飛んできた地球儀の球をキャッチし、中継地点を指し示していた• 一般主婦による海外旅行記• 毎回が(地方収録の時もあり)の一室で新婚夫婦とトークを交わしていた。 日テレアナウンサーだったが夫人と共に出演したこともある• キャスターの定位置の横に置いてある、花瓶に飾られた花の特徴を紹介するミニコーナー。 もちろん紹介される花は日替わりである• 時事問題に関して各地の街頭で、一般の人に直接マイクを向けて意見を聞くコーナー。 生放送だった• が大阪の名所や話題のスポットを紹介。 他に「TOKYOあっちゃこっちゃ」「KYOTOあっちゃこっちゃ」もあった• 最終版ニュース(当時は『NNNきょうの出来事』)終了から当番組放送までに起きた都内の事件・事故を当時新人だった羽鳥と藤井が担当。 日テレはに新橋駅の近くに本社を移転している。 ここから• ここから 関連項目 [ ]• - 『ズームイン!! 』の歴代司会者である徳光、福留、福澤が出演(徳光はリポーター、福留と福澤は司会を担当)。 - 『ズームイン!! 』の歴代司会者である福留、福澤、桝が司会として出演。 『ズームイン!! 』担当前の羽鳥も福澤のアシスタントとして番組に携わった。 - 福留を除く『ズームイン!! 』の歴代司会者である徳光、福澤が出演(徳光は解答者、福澤は司会者の一人として出演)。 - 素人投稿ビデオ番組で、「投稿ビデオ大賞」審査委員長の鈴木清順も審査員の一人として出演。 - 福澤、大桃、西尾を除く『ズームイン!! ZIP! を除く 』の歴代司会者である徳光、福留、羽鳥が出演(徳光、福留は出演者、羽鳥は司会を担当)。 - 福留、大桃を除く『ズームイン!! ZIP! を除く 』の歴代司会者である徳光、福澤、羽鳥、西尾が出演(徳光、福澤、羽鳥はゲストとして出演、西尾は司会を担当)。 - 2011年12月19日の放送で平日の歴代『ズームイン!! 』の歴代男性司会者が出演(徳光、福留、福澤、桝はゲストとして出演、羽鳥は司会を担当)。 - 本番組の特集を映画作品にした『』(公開)でナレーションを担当。 - 『ズームイン!! 』の歴代司会者である徳光、福留、西尾、羽鳥が総合司会を担当。 桝も番組に出演しているほか、『ズームイン!! 』をベースにした全国リレーなどを日曜の朝に行うのが恒例となっている。 第40回(2017年)以降は歴代男性司会者が生放送でそろって出演している。 - 番組名付け親の小林與三次の義兄で、『ズームイン!! 』放送開始当時の日テレ取締役。 徳光、福留の後ろ盾でもあった。 外部リンク [ ]• 前番組 番組名 次番組.

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キズナアイがズームインサタデーに生出演!出演者とハグも!

ズームイン サタデー 出演 者

を行っていた 日本テレビ汐留本社 (2004年3月1日から放送終了まで) ジャンル ・() 出演者 ほか、を参照 オープニング 作曲: エンディング 同上 製作 プロデューサー を参照 制作 放送 音声形式 (モノ) 放送国・地域 放送開始から2004年9月まで 放送期間 - 10月1日 放送時間 平日 5:30 - 8:30 放送枠 放送分 180分 2004年10月から2006年3月まで 放送期間 2004年 - 放送時間 平日 5:30 - 8:00 放送分 150分 2006年4月から番組終了まで 放送期間 2006年 - 3月31日 放送時間 平日 5:20 - 8:00 放送分 160分 特記事項: 6:00 - 6:08に『』を内包。 一部地域は第2部(6:30 - )からの放送。 は第1部のみの放送。 『 ズームイン!! SUPER』(ズームイン・スーパー、英称: Zoom in!! SUPER)は、からまで系列(加盟)29局で(から)にされたである。 略称「 」または「 」。 新聞のでは番組名を1行(10文字)以内に収めるため、"!! "()が抜けた「 ズームインSUPER」と表記されていることが多かった。 テーマ曲は作曲。 直接の前身は『 』であるが、当時5時台放送の『』、6時台放送の『』も統合されて放送された番組でもあった。 概要 [ ] 2001年10月1日に放映開始。 2001年9月28日まで放送していた『』(以下、 朝! )を、5時台の『』・6時台の『』を吸収して内容を一新させる形でスタート。 5:20 - 6:30(2006年3月31日までは5:30 - 6:30)の第1部と6:30 - 8:00(2004年10月1日までは6:30 - 8:30)の第2部の構成となっている。 初代男性司会者は、当時日本テレビで『朝! 』の最後の司会者でもある。 山田克也プロデューサーによると、本番組のスタートは、に当たる『』(系)を意識したものだったという。 本番組では、『朝! 』の目玉コーナーであった『列島リレー中継』や『プロ野球いれコミ情報』を外した。 山田プロデューサーによると、「目玉のコーナーは一時視聴率を上げるためには効果はあるが、一方では長く続けていると番組のマイナス面にもなることもあることから見直した」とのことで、「リレー中継はニュース報道の部分で受け継いでおり、今まで(「朝! 」の頃)は各局の企画の面白さで選んでいたが、この番組ではニュース性でネタを選んで欲しいと(各局に)お願いして」いたと話している。 は日本対アメリカのため休止。 以外では番組開始後初の休止となった(ニュースは5:30から15分枠で『』にて対応)。 3月31日、最終回を迎えた。 その翌日であるからは、司会の『』 を放送している(なお、『ZIP! 』は「ZOOM IN!! PEOPLE ズームイン!! ピープル 」の略であり、位置的には『朝! 』から続く平日の歴代「」の3代目にあたり、2011年4月以降も継続されているが、「ズーム」及び「ズームイン!! 」の表示はない)。 本番組の企画(マスコットキャラクター・イベント等)は『ズームイン!! サタデー』に引き継がれている。 終了時点の司会コンビであった・はいずれも当該枠から降板 、羽鳥は3月31日付で日本テレビを退社した。 また、羽鳥・西尾は同年の『』と『』で総合司会を務めた。 テーマ曲は『朝! 』同様にの作曲。 主に初期の福澤時代からオープニングCGなどで使用していたオーケストラバージョンと、主に羽鳥・西尾時代に第2部のオープニングとエンディングなどで使用していたバージョンの二通りがある。 長らく音源化はされていなかったが、番組終了後及び宮川没後の2018年8月29日により発売された「宮川泰 テレビテーマ・ワールド」に後者のバージョンが、『朝! 』及び『ジパングあさ6』のテーマ曲と共に収録された。 ローカル放送・中継 [ ] は『』を放送するため第1部のみの放送。 ・・は6:30までローカル番組(『』『』『』)を放送するため第2部のみ放送している。 ただし、第1部の6:00 - 6:08の『』は全国29局同時ネット(番組唯一の全国ネット)。 他局の番組とは違い、系列局においては第1部の6:00 - 6:08の『NNNニュースSUPER』以外は強制ネットでなく系列局では独自のコーナーに差し替えて放送している時間帯が多い番組である(特に目立つのはSTV・CTV・ytv。 詳細は後述)。 ネット局変更は行われていない。 』時代の2001年9月まで、いくつかの系列局が7時までローカルワイド番組を放送していた(『』は同時ネット)。 それらは本番組開始を機に放送時間を6:30までとして、第2部はネットする事となった。 本番組開始後はローカル番組の市場は縮小する。 とは本番組開始を機にローカル番組を終了して番組開始当初からフルネット、は2002年3月で終了、は2004年3月、は2007年9月、は2009年3月でローカル番組を終了し、フルネットへ切り替えている。 は2006年7月から2010年3月まではフルネットだった。 例外はJRTで、本番組が始まった2001年は『ジパング』ののみ放送していた。 』は非ネットのまま終了した格好だった。 KRYはの途中で第1部の「5:30HEADLINE」を放送。 年末特別編成時はローカル番組を休止して、第1部から放送された(詳細はを参照の事)。 STVでもとは、ローカル番組『』を休止し、第1部からローカル枠を除きフルネットで放送された。 JRTは祝日や年末でも一貫して第1部の放送のみである。 6:30以降に放送されたのは中継の影響で5:20から6:45までの放送となった2月19日と、2011年3月11日に発生した()の情報を伝えるため、第2部も放送した - およびである。 なお、2008年・2009年末はそれぞれ番組が6:30・6:00からの短縮版となったため、この期間はJRTでは放送休止となった。 CTVでも2007年と1月4日にはフルネットで放送していた。 はの通り、『朝! 』も含め、本番組が放送されていないが、2007年放送の宮崎県知事選での当選の報道の際にはFBSが取材を担当した。 また、取材する地域によりや、がそれぞれ担当することもある。 なお、日本テレビ系列局がないはが取材を担当する。 地上デジタルテレビジョンではより(HD)放送。 晩年期では、中継車からのハイビジョン中継は全ての系列局、また地震等の緊急報道やお天気カメラの中継使用で用いる中継回線経由のハイビジョン中継もテレビ大分を除く全局が対応していた。 ただし、晩年期でもインフラ環境によって4:3の標準画質(SD)になる。 例えHD中継車を導入していても、送り出しのHDマイクロ回線を確保していないとならない(常時保有する局は少なく、中継を行う場合でも確保できる回線数に限りがある)。 また、中継の際に使用するサブシステム(および)もHD対応でないといけない。 また、事件・事故の中継においてはほとんどの場合が取材するが、取材カメラがHD未対応なことで中継車以降(いわゆる中継回線)がHD化されていても4:3映像となる場合もあった。 2007年元日の新春版では行われた全国天気リレーでは、、YBS、、がHD中継を実施(これらの局では天気リレー以外でも中継があった)。 それ以外の局がSD中継だったのは、既に述べたように回線の問題、サブシステムの問題の他に・の中継にHD対応のマイクロ送信機や中継車を貸し出しているからという理由があると見られる。 中継を番組の核に据えた『朝! 』に比べれば中継は少なくなった。 基幹局のうち、ytv・CTV・STV・FBSとは「ズームイン!! LIVE」などでの中継の有無に関わらず、6:30に放映されるオープニングや天気予報では各局の映像が随時映ることがある。 以前は7:20頃に毎日この各局による天カメリレー中継が行われていた。 年末の放送について [ ] 2009年まで曜日配列によっては、まで通常放送していた。 なお、最後の年となった2010年末は12月29日に『』、30日に『』、31日に『古代エジプト三大ミステリー第4弾みどころスペシャル』を本番組枠で放送するため休止した。 これらは全編枠となったため、全ての日または一部の日で差し替えとなった地域も多かった。 後継番組『ZIP! 』でも、年内の放送は12月28日・29日前後で終了する体制となっている。 元日版・年始の放送について [ ] 『朝! 』を含め毎年には新春特大版を放送していた。 現番組になってからは『 新春! ズームイン!! SUPER』として放送していた。 『SUPER』の後にはその年の西暦が入ることが慣例である。 元日が通常放送がない土曜日・日曜日となった場合も放送される。 ただし、2006年の元日(日曜日)は『』の長時間スペシャル『』が5:55からスタートで放送することになり、放送しなかった(実際の放送では天気予報、リレー中継などの企画が『新春! ズームイン!! SUPER』のコンセプトに近かった)。 2007年元日は『大笑点』が8:30からスタートになり、6:00 - 8:30の放送枠で2年ぶりに新春版が再開。 2008年は『大笑点』の放送枠が12時間のままスタートが30分繰り下がったため、6:00 - 9:00の枠で放送された。 2009年も6:00 - 9:00の枠で放送され、2010年はさらに1時間半拡大し5:30 - 10:00の枠で放送された。 2011年は前年より30分短く、5:30 - 9:30に放送された。 1月2日・3日は『』中継のため休止し、曜日配列によって異なるものの、4日以降から年始の放送を本格開始していた。 2012年、2013年の元日では、『新春! ズームイン!! ズームイン!! SUPER 2011』と同じ)。 2014年 - 2016年の元日は『新春ZIP! 4時間生バトル~豪華お年玉をゲットせよ~』、2017年以降は『新春〜ネンイチ〜』が放送されている。 視聴率 [ ] におけるの推移について、最高視聴率は第1回放送の17. 2004年10月の改編で8時台を廃止し30分短縮するが、この時期は第2部の視聴率が高くなる傾向があった。 2009年には前年まで守り続けた同時間帯の年間視聴率1位の座を『』に奪われ、2位となった。 2010年も『めざましテレビ』に1位を奪われた。 この視聴率低下が2011年春の番組終了の決め手になったとされている。 放送時間の変遷 [ ] 期間 放送時間() 2001. 01 2004. 01 平日 05:30 - 08:30(180分) 2004. 04 2006. 31 平日 05:30 - 08:00(150分) 2006. 03 2011. 31 平日 05:20 - 08:00(160分) 歴史 [ ] 福澤時代 [ ] 第1回は、最終回に至るまで最高視聴率となる 17. しかし、第1回のコーナー編成は前日に当時・監督だったの退任によるラストゲームの話題やがにて当時の世界最高記録をマークしたことにより、この2つの話題を繰り返し放送し、他のニュースをほとんど放送しなかった。 放送開始前日の9月29日には、『 明日まで待てない! ズームイン!! SUPER』のタイトルで、舞台裏を紹介する事前特番が放送された。 1月 - 7時前に初めての新コーナーを投入。 開始間もないこの時期は新聞解説を7時台に増設するなど試行錯誤を行う。 - が、第1部のネットを開始した。 - の発生から1年経ち、とニューヨークキャスターがNYから生中継。 10月には辛坊がへ旅立つ。 羽鳥時代初期〜2007年 [ ]• - 1月、1月末で福澤が降板して『ズムサタ』担当のがMCを引き継ぐことを発表する(羽鳥は福澤の6年後輩であり、過去に『ズムサタ』を福澤から引き継いだ)。 羽鳥は『ズムサタ』で報告するとともにネット局を訪れてキャスター就任の挨拶まわりを行った。 福澤の降板理由については、との確執などが原因との報道がなされた。 - 羽鳥がMCに就任(『ズムサタ』は羽鳥の後輩であるが引き継いだ)。 - 日本テレビの本社移転に伴い、新社屋のスタジオ・から放送開始。 2004年 - が新社屋「日テレタワー」の屋上からライブパフォーマンスを披露。 2004年 - が、第1部のネットを開始した。 2004年 - 第2部は8:30までの放送であったが、放送時間を8時までに短縮、『』が30分繰り上げスタートになるとともに『ザ! 情報ツウ800』に改題された。 8時の特集「ズームアイ」を縮小して7時台に投入、「エンタパラダイス」以外のコーナーを短縮した。 この改編で本番組から次番組(『』・『』)への飛び乗りが廃止、いずれもオープニングから放送した(山梨放送、北日本放送、福井放送、高知放送は制作『スーパーモーニング』、テレビ大分はフジテレビ制作『とくダネ! 』を放送した)。 この改編は当時時間帯民放視聴率トップを走っていた『とくダネ! 』とネタ構成などのすみ分けが中々難しく、『ザ! 情報ツウ』のスタッフが同時刻で真っ向勝負をしたいという非常に強い考えを持っていたためである。 2005年 - 大桃が降板、からがサブMCに就任。 またテロップも一新した。 - 日本テレビは平日午前枠のテコ入れを行った。 このため本番組は番組開始時刻が5:20になった。 これを機会に2001年の番組開始以来、殆どコーナーを変更することがなかった第1部を中心に大幅なコーナー見直しを実施(同時に早朝の枠を見直し、4:30 - 5:30 の「」は 4:00 - 5:20 の「」となった)。 も番組としてはこの日から開始した。 また第1部は西尾が、第2部は羽鳥がメインで進行する形になった。 この日は『』のスタートに伴い、最後のコーナーで『スッキリ!! 』の特集が組まれ、羽鳥による最後の挨拶も「スッキリ!! に向かってズームイン!! 」で締めた。 2006年 - が、第1部のネットを開始した。 2006年 - 第2部の一部コーナーをリニューアル。 2007年 - の第2部では「特選! 絶景桜中継」を第2部オープニングと7時台のニュースで生中継で放送した。 発行の月刊TV Japanで2007年7月号より連載を開始。 羽鳥と西尾が交互で登場。 2007年 - まで11階催事場にて、また - まで7階催事場にて「 ズームイン!! SUPER 全国うまいもの博」を開催した。 2007年 - 番組コーナーが一部リニューアル。 またこの日から、が、第1部のネットを開始した。 2008年 [ ]• - 『朝! 』の放送開始から通算してちょうど30年目にあたるこの日は特別企画として、「さんのワンポイント英会話」を1日限りで復活したほか、、福留功男、福澤朗の歴代司会者や出演者の懐かしの映像を盛り込み、CMに入る前には『朝! 』と同じ生まれの(スキー選手)、()等の著名人からのメッセージを放送した。 また、6時30分の第2部のオープニングでは、『朝! 』第一回放送のオープニング映像とオープニングタイトル、長年親しまれたテーマ曲を使用したほか、「プロ野球いれコミ情報」も復活。 直前のボールキャッチ、テーマ曲(原曲は『』・戦え! バイカンフー)、最後の、GAMEOVERなどが復活した。 エンディング直前には久々に「お天気リレー」も放送した。 - 前身番組の『朝! 』から17年間、広島テレビ担当キャスターを務め、番組の古参出演者でもあった(当時アナ)が降板、後に広島テレビを退職する。 - 番組開始以来初めてタイトルロゴを変更。 また、現役女子大生5人で構成した「 ZOOM Cam(ズムキャン"n"ではなく、大学生ということでcampusキャンパスの"m")」が登場。 火曜日の「おしゃれアンテナ」を中心に、女子大生の目線で見た流行情報を発信する。 - 日本テレビで夏に毎年恒例で放送する『』でから行っている「24時間マラソン」のランナーを生放送で発表し、お笑い芸人のに決定した。 しかも、本人にこのことを知らせない、ドッキリ形式で発表した。 こうした発表方法は17年目にして初のことである。 - 、『ズームイン総力取材絶叫マシーン世界最新TOP30』の番宣のため、「Wickyさんのワンポイント英会話」が再び復活した。 - 気象情報コーナー担当のが降板し、翌からはが担当(初日に「」と紹介)。 〜 - 例年では、大晦日まで通常の生放送を行っていたが、この3日間は『3日連続総決算』と題して、6:30からの放送となる。 29日は『凝縮! 北京五輪ベスト20』、30日は『凝縮! ecoスペシャル』、31日は『凝縮! 旅ドキッ! スペシャル』を放送。 またも実施したため、全編収録番組であった。 2009年 [ ]• - 司会のが右目を傷めたため、を着用して番組に出演。 その際に「元旦だから眼帯をしてきた」とらしき発言をした。 また、全国リレー中継の際、への回線が繋がらないというハプニングがあった。 〜 - 司会のがのどに「火傷」を負って話すことが困難だったため、画面には登場したが、「エンタ」関係など一部コーナーの進行を他のメンバーが担当した。 〜 - 『ズームイン!! 』開始から30周年を記念しての特別企画「 ズームイン!! ありがとうweek」を放送。 歴代司会者(2日は初代司会・徳光和夫、3日は2代目司会・福留功男、4日は3代目司会・福澤朗)が登場する3日間は「プロ野球イレコミ情報」が「 イレコミ情報」として名場面VTRとともに復活した他、OPも歴代担当当時のものを使用した。 また、4日には翌5日の『ズームイン!! 』放送開始記念日宣伝のため、羽鳥・西尾が日本テレビの各番組 にゲスト出演した。 なお、徳光は5:20から、福留と福澤は6:30からの登場であった。 この1週間は7時台前半でお天気リレー(各リレー時には各地区ごとに「30年」にちなんだものが登場)も行なった。 2日には、の初代キャスターである浜田容助が登場。 徳光と数秒間画面を通して掛け合いトークをした。 4日には、ズーム30周年前日ということで日本テレビをジャックしたが、『Newsリアルタイム』の木原とのお天気コーナー(番組終盤)で、『リアルタイム』出演者とズームインをしたが、その時、木原の「以上お天気でした~」のあとCMまでの数秒間に羽鳥が「の奥さんは、『ズーム』のスタッフです! 」と発言、『リアルタイム』のスタジオでは近野キャスターが笑い崩れたほか、キャスターやスタッフも大笑いした。 5日にはのワンポイント英会話が1日限定で復活した。 また、天気予報ではこれまでの天気予報のBGMが流れたほか、5日には麹町の旧マイスタ前から天気予報を放送した。 また、羽鳥が同日の『』に出演したため、5時台のオープニングは『Oha! 4』のスタジオから、、とともに出演。 『Oha! 4』出演者からのシャンパン形クラッカーでの祝福を受けたほか、『Oha! 4』の3人は『ズームイン!! 』の掛け声にも参加した。 天気リレーでは、の初代キャスターでもあるも後任のキャスター達と共に出演。 羽鳥に「に元気だと伝えておきます。 」と言われて大笑いしていた。 このうち、3月4日の「情報ライブ ミヤネ屋」に東京から出演した羽鳥が、に「『』()の中でズームイン(ポーズ)をやってください」とお願いし、翌5日のその番組内で宮根は「 気象予報士 にズームイン! 」と言った。 羽鳥は『おは朝』の「今日も元気に行ってらっしゃい! 」の台詞がお気に入りであり、同日のエンディングで「今日も元気に行ってらっしゃい! 」と言って番組を締めくくった。 - スポーツコーナー担当のが降板するにあたり、羽鳥の計らいでエンディングの「ズームイン!! 」の掛け声を行った(上重は2010年4月より『ズムサタ』5代目男性司会を務める)。 - 番組コーナーが一部リニューアル。 またこの日から、第1部オープニングよりから(「NNNニュースSUPER」は報道フロアから)の放送となり、が第1部のネットを開始した。 - 番組から初の絵本『ズーミンそらをとぶ』が全国の書店で発売した。 絵本の中には西尾がデザインしたキャラクターが登場している。 〜 - 年末年始の特別編成により6:00からの放送となる。 12月29日と30日は羽鳥が、年内最後の通常放送日にあたる12月28日と31日は西尾が、28日から31日までは森がそれぞれ休暇を取り出演しなかった。 また同期間中は、「630ヘッドライン」と「NNNニュースSUPER」の放送時間が入れ替わった(630ヘッドラインはニュースとして6時過ぎから、NNNニュースSUPERは6時半過ぎからそれぞれ放送。 - 『』に出場したの応援ゲストとして紹介テロップ付きで羽鳥とズーミンのぬいぐるみが登場した。 民放の現職アナウンサーが出演し、メッセージを贈るのは異例(民放の現職アナウンサーの出演は、前年にフジテレビアナウンサーのが『』で共演する With の応援で曲披露時にと評される番組出演者と一緒にバックダンサーとして出演して以来2人目だが、中村はバックダンサーとしてのみの出演でコメント出しはなく、他のヘキサゴンオールスターズのメンバーと違い紹介テロップはなかった)。 2010年 [ ]• - 『朝! 』にリポーター(関東各地を担当)として出演したことがある(現:テレビ新潟アナウンサー)が、新潟からのリポートを担当。 の代役として、12年ぶりに登場した。 中継のため2月16日の放送は休止、2月19日は5:20 - 6:45の短縮放送となる。 テレビ大分は『とくダネ! 』の放送を優先するため両日ともオリンピック中継を行わず、中継時間は別番組に差し替える(中継種目はで代替視聴可能)。 また後者について札幌テレビと山口放送は自社番組を通常通り放送するため6:30から15分間の放送、四国放送は2月19日に限り番組終了の6:45まで臨時フルネット(自社番組を休止)。 - と小熊美香が降板。 - 翌週よりで放送する『』のキャスターを務めることになった辛坊治郎が降板。 - 日本テレビのみ、地上デジタル放送において受信機に登録した地域情報(郵便番号)に基づいた天気情報を連動データ放送により自動的に表示する機能を開始(テロップが左詰めに寄り、右端に時系列天気と気温が表示している)。 また、この日よりテロップを一新。 水色を主体にしたもの、ニュースは青緑色(速報時は赤色)、エンタは紫(訃報時も紫)、スポーツは黄色、といった点など。 第1部も羽鳥がメインで進行する事になり、が、第1部のネットを打ち切った(「NNNニュースSUPER」を除く)。 - 辛坊の後任のキャスターとしてが、にはが初登場。 - サッカー『』日本対デンマーク戦の生中継およびハイライト番組を放送のため第1部を休止。 このためでは臨時非ネットとなった。 通常6時から放送している「NNNニュースSUPER」は7:35から放送した。 視聴率は16. - この日からアナログ放送では16:9のレターボックス方式になった。 さらに、一部ロゴや、天気予報の画面表示も変更(バックがお天気カメラになった点など)。 - サッカー『』中継のため、5:40から放送。 - 『NNNニュースSUPER』担当の報道局記者が、日本テレビによるで出演しなかったため、代役をフリーアナウンサーの(「」サブキャスター)が担当した。 アナウンサーの羽鳥・西尾・森圭介はストライキから除外、通常出演となった。 - 番組コーナーを一部リニューアル。 また、字体や出演者の氏名テロップ等の出現方法なども変更された。 - 従来の京都からの紅葉中継の形を変更、銀閣寺から(ytvアナウンサー)、が登場。 マルQでの紹介となった。 なお、では、普段ネットしていない「SomoSomo」のVTR終了後のトークと「ZoomSports」も含めネットした。 しかし、マルQ終了後、即関西ローカルに切り替えられた。 ~ - 12月28日で年内の放送を終了し、特別番組を放送。 ただし全編ローカル編成枠のため、局により日本テレビと同時ネットせず別番組を放送した。 2011年 [ ]• - 番組終了と羽鳥の日本テレビ退社が番組内の「みんなのカメラ」のコーナーで発表された。 - 前日に羽鳥がで『』の収録に参加したため、現地から中継出演(MC代理は上重)。 エンディングでは2010年9月までフィールドリポーターを務め、現在は現地に在住している元アナウンサー:が出演した。 - ということで本番組含め当日の同局系の全国ネットの生番組のすべてでが実施された。 - 3月11日に発生した()の情報を伝えるため、第1部のOP挨拶は当時のの会見を生中継したため、5:26頃になり、OPはなし。 「5:30HEADLINE」(この日に限り全29局ネット)と「NNNニュースSUPER」以外のコーナーを休止。 羽鳥はから中継出演。 スタジオには前年3月まで新聞解説を担当していた が約1年ぶりに出演した。 この日はも『す・またん』を休止して本番組を第1部から同時ネットで放送したほか、この日はでもとして本番組をし、地上波での放送がない宮崎・沖縄でも視聴できた(天気予報は関東ローカルを垂れ流しした。 一部地域のみ)。 また、この日から18日までの1週間と21日の計6回、は、『』を休止し、第2部もネットした。 ちなみに、とは自社番組を放送したため第2部のみ放送。 羽鳥は17日までや各地から中継出演した。 そして、通常のコーナーのほとんどは最終回を待たずに終了。 また、「ズームイン!! 」ポーズはなし。 なお、この日から『 助けあおう、日本』というスローガンが使用されるようになる。 - 本来は金曜日担当の池上彰が最後の出演。 -『朝! 』から12年間出演していた橋本五郎が最後のコラムを担当。 また、本番組で6回放送された「書道ガールズ甲子園」に出場した「埼玉県立川口高校」が、東日本大震災の被災地に向けたメッセージ書道を披露した。 - 3月14日に続いて辛坊治郎が出演。 最後のニュース・新聞解説を担当した。 また、「バードウォッチング」の最終回と歴代キャスター(徳光・福留・福澤)のメッセージを放送。 - 第1部のOPには徳光和夫の甥であるが見学に来ていた。 また、各ネット局からのお天気リレーで東日本大震災の被災者に向けてのメッセージを放送(のみ当然の如く)。 エンディングでは、マイスタ前に司会の羽鳥・西尾の他に番組を支えたリポーターなどが集合、後継番組『』 の総合司会の1人であるの紹介、羽鳥・西尾の挨拶(西尾は「(東日本大震災の発生直後だったため)こんな大変な時に番組を終わらせて申し訳ない」と述べた)が行われた。 最後は出演者全員で「(32年間の感謝を込めて)ズームイン!! 」の掛け声を取り、これをもって番組の9年半の歴史に幕を下ろした。 放送時間は拡大されなかった。 また、マイスタ前にはのメンバーの顔が描かれた団扇を持参した観客が多く集まっていた。 番組の最後にはスタッフロールが流れ終わった後、画面下部に「 長い間有難う御座いました」のテロップが表示された。 同日をもって前身の『ズームイン!! 』から続いた平日朝の情報番組の(マイスタ)からの放送が終了した。 羽鳥は同日日本テレビを退社し、同年4月4日からでスタートした8・9時台の『』 (本番組最終回の翌日に終了し、2004年秋まででもあった『スーパーモーニング』の後継番組)の総合司会に就任した。 日本テレビ退社直後だった羽鳥の『モーニングバード』起用にあたり 、日本テレビ・テレビ朝日両社上層部で話し合いが行われ、この時点ではとの放送枠が重複していなかったため日本テレビ側が了承したという。 』への出演歴がある人物。 総合司会・新聞・解説 [ ] 期間 総合司会 新聞・解説 男性 女性 月 - 火 水 木 金 2001. 1 2003. 3 2005. 4 2006. 31 辛坊治郎 2006. 3 2009. 30 2010. 26 橋本五郎 辛坊治郎 2010. 29 2010. 1 畑山篤 2010. 4 2011. 28 (週替わり) 2011. 31 2011. 31 水島宏明 備考• 福澤、羽鳥は『ズムサタ』の総合司会から異動している。 本番組は『朝! 』の後身番組であるため、『朝! 』からの通算で数えることが多い(福澤は3代、羽鳥は4代 )。 総合司会は大桃を除き全員日本テレビアナウンサー(当時)。 西尾は環境問題の特集も担当。 橋本は2006年3月まで「五郎WORLD」のみを担当していた。 政局関連の重大なニュースがある場合は、他の曜日にも出演する場合がある。 宮島、畑山、水島は日本テレビ解説委員(畑山は経済部長2010年7月1日付で外報部長から経済部長へ就任、水島は元報道記者で第1部のみ出演。 2011年2月から水島は、木曜の第2部のみ出演)。 畑山は宮島の代理で水曜を担当することがあった(2010年4~9月は金曜担当の池上の代理も務めた)。 2009年3月30日 - 2010年3月26日は月曜第1部と金曜の担当として出演。 辛坊は元読売テレビ解説委員長・元アナウンサー。 同年3月30日には3月14日に続いて出演。 最後のニュース・新聞解説を担当した。 また(読売テレビ報道局チーフプロデューサー・元解説委員)、(元読売テレビ特別解説委員、解説委員長時代は辛坊の直属の上司だった)が辛坊治郎の代役として出演したことがある。 野田は現在大学院グローバルビジネス研究科教授、出演当時助教授、元コンサルタント。 2010年10月から池上のスタジオ出演は不定期の金曜日のみ(あとは「3DOORS」コーナーでのVTR出演のみ)となり、不在の場合は「金曜コメンテーター」として以下のゲストコメンテーターを隔週で迎える。 (専務取締役、編集長)• (特別招聘教授、元社員)• 池上は2011年3月28日(月)が当番組最後のスタジオ出演となった(橋本とW出演)。 天気 [ ] 期間 男性 女性 月・水・金 火・木 月・火 水 - 金 2001. 1 2002. 3 2003. 31 (不在) 2003. 3 2005. 1 2005. 4 2006. 31 2006. 3 2008. 30 2008. 1 2009. 2 2009. 5 2010. 26 小熊美香 2010. 29 2011. 31 備考• 平井、木原 - 前番組『』から続投(両者とも)。 なお宇井の担当分から、お天気のコーナーに愛称の「宇井ちゃん」を引用して『 Ui-Chan Weather』とタイトルが付けられている。 「全国の天気」の時はコーナー名の下部に「全国」、「関東の天気」の時は下部に「関東」と表示する。 以前は「東京HOT! スタイル」に出演。 斉藤、森、小熊 - 日本テレビアナウンサー(出演時点)。 ニュース [ ] 詳細は「」を参照 スポーツ [ ] コメンテーター• (番組開始当初はキャスターも担当、2009年4月より「」 パーソナリティ担当のため、原則として金曜のみ出演となっていた。 2010年4月からはクロノスに毎日出演になったため生放送出演は不可能となった)• キャスター• (月曜〜木曜担当。 』のスポーツも担当• (金曜担当。 また代理で羽鳥がキャスターを担当する場合がある。 リポート• (2007年3月13日 - 最終回、アメリカ各地から情報やエンタテインメント情報等を伝える) マルQ [ ]• (経済ジャーナリスト、経済に関する緊急提言の回に登場)• (日本テレビアナウンサー、月曜担当)• (「TOKYO HIT CLIP」と兼務)• (2010年10月-番組終了まで) その他 [ ] エンターテイメント・Goodチョイス! 2011年4月2日からはズーミン・チャーミンとともに『ズムサタ』に異動してスポーツコーナーを担当。 かがやきビト(水曜日)• (2009年3月まで、西尾不在時はエンタ関係のコーナー進行も代行していた。 ただし、月曜日に西尾が不在の場合は、駒村が『』(2010年3月終了)に出演するため他の番組レギュラーが担当していた。 ただし、祝日やNHKの特別編成の場合は除く) TOKYO HIT CLIP• 宇井愛美(火・木曜日)• (水曜日、2010年10月6日-番組終了まで)• 梶原麻莉子(月・金曜日、「マルQ」と兼務) フィールドリポーター [ ]• (日本テレビアナウンサー)• (月・火)• (水・木・金)• (月-金、2010年3月29日 - 番組終了まで) 各局キャスター・リポーター [ ]• 本番組を担当するキャスターのほとんどはの早朝から昼までの中継キャスターも兼ねており、重大ニュースで生中継が発生した場合に当日の『()』『・NEWSエクスプレス』までの中継も担当するキャスターがいる。 またキャスター担当前後にレギュラー生番組に出演しなくてはいけないキャスターもいる。 重大事件・事故、地震などの自然災害が発生し地元局だけでは手が回らない場合、周辺局担当のキャスターも応援に駆けつけることがある(ではKTKやTSB、YBCのキャスターが応援に駆けつけていた)。 最新ニュース以外の中継では、『朝! 』からの伝統である鳥の鳴く画面の切り替え音(俗にシュルシュル)が存続している。 』に出演したキャスターを参照する場合はを参照のこと。 ご当地ズーミンは本番組の公式サイト内「ズーミンの部屋」で見る事が出来る。 順番は局名、ズーミンのバージョン、リポーターの順。 』への出演歴がある。 』への出演歴に加え、日本テレビ制作の当番組への出演歴がある。 4 - 2009. 9 - 2009. 11 - 2010. LIVE」時のローテーションの関係で代理の局アナが入ることもあるがここでは割愛する。 かつての出演者(NTVのみ) [ ]• (2008年10月 - 2009年3月『ズムサタ』に出演)• (お天気コーナー・くまトレ担当。 2010年3月29日から『』に出演)• (ニュース担当。 (月曜・火曜のスポーツ担当。 2010年4月から『ズムサタ』5代目男性司会)• (以上アナウンサー)• (ニュース担当。 2003年3月25日は羽鳥慎一休暇の代打で登板)• 以上元アナウンサー)• (以上)• (現在でも皇室の解説として不定期に出演)• (以上、河上は現在も大事件やそれに関係する裁判の時に不定期で出演)• (降板後も『ズムサタ』に2009年3月まで出演)• (以上)• (お天気コーナー担当)• (「東京旅物語」担当、2008年10月から『ズムサタ』に出演)• (のリポート担当)• (以上「ズムとく! 」担当)• (第1部に出演)• (タレント)• (2009年10月7日 - 2010年3月26日は水・木・金曜のお天気コーナー、2010年3月31日 - 9月29日は水曜のTOKYO HIT CLIPをそれぞれ担当)• 「」担当者は、同項目を参照。 メインキャスターのスタジオ不在時の対応 [ ] 男性司会不在時 [ ] 基本的には『ズムサタ』担当者が対応する。 『ズムサタ』初代キャスターの福澤も『朝! 』時代、福留の代理を務めていた。 福澤時代 当時『ズムサタ』担当であった羽鳥が代理メインとして参加していた。 羽鳥時代の初期 特に代理出演者は立てず、当時の「ニュースSUPERLIVE」のサブキャスターであった多昌博志やが大桃をサポートする立場ではあるが、事実上の代役を兼任し「NNNニュースSUPER」も担当した。 羽鳥時代の後期 代理出演者を立てる時と西尾がメインになる場合があった。 基本的に夏期休暇で1週間不在時は代理を立てる。 2004年と2005年はが、2006年から2009年までは藤井貴彦が代理メインとして参加していた。 2010年は8月30日・31日は、9月1日 - 3日・2011年2月22日はが代理メインの役割を担当した。 西尾がメインの時は「Goodチョイス! 」を西尾が担当するため、「NNNニュースSUPER」はフィールドリポーター(山本)が担当する時もあった。 女性司会不在時 [ ] 大桃時代 特に代理出演者は立てず。 エンタ関係のコーナーは駒村多恵が、それ以外(ニュース及び新聞関係)は「東京旅物語」担当アナ(延友陽子など)がそれぞれ代行していた。 西尾時代(2007年度まで) 西尾が中継に出ている場合と休暇中の場合で対応が異なっていた。 前者の場合は特にスタジオメインとしての代役は立てず、エンタ関係のコーナーは駒村多恵が、ニュース読みは「ズームイン!! LIVE」担当女性アナ(当時は古市幸子あるいは佐藤良子)が代行。 「ズームイン!! LIVE」に登場する男性ナレーターがニュース項目を読む場合もある。 後者の場合はスタジオメイン代行として別の女性アナウンサーが出演(過去には斉藤まりあ、、、山本舞衣子が代理を担当。 佐藤良子も本来の担当外曜日に限り代理を務めたことがある)。 西尾時代(2008年度以降) 2008年以降は、駒村が月曜日に『』にレギュラー出演するようになったこともあり、西尾不在時に代役を立てるか否かについて、2007年度以前のような明確な対応の区別はなされなくなった。 関連で羽鳥・西尾双方が北海道から出演となったには、山本舞衣子が藤井貴彦とともに東京のスタジオメインを代行(この日は月曜日のため駒村の出演は不可)。 逆に、2008年からの週は、西尾が夏季休暇で不在であるが、特にスタジオメインとしての代役は立てられなかった(9月15日は月曜日であるが、のため『生活ほっとモーニング』は休止となり、駒村も本番組に出演した)。 夏期休暇のため、2010年9月6・7日は古市幸子、8 - 10日は山本が西尾の代理を担当。 10月21日は「羽田空港・新ターミナル」オープン中継、12月27日は休暇、2011年1月11日は体調不良になった西尾の代わりに、山本がメインキャスターを担当した。 マスコットキャラクター [ ] 本番組には以下のマスコットキャラクターが存在する。 3キャラクター共、『鳥のしま』出身。 基本的に番組内で声を発しない。 なお、番組終了後ズーミン・チャーミンは『ズムサタ』に引っ越し、サタボーと共演することが最終日(2011年3月31日)の天気予報コーナーで発表された。 ズーミン [ ] 『ズームイン! 』といえば、お天気リレーで登場する大型の番組オリジナル温度計が有名で(30年近くも温度計のデザインに変更がなく番組の伝統となっていた)、末期では、小栗旬などの芸能人がオリジナル温度計の横で天気予報をするといった演出も行われていたほか、このオリジナル温度計の横での天気予報に憧れるアナウンサーも多かった。 には、番組内で度々や着ぐるみ・ぬいぐるみで登場するをモチーフに作られた番組のキャラクター「ズーミン」が同年の放送から番組に登場。 その時はまだ名前が決まっていなかったが、その後を公募し、一番応募数が多かった「ズーミン」を同年から採用した。 鳥にはあり得ない太いが特徴で、これは羽鳥をイメージしている。 誕生日は。。 年齢は人間の年齢で10歳。 は「ぼく」(絵本より)。 ズーミンは放送局によってご当地バージョンが存在する。 ご当地バージョンは内で紹介されており、全30数種。 (NTVのみご当地ズーミンが存在しなかったが2008年にようやく登場した)(「」 を参照のこと)。 ズーミンのは2004年3月から日テレ屋で発売されている。 2004年~に開催されたのメダリストには、アテネの特設スタジオで出演記念としてこのぬいぐるみをもれなくプレゼントした。 特に女子78kg級金メダリストの選手はズーミンがとても大好きということで、羽鳥の粋な計らいで2体もらった。 また、「エンタパラダイス」等の芸能コーナーでインタビューを受けた芸能人・有名人にもプレゼントしている。 のからは「水色の体毛をオレンジ色に変えたほうがいい」というアドバイスを受け(2004年放送分)、これをきっかけに体毛がオレンジ色の「ハッピーズーミン(オレンジズーミンとも呼ばれる)」を発売することになった(2005年に限定500個で日テレ屋および日テレ屋webにて販売、即日完売。 その後も2000個限定で販売しこちらも完売となった)。 スタジオのセットにもぬいぐるみが飾られていたが、チャーミン()登場後は完全に見られなくなった。 以前は7:00に時報が入っていたので(コーナーの途中だった。 ytvも開始当初は入っていたが、のの放送開始に伴い廃止)3秒前になるとズーミンが画面の左上に現れ、3, 2, 1と指でカウントしポーンと時報が鳴るようになっていたが(NTVのみ)、汐留に移転してからは7時の時報が廃止されたのでなくなっている。 また、もズーム開始当初から一時期時報を出していた。 「ニュースSUPERLIVE(現:「ズームイン!! LIVE」)」中に6:59:55から自社番組「さわやかモーニング」のキャラ「さわ吉」(当時名前無し)が「まもなく7時」のふきだしの後に3,2,1と出て、7時の時報と共に「7時です! 」のフキダシが出ていた(こちらも廃止)。 スタジオにはズーミンやハッピーズーミンと共に讀賣テレビのマスコット「」(現在は引退)、「」に交代)、札幌テレビのマスコット「」やの「」と「」、「」、鹿児島讀賣テレビのなどの系列各局キャラクターも飾られることがあった。 さらに2006年には東京・新宿での主催のの推進イベントに日本テレビ代表としてズーミンが参加した。 のマスコット「」とのマスコットの「」との他在京キー局のキャラクターとは初めて共演した。 チャーミンとともに雨の日には黄色い雨ガッパを着ていたり、冬場にはマフラーをしているなど、天気に合わせてズーミンのコスチュームは変わっている。 またズーミンの着ぐるみは最初は頭が異常に角張っていて稚拙な造りという印象を受けていたが、最近は丸く改良され見栄えが良くなった。 2006年 - まで市内線でズーミン号が運転されていた(主に、で運用)。 車両は。 外装はズーミンの絵が塗装されており、内装はズームイン!! SUPERの広告が張ってある。 の放送で特集として西尾と広島テレビのとの3人で~間を乗車した(この日は連休中で朝の運行時間に余裕があるので貸切だった)。 またこのズーミン号は広電で運用している130両のうち1両しか運用していないのでみかけたり、乗車したと時は幸運を運ぶ電車と呼んでいると田坂が紹介した。 5月5日は西尾以外の出演陣、ズーミン、チャーミンは東京のスタジオにのこっていた。 2006年11月には、当時公開されていた映画『』の主人公、田淵公平の実家兼理髪店の「バーバータブチ」のセット(のみまち通り商店街に、期間限定で設置)にズーミンとチャーミンが設置されたことがある。 これは、公平を演じたのをはじめ、映画出演者が舞台挨拶等で本番組を沢山やってくれたことへのお礼として設置されたものである。 元々、TVドラマのが系ドラマであったことから、珍しい他局出演ともなった。 2007年にサタボー(後述)・チャーミンと共に「日テレエコ親善大使」に就任した。 放送分にて同局天気予報マスコットキャラクターである「」と初めて共演した(当日夕方の『』でも共演)。 2007年10月22日放送の「」秋のミステリースペシャル(サブタイトル「テレビ局の悪魔」)にも登場した(「ウキキ」と共演)。 2008年より、その年のにちなんだ限定キャラが登場していた。 2008年にはの格好をした限定キャラ「チューミン」、2009年にはの「モーミン」、2010年にはの「の寅ミン」、そして2011年にはの「ウサミン」が登場した。 これらの限定キャラは評判が良く、チューミンはネズミの鳴き声「 チュー」と「 チューズデー」の共通点から火曜日限定キャラとして(チューミンのかぶり物を「ズムサタ」でサタボーが被る時があった)、モーミンは牛の鳴き声「 モー」と「木曜日」の「 も」の共通点から木曜日限定キャラとして、寅ミンはその後は金曜日限定キャラとして登場した。 また、チューミンとモーミンはグッズが発売されなかったが寅ミンはぬいぐるみが発売された。 』の放送開始から通算して丁度30年目にあたる特別企画として、日本テレビとしては対極の関係に当たる(を主に扱う日テレに対し、を主に扱う)のロゴ内の「デイリー」の「ー」の部分(時折虎や馬の尻尾などになる)をズーミンの尻尾にすることを提案。 条件として羽鳥がデイリースポーツの特別記者として阪神タイガースのキャンプを取材、2008年・に放送(日本テレビローカル枠「奥浜レイラのコーナー」を休止)され、裏面ではあったが4日のデイリースポーツのロゴにズーミンが起用された(そのことを紹介した時、羽鳥はジャイアンツのはっぴの上にタイガースのタオルを首にかけていた)。 2009年4月25日に、ズーミンが主役の絵本『ズーミンそらをとぶ』が全国の書店で発売され、同年7月下旬に第2弾『ズーミンとチャーミン こおりのくにをすくえ』、2010年3月5日に第3弾『ズーミンのまゆげのひみつ』、同年8月5日に第4弾『ズーミン おはようはまほうのコトバ』が発売された。 第2弾からチャーミン(後述)、第3弾からサタボー(後述)が登場していた。 チャーミン [ ] 2006年の放送で、ズーミンが「妹がほしい! 」というフリップを出したのをきっかけに妹のデザインが決まり、視聴者に名称を募集、その中からの放送で「チャーミン」という名称が付けられた。 さらに着ぐるみも登場している。 なお、名称が決まるまでは「妹ズーミン」という仮称がつけられた。 ピンク色の体毛でズーミンと同じくお腹には「Z」と描かれている(ズーミンはシャープな感じの「Z」だが、チャーミンはふっくらした感じの「Z」である)。 「Z」状の(リボン付き)としっぽもあるが、しっぽはズーミンほどはっきりとしていない。 西尾をイメージした顔立ちが特徴。 誕生日は。。 年齢は人間の年齢で8歳。 は「わたし」。 ズーミンと違いご当地チャーミンは作られていなかったが、北海道のみ「チャーミン」が登場した。 なお、あまり浸透していないが、ズーミン・チャーミンを合わせて「ズーチャー」と呼ばれている(羽鳥がよくこの名称を使う時があった)。 また、後述のサタボーを含め、番組内ではよくコスプレをしていた。 サタボー [ ] チャーミンの名称が発表されたあと、第3の(ハッピーズーミンも含めると第4の)存在がいることも明らかにされ、「ズーミン」・「チャーミン」のという設定で『』で主に出没することがアナウンスされている。 こちらは2006年4月からの番組タイトルロゴと同じ緑色の体毛をしていて、サタボー設定当時の『ズムサタ』の男性司会であるをイメージした顔立ちで(着ぐるみは「Z」のロゴ入りゴーグル)を着けていてお腹に「ZS」と描かれているのが特徴であり、ズーミン・チャーミンは右羽で「ズームイン!! 」のポーズを取っているのに対し、サタボーは左羽で「ズームイン!! 」のポーズを取っている(これは藤井が左利きであるからという理由である。 ポーズも左手)。 なお、2006年放送のズムサタで着ぐるみが初登場し、ズーミン・チャーミンと初共演もした。 また、同年放送の同番組でキャラクター名が「サタボー」に決定した(ドラマ『』の宣伝に来ていたのが応募数の多かった上位5つの中から選んで命名)。 グッズは2006年に発売された。 誕生日は。。 年齢は人間の年齢で11歳。 は「オレ」。 当番組放送中のスタジオに人形が置いてあり、画面に映ることも多い。 藤井がピンチヒッターで本番組に出演した時は(着ぐるみの)サタボーも一緒に登場することがあった(サタボーが単独で登場する場合もあったことがある)。 なお、藤井は2010年3月に『ズムサタ』を降板(2日後に開始された『』へ異動、後任は)したが、サタボーは引き続き登場している。 なお、本番組終了後、サタボーは『ズムサタ』に引っ越しをすることになったズーミン・チャーミンと共演することが最終日(2011年3月31日)の天気予報コーナーで発表された。 ズーミンの仲間達 [ ] ズーミンの絵本に登場するズーミンの友達。 一番の仲良しでスカーフ集めが好きなの「コケ」。 みんなのお兄さん的存在なの「ダーチョ」。 氷の村に住んでいるの「ペン」、お金持ちで意地悪だけど本当は寂しがり屋の「ヤーミン」、普段はツンツンしているが笑顔は可愛いの女の子の「コウモリン」がいる。 また、西尾がデザインしたシルクハットとステッキを持ったキャラクターの名称を視聴者から募集され、「ステッキー」という名称が選ばれた。 なお、コケとダーチョとペンのぬいぐるみが発売されている。 番組内コーナー [ ] 放送時間は番組最末期のおおよそのもの。 生放送であるため、コーナーの開始時間が異なったり、コーナーが前後に交互する場合がある。 オープニング(5:20・6:30) 前広場から羽鳥と西尾、橋本(または宮島・水島・池上)ら出演者がカメラに向かってをとる(第1部は2009年3月までS4スタジオから羽鳥と西尾が登場してズームイン!! の掛け声を行い、CG画面により天気キャスターがマイスタ前からリポート。 2008年4月からの第2部は他の出演者も出てズームイン!! ポーズをとるようになった。 」(ただし、祝日は成人の日の朝、海の日の朝などと掛け声が変わる)で1部2部どちらも羽鳥が「ズームイン!! 」の手前まで発言する。 その後CMを120秒挟んで、早読み新聞チェック(第1部)、すぐに、ZOOM NEWS(第2部)になる。 」という掛け声で1ヶ所の短い中継(「新とくちゅー」の中継場所や、日テレもしくは系列局のからの映像)が入ることがある。 なお、第1部の時間帯は、『』から、当番組向けにSTVからパノラマカメラの映像をすることがある(特に雪の時期、5:20のオープニングで実施)。 第1部のオープニングではテーマ曲が流れる。 2008年3月31日よりオープニングのCGを変更。 ズームイン30周年のロゴとズーミン・チャーミンが出てくる。 (第1部、第2部共通)2010年3月29日よりオープニングを再変更。 ロゴから30周年の表記が外れた。 また1部の掛け声も羽鳥が担当することになった。 羽鳥が夏季休暇のときは代理司会ではなく西尾が掛け声を担当する。 2010年10月からは、第1部OPではその日のラインナップを3本(3本に満たない場合あり。 紹介中は別の曲に変わっている。 )と宇井の手書きによる天気のポイント紹介。 第2部OPではラインナップ1本を紹介している(BGMは変わらない)。 早読み新聞チェック(5:23頃) 今朝発売の新聞(一般紙、スポーツ新聞)の一面をチェックし、紹介していく。 その後、表をひっくり返し中面の注目記事を紹介する。 チェックの順番は、スポーツが先で、ニュースが後となっている(まれに、エンタをチェックする場合あり)。 2009年3月30日に「早よみ! スポーツ新聞」より改題された。 5:30 HEADLINE(5:29頃) ニュース・スポーツ・エンタ(芸能)ニュースをキャスターの読み上げ(ストレート形式)で伝える。 なお、BGMが流れる。 西尾が中心にニュースを読み始め、その後羽鳥、西尾の順にニュースを読んでいく。 5:38頃にCMを120秒間入れ5:40頃エンタ、5:46頃スポーツという構成になっている。 「530ヘッドライン」から改題。 Goodチョイス! (5:55頃) 森が気になる新聞や雑誌の記事を紹介。 羽鳥、が良いと思った話題には手元の「Goodチョイス! 」と声の出るボタンを押す。 2009年3月30日に「三面見逃さナイッス! 」より改題された。 あかさたな占い(5:59・6:54頃) 宇月田麻裕による占いで、名前の読みの1文字目(あ行、か行、…わ行)をキーとして占う。 5時台はランキング形式で各行毎にアドバイス・ラッキーカラー等を発表、6時台は各行の占いの内容を棒グラフ風に示した上で、最後にラッキーカラーの発表をまとめて行う。 BGMはの「ブラボー・マーチ」。 やの時期には画面のズーミン・チャーミンのCGが変更されている(あっちむいてズーも同様)。 2008年9月28日以降、6時台での放送ではスタジオ出演者とのかけ合いを強化した。 また、2009年3月30日以前は5時台が棒グラフで最後にその日一番ラッキーな頭文字(1位がは行ならひなど)を発表、6時台がランキング形式だった。 占い方が独特なため、2007年3月までは冒頭で出演者の名前を使って説明が入っていた(例:名前がさんならさ行、さんならや行となる)。 2007年4月からは視聴者から投稿のあった子供の写真と名前を使っている。 5時台ではまれに、エンタ関連コーナーにVTR出演した有名人を使うことも(第1部、第2部共に一部の局では放送なし)。 地上デジタル放送では連動データ放送で確認できる。 コーナーを放送していないytvでも連動データ放送を実施しているので見られる。 2009年6月1日より棒グラフの健康運の表示がからズーミンに変更された。 エンタフラッシュ(6:13頃) エンタ(芸能)の話題を森が、ストレート形式で紹介。 各スポーツ解説者のコメントも交えながら、特集していく。 2009年3月30日に「スポーツフラッシュ」から改題されたもので、それ以前は第2部のズームイン!! LIVEの後に放送されていた。 、CTVでは同時間に「朝イチエンタでChu」に内容を差し替えられている。 オリンピック関係の話題のときは「」(ペキスポ)、「」(オリスポ)とコーナー名が変わった。 ZOOM NEWS(6:31頃) 5:30HEADLINEと同じ形式でニュースを取り上げる。 ただし、内容によっては中継を行う場合がある。 2010年9月6日以降は6:36頃からはフラッシュでニュースを伝えるようになった。 改題後は、注目のニュースをピックアップする「CHOICE(チョイス)」が始まった。 イップンシンブン(6:37頃) 朝刊の一面や社説、注目記事を1分間紹介・解説するコーナー。 縦式モニターに記事が表示されている。 番組開始当初の新聞コーナーは内容・時間帯によって「新聞ナナメ読み」と「新聞のミカタ」という2種類のコーナー名があったが、2006年4月3日から統一された。 第2部は2008年10月 - 2009年3月に「まる読み新聞のミカタ」という名称で「まる読みエンタ」と統合されていた。 2010年4月以降は「シンブンノミカタ」とカタカナ表記されるようになり、10月4日より改題された。 (新聞休刊日は休止。 但し、月曜日が休刊日の場合は日曜日の新聞を使用するため、通常通り行われる。 ) イッポン! (6:38頃) その日のコメンテーターが注目の新聞記事を紹介する。 (金曜日の池上不在時は羽鳥が進行) エンプレ 〜Entertainment Press〜(6:43頃) エンタ情報を詳しく紹介するコーナー。 前身は「まる読みエンタ」。 2008年10月 - 2009年3月に「まる読み新聞のミカタ」という名称で、第2部の「新聞のミカタ」と統合されていた。 シンチャク(6:45頃) 2010年10月4日より開始。 、、売り上げ等の急上昇ワードランキングから一つをピックアップし、その物事を解説する。 あっちむいてズー(6:54頃) 第2部の「あかさたな占い」と「TOKYO HIT CLIP」の合間に挿入されるミニコーナーで、ズーミンが上下左右どれを向くか当てるというもの。 2010年9月までは羽鳥と西尾が歌うバージョンが流れていた(2007年4月からはデュエットバージョンも流れていた)。 なおHTVは2008年9月まで自社で送出していた。 2010年10月4日からは歌い手がHARUに変わり、曲が多少短くなった。 TOKYO HIT CLIP(6:56頃) 流行の物事をVTRを交えて紹介する。 2005年4月に、同時刻で放送されていた「流行りダネ」の月曜コーナー・「東京HOT! スポット」として開始。 2008年4月に「東京HOT! スタイル」に改題。 2009年9月までは西尾の担当で、同10月に宇井が初登場。 2010年3月29日よりコーナータイトルを変更し、「流行りダネ」を置き換えて週通しのコーナーとなった。 this morning(7:00) 昨日から今朝にかけてのニュース・スポーツ・エンタの項目を2~3分間で伝える。 の「24H」と同様のスタイル。 BGMはの「Iris」。 (重大ニュースがある場合は休止。 生中継を多く結ぶのも特徴。 月・火曜は橋本、水曜は宮島、木曜は水島、金曜は池上が「キーワード」としてニュース解説する。 出日によっては、FLASHニュース終了後に各地の話題を中継で伝える。 コーナー名称はないものの、HPでは「 新とくちゅー」として紹介されている。 この時に羽鳥が「ズームイン!! 」ポーズを取り、同時に『ズームイン!! 朝』からの伝統である鳥の鳴く画面の切り替え音が鳴っている。 またMMT・KNB・HTVは事件・事故に関係なくHDで中継を結んでいる。 ニュースジャーナル「SomoSomo」(月曜~木曜 7:19頃) 注目の話題を「そもそも」をキーワードに追求する。木曜日は西尾がニュースの現場を歩く「ニシオ、アルク。 」を放送。(重大ニュースがある場合はコーナーは休止。 ) 池上彰の3DOORS(金曜 7:24頃) 2010年4月2日から始まった池上独自のニュース解説コーナー。 気になるニュースを3つのキーワードで解説する。 池上不在時は基本的に放送されないが、事前に収録された特別版を放送することがある(2010年10月からは、池上のスタジオ出演は不定期となった、また当コーナーを休止して「SomoSomo」を放送する場合もある)。 マルQ(月曜~木曜 7:26頃) 2009年3月30日から始まった特集コーナー。 日常の疑問に思った話題をとことん追求していくコーナー。 内容は経済・料理・流行など幅広く扱う。 (「エンパラ」特別企画が放送される場合当コーナーは休止になる) ズーム流(金曜 7:30頃、他曜日に放送する場合もある。 ) 2009年4月から始まった特集コーナー。 各地の話題(主に人間ドキュメント的な内容)を中心に紹介する。 なお、マルQ、ズーム流共にが平日に当たった場合はHTV製作の原爆追悼特集が組まれる。 e(月曜 7:40頃) 2010年10月4日から始まった日替わりエンタコーナー。 ズームエンタ班が旬の現場に突撃取材する。 SHOWBIZ PLANET(火曜 7:40頃) 2010年10月5日から始まった日替わりエンタコーナー。 海外の最新エンタ情報を紹介する。 かがやきビト(水曜 7:40頃) 今話題の人物をがインタビューするコーナー。 開始当初は6時台の「流行りダネ」コーナーのひとつであったが、2010年3月同コーナー終了により現時刻に移転。 2008年3月5日の放送ではズームイン30周年企画(ゲスト:)として羽鳥慎一がインタビューを担当した。 同年4月2日に「週刊イマジン」から改題された。 バードウォッチング(木曜 7:40頃) 羽鳥慎一がにいる10歳代後半〜20歳代前半の女性(いわゆる「女子」)に街頭アンケートをするコーナー。 エンパラ(7:46頃) エンタ情報を詳しく紹介。 ドラマの特集なども組まれたりする。 また、このコーナーの姉妹番組として2004年10月から1年間、日テレローカル番組として『』が放送されていた。 2007年に「エンタパラダイス」から改題された。 みんなのカメラ(7:52頃) 視聴者から投稿されたおもしろ写真を紹介する。 (時折、投稿者と生中継を結ぶことがある。 ただし、重大ニュースなどがある場合は休止)なお、大賞等の選出は行われず、純粋な投稿紹介形式にとどまっている。 着ぐるみのズーミン・チャーミンが幼稚園など様々な場所に出向き、子供たちと一緒にスポーツや遊戯などをした後、全員で一緒に「ズームイン!! 」のポーズをするコーナー。 なお、緊急時や次のコーナーで特別企画がある場合は、コーナー告知等に差し替えられるため放送されない日もある。 撮影カメラは各局で異なり、日本テレビ取材の関東の幼稚園訪問の映像は標準画質で、福岡放送取材の福岡・佐賀の映像はHD画質。 その福岡・佐賀の取材では、ズーミンの着ぐるみはFBS独自のものを使用している(チャーミンの着ぐるみは無し)。 関東地方での取材では原則ズーミン・チャーミンが一緒に出向く。 また地方に出張して収録する時はズーミン単独となる場合が多い(関東地方の収録でもたまにある)。 2007年から、月 - 木曜は新コーナー「 ズムこく」が放送されているため、金曜のみの放送。 その後「ズムこく」を金曜にも放送するため、2008年3月28日の放送(埼玉・草加市ルミ幼稚園で収録)を最後に7時台の放送を終了し、3月31日からは6:40頃の提供クレジットの際に5秒間だけ放送されていたが、4月下旬頃からまた放送時間が変わり、7:20頃の「エンパラ」告知終了後CM前に放送されている(3月31日の放送から、子供たちとの遊戯の部分は省かれている)。 尚、6月2日から1週間はエコウィーク関連のミニ企画を放送のため休止した。 の分は、番組内容の都合で7時55分に繰り下げられた。 その後の分から同時間帯(エンディング前)に移行された。 2010年の動向に関しては前年と同様、幼稚園勢の出演は週2回程と少なく、ときには「ママ鉄ブーム」の刺激による鉄道博物館や、楽天イーグルスの本拠地クリネックススタジアム宮城等での収録もあった。 また、幼稚園勢にはカウントされない保育園での収録は2月と4月に実施済みである。 また、幼稚園勢としては福岡市内の幼稚園(2011年2月分のみ大牟田市の白川幼稚園)が出演していた。 エンディング(7:59頃) 出演者がマイスタ前広場に出て、気象予報士が全国の天気を伝えた後に「 (それでは皆さん)ご一緒に、ズームイン!! (福澤時代は「それでは皆様ご唱和ください! ズームイン!! 」)」と言って締めくくる。 その際には、「皆さん良い一日を! ズームイン!! SUPERまた明日(来週)」のテロップがズーミン・チャーミンのCGとともに表示される。 また、『ズムサタ』ともども『朝! 』時代からの伝統として、学園祭の告知などでやってきた観客や、夏休みや振替休日でやってきた子どもたちと一緒に「ズームイン!! 」ポーズを取って終わる日もある。 2007年4月から2010年5月までは、金曜日のみ全国の天気を伝えた後、翌日の『ズムサタ』の予告をしていた。 4月3日の放送のみ後枠『』(同日開始)に向けて「 スッキリ!! に向かってズームイン!! 」と声をかけていた。 一部局では他番組を放送する都合上この部分をカットし、ステーションブレイクを挿入していた。 それ以降のエンディングは羽鳥が「 それではズームイン!! SUPERまた明日(来週)です」と言う素っ気ない形でコラムの展開によっては挨拶なしで終了する場合もあったが、2006年から再び「ズームインジャパン」とコラムの時間移動が行われ、EDで「ズームイン!! 」を行う2006年3月までの形式に戻っている。 2010年の放送では、休暇中の羽鳥の代わりに番組を締めることになった西尾が「それでは皆さんご一緒に、ズームイン!! 」と言うところを、「日本…、あっ、何でしたっけ!? 」と言ってしまった。 そして他の出演者全員が「ズームイン!! 」のポーズをする中、西尾だけは前屈みになって顔を隠したまま番組が終了してしまった。 2010年の放送では、天気が雨でしかも広場に出られない状態になったためスタジオでエンディングとなった(過去にも有り)。 読売テレビは、ニュースジャーナル「SomoSomo」VTR終了後に関西ローカルに差し替えるが、ローカル枠終了後に飛び乗る。 ローカルコーナー [ ] 局によっては一部のコーナーが地元向けのコーナーに差し替えられる。 特に、STV札幌テレビ・CTV中京テレビ・ytv読売テレビは他のローカル局と異なり、独自コーナーを多く設けるため、本番組本来のコーナーの所々が放送されない。 いずれの局も、ローカルパート部分で全国放送の生中継など、参加を行う場合もある。 ただし、重大ニュースなどがある場合は、下記の差し替え内容とは異なる場合があった。 』がスタートしたので、東京からのエンディングの挨拶が重大ニュースなどの編成上の理由によるローカルコーナー休止時しかネットされなかった(ただ、番組最終週となった2011年3月28日 - 31日は東京からのエンディングがネットされ、31日の最終回での羽鳥・西尾によるお別れの挨拶を北海道でも視聴することが出来た。 なお、後継番組『ZIP! 』の東京発のエンディングは北海道でも開始当初からネットされている)。 おでかけズーム 2005年以前は月~木曜日7:38~のコーナーを差し替えて、北海道のニュース・天気・のおでかけ風水などを放送していた。 また、金曜日は放送しない代わりに天気・交通情報のL字が表示されていた。 2005年より7:53~7:59に移動、金曜日も放送されることになり、中継・天気・ズーミンとズームイン!! (北海道版、5秒間のみ)・おでかけ占いランキング(STV独自、6時台のローカル枠でも放送)を放送している。 なお、現在は「ニュース・ファイターズ情報・天気予報」を放送。 ファイターズ情報 の試合結果などを放送。 MMT [ ] ミヤテレDEズームイン!! ミヤテレ応援隊のSPLASHが1週間一市町村にズームイン!! 朝イチエンタ DE Chu・まるごとエンタ DE Chu・新聞見出しチェック・芸能こぼれ話 当日のスポーツ新聞の芸能欄と、注目芸能ネタを芸能リポーターと共にチェックする。 」終了から8:00の番組終了までを差し替えるようになり、このため「ニュースのカナメ」やマイスタのエンディングは中京エリアでは見られなくなったが、2009年1月5日より「ズムとく! 」終了からの差し替えコーナーを取りやめ、再び「ニュースのカナメ」やマイスタのエンディングが見られる様になった。 だが、春の改編の前の週となる3月23日から再び差し替えるようになり、また、マイスタのエンディングは見られなくなっている。 ただし3月27日(金曜日)は「ニュースのカナメ」とマイスタのエンディングは放送した。 SUPER』を5:20からのフルネットを開始したものの、『おめざめワイド』の流れからか日テレからの6時台のネットはNNNニュースSUPER・全国の天気・エンタフラッシュ・第2部オープニング・ZOOM NEWS・イップンシンブン・イッポン!・エンプレ・シンチャクに留まり、それ以外の6時台はCTVから内容を差し替えて放送している上、7時台では引き続き「みんなのカメラ」とマイスタのエンディングは見られない様子であるが、祝日と日と東京からの内容によっては差し替えを行なわず、そのままマイスタのエンディングを放送する事もある。 なおCTVのローカル枠でエンディングを放送する場合は(ローカル枠のままステーションブレイク無しで『スッキリ!! 』に接続する)自社送出にて画面左下に「制作著作 日テレ」のテロップ表示している。 また、エンディングの「ズームイン!! 」のかけ声は行われない。 とはいえ『ズームイン!! SUPER』をフルネットしている中でも東京からのマイスタのエンディングをCTVのローカル枠に差し替えるケースは異例である。 なお、中京テレビから放送されるのは時間尺の関係からか『 あっちむいてズー(6:22頃。 ただし後ろを手羽先やシャチホコが動き回る独自アニメーション)』『 名古屋で言っちゃえ! ココだけエンタ(6:23頃・6:41頃・7:53頃)』『 きょうのオススメ曲(6:59頃)』『 新聞見出しチェック(7:18頃)』『 芸能こぼれ話(7:57)』とCTVアナウンサーと東京の芸能リポーターによる芸能コーナーのみに特化しており、ニュースや天気の差し替えは行っていない。 『ズームイン!! SUPER』を終了して、『ZIP! 』が開始するのを機に自社制作番組『』を5:20 - 5:50にて立ち上げることになった。 事実上『ズームイン!! SUPER』の終了を機にローカル番組を復活する形をとった。 ytv [ ] 2010年3月29日からは、『』の出演者によって進行される。 殆どのでは『す・またん! 』に扱いされている。 けさの朝コレトピックス(6:48頃) 今朝はコレだけ知っておけば大丈夫!という情報 主にニュース中心 を紹介する。 ズムなぞ(6:56頃) 視聴者から投稿されたなぞなぞを紹介するこのコーナー。 問題の難しさにイライラする視聴者も。 ズムスペ(7:24頃) 関西ローカル独自の特集コーナー。 おしえて辛坊さん(7:34頃) 視聴者の疑問を辛坊がわかりやすく解説する。 「おはよう子どもニュース」より改題。 朝コレ芸能トピックス(7:44頃) 最新の芸能情報を芸能リポーターがわかりやすく解説。 上記のように第2部はオープニング・ZOOM NEWS・イップンシンブン・イッポン! また視聴率も伸び悩んでいることから番組構成の変動が非常に激しい。 視聴率の改善と番組の知名度向上を図るため、2008年春からは番組宣伝を強化したり、ローカル枠内で現金5万円プレゼント(期間限定)を実施している。 また羽鳥自身も番組の宣伝をかねて読売テレビ制作の情報番組にゲスト出演している(後述)。 2006年のは全国ネットで京都からの紅葉中継を行い、羽鳥・西尾と共にytvアナウンサーも全国ネット枠に出演したため、5:20からほとんどのコーナーで日テレと同じ内容を放送した。 そのため、読売テレビ企画コーナーはすべて休止され、関東地方のローカル天気もそのまま関西で放送された。 その翌日は前日もしくは翌日のズムサタでも京都から紅葉中継をする影響か、天気予報・占い・ローカルニュースのみを差し替えて放送した(読売テレビ制作のコーナーはすべて休止され、エンタフラッシュ・スポーツフラッシュもネットされた)。 2007年は陣内智則・藤原紀香の結婚披露宴のニュースを伝えるため、6時台のエンタフラッシュ、まる読みエンタをネットした。 しかし、それぞれのコーナー終了後、即読売テレビに接続されてウル虎! Sportsなどが始まった。 2007年は前日の総理大臣辞任のニュースを中心に630ヘッドラインなど全国ニュースの時間帯が拡大されたため、ズームインシアターを休止し、ウル虎! Sportsを通常より短縮して放送した。 2007年の勤労感謝の日は昨年と同じく全国ネットで京都からの紅葉中継を行ったため「あかさたな占い」「エンタフラッシュ」「スポーツフラッシュ」のみ差し替えられ、普段ネットされない「パラパラマガジン」「まる読みエンタ」がネットされた。 2008年は全国ネットで京都から桜の中継を行ったため、6時台前半の差し替えを短縮し、また、「バードウォッチング」が大阪から放送したため、特別にネットされた。 そして中継後、羽鳥は(関西地区の視聴者に向けて)『ズームイン!! SUPER』の番組告知をするため、読売テレビ制作の情報番組「なるトモ!」「情報ライブ ミヤネ屋」にゲスト出演した。 2009年は読売テレビがに入ったため、アナウンス部長であるがローカルコーナーに出演したが、本番中にズーミンのの頭部分を興味本位で外すという失態を犯した。 2010年3月29日の改編からは第1部のネットを打ち切り、当該時間帯は『』を放送する。 こちらに出演する辛坊治郎と森たけしが、本番組のローカル枠も担当することになった。 また、アシスタントにはとの読売テレビ女性アナウンサーコンビが起用される。 これにより辛坊はスタート時から担当していた全国パートのレギュラーからは降板となる。 また、第2部に関してもローカル編成部分が増加するため、日本テレビからの本放送そのものはネットスポンサーの付くゾーンを除いてほとんど視聴できなくなる。 読売テレビがその部分で全国放送の中継などを行う場合は、日本テレビへ向けての参加となる。 さらに、2010年7月11日の特別番組において、7月12日以降は全国ニュースを放送する部分以外は完全に関西ローカルとなることが発表された。 そのローカルパート部分に読売テレビが全国向けの生中継をしたり、企画VTRなどの放送がある場合は裏送り放送となる。 ズームイン!! SUPERの普段、ニュースコーナーではない所にニュースが内包された場合、読売テレビがネットするかどうかは不明。 2010年11月23日の勤労感謝の日は、紅葉中継の形が変更され、吉田奈央、国木田かっぱが銀閣寺からの生中継で、マルQの中での紹介となった。 読売テレビでは、普段ネットしていない直前のSomoSomoのVTR終了後のトーク、Zoom Sportsも含めネットされた。 しかし、マルQ終了後、即関西ローカルに切り替えられた。 2011年3月14日は、3月11日に発生した『』の情報を伝えるため、約1年ぶりに辛坊が全国パートに出演したため、読売テレビでは、を休止し、ズームイン!! SUPERを第1部から、同時ネットで放送された。 2011年3月30日は、第2部は、東日本大震災に関してのニュース、そして『す・またん』で普段放送されていない「羽鳥アナのバードウォッチング」の総集編を拡大して放送したため、コーナー差し替えを中止し番組終了まで同時ネットで放送された。 第1部は、この日もNNNニュースSUPER以外非ネット。 こーだ!! コメンテーターには、、、、、、。 関西うまいもん図鑑 毎週、「うまいもん」のテーマを設定し、月曜から金曜まで、テーマに沿った関西の絶品料理を続々紹介。 いいことあるといいね 関西の幼稚園や小学校の子どもたちに最近あった「いいこと」をインタビューする。 HTV [ ] 2010年より試合の有無に関わらず、天気コーナー以外すべて関連のコーナーとなる。 それ以前は小学校や高等学校の部活動を取材するなど、子供たちのインタビューを紹介するコーナーが多かった(下記参照)。 ローカルコーナーのタイトルロゴは基本的に当番組の現行ロゴに似せている。 6:55のコーナー カープ朝メシ前!! カープの試合情報を伝える。 前年度の「カープズームZoom情報」の流れを受け継ぎ、元カープ選手で広島テレビ解説者のの解説を交えながら、前日の試合を振り返る。 その試合内容に応じて良かったプレーには「よっしゃ」または「大よっしゃ」と書かれた金の扇子を掲げ、悪かったプレーには「しょんぼり」または「大しょんぼり」(青地に白色で池谷の涙ぐむ顔のイラストの風船を池谷が験担ぎによってそれを割る)のどれか1つを出す。 冒頭のBGMは、カープズームZoom情報に引き続き「プロ野球いれコミ情報」に使われていたものを流用している。 赤い鯉人たち 試合がない火曜日に放送する。 カープを愛し続けるファンや広島県民の熱い思いを紹介する。 気になるスタジアム情報 試合のない水~金で放送。 のショップ情報や、最新のカープグッズを紹介する。 過去のコーナー [ ] ズムトピッ! スタジオからローカルニュースを1項目伝える。 アナウンサーは女性がシフト勤務。 2008年10月6日から、6時28分頃のローカル枠で天気予報との前に放送。 『ズムトピッ! 』のロゴは当番組のロゴに準拠。 ひろしま ぐっとスポット(月曜のみ) 6時50分の日替わりコーナー枠で月曜のみ放送される。 ズームイン担当の西名が出演。 生活情報と広島県内(殆どが内かその近郊)のおすすめスポットをVTRで紹介。 スマイル天気 6時56分頃のローカル天気予報を土曜日午前に放送している『』のフォーマットで放送。 この時間のみBGMが独自のものとなっている。 あつまれ ズームワン!! 7時26分頃。 視聴者からの応募受付でペットを紹介するコーナー。 2008年10月6日から。 ねぇズーミンちょっと聞いて! (2008年10月3日で終了) 広島県内の小学校を訪問し、出されたテーマに小学生が答えるコーナー。 6:28と6:53頃に2回放送する。 6:28頃放送は他系列局が天気予報を放送している時間帯、6:53頃放送はあかさたな占い・あっち向いてズーの時間帯なので、このようなコーナーは別に朝のニュース番組でやらずに夕方の『』でやって、天気予報やズームイン!! SUPERのコーナー(きょうのあかさたな占い第2部・あっちむいてズー)などをネットしてほしいという声もある。 但し読売テレビのローカルコーナーとは違い極端な批判の声はなく、このコーナーが直接広島地区の視聴率に響いていないので(広島地区の順位は第1位が『朝ズバッ! 』(RCC)、2位が『ズーム』(HTV)で第3位が『めざましテレビ』(TSS)、2008年10月3日まで続けられた。 2007年分よりとなった(但し全国ネットの中継を標準画質で行うときはこのコーナーも標準画質での放送となる)。 VTR前の案内 インタビューした学校の告知など は、天気予報と同じキャスターが天気予報と同じスタジオから放送するが、広島から全国中継がある場合は、天気予報担当のキャスターが中継先から案内した。 同年4月からは『あっちむいてズー』のみ放送を開始し、天気予報の時間を短縮した関係で音楽と自動音声だけになり、インタビューした学校の告知も子どもの声であらかじめ録音したものを使用するようになり、キャスターの出演がなくなった。 ズーミン5(FIVE)キーワード(2008年10月3日終了) 2007年4月からスタートした新コーナー。 月曜 - 金曜まで毎日キーワードを出題し、5つの単語を完成させるというもの。 正解すれば抽選で毎週3名にズーミングッズをプレゼントする。 放送時間は7:24頃なので、天気予報は解説付きではなく、天気カメラと音楽に載せて放送することになる。 クラブdeズーミン 広島県内の高校(1週間で1校)を訪問し、クラブ活動の様子などを紹介する。 一部は天気予報にあわせて放送。 この場合のBGMは月によっては全国の天気と異なり、Jポップ系の様々な楽曲が使われる場合がある(2009年7月以降は全国と同じ)。 2010年3月26日で終了。 カープズームZoom情報 情報を伝える。 6:54頃から毎週月曜日と地元ゲームの翌日・春季キャンプ期間中に放送。 2009年8月頃から月曜のみ「エンプレ」も差し替えて拡大している(「エンプレ」の予告はそのまま放送)。 冒頭のBGMはかつて前身番組の「プロ野球いれコミ情報」末期に使われていたものを流用。 シーズンオフの2009年12月から2010年1月11日までは休止して日本テレビからのコーナーを同時ネットしていた。 ズムコレ!! (『カープズームZoom情報』がない場合の金曜のみ) 6時50分の日替わりコーナー枠で金曜のみの放送。 内容は「ひろしま ぐっとスポット」と同様広島市内を中心としたグルメスポットを紹介。 ズーミンとCCダンス 7時16分頃。 で5回裏に行われる「CCダンス」を、ズーミンの着ぐるみと広島県内の幼稚園・保育園の園児たちが踊るコーナー。 FBS [ ] 終了時点のコーナー [ ] ズームイン!! ちゃんねる 最近のトレンドについての取材。 ズーミン FBSのズーム担当リポーター(または、)が最近の話題について街頭インタビューを行う(毎週月曜日)。 突撃HAWKS! ホークスの選手に突撃インタビューを行う(毎週金曜日)。 過去のコーナー [ ] ズームイン!! HAWKS 前日のの試合をコメンテーターと共に分析するコーナー。 ズーミンじゃんけん(日によっては「チャーミンのじゃんけん玉手箱」) 運試しコーナー。 「あっちむいてズー」のじゃんけん版(歌・振付はなし)。 また、当然のことながら「あっちむいてズー」はFBSではOAなし。 9 - 2007. 9までは、前番組の『』の担当アナウンサー(・または・)とコメンテーター(または、または、)が引き続きスタジオ進行を行っていた。 現在、天気予報は全国の天気を含めてほぼ全て差替え。 そして、TOKYO HIT CLIPは、水曜日のみ同時ネット。 NIB [ ] ビービーズダンス 局キャラクターの「ビービーズ」と長崎県内の子供たちとがダンスを踊る。 長崎HOT! スポット が長崎県内の今、最も旬なアツいスポットを紹介するコーナー。 KYT [ ] ズムかご 県内各地に出向いて街頭インタビューをしたコーナー、2007年頃 から番組終了まで6:29から1分間放送。 以前放送されていたコーナー [ ] コーナーの放送時間順• イチバンニュース• 早よみ! スポーツ新聞• フラッシュ• もともとは辛坊が読売テレビの『』で担当していたコーナーであった。 辛坊が当番組へ異動後、同番組では時差ネットする形でコーナーを存続していた(詳細はを参照)。 プレミアエンタ(2005年7月 - 2006年3月)• スポーツヘッドライン(2001年10月 - 2006年3月)• 東京旅物語(2001年10月 - 2006年3月)• 東京ぐるっとグルメ(2006年4月 - 2008年9月)• おしゃれアンテナ(2006年4月 - 2008年9月)• やってみてDO! (2008年4月 - 2009年3月)• 三面見逃さナイッス! (2006年4月 - 2009年3月) 現在の「Goodチョイス! 」の前身、一時、第2部でも放送。 World REPORTERS(2010年4月 - 9月) 金曜日に不定期で放送していた。 エンタ村(2001年10月 - 2002年3月)• 福澤新聞・大桃新聞(2001年10月 - 2004年12月)• まるみえエンタ(2001年10月 - 2004年9月)• 教えて! エキスパート(2002年1月 - 9月)• 6時台曜日別日替わり流行情報・流行りダネ( - 2010年3月)• グルメK点越え( - 2006年8月)• スポット(2008年4月 - 2010年3月)• 東京HOT! スタイル(2008年4月 - 2010年3月)• LIVE」に改題)• LIVE」に統合)• LIVE」に統合)• きょうのアングル(2001年10月 - 2004年9月)• 730ズーム(2005年7月 - 2006年9月)• 暮らしの素。 (2004年10月 - 2006年2月)• アングル( - 2006年2月) かつて「ジパングあさ6」に同タイトルのコーナーがあった。 LIVE」に統合。 公式ホームページでは新とくちゅーとして紹介)• ズムこく(2007年11月 - 2009年3月)• ズームアイ(「8時の特集」のサブタイトルがあった)• 青春18路上きっぷ・全国47のうた(2004年8月 - 12月にが全国を歌を歌いながら旅をした) その他企画 [ ] 投稿ビデオ大賞 視聴者から面白いビデオを募集し、大賞などを選定する。 放送は年数回で不定期。 主に祝日に放送することが多い。 』より続く企画で、現在は年末にゴールデンタイムで特番として放送され、声優陣によるが付く(主に・・・など)。 2010年4月29日の放送時点で48回目を数える。 審査委員長は映画監督のが務める。 お天気リレー 『朝! 』でオープニングを飾っていたコーナー。 終了時点は祝日を中心に不定期に放送していた。 特別企画として「全国30局お天気リレー」(原則毎年1月1日に実施)を行っているほか、『朝! 』の放送開始から通算して30年を迎えた記念として2008年3月5日にもエンディング直前に放送された。 で放送することもある。 また最終回にも放送された。 年末企画(全国年末市場中継) ズームインSUPERが年末最後の日に、全国の各放送局から年の瀬の模様や新年の準備状況、年の瀬特有の郷土料理などを伝える。 その際マイスタにはこたつのセットが置かれ、通常の『ズムとく! 』などとは違った和やかな雰囲気で企画が進行する。 マイスタの出演者が、中継で登場した郷土料理を巡って簡単なゲームに興じるのが毎年の恒例になっている。 また当日は「全国年末市場リレー」も実施されている。 絶叫グランプリ 日本中のジェットコースターや遊園地の絶叫するアトラクションを紹介する。 2003年10月から年1回ゴールデンタイムで放送される。 笑顔大賞 1年間で笑顔が輝いていたさまざまなジャンルの人たちを表彰する。 (2010年:、、、内田伸哉(ipad)、川口淳一郎(教授、小惑星探査機はやぶさ生みの親)、()・山崎大地(夫)・山崎優希(娘)、()、(陸上)、、山田外美代(に毎日通っていたおばあちゃん)) エンタ大賞 2001年スタート、エンタ情報(エンタメパラダイスなど)登場回数の一番多い人が受賞となる。 2010年は発表されず。 じゃぱん 日本テレビ系列局がある地方に西尾が出向き、そこから各局キャスターと共に中継を行う。 2005年から始まった企画で、祝日等に放送されている。 「西尾eco! じゃぱん」として放送する場合もある。 西尾GO! じゃぱん・西尾eco! じゃぱん放送日• 2005年(文化の日)・• 2006年(春分の日)・• 2006年(こどもの日)・(・ズーミン号紹介と併せて)• 2006年・• 2006年(文化の日)・• 2007年(成人の日)・• 2007年(建国記念の日の振り替え休日)・• 2007年(勤労感謝の日)・• 2008年(成人の日)・• 2008年・• 2008年(文化の日)・• 2009年(建国記念の日)・(・西尾eco! じゃぱん)• 2009年・(西尾eco! じゃぱん) 高校生クイズームイン(『』バックアップ企画) 2007年7 - 8月の各地区の予選の様子や大会直前の様子と第1問目のヒントが出される。 主に、が担当だが、場合によって大会開催地の地元アナが担当したり、エンディングでヒントが出る程度のときもある。 2007年には、各地区の決勝敗退チームによる敗者復活戦(スーパーチャンス)で勝ち残った13チームから全国大会に出場できるチームを決める早押しクイズを生放送で行った。 コーナー冒頭では、羽鳥が高校生クイズの司会になるつもりでいたのににとられたという内容のVTRが流された。 欽ちゃん66歳の挑戦(「チャリティマラソン」バックアップ企画) が2007年・の24時間テレビチャリティマラソンに挑戦するのを応援する。 練習の様子や欽ちゃんに関係ある有名人(・()、、、、、、ほか)からメッセージをもらうなどで、放送前日の8月17日までの期間限定企画。 ズーミンじゃんけん(『』とのコラボレーション) 2007年から12月まで水曜日のみの期間限定であっちむいてズーの時間に放送。 『働きマン』主演のがズーミンのハンドマペットを持って一緒にするというもので、の次回予告の最後と同じである。 プロ野球いれコミ情報 2007年にレギュラーの「ズムスポ」の代わりとして放送。 この日はかつて『朝! 』の司会であった徳光和夫と福留功男が『オジサンズ11』の番宣でゲスト出演。 その記念として復活した『朝! 』の名物企画である。 コーナーオープニングも当時とまったく同じものを使用していたのを始め、がに敗退した2日後であり、「もし、巨人が進出決定していたら…」ということで、当時の映像の(木)放送の「巨人優勝」の(「」の大広告あり)を持つ徳光(バックに)や(月)放送の「巨人優勝」を伝える福留(バックは初代マイスタ)の現役時代の映像も流れた。 終了時も15秒のカウントダウンで「GAMEOVER」と締めくくった。 なお、徳光・福留はスタジオの変わりぶりを自分の現役時代と照らし合わせていた。 また、2008年にも『朝! 』が放送開始から通算して30年目を迎えた記念として前回同様に復活、このときボールキャッチしたのは羽鳥。 さらに2009年3月の「 ズームイン!! ありがとうweek」では、歴代司会者の徳光・福留・福澤が登場した - に「 WBCいれコミ情報」として復活。 ボールキャッチは歴代司会者が行った。 このときはWBCの最新情報に加え名場面VTRが放送された。 あっちむいてチュー からまで、毎週火曜日はCGがチューミンバージョンのあっちむいてズーを放送。 歌もチューミンバージョンでテロップは「 ばどちゅー」「 ゆかちゅー」と出ていた。 チューミンバージョンのバックコーラスは羽鳥が歌うときは西尾、西尾が歌うときは羽鳥、デュエットで歌うときはデュエットである。 なお、HTVは2008年9月まで自社で送出していたため、「ばどちゅー」「ゆかちゅー」のテロップがなかった。 『』いれコミ情報(毎週金曜日のエンパラで放送。 2008年最終回、2009年復活。 2009年 - には、映画版を放送。 ) 2008年5月から元ズームイン! リポーターで、出演者でもあるが、出演者にインタビューしていく。 オープニングでは、スタジオから野球のボールを投げVTRの魁三太郎がキャッチして、プロ野球いれコミ情報のテーマソングで始まり、エンディングでは、「次回は、あの人にインタビューしますよ! 飲みに行く、じゃあ行きましょう。 」で、なぜか毎回酒場へ向かう様な形で終わっているが、ロケ弁当について語るパターンやの試合を見に行くパターンなどもある。 最終回では、仲間由紀恵、3-D生徒数名、魁三太郎がスタジオに出演。 2009年3月27日、「 復活! ごくせんいれコミ情報」として、3月28日放送予定の「ごくせん卒業スペシャル」の現場から魁三太郎が、出演者インタビューやドラマ情報を伝えた。 また、スタジオには仲間由紀恵も出演。 前回同様にヤンクミに扮した女性スタッフも登場。 SUPER」として、映画版のごくせんいれコミ情報を放送。 今回も魁三太郎が、出演者にインタビューをする。 また、映画の情報も伝える。 また映画には当番組のパロディ「ズームイン!! アフター」の司会役で羽鳥が出演している。 ポニョとく! 映画「」の公開を前に最新のポニョ情報をお届け。 占い 月曜日限定で(声:)があかさたな占いの読み上げとあっちむいてズーの歌唱を担当。 ズーむすび コンビニエンスストアの「」と提携して全国各地のご当地を企画。 当初は該当地区のみの限定発売で投票で1位に選ばれた商品を全国発売する企画。 投票の結果、九州地区のおむすびが1位を獲得し、2009年3月3日より全国発売された。 ちなみに、アニメ「ヤッターマン」限定版1では、番組マスコットのズーミン、チャーミンが、ヤッターマン1号(声:)、2号(声:)、オモッチャマ(声:)と共演した事もある。 映画公開前日、番組30周年ありがとうWEEK最終日には、櫻井と、が生出演した。 ガンバレ! 寛平さん 地球一周マラソン お笑い芸人のが地球を一周するに密着。 当日の様子を衛星中継でインタビューする。 もちろん、初代ズームキャスター、徳光和夫が担当の「」なども可能。 2009年3月11日(日本時間)のロサンゼルス到着時にはズームイン!! LIVEで福留がロサンゼルスから到着時の模様を生中継した。 (あかさたな占い、あっちむいてズーでコラボ) 2009年3月23日〜3月27日に、3月27日にで放送された「ルパン三世VS名探偵コナン」とのコラボで、あかさたな占い、あっちむいてズーを放送。

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