一杯のかけそば タモリ。 (2ページ目)タモリの一言でブーム終焉となった「一杯のかけそば」|日刊ゲンダイDIGITAL

感動の実話?栗良平の「一杯のかけそば」のあらすじと嘘

一杯のかけそば タモリ

「一杯のかけそば」あらすじ 札幌にあった一軒の蕎麦屋「北海亭」。 大晦日、お母さんと子供が二人北海亭を訪れる。 貧しい家なのか一杯のかけそばを三人でおいしそうに味わい、にこやかに過ごすひとときを過ごしている。 それをやさしく見守る蕎麦屋のおかみさんと、こっそり半玉をサービスする店主。 数年間は大晦日のたびに美味しそうに一杯、子供の成長とともに二杯のそばを分けて食べる姿を見かけたのですが、やがて来なくなってしまいます。 それでも毎年大晦日にはその家族のため予約席を用意して待ち続ける北海亭の夫婦。 そしていよいよ忘れそうになったある年の大晦日、ふらりとやってきたその客は・・・すっかり成長した子供とその母親でした。 実は滋賀県に家族が引っ越ししていたこと、あの頃の男の子二人は長男が医師に、弟は銀行員として働いていること。 長男が北海道で医師として働くことになり、父の墓参りも兼ねて母と3人で最高の贅沢、北海亭の年越しそばを食べようと蕎麦屋に来たのでした。 「よう、お二人さん!何をもたもたしているんだよ。 十年間、大晦日の十時に来る予約席のお客を待っていたんだろ。 ついに来たんだよ。 お客さんをテーブルに通しなよ!」 女将は、八百屋のおやじさんの肩を叩くと、気を落ち着けて、大きな声で言いました。 「いらっしゃいませ!お待ちしておりました。 こちらへどうぞ。 二番テーブル、かけ三丁!」 「あいよ、かけ三丁!」 店主は、いつもの無愛想な顔を涙で濡らして答えました。 泣けるストーリーから出てきたボロががっかりを生んだ いや、お話としては人情味のある最高のストーリーです。 涙を流す人が続出、単行本化はもちろんのこと映画化まで日本中を巻き込んだ大ブームになったのです。 作者の栗良平は実話童話の作者として講演会でもひっぱりだこ、ハンカチを握りしめて涙を拭う人が会場に溢れました。 ブームは一瞬にて消えます。 それはたったひとことテレビで言ったのタモリの言葉だったとか。 150円あればインスタントのそばが3つ買える• 「1杯のかけそば」ならぬ「涙のファシズム」だ ほころびが出だすと早いもので、その後作者の詐欺疑惑などの悪い話がどんどん出てきて、あっという間にその作者は消えていきました。 実話童話と創作童話 小説でも感動するストーリーなら涙を流すことがあります。 楽しいシーンなら笑えるし、悲しい別れのシーンならしんみりします。 映画を見た感動の涙には「その話が嘘なのか本当なのか」は関係ないのです。 でも実話と言っていたものが嘘だとわかると人間ってものすごく怒りモードに変わるんですよね。 創作童話として「人情味のあふれる話」だったなら今でも読まれていたかもしれません。 ストーリーとしては秀逸だと思いますし、日本人の心を揺さぶるような要素が満載です。 そして中国でもこの話は感動のストーリーだとして大晦日に流れるのだとか。 まさに事実は小説よりも奇なり。 違う意味で語り継がれていますものね。

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一杯のかけそば

一杯のかけそば タモリ

道徳の授業でも題材に使われたことは多いので知ってる人も多いだろうが、知らない人の為にwikiからあらすじをペタリ。 1972年の大晦日の晩、札幌の時計台横丁(架空の地名)にある「北海亭」という蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。 閉店間際だと店主が母子に告げるが、どうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。 店内に入ると母親が「かけそば(つゆが入った器に茹でた麺を入れただけの、種を入れていない蕎麦)を1杯頂きたい(3人で1杯食べる)」と言ったが、主人は母子を思い、内緒で1. 5人前の蕎麦を茹でた。 そして母子は出された1杯(1杯半)のかけそばをおいしそうに分け合って食べた。 この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだった「北海亭」のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。 翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。 「北海亭」の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。 しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。 それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日、母とすっかり大きくなった息子2人が再び「北海亭」に現れる。 子供たちは就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ。 一見すると良い話に聞こえるが、よく聞くとデタラメにもほどがある話だ。 、このかけそばって一杯150円なんですよ。 調べてみたところ、1972年の大卒初任給は4万円ほど。 5年後には2倍以上に跳ね上がっていて高度経済成長期の影響をモロに感じさせるが、この時代のかけそば150円って現在に換算するとどれぐらいになるんだろうか。 なお「季刊 麺の世界」という専門誌でのラーメン価格の推移が載っていたが、概ね一杯あたり100円前後。 目分量で推測するしかないが、おおむね600~700円前後ってところではないだろうか。 700円前後のかけそばを三人で分け合うって、どれほどの極貧生活なのだろうか?PDFを読めばわかるが、貧乏になった理由というのも、この家族の父親が交通事故を起こして8人ほどに怪我をさせてしまい毎月5万円を慰謝料として支払わなければならなくなった事が原因だという。 大卒初任給4万円の時代に、5万円の慰謝料というのは一体どれだけ身を粉にして働いたのだろうか。 おそらくお母さんは大人の銭湯で働いているのだろう(ゲス)とは思うが、総合して判断すると、やはりウソくさい。 我らがタモリ先生によれば「その当時、150円あればインスタントのかけそばが3個買えたはず」として本作を「涙のファシズム」と批判したそうだ。 「涙のファシズム」とは上手い言い回し、是非とも使わせて頂きたいのだが、そのファシズムっぷりは当時すごかったらしく「読む人誰もが涙するという幻の童話」という触れ込みでワイドショーなどを賑わせ大きなブームとなり、公明党の大久保直彦が竹下登首相に対する質疑で当時話題となっていた本作のほぼ全文を朗読・紹介して、リクルート問題に関する質問をし、同じ自民党の金丸信も泣いたということで話題になったそうだ。 萎える話ですなあ、と思ったが考えてみれば、あれから数十年「一杯のかけそば」から世間は進歩しただろうかというとそうでもない。 本気で信じている奴は救えないが、「ウソだとしても感動できれば別に良いんだよ」と考えてる奴がこの手のブームを加速させるのだろうなあ、と。 一杯のかけそば」に感動するような奴とは友達になるな さて、タイトルが「「一杯のかけそば」に感動するような奴とは友達になるな。 」という訳だけども、なぜ友達になってはいけないのか。 「実話を元にしたといっておきながら、実はウソだったから」という訳ではなくて、「感動」「泣ける」あるいは「浪花節」に傾倒しがちな奴ってのは論理的な話が出来ない奴が多い。 すぐに感情論に流れるっていうか。 この「一杯のかけそば」なんて典型だけど、世間で感動をよんでいる作品にケチや疑問をつけたりすると「変わってる」とか「野暮」とか「お前には他人の気持ちが判らないのか!」とか批判された経験ってありません? 感動って人の判断力を狂わせるねん。 これが映画みたいな創作だったらまだええけど(実際には「恋空」みたいな例もあるので一概には言えんが)、実話を元にしたってパターンには要注意や。 「奇跡の詩人」なんかは良い例や 重度の脳障害を抱えながら、文字盤を指すことによる執筆活動で、人々の反響をよんだNHK作のドキュメンタリー作品だが、どう見ても母親が動かしてる様にしかみえない為、疑問を持った視聴者からの批判が多数寄せられる事になった訳だが、これに心底感動した層も一定数いるのよね。 だが、こういったものを批判すると、こちらが「差別主義者」として批判されるでな。 佐村河内なんかも、新垣隆氏が暴露するまでは誰も突っ込めなかった訳やで。 世間が妙に感動しているものには一歩引くぐらいの姿勢やないとアカン。 そして、それを真に受けてる様な奴が周りに居たら距離を置いたほうがええで。 あとがき ちなみに、作者の栗良平は学歴詐称のうえ、94~98年まで全国各地で詐欺的行為を繰り返すようなクズだったりする。 この作品が切欠という訳ではないのだが、ぼくはどうしても「愛・平和・思いやり」という言葉を安易に使いたがる奴が好きになれない。

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その昔、『一杯のかけそば』というマッドな童話があった

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かけそばはせっかちな江戸っ子の気質から誕生した!有名な童話「一杯のかけそば」にも迫る そばといえば 「ざるそば」や 「もりそば」! とおっしゃる方は多くいます。 たしかに、キュッと角が立ったそばをそばつゆにつけてずるるっと吸い込んだ時の、そばの風味とつゆの醤油との相性はまさに絶妙。 一方で、温かいだしをかけていただく「かけそば」も、だしの風味がそばをやさしく包み込み忘れがたいおいしさ。 誕生のいきさつをはじめ、有名な童話「一杯のかけそば」など、かけそばにまつわるエピソードをご紹介します。 かけそばの歴史 もともと麺状のそばは、江戸時代にはつゆをつけて食べるざるそばスタイルで流通していました。 それが江戸っ子のせっかちな気質により、つゆをつけて食べるのは面倒という価値観が生まれ、ぶっかけて食べたことが「かけそば」の始まりとされています。 かけそばスタイルだと器ひとつで完結するので店側もラクだったことが相まって、全国的に広まっていったようです。 最初は冷たいつゆをかけて食べられていましたが、寒い時期にはつゆを温めて食べるようになり、現在のようなだし汁を使ったかけそばスタイルへと進化。 かけそばのトッピング かけそばは一般的にはつゆをかけただけのものか、温かいだし汁に薬味のネギをトッピングする程度のシンプルなものですが、お店や地域によってかまぼこやワカメなどちょっとした具材をトッピングする場合もあります。 これに卵をトッピングすれば「月見そば」、油揚げをトッピングすれば「きつねそば」、揚げ玉をトッピングすれば「たぬきそば」、エビ天などをトッピングすれば「天ぷらそば」といった具合に、トッピングする具材によって名称が変わっていきます。 ちなみに、 温かいそばであってもゆで上げた後は一度しっかりと洗って冷水でしめ、角をキュッと立たせるのがおいしく作るコツ。 伸びやすいので、素早く食べ終わるのがポイントです。 はこちら 「一杯のかけそば」ブーム はこちら 1988年に発表された栗良平による童話「一杯のかけそば」をご存知の方も多いのでは? 大晦日のそば屋に入ってきた女性と2人の男の子。 季節はずれのチェックの半コートを着用したその女性は、かけそば1人前をおずおずと注文します。 そば屋の女将はそんな女性と子どもたちの姿を見て「かけ一丁!」と厨房へ伝え、主人も親子に目をやって何も言わず大盛りのそばを提供。 3人は一杯のかけそばを分け合いながらおいしそうにたいらげて店を後にしました。 その翌年、翌々年の大晦日にもやってきて、一杯かけそばを注文する親子。 女将と主人もすっかり心待ちにしていた矢先、親子はぴたっと来店しなくなるのです。 それから14年後の大晦日。 小さな子どもだった男の子2人はスーツを着た立派な青年へと成長し、和服姿の婦人と3人で再びそば屋へと現れます。 なんと男の子1人は銀行員に、1人は小児科医となっていたのです。 「あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことができました」と感謝する青年。 今度は3人で3杯のかけそばを注文し、女将と主人は涙で頬を濡らしながら「かけ3丁!」と注文を受けたという話です。 この童話が新聞で取り上げられたのをきかっけに、国会議員が衆議院予算委員会審議においてほぼ全文を朗読したことで「誰もが涙する童話」として話題に。 ワイドショーなどでもどんどん取り上げられるようになり、映画化まで果たす一大ブームとなりました。 けれども、この童話の違和感を指摘したタモリさんの発言、さらには作者のスキャンダルが報じられたことで、半年ほどでブームは終焉することになりました。 はこちら シンプルながらほっこりおいしいかけそば。 温かいだし汁なので、大晦日をはじめ寒い日に食べるのにぴったりですね。 こだわりの薬味で、だしとそばのおいしさを存分に味わってみてください!.

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