ジェンダー 平等 を 実現 しよう。 みんなのSDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」

企業ができる取り組みとは:SDGs目標5『ジェンダー平等を実現しよう』-Manegyニュース

ジェンダー 平等 を 実現 しよう

「男女平等」だけど「男女は違う」! 編集部 これまで、日本で「女性の社会進出」とか「男女平等を」といったことが語られるときには、主に「男女の能力に違いはないんだから、扱いを平等にすべきだ」という観点からの議論が中心だったと思います。 一方、以前にマガジン9に掲載されたでもレポートされていたように、「ジェンダー平等」の先進国である北欧・スウェーデンなどでは、むしろ男女の違いを当然のものとして受け止めた上で、「だからこそ政治の場をはじめとするジェンダーバランス、多様性を確保することが社会にとって重要なんだ」という考え方が主流なんですね。 とても新鮮な視点でした。 三浦 そうですね。 例えば複数の男性の中に女性が1人という状況になったときに、いろいろなことに対する発想とか考え方が自分だけ違うと感じた、というような経験は、多くの女性が持っていると思うのです。 もちろん、同じ女性、男性でもいろいろな人がいるし、個人差はあるのですが、それでも全体的な傾向として、女性のほうが暴力に対して非寛容、あるいは、他者に共感する力が強く、誰かが犯罪行為をしたときには、男性は「その人自身が悪い」と割り切る傾向があるのに対して、女性は貧困とか人間関係とか、社会全体の中に犯罪を位置付けて見る傾向があります。 1980年代にキャロル・ギリガンがを刊行して以来、発達心理学の領域では男女の異なる道徳観が注目され、政治思想の分野では「ケアの倫理」として、ケアに従事してきた女性たちの経験を基礎にした民主主義理論が構築されようとしています。 実証政治学においても、自己肯定感や政治的野心の男女差、関係性・リーダーシップの男女差が研究されています。 編集部 原発再稼働や憲法改正などの問題についても、男女によってかなり意見は分かれますね。 三浦 生命を大切にする傾向は女性のほうが強いですね。 どの世論調査を見ても、原発再稼働への反対や憲法9条への支持は女性のほうが男性より20ポイント以上高いです。 ただ、重要なのは男女でものの見方が違うのであれば、その多様性が政治に反映されないと、政策決定に歪みが生じてくるということです。 編集部 衆議院に占める女性議員比率が10%以下という日本社会は、まさにそういう状況ですね。 男性と女性の考え方や選択基準がそれだけ異なっているのに、男性が圧倒的多数を占める場でいろいろなことが決められていくとすれば、国民全体の選択とは「ずれ」が出てきて当然ということになります。 三浦 ただ、注意しなくてはならないのは、「男性と女性は違う」ということが、いわゆる「男らしさ」「女らしさ」を押し付けることにつながる危険性があるということです。 男女は本質的に異なるという考え方は本質主義と呼ばれますが、フェミニズムは本質主義とずっと闘ってきたわけですから、男女差を認めることと本質主義は異なることを常に注意する必要があります。 特に日本にはそうした「男らしさ」「女らしさ」の規範が強固にあるので…男女ともに生き方を自由に選べるという方向ではなく、「女性は家庭を最も重視すべきだ、政治に口出しする必要はない」という、誤った方向に行ってしまう可能性が常につきまといます。 そうではなくて、男性と女性には違いがあることを認めつつ、でもいわゆる「男らしさ」「女らしさ」という規範に必ずしも乗らなくてもいい、それに男性のあいだ、女性のあいだでも違いは大きいという認識を、うまく共有していく必要があると思います。 そのためには、男性も女性も、あるいは例えば障害があったり外国人だったりしても、法の下では人として平等だということをしっかりと前提にしなければいけないと思います。 今、「平等」というと「画一的」というイメージを持たれることも多く、小学校の運動会でかけっこに順位をつけないとか変な方向に行ってしまいがちなので、言葉としては「対等」のほうがしっくり来るかもしれません。 重要なのは、すべての人を人として対等に扱うという考え方です。 どんな人も法的、政治的には平等に扱われるという出発点が共有されないと、男女平等もそれ以外の人権の保護もあり得ないですし、多様性も尊重されません。 リベラル・フェミニズムと ラディカル・フェミニズム 編集部 では、その認識を共有した上で、具体的にどう女性の社会参画を広げ、ジェンダー平等を実現していくのか、ということですが…。 三浦 フェミニズムにおいては従来から、大きく分けるとすると、リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムという二つの考え方がありました。 前者は、これまでの男性中心社会の構造そのものは特に変えないで、そこに女性が「男並み」に入っていけるようにしようという考え方です。 女性が男性ほど社会参画できていないのは、女性を排除するいろいろな壁があるからだと捉え、その壁を打ち破る運動へと繋がっていきます。 この思想が一番強いのはアメリカですが、これを突き詰めていくと女性も男性と同じように軍隊で活躍できるようにしろという話になります。 一方、ラディカル・フェミニズムというのは、そもそも今までの男性優位の社会構造や男性目線の基準自体がおかしいと捉え、女性が男性と同じ地位に上りつめるのではなく、男性優位の社会のあり方そのものを変革しようという考え方です。 三浦 日本の女性運動は、かねてから平和運動と密接に連携してきましたし、資本主義に対する抵抗も強いので、ラディカル・フェミニズムの考え方のほうが伝統的に強いんじゃないでしょうか。 一方リベラル・フェミニズムのほうは、いわば企業の中で「バリキャリ」を目指すということになりますが、日本の場合は労働環境があまりに過酷なため、弱い動きにとどまっているのだと思います。 男性にだって大変な長時間労働が求められるのに、女性が子どもを持っても同じように働こうとすると、その大変さたるや…。 女性が男性と同じように働けるようにするのなら、ワーク・ライフ・バランスを充実させるとか、男性の働き方のほうも変えていかないと難しい。 そう考えると、雇用に関しては、日本のリベラル・フェミニズムはラディカル・フェミニズムと対立するというよりも、かなり近い主張になっていく気がします。 編集部 社会全体が、今までのような体力勝負で心身ともに疲弊してしまうような競争社会ではやっていけなくなっていますからね。 三浦 男性も、そこに気づきつつあるとは思いますよ。 今の厳しい社会状況の中で押しつけられる男性規範には乗っかりたくないという男性もたくさんいるし、乗らざるを得なくなって乗っかった人も、非常に窮屈な生きづらさを抱えている。 男性の自殺率が非常に高いことからも分かるように、ジェンダー規範が持っている暴力性を、男性自身が徐々に認識し始めているんじゃないでしょうか。 「男性学」に興味を持つ男子学生も増えてきているし…。 編集部 男性にとっても、今の社会のあり方は決して楽なものではない、と。 そして、そのことに気づき始めている男性も多いのかもしれません。 三浦 それなのに、政治の場では相変わらず行け行けどんどんの、ワーク・ライフ・バランスもサステナビリティ(持続性)もまったく考慮しないような決定ばかりが出てくるというのは、女性議員が少ないことも含めて、政治権力、決定権を本当に一部の特殊な人たちが握っているからだと思います。 国民全体で単純多数決を取れば、違う道を選ぶだろうなというようなことでも、政治の場にはまったく反映されない。 政治の意思決定の場にいる人たちが望む日本社会のあり方というのが、実は国民のマジョリティが望むそれとずれてしまっているのです。 だから有権者のほうも「投票になんか行ってもしょうがない」とあきらめてしまって、投票率が下がる。 下がるからますます「ずれ」は大きくなる…。 この悪循環をどこかで断ち切らないといけないですね。 (構成・仲藤里美) その2につづきます >重要なのは、すべての人を人として対等に扱うという考え方です。 どんな人も法的、 >政治的には平等に扱われるという出発点が共有されないと、男女平等もそれ以外 >の人権の保護もあり得ないですし、多様性も尊重されません。 : その考え方には全面的に賛成ですが、理想主義的過ぎます。 男女ともに、それに「劣る」者を侮蔑の対象としているものとして挙げられる要素、まずはコミュニケーション能力、そして容姿です。 私は個人的に「ラディカル」という言葉が好きではありません。 それは自らが見たいものばかりを見てしまい、自らが見たくないものは見ることができないリスクが「ラディカル」にはあると考えているからですが、「ラディカル・フェミニズム」は、男女に共通する潜在的な「差別」を無視するリスクが高いように思えます。 いずれにせよ、男女ともに絶望しない社会の構築さえ達成できるのならば、フェミニズムだろうが何だろうか構わないのですが…。 先生のご意見には全く同感です。 しかしまだまだ厳しい現実を実感しています。 先日知り合いの女性議員から「クオータ制」を取り入れたら うちの議会は却って立候補する女性はいなくなるというのです。 その町議会では数年前に定数18名中女性議員が5名いた時に「男女平等参画条例」を制定したのですが、今は5名から2名になってしまったというのです。 2016年11月13日北海道女性議員協議会(国会議員を除く北海道のすべての道市町村女性議員275名からなる。 参加は任意で自民党議員の参加は見られない。 他は政党・無所属を含めて参加している)総会で議案「政治分野における男女共同参画推進法の制定を求める意見書」を提出し、最終的には全会一致で採択されたものの、まだ時期が熟していないという意見があり、クオータ制という言葉も浸透していないことを感じました。 意見書案の中にはクオータ制という言葉は入ってはいませんが資料を配って、説明はしました。 地方の女性議員の中には古い体質の男性議員と同じような考え方をする議員が少なからずおり、むしろ多いように感じました。 都市と地方との意識の格差を感じています。 こうした多くの女性議員にクオータ制をどのように理解してもらったら良いのでしょうか。 どのように説明したら良いのでしょうか。 私の議会でもこの意見書を提出しましたが、賛成2、反対7で否決されました。 賛成してくれた共産党議員の賛成討論はとても素晴らしいものでした。 できれば公開したいのですが。 そうした中で、反対した男性議員たちはクオータという言葉そのものを全く初めて耳にしたと言い出す議員もおり、言葉そのものに反発を感じているようで、(私は議会でクオータ制について一般質問を数度しているにもかかわらず、全く記憶にない)なぜ日本語で「割り当て制」という言葉を使わないのかと反論する議員もおり、基本から始めないと無理なのかと思っています。 定数10名中女性議員は1名です。 先生のご意見をぜひ伺いたと思います。

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ジェンダーってなに?男女差別をなくすためにできること|SDGs目標5|SHEYLE/シェイル

ジェンダー 平等 を 実現 しよう

「男女平等」だけど「男女は違う」! 編集部 これまで、日本で「女性の社会進出」とか「男女平等を」といったことが語られるときには、主に「男女の能力に違いはないんだから、扱いを平等にすべきだ」という観点からの議論が中心だったと思います。 一方、以前にマガジン9に掲載されたでもレポートされていたように、「ジェンダー平等」の先進国である北欧・スウェーデンなどでは、むしろ男女の違いを当然のものとして受け止めた上で、「だからこそ政治の場をはじめとするジェンダーバランス、多様性を確保することが社会にとって重要なんだ」という考え方が主流なんですね。 とても新鮮な視点でした。 三浦 そうですね。 例えば複数の男性の中に女性が1人という状況になったときに、いろいろなことに対する発想とか考え方が自分だけ違うと感じた、というような経験は、多くの女性が持っていると思うのです。 もちろん、同じ女性、男性でもいろいろな人がいるし、個人差はあるのですが、それでも全体的な傾向として、女性のほうが暴力に対して非寛容、あるいは、他者に共感する力が強く、誰かが犯罪行為をしたときには、男性は「その人自身が悪い」と割り切る傾向があるのに対して、女性は貧困とか人間関係とか、社会全体の中に犯罪を位置付けて見る傾向があります。 1980年代にキャロル・ギリガンがを刊行して以来、発達心理学の領域では男女の異なる道徳観が注目され、政治思想の分野では「ケアの倫理」として、ケアに従事してきた女性たちの経験を基礎にした民主主義理論が構築されようとしています。 実証政治学においても、自己肯定感や政治的野心の男女差、関係性・リーダーシップの男女差が研究されています。 編集部 原発再稼働や憲法改正などの問題についても、男女によってかなり意見は分かれますね。 三浦 生命を大切にする傾向は女性のほうが強いですね。 どの世論調査を見ても、原発再稼働への反対や憲法9条への支持は女性のほうが男性より20ポイント以上高いです。 ただ、重要なのは男女でものの見方が違うのであれば、その多様性が政治に反映されないと、政策決定に歪みが生じてくるということです。 編集部 衆議院に占める女性議員比率が10%以下という日本社会は、まさにそういう状況ですね。 男性と女性の考え方や選択基準がそれだけ異なっているのに、男性が圧倒的多数を占める場でいろいろなことが決められていくとすれば、国民全体の選択とは「ずれ」が出てきて当然ということになります。 三浦 ただ、注意しなくてはならないのは、「男性と女性は違う」ということが、いわゆる「男らしさ」「女らしさ」を押し付けることにつながる危険性があるということです。 男女は本質的に異なるという考え方は本質主義と呼ばれますが、フェミニズムは本質主義とずっと闘ってきたわけですから、男女差を認めることと本質主義は異なることを常に注意する必要があります。 特に日本にはそうした「男らしさ」「女らしさ」の規範が強固にあるので…男女ともに生き方を自由に選べるという方向ではなく、「女性は家庭を最も重視すべきだ、政治に口出しする必要はない」という、誤った方向に行ってしまう可能性が常につきまといます。 そうではなくて、男性と女性には違いがあることを認めつつ、でもいわゆる「男らしさ」「女らしさ」という規範に必ずしも乗らなくてもいい、それに男性のあいだ、女性のあいだでも違いは大きいという認識を、うまく共有していく必要があると思います。 そのためには、男性も女性も、あるいは例えば障害があったり外国人だったりしても、法の下では人として平等だということをしっかりと前提にしなければいけないと思います。 今、「平等」というと「画一的」というイメージを持たれることも多く、小学校の運動会でかけっこに順位をつけないとか変な方向に行ってしまいがちなので、言葉としては「対等」のほうがしっくり来るかもしれません。 重要なのは、すべての人を人として対等に扱うという考え方です。 どんな人も法的、政治的には平等に扱われるという出発点が共有されないと、男女平等もそれ以外の人権の保護もあり得ないですし、多様性も尊重されません。 リベラル・フェミニズムと ラディカル・フェミニズム 編集部 では、その認識を共有した上で、具体的にどう女性の社会参画を広げ、ジェンダー平等を実現していくのか、ということですが…。 三浦 フェミニズムにおいては従来から、大きく分けるとすると、リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムという二つの考え方がありました。 前者は、これまでの男性中心社会の構造そのものは特に変えないで、そこに女性が「男並み」に入っていけるようにしようという考え方です。 女性が男性ほど社会参画できていないのは、女性を排除するいろいろな壁があるからだと捉え、その壁を打ち破る運動へと繋がっていきます。 この思想が一番強いのはアメリカですが、これを突き詰めていくと女性も男性と同じように軍隊で活躍できるようにしろという話になります。 一方、ラディカル・フェミニズムというのは、そもそも今までの男性優位の社会構造や男性目線の基準自体がおかしいと捉え、女性が男性と同じ地位に上りつめるのではなく、男性優位の社会のあり方そのものを変革しようという考え方です。 三浦 日本の女性運動は、かねてから平和運動と密接に連携してきましたし、資本主義に対する抵抗も強いので、ラディカル・フェミニズムの考え方のほうが伝統的に強いんじゃないでしょうか。 一方リベラル・フェミニズムのほうは、いわば企業の中で「バリキャリ」を目指すということになりますが、日本の場合は労働環境があまりに過酷なため、弱い動きにとどまっているのだと思います。 男性にだって大変な長時間労働が求められるのに、女性が子どもを持っても同じように働こうとすると、その大変さたるや…。 女性が男性と同じように働けるようにするのなら、ワーク・ライフ・バランスを充実させるとか、男性の働き方のほうも変えていかないと難しい。 そう考えると、雇用に関しては、日本のリベラル・フェミニズムはラディカル・フェミニズムと対立するというよりも、かなり近い主張になっていく気がします。 編集部 社会全体が、今までのような体力勝負で心身ともに疲弊してしまうような競争社会ではやっていけなくなっていますからね。 三浦 男性も、そこに気づきつつあるとは思いますよ。 今の厳しい社会状況の中で押しつけられる男性規範には乗っかりたくないという男性もたくさんいるし、乗らざるを得なくなって乗っかった人も、非常に窮屈な生きづらさを抱えている。 男性の自殺率が非常に高いことからも分かるように、ジェンダー規範が持っている暴力性を、男性自身が徐々に認識し始めているんじゃないでしょうか。 「男性学」に興味を持つ男子学生も増えてきているし…。 編集部 男性にとっても、今の社会のあり方は決して楽なものではない、と。 そして、そのことに気づき始めている男性も多いのかもしれません。 三浦 それなのに、政治の場では相変わらず行け行けどんどんの、ワーク・ライフ・バランスもサステナビリティ(持続性)もまったく考慮しないような決定ばかりが出てくるというのは、女性議員が少ないことも含めて、政治権力、決定権を本当に一部の特殊な人たちが握っているからだと思います。 国民全体で単純多数決を取れば、違う道を選ぶだろうなというようなことでも、政治の場にはまったく反映されない。 政治の意思決定の場にいる人たちが望む日本社会のあり方というのが、実は国民のマジョリティが望むそれとずれてしまっているのです。 だから有権者のほうも「投票になんか行ってもしょうがない」とあきらめてしまって、投票率が下がる。 下がるからますます「ずれ」は大きくなる…。 この悪循環をどこかで断ち切らないといけないですね。 (構成・仲藤里美) その2につづきます >重要なのは、すべての人を人として対等に扱うという考え方です。 どんな人も法的、 >政治的には平等に扱われるという出発点が共有されないと、男女平等もそれ以外 >の人権の保護もあり得ないですし、多様性も尊重されません。 : その考え方には全面的に賛成ですが、理想主義的過ぎます。 男女ともに、それに「劣る」者を侮蔑の対象としているものとして挙げられる要素、まずはコミュニケーション能力、そして容姿です。 私は個人的に「ラディカル」という言葉が好きではありません。 それは自らが見たいものばかりを見てしまい、自らが見たくないものは見ることができないリスクが「ラディカル」にはあると考えているからですが、「ラディカル・フェミニズム」は、男女に共通する潜在的な「差別」を無視するリスクが高いように思えます。 いずれにせよ、男女ともに絶望しない社会の構築さえ達成できるのならば、フェミニズムだろうが何だろうか構わないのですが…。 先生のご意見には全く同感です。 しかしまだまだ厳しい現実を実感しています。 先日知り合いの女性議員から「クオータ制」を取り入れたら うちの議会は却って立候補する女性はいなくなるというのです。 その町議会では数年前に定数18名中女性議員が5名いた時に「男女平等参画条例」を制定したのですが、今は5名から2名になってしまったというのです。 2016年11月13日北海道女性議員協議会(国会議員を除く北海道のすべての道市町村女性議員275名からなる。 参加は任意で自民党議員の参加は見られない。 他は政党・無所属を含めて参加している)総会で議案「政治分野における男女共同参画推進法の制定を求める意見書」を提出し、最終的には全会一致で採択されたものの、まだ時期が熟していないという意見があり、クオータ制という言葉も浸透していないことを感じました。 意見書案の中にはクオータ制という言葉は入ってはいませんが資料を配って、説明はしました。 地方の女性議員の中には古い体質の男性議員と同じような考え方をする議員が少なからずおり、むしろ多いように感じました。 都市と地方との意識の格差を感じています。 こうした多くの女性議員にクオータ制をどのように理解してもらったら良いのでしょうか。 どのように説明したら良いのでしょうか。 私の議会でもこの意見書を提出しましたが、賛成2、反対7で否決されました。 賛成してくれた共産党議員の賛成討論はとても素晴らしいものでした。 できれば公開したいのですが。 そうした中で、反対した男性議員たちはクオータという言葉そのものを全く初めて耳にしたと言い出す議員もおり、言葉そのものに反発を感じているようで、(私は議会でクオータ制について一般質問を数度しているにもかかわらず、全く記憶にない)なぜ日本語で「割り当て制」という言葉を使わないのかと反論する議員もおり、基本から始めないと無理なのかと思っています。 定数10名中女性議員は1名です。 先生のご意見をぜひ伺いたと思います。

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「SDGs 5.ジェンダー平等を実現しよう」の日本や海外の取り組み事例

ジェンダー 平等 を 実現 しよう

Contents• 世界各国の女性差別と女性のエンパワーメント 現在世界の人口は77億人で男女比では半々です。 (2019年農林水産省調べ) 世界には、特に途上国において女性だからというだけで教育を受けられなかったり就職出来なかったりする事が沢山あります。 女性で生まれたから故に勉強をせず家事や家業だけやっていればよいと教えられ、また早くに結婚させれたり 男性に比べると力も立場も弱い立場に置かれる事も多く暴力を受けるケースもあります。 1女性差別 女性差別は特に途上国において深刻な問題を抱えており性別が「女性」というだけで生活が制限されているのです。 男性よりも弱い立場にある女性は十分な教育を受けさせてもらえず家事労働や大人になる前に結婚、出産させらりするのが当たり前の国もあります。 また人身売買の対象になりその先での性的暴力や日常的に暴力を振るわれることもあります。 女性にとって最も大きな脅威は差別による暴力なのです。 先進国においても家事の分担、財産分与、雇用や給与において女性差別が昔から行われています。 世界の多くの国での女性は特に育児や介護など家事労働を担う存在だと思われており、仮に会社で働いても男性より女性の方が給与が少なかったり仕事が少なかったりする事も多いのです。 2女性のエンパワーメント 持続可能な開発において「女性のエンパワーメント」が最も重要な考えになります。 世界の人口の半分は女性です。 特に途上国においては今まで学ぶ意欲がある女児に対し家事労働をさせられていましたが 男児と対等に教育の機会を与えていく事が女性のエンパワーメント図る大きなカギになります。 先進国においても女性が働きやすい職場の確保や男性による家事や育児の分担を積極的に行う環境づくり。 女性の社会進出により政治的、社会的に女性の権限が強くなる事により、今までなかったアイデアや働き方を取り入れる事で持続可能な経済の発展に繋がっていく事になります。 エンパワーメント 「権限を与えること」「自信を与えること」「力を付けてやること」などの意味 2. 身近な男女差別 普段の生活の中で男女差別になってしまう繋がってしまう事もあります。 身近な男女差別について考えていきましょう。 1番身近な男女差別は子供へ与えるおもちゃです。 親が子に、女の子ならお人形やぬいぐるみを与え男の子なら電車や車のおもちゃを与える。 この行為は極自然に行われている家族の光景です。 子供が自分の感性のままに自ら人形や電車のおもちゃを選んでいるのであればそれは問題ないあのですが 成長に連れ異性が遊んでいるおもちゃに興味が出てきて電車や車のおもちゃで遊んでみたいと、なった時に親が子に 「女の子なんだから人形のおもちゃでいいでしょ」と言って興味があるものから遠ざけてしまう事が男女差別に当たるのです。 そのまま思春期や大人になったとき女の子は女の子らしく、男の子は男の子らしくと 男女の区別が潜在的に強く残ってしまい男女差別が自然と行ってしまう言動を起こしやすくなってしまいます。 1女性だから 僕が今ままで学校や会社で差別としてよく聞く言葉で「女性だから、女の子だから」です。 女性なら就職せず家事だけやっていれば良い、女性ならいつか結婚して会社を辞めるから責任ある仕事は任せられない 女の子だから体育の授業は補欠ばかりなど女性だからという事で制限される事が多いです。 女性で生まれたら必ず子供を産まなきゃいけないのか? 女性だから役職をつけてもらえないのか? 女の子だって体育の授業で男の子同じように活躍できないのか? 女性だってやりがいのある仕事を見つけバリバリ働きたいと思っている方もいますし 女の子だって男の子と同じように活躍したい子だっています。 こういった制限が日本には特に多い女性差別です。 2男性だから 男性も自分自身に「俺は男だからしっかりしきゃ!」と強く思いがちです。 一家の大黒柱だから奥さんや子供に豊かな生活させたい、だからバリバリ働いて稼がなきゃ! 男で生まれたから仕事だけして家事は一切やらないなど自分自身を差別し行動を制限している方が多いのです。 男性だから家事や育児をしなくていいのでしょうか? 心も身体も強い男性もいれば、ちょっと頼りない男性もいます。 男性で生まれたが故に「男っぽくないな」「頼りない人だ」と人格を否定されることもあります。 男性も家事や育児を率先して行いたいという方もいますが「男は口出すな」厄介払いされてしまう事もしばしば。 男性差別についても考える必要があります。 3性別の制限をかけない 日本もそうですが世界各国で上記にあげたような差別が認識されるひと昔前の 暗黙のルールの様な男尊女卑が今でも根付いているので無意識のうちに行動の制限をかけてしまいがちです。 こうじゃなきゃダメだ!こうあるべきだと行動の制限を潜在的にかけるところから大きな問題の男女差別に発展してしまうと考えられます。 こういった事を根本から正す事は非常に難しいですし大きな課題ですが意識する事により徐々に向き合う事ができます。 女性も男性も行動の制限をかけず、お互いを尊重しあい平等に物事を進める事で性別を気にしせず 男性から女性へ、女性から男性へ歩むより気持ちが男女平等の解決の糸口になっていくのです。 こういった事も昨今の言葉を、使うと働き方改革の1つになっているのです。 あなたの学校や職場、家庭環境ではどうですか? 少しずつ意識してみてください。 LGBT LGBTとは、性的少数者の総称を言います。 L :「レズビアン 女性同性愛者)」 G :「ゲイ 男性同性愛者)」 B :「バイセクシュアル 両性愛者)」 T :「トランスジェンダー 性別越境、性別違和 」 の4つの頭文字をとって LGBT名付けられました。 T:トランスジェンダー トランスジェンダー概念は幅広く、心の性別と体の性別が一致しない方 FTM Female To Male=女性から男性 MTF Male To Female=男性から女性 と呼ばれ心の性別がなく、無性・中性として生きている方はFTX Female To X やMTX Male To X と、細かく分類されます。 これらの呼称は、自らのことをポジティブに語る用語として北米・ヨーロッパで生まれ、現在では世界中で使われています。 日本のみならず世界各国でLGBTの理解は現代社会において広く浸透してきています。 同性同士のブライダル活動やエンゲージリング作成にあたって多くの店舗がジェンダー平等を掲げブライダルサロンなどを通してプランニングされる事が増えています。 男性や女性だけでなくLGBTに悩む方にも働きやすく、生活しやすい世界にする事もジェンダー平等の目標の一つです。 まとめ 世界各国で女性は男性に比べ社会的に弱い立場になる事が殆で、男性から女性へジェンダー平等を促す取り組みが必要不可欠です。 持続可能な開発目標を達成させるためには男性だけでも女性だけでも達成はできません。 またジェンダー平等は貧困や教育などのすべての開発目標に密接に関係してくる目標の一つです。 さいごに 目標5.ジェンダー平等についていかがでしたか? ドラマや映画、ニュースなどで差別的な言葉や人権侵害の様な言葉が耳に入ったときに意識することが僕は多いです。 ジェンダー平等に無頓着な人ほど、社会問題になっているモラハラやパワハラなどを引き起こす事にもつながり、強い立場から弱い立場の人を虐げる行為に繋がってしまいます。 あなたもそうならないように意識して行動に移せることを願います。

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