鬼 滅 の 刃 pixiv 小説。 #我妻善逸 #鬼滅の刃 寄す処

#鬼滅の刃 #鬼滅の刃小説100users入り 炭治郎愛され?小説

鬼 滅 の 刃 pixiv 小説

[chapter:雪ぞ積もりて 山となり ] その日。 畳の目を数えるつもりで善逸は頭を下げた。 禰豆子を貰ってやってくれ、と炭治郎が言う。 やさしい音だけが聞こえてくる。 潤む眼もそのままに顔を上げた。 ぼたぼた、と。 頬から顎を伝って畳に淡い染みが出来ていた。 禰豆子は頬も耳も染めて善逸と兄を交互に見る。 幸せは降り積もった雪のようだ。 ある朝真っ白に輝いて。 世界を美しく彩って。 明くる日の昼のこと。 雪が降ると、善逸は普段より音が聞こえにくくなる。 六花がその花弁に音の振動を捉えてしまうからだと、幼い頃に世話になった奉公先で間借り人が言っていた。 生まれ育った街では雪は触れどもみぞれ混じりで、善逸はこんな風に真っ白に積もるところをとんと見たことがない。 全ての音が遠くて、静かだ。 雪のせいか、それとも耳が冷えているせいか。 酒のせいかもしれないな、と善逸は思う。 婚約の祝いにと駆けつけた仲間たちと呑んで、十分に朝寝をしてから微睡むような心地で過ごす午後だ。 今は隣りに禰豆子がいる。 寒くて小造りな自宅の縁側へ、毛織のひざ掛けひとつを引き摺って。 そうして善逸は長らくそこに座り込んでいた。 寒いから中に入っては、と禰豆子が声を掛けても、善逸はやたらと雪を眺めたがる。 ついに禰豆子が折れて、甲斐甲斐しくふたり分の羽織を持ち出した。 暖めた火鉢と茶菓子と湯呑みを傍へ寄越し、並んで過ごすことにしたらしい。 昨夜は酒をやっていない彼女は、自身の湯呑から黄色い甘い香りと湯気の立つ飲み物をちびちびと舐めている。 「禰豆子ちゃん、それなあに」 「ホットレモネイド、だそうです」 「あら、またハイカラな」 「甘露寺さんに自家製シロップを頂いたんですよ。 こんな大きな瓶で。 善逸さんも飲みますか?」 「ううん。 いまはいいや」 丁寧に漬けたレモン酵素だから美容にもいいそうですよ、と禰豆子が美味しそうに目を細める。 「ふうん。 ねえそれ。 酒入ってないかい?」 「え」 くんくん、と禰豆子が鼻を効かせる。 仕草がどうしても兄貴に似てしまうところが兄妹だ。 嗅覚が兄貴譲りなら酒の強さも兄貴譲りだろう。 禰豆子は首を傾げた。 「多分、入ってる。 レモネイドじゃなくて、リモンチェロウじゃないかな」 「まあ、ハイカラな。 どう違うんですか?」 「砂糖で漬けた檸檬水か、檸檬味の酒かの違いだねえ」 そんな他愛もないことを話しながら善逸は自分の湯呑みを傾ける。 中身は香りの良い玉露だ。 こんな品の良いものを善逸は自分で買った覚えはないから、禰豆子が持ってきたか、昨日の祝いで誰かに貰ったのだろう。 禰豆子が隣でまた寒そうにする。 今度、街に行って行火とか、あれこれ買ってこないとねえ、と言って、善逸は自分の毛織のひざ掛けを広げて彼女を招いた。 炭治郎と禰豆子が住まう屋敷と違って、善逸の家にはとかく物がない。 善逸自身はそれを不便に思ったことも無かったけれど、春になったら祝言を挙げて、そうしたら禰豆子がここに越してくるのだ。 そう思うと、欲しいものは山のように思いついた。 「今度、お膳箱と一緒にうちから持ってきます」 禰豆子が頬を染め、そう言って笑う。 その笑顔が、やはりあまりにも似ていて。 善逸は、昨日の炭治郎の姿を思い出していた。 善逸は、竈門禰豆子さんを嫁にと所望して、竈門家の家長に頭を下げた。 家長は親友だ。 ふたりの仲も知ってのことだから、きっと認めてくれるだろう。 そんな打算的な気持ちが、善逸にあったことは否めない。 とはいえ一世一代のことだから、善逸はこの日の為にきちんと仕立てた染めの着物を着ていたのだった。 己の名と在所と、鬼狩りとしての略歴のことしかろくに書けなかった釣書を差し出し、畳についた指が震えないように気張る程度には緊張して、竈門炭治郎に向かって真っ直ぐに頭を下げた。 炭治郎の隣に座るものとばかり思っていた禰豆子は、迷う素振りもなく当然のように善逸の傍に正座した。 善逸の言葉を終いまできちんと聞いてから、お願いします、と兄に向かって三指をつく。 善逸の全身が心臓になったように血が逸った。 苦しいくらいだけれど、それすら今は心地よい。 これから先、人生でこの瞬間を思い返すときのために、音も気配も空気の振動も、何もかもを覚えていたいのだ。 そう思うと、不意に眦が熱くなった。 泣くなよ、俺。 今日は泣かないぞ、と自分自身に言い聞かせようとした矢先に件の声は思いがけず返ってきた。 「禰豆子を貰ってやってくれ」 それは思ったよりずっと早く。 予想よりもずっと静かな声で。 弾かれたように善逸は頭を上げ、そして息を呑んで目を見張った。 炭治郎の頬から顎を伝って、大粒の涙が零れていた。 目尻を下げて、口角を上げて。 炭治郎が周りのものを安心させるためにする、あの太陽のような笑顔で。 「よろしく頼む」 彼はそういって頭を下げる。 額の紅い痣が善逸の目の前でゆっくりとお辞儀して降りてゆく。 その刹那。 ぼたぼた、と炭治郎の頬から零れた涙が畳に大きな染みを作る音を聞いた。 [newpage] 明くる日の朝のこと。 「頭が痛え」 「慣れない癖に、吞みすぎるからです」 粉薬を溶かして濁った湯呑みをにらみながら、伊之助は自身のこめかみをぐいぐいと小突く。 「あと、吐きてえ」 「吐くなら厠へ」 竹を割ったように情緒のないふたり会話は、ともすればまるで喧嘩腰で、周りで聞くものをひやひやとさせるだろう。 けれど、いまこの広い寝台室にふたりの声を聞くものは無い。 蝶屋敷の簡易寝台に胡座をかいて座る伊之助は、目の前の白衣の女史をじっと見た。 見られたアオイの方は頓着する様子もなく、てきぱきとカルテの整理に勤しんでいた。 「吐かないなら、まずはそれを飲みましょう」 伊之助はいかにもなにか言いたげに鼻頭にしわを寄せたが、特に言うべきことも思いつかなかったのかおとなしく薬湯を飲み下す。 「おえ、にが」と、舌を出す幼い素振りに小さく笑って、アオイは湯呑みを預かった。 「よく飲めました。 さあ、あとは二日酔いなんて寝て治すのが一番ですよ」 氷枕も替えておきましたから、とアオイが寝台を指差す。 伊之助はそれを一瞥して、口を開いた。 「なあ、アオイ」 「なんですか」 「アイツらが夫婦になったらどうなる」 アオイはカルテから目線を上げる。 気分が悪いと言って、先程伊之助は猪頭を脱いでいるから、アオイの目の前には翡翠の双眸と整ったかんばせがある。 「なにが変わるんだ」 アオイを真っ直ぐ見詰めて、答えを待つ。 「色々変わりますし、根本的には何も変わりません」 伊之助の問いかけの本質的な意図を何となく理解していながら、アオイは極めて事務的な答えにしかならない己の思考回路にため息をついた。 そんなことは露知らず、伊之助は律儀にアオイの言葉を声に出して反復し、咀嚼しようとしているようだった。 「なぜそんなことを聞くんです」 「春になったら、ねず公が紋逸の家に嫁に行くんだろう」 「そうですね」 「そうしたら権八郎はひとりになる」 「まあ、そうですね」 「そのうち、カナコが健太郎のところに行くだろ」 「カナヲ様ですか、あなた本当に人の名前を覚えませんね」 まあ、今に始まったことでもないので慣れましたし、いいですけれど。 そう言いながら、手元のカルテを纏めて紐で束ねる。 伊之助はなおもじっとアオイの言葉を待っている。 「……でも、まあ。 どうでしょう。 ふたりの問題ですからなんとも。 もしかしたら、そうなるのかも知れませんね。 わたし個人としては、それはとても良いことだと思いますけど」 「そうかよ」 「そうです」 「……でも、そしたらお前はここでひとりになるぞ」 伊之助の玉のような瞳に見透かされて、アオイの居心地は大層悪かった。 言われるまでもない。 喋りすぎたな、とアオイは思った。 「お前はどうするんだ」 「どうと言われても」 「ひとりは詰まらねえだろう」 「まあ、そうですね」 ふ、とアオイは息を吐いた。 考えたことがない訳では無いが、今ひとつ己の将来に花が見えない。 つまり、誰かと手を取り合うような瑞々しい未来は想像も付かない。 「俺が嫁に貰ってやろうか」 この蝶屋敷で医局を構えて、先代の意思を継げるようになれたら、とは思いこそすれ。 「聞いてんのか」 ふむ、とアオイは顎を撫でた。 良く考えれば、それが現実的だ。 鬼の数は少なくなったとはいえ、鬼殺隊には確実な治癒治療を必要とする者が必ずいる。 それに鬼が掃討される日が来たら、ここは広く解放して一般の診療所にしてもいい。 大きく儲けることは出来なくても、人々の生活に必要とされれば寄付や日銭は取れるだろう。 なによりここはカナヲの実家だ。 彼女がいつか嫁いでゆく日が来るというなら、なおさら安心させてやれる場所として守りたい。 アオイにはそれしか出来ないし、それくらいならきっと出来る。 薬学の知識はしのぶに劣るが、日々勉強は欠かさないでいるつもりだ。 隠の顔と声も一番よく覚えているから信頼も厚い方だろう。 まだまだ、それこそ未熟者に違いはないが。 それでも全ては未来に繋がる礎にほかならない、という気がしてきた。 アオイの気勢が、ぐっと上向く。 「おい!聞いてんのかコラ」 「うるさいですよ」 「なんだと、テメー!」 「騒ぐとまた具合が悪くなりますよ」 「……あ、くそ。 あたまいてえ」 ほら、言わんこっちゃない、とアオイは伊之助を寝台に押し付ける。 「……俺を無視するとはいい度胸してやがんな」 「無視をした訳ではありません」 「んだとテメ」 「そういうことを言いたいのなら」 ばふ、と整った顔面に枕を押し付ける。 時計を見れば、そろそろ港から薬師たちが訪ねてくるころだ。 今しがた整えたカルテの症例を思い浮かべて、取引すべき薬剤を空に列挙した。 「……交換日記からはじめてみてはどうです」 「ああん?」 アオイは咳払いをして「お大事に」と、その場を離れる。 足早に部屋をあとにするその背中に向かって伊之助は至極屈託なく、それでいて発破をかけるような声で、さも清々しく言うのだった。 「いいぜ!俺はもう字が読めるし、なんなら漢字の歌だって書けるんだぜ!」 ほら、この男はどうにも稚い。 [newpage] [chapter:雪代たゆたい 淵となりぬる] それから数日後のこと。 「付き合わせて悪いな、カナヲ」 「いいよ、誘ってくれてありがとう」 炭治郎とカナヲは、ふたりで冬の晴れた日を選んで西を目指した。 赤羽から乗り継いだ列車内は人もまばらで、すこし寂しい雰囲気がする。 四人掛けの向かい座席にそれぞれ掛けて、駅で買った弁当と煎茶を飲んだ。 食べてひと息ついたら少し眠気を感じ、おのおのが緩い昼寝をする。 やがて目が覚めたらまたふたりで黙って窓の外を眺めたり、本を読んだり、車内販売で甘栗を買ってそれを摘んだりして過ごした。 寒いから窓を開ける者もなく匂いを感じることは出来ないけれど、窓の外を流れていく景色が少しずつ雪深くなって、侘しい山野が広がっていく。 炭治郎は、カナヲがなにも聞かずに居てくれることに頼り、またなにも話さなくてもよい空気を作っていてくれることにも深く感謝していた。 彼女は目が合うと、ふっと目元で笑う。 その美しい紫紺の瞳に見蕩れていると、また視線を逸らして優しい沈黙を纏う。 「カナヲ」 「……なに、炭治郎」 「ありがとう」 カナヲは三度瞬きをして、それから『そのありがとうに、わたしは答える必要がないね』というふうに微笑んだ。 その通りだった。 いまはひとりで居たいけれど、どうかひとりにしないで欲しい。 炭治郎がそういう難しい気持ちを抱えたときに、程よい距離感を保てるのはただひとり、カナヲだけだった。 炭治郎は雲取山の麓を目指している。 家族を弔い、神楽の舞を納めるために。 炭治郎と禰豆子の運命を変えたあの日の、家族の命日に。 蝶屋敷のある滝野川から列車を乗り継いで二日目の昼には目的の場所に着いた。 菩提寺に挨拶をしてから、家族の眠る墓の雪払いをする。 途中の茶屋で買った供え菓子と彩り豊かな供花を添えて、線香を立てる。 それから炭治郎は静かに家族の墓に手を合わせた。 カナヲも手伝って、同じように手を合わせる。 炭治郎は家族の名を、ひとりひとりに呼びかけるように声に出して呟いて、それから小さく「ただいま」と言った。 音のない冬の青空に、不意にマヒワのさえずりが響いてカナヲは顔を上げた。 誘うように声のする方へと檸檬色の影を探してぐるりと見渡せば、一陣の風が吹いてふたりの外套がはためく。 カナヲは風の行方を眼で追った。 吹いた風がつむじを巻いて、まるでちいさな子供が遊ぶように粉雪を舞い散らして去っていく。 「……うれしいみたい」 カナヲがぽとりと呟いた。 誰が、と炭治郎は問わなかった。 その日はふたりで町に宿を取った。 食事を済ませてもまだ少し冷えたので、ふたりで熱燗を二合ほど頂き暖を取る。 ぽかぽかと心も体も温まると、炭治郎はやっと、今回の旅の目的をカナヲに話し始めた。 正月前の命日に墓参りをしたかったこと。 墓前に禰豆子の婚約を報告したかったこと。 それから、家督を継ぐものとしてヒノカミ神楽の奉納を絶やしたくなかったこと。 けれど今年は禰豆子を伴わずひとりで行くと心に決めていたこと。 「どうしてひとりで行こうと思ったの」 「そうだなあ、泣いてしまいそうだったからかな」 「泣いてはいけないの?」 「泣くところは、もう見せたくない。 俺は禰豆子の兄ちゃんだし、あいつにとって頼れる実家の家長で居たい」 「そう」 「うん」 カナヲはそれ以上はなにも聞かず、お猪口に口をつけた。 炭治郎が徳利を持って傾けると、いただきます、とカナヲは杯を掲げてそれを受ける。 そして意外にも威勢よく、ぐいと煽った。 いつもより強い語気で、炭治郎、と呼ぶ。 吐く息から熱い匂いがする。 「明日はわたしも行く」 「え」 「神楽の奉納、わたしもついて行くから」 「いや、いいよ。 カナヲはここで待っててくれたら。 雪も深いし危ないぞ」 「ヒノカミ神楽、わたしも見たいもの」 「そんな、見せるような大したものではないんだが……俺は舞うからいいけど、見てるだけなんてカナヲは寒いぞ」 「寒さくらいなんとでも出来る。 ここまで来たんだから、最後まで一緒に行く」 意固地なカナヲの様子に炭治郎が戸惑っていると、彼女は真っ直ぐに炭治郎を見て言った。 「ひとりになんてしない」 全てを見透かすようなカナヲの瞳に射すくめられ、炭治郎は息を詰めた。 己にすら隠してきた心の機微を、いとも容易く暴かれるような。 ざわざわと胸が騒いだ。 誰かに髪結いを任せる時のような、心地よくて落ち着かない感覚にとらわれる。 「カナヲ……」 「炭治郎は、ひとりにして欲しいと思っているでしょう。 ……そして、ひとりにしないで欲しいとも思っているでしょう。 だから一緒に行く。 余計なことはしないから、わたしが居ることは気にしないで。 その代わりに、わたしはあなたをひとりになんてしない」 それだけ言うと満足したのか、カナヲはまた、ぐいとお猪口を傾けて煽った。 形の良い頤が見えて、白い喉が嚥下する。 頬が赤いのは酒精のせいだろうか。 そこまで思って、炭治郎の喉がぐっと狭窄した。 気づけばほろりと零れるように涙が出ていた。 そんな自分に「あ、」と驚く声まで出た。 ずっといっしょだ。 そう言って、苦しい日も悲しい日も、ずっと禰豆子の手を引いてきた。 その手を離す己に向かって。 ひとりになんてしない。 その言葉の、なんと強く慈しいこと。 憑き物が落ちたように、炭治郎の心は軽くなる。 ぼろぼろと解けたように涙が止めどなく落ちる。 悲しいの、とカナヲが聞くと炭治郎はううん、と唸る。 嬉しいの、とカナヲが聞くと、これにも炭治郎はううん、と唸る。 難しいね、とカナヲが頷くと、炭治郎も難しいな、と笑って頷いた。 「家族のことを思うと、悲しくて寂しい。 それはいつまでもずっと変わらないと思う。 でも立ち止まっているわけじゃないんだ。 毎日楽しいことや嬉しいことが積み重なっていく。 家族の魂が俺の中で生きていると感じることがたくさんあった。 鬼の数は明らかに減ってきているし、それに禰豆子は人に戻れて、」 春には嫁にいく、と言う声が揺れる。 男が泣くのはみっともないな、と笑って済ませようする炭治郎に、カナヲは首を横に振った。 ほんの少しずつ解ければ、山や森を潤す生命の水になる。 でもあまりに我慢して、冷たく凍らせてしまってはいけないの。 溜まりすぎると解ける時には山を削って土砂を巻き込むから、いのちを奪うこともある。 雪崩よりも怖いものになる」 泣きたいときに、涙を流せるのは良いこと。 だから泣いていいよ、炭治郎、と。 カナヲの白い手が炭治郎の紅い痣を撫でた。 恥ずかしいな、と零しながらも、炭治郎はそれを嫌がる素振りを全くしないから、カナヲもそれを辞めなかった。 やがて、撫でるカナヲの手が炭治郎の大きな手に絡め取られて、ふたりのひざの上に落ち着く。 「善逸を驚かせてしまったんだ」 「善逸を?」 「ああ。 善逸と禰豆子が挨拶に来た時に、俺が感極まってしまって。 あんなふうに泣いたりしたら、優しいあいつのことだから、俺が寂しがってると思って気にしたろうな。 もしかしたら婚約を破談にするなんて言い出しかねない」 「……炭治郎は善逸と禰豆子に結婚して欲しくないの?」 「まさか!嬉しいよ、禰豆子は幸せそうだし、善逸はいいやつだ。 それに家族が増えるんだ」 こんなに嬉しいことはない。 そう言って笑う炭治郎の目にまた油膜が張る。 カナヲは頷いた。 「良かったね、炭治郎」 「うん、良かったよ。 よかった」 「嬉しい涙ならいいんだよ。 善逸はちゃんとそれを分かってるから」 「そうかな」 「そうだよ」 「そうだと、いいな」 「大丈夫だよ」 カナヲが笑う。 それが嬉しくて、炭治郎も笑った。 [newpage] それからまた数日後の朝。 アオイの医局の机の上に『日記』と記された帳面が置かれていた。 中をひらけば大きく威勢よく、けれど手習いの習作のように、やけにとめはねはらいに気を配った文字が踊る。 「……本当にするとは思いませんでした」 アオイはおのれの身から出た錆におののきつつ、椅子に腰かける。 それと同時にどこかで胸の弾むような愉しさを感じて頁を繰った。 不思議なオノマトペや、やけに回りくどい古典表現を除けば、人に読ませることに配慮された至極真っ当な日記であった。 記念すべき一頁目には書き手の過ごした昨夜の様子がつぶさに綴られている。 伊之助が仕事を終えて善逸の家に行ったら、禰豆子がこれはレモネイドだと酔っ払って騒いでいたらしい。 善逸が顔を真っ青にして慌てていたことや、後から訪ねてきた炭治郎とカナヲも加わって久しぶりに皆で賑やかな食事をしたこと。 それから炭治郎達が買ってきた雲取山の土産ものを囲んで、夜更けまでみんなで双六遊びをしたことなどが綴られていた。 「いつまでも仲睦まじく、稚いことですね」 けれど、本当はアオイも分かっている。 本当は決してそうではないということを。 山から降りてきたばかりの野生児は、いまや服を着て箸を持ち、字を書いて本を読み、交換日記をする相手まで選ぶ。 友の門出を祝って酒を呑み、甘味好きな相手を思って玉露の茶葉を贈ることが出来る。 誰かの願いが叶う時に、他の誰かが傷ついていないかを感じることができて、それを救うための言葉に迷わない。 意外にも起承転結の整った文字運びに舌を巻きつつ、頁を捲った次の文字にアオイの目が止まった。 なるほど。 感覚鋭い彼らしい気付きだ。 そして古歌に詳しい彼らしい結びの句だ。 思わず笑みが零れた。 「わたしも、おちおちしていられませんね」 アオイは仕事に取り掛かる前に、せっかちな交換相手がいつ日記を取りに来ても良いように返事を書いておくことにした。 窓を開けて深呼吸し、墨をする。 暖かい冬の朝は、清冽な雪代の気配がする。 [chapter:雪ぞつもりて 山となり 雪代たゆたい 淵となりぬる] 幸せは降り積もった雪のようだ。 ある朝真っ白に輝いて。 世界を美しく彩って。 みながそれぞれ踏み出して、 瑞々しい未来の淵に 手を伸ばしてゆくのが見えた気がした。 [chapter:雪の歌] 了.

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#2 実は仲良い21歳組

鬼 滅 の 刃 pixiv 小説

『鬼滅の刃』の小説版の表紙(上段2冊)とマンガ 『』シリーズは、集英社のJUMP j BOOKSから小説版も刊行されている。 第1弾『』、第2弾『』の合計で累計116万部を突破した。 レーベル史上最速の売れ行きだ。 「人気マンガの小説版なのだから売れて当然だろう」と思う人もいるかもしれない。 だが、それは違う。 そもそもノベライズが1巻で数十万部も売れるのはまれだ。 マンガのノベライズはアニメ化や映画化に合わせて1冊出すだけで、原作マンガが何百万部売れていても小説版の売上は良くて数万部といったものが大半だからだ。 ところが『週刊少年ジャンプ』からのノベライズを中心とするJUMP j BOOKSは違う。 小説版第1巻が原作マンガ第1巻の約3~4割の売上を占めるタイトルもある。 なぜ売れているのだろうか。

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鬼滅の刃の小説版「しあわせの花」「片羽の蝶」の評判。オススメの電子書籍は?|みるわなブログ

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我妻善逸は疲れていた。 とても疲れていた。 疲れすぎて最早絶不調であった。 だから失念していた。 今この状態で街に来たら、自分がどうなるかということを。 我妻善逸は耳が良い。 人より遠くの音が聞こえるし、自分が寝てる間に誰かが喋っていても、その話が記憶に残る。 そして何より、相手がどのような人物で、どのような感情を持っているかも、音で全て分かってしまう。 それ故に、今、街に来たことをひどく後悔していた。 疲れている時に人混みに来るべきではなかったと。 五月蝿い。 とにかく五月蝿いのだ。 すれ違う人すれ違う人の心の声が!いつもは聞き流しているはずの音が、疲労した頭にガンガン入ってくる。 しかも、当然のことながら心の声だけでなく、実際のガヤガヤとした喧騒も直接頭に響いた。 我妻善逸はよろよろとした足取りで、人の流れに任せて歩いていた。 そのせいでおっさんにぶつかったりもした。 「邪魔くせぇぞ!」などと怒鳴られもした。 うるせぇよハゲ!!!!!!と思ったが善逸はそんなことを言う気力すらなかった。 相手の方も、善逸の真っ黒な隈を見てドン引きし、それ以上は何も言わずに去っていった。 足は重たいしめちゃくちゃ眠い。 俯きながら鉛のような身体を引きずるようにして歩いていると、またしても善逸は人にぶつかった。 誰かの肩に頭から突っ込んでいた。 さすがにまずいと思い、謝ろうとした瞬間、その人の『音』が聞こえてきた。 透き通った水のように綺麗で、凪いだ水面のように落ち着いている。 そこへ一滴の水滴が落ちたような、少しの驚き。 おそらくぶつかったからだろう。 ふわっとした優しい音の中には、こちらを心配するような音もあった。 雑音騒音でやられた耳に、それはとても心地よく、張り詰めていた気が緩むのを善逸は感じた。 「お前は……」 あれ、この声どこかで…と思いながらも善逸は意識を手放した。 … 目が覚めると、善逸は心地よい揺れと暖かさを感じていた。 そしてああ、懐かしいなと思った。 ーー我妻善逸の育手・桑島慈悟郎は厳しい人だった。 そりゃもう本当に厳しい人だった。 善逸は修行から何度逃げ出そうとしたかわからないし、何度やめたいと思ったかもわからない。 それでも最後まで修行を頑張れたのは、慈悟郎の愛情、優しさが伝わっていたからである。 ある日の修行で、善逸は死にそうになるまで体力を使い切ったことがある。 修行が終わった瞬間倒れ込み、そこから指一つ動かせなかった。 それでも、弱音を吐きながらも全ての訓練をやり切ったことに達成感を感じていた。 そしてそのまま気絶した。 気がついた時、善逸は慈悟郎に背負われていた。 片手で杖をつきながら、片手で善逸を背負っていた。 ーー暖かかった。 ただ、ひたすらに暖かかった。 善逸は少し泣いた。 慈悟郎は何も言わなかった。 … あの時と同じだなと、善逸は働かない頭でその時のことを思い出していた。 また、爺ちゃん元気にしてるかな、とも思った。 そしてぼんやりとした頭で、その人の音を感じていた。 とてもわかりにくいが、確かに暖かく、優しい音がしていた。 寝ている善逸を起こさぬように、気遣いながら歩いてくれていた。 優しい暖かさに包まれながら、善逸はもう一度眠った。 その目からは涙が流れていた。 … 冨岡義勇は歩いていた。 その日は鬼を斬った後、街を通って自身の屋敷へと向かおうとしていた。 今回は何の犠牲も出さず、誰の命も失われなかったと、少し浮かれて歩いていた。 だから、正面から歩いて来る人物に、少し反応が遅れた。 トンと自身の肩に、その人物の頭がぶつかった時、義勇の目に映ったのは鮮やかな金髪だった。 金髪頭に、三角模様の黄色い羽織り。 見覚えがあるな、と思った。 そして思い出した。 炭治郎や猪頭の少年・嘴平伊之助と、よく一緒にいる奴だなと。 「お前は……炭治郎とよくいる………」と声に出したものの、相手からは何の反応もなかった。 頭を義勇の肩にもたれかけたまま、ぴくりとも動かない。 道の往来で立ち止まる2人を、人々は邪魔そうに避けて歩いていく。 このままではまずいだろうと、義勇は善逸を引きずるようにして、路地裏から街の外れまで出た。 義勇は立ち止まって、「おい」と声をかけようとして踏みとどまった。 善逸は白目を剥いて気絶していた。 顔色は悪く、目の下には真っ黒い隈。 心なしかやつれているようにも見えた。 少し考えた末、義勇は善逸を背負った。 幸いにも急ぎの任務はちょうど片付けたばかりで、手は空いていた。 また、隠を呼ぶには時間がかかるし、自分で運んだ方が早いと判断したのだ。 一番近くの藤の家とはいえ、徒歩ではそれなりに時間がかかる。 義勇は善逸を起こさないように、できるだけ揺れないように歩いていた。 幼い頃、自分を背負ってくれた姉はこんな気持ちだったのだろうかと、少しだけ懐かしく思っていた。 … 藤の家の主人は、2人の急な訪問でも快く迎えてくれた。 善逸を布団に寝かせ、義勇は風呂とご飯を済ませた後、縁側に座って刀の手入れをしていた。 月明かりが庭と義勇をぼんやりと照らしていた。 暫くして、もうそろそろ寝ようかと義勇が腰を上げた時だった。 急に、廊下からダダダダダダッという走る音が聞こえ、義勇の前までくると、キキーッと止まり、それはそれは綺麗な土下座をかましながら善逸は叫んだ。 「本ッ当にすみませんでしたァァァ!!!」 「声が大きい」 「アダッッ」 善逸に拳骨をした義勇は、目線で善逸に隣に座るように促した。 善逸はびくびくしながら横に座った。 善逸は、炭治郎から水柱こと冨岡義勇について、よく話を聞いていた。 冨岡さんが最初に俺と禰豆子を助けてくれたんだとか、冨岡さんは俺と禰豆子のために育手と共に腹を切る覚悟まで決めてくれたんだ、などと炭治郎は目を輝かせながら話していたのだ。 善逸はその話を聞いた時、炭治郎達が最初に会った人がその人で良かったと思った。 鬼殺隊にいるほとんどの人は、家族や親しい人を鬼に殺されている。 それ故、鬼への憎悪が激しい。 その現場に居合わせたのが義勇でなかったら、間違いなく禰豆子は殺されていた。 例え妹だろうとそんなものは関係ない、鬼は人を喰らうものなのだから、と。 一方で、嬉しそうに兄弟子のことを話す炭治郎に、善逸は正直羨望の念を抱いた。 善逸には兄弟子がいたが、決して仲が良いとはいえなかった。 仲良くしたいと思っていたが、それは善逸の一方通行だった。 手紙は送っていたが、返ってくることはなかった。 兄弟子の目に、善逸は写ってなかった。 だから、お互いを気にかけ合う2人の関係に少しばかり嫉妬した。 … その水柱が、目の前にいる。 善逸は今、ひどく動揺していた。 自分をおぶってくれた人が隠ではないことはわかっていたが、まさか水柱だとは思わなかったのだ。 (俺何仕出かしちゃってんの?馬鹿なの?馬鹿だわ知ってた嗚呼もうどうしようどうしよう何この人何考えてるの怖い怖い怖いっ…それよりなんかもう喋ってくれよ!!俺はもう吐きそうだよ!!助けてくれよ炭治郎〜!!) 善逸は心の中で叫んでいた。 そして、冷汗を滝のように流して目を逸らしつつ沈黙に耐えていた。 「………のか」 「はいィッ!?」 「体調はもう大丈夫なのか」 「あっハイ!もう大丈夫です……」 久方ぶりに十分な睡眠をとり、善逸はそこそこ回復していた。 起きた時に、机の上におにぎりと漬物が置いてあったため、腹も膨れていた。 (幸運にも、おにぎりの具材はしゃけだったため、善逸が喜んでいたのは言うまでもない) 「いやあの…何から何まですみません…」 「気にするな」 「……」 なんとも気まずい沈黙が流れていた。 義勇は相変わらずの無表情である。 奇妙な間が続いた。 (この人、何考えてるのか全然分からない) 善逸は、言ってしまえばうるさい人間である。 感情が顔と声に全て出てしまう。 つまり、考えていることが分かり易い。 一方で義勇は静かな人間である。 ぱっと見何を考えているのか全く分からない。 加えて言葉足らずの口下手だった。 そんな正反対の2人の会話が続かないと言うのも、無理からぬ話である。 手持ち無沙汰な善逸はじっと庭を見つめた。 風で木々が揺れていた。 ザアッと音を立てていた。 時折、草のサアアアという音も聞こえていた。 善逸の耳には、もう一つの音が入ってきていた。 倒れる前に聞いた音。 聞いていて心地よい、清くて透明な、波風の立っていない海のような、優しい落ち着く音だった。 (この人、すごくわかりにくいけど、優しい人なんだ) ふと、善逸はそう思った。 善逸にとって柱とは遠い存在であり、妙な偏見を持っていた。 皆ヤバイ奴だと思っていた。 あんなに恐ろしい鬼をバンバン斬っていくなど、正気の沙汰とは思えなかった。 しかし、煉獄や宇髄と関わった後は、その思い込みも薄れていった。 それぞれが、強い意志を持っていた。 仲間や一般人を死なせないように最善を尽くしていた。 人を想い、鬼を憎んでいる。 誰もが、自分と同じ、ちゃんとした人間だった。 そのことを理解していた善逸は気がついてしまった。 (でも、とてもとても傷ついて、後悔して、悲しいのに、それを出さないようにしているんだ。 溢れないように、乱れないように。 ) なんて不器用な人なんだろう、と思った。 よく耳を澄まさなければ、その悲しい音は聞こえなかった。 柱への偏見を捨てた、今だからこそ聞けた音だった。 不意に、バサッバサッと年老いた鎹鴉が義勇の元へ降りていった。 「南ノ…山ノ麓デ鬼ガ出タ、至急向カウノジャ…」 「わかった」 義勇は善逸の方を振り返った。 「そういうわけだ。 俺は行く。 お前も、無理はするなよ」 そう言うとあっという間に姿が見えなくなった。 「あ………。 お礼…言いそびれた…。 」 善逸は、心の中で義勇に感謝の礼をした後、炭治郎に謝った。 (ごめん、炭治郎。 俺、兄弟子のことを話すお前のことすごい羨んでたけど、本当に優しい人だったんだな。 ) 善逸は暫くそこに座っていた。 夜はまだまだ明けなかった。 … 以来、善逸は、時々義勇の元へ訪れるようになった。 騒音や人の負の感情に疲れてしまった時、義勇の隣は心地よかったのだ。 最初は驚いていたが、義勇は特に何も言わなかった。 それからさらに時が経ち、柱稽古に義勇が参加した、ということを善逸はつい最近耳にした。 明日から行ってみようかな、などと思っていた。 育手についての手紙が届いたのはそれから数刻後のことだった。

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